昨夜、午後11時過ぎから、『人生を変える魔法の物語(原題:The Magic Story)』を一通り読んだ。
30分程度で読んだと思う。久し振りで読んだが、意味が分かってきたこともあり、面白かった。
人間が、力と幸運を得るには、昔風に言えば、良い背後霊についてもらうことだ。
政木和三さんの言い方では、優れた第二、第三の生命体(自分自身は第一生命体)についてもらうこと。
そして、『人生を変える魔法の物語』に書かれている表現では、「プラスの自分」についてもらうことだ。「プラスの自分」は原書では「プラスの生命体」で、政木和三さんの教えと同じなのだと思う。
『ローム太霊講話集』で、太霊ロームは、「釈迦やイエスは、背後霊との提携について教えるべきだった」と言っていたらしいが、イエスは、悪い背後霊(あるいは、第二第三の生命体)である悪霊を、それに憑りつかれた人から度々追い出している。
そして、確かに、直接は言わなかったかもしれないが、釈迦やイエスの教えを守れば、結果、優れた背後霊(第二第三の生命体)がついてくれるのだと思う。
良い第二第三の生命体についてもらうには、自分自身である第一生命体がしっかりしないといけないが、「しっかりする」とは、正直であるとか誠実である、公平であるといった、基本的なことはもちろん必要であるが、何と言っても、前抜き、積極的、プラス思考であることが大切である。
そのためには、積極的、前向きな人間の代表格であるトランプ大統領がこよなく尊敬するノーマン・ヴィンセント・ピールの著作『積極的考え方の力』を読むと良い。
尚、余計なことかもしれないが、私は、この本の現時点(2021年4月)での一番新しい翻訳本があまり好きでない。桑名一央(相沢勉)訳が良いと思う。ただし、あくまで主観である。
ピールの基本的な方法は、聖書の言葉を唱えることだ。
代表的なものは、
「私を強くして下さる方によって、私はどんなことでも出来る」
「もし神が我々の味方なら、誰が我々に敵しえようか?」
である。
こう唱えることが祈りであると言える。
そして、こう祈ることで、神の力を持つ第二第三の生命体が来るのではないだろうか。
神が直接助けるのではなく、その代理として、輝く宇宙エネルギーであるところの、優れた第二第三の生命体が、こまごまと世話をしてれるのではないだろうか。
一方、業が深かったりで救いようがない劣悪な人間でも救ってくれるものが念仏だと言われる。
これは、自分を消す手段なのだ。
自分である第一生命体が立派になれば良いのだが、優れた第一生命体は、上で述べた通り、前向き、積極的な魂である。
だが、第一生命体を最も輝かせるのは、自我が消えた・・・いわゆる無になることである。
念仏を唱え続けると、自我が消え無になる。
ただ、それには、よほどの時間、唱えないといけないのだと思う。
一方、「論理的に無になり易い言葉」というものがある。
何の意味もない言葉を唱えれば、思考が生まれないので、無になるという原理である。
そんな言葉として、「ナ・ダーム」という言葉がある。
何の意味もない上、唱え易い言葉であり、「ナ・ダーム」と唱えることで、どんどん思念が消えていき、無に近付く。
TM(超越瞑想)も同じ原理を採用していると思われ、ごく短い、何の意味もない言葉(TMでは「マントラ」と呼ぶ)を唱えることで、想念を消すのである。
TMの場合は、1人1人に別の言葉を教えるが、おそらく、言葉の種類は、それほど多くはないのだと思う。
誰かがマントラは単に年齢で決まると暴露していたと思うが、いずれにしろ、効果的な方法ではあると思う。
ところで、自我を消す最強の方法は、政木和三さんが教えてくれたように「欲望をぽーんと手放す」ことである。
自分の最も強い欲望を手放すのが一番効果がある。
酒が何より好きで浴びるほど飲みたい人であれば、自分の意思で断固として禁酒すれば、無になる大きなチャンスになる。
アイドルオタクであれば、アイドルファンを一切やめるのである。
ただし、欲望ではなく純粋に好きなもの・・・例えば、芸術や武道といったものをやめてはならない。
あくまで、「自我の欲望」、つまり、「自分しか気持ち良くしないもの」を捨てるのである。
美食家であれば、豪華な料理に目を向けなければ良いのだし、ロリコンであれば可愛い女の子のことを考えなければ良いのである。
厳しいことのように感じるかもしれないが、欲望を肥大化させてしまった者には必要かもしれない。
つまり、いくら前向き、積極的であろうとしても、「欲しい欲しい」という欲望が、自我を肥大させ、第一生命体を駄目にしてしまうのである。
