ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

新型コロナウイルス

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

自然はウイルスで何を教えようとしているのか?

新型コロナウイルスの発祥地は中国で、そこから世界中に感染が広がったのは、おそらく間違いないと思われる。
ところで、仏教は、中国を経由して日本に入ったのだが、それは、西暦538年説が有力らしく、聖徳太子(574~622)が生まれる30年以上前のことだ。
そして、仏教と共に、日本に天然痘ウイルスが持ち込まれたと考えられている。
感染した中国の僧が日本に来たためである。
以降、日本では天然痘が度々流行したが、735年から737年にかけて奈良時代の、いわゆる、「天平の疫病大流行」では、日本の総人口の25~30パーセントにあたる100万人から150万人が死亡したと言われる。
天然痘は、感染力が非常に強く、また、高熱が続くとか、呼吸不全に陥るなど、新型コロナウイルスに似たところもあるが、比較にならない脅威であったと言えると思う。
奈良の大仏が建てられたのも、天然痘からの守護を求めてのものだったと言われる。
しかし、医学が未発達な時代に、多いとはいえ、死者は3割以下で、しかも、10世紀頃には、天然痘は一種の風土病のようなものになり、壊滅的なものではなくなっていた。伊達政宗が片目を失ったのも、幼少の時に罹った天然痘によると言われるが、これはつまり、それほど恐ろしい天然痘に感染しても、子供でも、回復することを示している。尚、天然痘ウイルスは、1980年までに絶滅したとされ、天然痘ウイルスは、人類が根絶させた唯一のウイルスである。
ただ、密かに保管されていたり、人工で作ることで、生物兵器として使用される可能性はなくはないと言われている。

従って、コロナウイルスも、放っておいたところで、やがては集団免疫が出来るという、それほど恐ろしいものではないのも確かで、スウェーデンは、一定範囲内であるが、そんな考え方に則った方針を実施している。
ただ、そうは言っても、現代では、1人の命を重く見、また、老人が被害に遭うことを強く問題視する等、人道的に優れた思想が確固としたものになっている。
何より、「万一、自分が感染し、重症化したら大変」という部分も大きいはずである。
しかし、感染し、かつ、重症化する可能性は、交通事故に遭う可能性と比較にならないくらい小さい。
また、受動喫煙(自分は煙草を吸わない人が他人の煙草の煙を吸うこと)で年間15,000人も死んでいるのに、事実上、路上喫煙は放置され、大手を振って歩きタバコをしている者はいくらでもいるのだから、どうも、コロナ対策も、いまひとつ真剣味がないのも、仕方がない部分もあると思うのだ。

自然は、新型コロナウイルスで何を教えようとしているのだろう?
私は、それは、好きでない人に近寄られない権利が、どんな人間にもあり、それが、神を宿した人間の尊厳であることだと思っている。
「寄るな、触るな、こっち見るな、音も臭いも伝えるな」
である。
自然に引き合う者どうしだけが接近すれば良い。
販売やサービスにおいて、ある程度の接近はあり得る。それは確かに、報酬のための犠牲であるが、そこにだって限度がある。
そういったことが守られることが平和なのである。
熟慮するなら、そうであることが分かるはずだと私は思う。













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コロナ前の世界に戻すな

新型コロナウイルスの感染者数は、3月初旬レベルになり、いよいよ本格的に収束してきたように思える。
だが、テレビでは、政治家や医学者達が、「気を緩めるな」「第2波、第3波が来る」と口角泡を飛ばすし、それはそれでまっとうな主張ではあるが、おかしな方向に行きつつあるように思える。

つまり、テレビ、新聞は、「コロナ以前の世界に戻る」ことをゴールに設定している。
新型コロナウイルスが流行する前の、あの馬鹿げた世界にね。
利権を持った者達が利益を貪り、格差は広がり続け、だらしなく消費と浪費を繰り返す、刹那の快楽に堕落した世界だ。
表向きは、そんなことは言わないだろうが、国民を、「消費は善」と洗脳し続けることで、そんな世界になってしまっていた。
それが、新型コロナウイルスという、偶然か神の必然かは分からないのだが、この災禍が人類を正しい方向に向かわせていたはずなのだ。
他人との距離を取ることで、他人を敬い、信頼し、他人の自由を認め、それによって、扇動や付和雷同ではなく、精神の高いレベルでの共感によって美しい世界を作るという、正しい方向にだ。
一円のお金も無駄にせず大切にすること、そして、物を大切に長く使うことが美徳であり、気持ち良いことであるという、当たり前の心を取り戻すチャンスが来たのである。
ごく普通に空腹になれば、身体に良い質素な食事で十分に美味しく、満足出来ることに気付けるチャンスでもある。
自動車で言えば、多くの人が、新しい自動車に次々に買い換えなければ、自動車は高くなるかもしれない。
しかし、今の軽自動車だって、昔の王侯貴族の馬車より、はるかに乗り心地が良いのである。
これまでは、「他社との競争に勝つ」ために、自動車の品質を向上させてきたが、今後は、人々の幸福のために技術開発をする意識になれば、これまでより優れたアイデアが自然に生まれるのである。
全体の利益は小さくなるが、これまでの不公平な富の配分を改め、富を再配分すれば、これまでよりはるかに少ない経済規模で十分である。

