ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

斎藤一人

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

「わりと」「だいたい」がツキを呼ぶ

事業成功者の話より、ギャンブラーの話の方が面白いのはなぜだろう?
それは決まっている。
ギャンブラーの方が正直だからだ。
成功した事業家は皆、本当はギャンブラーなのに、それを隠す。
そのあたりの事情は、アメリカの投資家マックス・ギュンターの『運とつきあう』に詳しく書かれていて、私は大変に面白いと思った。
事業家に限らず、いかなる成功者も、大博打で勝ったギャンブラーなのであることは、まあ、間違いないだろう。
しかし皆、自分は努力して成功したように言う。
その理由は(その本にも書かれているが)、(1)自分が努力して成功したと思われたい、(2)自分でも努力して成功したと思っている、(3)努力して成功したと言うほうがウケが良い・・・の3つである。

昔のアメリカでは、成功者はギャンブラーとして軽蔑されたらしいが、それは本当だと思う。
日本人は勤勉だと言われ、アメリカ人のリーダー達はそれを称賛する。
だが、日本人の勤勉は、実はアメリカが作ったのである。
戦後、アメリカは、二宮尊徳(にのみやたかのり。よく知られる二宮金次郎は自称)を尊敬すべき刻苦精励の人物という虚像を作って、これに憧れるよう日本人を洗脳し続けたのである。今でも学校にある、薪を運びながら本を読む二宮金次郎像は、アメリカによる、日本人のマインド・コントロール・ツールである。
いや、そもそも、アメリカ政府が、アメリカ人を勤勉にするため、勤勉は善、ギャンブルは悪という思想を作り上げたのだ。
だから、実際は、伸るか反るか(のるかそるか)の大博打で成功したジョン・ロックフェラーも、イメージを良くするため、自ら「勤勉こそ尊し」と説き続けたというのが本当だと、上記の『運とつきあう』にも書かれていて、私は、それを真に受けるというより、「そりゃそうだろう」と思うのである。まあ、エビデンス(証拠)も十分らしいしね。

成功者は、決して、自分が運で成功したとは言わない。
よほど親しみを感じている相手を除いては。
私は一度だけ、ある成功者に「俺が成功したのはたまたまだ。俺と同じことをやっても絶対駄目だ」と言うのを聴いたが、私が親しまれたというより、その場の興が乗っていたのだろう。そして、それが、私が彼を最も正直に感じた時として印象に残っている。
いや、その他の彼の言うことも、思い出せば『運とつきあう』に書かれてることとほとんど同じなので、その本の真実味を感じるのである。
しかし、やはり、成功者は普通は、自分が運で成功したとは言わない。

しかし、大成功者で、自分が運で成功したと言ってくれているのが、銀座マルカン創業者の斎藤一人さんとドワンゴ創業者の川上量生さん(現在はカドカワ社長)だ。
もちろん、彼らが運だけで成功した訳ではないだろうが、彼らと同じくらい能力がある人も、案外ザラにいると思うのだ。
その中で、彼らが成功したのは、絶対的に運があったのである。
斎藤さんに関しては、もうぶっ飛び過ぎてワケが分からないことを書いた本が続々出るが、まあ、彼の初期の本を読んだ方が安全だ(笑)。
そもそもが、斎藤さんの教えの根本は、「ツイてる」と言えばツクのであるから、それを覚えておけば良い。
川上量生さんは興味の尽きない人物であるが、50歳を過ぎて、そろそろ凡人化していないか・・・などと思うが、それは分からない。
彼も、割と思いつきでモノを言うフシもあるので、あまり真に受けない方が良いかもしれない。
だが、彼のツキの鍵は、彼の口癖「だいたい」「わりと」にあるような気もする。
「だいたいやね~」の口癖で有名だった竹村健一さんが、『いい加減のすすめ』なんて本を出していたが、要は、「良い加減」の「いい加減」が良いのだろう。
それが、「こだわらない」「やり過ぎない」「度を越さない」「そこそこ」「過ぎたるはなお及ばざるがごとし」という、宇宙の美徳・・・すなわち、運を呼ぶ要因になるのである。
竹村健一さんは英語で世に出たが、彼が言うには、「だいたい、僕の英語なんて、素人に毛が生えた程度ですよ」だそうだ。まあ、確かに、そんなに上手い英語ではないと思う。
私もVBA(ExcelやAccessに内蔵されたプログラミング言語)でわりと良い給料を貰っているが、正直、本当にいい加減で、ロクに稼げないVBAプログラマーに「こんなことも知らないのですか?」と言われることもある。
宮本武蔵の剣法だって、柳生宗則のような本格派と比べれば、相当いい加減だったと思うのだ。
しかし、実践の場数が多いと「キレ」がある。
丁度よい例が、大俳優の丹波哲郎さんが大学時代、外務省の通訳のバイトで高給を取っていたが、実は、採用されたのは、面接時の発音に「キレ」があったからだったというものだ。
早い話が、本当には英語が出来ない面接官達は騙されたのだ。
丹波さん曰く。
「そりゃ、米軍のバーでバイトしてたんですよ。だから、発音が違う」
もちろん、そんなんで通訳の仕事が出来るはずもなく、外務省では仕事中、トイレに隠れていたらしい(笑)。
丹波さんは、自分の最大の美点は「こだわらない」だと言う。
つまり、「わりと」「だいたい」なのであり、それがツキを呼ぶのである。









