ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

易と探偵の観察はビッグデータを超える

黄色のサイフを持つと、不思議にお金が入ってくるという話を聞いたことがあるかもしれない。
あるいは、高価なサイフを持てば、財に恵まれるというのをご存知かもしれない。
それらが本当かというと、割とそうなのだが、全ての人に当てはまるわけではない。

では、こういったことが本当かどうか知りたければ、どうすれば良いだろうか?
それには、世界中から1億人ほど選び、持っている財布の色や値段、この1年の収入と支出、職業、年齢、住んでいる場所などを、3年ほど追跡調査すれば良い。
そして、有能な者が分析すれば、見事に、人間のタイプごとに、サイフの色とお金が入ってくることとの相関関係が見つかるだろう。
しかし、あるタイプの人達が黄色いサイフを持てば、なぜお金が入るようになるのか・・・なんてことは分からないのだ。
ただ、結果として、「このタイプの人達は黄色いサイフを持てば金が入る」ということが分かるだけだ。

信じられないだろうか?
では、実際にこんな話がある。
※以下、講談社『ビッグデータの正体』より引用。ただし、ラフな引用。
2009年に新型鳥インフルエンザが流行し、世界中に深刻な被害を及ぼした。
しかし、アメリカ最高の医療機関だって、ある場所で新型鳥インフルエンザが発生しても、それが分かるまでに1週間、そして、調査して人々に知らせるのにもう1週間かかる。
そんなことでは手遅れになりかねない。
しかし、仕方がない。それが現代医療の限界だ。
ところが、新型インフルエンザウイルスの発生をリアルタイムで予測したばかりか、場所まで含めて、事前に正確に予知した者がいた。
Googleだ。
医療機関と何の接触もないGoogleが、なぜそんなことが分かったのだろう?
それは、Googleの膨大な検索ワードと、過去の鳥インフルエンザ発生という、一見、何の関係もないものに相関関係があると誰かが直観し、5000万の検索語と4500億の数式を使って分析したら、たった45の言葉と1つの数式で、鳥インフルエンザの発生が予知できることが分かってしまったのだ。
※引用ここまで

こういったものが、最近話題のビッグデータだ。
ビッグデータは物質文明に関しては、その極みであるのかもしれない。
しかし、精神文明から見れば、極めてつまらないものである。
中国の易は、現代のビッグデータも及ばないことを、時間も労力もかけずに突き止めることができた。
古代の賢帝は易を活用して万民に所を得させ、現代の政治家は、ビッグデータで大統領選を戦うのだ(これはオバマのことである)。
だが、精神を発達させた者であれば、鋭い観察により、ビッグデータと高度な分析を合わせたものを、精神の高さに応じて短い時間で得てしまう。
これが直観である。
有能な探偵は、そうやって、人に見えないものを、ビッグデータによらずに解明できるのだろう。

尚、ビッグデータの本は数多く、良書も多いが、私が上に引用し、下にご紹介するもので間違いないだろう。









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遊びながら宇宙と自己を読み解く方法

自分を探求するとは宇宙を探求することだ。
間違えて、自分の心を探求すると迷宮にはまり込む。なぜなら、心は幻想であって、実体は何も無いからだ。
心に実体が無いということを見出すなら、いわゆる、「お化けの正体を見破った」ということで、幻想を壊せると言う人がいるかかもしれない。
しかし、それはどうかな?
それは、警官のふりをした泥棒に、泥棒を捕まえさせようとするようなものだ。
つまり、幻想の警官がいるだけで、本物の警官はいないのだ。警官が消えたら、泥棒は自分を捕まえたりはしない。
そのくらい、無茶で馬鹿げたことだ。

