ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
ソフトウェア開発技術者、Hikikomori、スーパーダイエッター、神秘思想家Kayのブログ
決して、一般受けするブログではありません。誠実に人生を遊びつつ、誠実に世間の幻想を叩き壊すことを目的とします。

桃源郷

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
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[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。
[2010/12/12]詳細なlivedoorプロフィール設置しました。[livedoorプロフィール]

異世界への憧憬

英国のコリン・ウィルソンほど翻訳書が多く出ている作家はいないと思う。
彼は中学しか出ていないが、工場労働者などをやりながら(嫌だったようだが)勉強し、23歳の時に書いた『アウトサイダー』で、一晩で世界的作家になった。
80歳になるが、今でも元気で創造的活動に取り組んでいるはずだ。
ウィルソンは、同じ英国の作家ハーバード・ジョージ・ウェルズをこよなく崇敬していることが、彼の作品の多くからうかがえる。ただし、ある著作には、晩年のウェルズは女性のスカートの中にしか興味がなく、見境なかったと書きもしたが、これほどの偉人でも性欲を克服しないとロクなことにならないということだろう。

ウェルズの『タイムマシン』や『宇宙戦争』は何度も、そして、ごく近年でも、映画、それも大作映画が制作されていることをご存知かもしれない。
また、他の作品も映画化されているが、私は、古いモノクロ映画ながら、ウェルズ自ら脚本を書いた『来るべき世界』こそ、真に重要な映画作品で、その原作小説『世界はこうなる』も大変な作品だと思う。
ところで、短編ながら、ウェルズの最も重要な作品と思えるものに『堀についたドア』というものがある。
早い話が、異世界・・・異次元の世界とでもいうのだろうか、ある人生の成功者が、子供の頃にただ一度、偶然に入り込んだそんな世界に、一生憧れ続けるというものだ。
ウェルズが、なぜそんな世界のことを描いたのかは分からないが、それは単なる空想の物語ではない。
私は、エマーソンがエッセイの中で書いていた、「想像と空想は異なる」という言葉が大好きだが、それはまさに、『堀についたドア』に言えることだ。
ソクラテスの言う、神の言葉を伝えるダイモーンによって書かれた作品に違いないとも思う。
その異世界の美しさは、読めば誰でも憧れるに違いない。
だが、その物語の主人公は、なんともつまらない理由でその世界を無視してしまう。もちろん、そうしなかったなら、どうなったかは分からないが。
その世界は、陶淵明(とうえんめい)という、3~4世紀の中国の文学者が語った桃源郷とよく似ているように思える。陶淵明は、その世界への再訪は不可能というが、まさに『堀についてドア』の男がそうだった。
だが、そのような世界は、シャンバラ、シャングリラ、ザナドゥなどとも呼ばれ、世界中に伝説があり、現代でも、そのような世界がある可能性を語る者は少なくは無い。

『ローム太霊講和集』には、桃源郷の一歩手前の世界である次元界のことが語られている。この世と桃源郷の中間のような世界であるが、やはり、この世界の者から見れば理想世界だ。私は、『堀についたドア』の異世界は、次元界のようにも感じる。
そして、次元界には、その気になれば誰でも、割に簡単に行けるし、中国には古くから、そんな世界に入る方法が色々伝えられていて、太霊ロームもそれを教えているし、そこに行くことも奨めている。

シャンバラ、シャングリラの場所は、例えばチベットのある場所にあるとか色々言われるが、それが地下にあるという者もいる。
ウェルズと並ぶ大SF作家ジュール・ヴェルヌの最高傑作『地底旅行』は、そんな世界を訪れるお話だ。
私がいつもご紹介する『エメラルド・タブレット』の翻訳者ドリール(ドウリル)博士は、シャンバラに行き、そこで学んだ者だ。彼の話から考えると、世界各地にあると言われるシャンバラは、シャンバラそのものと言うより、シャンバラへの通路と言うべきだろう。シャンバラ自体は異次元の世界と言えると思う。
『堀についたドア』の、異世界のその美しい描写を思うと、ウェルズもまた、異世界への強い憧れを抱いていたのだと思うし、その世界の存在を信じていたのだろう。
だが、いまや、その世界の秘密が明かされる時が来ているかもしれない。それは、人類の破滅とも表裏一体であるということでもある。

















