ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

法華経

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

強さと軽やかさ

昨日の深夜に目が覚め、脚を動かすと、ふくらはぎに激痛がして悶えるほどだった。
私は、その時は何が起こったのか分からなかったが、就寝中のこむら返りというのは、よくあるものらしい。
原因はいろいろで、筋肉が衰えて疲労している場合が多いのだと思う。
ただ、私の場合は、毎日、393回のスクワットで鍛えていて、筋肉も十分に付いている。
むしろ、スクワットのやり過ぎで筋肉が疲労していることも考えられるが、それよりも、あきらかに血行障害である。
低体温で冷え易く、冬は手足が凍えてしまうほどだ。
ヒンズースクワットやヒンズープッシュアップといった、自分の体重だけで行うトレーニングは、負荷が低いものと決め付けていたが、私のようにスピードが速く、回数も多いと、それほどの肉体的素質があるわけではないので、筋肉が固くなったり疲労したりで、血行が悪くなっていたのかもかもしれない。
以前から、腕や肩に痛みが起こり、また、最近は、運動に差支えがないので放っていたが、かなり腰痛があるのも、血行障害のサインだったのだが、今回のようなことが起こって、やっと自覚した訳である。
やれやれだ。
こむら返りの後、足を床に下ろし、少し体重をかけただけで痛く、歩けないので、「これは当分、会社には行けないな」とか思ったが、出勤時間には、かなり回復していた。
痛いながら通勤し、ゆっくり歩いたが、それでも私の歩く速さは常人と比較にならなかった。
会社から帰る頃には、違和感を残しながらも、普通に歩けるようにまで回復し、夜は、回数は少ないが、スクワットもやった。
今後は、ゆっくりとした運動で、インナーマッスルを鍛え、ストレッチも増やそうと思う。
いつまでも筋力強化ではいけない。
私は、身体に障害が起こると、9月の初音ミクさんのコンサート「マジカルミライ2017」に行けなくなることを第一に恐れる。
私は、ミクさんの軽やかな動きが大好きなのだが、あんなふうに動けるようになるトレーニングをすれば、きっと健康だろう。

庭野日敬さんの一連の法華経の本が、全て電子書籍化されていたので、早速、『現代語の法華経』を購入し、読み始めた。
庭野さんの名著『法華経の新しい解釈』の全巻、および、それを1冊に短く編集したものも電子化されている。
『現代語の法華経』は、かなり意訳であり、原典そのままの直訳ではないが、庭野さんは、本当に法華経をよく分かっている人なので、違和感や抵抗は全く感じない。
むしろ、これが本当の法華経であると私は思う。
庭野さんは、巨大な宗教団の教祖で、そのことに関しては、ちょっと嫌な感じがするのだが、庭野さんがそんな立場になったのも運命だったのだろう。そう思って気にしないことにした。
私は、あくまで、庭野さんを真面目な求道者、法華経研究者と見ている。
そりゃ、誰だって、叩けば埃の1つや2つ出てくるし、欠点もあるだろうが、誰の埃や欠点も、私には関係ない。

とはいえ、経典に救いを求めるところは、我が崇拝する木枯し紋次郎の兄貴に言わせれば、「弱いってことでさあ」となるのだろう。
私は、宗教には何の関心もないが、ゲーテが言ったように、崇める気持ちは大切だと思う。
紋次郎だって、お天道様を意識はしていたし、生まれてすぐ殺されるはずだった自分を救ってくれた姉のことは崇めていた。そして、本当に姉を崇めていたのである。
崇める対象は、ロオマン・ガリの『自由の大地』で、捕虜になったフランス兵達がそうしたように、「空想の少女」で良い。
私も、紋次郎の心の強さと、初音ミクさんの透明さを崇めている。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ

大師(マスター)になるには

『ヒマラヤ聖者の生活探求』(Life and Teaching: Of the Masters of the Far East)という本があり、その中に、超人としか言えない大師達が登場する。
水の上を歩き、遠隔に瞬間移動し、美味しい料理を出現させ、人々のいかなる重い病気や怪我も治し、立派な家を想念で建ててしまう。
数百歳でも50歳くらいに見えたり、さらに、その母親は美しい少女にしか見えない。
そして、それほどの力を持ちながら、謙虚である・・・というより、私には、退屈しているように見えないところが良いと思う。
では、これらのお話が真実であるかというと、著者のベアード.T.スポールディングは読者の判断に任せると言うが、私なら判断しない・・・しようがない。