医療には、良い面と悪い面がある。
確かに、医学の発達により、昔なら手の施しようがなかった怪我や病気が簡単に治るようになった例は多い。
一方で、一部の者が利益を貪るために、平気で患者の身体をボロボロにしてきたということは事実ではないだろうか?
昔、医学が世界一発達していた時代のドイツでは、医者は儲かる仕事ではなかった。そこでは、今の医療よりより方法がとられてた面もあると思う。

有名で大変なお金持ちの人達が、どうやってもメニエール病を治せない。私の知り合いにも、メニエール病を患うお金持ちがいるが、大金をかけて手術をしても、良い医者や治療方法を探し続けても全然治らない。
ところが、私も10年ほど前、メニエール病と診断されたが、ほとんどお金をかけずに、短期間で治した。
また、私は、幼い頃から感染に苦しみ、夜も眠れないほどであり、毎日、かゆみ止めの抗ヒスタミン剤を飲んでいたが、現在は、感染は7割まで治り、特に疲れていたり体調が悪くない限り、全く気にならないが、こうなるのにも、お金はかからなかった。
方法は3つである。ほとんどの病気に効くと思う。
それは、
(1)食事は腹八分目
(2)ビタミンCを多く摂取
(3)軽い運動を毎日1時間
である。
ちなみに、炭水化物制限など、全くの誤りであると私は思う。
もちろん、摂り過ぎが良くないのは言うまでもないが、甘いもの好きの私は十分に糖分を摂っているが、満腹するまで食べない限り問題はない。それで、176cm、63kgからピタリと動かない。
一時期、極端に炭水化物を制限した時に、記憶力が低下し、心が荒れ、老化したと思う。
何事も、当たり前に・・・つまり、自然に感じるようにやれば良いのだと思う。













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ソーシャル・ディスタンスこそ敬いであり礼をつくすこと

『涅槃業』の冒頭に見られる、釈迦の繁栄の法則は、一言でまとめると「敬うべきを敬う」と言えると思う。
一応は、敬うべき相手として、老人、淑女、少女、先祖、修行者、法律、国民などを挙げてはいるが、実際のところは、「敬うべき相手が誰か解る」ことが大切なのである。
そして、敬うべき相手が敬われていれば繁栄し、そうでなければ滅ぶ。

家庭では、父親が敬われていれば、その家庭は繁栄し、そうでなければ家庭は崩壊する。
会社では、社長はもちろんなのだが、敬うべき立派な社員が敬われていれば必ず繁栄し、そうでなければ滅びる。
しかし、多くの会社では、敬うべき社員が軽んじられ、敬うべきでない者が幅を利かせているが、そんな会社は、社長が敬われていないものである。
ただ、確かに、敬う値打ちのない父親や社長というものがあり、そういった者が父親や社長になったのが根本的な間違いではあるが、そんなことが起こるのも、敬うべき者が敬われなかった結果である。

ところで、「敬う」とは何だろう?
今、新型コロナウイルスの影響で、ソーシャル・ディスタンスという、他者から2メートル(最悪1メートル)の距離を取ることが推奨されている。
この、ソーシャル・ディスタンスを取ることが、敬うことであることは間違いないのである。
説明する。
かつて、GM(ゼネラル・モーターズ)の子会社であるサターンが日本に進出してきたことがあった。
サターンのキャッチフレーズが興味深かった。
「礼をつくす会社、礼をつくす車、サターン」
「礼をつくす」とは、まさに「敬う」ことである。
それに関しては、サターンは良い理解をしていた。
何をしたかというと、来店したお客さんに積極的に声をかけない「ノープレッシャー・セールス」を社員に教育したのだ。
それにより、女性でも来店し易いようにしたのである。
日本では、サターンは、あらゆる面で品質が悪かったので成功しなかったが、その誠実な営業戦略は、アメリカでは確かに成功していたのである。
そして、コロナの影響で、日本では、あらゆる業種の店舗で、不必要にお客さんに声をかけない「ノープレッシャー・セールス」が行われるようになり、これは好評である。
なぜなら、それは、客が敬われていることだからだ。店舗はやっと、そのことに気付いたのである。