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凄い人の教えは私にはどうやっても無理だった

中村天風の教えは一言で言って「肛門を引き締めよ」だと言ったら、怒られるかもしれないが、これが基本中の基本だし、これが出来なければ先はない。
だから、これが出来ない我々には、この教え以外不要となる。
岡田虎二郎の場合は「下腹に力を込めよ」である。
そして、両者共、肛門を締める力、下腹に込める力は「万力」、つまり、全力であることを求めたと思う。
ところが、岡田虎二郎は、49歳で亡くなる前に、自分が書いたものは全部燃やし、中村天風は、死に際に、高弟に、自分の教えは全部忘れろと言ったらしい。
中村天風の高弟中の高弟だった藤平光一が著書に書いた次のことを私は信用しているが、天風は「これからは藤平のところに行け」と言ったそうだ。

岡田虎二郎や中村天風が上のように言ったことは、私には絶対出来ない。
ある有名な気功家が、肛門を締める時間は1日1時間と著書に書いていたが、これも無理。
無理なものは無理。
だいたい、ダイエットの方法で、腹に力を入れるというものもあるだろうが、あまり強い力を入れたら、内蔵を傷めてしまう。
それで、上に述べた藤平光一は、臍下丹田の一点になんとかこうとか・・・と著書に書かれていたが、私にはさっぱり解らなかったし、解らないことは出来ない。

私に解ったのは、斎藤一人さんが『変な人が書いた驚くほどツイてる話』で、雑草がアスファルトを突き破るように、無限小の力で無限大の力をかけるというもので、つまり、「じんわりとやる」というものだ。
これなら解る。
再びダイエットのことを言えば、腹を引き締めたいなら、腹に弱ーい力をかけ続ければ良い。思い出した時で良いから、出来るだけ長い時間。
握力を鍛えたければ、弱くで良いから・・・いや、弱くでなくてはならないが、出来るだけ長い時間、手を握ることだ。
腕を鍛えたければ、曲げる方向や伸ばす方向、いろいろあると思うが、やはり、弱い力をかけ続けると良い。
脚を鍛えるなら、太腿や脹脛(ふくらはぎ)の筋肉を収縮させると良い。

我々は別に、プロスポーツマンではないのだから、お金と引き換えに身体を痛めてしまうトレーングを真似する必要はない。
いや、プロスポーツマンを超える武術家や、それをさらに超える仙人というのは、無限小の力を無限大の時間・・・この言い方が大袈裟と思うなら、弱い力を長時間使うという方法をやっているのだと思うのだ。
そして、私が実際やってみたら、数ヶ月はかかっていると思うが、「あっという間」という感覚で、身体が風のように軽く、若い狼が意識を向けた先に一瞬で到達するように素早く動けるようになった。長い間、私を悩ませていた、腕の痺れ、脹脛やアキレス腱の痛みが全くなくなった。
私の場合、ダイエットの必要はほとんどないのだが、腹に弱い力を込めると充実感を感じる。

