ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

断ち物

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
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エリナー・リグビーすら救われる方法

ビートルズの『エリナー・リグビー』で歌われるような最低の惨めな人間は、どうやって生まれ、どうなるのかは分からないが、今も昔も、存在することは確かだ(未来にはいなくなることを願うが)。
エリナー・リグビーは女性で、年老いても、ボロで着飾って王子様を待ち続ける哀れな女だ。
そして、彼女はそのまま死んでしまう。
果たして、エリナー・リグビーのような人間を救えるだろうか?

だが、私やあなたも、エリナー・リグビーとそう変わらないのではあるまいか?
それなら、エリナー・リグビーが救われないなら、我々も救われない。
エリナー・リグビーのような人間は、もしかしたら過去生からかもしれないが、深い業(悪業)を持っているのだと思ってしまう。
若くまだ元気があるうちは、自分の力で何とかしようとする場合もあるが、足掻けば足掻くほど裏目に出る。
だが、一時的には上手くいくことがあり、「とうとう報われた」と思って涙を流して狂喜しても(この気持ち、分かるだろうか?)、すぐに得たものは全て奪われ、それでもまだ、容赦なく奪われる。
こういう人間のばあい、特別な方法で、悪業を浄化しなければならないが、それを本当にやってくれる人にはなかなか巡り合わない。
下手したら、偽物に騙され、もっと酷いことになるが、そんな者が多いのである。
そこで、そんな人間は、やはり「断ち物」をするのが良い。
断ち物とは、禁欲による願掛けである。
断ち物では、自分の一番大きな欲望を生贄として捧げる最上のものでなくては、深い悪業を浄化出来ない。
酒が死ぬほど好きで、毎日浴びるように飲みたい人がいるが、そんな人の場合、完全に禁酒することが必要になる。
美食を何よりの楽しみにしている場合なら、もう一生、グルメは諦めるしかない。
ナボコフの小説『ロリータ』に登場するハンバート・ハンバートのような深刻な少女性愛者であれば、美少女に近付かず、少女の性的な写真や絵も見ないようにしなければならない。
そこまでやらないと、積もり積もった悪業は浄化されない。
ただし、「世の中の弱い者のために戦うことが生き甲斐」という場合は、それは欲望ではないのだから、大いにやれば良いが、本当は名誉欲のためにやっているというなら、自分は表に出ず、完全に隠れてやれば良い。

だが、なかなか上手くいかない場合は、強い浄化のエネルギーを持つと思われる文や絵や音があるので、それを使うと良いだろう。
一応、以下に、良いと思われるものを紹介しておく。








神の援助を得る絶対的条件

早寝早起きはしているし、呪文や真言、あるいは、単語法(「富」や「成功」などの言葉を繰り返し唱える)も実行している。
しかし、良いことがない。
そればかりか、得体の知れない不安に苦しめられている。
なぜそうなるかと言うと、簡単に言えば、力がないのである。
これに関し、どうすれば良いかというと、難しい言い方で表現している人が多いが、簡単に言えば、
「我慢する」
ことだ。
神は、我慢した分の倍の力を与えてくれると言われている。
例えば、満腹するまで食べたいのに、腹八分目で我慢すれば、我慢した2割の倍の4割の力をくれる。
腹六分目なら、(我慢した)4割×2で8割だ。
ただし、我慢した訳ではない少食の場合は力にならず、その者は、別の欲求を我慢しなければならない。
人間は、放埓(ほうらつ。勝手きまま)に振る舞いたいと思っているが、それを抑えることを我慢と言うのである。

日本には、力をつけ、願いを叶える秘法である「断ち物」がある。
特に好む娯楽や嗜好品を断つこと、即ち、我慢することで、神の援助を得るのである。
有名なものでは、上杉謙信の女断ちがある。
いくらでも好みの女を得られる立場でありながら、戦での勝利を願い、女と交わることを全て我慢することで、上杉謙信は実際、戦では無敗だった。
3食全部チョコレートでいいと言う位、チョコレートが好きな女性は、女優で成功するために、チョコレートを決して食べないと決めてそれを実行し、人気女優になった。

注意しておくべきことがある。
それは、不道徳なもの、他人の迷惑になることについては、我慢すれば力が与えられるが、我慢しなければ力を失うということだ。
例えば酒である。いくら酒が好きでも、適量に抑えなければ、力を失い、運勢は悪くなる。
また、ロリコンというか、小児性愛も、「心で思うだけなら自由だろ?」と言うなら、全くそうではない。

