ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
ソフトウェア開発技術者、Hikikomori、スーパーダイエッター、神秘思想家Kayのブログ
決して、一般受けするブログではありません。誠実に人生を遊びつつ、誠実に世間の幻想を叩き壊すことを目的とします。

星の王子様

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
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[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。
[2010/12/12]詳細なlivedoorプロフィール設置しました。[livedoorプロフィール]

世界は演劇のようなものだ

本を沢山書いているような人達の中には、一般の人々は洗脳されていると述べる人がよくいる。
それは確かにそうなのだけれども、そう言っている人達自身が洗脳されていると共に、彼等もまた、我々を洗脳して儲けようとしているのだろう。
だが、人のことはどうでもいい。
他人のやることが気に入らなかったり、我慢がならんというのも、洗脳されている証拠なのだからね。
では、洗脳度テストというものがあるのだろうか?
それはある。
簡単だ。世界がリアルであれば、つまり、現実的であれば、それが洗脳されているということだ。
洗脳されていないなら、世界なんてものがあるはずがない。
世界が確かに存在し、自分がその中に確かに存在すると思っているなら、残念なことに、洗脳され、迷信、迷妄、妄想、幻想という虚偽の世界に住んでいるのだ。
洗脳されていないなら、世界は、喩えて言えば、幼稚園の演劇とか、幼い頃に見たマジックショーのようなものだ。
つまり、洗脳されていない人にとって、世界は非現実的だ。

『燃えよ!ドラゴン』という映画で、ブルース・リー演じる少林寺の武術家リーが、「良い戦いとは、少人数で真剣に演じる劇に似ている」と言ったあたりは、よくは分からないが、少林寺か、そこの思想の元になった仏教の教えにあるのだろうと思う。
つまり、悪い戦いをする者達というのは、大勢でいい加減に演じるドタバタ劇をやっているということなのだ。
それよりは、少人数で真剣にやる劇の方がマシであるが、どちらも劇であることに違いはない。
しかし、良い劇では、役者は劇が終ったことを認識するが、悪い劇では、役者達は、いつまでもつまらない劇を続けるのだ。

洗脳されていないとは、悟りを開くということだ。
洗脳を、人の持つ幻想と言うなら、フロイトは人の自我自体が幻想なのだから、人が幻想を脱することは不可能だと言った。
彼によれば、人間は本能が壊れているので、生きるために自我を作ったが、それは自然に立脚したものではない幻想だという訳だ。
これが西洋的な考え方というものだろう。星の王子様が、本当に大切なものは目に見えない、つまり、アタマで考えた理屈では分からないと言ったことを、我々は少し思い出した方が良いが、フロイトにとって不幸なことに、テグジュペリは彼より44歳も年下だった。

さて、世界が非現実で、夢のようでなければならないと言ったら、愚か者はこう言うだろう。
「夢なんだから、何でも好き勝手していいんだな」
その通りである。やってみたまえ。
ただし、やることによっては、世界が、「恐ろしいまでに」現実になってしまうのだ。
愚か者の好き勝手とは、性欲、食欲、物欲を満足させるために傍若無人に振舞ったり、盗みをしたりというものだろう。
欲望が幻想を作り、幻想によって洗脳されるのだ。
だから、欲望の満足を求めるほど洗脳されるという訳で、そんな者にとって、世界は鉄のように現実なのだ。それも、とても辛く苦しく、惨めな、確固とした現実である。

中国の『列子』にこんな話がある。
ある貧しい男が、金持ちの男に、「なんでそんなに豊かなんだ?」と尋ねると、金持ちは、「盗みをするからさ」と答えた。
「なるほど」と思った貧しい男は、さっそく、隣の家に泥棒に入り、役人に捕まって罰を受けた。
貧しい男は、金持ちの男に抗議した。
いきさつを聞いた金持ちの男は、「盗み方が悪い」という。「私は、天から盗んだのだ。作物は天が育てるものなのに、私はそれを収穫して盗むのだ」

