ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

思考を消す

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
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どうしても引き寄せが出来ない人に

生涯の間、どうしても、引き寄せの法則の恩恵が得られない人がいて、それについて、「引き寄せ不適合者の法則」みたいな名称を設定したいくらいだ。
意図せずに引き寄せの力を使っている優秀な人もいるが、引き寄せについて興味を持たないほとんどの人は、好ましい形で引き寄せを行うことはない。
引き寄せに興味がある人のうち、どれくらいが、それなりの引き寄せが出来るのかのデータはないと思うが、昔、マイク・ハーナッキーというアメリカの作家が、引き寄せ関係の本の読者数と、100万ドル以上の資産を持つ者の数との比較で予想をしたことがある。結果は、引き寄せが出来る者の割合は、引き寄せに興味がある者の中でも、限りなくゼロに近いというショッキングなものだった。
ただ、これは、ハーナッキー自身が引き寄せが出来なかった頃に行った研究だし、100万ドルの資産が引き寄せの力を示す証拠になるとは限らないので、そうがっかりする必要はないが、引き寄せを行うことの難しさみたいなものは感じる。

どんな人が引き寄せが出来ないかというと、割とはっきりとしている。
それは、親や学校やテレビなどで植え付けられた観念を持っている者だ。
それが強い者は、ほぼ見込みがない。
とはいえ、思考を消してしまえば、そんな世間的観念の影響は受けないが、普通の人は、思考を消すことがないので、ほとんどの者は引き寄せが出来ないというだけのことだ。
普通の人だって、何かのきっかけで思考を消すことがあると、あっさりと引き寄せが出来る。
そのように、たまたま、思考を消す状況になった時に、奇跡のような体験する人は少なくはないと思う。しかし、そんな人達も、そのような体験を、あまり気に留めないのだ。
尚、単なる睡眠や気絶が引き寄せを起こすことは極めて稀で、これについて道元も「心は消えても気付きを保っていないといけない」と述べていた。簡単に言うと、目覚めていなければならないのだ。

とにかく、思考を消すことさえ出来れば、引き寄せの力は人間の生得(しょうとく。うまれながらにして備えていること)の重要な能力なので、誰でも簡単に使える。
思考を消すことに関し、例えば、ラマナ・マハルシは「私は誰か?」と問えと言ったし、ニサルガダッタ・マハラジは「存在の感覚にしがみつけ」と言ったが、それらが難しいというよりは、彼らの言葉を英語に訳し、それを日本語に訳す中で、齟齬が発生した・・・いや、そもそも、彼らの本意を理解せずに彼らの言葉を記憶したり、記述したので、最初から適切に表現されなかった可能性が高いと思う。

胸に手を当てるだけで思考の8割以上が消えるが、そんなことをやるのって、試合前の国歌演奏の時のサッカー選手や、キリスト教の葬式などで牧師や神父が祈りの言葉を述べる時くらいだ。
そうではなく、習慣的に胸に手を当てるようにすると良い。
両手の方が効果は高いと思うが、片手でも十分で、手を当てる位置は、普通、胸の中央で、高さは鎖骨の少し下だが、自分が心地よく感じる位置で良い。
そして、普通に、頭の中の独り言、お喋りを止める、あるいは、頭の中で沈黙するようにすれば良い。
それを、出来るだけ多くやれば、慣れてきて、より長時間、より頭の中を静かに出来るだろう。
人差し指を天に向けて立てるだけでも効果的だし、同じ手の親指と人差し指(中指や薬指でも良い)を微かに触れ合わせて、その感触をそっと感じても思考が消える。
しかし、誰も、そんなことをしないのだ。
あるいは、「完璧だ」と心の中で静かに唱えても良い。
いろんな方法があるが、思考を消せば必ず引き寄せは出来る。








想念を消す自然な方法

思考を消せば、なぜかは分からないが、いろんな意味で良い状態になるとか幸福になるということについては、実は、多くの人が気付いている。
だから、渡辺淳一さんの『鈍感力』や、草薙龍瞬さんの『反応しない練習』といった本がベストセラーになるのだと思う。
これらの本は、タイトルから見れば、外部の出来事に対し、不要な思考や感情を働かせないことの重要さを説いているのだと思うが、逆に言えば、人々は、無用な思考や感情に苦しんでいるのである。
だが、本一冊の内容となると、実践は難しいだろう。
YouTubeでも、「思考を消す方法」みたいなものは多いが、試しに見てみたら、多くの動画は、最初の数十秒見るだけで、「難しい。出来ない」と分かるように思う。
だからといって、あまりに安直な方法も良くない。
思考や感情を消したいという願望は、アルコール飲料や覚醒剤の愛好者の多さからも分かるが、これらは、一時的な効果しかないばかりか、これらのものを過度に摂取したり、習慣化すれば、思考や感情の支配力が低下し、余計に苦しむことになる可能性が高いことは言うまでもないと思う。