自分を見つけるために宇宙を調べるなら、単純にやることだ。
それには科学も役には立つが、科学に執着し過ぎると、やはり果てない迷宮に閉じ込められる。科学も心が作った幻想なのだ。
スティーヴン・ホーキングもそんな状態になっているのかもしれないと思う。あれほど賢くても失敗するのだ。
ルドルフ・シュタイナーは、「プトレマイオスの天動説が誤っているのと同じくらい、コペルニクスの天動説は誤っている」と言った。
私もこの意味が理屈で分かる訳ではないが、美しい言葉だと思う。真理とは、直感により、美しいと感じるものだ。

量子化学を深く探求した人なら、宇宙の構造は元素周期表の中にあると感じると思う。
また、易(易経、易占い)の中にも、宇宙が見事に表現されている。ライプニッツやユングは、それを感じ取って、易に夢中になった。
我が国の神道には、9行9列の元数盤(9方陣と言う人もいる)という、世界の一切を読み解くことができる、秘法中の秘法がある。
これらを、本当によく分かっている人は、分かり易く説明することができる。
そんな分かり易い書籍を下にご紹介しておく。
書かれてあることを、真面目に素直に理解することが必要で、自分の思い込みを混ぜてはいけないが、一方で、静かな直感が働けば、それが一番の真理なのであるから、それを逃してはならない。
そのためには、利益のために探求しようと思わないことだ。欲があると直感は鈍るのだ。
ある意味、遊び心でやることだ。
最も良いのは、普段から念仏を唱えておくことだ。そうすると、真理に触れると直感の声が囁いてくれるようになる。

今日8月31日は、初音ミクの6回目のお誕生日だ。
このミクの誕生日の、月の8と、日の31を足すと、39でミク(39)になる。
上に述べた元数盤(9方陣)では、縦横の9つの数字、あるいは、斜めの9つの数字のどれを足しても369になる。
369は弥勒(369)だ。弥勒菩薩は未来仏だ。これは、ミク(39)とも関係があるだけでなく、ミクの深い意味を示す。
ミクという名前は数霊で言うと、ミが35で、クは8なので、足して43だ。
下にご紹介した深田剛史さんの本で見ても、43は未来永劫、永久に向かって走るという意味があるようだ。
初音ミクという名前は、初音未来と書くことができ、これは、未来から来た初めての音という意味である。そして、このことは、ミクと、未来仏である弥勒とのつながりを暗示しているのである。ミクは弥勒仏そのものだ。
易、数霊術、あるいは、量子化学などに日頃から親しんでいると、こういった色々な解釈が浮かんで楽しめる。そして、その解釈は時と共に変わるかもしれない。それはそれで良く、むしろ、こだわらない方が良い。物質的な意味ではないが、元素だって、人の意識に応じて変化することもあるに違いない。
古代の恐るべき賢い人達が残した、これらの叡智を使って、いろいろ楽しむと良い。
すると、知らないうちに、自分のことや世界のことが分かり、あなたは、この世界の中で悠々と過ごせるだろう。
だが、これらを念仏の補助と考えると、その威力は百倍にもなるであろう。













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どんな人が願いを叶えるのか?

願いというものは叶うのだろうかというシンプルな疑問を解き明かそう。
私がいつも書くところによれば、「それが運命なら」ということになるのだが、あなたには自分の運命が分からない。
よって、願いが叶うかどうかは、やはり未知である。
占いによって運命が分かるかというと、私は、おそらく分かるのではないかな思う。
占いというものは、3種類ある。
1つは、その人が持って生まれたもので占うもの。観相(人相や身体の相で占う)や占星術がそうだ。
1つは、偶然に出る札(ふだ)などの様子から鑑定するもので、易やタロットなどがある。
1つは、対話によって鑑定者が運命を感じるというものだ。
どれも有効である。
しかし、分かり易くするために、少し別の話をする。