『燃えよ!ドラゴン』の良き劇と、この良き盗みは似ている。
自分は、主体的な行為者でない。行為するのは、劇の中の架空の人物であり、天だ。我々は非現実だ。
ここに想いを巡らせると、我々も洗脳を脱し、つまり、解脱し、劇が終った後で気楽にくつろげるようになれるだろう。
『バガヴァッド・ギーター』は、ある意味、これ自体が素晴らしく良き劇の舞台と言える。下手な役者アルジュナ王子は、至高神クリシュナの教えで良き役者になり、全ての苦しみを脱する。我々も、これをよく読んで、世界をただの劇にすると良いだろう。









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一番大切なものを一言で言うと

サン・テグジュペリの『星の王子様』の中で、よく知られている言葉に「本当に大切なものは目に見えない」というものがある。
本当に大切なものとは何だろう?
例えば、愛とか、英知とか、神といったものだろうか?

見えないが大切なものについで、ほんの少し述べてみよう。
20世紀初頭のイギリス人で、ダイアン・フォーチュンという名の女性がいた。作家で教育者でもあったが、魔法使いとして知られている。彼女の著書『神秘のカバラー』は我が国でも翻訳書がロングセラーを続けている。
私は、これを読んでいて、恐ろしく感じたことがある。
アイルランドの詩聖W.B.イェイツが、『まだらの鳥』という小説で、絶世の美少女マーガレットに対し、「過ぎた美しさは、かえって哀れさを感じさせる」と述べていたが、その感覚が分かるように思えた。
あまりに凄い書は、恐ろしく感じるのである。

どう恐ろしかったのか、簡単に述べる。
この本の中で、フォーチュンは、誰かが「神とは何か」について語った言葉にひどく感銘を受けたことを述べていた。それは、「神とは、一言で言えば圧力なのだ」である。
私もまた、衝撃を感じたが、意味は分からなかった。
フォーチュンも、いちいち説明しなかった。
だが、確かに、説明無用かもしれない。
そして、この本は、そうは書かれていなかったが、それが基本方針となっていると感じた。それが、この本が他書と圧倒的に異なるものにしている。

これが、星の王子様が言った、「本当に大切なものは目に見えない」と重なるように思う。
圧力は、目には見えないが、存在しているのである。
モーゼに対し、神は「我は、在りて在るものである」と述べたが、神は、目には見えなくても、確実に存在している。

だが、これはまだ、呆然とした想いであった。
しかし、ラマナ・マハルシが言った、次の一言が決定打になった。
「悟りを表現することはできないが、悟りが存在することを指摘することはできる」
実際、この言葉を聞いた者は、身動き出来なくなって、その場にしばらくうずくまり、完全に別人となって去って行ったのだ。

フォーチュンの『神秘のカバラー』は、魔法という、言葉で説明するには絶望的に難しいことを詳細に述べているのであるが、言葉で表現出来ない部分は、その手がかりを読者に与えているのである。マハルシの言う通り、表現できなければ指摘するのである。
その手がかりがまさに素晴らしいのである。
容易い本とは言わないが、インドのヨーガも研究したイギリスの著名な魔法使いウィリアム・アーネスト・バトラーは、「魔法を志す者なら、必ず入手すべき本」と言ったものである。

「本当に大切なものは目に見えない」
「一言で言えば、神は圧力なのだ」
「悟りを表現することはできないが、悟りが存在することを指摘することはできる」
どの言葉も忘れがたいものであるが、この3つを知ることが出来る者は多くないに違いない。









