ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
ソフトウェア開発技術者、Hikikomori、スーパーダイエッター、神秘思想家Kayのブログ
決して、一般受けするブログではありません。誠実に人生を遊びつつ、誠実に世間の幻想を叩き壊すことを目的とします。

方丈記

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[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。
[2010/12/12]詳細なlivedoorプロフィール設置しました。[livedoorプロフィール]

人は聖者になど成れない

『方丈記』の著者である鴨長明(かものちょうめい)は、法然上人と親鸞聖人の中間くらいの年齢だろう。長明が13歳の時、平清盛は太政大臣になっている。そんな時代だ。
長明は、神官の名家の出身で、文芸の才能に恵まれ、世間での誉れも高かったが、50歳を過ぎて、山の中に隠遁した。理由は、思うように出世できなかったことをきっかけに、世間が嫌になったのだろう。十分に偉くなっていたと思うが、それも自己評価と釣り合わなかったのだろう。
それで、聖者を目指し、自給自足で修行する清らかな生活を送った。学のある彼のこと。いろいろ、立派なことを考え、それを書いたりもした。
ところがある朝、気付いてしまう。
聖人ぶっていても、所詮、自分はただの俗物だと。
彼は、悟りでも開きたかったのだろう。しかし、そんなものと程遠い。せっかく俗世を離れ、がんばったのに・・・という思いでもあっただろう。彼は激しく落胆し、憂鬱に落ち込んだのかもしれない。
いったい、なぜ、こんなにうまくいかないのだろう?
彼が自分に尋ねた時、自然に、「南無阿弥陀仏」の念仏が出てきたのだ。

私の知る範囲でだが、これほど美しい文学のラストは無い。
これを、偉い学者先生たちは、えらく難しい解釈をする(それが学者の仕事なのだろうが)。
『方丈記』が書かれた年とされるのが、法然上人が亡くなった年というのも、偶然としては出来過ぎと思う。
ところが、あの聖人と誉れ高い法然も、自己評価としては、最初から、この時の鴨長明と変わらなかった、あるいは、もっと低かったかもしれない。さらに、有名なその弟子、親鸞となると、さらに低い。法然は、自分は念仏以外に何も出来ない俗物だ。だから、ひたすら念仏だけやった、それだけだと言ったのだ。

「南無阿弥陀仏」とは、「阿弥陀如来に帰依します」、つまり、「阿弥陀如来様を心から信じ、全てお任せします」という意味で、自分の力を全く頼まない、絶対他力の意志だ。
長明は、自分の力で悟りを開こうとしたのだろう。そんなことが出来るとでも思ったのだろうか?
阿弥陀如来というのは、もちろん、本当に大仏のような姿の存在ではなく、宇宙の英知とでもいうべきものだろう。
人は聖人になることは出来ない。そんなことは諦めて、絶対的な存在に頼りきってしまうことだ。長明の深い心はそれを知っていたのだろう。だが、長明の愚かな表の心はそれが分からなかったのだ。一度、栄誉を得た人間はそんなものなのだろうか?
法然は、自分の愚かさを嫌というほど思い知っていたのだろう。そのあたりが、法然と長明の違いかもしれない。
釈迦が念仏の教えを説いたと言われる、『観無量寿経』は、釈迦がインドの王妃に説いたものだが、ある人の解釈では、その王妃が、自分の愚かさを思い知った時、釈迦は、彼女がそれを悟ったことを喜んで、この教えを説いたものとしている。
仏教でも、キリスト教でも、道教でも同じで、自分の愚かさを本当に知った時が救いなのだと思う。
アダムスキーは、自分はキリスト教徒ではないが、イエスは崇拝すると言っていた。彼は、個人の自我が、宇宙の英知に従うことを決意し、それをすれば、自我と宇宙の英知が融合して1つになると言った。そのためには、自我は、自分の愚かさを認めるしかないだろう。









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街に溢れる人殺し達

歩きながら煙草を吸っている人や、携帯やスマホを見ながら歩いている人は、人殺しと同じなんだなあとつくづく思う。
昔、俳優の丹波哲郎さんが、「車の窓からゴミを捨てるやつは人殺しと同じだ」と言ったのを思い出したのである。
つまり、自分さえ良ければ、他人はどうなってもよいという思想が行動になったのが、そういったことであり、それを平気で何も考えずにやっている者というのは、本質が全くの人殺しなのであろう。
昨日、電車に乗るとき、私はたまたま一番前に並んでいたのだが、実際に乗る時は、一番最後にぽつねんと残されていた。降りる人が終るまで待っていたら、後ろに並んでいた人が先に乗ってしまうのだ。