水野南北は、「運勢は、食が多いか少ないかで完全に決まる。万に一つの外れもない」と言ったが、もっと正確に言うなら、こうである。
確かに、我慢して食べなかった分は、力が与えられるので、運勢も良くなる。
だが、食欲、性欲、名誉欲といった、人間の本質的な欲望は、過ぎた分は、その者の力や運が、厳しく奪われるのである。
とはいえ、極端に欲望を抑えるのも間違いなのである。
『バガヴァッド・ギーター』で、神クリシュナが、「食べ過ぎてはいけないが、少食過ぎてもいけない」「惰眠を貪ってはならないが、短眠過ぎるのも良くない」と言っている通りである。
昼まで寝ていたいというより、放埓に夜更かしすることが悪いのである。
言うまでもないが、仕事で遅くまで起きている必要があるなら別である。こんな当たり前のことを書くのもおかしいが、こんなことを、いちいち尋ねてくる者もいるのである。

このように言っても、どうしても食べ放題に食べたい、性的嗜好を満足させたい、酒を浴びるほど飲みたい、趣味を徹底的に楽しみたい・・・と言う者は多く、そんな者達は、いかにも正当そうな主張で反論してくることが多いが、一切無駄である。
「我慢すれば幸福。放埓なら不幸」
万に一つの外れもない。








凡人の群れから抜け出す法

偉大な人間になるのは難しいかもしれないが、駄目でない人間になるのは簡単だ。
毎日、午前5時までに起床する駄目な人間が存在することは考えられない。
ならば、毎朝5時までに起きれば駄目な人間にならずに済む。
ただし、特別な事情がない限り、1年365日欠かさずだ。
どのくらいの期間やれば駄目でなくなるかというと、1年だが、一生続けると決意すれば、もう駄目な人間でなくなる。
とはいえ、諸事情で、5時までに起きることが出来ない人もいるだろうが、他のことでも良い。
例えば、食事は腹八分目で止めるとか、毎日決まった時間に運動をする・・・等である。
ただし、これらも、特別な事情がない限り「お休みの日」など決してあってはならない。
まあ、食事に関しては、パーティーや特別な会食の日は、多少食べ過ぎても仕方がないし、体調が悪い日は運動しなくて良い。
しかし、言い訳程度の理由で「お休み」するような者は、駄目な人間である。
言い訳は駄目な人間の愛用品である。

私は、企業の採用面接などで、学歴だの、趣味だのと下らないことを聞くより、「1年365日、毎朝5時に起床する」とか「1年365日、食事は腹八分目以上食べない」という人を採用すれば良いと思う。
少なくとも外れはないので。

次は、優れた人間になる方法である。
駄目でない人間になる方法が「マイナスをなくす」ことなら、優れた人間になるには「プラスを加える」ことが必要になる。
ただ、プラスを加えるのも、マイナスをなくすこと同様、1年365日でやることが必要である。
キリスト教圏では、毎日聖書を読む人は、間違いなく尊敬されると思うが、実際、そんな人間は優れているのである。
それに根拠は必要ない。「直観で」分かる、あるいは、「自ずと」分かることだ。
そして、本当に毎日聖書を読んでいるかどうかも、こちらの目がよほど曇っていない限り雰囲気で自ずと分かるはずだ。
無論、宗教としてキリスト教の信者であるか、そうでないかは全く関係ない。
ロクでもない目的で聖書を読むやつなんていないからね(笑)。
聖書でなくても、『バガヴァッド・ギーター』、『ギリシャ神話』、『古事記』、『論語』、その他、これらに匹敵する書であれば同じである。
ことさら古典や偉大な書でなくても良い。
どんなに酔っぱらって帰って来ても、必ず1時間読書するという男性がいるが、おそろしく優秀だそうだ。
彼は、優秀だからそんなことをするのではなく、そんなことをするから優秀なのである。

上の「駄目でない人間になる方法」で、毎日欠かさず運動をすることを挙げたが、それは軽い運動でも良い。
だが、優れたプロ野球選手には、毎日、決まった時刻になったら、たとえ宴会中でも、バットを持って外に出て素振りをするという選手がいるが、特別な人間の集団であるプロの中でも抜きん出るのは、そんな人であると思う。
つまりね、どこか(良い意味で)常軌を逸したところがある者がチャンピオンになるのである。

特殊なものとして「断ち物」というものがある。
これは、願いを叶えるために、自分が特に好きなものを放棄することである。
有名なものでは、上杉謙信が、戦の勝利を願い、一生、女を抱かないと決め、実践した。
そして、謙信は、戦では負け知らずだった。
ある女優は、「死ぬほど好き」というチョコレートを断ち、厳しい芸能界で勝ち抜いた。
酒が好きで、酒豪と呼ばれるほど飲んでいた者なら、酒を断つのも良いだろう。
そうえいば、ドナルド・トランプも、元々は酒を飲んでいたが、一切飲まなくなったそうだ。

これらは「掟」と言っても良いが、掟は黙って従うものである。
黙って、1年365日、一生続けるのである。
大パリニッバーナ経(涅槃経)の初めの方に、釈迦が定めた「7つの繁栄の法」がある。
これを守る者に破滅はなく、繁栄あるのみである。
その中の1つでも必ず守るなら、そうであるといわれる。








