昔は、貧しい家の中学生や高校生が、電気スタンドは無いが、家が狭くて、部屋で寝ている者もいて電燈を点けられないので、外の街灯がある場所で勉強し、それでも一番の成績で卒業したなんて子がいた。
しかし、今の時代なら、その子の成績は、普通より少し良い程度であれば上出来だろう。
今は、そこまで貧しい家は滅多にないが、それでも、家に余裕がなくて良い塾に行けない子が根性で金持ちの子に勝つのは、かなり難しい。良い塾の講師の教え方は学校の先生とは桁違いで、実際、恥を忍んで塾に教え方を教わっている学校もある。

半世紀以上前、まだ割と平等な時代、生まれつき頭の良い者が金持ちになっていき、そんな者は、子供に快適な勉強部屋を与え、教育にお金をつぎ込んだ。元々、頭の良い親の子だから、子供は優秀になり、そんな子がさらに金持ちになる・・・という構図が出来上がり、今では日本はすっかり格差社会になった。

私がいま、唯一熱心に見ている『BEATLESS』というアニメは、2105年の22世紀のお話なのだが、3人の親友同士の間で格差がある。
一人(リョウ)は大金持ち、一人(アラト。主人公)もそこそこの富裕層、しかし、最後の1人(ケンゴ)は、定食屋を営む家の長男で、貧乏な上、特別なところは何もない。
5体の女性型スーパーアンドロイドの1人で、可憐な少女の姿の紅霞(こうか)は、そんなケンゴに対し、支配的であったはずが、不思議にケンゴに好意を持っているように感じる。
5体の中で、一番最初に作られた紅霞は、凄い性能とはいえ、他の4体のような特別なところはなく、自分に世界を変えることは出来ないと悟る。
そんな自分は、ケンゴを代表とする下層の者達と似ていると、紅霞は感じたのだ。

これからの世の中、下層の人間は蹂躙(じゅうりん。踏みにじられ、強権で侵害されること)されるしかないという、大昔の世界が蘇りつつあるというのが事実だ。いや、もうかなりそうなっている。
超人的な努力をしたところで、IQと資金が足りなければ、せいぜいが出来の良いロボット扱いで、しかも、ロボットのきれいな仕事は本物のロボットがやることになり、人間ロボットに回ってくるのは惨めな仕事ばかりかもしれない。
いや、別に、とりたてて悲観的なことを言うつもりはない。
この時期になると思い出すのだが、私は昔、一部上場企業で、前の年の終わりあたりから、ゴールデンウィークの間もずっと、大晦日、正月も含め、土日祝日全て出勤し、朝7時半から夜12時まで働き(12時で駐車場が閉まるという理由でその時間まで)、かなり実績も上げ、上司は昇進を推薦してくれたが、昇進したのは実績はなくても学歴のある者だった。
丁度、今の時期には遂に過労で倒れ、10分ほど意識不明だったが、意識が戻った時、その上司すら、自分の机で悠然と座っているのを見た。
まさにロボット以下の扱いであるが、まあ、性格の悪さが半分はあった・・・と信じよう(笑)。

紅霞は散ったが、我々は勝たねばならない。
永井豪さんの昔の漫画『魔王ダンテ』は、なんと、太古の昔、神に蹂躙された悪魔が、現代になって(と言っても20世紀だが)いよいよ力を蓄えて神に宣戦布告する様子を力強く生き生きと描いたところで終わっているが、永井さんも、成功したとはいえ、持たざる者出身であり、世の中に逆襲に出ようという意欲があったのだと思う。
別に、エリートと戦うというのではない。
エリート達の世界とは違う、新しい、もっと良い優れた世界を作るのである。
そして、それは可能になったと言える。
それは、真の強者の世界なのである。









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