尚、上で「思考や感情」という表現をし、「思考」と「感情」を別物としたし、一般的にもそう思われているが、これらはお互いを誘発し合うし、根っこは同じなのである。
これらをまとめて「想念」と言った方が的確だと思う。
消す目標は想念で、想念を消せば、引き寄せも万能であり、だから、昔から、密教的な教えなどでは、「無になれば不可能はなくなる」と言われているのである。

また、昔から、想念を起こさない言葉の響きというものが考えられ、近年では、科学的にも研究されている。
それは、民族や育ちといったもので異なるように思われるが、案外に共通する場合が多い。
たとえば、心理学の研究から、「ナ・ダーム」という言葉が作られ、心の中で「ナ」と唱えながら短く吸い。「ダーム」で長く吐くと想念がなくなっていき、元気になるのを簡単に感じらfれる。
呼吸と心もお互い影響し合うので、呼吸法と組み合わせることで効果が高まるのである。
これだけでも、丹念に実践すれば、かなりの効果がある。

研究の詳細は忘れたが、薄目で見ることで想念が微かになることも分かっている。
有名な画家のムンクは、そのことを直観的に知っていて、よく利用していた。
彼の初期の傑作『病める子』は、神秘的な雰囲気があるだけでなく、病気の少女の横顔に驚くべき高貴な輝きを感じるのだが、この絵は、ムンクの薄目の視界を描いたものなのだ。

他にも、胸に手を当てる(片手でも良いが両手の方が効果が高い)、また、特に他人に対しては、額や頭頂に手のひらを当てることでも、当てられた人の想念は弱くなる。
好きな人に頭を撫でられると嬉しいのは、実のところ、想念が消えるからだ。

ぼーっとすることで想念を弱くする、あるいは、消してしまえる者は、クリエイティブな職業もだが、一流の科学者やスポーツ選手、あるいは、武道家にも多いのである。
アインシュタインなどがそうだと思うが、天才というのは、鋭いと言うよりは、どこかぼーっとした雰囲気がある場合が多いのではないかと思う。
学校でぼーっとしている生徒は教師に怒られるが、そんな生徒の中には天才がいるかもしれないのである。

そして、最も重要なことは、「想念を消せば楽しい」「想念を消せば気分が良い」「想念を消せば新しい世界が広がる」ということを覚えておくことである。
余計なことかもしれないが、特定の考え方をすれば「楽しい」「気分が良い」「新しい世界が広がる」とそそのかすのは宗教である。学校も国家も会社も、程度の違いはあれ、宗教なのである。








一番ワクワクする意外なこと

眠っている時の夢の中で、王様になったり、剣や光線銃を携えた戦士になったり、あるいは、本当はオッサンなのに、中学生や高校生になっていたりといったことがあると思う。
しかし、夢を見ている間は、自分の状況に違和感を感じないのが普通だ。
だが、それは目覚めている時も同じなのだ。
自分は、どこどこ大学の学生だとか、どこどこ会社の社員だとか思っているが、それも、そう思い込んでいるだけかもしれない。

ところで、夢の中で、「これは夢だ」と気付くことがあるものだ。
しかし、だからといって、「この状況は面白くない。よし、こう変えてやる」と思ったところで、ほとんどうまくはいかない。
それで、嫌な状況から抜け出せず、悪夢を見続けることになる。
それは、アプローチが間違っているのだ。

私は、夢の中で、こんなことがあった。
悪のUFOが(笑)、空を飛びながら、私を追いかけてくる。
私は恐怖した。捕まったら大変なことになると思ったからだ。
ところで、そこらに高いビルがあり、私はそれに身を隠すのだが、なぜかUFOは的確に私を追って来る。
私の心を読んで来るのだと分かった。
なぜ分かったのかというと、分かるようになっているからだ。
それで、私は思考を止めることにした。
そのために、私は、すごくゆっくり呼吸した。
なぜ、そうしたのかというと、そうするようになっているからだ。
「考えるな、感じろ」ではない。
「考えるな、考えるな」だ(笑)。
そしたら、凄く強い正義のUFO(笑)がやって来て、私は安心感に包まれた。

現実も同じである。
「考えるな、考えるな」で、まるっと解決だ。
やり方は、たとえばだが、私が夢でやったように、すごく・・・いや、おそろしくゆっくり呼吸すれば良い。
もっとも、ラマナ・マハルシは、「それ、いつまでもやってられんよ」と言ったものだ。
それで、ラマナ・マハルシは「私は誰か?」と問うていれば、「私は誰か?」という想念以外は全て消え、最後には「私は誰か?」という想念も消えると言う。
ただ、翻訳の関係で、ラメッシ・バルセカールによれば、「私とは?」と問うた方が良いと言っていたようだ。
ただ、どちらでも、そう変わらない。
そして、それをやった結果、何が起こるかは分からない。
想定の範囲外ってやつだ。
まあ、想定不可能な良い状況ということである。
早い話が、考えることをやめれば、苦しみから逃れられる。
考えることをやめる方法を本気で考えることほどワクワクすることはない。
良い方法として、「思考を消すと思わぬ良いことになる」と思っているだけで良い。
それで人生が楽しくなると思う。








プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


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