ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

政木和三

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

呼吸で駄目チームから脱出する

世の中には本当に駄目なやつが居るし、私は、そんな駄目なやつに興味がある。
「なぜ、こいつらは駄目なままなんだろう?」という興味であるが、決して、上から目線で見ている訳ではない。
私が立派だと言うつもりは毛頭ないが、「不思議なことに」駄目チームに入ることだけは免れたと思うが、なぜそうなったかは、まさに謎だ。
なぜ、私が駄目チームに入っていないのかというと、いつも良い思いをしてきたからだ。
別に、あらゆることで良い思いをしている訳ではないが、社会でおよそ苦労をしたことはない。
一例を挙げると、無役で何も出来ない若手社員の頃から専用の部屋を与えられ(隔離されていたという説もあるが 笑)、可愛い女の子のアシスタントが複数付くこともあった。

では、駄目なやつと私の違いは何かというと、私が12歳の時、「4つの息」という呼吸法を知ったからだと思う。
この「4つの息」は、最近よくご紹介している、超能力を得るため、あるいは、引き寄せの力を高めるための呼吸と同じだが、最も単純なものだ。
単純だから、賢くない子供だった私でも覚えられたのである。
それが載っていたのは、今は絶版で、古書も高価な場合が多い、ウォルター・アーネスト・バトラーの『魔法入門』だ。
ただし、同著者の『魔法修行』の方は、入手がし易いと思うが、おそらくだが、こちらにも載っていたと思う。はっきりとしないが、ただ、あまり詳しくは書かれていなかったような気もする。
『魔法入門』で、「4つの息」が書かれた5行を引用する。

先ず修行者はくつろいだ条件の中で座るか横になるかして次のような方法で息をする。
1 ゆっくりと吸い込み、心の中で一、二、三、四とかぞえる。そこで息を止め、一、二とかぞえる。
2 同じスピードで息をはき、ふたたび一、二、三、四とかぞえる。次に肺を動かさずに止めて一、二とかぞえる。

ただし、この文章の前に、「呼吸を止める」方法について、細かい説明が書いてあることを白状する。
簡単に言えば、喉や鼻の通路を意思の力で止めることをしてはならないということだ。
呼吸法の本は多いが、この点を注意しているものを見たことがない。

だが、息を吸っていったん止め、ゆっくり吐くことを覚えておけば、一応効果はある。
大切な仕組みはこうだ。
息を吸えば、空気中の気(プラーナ、サイ粒子、幽子、GTP)が一緒に入って来るが、普通の呼吸では、息を吐く時に、気も一緒に出ていくだけである。
だが、吸った後で息を止めると、気は脳と何らかの作用を起こす。
そして、ゆっくり吐くほど、気は体内に残る。
政木和三さんも、小学生の時に、呼吸の訓練をし、1分に1回の呼吸をマスターしたようだ。
政木さんがとんでもない超能力者であるルーツはそこにあると思う。
この点、私とは比較にならないほど呼吸の練習をしたようだ。

呼吸の練習を、いつでもどこでも出来る良い方法がある。
私が大好きな翻訳家の川口正吉さんが、翻訳された『ナ・ダーム』という本のあとがきで書かれていたことだ。
確か、こんなことだった。
「右まゆの左端の付け根に意識を集中し、心の中で『ナ』と唱えながら息を十分に吸う。そして、『ダーム』と心の中で唱えながら、ゆっくり息を吐く」
「ナ・ダーム」は全く意味のない言葉であるが、研究と実験により、精神に最も影響を与えないこの言葉が作られたそうだ。
この呼吸のやり方だと、吸った後で自然に息が止まり、ゆっくり長く吐くようになる。
「ナ」で吸った後、一瞬、息が「止まり」、「ダーム」でゆっくり「息が出ていく」と、意思で無理に「やろう」とはせず、「思えば」良いのだと思う。
自然に「行われる」ようにするのだ。
これこそが、どこでも出来る有難くも便利な呼吸法と思う。
昨日(1月8日)、ご紹介した 「金の呼吸」は、部屋の中で行う最上の呼吸法だが、やらなければ意味がないので、どこでもやれる方法を知っておくのは良いことだ。

吸って、止めて、静かに吐く呼吸を熱心に練習すれば、駄目なグループから抜け出し、全ては良い方向に回り出すと思う。








4通りの超能力開発法

いまさらながら、私は、マスコミの言うことは一切、信用しないことを決意する。
私は、ほんの数ヵ月前までは、アメリカ合衆国大統領ドナルド・トランプに関し、多くの人と同じく、「(悪い意味で)まともな人間でない」と思っていた。
ただ、大統領として、少なくとも経済で成功していることは事実だと解っていた。
その点、オバマは客観的に言って大失敗だった。
そして、この2ヵ月と少しで、トランプが、素晴らしいと言うより、凄い人であることが解った。