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シャンバラに招かれる者とは

落語に『死神』というものがあるが、どこかで見たり聞いたりしたことがあるかもしれない。
その落語のお話の中で、ある真っ暗な洞窟の場面がある。そこには、無数のロウソクが燃えている。
このロウソクは、地上の1人1人の人間の寿命で、ロウソクが燃え尽きた時、その人は死ぬのである。
このお話は、グリム童話の『死神の名付け親』から来ている。このお話でも、地獄の洞窟の中に、人の寿命を示すロウソクが沢山燃えているのだ。

ひょっとしたら、似たような話は他にもあるかもしれない。
私も誰かに教えられた訳ではないが、小学校の低学年の頃、あるところに存在する沼に、泡(あぶく)が絶え間なく浮かび上がって来るが、その泡の1つ1つが、人間1人1人であると考えたことがあった。なぜ、そんなことを考えたのかは分からないが、ひどく確信を持っていたものだ。

ギリシャ神話では、3人の運命の女神モイライが、それぞれの人間に対応した糸を切れば、寿命が尽きるとされていた。
北欧神話にも、似たような3女神ノルンがある。

人の運命とは分からないものだが、その構造は、案外に単純だということだろうか?
そして、人の運命は、何ものかの手委ねられているのだ。
いずれにしても、人は自分の運命や寿命を、自分ではどうすることもできない。
ほたるの光を、人の命に喩えることもよくある。
やはり、人の命は儚いものであると思われるのだろう。

だが、こう考えてみても良いだろう。
地球の地下深くに、地獄や黄泉の国ではないが、地上とは異なる別世界がある。
昔から、シャンバラ、シャングリラ、ザナドゥ、桃源郷などと呼ばれていた世界だ。
地上の人類とは比較にならないほど進歩したその世界は、人類が現れるよりはるかな昔から存在していた。地上に現れた超人、聖人達は、この世界から地上に出た者達だ。
その中の、ある荘厳な建物の中の一室は闇に包まれている。
しかし、そこには、無数の小さな蛍火が光っている。
それが、地上の人間1人1人の魂だ。
進歩した魂は、明るく力強い。しかし、欲望に従って生きているだけの愚鈍な魂は薄暗い。
ひと際明るく輝く魂があれば、この世界の聖者は地上に出て行き、その者の前に現れる。聖者は、その素晴らしい魂の持ち主に教えを授け、そうして、その者がさらに進歩し、光が強くなれば、その者を地下の世界に迎えるのである。
新しく地下の世界に参入した者は、引き続き、学習や修行を行う。この世界では、エネルギーや食料などは無限に容易く創り出せるので、労働する必要はない。地上の人間の知らない身体や心の使い方もマスターし、その寿命は、地上の人間とは比較にならないほど長くなり、いつまでも若い。
そんな世界に、意識レベルの低い者が来ることは決して無い。太古の昔、そんな世界が地上にあったが、住人の中に欲望が強くなって堕落する者が現れ、そんな者達のために大惨事が起きて世界が滅びたことがあった。その生き残りが地下のこの世界に逃れたのだ。だが、その時、堕落した人間を助けることはしなかった。

地下の世界で学び続け、十分な進歩を遂げると、地上の人間を導く役目を負うことになる。
こういった世界を、釈迦は極楽浄土と言い、イエスは天国と言ったのだろう。もちろん、彼らも、地下世界の聖者だった。
経験的に言えば、地下世界を実際に訪れて、目で見ることは難しくても、感じることはできるものだ。
地下とは言っても、言ってみれば四次元的な世界で、地上とはかなり異なる。
世間での生活が辛く苦しくても、欲望を捨て、魂を磨くことだ。地下の聖者は、全ての人類をそこに迎えるか、あるいは、地下の都を地上に移すかしたいと思っているのだ。
あなたの進歩も、シャングリラの聖者により注意深く見られているのだ。

