ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

悪霊

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

危機的状況で分かること

宗教を信仰したり、特別な瞑想を熱心にやったり、あるいは、高価な自己啓発プログラムをやったりしていても、緊急事態が訪れ、パニックになったら、自分は、それらのものを本当には信じていないことが分かってしまうかもしれない。

私は、何度か「恐怖体験」がある。
もちろん、滅多にあることではないが、やまり、たまにはあるのである。
そんな時に分かることがある。
以前、私は、TM(超越瞑想)という、インドのマハリシ・マヘーシュ・ヨーギが世界中に普及させ、ビートルズの全員やクリント・イーストウッド、それに、映画監督のデヴィッド・リンチらが熱心にやっている瞑想を、必ず、毎日2回やっていた。
ところが、ある日の朝、TMをやっていた時、奇妙な生命体が近付いてくるのを感じた。
最初は、気のせいと思って、放っておいたが、どんどん近付いてくるのが分かる。
目は閉じていたが、回転するエネルギー体といった感じで、悪霊とか悪魔といった感じではなかったが、それが何かは分からない。
私は、直観的に恐怖を感じ、TMを中止した。
そして、ずっと前にやっていたスピリチュアルなテクニックで、その未確認生命体を追い出した。
それで、そっちのスピリチュアルな技術の方が信じられると思い、それ以来、TMは全くやらなくなった。
無論、たまたま私の精神状態に異常があっただけかもしれず、別に、TMが悪いと言うつもりは毛頭ない。
あの生命体だって、瞑想で特殊な精神状態になった人間に興味を持って近寄って来た姿なき宇宙人か何かだったのかもしれない。

また、こんなこともあった。
私の家は、オカルト現象がよく起こる(笑)。
とはいえ、それらには、電磁波で説明出来るものもあるらしく、必ずしも霊的現象とは言えないかもしれない。
例えば、昔、居間のテレビのスイッチが不意に入って音と映像が出たり、ある部屋に入ってしばらくしたら、スイッチも入れていないのに電気ストーブが発熱した。
まあ、家というより、原因は私にあるのかもしれない。
それで、理由は全く分からないが、特に居間では、私はうたた寝した時に不思議な夢を見たり、金縛りに遭ったことは数え切れない。
先日も、ちょっとうたた寝していたら、金縛りに遭うと共に、獣の唸り声が近付いてきた。
「ああ、来たな」と思ったが、目は見えているが、とにかく身体が動かない。
やがて、がしっと腕を掴まれた。
こんな時は、漫画・アニメの『見える子ちゃん』のヒロイン、みこ(高1女子)のように、黙って消えてくれるのを待つしかない。
しかし、その時は、「ちょっとヤバいな」と思い、私はマントラをいっぱい知っているのだから、それでまるっと解決と思った・・・のだが、マントラが出て来ない。
ところが、「イエス」というキリスト様の名前だけは出てきたのである。
それで、心の中で「イエス・キリストの名により退け」と言ったら、本当に消えてしまった。
そして、その数日後のことだが、私は連続して2回、金縛りに遭うという新記録を樹立した(笑)。
今度は、やはりうたた寝していたら(うたた寝が私の趣味だ)、何かが床を踏み鳴らし(確かに我が家の床の音だ)、壁にもぶつかりながら、どんどん近寄って来た。
首を掴まれると、私は気力で起き上がった。そして、「そいつ」と対峙して、ちょっと感動した。
なかなかの女の悪霊なのである。雰囲気たっぷりだ(笑)。
夢だったとしても、実に見事だったし、表情も堂に入って(よく身について)いて素晴らしい。
この時もどうしたことか、「イエス・キリストの権威により消えよ」という言葉が出る。
私って、こんなにイエス様好きだったのか(笑)。
悪霊の顔に苦悶の色が見えたが、立ち去らない。
そこで、重ねて、「イエス・キリストの権威により命ず」と言ったら、悪霊は消え去り、私は目が覚めた。
それで懲りれば良いのだが、私はしばらくして、またうたた寝して金縛りに遭い、またも何か変なものが来た(笑)。
今度はさっさと立ち上がって、そいつを見ると、今度はちょっと嫌な感じだった。
ただの肥満したオッサンで、ダサい服を着て、顔はそこらにいる不細工な中年男の顔なのだが、目が逝っていて、かなり不気味である。
これが襲い掛かってくるのだから勘弁して欲しい。
私は、もはや必殺技となった「イエス・キリストの名により、ただちに消えうせよ」と命じようとしたが、ひどく言い難い。もう、心で言ってるのか、声で言ってるのか分からない。
それで、やっこさん(笑)も怯まない様子だ。
見かけと違い、なかなかやる(笑)。
だが、私は落ち着いて、「イエス・キリストの名によりて」とだけ言うと、今度はうまくいき、中年ゴーストは後ずさりする。
どうも「イエス・キリスト」あるいは「イエス」という名に力があるようだ。
私は、後一歩だと勇気を奮い起こす。
そして、「イエス・キリストの名によりて失せよ」と乱暴に言ってしまった…まあいいか(笑)。
すると、驚いたことに、そいつは、閉まっているガラス戸を通り抜けて外に出る。しかし、未練がましく、こっちに向かい、また入って来ようとする。
もう言葉は不要と思われ、私はそいつを目力で押したら(早い話が睨んだら)、そいつは必死で何か喚ている。しかし、戸の外なので聴こえない。
そして、私は目が覚めた。