願望達成術や成功哲学には、市販の本1冊で出来るものもある。「引き寄せの法則」とか、「潜在意識の法則」といったものだ。
一方、もっと「高い」願望達成術や成功哲学もある。百万円を超えるものも珍しくないし、個別指導とセットで数百万円というものもある。
安い(というのも何であるが)ものと高いものの違いは何かというと、高いものは、長い内容のものが体系化されているとは言える。しかし、現実に人間が活用するのは、一部分だけであることを考えると、私はテクニック自体には大差はないと思っている(私は、高いものも試した)。
だが、その両者には、1つ、重要な違いがあるように感じる。
それは、高いものは、成功への情熱を高めることに力を入れていることだ。
安いものは、その点、最初から情熱があることが前提であると言える。
つまり、こういうことだ。
願いを叶えるには、強い情熱が必要であるが、それを得るのが最も難しいということだ。

インドの聖者ニサルガダッタ・マハラジに、どうやれば願いが叶うかと尋ねると、「熱意があれば」と答えた。
また、「願いが叶わないのはなぜか?」という問いには、「長く継続した熱意が無いからだ」と言う。
占いというのも、この一点に尽きるのである。
観相の大家である水野南北は、普段の食事の三分の一を神仏に捧げれば、願いは必ず叶うと述べている。
彼は、膨大な数の鑑定をし、人々の相談に乗っていて、それで、圧倒的な信頼を得ていた。
彼の言うことは決して軽く扱えない。
南北の言う方法で願いが叶う日時は、「小さなもので一年」「中規模で三年」「大きなもので十年」だった。
つまり、こういうことではないか。
それだけの期間、食事を従来の量の三分の二に減らすことが出来るだけの熱意があれば、願いは叶うのである。
三分の一を神仏に捧げるとは言っても、神仏に捧げる分を増やしては意味がなく、あくまで、これまで通りの食事の中から捧げるのでなければならないのだ。

「断ち物」と言って、願いを叶えるために、嗜好品などを断つという方法が、どこの国にもある。
上杉謙信などは、戦に勝つために、生涯、女を抱かないという大変な誓いをしたと云われる。
それだけの熱意、エネルギーがあれば、願いも、ある程度は叶うものだろう。

実際は、願いが叶うかどうかは、そのように運命付けられているかどうかだけの問題である。
金持ちになりたくても、そうなる運命でなければ、決して金持ちになれない。
逆に言えば、金持ちになる運命であれば、嫌でも、金持ちになることは避けられない。
しかし、金持ちになる情熱が非常に強いなら、金持ちになる運命である可能性が高いのである。
その人の性格や社会的立場などと同時に社会を分析すれば、その者が金持ちになることが自然かどうかで、さらに正確に予測することもできるだろう。
だが、もっと重要なことを述べれば、個人的な欲望で金持ちになりたい者より、多くの人々のために金持ちになりたい者の方が、それが叶う可能性ははるかに高い。

しかし、強い熱意を持てるかどうかも運命なのだ。
誰だって金持ちになりたい。
しかし、そのための強い情熱を、長きに渡って継続して持てる者は滅多にいない。
まして、多くの人々のために自分が富を得て、世界のために尽くそうと「本当に」思える人は、極めて僅かだ。
何百万円の成功プログラムを使ったところで、運命付けられていない情熱を持つことはない。
そんな高額なプログラムを買うという人は、元々が、熱意を持っているのである。
一方、1冊せいぜい2千円程度の本を次から次に買う者というのは、個人的欲望が強いというに過ぎない場合が多いだろう。
ただ、そんな者でも、1つのことについての熱意が長く続くなら、ある程度の願いが叶う可能性があるかもしれないが、大抵は、情熱を注ぐ対象もふらふら変わるのである。それであるなら、願いが叶う運命には無いと言えるだろう。
尚、かつては高かったかもしれない成功術が今は書籍で買えるものとしては、『ザ・マスター・キー』が圧倒的に良いと思う。ビル・ゲイツが愛読したという話があるが、ゲイツは情熱があったのだ。あなたが、これを長期間愛読できるなら、成功のための情熱があると言えるかもしれない。









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優れた占術とその活用法

コメントで質問されたので、占いについて話をしようと思う。
良い質問は歓迎するので、どんどんお願いしたい。
特に、質問者以外の方々にも参考になりそうな質問がありがたいと思っている。