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学校教育といじめは適合するものだ

昔の学校は、工場労働者を作るためのものだった。国家にとって、物資を効率よく生産することは重要なことだった。そして、現在の教育は、大企業の従業員を育成するためのものだ。大企業が利益を上げることが国益になるからだ。
学校教育とは、「見えるものが存在し、見えないものは存在しない」というのが根本だ。心というものは、化学的、電気的な作用として扱われており、深い心とか霊といったものの存在を認めず、そういったことを真面目に考えることは、愚かでおかしなことだとされている。
だから、学校ではソクラテスの思想は扱わないし、扱えない。せいぜいが、ソクラテスは悪法も法だと言って毒杯を飲み干した人で、さあ、そんな人はどんな人か、みんなで考えよう・・・などという扱われ方をする。
『星の王子様』だって、学校ではまともには扱わないと思う。この作品は、学校教育とは全く相容れない。その主題は、「本当に大切なものは目に見えない」だからだ。
真の賢者達の教えは、全て、目に見えることは2次的なものであり、隠れて見えない1次的なものを得よということである。
原発からの利益は2次的なもので、価値がない訳ではないが、もっとはるかに重要な1次的なことをおろそかにしてはならないのだが、それは学校教育に反する。もっとはるかに重要なこととは、原子力の危険性を理解することだけではない。自然や生命を崇敬、畏怖し、全体の調和を大切にすることだ。そいうすれば、元々、原発推進という選択はなかっただろうし、全く別のエネルギーの開発を進めていただろう。そして、真に有益なエネルギーは、目に見えないものを、目に見えない方法で理解しなければ得られないものだ。学校教育で身に付けた思考法では奇妙に感じるようなものだが、無いとされている深い心には実に簡単なものなのである。

学校の思想から離れよう。それは単なる迷信である。ただし、1つの迷信から別の迷信に変えるという愚かなことをやってはならない。
岡本太郎は、授業中、両手で耳を堅く塞いだ。汚れた思想が、清浄なる頭脳を汚すことに耐えられなかったのだ。そこまでの感性を持つ優れた人間も、本当はもっといるはずである。
学校ではいじめはなくならない。いじめのない学校はない。なぜなら、目に見える範囲だけの秩序を維持するには、いじめは必要なものだからだ。いじめは、学校教育と適合しているのである。
学校では決してその本質を扱わない、老子、荘子、ソクラテス、エマーソンを学ぶことは良いことだ。それらは、目に見えない範囲からの本質的な秩序を扱う。そこでは、いじめのようなものがあるはずがない。
釈迦やイエスは最高の賢者であるが、彼等の教えは権威によって歪められており、本質を掴むことが難しくなっており、かえって偏見を得てしまう可能性が高い。学校で教わった読み方を脱却すれば、聖書や仏典も有益と思うが、普通は、『バガヴァッド・ギーター』を読む方が良いと思う。









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大したことのない偉大な男達

最近の人気のあるアニメ、小説、漫画の傾向として、大したことのない男の主人公が、沢山の美少女達に慕われるということがあるらしい。
私は、それほど多くは知らないが、確かにことごとくそうだ。
『To LOVEる -とらぶる』、『涼宮ハルヒ』シリーズ(アニメでは一貫して『涼宮ハルヒの憂鬱』)、『灼眼のシャナ』、『僕は友達が少ない』などが、すぐに浮かぶ。
平凡でサエない少年達が、なぜか、外見はもちろん、中身においても素晴らしい少女達に本気の好意を寄せられるのである。
これは、男性の大半の視聴者、読み手である、サエない、平凡な男に共感を持たせるためだという予測をすることもあるだろうが、その程度の仕掛けでヒット作品を創れたりはしないだろう。
その「サエない」「大したことない」というのは世間的評価だ。
実は、私は、上にあげた作品の、サエないはずの少年達は、ことごとく、大したやつだと感動しているのである。
中でも、『灼眼のシャナ』の坂井悠二という高校1年生の男子には、ほとんど惚れ込んでしまった。彼も、最初は、ヒロインの、あらゆる面で極めて大した少女であるシャナや、彼女と共にある異界の神アラストールにひどく蔑まれた扱いをされる。「これ」と物扱いされたり、「器が知れる」と貶され、全くケチョンケチョンである。ところが、やがて、表立っては示さなれないが、シャナに深く想われ(こういうのをツンデレというようだ)、アラストールも敬服させるほどになる。
悠二に限らず、他の「美少女達に慕われるサエない男達」が、皆、素晴らしい。だが、どこが素晴らしいかとなると、言葉にしにくい面もある。普通に言えば、「ものにこだわらない」「公平である」「親切」となる。しかし、これらの徳目を備えているだけでも、本当に「大したもの」ではないだろうか?