結局、私は、かなりイエス好きなのだと分かった。
この名を唱え、福音書も、もっと読もう。
イエスをヘブライ語(ヨシュアに近い)で唱えないといけないのかなとも思ったが、イエスで良いと思う。
皆さんも、危機的状況で、誰を、あるいは、何を頼るか確認しておいても良いと思う。
そのために悪霊に遭うのは御免かもしれないが・・・
福音書を読めば、あなたもイエスが好きになるかもしれない。
良いぞ、イエス様は。








悪霊退散の秘訣

霊障(れいしょう。悪霊によって起こる病気や災難)というものがあるだろうか?
それを言うならまず、「悪霊というものが存在するか?」という話になるが、私は、何らかの意味ではいると思う。
もちろん、悪霊だけでなく、善霊もいるだろう。
だが、悪霊とか霊障と言っても、昔話などで語られるようなものとは、かなり異なっているかもしれない。

例えば、誰かが急に病気になった時、霊能力者を名乗る人が、それは霊障だと言うかもしれない。
だが、別の人は、「食生活に問題があるかもしれない」とか、「ストレスが大きくなってきたからではないか?」などと言う。
また、ある家で、遠い場所にあった先祖の墓から遺骨を取り出して持って帰ったら、不意に家の主人が重病になると、これはもう、霊に関心がある人なら「霊がたたった」と言うかもしれない。
しかし、冷静に考えれて、「その家の主人も、そろそろ、大きな病気の危険がある年齢だったのだ」と言う人もいるだろう。

結局のところ、霊によるものなのか、そうではなく、論理で説明出来るような原因なのかは分からない。
『トーチェ氏の心の法則』には、心の作用で病気になったり治ったりする事例が沢山ある。
例えば、ある末期癌患者がなぜか、急速に回復してしまった。これは、医学的にはあり得ない事例だったと言う。
ところが、調べてみたら、面白いことが分かった。
この癌患者は、以前、著名な人物が癌で死んだ記事を見たのだった。
その記事には、その著名人が、食欲をなくして、どんどんやせ衰えて死んだといったことが書かれていた。
それを読んだ、この癌患者は、「では、沢山食べれば死なないのだ」と思い込み、それから、モリモリ食べるようにした。
そうしたら、その思い込み通り、癌が治ってしまったのである。
また、意図的に患者を騙して病気が治ると思い込ませたところ、本当に治ってしまったというものもある。
もちろん、この本にも、失敗例については、あまり書かかれていないので、どこまで信用していいかは、はっきり言って分からない。