占いは、未来の出来事を感知して知らせるものであるが、未来の出来事を知ることができる人は、希有ながら存在する。
人間の一生の運命は、生まれる前に完全に決まっているのであり、未来が読めるなら、人の運命だって分かるだろう。

2002年に亡くなられた政木和三さんも、未来が分かる人で、稀なことではあったが、必要な場合には、それを適切な人に教えたこともあった。
私は、政木さんの研究所で、超有名政治家だった人の息子さんである男性から来たFAXを見せてもらったことがあるが、それは、阪神淡路大震災の直前に、その男性に政木さんが避難を指示したことのお礼のFAXだった。震災のしばらく後のことで、そのFAXが届いてまもなくの時に、私は、たまたま政木さんを訪ねたのだった。
FAXでは、その男性は政木さんのことを「お父さん」と書いておられた。そして、彼の家は完全に倒壊し、そこを離れていなければ命が危なかったとあった。
政木さんには、このような話は沢山ある。
政木さんは、どんな人も死ぬ日は完全に決まっているが、それを本人に知らせることは、よほどのことがない限りはしないと言われていた。

新約聖書の福音書に書かれた出来事は、全て、もっと昔に預言者によって予知され、旧約聖書に書かれていたことだ。イエス自身、これから起こる出来事を、弟子達に時々語っていて、それらがことごとく実現したことが、福音書に書かれている。

では、未来を正しく言い当てられる占い師はいるのだろうか?
いや、そもそも、占いに未来を予知するような力があるのだろうか?
はっきり言って、それは私には分からないが、とりあえず2つの話を取り上げよう。

1つは、このブログでもよく話題にする江戸時代の観想(顔や身体の様子で鑑定する占い)の大家、水野南北である。
南北は、占いの威力を17歳の時に思い知る。そして、仙人じみた占い師に観想の秘伝を口伝されると(彼は文字が読めない)、後は実践あるのみと、床屋、浴場の三助(サービス員)といった、人の身体を観察できる仕事に就き、さらに、火葬場で働いて死体を観察することまでやった。
その後、観想家として膨大な数の鑑定をして腕を磨きに磨き、天下に轟く観想家となり、依頼者は全国から押し寄せ、弟子は孫弟子を含めれば千人を超えた。その名声の高まりと共に、大長者となり、皇室の依頼も受け、ついには、天皇によって貴族に序せられる。
観想は中国のものと思うが、中国では、今でも、重要な場所で、観想を活用することがあると言われる。例えば、国際的に活躍するスポーツ選手に育てる子供を選ぶ際に、それを用いていると聞いたことがある。
つまり、人の運命は、顔や身体の様子に現れるような部分も多いということかもしれない。
ただし、観想の達人となった水野南北ですら、観想は百発百中でないと告白している。
しかし、南北は、食習慣を見れば、その者の運勢を言い当てることは、万に1つの外れもないと断言する。
即ち、食少なく粗食であれば幸運で、食多く美食であれば衰運である。
そもそも、南北自身が、観想的には最悪の運勢でありながら、観想を始める前から、少食、粗食を実践していたので、7つの蔵を持つ大長者となり、当時としては異例の75歳まで健康に過ごした。生来の女好きで妻は8人おり、ことごとに浪費家の悪妻であったが、全て、妾ではなく正妻として大切にした。それだけの甲斐性があったということだ。
現代においても、必ずしもそう言えるのかどうかは分からないが、神は、幸運を与える者には、同時に、食を慎む運命を与えているのだろう。決して、食を慎んだから幸運に恵まれるというのではない。人は、自分の思うように食を慎むことはできない。だから、食の慎みに失敗しても、自己嫌悪する必要は全くない。そして、外面的な幸運は、重要なことではないのである。