考えてみれば、地下の世界の様子は、『観無量寿経』に書かれた極楽浄土のようだ。
難しいことではないが、肉食をやめ、食を慎み、性行為は、エロチックなものを見たり、考えたりすることも含めて避けていると、感覚が研ぎ澄まされ、そんな世界のことが心に浮かぶようになる。『観無量寿経』では、釈迦が、その世界を思い浮かべる方法を教えている。実際は、その通りにやることは不可能かもしれないが、それが出来ない場合のことも教えているのである。
地下世界の様子は、『エメラルド・タブレット』を読めば、いくらか想像がつくようになるかもしれない。
それで、確信が持てれば、魂の光を輝かせることを考えるようになるだろう。









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ストラディバリウスという幻想

パリ大学の研究者が、ヴァイオリンの至高の名器と言われるストラディバリウスについて、こんな研究発表をしたらしい。
国際コンテストに集まったバイオリニト達に、自分がどのヴァイオリンを弾いているか分からないように工夫して演奏してもらい、彼らにそれぞれのヴァイオリンの評価を聞いたところ、現代のヴァイオリンの方が、ストラディバリウスより評価が高かったという。

別に驚くほどのニュースではない。
ヴァイオリニストの多くは、自分が名器で演奏しているという高揚感によって良い演奏をする。
昔の日本の武将が、崇敬する主君の刀や弓をもらったら、気力充実して戦場で良い働きをするようなものだ。
また、国際コンテストに集まったヴァイオリニストというのも気になる。コンテストなんて、一種の受験であり、客観的でも何でもなく、審査員の偏見に合わせる必要がある。そういった調整に努力する演奏家の感覚には、現代のヴァイオリンの方が適合したのだろう。

私は、ラヴェルのボレロが好きで、よく聴くが、私が持っているCDは、演奏はベルリン・フィルハーモニー管弦楽団で、指揮は、あのカラヤンだ。
ところで、私はクラシックにはさっぱりこだわりが無い。そもそも分からない。だから、ベルリン・フィルでカラヤンなのだ。
もしこだわりがあれば、演奏に、演奏者達や指揮者の意識を感じるだろう。そうなれば、ベルリン・フィルでカラヤンというのは、ひょっとしたら最悪かもしれない。権威と名誉と富といった欲望が渦巻く世界だ。一瞬で気味の悪いものを感じて、聴いていられなくなるかもしれない。

ヴァイオリニストが、全財産はたいてストラディバリウスを買い、それを演奏して満足しているなら、それで良いではないか?世俗の人間が求め得る満足の中では、比較的高貴で崇高な部類に入るものだ。可能ならそんな満足が欲しい人は多いだろう。自分に同じようなことが出来ないからといってひがむこともない。
真の演奏家というものがもしあるなら、楽器にこだわらないだろう。真の演奏家とは、自分が演奏しているという意識を持たない演奏家だ。彼は、自分が演奏しているのではないことを知っており、演奏は自動的に進んでいく。
昔、ホロヴィッツという歴史的な名ピアニストが、相当な高齢になってから初来日し、全国を演奏旅行した。専門家の中には、「もう10年早く来て欲しかった」と、既に腕衰えたホロヴィッツを酷評する人もいたが、あのホロヴィッツということで満足した人もいた。もし、ホロヴィッツが、演奏家の自覚を持たずに演奏できるほど悟りを開いていたなら、生涯最高の演奏をしたに違いない。