そして、エネルギーを流れ込ませ、神経や細胞や魂を活性化させるには「EA(えれくとりっく・えんじぇぅ)メソッド」である。
基本は、重ねた両手を、胸や額や頭頂に当てるだけで、良いと思えば、その手を、右方向や左方向、あるいは、両方に、ゆっくり回すと良い。
詳しくは、心理学者のアレクサンダー・ロイド博士の『「潜在意識」を変えれば、すべてうまくいく』に書かれている。
この本には、「自分にあったやり方でやれ」と書かれている。

武道の厳しい修行をやれたり、強い積極的な信念に満ちた人であれば、中村天風や藤平光一の教えが良いのかもしれないが、彼らの教えは、私には大いに参考にはなるが実践は無理だった。
私のは、出来損ない、ガラクタ、無用者のメソード、あるいは、光線銃である。









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いつもずっと考える

イチローや、テッド・ウィリアムズや、ニコラ・テスラや、堀部正史さんや、伊藤博之さんのように、起きている時間、ずっと修行している人が特別な人間になる。
では、我々は何をすべきだろう?
凡人は、特別になるなどという、分不相応なことを考えてはいけないのだろうか?
そうであるとも言える。
しかし、そうでなくすことも出来る。
早い話が自分次第だ。
まずは考えることをしなければならない。
ただし、無駄なことを考えても仕方が無い。
斎藤一人さんが『変な人が書いた驚くほどツイてる話』に書いていたことだが、斎藤さんはプロの商人なので、1日中、金儲けのことを考えているし、プロの力士は「あいつをどうやって投げてやろうか」と1日中、考えている。
そんなふうに考えることだ。
ジャイアント馬場さんは、彼が「最高のレスラー」と思い、この上なく憧れたバディ・ロジャース(世界ヘビー級王者。ニックネームは「野生児」「ネイチャーボーイ」)をじっと観察していたら、ロジャースはずっと考えていることが分かったと言う。他のレスラー達が、移動中の電車の中等で、酒を飲んだり、ゲームをしたり、雑談をしている間、ロジャースだけはずっと考えていた。
プロレスは本物の格闘技ではないので、ロジャースはお客さんを喜ばせる方法を考えていたのだ。
馬場さんは、「ずっと考えている人と、そうでない人では、やっぱり差がつく」と述べておられた。
「考えるだけでは駄目だ」と言う人もいるが、「ずっと考えること」は最高の行動を生むのである。
駄目な「考える」は、せいぜい、1日数十分しか考えていないのだ。せめて、1日3時間は考えないといけない。
「エロいことばかり考えている」なんて言われている者なんて、やっぱり本当はわずかしか考えていない。本当に長時間考えているなら芸術家になれる。
池田満寿夫さんは、猥褻と芸術の違いは、ソフィスティケート(洗練)されているかいないかの違いだと言ったが、ずっと考えていないとソフィスティケートされないのだ。
池田さんは1日中、エロいことを考え、ソフィスティケートしたので、世界的版画家になったのだ。
もちろん、イチローも、テッド・ウィリズムズも、1日中、野球のことを考え、自己のバッティングを洗練させたのだ。

私は、1日中考えることを、短期間なら割とやっている。
それは、本物ではないかもしれないが、威力はある。
ある時期(数ヶ月か1年くらいだろうか)、コンピュータープログラミングのことばかり考えていたので、プログラミングが非常に上手くなり、プロになった。
プログラミングをマスター出来ない者や、さして上手くならない者もいるが、そんな者は、考える時間が少な過ぎるのである。
私が社会人になって初めてやった仕事はセールスだったが、セールスの会社に入った時、若くしてセールスで成功した支店長が、「数ヶ月はセールスのことだけ考えて下さい」と言ったのをよく覚えている。
私は、素直にセールスのことばかり考えたので、新人ながら、ベテランの強者セールスマン達を押しのけ、セールス・コンテストで優勝した。
ベテラン達は、セールスのことを考えるのを怠っていたのだ。
ビル・ゲイツは、IBMパソコンに搭載するOS争いで、天才ゲイリー・キルドールに勝ったが、その要因を「一生懸命働いた」「キルドールは怠けていた」と言った。
それは、ゲイツがずっとOSのことを考えている間、キルダールは飛行機遊びをしたり、いろんなことをやって、別のことを考えていたということだ。