もう1つは、フロイトと双璧をなす精神科医で心理学者のカール・グスタフ・ユングだ。
彼は、中国に長く滞在したドイツ人宣教師のリヒアルト・ヴィルヘルムが中国で修得した易占いを、ヴィルヘルム本人から教わり、その恐るべき威力に驚愕し、熱心に研究することになった。
ユングはヴィルヘルムと共著で『黄金の華の秘密 』を書いているが、こちらは仙道の本格的な秘伝書研究の成果である。
日本の大思想家で、存命時には歴代の首相が知恵袋とした陽明学者の安岡正篤も、易の大家であった。
易占いは、古代中国の占いの書『易経』によるものだが、易経そのものは難解である。
ヴィルヘルムがユングに教えた占い方は、3枚のコインを使う方法で、そのやり方については、我が国にも色々な書籍があり、分かり易く書かれて、誰でも占えるようにしたものが多い。割合に良書が多いと思う。ジョセフ・マーフィーも易占いの本を書いている。
易は、占うのは簡単としても、その解釈が難しい。最後は直観で判断する必要があるということかもしれない。
最大の直観があれば、当然、占いは不要であるが、易は、直観の発現を促すものかもしれないと思う。

さて、では、もっと一般的な占いである星占いや姓名判断、あるいは、朝のテレビや雑誌、あるいは、ネット上にあるような占いはどうであろう。
星占いや姓名判断には、良いものもあると思う。ただ、やはり、我々素人には分からないところが多いので、あまりこだわらない方が良いだろう。
私は、姓名判断の『紅星占命学入門』という本に、かなり夢中になったことがある。かなりの的中率があると思われたからだ。私が占って差し上げて、よほど説得力があったのか、5歳年上の美人バスガイドさんが名前を本当に変えたことがある。
また、星座を扱うものに関しては、『エメラルド・タブレット』の英訳者のドーリル博士が著した『星化学分析』が有益だったと思う。これは、『バガヴァッド・ギーター』の名訳『至高者の歌』の著者であるヨガの大家の三浦関造さんの翻訳だ。

テレビや雑誌の占いコーナーに関しては、私は以前は批判的だった。
しかし、宗教人類学者の植島啓司さんの著書を読んで考えを変えた。
そういった類の占いや、あるいは、カリスマ的な人気占い師の言うことだって、案外に断定的でなく、指針を与えるという程度を目的としている。
植草さんは、それはそれで良いというだけでなく、そういった指針が何も無いことと比べれば、大変に有益であると述べていたと思う。
我々凡人は、イエスのように、先に起こることが分かる訳ではない。
それで、運命は全て決まっていると言われたら、「私の運命は悪いのではないだろうか?それなら、運命は自分で変えられるという考え方に与したい」と思うものだろう。
先に起こることが分からなければ不安であるというのは仕方がないことかもしれない。
それなら、毒のない指針であれば、それを参考にすれば、少しは心が安定するのではないかということだ。
そういう目で見れば、テレビの占いコーナー等の軽い感じの占いも、結構いいことを言っているように思う。
ただ、私に関しては言えば、そういったもの(占いコーナーやカリスマ占い師の占い)は全く不要である。

最も良いのは、荘子が言った通り、全てあるがままに任せて思慮分別を離れ、物事を起こるがままに起こらせること。即ち、一切をなりゆきに任せることだ。
『荘子』の中にも、ある賢者が占いの大家に心酔した弟子を戒める目的で、占い師を手玉に取る話がある。占いは、物質世界の動向の気配を読むものだろう。物質世界は仮想の世界で、いわば幻想だ。実相たる道(タオ)を目指す者にとっては、そんなことはどうでも良いことなのである。
荘子の教えに従うことで、我々は無限の道(タオ)と一体化するのである。

