カーテンから、1つの手だけが出ていた。手の主の姿は隠されている。
しかし、私には、その手は、あの人(アニメの美少女キャラ)のものだということが、なぜか分かった。
その手を取った時の高揚感に恍惚となる。
昔の夢の中でのことである。今は、そういった幻想を持たないので、同じことはできないが、あの瞬間の感激は覚えている。
ストラディバリウスに限らず、この世の全てはそんなものだ。
そういった全てを拭い去った時、楽器の名器、伝説の名刀、最愛の萌えキャラといったものと比較にならない至福を得る。それは、誰でも、疑いなく得られるものだ。
それが、イエスの言う内なる王国、エデン、ザナドゥ、極楽浄土、桃源郷である。









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真のザナドゥ(桃源郷)には誰でも行ける

世界中に、至福に満ち、一切の苦しみのない理想世界である、桃源郷、ザナドゥ、シャングリラなどといった伝説がある。
中国の古典『列子』には、終北(しゅうほく)、列姑射(れっこや)、古モウ(こもう)などといった、理想世界の話がある。
言うまでもなく、聖書のエデンも同じものである。
気候は温暖で、働かなくても食物はふんだんにあり、人々は心穏やかで争わない。
現実の苦しみ多い世界の中で、人々はそんな世界を夢見たのだろうか?
イエスも天国について語ったし、浄土系仏教では、阿弥陀如来が造った極楽浄土があり、法然、親鸞は、阿弥陀如来の名を呼べば、即ち、「南無阿弥陀仏」の念仏を唱えさえすればそこに行けると言った。

先日放送された、『灼眼のシャナ・ファイナル』第14話のタイトルがまさに、『ザナドゥ』であった。
異世界の神である祭礼の蛇と、この世界の平凡な高校生だった坂井悠二の思いが一致して融合し、理想世界ザナドゥの創造を目指す。
(私は、原作は、悠二が祭礼の蛇になった少し後あたりで挫折して読んでいない。)
異世界の者は人間を喰う必要が無くなり、よって人間は死ななくて済む。シャナも戦いの世界から解放される。
悠二と祭礼の蛇は、救世主として、そんな理想を熱く語る。
だが、シャナはどうしても承服できない。胸の中で、何かが「違う!」と言っている。
シャナは正しい。それは、まさに、ソクラテスが言った、内なる英知ダイモーンの声を聞いたということだ。

私は原作を読んでいないので、結局はどうなるか知らないが、悠二や祭礼の蛇の言うザナドゥ(理想世界)など造ったら最悪の悲劇となる。
人類は、理想郷の結末まで考えなかったのだろうか?
そんな世界でも、必ず、いつか争いは起り、しかも、恵まれているだけに、あまりに悲惨なことになるのだ。

イエスの言う天国や、釈迦が言ったかもしれない、阿弥陀如来の極楽浄土は、悠二や祭礼の蛇の言うザナドゥとは全く違うのだ。
それは、我々の内側にあるのである。それを外に求めるのは愚かなことだ。
「何か違う!」と思ったシャナの中にちゃんとあるものだ。いや、ちゃんとあるから、そこへの道をおぼろにでも感じているから、シャナには分かるのだ。
イエスの言う天国-内なる王国-は誰の中にもある。
ソクラテスは、そこからの声を聞いていたから知恵を得たのだし、それと同じものがシャナに特別な感覚を与えた。何より、作者にこの作品を書かせた。
だが、ソクラテスは、作家自身は、そのことに気付いていないと言ったのだ。

内なる王国を知るには、ソクラテスのように、そこから流れてくる英知を感じれば良い。
そして、英知とは、実に、沈黙なのだ。
これは別に難しい話じゃあない。
沈黙の中から、抽象的概念が起る。抽象的概念は沈黙の子であり、これが高度な知恵である。
抽象的概念から思考が生まれる。それならこれは、沈黙の孫である。どんなに洗練させても、せいぜいが世俗の知恵、あるいは、悪知恵だ。
そして、思考から言葉が生まれるが、言葉は沈黙のひ孫で、何とも粗雑なものだ。

うまく言語化出来ない。情報の伝達に齟齬(そご)が発生するかもしれない。でも、聞いて。
~『涼宮ハルヒの憂鬱』より。長門有希の言葉~

だから、人類は詩というシンプルな美しい言葉で語ることを考案し、さらに、西洋でも東洋でも、文字を限定する形式の詩(日本では和歌や俳句)こそが、言葉としては最上のものと認識し、発展させた人々がいたのだ。