このように、距離を取ることこそが敬うことで、これが行われるところは繁栄する。
ところで、最も過酷なイジメは「無視」であると言われる。
そして、「無視は、いじめる対象と距離を取ることではないのか?」と言う者もいるかもしれないが、これはもう絶対に違う。
本当に無視するなら、それは確かに、素晴らしいソーシャル・ディスタンスである。
しかし、イジメの無視は、距離を置いているようでいて、邪念を密着させているのである。
一方、敬いのソーシャル・ディスタンスは、距離の間に何もない。全くの無である。
邪念のない透明な空間を持つことが、敬うということで、これが行われる場所は、繁栄があるのみで滅びは無い。

人は、不快になった時「放っておいて!(leave me alone)」と言う。
これは、汚れた心を含め、近寄って来ることをやめろという意味である。
つまり、敬われていない、蔑まれていることに痛む心が、「放っておいて」と言わせるのである。
だが、放っておいてもらいたいなら、自ら、他者を放っておくことだ。
けれども、往々にして、他者をべったり頼り、自分の方が他者にみだりに密着する者が「放っておいて」と言うことがあるが、これは、ただの甘えである。
放っておいて欲しければ、自分も他者を放っておき、自分のことは自分でやらなければならない。
つまり、皆がソーシャル・ディスタンスを取る世界こそが、進歩した社会である。

コロナウイルスで人類は終るのか?
これは、長谷敏司氏のSF『BEATLESS』で、超高度AIヒギンズの電源を切る時に主人公のアラトが言った通りでありたい。
「人類が終わるんじゃない。僕ら人類の、少年時代が終わるんだ」













当ブログオーナー、KayのAI書。
Kindle版発売中。
紙の本は5月30日発売。予約受付中。
自分で実践してAIを身に付けるための一番易しい本だと思います。
Excelを適当に使えるだけのスキルがあればよく、数学、プログラミング、難しいAI理論は不要です。
人間とAIが別々にあり、「AIに仕事を奪われる」と思う時代から、人間とAIがペアになり、AIは人間を拡張する道具であるという新しい時代への扉を開けていただけるよう願って書きました。

コロナ新生活こそが正常、経済も全くOK

テレビや新聞で、「コロナ新生活がいつまで続くのか?」などと、嘆くように言われるのをよく見聞きする。
コロナ新生活とは、ご存知とは思うが「3密(密集、密閉、密着)を避ける」行動様式である。
なぜ、これが「永久」ではいけないのか?コロナ新生活こそ、人間らしい、正常なものである。
私は絶対にそう思う。

例えば、コロナ新生活では、「料理屋などでは、着席スペースを空け、大声を出さない」となる。
これは、抜群に良いではないか?
以前、会食で料理屋に行くと、隣のグループの人が、接触するほど近くに座り、また、そいつが大声で喋り捲り、うるさくて仕方がなかった。
今後は、もう、こんな馬鹿なことが出来なくなるのだ。
何と素晴らしいことか!
確かに、「いや、大騒ぎしながら和気藹々飲み食いするのが楽しいのだ!」と言いたい人はいるだろうが、あなた方は楽しくても、私や、女性など、大人しい人達は、不快なのを、これまで黙って我慢していたのだ。

レストランは、これまでは1人では入り難かったのが、今後は、群れた者が入り難くなる。
さらに、群れた者達はマナーが悪い場合が多いが(大勢だからと調子に乗ることがよくある)、今後は、純粋に食事を楽しむ、マナーの良い人達の中で食事が出来るのである。

結婚式でも、密集したり、大声を上げる余興が禁止であることを悪いことのように言う者がいるが、そんなの、元々、ほとんどの人が嫌がっていたのに、大声で暴れるのが好きな者達が、「声が大きな者勝ち」式に、自己中心主義で好き勝手していただけのことだ。

劇場の座席は大抵狭いのだが、その中で、主に中年の男性に多いが、ひじ掛けをはみ出して腕を突き出し、股を広げて座るような者がよくいた。今後は、女性を始め、大人しい人達が、そんな利己的な人間の被害に遭うことも少なくなる。

