優れた経営者や団体のトップからは、概ね、こう聞いたように思う。
「最善を期待するが、最悪を想定している」
会社が、何か素晴らしい製品を開発し、いよいよ、それを市場に出す時、ヒットすれば良いと思いはするが、良い経営者は、全く売れないことを想定するものだ。
あるいは、新入社員を雇った時、やはり優秀な経営者は、それらの新入社員に対し、期待はするが、あてにはしないのである。
確かに、経営者に限らず、駄目なやつというのは、この反対をやっている。
つまり、駄目なやつは、最善を想定し、他人をあてにする。

ところで、引き寄せの法則のスタンダードでは、最善を想定するものではなかったのかと思うかもしれない。
まあ、最終的にはそうかもしれないが、何が起こるかは分からないし、人間には、どうしようもないことがあるのも確かなのだ。
ここらへんの理解が鈍い者が、うまく引き寄せが出来ないのだと思う。
つまり、目先のことに一喜一憂するようではいけないのである。
これに関し、有名な評論家だった竹村健一さんが、著書にこんなことを書いておられたのをよく覚えている。
女性に振られた時の心構えだ。
「おお!神様は私に、新しい女性と愛し合う機会を与えられた。今度の彼女は前よりもっと美人に違いない」
こういうのを、プラス思考、積極思考、楽天思考と言うのである。
ユダヤの教えにも、こんなものがある。
脚を1本折った時には、「2本でなくて良かった」。
脚を2本折った時には、「死ななくて良かった」。
こういったことは、理屈で習得しようとすると難しいので、上の、竹村健一さんのか、ユダヤ式かを覚えておくか、もっと良いものがあれば、それを覚えておくと良いと思う。
もし、彼女が全く出来ないなら、
「神様は私に、一体どれだけ素晴らしい女性を与えようとしておられるのだろうと考えると恐ろしいほどだ。おお!それはきっと、初音ミクさんのような人だ。何とも畏れ多いが、それが神様の思し召しだ。では、有り難くいただこう!」
とでも思うと良いだろう。

大体、願いが、何の支障もなくスンナリ叶ってしまったら、本当の楽しさは味わえない。
ゲームを考えてみればよく解ると思う。
この世界で一番楽しいことは、「予期せぬことが起こること」なのだ。
起こるままにまかせ、自由自在に対応していけば、面白いことだらけになる。
荘子も、黒住宗忠も、ヘレン・ケラーも、それは保証していると思う。