私はずっと前に、他にやることもないので、ヒマラヤの大師達のようになろうと思った。
スポールディングと共に、極東で大師達に会ったアメリカ人の中にも、大師達と同じになるまで帰国しない決心で、そこに残った人達もいたらしい。
だが、よくよく考えれば、どうすれば大師達のようになれるか、私は分かっていなかったのだ。
しかし、方法があるとすれば、真言を称えることだけだろう。
厳しい修行をしたり、瞑想に打ち込む人々・・・起きている時間の大半をそれに費やす人々もいるのだろうが、そんな者達ですら、普通の人間として普通に死んでいる。
では、我々など、同じ手段(修行、瞑想)では、もっとどうにもならないだろう。

念仏も真言と言って良いと思うが、常に念仏を唱えていた法然は、当時としては異例の80歳まで生きた。
しかも、死の2日前に、『一枚起請文』という名文を書き上げている。
一休もそう言ったと思うが、私は、この短い文章こそ、仏教の書の中の最高位であると思っている。
そんな法然は、ただ死んでみせただけであろうし、法然に超人になる意図も必然もなかったのだろう。
彼は、『一枚起請文』を記して死ぬ必要があっただけだろう。

『ヒマラヤ聖者の生活探求』の中でも、イエス・キリストが、「他は忘れても良い」と言った最上の行は、「神」という言葉を、出来るだけ多く使うことである。
イエスはそれを、「公式にしてはならない」と言ったが、「集中力の訓練のつもりなら良い」とも述べている。
それはよく解るのである。
「神」という言葉も1つのマントラであるが、日本語の「神」は特に良いのである。
マントラの1つの科学的な意味は、何度も述べているが、無駄な思考を止めることと、自分より高い存在に意識を向けることだ。
特に、普通の人は、高い存在を意識することに失敗するように思える。

1つの方法として、『法華経』の25章『観音経』を読み、観世音菩薩の力のイメージを掴んだら、「南無観世音菩薩」という言葉を真言にすることだ。
それを、1日中、1年中、常に続ければ良い。
あるいは、『選択本願念仏集』や『歎異抄』を読んで、「南無阿弥陀仏」の念仏を称えることだ。
実際は、念仏に転向していた一休は、80歳過ぎても元気で要職をこなし、エッチなことも盛んであったが、88歳で退屈したのかもしれない。当時としては驚異的とはいえ、やはり、その年で亡くなっている。まあ、やはり元気ではあったようだが。
だが、今は本人次第で、あらゆる制約を超えることが出来る時代だ。
サイコパスの私に善意などあるはずがないが、それでも大師方のようになれるか大実験である。
政木和三さんからは、生前、「君はそうなれる」と言われたこともある。
ただ、政木さんも、「もう十分」と言って死んでしまわれた。
立派な方々は生き急ぐのかもしれないし、普通の人々から離れないものである。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ

不動心になるのは難しくない

大昔から、人が求め続けてきたのは不動心だ。
荘子に出てくる木鶏(もっけい。木彫りの鶏)のようになれば無敵である。

では、どうすれば不動心になれるのかというと、無になれば良いということは分かっている。
無とは、忘我、没我、無念無想とか言われる、心が澄み切って、小波1つない状態である。
しかし、無になることは途方もなく難しいと言われている。
だが、本当は、それほど難しくはない。
念仏や真言、あるいは、自分より高い存在を前提とした呪文を、たゆまず唱え続ければ、確実に無になれる。
そして、密教では「無になりきれば不可能はなくなる」、つまり、全てが思うがままになると言われているが、その通りだ。

『法華経』の第25章『観音経』で、釈迦は、観世音菩薩の名を唱え続ければ、全ての望みが叶うと説いている。
日本語の法華経では、観世音菩薩の名を呼ぶことを「南無観世音菩薩」と唱えることであると書かれている場合が多いかもしれない。
もちろん、それは間違いではないだろう。
観世音菩薩は、原語では、アヴァローキテーシュヴァラーと言うらしいから、この名を唱えても良いだろう。
また、観世音菩薩の真言は、「オン、アロリキャ、ソワカ」なので、これを唱えても良い。