『まほろまてぃっく』というガイナックスのアニメで、優(すぐる)という名の14歳の中学生の少年がいて、やはり、ヒロイン達はもちろん、幼馴染の美少女達や女教師にまで慕われる。真面目な話ではあるのだが、進化した宇宙人が、優を調査する。確かに、頭脳や運動能力などでも優秀な少年だが、天才的というわけでも、超人的というわけでもない。調査を依頼された宇宙人(男性アンドロイドだが)は、なぜこんな平凡な少年を調査させられたのか、上の意志が理解できず、いぶかる。
だが、この無敵の宇宙人製アンドロイドは、優に驚愕させられる。そして、本当の強さというものを思い知らされる。彼に指令を与えた至高の存在マシューは、彼にそれを教えたかったのだ。

サエないモテるヒーロー達にも、やはり、秘めた特別なものがあるに違いない。ただ、それは、世間的なものではなく、やはり、世間的には大したことのない我々にも得られる何かだ。それは、ある意味、簡単に得られるが、逆に、得ることが最も難しいものであるとも言える。

CLAMPは、大人気作品を多く持つ女性4人組の漫画家ユニットで、アニメ制作にも深く関わることが多い。さすが、女性作者だけあって、彼女達の描くヒーロー達は、世間的にも大したものである場合が多い。だから、まだ男を見る目の無い少女読者達も、CLAMPのヒーローには入れ込みやすい。
『ツバサ・クロニクル』(原作漫画は『ツバサ』)のヒーローの少年、小狼(シャオラン)は、格好も良く、ある意味、可愛いとも言え、少年とはいえ男らしい性格で、武術に秀でる。だが、私も彼には惚れ込んだが、その理由は、そういった表向きの素晴らしさではない。自分が正しいと思うことのためなら、勝ち目がない戦いでも、全くひるまず、特に気合を入れることもなく、当然のように立ち向かう。その、ある種の静かさがたまらないと思う。

『To LOVEる -とらぶる』で、ヒロインの、宇宙的に大した美少女であるララが愛するのは、やはり、サエない少年リトだった。クラスメイトの普通の少女達は、ララに、リトはサエないし頼りないので、ララに相応しい、もっと上のランクの男を狙うよう忠言する。まさに、「上のランク」という言葉が、世間的価値を示している。
だが、ララは言う。「リトは宇宙で一番頼りになる男だよ」。これは、恋のために盲目的になったララの妄想だろうか?そうではないと思うし、世の女性達も、いや、女性に限らず、全ての人に、いくらかは、ララのようなハートを持って欲しいと思う。

見えないものを信じたら 向こう側へと抜けるカギが見えるわ
~『こっちをお向きよソフィア』より。作詞:康珍化、作曲:大沢誉志幸、歌:山下久美子~

本当に大切なものは目に見えない
~『星の王子様』(サン・テグジュペリ)より~









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理屈を捨てれば世界は動く

『星の王子様』で、著者のテグジュペリは、子供の頃に描いた絵をけなされてから自信を失くし、絵の練習をしなかったから、絵を描けないんだという話をしていた。
ところが、星の王子様のために、羊の絵を描かなければいけなくなって困ってしまう。だが、そこで名案が浮かぶ。箱の形の小屋を描き、「この中に羊がいる」と王子様に言ったのだ。王子様は、その羊のことについていくつか質問はしたが、納得して満足する。