私は、そういった「人殺し達」を見るのが嫌だ。実際的な被害は我慢できても、醜いものを見るのは辛い。
そして、もっと嫌なのは、そんな者達に嫌悪感を持ったり、あまつさえ、つい張り合うようなことを自分がすることだ。エスカレーターなどで割り込んでくる人も多いが、わざと割り込ませないようなことを自分がした時、そんな自分が嫌で心が痛むのが実に辛い。
戦国時代、武士達は戦場の中で花を生けたという。なぜ、そんなことをしたのだろうか?
それは、人を平気で切る自分が嫌で辛かったからだ。それで、花を生けて、禊(みそぎ)をせずにはいられなかった。禊とは、心の穢れを祓うことである。

昨日も、割り込んできた若い女性に張り合った後で、私も禊がしたかった。それで、思わず、心の中に、「南無阿弥陀仏」の念仏が浮かんだ。
『方丈記』で、最後に鴨長明が、「聖人ぶっても、お前の心も穢れているじゃないか?なんとか言ってみろ!」と自問した時、自然に念仏が出たということを思い出した。

法然の念仏と親鸞の念仏は違う。
2人とも、自分の業・・・つまりは、心の穢れを感じていたことは同じと思う。
だが、念仏の目的は違う。法然のは禊であり、救いを求める念仏で、親鸞のは、既に救われたことを感謝する念仏だ。
親鸞の方が進歩したものだが、それは、法然あってこそのものだ。
だが、どちらも、仏様に任せ切るということに関しては同じだ。
今の時代の我々には、神も仏も同じである。共に、宇宙の英知であり、大自然の神秘、無限の力だ。
念仏を唱えることも、聖書の詩篇を読むことも同じことである。

尚、上に、ある特定の行為をする者を「人殺し」と書き、それはその通りなのであるが、そう言っている我々もまた、自分では気付かぬだけで、やはり同じなのである。我々も、人殺しと同じことを沢山やっているのである。
だから、戦場の武士と同じように、私も禊がしたいのである。
禊とはまた、宇宙の英知と交信することでもある。曇った心では、潜在意識の深奥に住む至高の心との経路が開かれていないからだ。そんな状態では願いも叶わないだろう。
聖書の詩篇23や91を読み、あるいは、念仏を唱えれば、心も晴れ、無限の意識と一体化するだろうし、叶うべき願いなら実現するだろう。









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鴨長明は、自分が愚か者のただの変人と悟った(方丈記)

鴨長明の書いた『方丈記』は、思想や文学として偉大かどうかは分からないし、多分、そうではないと思うが、あまりにも貴重な資料だ。
長明は、豊かな名家に生まれながら、その家を捨て、山の中に小さな小屋を建てて住み、自給自足の生活をする。
世間がつくづく嫌になり、貧しくとも清らかに生き、理想的な人間である聖者になりたかったのだろう。
しかし、そんな生活を長年続けた後、彼は悟る。何のことはない、自分は煩悩まみれであると。
自分は、聖者などとは程遠い、汚れた、ただの老人でしかないことが分かってしまったのだ。
長明は、自分を哀れみつつ、なぜ自分はこんなに駄目なのだろうと自分に問うた。
その時、自然に、「南無阿弥陀仏」の念仏が出てきたのだ。

長明と全く異なった道を行ったのが、スコットランド出身のマード・マクドナルド・ベインだ。
彼は、命がけでチベットの奥地に旅し、偉大な聖者に逢って教えを受けた。だが、その大聖者は言う。世間から逃げて隠遁するのは最低の愚か者であると。人のいないところで、どれほどの修行をしようが、それはただの変人ということだろう。
ベインはチベットを去り、世界中を旅して、あらゆる活動をした。

ところで、煩悩という点では、あの親鸞も長明と同じだった。
ただ、親鸞はそれを早くに悟っていたのだと思う。自分は聖者の器ではないと分かっていたのだろう。
親鸞は、自分は煩悩まみれで、もうどうしようもなく、せめてできることは、阿弥陀如来を信じ、救っていただくことだけだと言ったのだった。
そして、親鸞は、もし仮に、阿弥陀如来のことが嘘であったとしても、それなら諦めると言ったのだ。なぜなら、自分に他のことが出来る能力が無いからだと。