ところで、聖書でも仏典でも、あるいは、ギリシャ神話でも古事記でも、それらは、個人の心の中で起こることを象徴的に描いているのである。
観世音菩薩の名を唱え続ければ、『観音経』に説かれているように、心の中で起こる障害が、ことごとに打ち壊され、心は無になる。
そうなれば、心は、思うがままの世界を創造する。
なぜなら、純粋な心が仏そのものであるからだ。
上記のことは、私は、宗教的にではなく、科学的、心理学的に解釈している。
優れた音階で作られた真言、呪文、念仏は、頭の中の独り言を消す。
それだけで、IQはかなりの向上を示す。
そして、それらの言葉は皆、人より上位の存在に意識を向けさせ、自然に自我は退く。
そうなれば、心は透明になり、魂が輝きながら現れると、心は万能の創造力を持つ。
簡単なことなのであるが、誰もやらないだけである。
言われても、よほど素直な人でないと、やる気にならないだろう。
やっても損はしないが、馬鹿馬鹿しく感じたり、自尊心が拒否するからだ。
だが、真言や念仏を唱えることを、ある程度やっただけでも、社会で安楽に生きるくらいのことは出来ると思う。
私が、その最たる例である。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ

IQを高める書

アスペルガー症候群を抱えているが、暗算や言語学習等で驚異的な能力を持つダニエル・タメットと、天才発明家のニコラ・テスラが書いた本からから、私は想像することの重要さを学んだ。
想像と言っても、桁はずの想像でなければならない。
気が遠くなるような。クラクラするような想像だ。
タメットは、果てしのない空間とか、宇宙の中のあらゆる原子の数より大きな数字・・・などを例に挙げていたがね。
誰でも、子供の時に一度は、宇宙の果てとか、一番最初の時間(あるいは、一番最後の時間)なんてものを想像したかもしれないが、ある時から、しなくなったと思う。

とはいえ、あまりにとりとめのない想像も意味がないかもしれない。
また、想像には楽しさも必要だが、妙な意味で楽し過ぎても、想像が小さく固まってしまう。

私の好きな想像は、猿が、紙にデタラメにインクを擦りつけて、偶然に百科事典が出来上がる可能性を考えることだ。
その可能性は完全にゼロとは言えないが、それには、宇宙の生成と消滅を何万回、何億回、何京回繰り返せば良いだろう?
言ってるだけで熱が出て来そうだ(笑)。

だが、結論だけ言うと、IQを高めたかったら、『法華経』を読むことだ。
あれには、馬鹿馬鹿しいとか奇想天外といった言い方も全く無意味で、壮大という言葉を千回重ねても足りないくらいの、言語を絶した世界が描かれている。
あれを読みながら、想像してみることだ。
すると、あなたの思考空間は爆発して、しばらくして落ち着いたら、途方もなく拡大しているだろう。
最初は、かなり違和感があったり、馬鹿げているように思うかもしれないが、まあ、我慢して、気楽に、だけど、熱心に読んで欲しい。
けちな犯罪を犯して刑務所に入れられるようなIQの低いやつが、暇だったので、刑務所で『法華経』を読んだら、頭が良くなって、出所後、会社役員になってしまったなんて話を聞いたことがある。
しかし、『法華経』の力はそんなものではない。
ただし、自分で試すより他にないのである。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ

潜在能力を覚醒させる方法

最近、私はこのブログで、人間の才能や能力、はては、性格にいたるまで、全て、生まれ持ったものであり、努力や教育でどうこう出来るものではないと、確信を持って述べている。
精神分析学者の岸田秀さんは、自分の歪んだ精神は母親からの呪うべき影響のように述べているが、私はおそらく、岸田さんは、どんな親に育てられても、同じような性質を持っただろうと思う。
このブログで時々登場する、30歳そこそこで人生の落伍者であることが完全に決定している、まるで駄目男君が、これほど駄目なのは、親や学校教育のせいではなく、遺伝子のなせる業で、まるで駄目男君は、今のようになることは、どうしようと避けられなかったのだ。