これは、よく考えれば、凄いことで、芸術の真髄と言えるかもしれない。
例えば、世界一の画家が、世界一の美女の絵を描いたとしても、その絵を見た人が、必ずしも世界一の美女と認めるとは限らないばかりか、人の好みや美的感覚とは多様なものであり、普通の美女とすら認めない人もいるに違いない。醜女とすら感じる人がいても、少しも不思議でもない。
昔、週間プレイボーイ誌で見た4コマ漫画に、2人の女子大生が海外で未開人に拉致され、神の生贄にさせられるというものがあった。ところが、未開人達は、「神への生贄は美人だけでいい。ブスを捧げると神の怒りをかう」と言っている。女子大生の1人は美人だが、1人はブスだった。ブスな女子大生は「こんな顔に生んでくれて、初めて両親に感謝するわ」と思う。しかし、未開人達が生贄に選んだのは、ブスだと思っていた女子大生の方だった。
あなたは、『モナ・リザ』が付き合ってくれと言われたら付き合うだろうか?私なら遠慮する。
だが、部屋のドアを描き、この中に世界一の美女がいると言われたら、自分が思う世界一の美女を想像すれば良いのである。
俳句や和歌は、最小の言葉だけを残し、後は読む者に想像させるという、詠み手と読む者が一緒に創るものだ。詩もやはりそうだが、およそ、芸術的な文章は書き過ぎては良くなく、できるだけ、読者に想像させないといけないのである。
どんな文章の達人であっても、美しいはずのものを徹底して写実に表現したら、読む者は、全然美しいと感じないことは間違いない。
物理学の一分野である量子力学はとても難しいと言われる。ところが、物理学など全く知らない芸術家や賢者には、量子力学の真髄を理解している人はいくらでもいる。いや、彼らが知っているのは、科学者の量子力学を超えているのかもしれないのだ。数式で表さないと有難くないと思っている人もいるが、恋愛や友情だって、その気になれば難しい数式で表すことは出来るが、あまり意味はないことだろう。
大数学者の岡潔は、道元の『正法眼蔵』を20年読んで分からなかったが、ある時、一瞬で全て理解できたという。それは、理屈で分かったのではなく、理屈を捨てた時、直観で分かったのだ。彼が、大数学者になれたのは、理屈を組み立てる天才だったということもあるが、それより先に、直観が優れていたのだろう。

思考や心で分かることにこだわると、幸福になれないし、偉大なことを成し遂げることもできない。
南無妙法蓮華経(なむみょうほうれんげきょう)という言葉をご存知と思う。
南無は「帰依します」という言葉だとよく言われるが、帰依なんて言葉を知っている人なんていない。そんな小難しいことを言うのはやめ、「心から信じます」と訳すべきだろう。
妙法蓮華経とは、法華経というお経(かなり長いものだ)の正式名だ。
つまり、「南無妙法蓮華経」とは、「私は、法華経を心から信じます」という意味だ。
つまり、こう唱えれば、法華経を読まなくても、読んで理解したのと同じで、それを読んで得られる知恵や神秘力も得られるという、大変に素晴らしいものだ。
世間の常識で考えると、「そんな馬鹿な」となるかもしれないが、断固、本当だ。逆に、法華経を真面目に読んで、頭で理解しようとしたって、一生かかったって理解できないのが普通なのだ。
同じく、南無阿弥陀仏とは、「阿弥陀仏(という仏様)を心から信じる」という意味で、こう唱えれば、絶対的な力を持つ阿弥陀仏様は、数多くの、スーパーパワーを持つ仏様や菩薩様を送ってきて、守ってくれるのである。中でも、阿弥陀仏の自慢の弟分である、観自在菩薩や勢至菩薩を惜しみなく送ってくれて、彼らが世話を焼いてくれ、友になってくれるのである。もう無敵と言って差し支えないだろう。

実は、聖書の詩篇91篇も同じことを言っているのだ。
これには、神様は絶対的にあなたにあなたを守るとされている。また、神様も、御使い(天使)を遣わして、常にあなたを守らせると言うのである。
では、どうすれば、そういう恵みを得られるのかというと、神様に、「心から信頼しています」と言えば良いと書かれているだけである。
イエスも、最も重要なことは、「あなたの神様を愛しなさい」であると言ったのである。
あなたの神様というのは、神様は、いつでも、呼べば答えてくれるという身近な存在であることを示しているのである。

