ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

成功法則

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

行動、努力は全く不要

心がどうやって生じるのかは謎だ。しかし、確かに存在する。
現代ではまだまだ一般的な、デカルト的物質科学によれば、心は、脳の電気的、化学的作用であり、別に神秘的なものではない。
ノーベル生理学・医学賞を受賞した生物学者が、堂々、そう断言するのを聞いたこともある(個人的にはショックであった)。
量子力学分野の量子脳理論では、心は脳の量子力学的機能で生じるようだが、これはまだ仮説で、やはり、脳が主体であるのだと思われる。ロジャー・ペンローズのツイスター理論などがある。
新しいところでは、電子が心を持っているので、その総体である人間に心があるのは当然という論もある。数学者の岸根卓郎氏や、物理学者の山田廣成氏らが、そのようなことを言っている。
面白いのが、形態波動エネルギー研究所の足立育朗氏が、超高度生命体から得た情報によれば、魂を構成しているのは、電子なしの原子核、つまり、陽子と中性子であるのだそうだ。

興味があれば、上記を参考に調べていただければと思うが、むしろ重要なことは、心は、精神的にイメージを作るだけでなく、物質世界を作ることである。
もちろん、これはまだ一般的ではないかもしれないが、最先端の科学では、そう考え始めているのではないかと思う。

心が世界を作るということは、かなり昔から賢者達が当然のこととしていた。
現代では、ナポレオン・ヒルが百年近く前から、それを確認済の事実として述べ、彼の論は、主に、事業家の間で実践され、それが成功哲学と呼ばれている。
ヒルの他にも、ジェームズ・アレン、ジョセフ・マーフィー、ラルフ・ウォルドー・トライン、その他、著名な成功哲学の指導者がいるが、彼らの成功哲学は、知っている人は知っているが、関心のない人は、ほとんど知らないといったものだ。
日本でも、明治・大正の時代に、岡田虎二郎が独自に実践的な成功哲学を構築し指導していた。
その中で、虎二郎は、「努力、克己、忍耐は全く不要」と言ったが、このことが、成功哲学を分けるものであると思われる。
つまり、心が世界を作ることは認めながら、行動や努力が必要と考える指導者もいれば、そうでないと言う指導者もいる。
もっと細かく言えば、多大な行動や努力を必要とするというものから、一切の行動や努力は不要というものまである。
そして、つまるところ、努力とは何か、行動とは何か論にまで及んでしまい、ややこしい話になってしまうのだが、もう言ってしまえば、行動、努力は一切不要である。
このことを「基本的に行動や努力は不要」とか「一般的に言う行動や努力は不要」と言った、必要あってのことであろうが、逃げを打った曖昧なことを言う指導者も多い。
だが、そんな訳の分からない言い方を好まないなら、やはり、行動、努力は全く不要である。
「では、ずっと寝ていればいいのか?」といったことを言い出す者は、そもそも、真面目でないのだから、放っておけば良い。
というより、ずっと寝ている方が、よほど、行動、努力であると思える。
喉が渇いた時に水を飲むことは、厳密に言えば行動であるが、努力とは言わないとは思う。しかし、そんな愚にもつかないことを言い出すのは、やはり真面目でないのである。

ところで、多くの成功哲学(潜在意識の法則や引き寄せを含む)の決定的な欠陥が、心が世界を作ると言いながら、心の最大の機能である感情を扱い損ねたことだった。
簡単に言えば、成功法則で最も大切なことは、気分であるということだ。
いや、言われなかった訳でないし、特に、ロンダ・バーンの『ザ・シークレット』では、最重要なこととして述べられているが、この本の読者すら、多くは、それを見逃す。
なぜなら、これまでの世界の権力者達が、庶民の気分というものを徹底的に無視、あるいは、抹殺してきたからである。
それで、一般の人間は、自分の気分を重視することを否定的に捉えるようになってしまったのである。
だが、宗教的なもの、哲学的なもの、科学的なものを含め、心が世界を作ることについて学ぶ場合、気分が一番ということを基本に置かないと何も分からないと思う。
















人類最高の成功法則教師

イエス・キリストは、願いを叶える単純な方法を明確に述べている。
それは、
「願いはすでに叶ったと思え。そうすれば叶う」
だ。
この言葉は、優れた人達にもすんなり受け入れられたが、そうすると、この言葉が案外に厄介であることが解った。
例えば、スポーツの大会で優勝することが願いであったとし、イエスの教えに従い、既に優勝したと思ったとする。
だが、ライバル達も、同じように、既に優勝したと思っていたら、誰が優勝するのか?
スポーツならまだ良いが、戦争であればどうだろう。敵対する両方の国の元首、将軍、あるいは、国民が、既に勝利したと思った場合はどうだろう?
あるいは、既に、夫や彼氏がいる女性を、既に得たと思ったらどうなるのだろう。いや、相手がフリーであっても、好ましく思われていないのに、相手を恋人や妻に出来るのだろうか?