遺伝子によってIQ180と決まっていればIQ180だし、IQ80と決まっていればIQ80で、その差は、そのまま、人生の成功度を決定する。
無論、IQがいくら高くても、肉体的才能に恵まれていなければプロ野球選手にはなれないが、突出した才能の持ち主が、その才能を生かせる道に進めば、多くの場合、並外れた成果を出すだろう。
一方、どれほど努力しようが、生まれ持っての能力が低ければ、決して成功しない。
私は、ある年の12月の半ばから、翌年のゴールデンウィーク明けまで、自発的に、1日も休まず、朝7時半から、深夜0時近くまで熱心に働いたが、さほどでもない売上を会社にもたらしただけで、私は過労で倒れたのだった。
私が能力のある人だったら、そこから道が開け、成功者になっていたかもしれない。
しかし、高次の存在は、私に、「お前に与えた能力では、そんなにがんばったところで大したことは出来ない。むしろ、周囲や世の中の害になる。それが分からない愚か者よ」と言って、私に一撃を与え、私は、意識を失った。
自分では、静かに十数秒、意識不明になっただけと思っていたが、派手にぶっ倒れ、10分ほども、全く反応しなかったらしい。
意識が戻ったら、オフィスのほとんどの者が無関心な顔をしていたというオチであった。まあ、確かに、周囲の人達にとっては、迷惑なだけで関心はないだろう。あるとしたら、「もし死んだら面倒なんじゃね」くらいか。
「救急車を呼ぼうと思ったけど」って、手遅れになる前に呼べって・・・(笑)。

TM(超越瞑想)をやれば成功するかというと、IQ150以上なら成功する可能性が高い。ただし、TMは何の関係もないが。
まあ、それで、私はTMを止めたのだがね。

ただし、人間が使っている脳細胞はせいぜいが数パーセントだし、DNAの中に用意されている機能だって、そのほとんどが一生使われない。
ならば、それらの眠った機能を覚醒させれば、何が起こるか分からない。
実際、そんなことが出来たらしく、神秘的な力を発揮する人々がいる。
では、どうすれば、そんなこと(潜在能力の覚醒)が出来るのかというと、力(潜在能力)の覚醒を阻害しているものを除けば良い。
そして、力の覚醒を阻害しているものは、自我なのだろう。
その自我が消えれば、即ち、無になりきれば、人間に不可能はない。
これは、眠っていたり、失神している状態ではなく、目覚めつつ、自我がない・・・仏教で言う「自己を忘れた」状態である。
上に述べた、努力して倒れた私のように、「成功してやろう」という自我があると駄目なのだ。
まるで駄目男君は、恰好良い仕事をしたいという自我や、周囲の人達にちやほやと構ってもらいたいという自我・・・そんなものがあり過ぎるので駄目なのだ。

自我を消すために、難しいこと、やたら道徳的なこと、宗教的なことは必要ない。
自我の嫌がることをして、自我を屈服させれば良いのである。
自我の嫌がることとは、規則正しさ、単調な繰り返し、刺激のなさ・・・等だ。
それに加え、精神的、あるいは、肉体的負荷がかかれば完璧である。
座禅に効果があるかもしれないが、座禅は、安楽な面があり、どうしても、心が余計な活動をしてしまい、かえって無になれないことが多いのである。たとえば、「悟ってやろう」などと思っていると、禅病になるようなものだ。

腕振り運動を毎日数千回、無心に、延々とやるのも良い。
腕振り運動自体の効果と合わせ、忍耐強くやめずに続けると、自我が根負けし、無に近付くことが出来る。
だが、もっと苦しいヒンズースクワットを、それなりの回数、毎日やる方が効果的かもしれない。
精神面で言えば、仏教の経典・・・例えば、『法華経』を毎日読むと良い。
あの、奇妙に思えるほどの繰り返しだらけの経典を忍耐強く読むことが出来れば、自我に打ち勝つことだろう。
無論、『法華経』の内容自体の良さもあるが、それは、無にならなければ分からない。
だから、まずは、意味が分からなくても、粘り強く読み続けて無になっていき、無に近付くほどに意味も分かるようになるという相乗効果がある。

法然のように、あるいは、中国の善導のように、一日中念仏を唱えるというのもありだが、現代人には、なかなか真似出来まい。
昔の庶民は、仕事以外にあまりやることがなく、また、他のやり方を知ることも出来なかったので、そんな道を示す意味もあったが、現代がそうでないことは確かである。
だが、選択肢が広いからといって、あっちに行き、こっちに行きしてたら、短い人生はすぐに終わってしまうだろう。
念仏でも構わないが、それと決めたら、毎日、熱心に唱えることである。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・ソフトウェア開発技術者
・サイコパス
・初音ミクさんを愛す


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
最新コメント
記事検索
ブログバナー&Mail


メールはこちらへ
PV since 2010/09/08
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

人気ランキング参加中
人気ブログランキングへ
↑↑これと
↓↓下の3つのいずれかをクリックして応援をお願いします!
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 思想へ
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ ひきこもりへ
QRコード
QRコード

  
   このエントリーをはてなブックマークに追加
  

タグクラウド
  • ライブドアブログ