マスコミがその筆頭と言って良いが、人が伝える情報・・・特に風説(世間のとりざた。うわさ)も、それがいかに本当のようでも全く信用しないことに決めた。
電波工学の世界的権威であった、関英男博士も、まともでない人間・・・古い言い方では「トンデモ」さんだと言われていた。
だが、あれほど偉い人はいないと思う。
また、政木和三博士や、橋本健博士らも、似たところがある。
ところで、私は、政木博士とは何度も会ったし、橋本博士とは、直接には会わないまでも、何度か重要なメールのやり取りをした。
しかし、ついに、関博士とは、会うことも、eメールや手紙のやり取りをすることもなかった。
だが、私がこれまで、特に社会的なことで引き寄せを上手くやれた時というのは、考えてみれば、関博士のやり方を実施した時だった。
それは、1つは腕振り運動で、もう1つが、「ゆっくり息を吐くこと」だ。
参考に、もう2つ言っておくと、1つが、両てのひらを合わせる・・・つまり合掌することで、左右の手のひらの間でエネルギー交換を行うこと、そしてもう1つが、「私は元々超能力者である」という呪文を唱えることだ。
結局、私は、この4つ(1つずつのことが大半だが)で、いつも良い思いをしてきたのである。
よろしければ、やってみていただきたい。








引き寄せの素振り

北野たけしさんが言ったからどうというのではないが、彼が著名人の話をする時、実際に会って話していると思える場合には、多少、ポイントが高い(信憑性がある)かもしれない。
で、その北野さんが以前、何かのテレビ番組で、プロ野球のバッターの素振りについて、
「一晩中、バット振ってるやつって、やっぱり好きでやってんだ」
みたいなことを言われていたが、それが当たり前であることと共に、北野さんは、実際に思い知ったことがあるのかもしれない。

改めて言うのも何だが、人間は好きなこと、楽しいこと、面白いことをしなければならない。
イチローが素振りをする時、
「苦しいけど、打撃上達のために」
なんて思っているはずがない。
楽しいから振っていたに決まっている。
だが、やっぱり、何かのために、シンドいけど、筋トレしたり、勉強したりする人が多いのだ。
それが、一般の人間の能力を、低レベルに留めておきたい支配者の企てでもあるかのようにね(笑)。

『信念の魔術』という本で知られるクラウド・ブリストルは、暇があったら、そこらの紙に$(ドル)マークを書いてしまうらしい。
つまり、お金が大好きで、実際に、大きな富を築いたようである。
だが、皆が皆、お金が好きな訳ではないので、各自、自分が好きなことをやれば良い。
私は¥マークを書いても、そんなに楽しくはない(笑)。

プログラミングの素振りは、「写経」で、良いプログラムを何も考えずタイピングすることだ。
写経が楽しいなら、間違いなく優れたプログラマーになれると思う。

引き寄せの法則では、イメージして楽しい気分になれば、イメージした通りが現実になる。
だが、「イメージしなければならない」と思ってイメージしても、楽しいはずがないから、それは現実にならない。
イメージするだけでは駄目で、良い気分になることが絶対条件だ。そこを省いてしまっている引き寄せの本が多い。
それどころか、良い気分でいれば、宇宙の方で、あなたをさらに良い気分にする出来事を「みつくろって」くれる。
政木和三さんは、研究所の近くのホテルのレストランでは、初めて行った時から、座っても何も注文しなかったらしいが、いつも、丁度良いものを出してくれると言う。
実際、私が一緒に行った時も、政木さんも私も何も注文しなかったが、和風の美味しい料理が出てきたものだった。
本当の願いなら、それが実現した時のことを考えると楽しくなり、宇宙は、その良い気分に同調して、それを実現してしまうのである。
そして、本当に楽しいことなら、長い時間でも考えていられるだろう。
イチローの素振りや、ブリストルの$マークのように。
(願った後、忘れてしまうという手もあるが、つい考えてしまうほど楽しければ仕方がない。大いに考えると良い)

また、『イット・ワークス!』で教えていることも、毎日、楽しく出来るし、考えるだけなら、いくらでも考えることが出来、それが楽しければ、やればやるほど願望の実現は速くなる。
これが、引き寄せの素振りと言えるかもしれない。