次に、「経済が停滞している」などと言われる問題についてだ。
全く問題ない。
単に、特定の人間がボロ儲けすることをやめれば良いだけなのだ。
また、贅沢を慎めば良いだけだ。
別に、清貧になれと言うのではない。
普通で、クレバーな生活をすれば良いだけのことだ。
それであれば、経済規模は十分であり、余裕綽々なのである。
オリンピックや高校野球甲子園大会といった、利益を貪る者達のための馬鹿げたことをやめるくらいには、いい加減、人類は進歩しなければならない。
スポーツをやるのに、なんで、派手な舞台や報道が必要なのだ?
スポーツの真の素晴らしさを理解出来るなら、そんなものは不要なだけでなく、有害以外の何物でもないことは、よほどの馬鹿でない限り解るはずだと私は思う。

コロナで苦しまないと、正しいことが出来なかったことを、我々は恥じねばならない。
そして、人類は、本当にいい加減、少しは賢くならないといけない。
コロナによる、新生活、新経済、全くOKである。
それに適応出来ない人間は、強制排除されることは決してないが、考え方を変えないとやっていけない世の中になるだろう。
そうなるべきであるし、そうならないと人類に存在意義はない。私はそう固く信じる。













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本書は、初級(Chapter.1)、中級(Chapter.2)、上級(Chapter.3)の3つのパートに分かれます。
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そして、是非、当たり前の道具としてAIを使う先駆者になって下さい。

あなたと人類が生き延びる道

コロナウイルスやインフルエンザウイルスで近しい人が亡くなったり、自分が発症して苦しい思いをしても、ウイルスに対して怒りや憎しみを持つことはないだろう。
家族が野獣に襲われて死んでも、野獣そのものを憎むのがおかしいのと同じだ。
ウイルスも、人間や野獣同様、生き残ろうとしているだけである。

人間は、野獣に対しては圧倒的な力を持った。しかし、その力の行使を誤り、膨大な種の、野獣を含む生物を絶滅させた。
だが、ウイルス相手には、そうはいかない。
唯一、人間は天然痘ウイルスは絶滅させることが出来たが、ひょっとしたら、そのせいで、もっと手強いウイルスが生まれたのかもしれない。
いずれにしろ、コロナウイルスを「叩き潰す」ことなど絶対に出来ない。

ところで、さきほど、人間を殺した野獣に対し、まともな人間は怒りや憎しみを持ったりはしないと書いた。
それが、人間の悪意や間違いで起こったのでない限り、あらゆる人間に対してもそうだろう。
だが、新型コロナウイルスの場合は違う。
ウイルス自体には怒りや憎しみはなくても、これほど多くの人々を死に至らしめた人間の浅知恵には、怒りや憎しみではないかもしれないが、そこに看過出来ない(見過ごせない)エラー(誤り)があると解るのである。
その看過し難いエラーとは、
「力のある者が、力のない者に強引に接近する」
「力のある者が、力のない者を強引に引っ張り寄せる」
ことである。
無論、人間は古来より、集落を作ることで、あまり強くないという肉体的不利を補って生き延びたが、本来は、集団の中でもそれぞれ独立していた。
しかし、集団の中で(特に密接した集まりという意味での)チームを作って密着し、チームに入れない者を痛めつけ消し去り、あるいは、他のチームを攻撃して滅ぼし、敵チームのメンバーを取り込んだり、排除したりした。
つまり、人間が堕落した根本的な原因は「群れる」ことだった。
新型コロナウイルスは、「群れる」人間への罰のようなものだ。
無論、ウイルスは、人間を選んで罰する訳ではないので、亡くなった方や苦しんだ方への責任は、群れる人類全体にある。

群れず、個人個人が尊重され、自由であってこそ、個人は全体に貢献出来る。
個人が全体に貢献出来ない理由は、余計な(過度に密着し合う)チームがあるからであることは明白であろう。
群れるチームの中では、個人はチームには貢献しても、そのチームは全体を害してしまうのである。
群れないゆるいつながり、弱い絆こそが、人類の未来を開く。
そのことが理解出来ないと、人類は終わってしまうし、終わるべきであると私は思う。













当ブログオーナー、KayのAI書。5月30日発売。
現代社会で必要なITの最低限のスキルがあれば、数学やプログラミング、あるいは、AI理論が解らなくてもAIを作れるようになることを目指しました。
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また、実習で使うデータを作るためのExcelマクロ(VBAプログラム)を無料でダウンロード出来る特典付です。
プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんを愛す
[AI&教育blog] メディアの風


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