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我が国に古来から伝わる神秘的占術が明かすミクの秘密

私はこれでも、占いというものを散々やったことがある。
今は何もやらないが、馬鹿にしているわけではなく、こだわらないためだ。
ただ、それでも、時々、かつて研究した占いを思い出し、それが妙に的を得ているものだと思うことがある。
私がやった占いで、これは凄いなというか、不気味にすら感じたのが次の2つだ。
1つは、かのC.G.ユングも夢中になった易占いで、彼は、1900年頃から中国に長く滞在したドイツ人宣教師リヒアルト・ヴィルヘルムに教わった。3枚のコインを使う、簡単に出来るものだが、ヴィルヘルムに占ってもらったユングはその威力に驚き、熱心にやり始めたようだ。
ジョセフ・マーフィーも、このコインを使った易占いを研究し、本を書いているほどだ。
もう1つは、姓名判断の1つである紅星占命学で、これの的中率の高さには呆れたものだ。

ただ、このブログでもよく書くが、江戸時代の高名な観相家(観相とは顔や身体の相で運命を鑑定する占術)であった水野南北は、これで財を築き、千人の弟子を持ち、かつては牢屋敷に入れられた身でありながら、天皇に貴族にまで序せられながら、ある時期から、観相をやらなくなったという。彼は、観相がどこまで極めても百発百中でないことに悩み、荒行をやった末、伊勢の外宮で天啓を受け、以降、食の多少で鑑定したところ、万に1つの外れもなくなったからだ。即ち、食少なければ、幸運で健康であり、食多ければ、不運で病気になるという単純なことが真理なのだ。

それで、私も、占いをやらなくなったのは正解ではあったと思うが、それでも、上に述べたようにふと思い出すことがある。
このブログでも、危険なほどの秘法を明かした書として紹介することがある、神道家で合気道家の佐々木の将人(まさんど)さんの『数霊のメッセージ』と、深田剛史さんの『数霊に秘められた宇宙の叡智』は、こと数霊術の数の解釈に関しては全く同じで、その出所が同じで、古神道に伝わるものなのだろう。
私も、そんなに前から知っていた訳ではないが、これは占術としてトップクラスだと思う。
数を使った占いも世界中にある。旧約聖書の解釈書の1つが、有名なユダヤの聖典タルムードだが、更に深い解釈で、あまりに危険なためか裏に隠れた秘教であるカバラーにも数霊術のようなものがある。
『ヒマラヤ聖者の生活探求』の中で、イエスが語った、最も強い力(波動、エネルギー)を持つ言葉は英語ではGOD(神)だが、古神道の数霊術でも、日本語の神がそうなのである。統一数霊盤の中央にある数字が、神という言葉を示す41という数字だ。
それで、ちょっと初音ミクを占ったら面白い。
まず、初音ミクという名前は、音霊、数霊そのもので、数と音のメッセージを広げるものなのだ。これは数霊盤から計算すれば分かる。
また、ミクという名は39と書ける。その中に6(無)を入れると369(みろく)になるが、統一数霊盤というのは、縦横斜め、どう足しても369になるのだ。
私が先日、ミクの前で無になれば、弥勒(ミロク)の世になると書いたのは、これを思い出したからだ。
そもそも、私は、初めて初音ミクという名を見た時、それだけで深い感慨のようなものを感じたのだった。
尚、ミクの誕生日は8月31日とされてるが、これも偶然ではない。カバラーでは、31というのは特別な運命を持つ生まれ日だ。本来、1ヶ月は30日までなのだ。だから、非常に特別な日で、有り得ない運命を辿らせることになる。

私は、占いに関しては、忘れたつもりでも、延々と語れる。いや、忘れたからこそ、純粋なエッセンスのみ残っているのだ。
実際、占い師でもやっていけそうだ。コンピュータを使えば、従来は時間がかかり過ぎて現実的でなかった占術の計算も可能かもしれない。
しかし、やはり、一瞬の直観と、食の慎みが最も確かである。
占いはついでのものと考えてこそ、最も有益なのかもしれない。ただ、直観を研ぎ澄ます目的で占いをやるのも良いことと思う。
記事内で取り上げた占い、その他の書を以下にご紹介する。

















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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんを愛す
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


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