「欲望をぽーんと手放す」、一言で言うなら「捨てろ」である。
30分程度で読んだと思う。久し振りで読んだが、意味が分かってきたこともあり、面白かった。
人間が、力と幸運を得るには、昔風に言えば、良い背後霊についてもらうことだ。
政木和三さんの言い方では、優れた第二、第三の生命体(自分自身は第一生命体)についてもらうこと。
そして、『人生を変える魔法の物語』に書かれている表現では、「プラスの自分」についてもらうことだ。「プラスの自分」は原書では「プラスの生命体」で、政木和三さんの教えと同じなのだと思う。
『ローム太霊講話集』で、太霊ロームは、「釈迦やイエスは、背後霊との提携について教えるべきだった」と言っていたらしいが、イエスは、悪い背後霊(あるいは、第二第三の生命体)である悪霊を、それに憑りつかれた人から度々追い出している。
そして、確かに、直接は言わなかったかもしれないが、釈迦やイエスの教えを守れば、結果、優れた背後霊(第二第三の生命体)がついてくれるのだと思う。
良い第二第三の生命体についてもらうには、自分自身である第一生命体がしっかりしないといけないが、「しっかりする」とは、正直であるとか誠実である、公平であるといった、基本的なことはもちろん必要であるが、何と言っても、前抜き、積極的、プラス思考であることが大切である。
そのためには、積極的、前向きな人間の代表格であるトランプ大統領がこよなく尊敬するノーマン・ヴィンセント・ピールの著作『積極的考え方の力』を読むと良い。
尚、余計なことかもしれないが、私は、この本の現時点(2021年4月)での一番新しい翻訳本があまり好きでない。桑名一央(相沢勉)訳が良いと思う。ただし、あくまで主観である。
ピールの基本的な方法は、聖書の言葉を唱えることだ。
代表的なものは、
「私を強くして下さる方によって、私はどんなことでも出来る」
「もし神が我々の味方なら、誰が我々に敵しえようか?」
である。
こう唱えることが祈りであると言える。
そして、こう祈ることで、神の力を持つ第二第三の生命体が来るのではないだろうか。
神が直接助けるのではなく、その代理として、輝く宇宙エネルギーであるところの、優れた第二第三の生命体が、こまごまと世話をしてれるのではないだろうか。
一方、業が深かったりで救いようがない劣悪な人間でも救ってくれるものが念仏だと言われる。
これは、自分を消す手段なのだ。
自分である第一生命体が立派になれば良いのだが、優れた第一生命体は、上で述べた通り、前向き、積極的な魂である。
だが、第一生命体を最も輝かせるのは、自我が消えた・・・いわゆる無になることである。
念仏を唱え続けると、自我が消え無になる。
ただ、それには、よほどの時間、唱えないといけないのだと思う。
一方、「論理的に無になり易い言葉」というものがある。
何の意味もない言葉を唱えれば、思考が生まれないので、無になるという原理である。
そんな言葉として、「ナ・ダーム」という言葉がある。
何の意味もない上、唱え易い言葉であり、「ナ・ダーム」と唱えることで、どんどん思念が消えていき、無に近付く。
TM(超越瞑想)も同じ原理を採用していると思われ、ごく短い、何の意味もない言葉(TMでは「マントラ」と呼ぶ)を唱えることで、想念を消すのである。
TMの場合は、1人1人に別の言葉を教えるが、おそらく、言葉の種類は、それほど多くはないのだと思う。
誰かがマントラは単に年齢で決まると暴露していたと思うが、いずれにしろ、効果的な方法ではあると思う。
ところで、自我を消す最強の方法は、政木和三さんが教えてくれたように「欲望をぽーんと手放す」ことである。
自分の最も強い欲望を手放すのが一番効果がある。
酒が何より好きで浴びるほど飲みたい人であれば、自分の意思で断固として禁酒すれば、無になる大きなチャンスになる。
アイドルオタクであれば、アイドルファンを一切やめるのである。
ただし、欲望ではなく純粋に好きなもの・・・例えば、芸術や武道といったものをやめてはならない。
あくまで、「自我の欲望」、つまり、「自分しか気持ち良くしないもの」を捨てるのである。
美食家であれば、豪華な料理に目を向けなければ良いのだし、ロリコンであれば可愛い女の子のことを考えなければ良いのである。
厳しいことのように感じるかもしれないが、欲望を肥大化させてしまった者には必要かもしれない。
つまり、いくら前向き、積極的であろうとしても、「欲しい欲しい」という欲望が、自我を肥大させ、第一生命体を駄目にしてしまうのである。
「欲望をぽーんと手放す」、一言で言うなら「捨てろ」である。