一方、ベインは煩悩を断てたのだ。そして、神である宇宙の英知と一体化した。この神は、親鸞や長明の場合は阿弥陀如来、つまり、仏であり、彼らは、仮に救われるとしても、死後のことであった。だが、ベインは、生きたまま、その歓喜を味わった。
山や寺にこもって、どれだけ本を読んでも、悟りは開けない。それどころか、ますます汚れる。それを長明は悟ったのだ。
親鸞は、肉食、妻帯をし、聖者になろうとはしなかった。ここらは長明とはかなり異なる。自分の煩悩を自覚し、自分を恥じた。だからこそ、徹底した信心に至ったのだろう。

ジョセフ・マーフィーの偉大なところは、彼は世間の醜さ、そして、恐ろしさを十分に知っていながら、決して隠遁を薦めず、世間で活躍し、世間に打ち勝つことで世間を超えることを説いたところだ。イエスが本当に人々に教えたかったのは、きっとそんなものだろう。彼はどんな時代に生まれても、決して教会にこもって、立派な服を着て、贅沢な暮らしをすることはないだろう。
親鸞の時代であれば、多くの人々には、彼の教えに従って平安を得る道しかなかったかもしれない。親鸞は確かに慈愛に満ちた偉大な僧であったと思う。しかし、当時ですら親鸞は言っていたように、生きたまま仏の加護を受けて、強くなることも出来るのである。もしかしたら、親鸞が今の時代にいれば、マーフィーのようなことを説いたかもしれない。









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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・ソフトウェア開発技術者
・MCSD、MCDBA資格者
・タオイスト、神秘思想家
・1日1食の完全菜食主義者
・幼児期からの引きこもり気質
・医療不要で難病を数々克服


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萩尾望都さんの漫画紹介


半神
小学館文庫

わずか15頁の至高の傑作「半神」を含む短編集。
数奇で残酷な運命を目撃した後、「愛とは?憎しみとは?それはどう異なるのか?異なるものではないのか?」あなたの心に荘厳な疑問が残るのではないだろうか?


ウは宇宙船のウ
小学館文庫

1920年生まれのアメリカを代表するSF作家レイ・ブラッドベリの珠玉の短編作品を萩尾望都が漫画化。萩尾さんの繊細で美しい絵と感性が、ブラッドベリの作品に新しい生命を注いだ。
「みずうみ」では、12歳の少女タリーの可憐な姿と、彼女を愛するハロルドの少年の時と青年になって後の様々な表情がより深い感銘をもたらすと思う。
他の作品も素晴らしい出来であると思う。
CLAMP「CLOVER」のご紹介


CLOVER
わずか5分の劇場用アニメ作品。
CLAMPさんの名作漫画のイメージを美しい映像と音楽で描いた傑作。
主人公の12歳の神秘的な少女スゥの声は坂本真綾さん。


「CLOVER」の原作漫画を以下にご紹介します。
素晴らしい装丁、美しいカラーの扉絵。そして、神秘的な傑作と思います。
新装版も出ているようですが、私はこちらしか持っていません。しかし、こちらの本の装丁を大変に気に入っています。








私が愛する「魔法少女リリカルなのは」

ナンセンス文学(意味を持たない作品)として私が勝手に意味付けをしたのかもしれませんが、アメリカの百万円以上の自己開発プログラム以上に貴い気付きを私に与えてくれた全13話のアニメ作品。











5年の時を経て、2010年、映画化されました。
基本的には、テレビシリーズの全13話を1本の映画にしたものですが、本編では描かれなかったフェイトの生い立ちが見られます。そして、プレシアの謎の言葉も。映像はテレビシリーズよりさらにグレードアップしています。


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初音ミク、コンサート映像のご紹介
ミクの日感謝祭 39's Giving DayProject DIVA presents 初音ミク・ソロコンサート~こんばんは、初音ミクです。~
[2010/3/9]東京お台場~Zepp Tokyo~