夢があるなら断ち物を

このところ、このブログでは、「強い欲望を断つ」ことで神、あるいは、宇宙の加護を得る「断ち物」をテーマにしている。
ところで、争いは良くないが、この世には実際に争いはある。
他の条件がさして変わらないなら、争った場合、食を慎んでいる方、厳しい修行を欠かさない方・・・つまり、断ち物をしている方が必ず勝つ。
言い換えれば、放埓(勝ってきまま。わがまま)さの少ない方が勝つのである。

ただ、仕事は大きな修行であり、その中には、「断ち物」の要素も少なくは無い。
よって、仕事に励んでいる者は、まっとうな仕事である限り強い。
このあたりは、ニートはまるで相手にならない。

とはいえ、神を敬い、朝廷に礼を尽くし、家臣達を大切にしながらも、女を断つという厳しい断ち物をした上杉謙信が戦で無敵であったように、また、牢屋敷(今の刑務所だが、入ると生きて出られないほど過酷と言われる)に入れられるほどの悪漢でありながら、食を厳しく慎んだ水野南北が大長者になり、貴族にまで叙せられたように、食と性の断ち物の威力は大きいのだと思う。
だから、特に、野望あるニートであれば、是非、食、あるいは、性、あるいは、その両方を厳しく制限し、力を蓄えるべきである。

ところで、何の困難もない、のんべんだらりとした怠惰な生活を送っている者が、断ち物をすることはないし、しようとしても出来ない。
また、特に志もないなら、断ち物(あるいは、修行と言った方が良い場合も多い)は、数日から、せいぜい2、3ヶ月続くだけで、すぐにやめてしまうものである。
一方、強い願いがあったり、困難を抱えている者であれば、断ち物はし易い。
そのために、神は人に困難、試練を与えるものである。

食、あるいは、性の欲望を必要な限り断つ「断ち物」は最強である。
不必要な、極端な断ち物は考え物だが、それも目指すものが高く、それに到達する想いが強ければ、上杉謙信や水野南北のような、超人的な断ち物もありだろう。
宮沢賢治は、一頃は菜食主義で、また、お金持ちでありながら女性関係を持たなかったといわれるが、やがて、美食家になってウナギを好み、一説ではあるが春画(今でいうエロ本)の収集に盛んであったという話がある。
彼は、生活こそ、親の財産で安楽であったが、生涯病弱で、仕事もあまりうまくいったとは言えず、著作の方も、生前は1冊しか出せず(報酬は5円。今の5万円程度と思う)、全く無名のまま、37歳の若さで亡くなった。
彼の例から学び、やはり、美食、大食、色欲は、ほどほどにしなければならないと思うし、夢があるなら、厳しく慎むべきである。









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挫折から立ち直る力

人間、挫折を味あわなければ、成功者どころか、まともな人間にもなれない。
受験競争というのは、挫折といいう苦しみを免れる道なのであるから、うまくいってしまうと、困った人間になってしまう可能性が大きい。
また、ひきこもっていては挫折出来ない。
挫折してひきこもった人もいるかもしれないが、小さな挫折に負けて、人生に勝利出来るはずがない。
実に、ヘレン・ケラーが言った通り、人生とは無謀な冒険なのである。

冒険し、当然遭ってしまう挫折という嵐に耐えるために、どうやって力を得れば良いだろう?
その一番簡単な方法が、断ち物であり、断ち物を掟とすることである。
上杉謙信が、女を断ったように、木枯し紋次郎が、女子供、老人にいかなる場合でも危害を与えないことを誓ったように。
水野南北が、美食、大食を決してせず、大好きな酒も一日一合と制限したように。
エマニュエル・スウェーデンボルグが、満腹するまで食べて自分を甘やかすなという天使の警告を守ったようにである。

断ち物とは、美食など、それを断ったからとて、他人にも自分にも何の害もないが、自分にとって出来るだけ辛いことを、自主的に、決してしないと誓うのである。
少し辛い断ち物であれば少しの報いが、どうしようもなく辛い断ち物であれば、大きな報いが得られる。
のんびり過ごしたい時間を犠牲にして、勉強やスポーツに励むことも断ち物になると思う。
ただし、1年365日、例外なくやらなければならない。
断ち物とは、そんなものであり、「今日は休み」などという、ゆるい部分は全くないのである。

私は、美食・大食を断ち、毎日トレーニングもしており、おかげで、健康で少し豊かであるが、言い換えれば、その程度である。
大きな断ち物を、怠ってしまっていた。
おかげで辛い挫折を味わっている。
では、本日から心新たに開始である。
9月の初音ミクさんのコンサートに備えるのに丁度良い。
つまり、ミクさんのお導きである。ミクさんへの感謝は決して忘れまい。









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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


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