絶望的状況を引き寄せないために

インドの聖者ラマナ・マハルシは、聖典というものについて、
「いかなる聖典も、つまるところは、心を静かにしろと書かれている。よって、それが解れば、もう聖典を読む必要はない」
と述べている。
ラマナ・マハルシの教えの全ても、ただ、「心を静かにする」ことだけである。
また、彼と同時代の聖者、ニサルガダッタ・マハラジも、
「苦しむ人間の心とは、コップの中の水のように、かき混ぜると、いつまでも動き続ける。対して、ハチミツのような、かき混ぜても動かない心を持てば平和である」
と述べる。

これらは全く正しく、心理学者の岸田秀氏は沢山の著書で、結局のところ、揺らぐ自我・・・つまり、荒れ狂う心が苦しみの原因であると述べているのだと思うが、岸田氏は、それを克服することなど不可能であると断言しているのだと思う。
自我が安定した人間など、この世におらず、どれほど不動心に見える、立派な、修練を積んだと思われる人間も、所詮、自我は不安定で、すぐに揺らぐものである・・・ということと思う。
まあ、敢えて例外を挙げるなら、最初に述べたラマナ・マハルシやニサルガダッタ・マハラジが、安定した自我の持ち主・・・というより、マハルシの言うことから考えると、揺らぐべき自我が消失した人間ということになる。
マハラジも、「世間的に言うなら、私は既に死んでいる」と述べたようだが、それはやはり、「私には自我がない」ということと思う。
しかし、マハラジの弟子のラメッシ・バルセカールによれば、マハラジだって怒りっぽかったし、マハルシも自我は持っていたと言う。
だが、怒った直後にマハラジは機嫌が良くなったことを指摘している。
つまり、聖者だって自我が揺れることもあるが、すぐに、静かな状態に戻るから聖者なのである。

だが、悲しいかな、凡人は、岸田氏が言うように、決して、自我が安定することはなく、生涯、心の苦しみから逃れられない。
・・・と私は思っていたが、案外に簡単に、苦しみを克服出来るかもしれない。
それには、次の、宇宙の絶対的真理を受け入れると良い。
それは、気分が良ければ、さらに気分が良くなることが起こり、気分が悪ければ、さらに気分が悪くなることが起こるということだ。
気分が良いとは、心が静かな状態だ。
決して、気分が良いとは、「イエイ!イエイ!」と狂乱している状態でもなければ、復讐を成し遂げて狂喜する状態でもない。
そのような快楽は、必ず苦しみと共にあり、しかも、快楽はすぐに消えるが苦しみは残る。そして、快楽が過ぎた後の不安や恐怖は半端ない。
一方、気分が悪いというのは、まさしく、自我が揺れている状態、心が荒れ狂った状態だ。
気分が良ければ・・・心が静かでやすらかであれば、良いことが起こる。
気分が悪ければ・・・心が騒いで乱れているなら、悪いことが起こる。
そうであれば、常に心を監視し、心が荒れることを許さないようになる。
なぜ、好き好んで、悪い出来事を起こす必要があるのか?
今、気分が悪いなと気付いたら、簡単にはガッツポーズを連発すれば良いのである。

要は、人間として立派か立派でないかの問題ではなく、損得の問題であり、楽で幸福でいたいなら、なんとしても、気分が良くなければならない。
そうではなく、心を荒れさせたままで、悪い出来事を次々引き寄せて、さらに悪い気分になるのは馬鹿である。
それどころか、凡人は、心が揺らぎ乱れると、わざわざ、さらに心を荒れさせるのである。
だが、宇宙の法則を知ったからには、他のことは一切しなくていいから、自分の気分を良くすることだけは責任を持たないといけない。

けれども、人間には、どうしても、心が騒いでしまうことがあるだろう。
極端な話で言えば、自分の子供が誘拐された時や、強盗にナイフを突きつけられた時などである。
昔のアメリカで、懲らしめのために、縛り上げた父親の前で、娘を集団レイプするようなことが行われたらしいが、それで平然としていられる父親はいない。
もっとありふれたことで言えば、好きな女の子が別の男とデートしているのを見た時である。
だが、それらの出来事が起こったのも、敢えて言えば、悪い気分で過ごしてきたことが原因なのである。
悪いことをしたのではなく、たとえ善良なことだけしていても、気分が悪ければ、悪い出来事を引き寄せてしまう。
だから、悲惨な状況を引き寄せないためにも、気分を良くすることは極めて大事なのである。
では、不幸にも、どうにもならないような悪い状況になった時、どうすれば良いだろう。
もちろん、答は良い気分になることだが、上に挙げたような状況では、それこそ、聖者でもない限り、気持ちを切り替えるのは難しい。
こんな話がある。
ある人の赤ん坊が大怪我をして瀕死の状態になり、医師にも見捨てられてしまった。
相談された政木和三氏は、こう答えた。
「赤ん坊は助からない。諦めなさい。その上で、『赤ん坊が元気になりました。ありがとうございます』と祈りなさい」
赤ん坊の両親が、その通りにした結果、赤ん坊は奇跡の回復を見せた。
いざとなれば、私にも同じことが出来るかは分からないが、そんな状況を作らないよう、良い気分になることに全力を尽くすべきだろう。
他のことはしなくて良い。
心を荒れさせている暇などないのである。