だが1つ、経験的に確かだろうと思うことがある。
それは、病気を含め、悪いことは、忘れてしまえば消えるということだ。
逆に、自分の病気のことや、自分の不幸な環境について意識し続ければ、状況は変わらない。
歩けずに車椅子を使っている人が、目の前で、自分の子供が極めて危ない状況になった時、立ち上がって子供を助けたという話があるが、これも、子供のピンチによって、自分の脚が悪いことを完全に忘れたのだ。
私も、身体の調子が悪い時、締め切りに追われて仕事に集中したら、驚くほど調子が良くなったことが何度かあった。これも、意識を全部、仕事に持っていかれ、体調が悪いことなど忘れてしまった結果である。

そして、心は、より魅力的なものに引き寄せられる性質がある。
上の例で言えば、脚が悪い人も、自分の脚の悪さより、子供の方が魅力がある。
私も、自分の体調の悪さより、仕事を期日通りに仕上げることに魅力があったのだ。

ただし、美味しいものとか、アダルトビデオなども、強い魅力があるかもしれないが、それらへの集中は長くは続かないので、悪いものを消し去るほどの力はないのだ。
けれども、お笑いのビデオとか、漫画を長時間集中して見ていたら、癌や膠原病などの難病が治ったという話もある。
一流のお笑いや、質の高い漫画には、人を長時間集中させる効果があるのだ。
だから、どうせなら、レベルの高い趣味を楽しめば良いと思う。

確かに、本当に好きなものがある人に悪霊が憑いたという話は聞かない(これに反する事例は、非常に珍しいので有名になる)。
一方、やりたいことがなく、不完全燃焼している人を悪霊は好むのだろう。
これが悪霊の正体ではあるまいか?
悪霊退散には、好きなことに集中することが一番である。








悪霊がやたら多い世界になっている

どうも、そこらに悪霊がぷかぷか居る世の中になってしまった。
確かに、あまり強い悪霊(例えばエクソシスト級)は見ないが、とにかく数が多く、かなり多くの人が憑りつかれ、おかしくなっている。
悪霊に憑りつかれない基本は、本来的には集中力だ。
つまり、仕事や勉強やトレーニングに集中している時は、エネルギーが強く、気分も良くて、そうであれば精神の波動も高いので、悪霊を寄せ付けない。
しかし、怠惰になったり、不満や不安を抱えて精神が淀んでいると、容易く悪霊に憑りつかれてしまい、そうなると、なかなか悪霊は離れない。
悪霊に憑りつかれると、奇怪な物音や声まで聴こえることがあるし、視界におかしなものが映ることもある。
もちろん、脳の疾患により、幻が見えたり、異音が聴こえるという場合もあり、「幽霊が見える」という人がいたら、医者は脳の健康を疑う。
だが、逆に、悪霊の影響により、脳を含む病気になる場合も少なくないのである。
「病気が先か悪霊が先か」といった感じであるが、現代は「悪霊が先」の場合が多いと思えるのである。

以前から時々、ご紹介しているが、合気道の達人で、高位の神道家(神官)であった佐々木の将人(まさんど)氏は、悪霊を祓うのは簡単であると言う。
「アー」と言うだけで良いのだ。
口で唱えても、心で唱えても良いが、心でしか唱えられない場合もあるだろう。たとえば、金縛りに遭った場合である。
よほど声が良いのでなければ、心で、「アー」という音が、広く響き渡るよう想像すると良い。
さらに強力なのは、「アーオーウーエーイー」と唱えることで、この言霊で、四方の悪霊を祓える。
そして、極めつけの切り札が「アジマリカン」である。

だから、最近、どうも体調が悪いとか、精神的におかしいと感じたら・・・あるいは、別に何ともなくても、「アーオーウーエーイー」や「アジマリカン」を唱えると良いだろう。
これらは、別に、いつでも、どこでも、何度でも使って良い。

もちろん、真言を唱えていれば、潜在意識のさらに奥の、純粋意識、あるいは、超意識などと呼ばれるところにあるエネルギーと同調し、悪霊だって祓える。
だが、そもそも、十分に真言を唱えていなければ、悪霊の数や力によっては、うまく祓えない場合もある。
そこで、特に悪霊祓いの光線銃として使えば非常に強力な言霊、あるいは、音霊である、「アーオーウーエーイー」や「アジマリカン」を唱えれば良いのである。