結局のところ、敵対者がいる願いは叶ったとしても対価を支払う必要が出てきてしまう。
そのことも解っている人が昔からいて、そんな者は、先に、より多くの対価を支払うことで願いを叶えてきたのだが、先に払うにしろ、後で払うにしろ、敵対者に打ち勝つ対価は安くはなく、実際にどのくらいの大きさなのかは予測がつかない。
イエスは、対価を支払うことは言わなかった。
それは、魔の道・・・つまり、犠牲が大き過ぎるからだ。
それで、イエスは、対価を支払う方法は教えなかったが、つまるところ、どうすれば良いかはシンプルに示している。
それは、「私の想いではなく、あなた(神)の想いが叶いますように」だ。
この神とは、自然と考えて良いだろう。
最初から、不自然な願いは望まない方が良い。
「次の大会で金メダルが取れますように。ただし、あなたの想いのままに」
と思えば良いのだが、そもそもが、金メダルなんてつまらないものだと悟ることだ。
そんなもの取ったからといって誰も本当には幸福にならないし、むしろ、不幸を呼ぶものだ。
「いや、そんなことはない。お前は金メダルの厳しさと素晴らしさを知らない」
と言いたい者は多いだろうが、そんな者には苦しみが必要になる。

商売繁盛を願うことは良いことだが、良い商品を適性な価格で人々に供給して喜ばれるように考えるのが自然である。
その結果、贅沢に囲まれることは別に悪くはない。誰かを虐げた結果、豪邸に住んだり、高級車に乗る訳でない限り問題ないし、実際、公平さを保ったまま、そんな願いを叶えることは可能である。
新型コロナウイルスが、今後も感染を広げ、脅威を増す中で、ワクチンや特効薬を独占しようとする試みは、むしろ、成功した場合に悲惨になる。
しかし、他の人の不幸を呼ぶことなく、自分が安全でいることは出来る。そもそも、誰もが自分の世話は自分で見なければならないのだから。

それで言うと、少し長い目で見れば、不当な利益を得ること全般を指す詐欺ほど割に合わないものはない。
あるいは、多少は役に立つか分からないが、つまらない知識を、不当な高い値段で売りつけることも、結局は大きな損になる。
そもそもが、情報やノウハウは無料公開が原則である。
それが結局は、一番儲かる上、後で対価を回収されずに済むのである。
だから、短期的に凄い収益を、本人は苦労したと言ってはいても、正当な対価より多く儲けた者は、後で容赦なく取り立てられる。
ブームに乗って一世を風靡し、その時は富と権力を持っても、10年、20年、30年後に悲惨な状態になっている者は、どんな世界にもいるし、子役やプロデューサーなど、エンターテインメントの世界で3人や4人はすぐに思い浮かぶかもしれない。

だが、不幸の回避など、少し考える力があれば容易い。
そうであれば、イエスの教えは万能であり、誰も独占権は持っておらず、いつでも、そして、1日何度使っても良いのである。













KayのAI実践書(数学講師Mr.Φとの共著)。

難しいAIから離れましょう。
AIは誰もが使う時代です。マイクロ波理論を知らなくてもAIが電子レンジが使えるように、熱力学を知らなくても自動車を運転出来るように、AIを自分で作るために、数学もプログラミングもAI理論も不要です。
Excelを使えれば、あなたも自分でAIを作れます。その楽しさを実際に実感していただくことを願って書きました。

どうすれば信じられるか

いかなる潜在意識による成功法則も、一言で言えば、
「心の底から信じ切ったことは実現する」
である。
そして、人間が何かを信じるには、3通りのパターンがあると考えられる。
(1)鮮烈な出来事に出会う
例:最悪の条件下にあった知り合いが大成功するのを見る。
(2)崇拝する人物に肯定される
例:ミュージシャン志望の者が、憧れの大物ミュージシャンに「君もミュージシャンになれる」と言われる。
(3)繰り返し暗示を受ける