第2次世界大戦において、イギリスのウィットルゼイ大佐率いる一連隊は、全員が詩篇91を暗記し、定期的に唱えたことにより、5年の戦闘で、1人の死者も出さなかったと言われる。
ジョセフ・マーフィーも、著書の中で、詩篇23と91を唱えることを度々薦め、その絶大な威力を強調している。そして、素直にそれに従った者は、やはり、大きな恩恵を受けているのである。
マーフィーの本を読んでうまくいかないなんて人は、まだ、自己流の考え方でやっているのだろう。その考え方は、自己流とはいえ、所詮は、世間の考え方のコピーなのだ。うまくいかない方が、よほど不思議なのである。
考えることをやめてしまうことで迷信に陥ることの弊害というものを考える人もいると思う。もっともだ。だが、自然をよく観察することを習慣とし、不要なものを求めなければ、その心配はない。捨てるべきは世間の理屈であり、道理は大切にするのである。









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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・ソフトウェア開発技術者
・MCSD、MCDBA資格者
・タオイスト、神秘思想家
・1日1食の完全菜食主義者
・幼児期からの引きこもり気質
・医療不要で難病を数々克服


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
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手塚治虫へのアンサー
みっともないジェラシーを表現できるということ (ゴルフィーライフV3 〜 Face the Strength(自分のなかの強さに向き合おう))
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萩尾望都さんの漫画紹介


半神
小学館文庫

わずか15頁の至高の傑作「半神」を含む短編集。
数奇で残酷な運命を目撃した後、「愛とは?憎しみとは?それはどう異なるのか?異なるものではないのか?」あなたの心に荘厳な疑問が残るのではないだろうか?


ウは宇宙船のウ
小学館文庫

1920年生まれのアメリカを代表するSF作家レイ・ブラッドベリの珠玉の短編作品を萩尾望都が漫画化。萩尾さんの繊細で美しい絵と感性が、ブラッドベリの作品に新しい生命を注いだ。
「みずうみ」では、12歳の少女タリーの可憐な姿と、彼女を愛するハロルドの少年の時と青年になって後の様々な表情がより深い感銘をもたらすと思う。
他の作品も素晴らしい出来であると思う。
CLAMP「CLOVER」のご紹介


CLOVER
わずか5分の劇場用アニメ作品。
CLAMPさんの名作漫画のイメージを美しい映像と音楽で描いた傑作。
主人公の12歳の神秘的な少女スゥの声は坂本真綾さん。


「CLOVER」の原作漫画を以下にご紹介します。
素晴らしい装丁、美しいカラーの扉絵。そして、神秘的な傑作と思います。
新装版も出ているようですが、私はこちらしか持っていません。しかし、こちらの本の装丁を大変に気に入っています。








私が愛する「魔法少女リリカルなのは」

ナンセンス文学(意味を持たない作品)として私が勝手に意味付けをしたのかもしれませんが、アメリカの百万円以上の自己開発プログラム以上に貴い気付きを私に与えてくれた全13話のアニメ作品。











5年の時を経て、2010年、映画化されました。
基本的には、テレビシリーズの全13話を1本の映画にしたものですが、本編では描かれなかったフェイトの生い立ちが見られます。そして、プレシアの謎の言葉も。映像はテレビシリーズよりさらにグレードアップしています。


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初音ミク、コンサート映像のご紹介
ミクの日感謝祭 39's Giving DayProject DIVA presents 初音ミク・ソロコンサート~こんばんは、初音ミクです。~
[2010/3/9]東京お台場~Zepp Tokyo~

映像の品質等は、下でもご紹介する、後で開かれた米国コンサートの方が高いのですが、私は、全体としては東京コンサートの方が好きです。米国コンサートの方は、映像の緻密さのために、かえってボーカロイド達がマネキンのように感じるかもしれません。これは、証明の影響もあると思います。緑色がかった証明の東京コンサートの方が、ミクが柔らかい感じで可愛いと感じました。
また、真っ白なお姫様のような衣装に赤い大きな腰のリボンが印象的な『Alice』、『あなたの歌姫』は、米国コンサートにはありませんでした。