今や、テレビを見ていたら、人気司会者や売れっ子コメンテーターみたいな人は悪霊をいっぱい付けているので、彼らの言うことに同調したら、ぱっと憑りつかれる。霊の世界に時間や空間はないので、テレビの向こうの悪霊もすぐに憑りつく(逆に良い霊が近付いてくる場合もあるが)。
また、テレビCMや、ネットCMからも悪霊の波動が放射されていることが多く、うっかりそれらに心を引きつけられると、周囲にいる、似た波動の悪霊が寄って来て憑りつく。
このように、どうも、世界は、おかしな状況だ。
だから、今は、多くの人が奇怪な病気を抱えているし、精神的におかしく、低級な悪霊のような性質になってしまっている者が多い。
例えば、信じられないほどの自己中心主義が横行し、しかも、そんな者達は、どれほど利己的なことをしても、良心に何の呵責も感じない。
そして、悪霊に憑りつかれたら、あなたもすぐにそうなる可能性がある。

普段から常に真言を唱えるよう心がけることだ。
しかし、真言を唱える数が少ないなどもあって、どうもヤバいと思ったら、念のため、悪霊祓いの言霊(「アーオーウーエーイー」や「アジマリカン」)を使うと良いと思う。
特に、人の多い場所(病院や込んでいるスーパーや、いろいろなイベント会場)に行った後は、静かな時間を持って、心で静かに真言を唱えると良いと思う。特に、帰ってきたら、どうも身体がだるいとか、やたら肉を食べたいとか、エッチな気分が強い場合は、悪霊が付いてきているかもしれないので、念のため、しっかり祓っておくと良い。
しかし、普段、常に真言を数多く唱えるよう心がけるのが一番である。








悪霊を祓う

私が、電車やショッピングモールや病院(親の付き添いで行くだけだが)など、人の集まる場所が嫌いなのは、新型コロナウイルスのためなどでは全くなく、悪霊のためだ。
今や、実に多くの人が、悪霊に憑りつかれ、悪霊に操られている。
それは、だいたい一目見れば、誰でも分かるのではないかと思う。
それほど、電車の中や、いつも混雑する路上などにたむろする者達は、醜悪で、腐った臭いを巻き散らしている。
それを見ると、日本は危ないと感じる。
いや、人のことばかり言っていられない。
自分だって、隙を作れば一瞬で悪霊が入り込んでくることがあり、とにかく、今はどこにでも悪霊がいるのだから、常に祓わないといけない。

悪霊を祓うのもまた真言である。
「オン、アロリキャ、ソワカ(観自在菩薩真言)」などを繰り返し心で唱えることで、悪霊は退散する。
悪霊は、優れた真言を唱える者に憑りついていることは出来ない。
また、日本には昔から、「祓えたまえ、清めたまえ」(「祓えたまい、清めたまう」とも言う)という、まさに、悪霊を祓う祓詞があるが、これも真言である。

ただ、真言の唱え方には気を使っていただきたい。
「どうせ僕は真言を唱えるくらいしか出来ませんので、真言でもとなえます」
などという、「デモシカ」真言をやらないで欲しい。
実際は、真言しか出来ないとしても、唱える時は真摯(まじめでひたむき)に唱えないといけない。
真摯・・・これこそ、悪霊に憑りつかれた者が持たないものである。
とはいえ、そう堅苦しく考える必要はなく、ただ、丁寧に静かに、ややゆっくり唱えれば良い。
「丁寧に」と覚えておけば間違いない。
丁寧・・・これもまた、悪霊には縁のないもので、悪霊に憑りつかると、何ごとも無意識に粗雑に行うことになる。
そこをあえて、丁寧に真言を唱えれば、悪霊を浄化する光が起こる。
そうだ。日本の祓詞だって「祓えたまえ」だけではなく、「清めたまえ」と続くのである。
悪霊は、追い出しただけでは、また帰ってきたり、他の者に憑りつく。清める・・・浄化することまで意識した方が良い。