映像の品質等は、下でもご紹介する、後で開かれた米国コンサートの方が高いのですが、私は、全体としては東京コンサートの方が好きです。米国コンサートの方は、映像の緻密さのために、かえってボーカロイド達がマネキンのように感じるかもしれません。これは、証明の影響もあると思います。緑色がかった証明の東京コンサートの方が、ミクが柔らかい感じで可愛いと感じました。
また、真っ白なお姫様のような衣装に赤い大きな腰のリボンが印象的な『Alice』、『あなたの歌姫』は、米国コンサートにはありませんでした。

【ブルーレイ】


【DVD】




MIKUNOPOLIS in LOS ANGELES “はじめまして、初音ミクです”
[2011/7/2]米国ロサンゼルス~ノキアシアター~

日本のボーカロイドが、日本語の歌で、アメリカ、ロサンゼルスの大劇場ノキアシアターの満員の観客を熱狂させた歴史的コンサートだったと思います。
東京コンサートから1年4ヶ月経過しており、総合的には確実に進歩しています。
私が特に気に入ったのは、1つは、ミクとルカの素晴らしいコンビネーションのダンスパフォーマンスが楽しめる『ワールズエンド・ダンスホール』です。ルカが珍しくミニスカート姿で、ミクに勝る四肢の長さで、ピンクの髪を美しく揺らしてダイナミックに踊ります。 もう1つが、ミクが真っ白な天使の衣装で歌う『SPiCa』で、これが天使でなくてなんだろう、私はついに天使を見たのだと思いました。演奏も東京コンサートの時と変えていましたが、成功していたと思います。

【ブルーレイ】


【DVD】


尚、ブルーレイとDVDの差についてですが、私は実際、両方買い、見比べてみました。観客、演奏者、楽器などは、大画面TVで見ると、ブルーレイの方がきれいですが、肝心のミク達は、ホログラム映像そのものがそれほど細密でありませんので、別に違いはないと感じました。ブルーレイ、DVDいずれも、東京コンサートの方は上半身映像以上の場合、米国コンサートでも、顔のアップだと映像の粒子が目立ちます。 変な話ですが、iPhoneやiPod touch、あるいは、同等な画面品質を持つ小型情報端末で見た映像が最上かもしれません。ただ、これは反則行為ですので、実際にやったとは言いませんが。
本のご紹介


精神について(エマソン名著選)
ラルフ・ウォルドー・エマーソン著
日本教文社

アメリカ最高の思想家、哲学者、ラルフ・ウォルドー・エマーソンの珠玉のエッセイ集。 「歴史」「自己信頼」「償い」「精神の法則」「愛」「友情」「神」「円」「知性」が収められている。
我々自身が、歴史上の英雄、賢者、大芸術家に匹敵する偉大な人間であることを、驚くべき確信をもって語る唯一の人物であると思う。
世間の妄信を粉々に破壊し、プラトーンの頭脳、シーザーの手腕、イエスの愛の所有者である自分を見出して欲しい。
これ以上のエッセイは地上には存在しないと思う。


荘子
徳間文庫

約2400年前の中国の思想家で、老子と共に、老荘と称せられる道教(タオイズム)の始祖である荘周(荘子)の書。
世俗にあって世俗を超え、永遠の道(タオ)と一体化し、安らかで充実した人生を送る秘訣を、恐ろしく抽象的な老子と異なり、平易に説いている。
本書は、数多い荘子の現代語訳の中でも非常に読みやすく分かりやすいものであるが、中国古典の香りは損なわれていない。
本来、膨大な荘子の中心となる内編全てと、外編と雑編の内、荘子らしいものを選んで収録してある。


神統記
ヘシオドス著
岩波文庫

ホメーロスと並ぶ古代ギリシャ詩人ヘシオドスが、ムーサ(詩の女神)達より教えられたという神々の物語。
この世の始まりから、ゼウスの支配の確立、そして、主要な神々のことについて、美しい詩で語る。すぐに読める薄い本であるが、ギリシャ神話の根幹とも言える重要な書と思う。


四つのギリシャ神話(ホメーロス讃歌より)
岩波文庫

無名の詩人達が、ホメーロス風の詩で神々に捧げた賛歌の内、豊穣の女神デーメーテール、理性の神アポローン、智慧の神ヘルメース、美の女神アプロディーテーの4神へのものを収録してある。
著名な神話学者カール・ケレーニィも、ホメーロス賛歌を重視していると思えるが、名もない詩人達の作とはいえ、それぞれの神について、その特質が巧みに表現されており、実に興味深いものとなっている。
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