しかし、結局のところ、うまくいくのは(3)の「暗示の繰り返し」だけであると分かる。
(1)の鮮烈な出来事は、すぐに、その印象が色褪せる。そして、「あの人はやれたが、私にはやれそうにない」と思うようになる。
(2)の崇拝する人物に肯定されるにしたって同じで、月日が経ち、なかなかうまくいかないと、「あの人は、ああ言ってくれたが、それは間違いのようだ」と疑うようになるものだ。
(1)(2)は、最初は気分が高揚しても、それがさめていくパターンだ。
対して、(3)は、最初は疑いが起こっても、十分な回数、暗示を繰り返せば、やがて信じるようになる。
けれども、暗示でうまくいかない人は多い。
だが、うまくいかない理由は、単純に、「数が足りない」だけの話である。
少ない数(あるいは短い期間)でうまくやろうという考えが間違いである。

暗示は、自己暗示と他者暗示があるが、いちいち、他者に暗示をかけてもらう必要はないから、自己暗示を行う。
いや、そもそも、「お前は駄目だ」「お前は凡人だ」という他者暗示なら、幼い頃から十分に与えられていることが圧倒的だ。親や学校やテレビなどからね。だが、いよいよ、肯定的な自己暗示を行うのだ。
「私は一流のプログラマーだ」
「私は億万長者だ」
「私はモテる」
などという自己暗示は、数日は抵抗があるかもしれないが、たゆまず継続すれば、少しずつ抵抗は減り、いずれ、信念は強くなっていくのである。
「数が全て」
である。
出来る限り暗示を唱えれば、1日数百回は十分可能なはずだ。
それを効果が出るまで行うのである。
世界は潜在意識が作る、いわば夢のようなものである。
暗示により、信念になり、潜在意識に達すれば、必ず形になる。
短期間の成果など狙ってはならないが、後で考えれば、あっという間である。








最底辺の者が希望を持つには

人生には希望が必要だ。
ところで希望とは何だろう?
それは、楽しい未来が待っていることを信じられることだ。
今が幸福でない場合・・・不自由だったり、屈辱を感じることが多かったり、愛や友情がなく、不安や恐怖を感じることが多いなら、それらが解決され、喜びに満ち、生活や人間関係に満足し、皆が思いやりがあって仲が良く、自分の存在が輝かしいと感じられる未来になると思えることが必要なのだ。

学校にも仕事にもいけず、家で引きこもっているなら、なかなか希望を感じることは出来ないだろう。
会社に勤務していても、自分の居場所がなくて給料も安く、いつまで勤めていられるか分からない。
友達も恋人もなく、何も良いことがないし、それがいつか変わるとも思えない。
そんな人は少なくないだろう。
私も、そんな状況だったが、不思議なことに希望を持てた。どんなきっかけかといえば、他愛ないかもしれないが、アメリカの光明思想家ジョセフ・マーフィーの『あなたも幸せになれる(原題:コズミック・エナージャイザー;宇宙の活力)』を購入して読み始めたことだった。
この本に書かれていたのは、この世界には「宇宙の活力」とでも呼ぶべき、無限の知恵と力を持つ見えないエネルギーがあり、それと意思を通じ合えば、いかなる願いも実現するというもので、そして、宇宙の活力とコミュニケートする方法だ。
神学、法学、哲学、薬理学、化学の学位を持つという著者である牧師のジョセフ・マーフィーの言葉は、オカルティックではなく、論理的で、説得力が感じられた。
当時、読んでいた、『数式を使わない物理学入門(猪木正文)』と比べても、科学的に矛盾があるという感じはなかった。
それで、希望を持ち、コミュニケーション障害があったと思われる私が、いろいろなアルバイトをしたり、セールスマンになり、奇跡的なことに、つわもの揃いのセールスマン達の中でセールス・コンテストで優勝したりもした。

正直、ジョセフ・マーフィーの潜在意識による成功法則が真理かどうかは、あまり関係がない。
マーフィーが善意ある著作家であることは確かと思われ、それだけで信じられた。
そして、彼の成功法則が希望になり、希望は、勇気と元気の基である生命エネルギーになる。
底辺にある者が、そのようなものを何も持たずに、顔を上げて前に向かって歩くことは難しい。
そして、マーフィーの法則は、不可思議に感じられる部分はあるとしても、正しく使いさえすれば効果があることは間違いないことが分かった。
もちろん、他にも、質の高い成功法則としては、いろいろなものがあり、それらは、長く支持されており、その中には、世界的人物に信頼されているものもある。
苦しい立場にあるなら、その1つを暗記するまで熱心に読めば、状況が改善されないことはあり得ないと思う。
尚、ジョセフ・マーフィーの本は何冊かあるが、「マーフィー本人の著書である限り」、効果はどれも同じである。