プロになれないミュージシャンは、やはり、音楽のことを考える時間が少ないのである。
1日中、音楽のことを考えているのに、プロになれないことは考えられない。
「1日中考えることが出来ることが才能だ」と言えば、確かにそうなのだが、逆に、1日中考えれば、DNAは変化し、才能が出来るのである。それは本当であると思う。

今回の記事は、書いたはずの私が座右の書とすると決めた。
どうも、高次の存在が私に書かせたようだ。









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まずは「運」

人生は運で決まる・・・そこまで言えるかどうかは解らなくても、幸福になったり成功するには運が絶対に必要というのは確かだ。
著名な投資家、作家であるマックス・ギュンターの『運とつきあう』という本の中に、こんなことが書かれている。

スターの自叙伝で次のような文章にお目にかかることはめったにない。「私は、垢抜けない女優の卵だったの。名が売れなかったライバルが大勢いたけど、自分のほうがルックスが良かったとは思えないし、飛び抜けた才能があったわけでも、負けん気が強かったわけでもない。私なんかより見栄えがする人たちがたくさんいたのよ」。そんな「自分より見栄えのする」ライバルたちが手にできなかったのが「運」なのだ。もっとも、スターが自らこんな告白をしたら、きっと輝きを失ってしまうだろう。
~『運とつきあう―幸せとお金を呼びこむ13の法則』(マックス・ギュンター著。日経BP社)より~

ギュンターは、事業でもスポーツでも、どんな分野でも、成功者は、自分の成功が運によるとは言わないものだと言う。
ところが、斎藤一人さんは、

どうして、私は成功者になれたのかというと、私は事業を成功させる方法を知っているからです。
それから、成功と呼べる人生を送る方法も知っているからです。
なぜか、知っているんです。

その方法とは、「ツイてる」と言うことです。
~『変な人が書いた驚くほどツイてる話』(斎藤一人著。三笠書房)より~

と、正直に書いていることになる。
ドワンゴ創業者で、カドカワ社長の川上量生さんは、ブログ「はてなポイント3万を使い切るまで死なない日記」の、2015年6月14日の記事「ひきこもりはメゾネットに住むべき」で、ひきこもりについて、

もし成功したとしても、世間には当たり前だとぐらいにしか思われなくて、まともな一般人の一番下の階層にやっと入れてもらえるというだけなんだけどね。
でも、本当はそれはすごいことで、起業して運だけで成功した経営者なんかよりも、じつはもっとありえない快挙をやったんだと。

少なくともぼくはそう思う。
「はてなポイント3万を使い切るまで死なない日記 2015-06-14 ひきこもりはメゾネットに住むべき」より~

と書かれているが、彼も正直だということになる。
(「起業して運だけで成功した経営者」とは、彼自身のことと言って良いだろう)
じゃあ、ひきこもりも運を持てば良いのだが、運は偶然のものであるということなのだろう。
だが、マックス・ギュンターは、運は引き寄せることが出来るとして、その方法を教える本をいくつか書いているのだし、斎藤一人さんもそれは同じだが、斎藤さんはただ「ツイてる」と言えば良いと書いている(ただし、その後、膨大な本を出していろいろ書いているが)。