テレビで見る政治家や企業幹部らも、ことごとに悪霊に憑りつかれ、醜い姿で、悪霊の言葉を語っているだろう。
一見、見た目の良い政治家も、以前はそうではなかったとしても、あの世界にいるうちに、すっかり悪霊に取り込まれ、雰囲気が淀んでおり、外見も崩れ始めているのが分かる。
大物芸人等も、悪霊の餌食になった者が多いようである。
テレビ局はとっくの昔に悪霊の巣のようなものだから、テレビは決して見てはならない。
アダルト書籍やアダルトゲームは、頭ごなしに否定したくはなかったが、今のものは駄目。一瞬で悪霊に憑依されるようなものが多くなってきた。レベルが低過ぎるのである。
見ないにこしたことはんまいが、見てしまったら、真言をたっぷり唱えて欲しい。
けれども、「はい!アダルト見て真言唱えます(笑)」などという言い方をする者は、もう悪霊と合体しているので、手遅れかもしれない。真摯さがないのが分かるであろう。
とはいえ、あらゆる面で、惨めになりたくなければ、そして、幸福で幸運でいたければ、優れた真言を丁寧に心で数多く唱えるべきと思う。

どの真言か迷ったら、とりあえず(というのもちょっと不真面目かもしれないが)、観世音菩薩真言「南無観世音菩薩」か「オン、アロリキャ、ソワカ」をお勧めする(両方でももちろん良い)。同時に、『観音経』(『法華経』の25章)を読めば、特に良いと思う。
念仏に抵抗がなければ「南無阿弥陀仏」や「オン、アミリタ、テイセイ、カラウン」は、やはり最強である(実際は、真言に上下はないが)。
念仏を熱心に唱える人間に憑りつく悪霊もいないだろう。
また、お経を身近におくことも、悪霊退散の効果があると思う。
お経の文字は見るだけでも功徳があるので、時には見たり、読んだりすれば良い。
聖書の言葉、特に、詩編の言葉には悪霊を祓う力があると言われるが、実際の話、日本にいる悪霊は、西洋の悪霊のように、直接的には聖書の言葉を恐れない。ただ、言葉に光があるので、すっかり馴染むほどに唱えていれば、やはり力があるはずである。

ラルフ・ウォルドー・トラインの世界的著書『In Tune With The Infinite(翻訳には『人生の扉をひらく「万能の鍵」』などがある)』にも、悪霊に憑りつかれないよう注意することが書かれているが、彼は、心を善にすることでそれを行うよう奨励している。だが、それは、特に現代人には難しい。
まずは真言を唱え、それから、この本に接すると向上すると思う。








引き寄せはテクニックでも何でもない

怪異譚(かいいたん)とは、怪異のお話という意味である。
そして、怪異とは、「異様なほど不思議な」という意味であるから、怪異譚とは、「異様なほど不思議なお話」という意味だ。
怪異譚には、幽霊や妖怪の話が多いと思う。
怪異譚は、どこの国にもあるし、面白いものが多いので、それを、仕事や趣味で熱心に収集している人もいる。
私が大好きなオカルト系ジャーナリストだった中岡俊哉氏は、若い時に、中国でたっぷり仕入れた怪異譚のおかげで、人気作家になり、一時は、テレビで見ない日はないと言われるほど人気者のオカルト研究家にもなった。

ところで、「悪霊」と言えば、だいたいが古くからある怪異譚がベースなので、迷信的である場合がほとんどで、論理派を標榜(ひょうぼう。主張すること)する者には、「悪霊」と聞いただけで馬鹿にする者も多い。
しかし、その気になれば、悪霊をそれなりに科学的、あるいは、技術的にすら説明出来る。
それをやる気はないが、要は、悪霊というものはあるのだと思った方が良い。
もちろん、怪異譚に登場するような悪霊は、それが真実の姿ではないだろうが、それは、神や仏だって同じことで、一応、怪異譚に出てくるようなものと思って問題ないと思う。
では、なぜ、悪霊が存在すると思わなければならないかというと、それが、我々の運命に大きく影響するからである。