皆、こうして成功した

昔、アメリカで、どれほど成功法則の本を読み、なおかつ、その教えを実践し努力しながら成功しなかった男が、ある日、究極の成功法則を発見し、以降、大成功したという。
その男は、アメリカの作家マイク・ハーナッキーで、当時はかなり話題になったが、今はさっぱり聞かない。
ただ、かなり前、彼のWebサイトを見つけたのだが、彼は、ある時期から、騒がしい場所から身を引き、金もあるので、引退生活を満喫しているように思えた。
彼の発見した究極の成功の秘訣は、当時の彼の本の回りくどい表現を簡潔にすれば、「目標を達成するために必要なことは何でもやる決意をする」である。
ちなみに、必要なことは「決意すること」だけで、実際には何もしなくて良い。
ただ、おそらく、何もしなくて良いが、やりたいと思ったらやれば良いのだろう。
彼も、失業者から作家になった時は、がむしゃらだったようだ。
ただ、それは、後から考えればそうだっただけで、やはり、本人は、特に何かをしたとか、苦労したとは思っていないらしい。

ハーナッキーは、いい線いってたのだが、やはり、ちょっとズレていたと思う。
ただし、表現がマズかっただけで、本人はやり方を知っていた。だから、有名にもなれたのだ。
ハーナッキーと同じやり方をしている(していた)人達の話を見て、表現のマズさを修正しよう。
その人達は、作詞家の阿久悠さん、UFO研究家の矢追純一さん、画家の足立幸子さん、それに、物理学者の保江邦夫さんだ。
私が覚えてる、これらの人達の表現はこうだ。
阿久悠さん「うまくいった場面をイメージし、忘れる」。
矢追純一さん「目標を決め、後はなりゆきにまかせる」。
足立幸子さん「決意し、ぼーっとする」。
保江邦夫さん「考えない」。
足立さんと保江さんは、講演等、教える時には「口から出まかせを言う」というところも共通している。
矢追さんも、セミナーでは、受講生は寝ていても良いと言うから、多分、言うことは出まかせなのだろう。
阿久さんの詩も、出まかせに違いない。
つまり、共通して、皆、考えないのだ。
そして、ハーナッキーが言う「必要なことをする決意」は、本当は、「目標を達成することを決意する」ことであり、それを強めるために、「必要なことは何でもするぞ」と思っただけのことだ。大切なことは、あくまで、目標達成を決意することだ。
しかし、普通の人は、難しい目標の達成をなかなか決意出来ず、きっとハーナッキー本人もそうだったので、「それを達成するためにどんなことでもする」決意をするという、一種の「代行」が必要だったのだ。
それなら、「目標を達成出来なかったら死ぬ」という決意でも良い・・・いや、こっちの方が良いのだが、下手にこんなことを言って、本当に誰かに死なれたら責任問題になりかねない。だが、「死」と引き換えほど決意を高めてくれるものはないので、実際問題、これが一番だろう。よって、あくまで秘密として言えば、目標を達成するための究極の秘訣は、「目標を達成出来なかったら死ぬと決意する」ことだ。
ところが、それが分かると、大抵の目標には、さしたる価値がないことが分かるだろう。
「就職出来なかったら死ぬ」なんて思う馬鹿はいないだろうからね。
とはいえ、就職も立派な目標だ。
だから、「就職出来なかったら、大好きなチョコレートを食べない」程度で良い。
これは、上杉謙信の「一生、女を抱かないので、戦で勝利させてくれ」という、神への祈願のための生贄である「断ちもの」の逆プロセスだ。
謙信も、「戦に負けたら、生涯、女を抱かない」で良かったと思うのだ。
しかしまあ、目標達成の決意さえ出来れば、後は、ぼーっとして何も考えなければ良いのである。
ただし、決意は強くなければならない。
強い決意をするために、上に述べたやり方を、自分がやり易いように組みなおせば良いのである。
ただ、いずれは、簡単に決意が出来るようになる。
ハーナッキーも、その境地に達したのだと思う。








プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんを愛す
[AI&教育blog] メディアの風


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