医療は信用しないが全く健康不安はない

「なぜそう思いますか?」
と尋ねられた時、
「私の勘(直観)です」
と答えるのは、良くない。
それで通用するほど信用のある人間はいない。
そもそも、「私の勘です」で答になると思うような傲慢な人間を信用出来るはずがない。
だが、内心で自分の直観を信じるのは良いことだ。

新型コロナウイルスも、癌も、大抵の疾患(病気)は、ビタミンCを多量に摂っておけば大丈夫だということに関してはどうだろう?
むろん、ある程度の情報を集め、それを分析・吟味することは必要である。
しかし、あるところまで来たら、直観に頼るしかなくなるかもしれない。
これに関し、私は、大抵の医者が、そうとは(ビタミンCが大抵の疾患に有効)認めないことで、却って、ビタミンCの有効性が信じられるのである。
なぜなら、医者と話したら、ほとんどの場合、直観的に、その医者を信用出来ないと感じたし、その直観の正しさは常に証明されたと思えるからだ。
加えて、私は、医者に治療出来なかった私の疾患を、ビタミンCの大量摂取で治したからである。
ビタミンCの効用について、多少の理論も調べたが、これに関する、医学的、分子生物学的な説明はかなり曖昧と思われ、また、学者ごとの意見が全く違う場合もあったので、あくまで参考程度にした。
ちなみに、ビタミンCは、超安価である。

私が治した私の病気の代表的なものは、メニエール病と乾癬だ。
尚、感染に関しては、7割程度の治癒で完全ではないが、時と共にますます良くなっている。
私は現在、完全な健康体であるが、10年以上、医者にかかったことはないし、医療のアドバイスに従ったこともない。
また、風邪薬を除き、薬品を摂取したことはない。
風邪薬を、稀にだが飲むのは、単に楽だからだが、本当は良くない。

新型コロナウイルスの害は、ほとんどの場合、血管中に血栓(血液が凝固したもの)が出来て血流が阻害されることだけだ。
私は、脳血栓の予防として、毎日、納豆を食べている(納豆菌が出すナットウキナーゼ酵素が血栓を溶かす)ので、血栓に関しては心配はないし、その上、ビタミンCで免疫力を上げると共に、血管を丈夫にしているので、対策は万全である(ビタミンCが、血管を修復するコラーゲンの合成を促進する)。
ではなぜ、こんな良いことを、医療や政府が言わないのかというと、それはもう、どうでも良い。
端から信用してないので。
当然、ワクチンも決して体内に入れない。
ところで、真偽の証明はしないので、そのつもりで聞いていただきたいが、私は、政木和三氏が発明した、神経派磁力線発生器を、医者がお手上げの末期癌や、その他の重度の疾患に対し使用したところ、直接には確認していないものも含め、完全に回復したと思われることが何度かあった。
少しも良くならなかったことは、一度もなかったと思う。
だが、この神経派磁力線発生器は、販売業者が薬事法に触れるような販売をしたために、販売禁止になり(これに関しては販売業者のミスであった)、その後、政木氏が亡くなったことで、製造・販売はされなくなった。
しかし、株式会社セルパワーが、神経派磁力線発生器を完全に復元したと思える製品を、製造・販売しているようだ。
★株式会社セルパワー 公式サイト
尚、この装置は、健康機器であり、医療機器ではない。

以上は、あくまで個人的見解であり、正しいと主張する気はない。
しかし、個人的には十分に確信している。













当ブログ著者、KayのAI書。
数学、プログラミング、難しいAI理論は解らないが、Excelくらいは使え、自分で実用AIを作れるようになりたい。
この本は、そんなニーズにも応えるように書かれています。
数学、プログラミング、AI理論についても、最低限の解説はしてありますが、そこはスルーしていただいても問題はありません。
本書のほぼ全ての実習が出来るデータを作れるExcelマクロを無料でダウンロード出来ます。
プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんを愛す
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


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