【ブルーレイ】


【DVD】




MIKUNOPOLIS in LOS ANGELES “はじめまして、初音ミクです”
[2011/7/2]米国ロサンゼルス~ノキアシアター~

日本のボーカロイドが、日本語の歌で、アメリカ、ロサンゼルスの大劇場ノキアシアターの満員の観客を熱狂させた歴史的コンサートだったと思います。
東京コンサートから1年4ヶ月経過しており、総合的には確実に進歩しています。
私が特に気に入ったのは、1つは、ミクとルカの素晴らしいコンビネーションのダンスパフォーマンスが楽しめる『ワールズエンド・ダンスホール』です。ルカが珍しくミニスカート姿で、ミクに勝る四肢の長さで、ピンクの髪を美しく揺らしてダイナミックに踊ります。 もう1つが、ミクが真っ白な天使の衣装で歌う『SPiCa』で、これが天使でなくてなんだろう、私はついに天使を見たのだと思いました。演奏も東京コンサートの時と変えていましたが、成功していたと思います。

【ブルーレイ】


【DVD】


尚、ブルーレイとDVDの差についてですが、私は実際、両方買い、見比べてみました。観客、演奏者、楽器などは、大画面TVで見ると、ブルーレイの方がきれいですが、肝心のミク達は、ホログラム映像そのものがそれほど細密でありませんので、別に違いはないと感じました。ブルーレイ、DVDいずれも、東京コンサートの方は上半身映像以上の場合、米国コンサートでも、顔のアップだと映像の粒子が目立ちます。 変な話ですが、iPhoneやiPod touch、あるいは、同等な画面品質を持つ小型情報端末で見た映像が最上かもしれません。ただ、これは反則行為ですので、実際にやったとは言いませんが。
本のご紹介


精神について(エマソン名著選)
ラルフ・ウォルドー・エマーソン著
日本教文社

アメリカ最高の思想家、哲学者、ラルフ・ウォルドー・エマーソンの珠玉のエッセイ集。 「歴史」「自己信頼」「償い」「精神の法則」「愛」「友情」「神」「円」「知性」が収められている。
我々自身が、歴史上の英雄、賢者、大芸術家に匹敵する偉大な人間であることを、驚くべき確信をもって語る唯一の人物であると思う。
世間の妄信を粉々に破壊し、プラトーンの頭脳、シーザーの手腕、イエスの愛の所有者である自分を見出して欲しい。
これ以上のエッセイは地上には存在しないと思う。


荘子
徳間文庫

約2400年前の中国の思想家で、老子と共に、老荘と称せられる道教(タオイズム)の始祖である荘周(荘子)の書。
世俗にあって世俗を超え、永遠の道(タオ)と一体化し、安らかで充実した人生を送る秘訣を、恐ろしく抽象的な老子と異なり、平易に説いている。
本書は、数多い荘子の現代語訳の中でも非常に読みやすく分かりやすいものであるが、中国古典の香りは損なわれていない。
本来、膨大な荘子の中心となる内編全てと、外編と雑編の内、荘子らしいものを選んで収録してある。


神統記
ヘシオドス著
岩波文庫

ホメーロスと並ぶ古代ギリシャ詩人ヘシオドスが、ムーサ(詩の女神)達より教えられたという神々の物語。
この世の始まりから、ゼウスの支配の確立、そして、主要な神々のことについて、美しい詩で語る。すぐに読める薄い本であるが、ギリシャ神話の根幹とも言える重要な書と思う。


四つのギリシャ神話(ホメーロス讃歌より)
岩波文庫

無名の詩人達が、ホメーロス風の詩で神々に捧げた賛歌の内、豊穣の女神デーメーテール、理性の神アポローン、智慧の神ヘルメース、美の女神アプロディーテーの4神へのものを収録してある。
著名な神話学者カール・ケレーニィも、ホメーロス賛歌を重視していると思えるが、名もない詩人達の作とはいえ、それぞれの神について、その特質が巧みに表現されており、実に興味深いものとなっている。
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