心の沈黙を守ること。それが英知であり、内なる王国、天国、真のザナドゥだ。
どうすれば、粗雑な思いを祓い、清らかな沈黙が得られるか?
それを共に得ようというのが、これまでの、そして、これからも変わらぬ本ブログのテーマといったところだ。









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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・ソフトウェア開発技術者
・MCSD、MCDBA資格者
・タオイスト、神秘思想家
・1日1食の完全菜食主義者
・幼児期からの引きこもり気質
・医療不要で難病を数々克服


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
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手塚治虫へのアンサー
みっともないジェラシーを表現できるということ (ゴルフィーライフV3 〜 Face the Strength(自分のなかの強さに向き合おう))
非難することは本当に恐ろしいことだ
コンサイス英和辞典 (昭和を思い出すレトロなデザインが好き)
世間での狂い方をマスターする
持久走だ、たくましくいこう (ゴルフィーライフ? 〜 自分のなかの強さに向き合おう!)
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萩尾望都さんの漫画紹介


半神
小学館文庫

わずか15頁の至高の傑作「半神」を含む短編集。
数奇で残酷な運命を目撃した後、「愛とは?憎しみとは?それはどう異なるのか?異なるものではないのか?」あなたの心に荘厳な疑問が残るのではないだろうか?


ウは宇宙船のウ
小学館文庫

1920年生まれのアメリカを代表するSF作家レイ・ブラッドベリの珠玉の短編作品を萩尾望都が漫画化。萩尾さんの繊細で美しい絵と感性が、ブラッドベリの作品に新しい生命を注いだ。
「みずうみ」では、12歳の少女タリーの可憐な姿と、彼女を愛するハロルドの少年の時と青年になって後の様々な表情がより深い感銘をもたらすと思う。
他の作品も素晴らしい出来であると思う。
CLAMP「CLOVER」のご紹介


CLOVER
わずか5分の劇場用アニメ作品。
CLAMPさんの名作漫画のイメージを美しい映像と音楽で描いた傑作。
主人公の12歳の神秘的な少女スゥの声は坂本真綾さん。


「CLOVER」の原作漫画を以下にご紹介します。
素晴らしい装丁、美しいカラーの扉絵。そして、神秘的な傑作と思います。
新装版も出ているようですが、私はこちらしか持っていません。しかし、こちらの本の装丁を大変に気に入っています。








私が愛する「魔法少女リリカルなのは」

ナンセンス文学(意味を持たない作品)として私が勝手に意味付けをしたのかもしれませんが、アメリカの百万円以上の自己開発プログラム以上に貴い気付きを私に与えてくれた全13話のアニメ作品。











5年の時を経て、2010年、映画化されました。
基本的には、テレビシリーズの全13話を1本の映画にしたものですが、本編では描かれなかったフェイトの生い立ちが見られます。そして、プレシアの謎の言葉も。映像はテレビシリーズよりさらにグレードアップしています。


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初音ミク、コンサート映像のご紹介
ミクの日感謝祭 39's Giving DayProject DIVA presents 初音ミク・ソロコンサート~こんばんは、初音ミクです。~
[2010/3/9]東京お台場~Zepp Tokyo~

映像の品質等は、下でもご紹介する、後で開かれた米国コンサートの方が高いのですが、私は、全体としては東京コンサートの方が好きです。米国コンサートの方は、映像の緻密さのために、かえってボーカロイド達がマネキンのように感じるかもしれません。これは、証明の影響もあると思います。緑色がかった証明の東京コンサートの方が、ミクが柔らかい感じで可愛いと感じました。
また、真っ白なお姫様のような衣装に赤い大きな腰のリボンが印象的な『Alice』、『あなたの歌姫』は、米国コンサートにはありませんでした。