早い話が、悪霊がつくと不幸になり、特に、強い悪霊、あるいは、沢山の悪霊がつくほど、不幸度は大きくなる。
新約聖書の福音書で、イエス・キリストは、心身に大きな異常をきたした者から、悪霊(悪魔)を追い出して正常に戻すが、特に悪霊を追い出すことで癒したと書かかれていない場合でも、イエスが病気を超能力で治したというのは、その力で悪霊を追い払った場合がほとんどと思われる。

普通の人でも、3つや4つ、あるいは、数十の悪霊がついているのではないかと思う。
そして、外国の場合は分からないが、日本では、沢山の悪霊がついた者が、どうしようもなく増えていると思うのである。
そのせいか、私も、大勢の人が集まる場所に行くだけで、心身の調子がおかしくなってしまうのである。
つまり、悪霊が一時的にしろ、私の方に乗り移ってくるか、関係性が出来てしまうのだと思う。
上記、伝統的な言い方なので、やはり、馬鹿らしいと思う人は多いだろうが、科学的な話かもしれないのである。
また、私は、一時(高校生の時だが)、悪霊に非常に苦しめられ、家庭内でも不幸なことが多く起こったが、神主さんにお祓いしてもらったら、それが止んだことがあった。

悪霊を追い払えば追い払うほど、心身の状態は良くなり、健康や精神状態、知性、それに、運勢も向上するのである。
そして、どうすればそれが出来るのかというと、宗教や、霊能者が助けになる場合はあるだろうが、根本的には自分次第である。
つまり、自分が悪霊に同調しない、高貴な心、前向きな心、強い心、不屈の心、思いやりある心、そして、何より、「敬虔な心」を持つことが必要であると思う。
「敬虔」とは「敬いつつしむ」ことである。
悪霊に憑りつかれた者の特徴は、他人をすぐに馬鹿にすることで、逆に言えば、他人を敬う気持ちがないことである。
ゲーテが、「最も重要なものは、敬う気持ちである」と述べたが、その、最も重要なものを持っていないのである。
どんな人間も尊重し、他人の美点を敬う気持ちのある者は、間違いなく、常に神の恵を受けるだろう。
とはいえ、表面上、他人をおだてたり、媚びへつらったりするようなことと、本当に敬虔であることとは何の関係もない。

この重要なことについては、コリン・ウィルソンが心理学的評論書『至高体験』の中で取り上げた、マクシム・ゴーリキーの「詩のように美しい作品」と言われる短編小説、『二十六人の男と一人の少女(女)』を読まれることをお薦めする。
26人の落ちぶれ果てた年配の男達・・・小説では書かれていないが、やはり、ある意味、悪霊に憑りつかれ、気品も知性も、そして、運もなくしてしまっていた哀れな男達がいた。
だが、彼らは、ほとんど奇跡と言って良いが、向上を始める。
ターニャという16歳の少女と会うようになってからだ。
ターニャ自身は、可愛いが、特に優れた少女ではなく、男達を「囚人さん」などと呼んで見下していた。
しかし、男達の方は、ターニャを天使のように崇めた。
決して、(全てではないかもしれないが)今の日本や韓国や中国のように、女性アイドルを性的魅力によってもてはやすのとは全く違う。
26人の男達は、本人がいない場所でも、決してターニャについて下品なことは誰も言わなかったし、少なくとも、思わないようにしようという自制心はあったと思う。彼女を崇めるゆえにだ。
だから、男達は賢くなり、人間性も向上していったのである。
尚、コリン・ウィルソンは、『至高体験』の中では、ロマン・ゲイリ(ロオマン・ガリ)の『天国の根っこ(自由の大地)』の方を引用し、『二十六人の男と一人の少女』は同種のものとだけ書いていたが、残念ながら、『天国の根っこ』は入手が難しく、また、翻訳者の文章が難しいかもしれない(私は読むのにやや苦労した)。
ただ、コリン・ウィルソンは『至高体験』の中で、『天国の根っこ』の必要な部分を引用している。

引き寄せはテクニックでも何でもない。
どれほど沢山の引き寄せの良書を読んだところで、心を高めなければ・・・特に、敬虔な心、敬う心を持たないなら、全く駄目であろう。








プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
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