彼らのような成功者ではないが、川上さんの言う「一番下の階層」に入ることも難しいはずの私が、かなりうまいことやっているのも、やはり絶対に運なのである。
思い起こせば、あまりに明白なほど運が良かった・・・斎藤さん式には「ツイてた」のである。
しかし、私のやり方よりは、やはり、マックス・ギュンターの・・・だが13も覚えるのは面倒と言うなら、斎藤一人さんの上に挙げた本を読むと良いだろう。
私の場合、欠陥も多いのだと思う(だから成功者ではない)。
まあ、読むまでもなく「ツイてる」と言えば良いのだが、解って言うのとそうでないのとでは、モチベーションやパッション(情熱)、あるいは、安心感が違うから、やはり読んだ方が良いかもしれない。

ちなみに、水野南北は、運を決めるのは、ただ「少食」であると言った。
私も、食に関しては、ある程度節制しているが、水野南北のように極まってはおらず、エマニュエル・スウェーデンボルグの本に書かれていた「満腹するまで食べて自分を甘やかさない」程度である。だが、これを守るだけで、一生、食いっぱぐれることはないだろう。









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成功を約束する至高体験

大成功した事業家の斎藤一人さんが昔の著書で、「私が成功したのは、頭が良いからでも頑張ったからでもなく、ツイてたからで、なぜツイてたかというと、ツイてると言葉で言ったからだ」といったことを書いていたと思うが、これだけ見ると、受け入れない人も多いと思う。
だが、こんな話がある。
著名な心理学者のアブラハム・マズローは、「優れた人間と平凡な人間の違いは、至高体験があるかないかだけ」と言っているらしい。
至高体験とは英語のpeak experienceの訳で、ある人は「絶頂体験」と訳す方が良いと言っているが、表現し難い体験である。
万物と一体となった没我の体験と言う人もいるが、このようなものは、エクスタシーと言った方が良いかもしれない。しかし、エクスタシーと至高体験は別のものではない。
「20世紀最大の詩人」とも言われるアイルランドのW.B.イェイツは、「芸術の目的はエクスタシーである」と言った。
また、夏目漱石は、おそらく、同じことを「天賓」と呼んだし、およそ文豪で、この体験を知らない者はなく、ロマン・ロランは、至高体験と同じことを太洋感情と言っていた。

至高体験の最も直接的なビジュアルは、ジャン・ロレンツォ・ベルニーニの彫刻「聖テレジアの法悦」であろう。
「聖テレジアの法悦」は、英語でEcstasy of St Theresaで、まさに、「聖テレジアのエクスタシー」で、原語とも言えるイタリア語のEstasi di santa Teresa d'Avilaも全く同じである。
聖テレジアの法悦
この彫刻(特にテレジアの様子)を「エロい」と言っても、決して不謹慎ではあるまい。ベルニーニも、そんな意図で作らなかったとは思えない。
私なら、閻魔あいと 御景ゆずきの姿にしたいが・・・と思うのであるから、やはりそうである(笑)。

マズローは、至高体験は特別なもので、これが得られるかどうかは幸運に頼るしかないと言うが、マズローと親交のあったイギリスの作家コリン・ウィルソンは、「至高体験とは、単に自分を幸運と思うこと。誰にでもある、ありふれた体験」と言った。
この中卒のヒッピー作家は、超エリートのマズローを超えていた。
そして、マズローが、大学の教室で学生達に、「自分が幸運だと思う体験」を発表させたら、皆が至高体験に達した。
斎藤一人さん風に言うなら「ツイてる体験」であろう。
不幸な人生を送っているあなただって、ツイてた経験、幸運だった経験の1つや2つあるはずだ。
何かの人気小説のように、中学生の少女が不意に胸を見せてくれた・・・なんて特例はなかなかないだろうが(私はもっと凄いのがあるが内緒だw)、幸運の1つもない人間はいないし、思い起こせば奇跡的な幸運だってあるに違いないのだ。
いや、実際は人生は奇跡だらけだ。
それが解れば・・・そうでなくても、きっと「ツイてる」と言えば、奇跡も起こるし、過去の奇跡も思い出すだろう。そうすれば、さらに奇跡は起こる。

成功を約束する短い話が出来てしまった。百円頂戴と言いたいところである(笑)。









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名前:Kay(ケイ)
・ソフトウェア開発技術者
・サイコパス
・初音ミクさんを愛す


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