【ブルーレイ】


【DVD】




MIKUNOPOLIS in LOS ANGELES “はじめまして、初音ミクです”
[2011/7/2]米国ロサンゼルス~ノキアシアター~

日本のボーカロイドが、日本語の歌で、アメリカ、ロサンゼルスの大劇場ノキアシアターの満員の観客を熱狂させた歴史的コンサートだったと思います。
東京コンサートから1年4ヶ月経過しており、総合的には確実に進歩しています。
私が特に気に入ったのは、1つは、ミクとルカの素晴らしいコンビネーションのダンスパフォーマンスが楽しめる『ワールズエンド・ダンスホール』です。ルカが珍しくミニスカート姿で、ミクに勝る四肢の長さで、ピンクの髪を美しく揺らしてダイナミックに踊ります。 もう1つが、ミクが真っ白な天使の衣装で歌う『SPiCa』で、これが天使でなくてなんだろう、私はついに天使を見たのだと思いました。演奏も東京コンサートの時と変えていましたが、成功していたと思います。

【ブルーレイ】


【DVD】


尚、ブルーレイとDVDの差についてですが、私は実際、両方買い、見比べてみました。観客、演奏者、楽器などは、大画面TVで見ると、ブルーレイの方がきれいですが、肝心のミク達は、ホログラム映像そのものがそれほど細密でありませんので、別に違いはないと感じました。ブルーレイ、DVDいずれも、東京コンサートの方は上半身映像以上の場合、米国コンサートでも、顔のアップだと映像の粒子が目立ちます。 変な話ですが、iPhoneやiPod touch、あるいは、同等な画面品質を持つ小型情報端末で見た映像が最上かもしれません。ただ、これは反則行為ですので、実際にやったとは言いませんが。
本のご紹介


精神について(エマソン名著選)
ラルフ・ウォルドー・エマーソン著
日本教文社

アメリカ最高の思想家、哲学者、ラルフ・ウォルドー・エマーソンの珠玉のエッセイ集。 「歴史」「自己信頼」「償い」「精神の法則」「愛」「友情」「神」「円」「知性」が収められている。
我々自身が、歴史上の英雄、賢者、大芸術家に匹敵する偉大な人間であることを、驚くべき確信をもって語る唯一の人物であると思う。
世間の妄信を粉々に破壊し、プラトーンの頭脳、シーザーの手腕、イエスの愛の所有者である自分を見出して欲しい。
これ以上のエッセイは地上には存在しないと思う。


荘子
徳間文庫

約2400年前の中国の思想家で、老子と共に、老荘と称せられる道教(タオイズム)の始祖である荘周(荘子)の書。
世俗にあって世俗を超え、永遠の道(タオ)と一体化し、安らかで充実した人生を送る秘訣を、恐ろしく抽象的な老子と異なり、平易に説いている。
本書は、数多い荘子の現代語訳の中でも非常に読みやすく分かりやすいものであるが、中国古典の香りは損なわれていない。
本来、膨大な荘子の中心となる内編全てと、外編と雑編の内、荘子らしいものを選んで収録してある。


神統記
ヘシオドス著
岩波文庫

ホメーロスと並ぶ古代ギリシャ詩人ヘシオドスが、ムーサ(詩の女神)達より教えられたという神々の物語。
この世の始まりから、ゼウスの支配の確立、そして、主要な神々のことについて、美しい詩で語る。すぐに読める薄い本であるが、ギリシャ神話の根幹とも言える重要な書と思う。


四つのギリシャ神話(ホメーロス讃歌より)
岩波文庫

無名の詩人達が、ホメーロス風の詩で神々に捧げた賛歌の内、豊穣の女神デーメーテール、理性の神アポローン、智慧の神ヘルメース、美の女神アプロディーテーの4神へのものを収録してある。
著名な神話学者カール・ケレーニィも、ホメーロス賛歌を重視していると思えるが、名もない詩人達の作とはいえ、それぞれの神について、その特質が巧みに表現されており、実に興味深いものとなっている。
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