ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

念仏

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

超瞑想法のあっけないカラクリ

私は昔、TM(超越瞑想)という有名な瞑想法をやっていたことがある。
今でも、ハリウッドの超大物俳優や超大物監督、あるいは、人類の半分が知っているような超大物ミュージシャンらが、自分もやっていることを公表したり、推奨することもあるようだ。

TMには、何の意味もないが、抜群の効果を発揮することもある。
それは、こういうことだ。
「イワシの頭も信心から」には、心理学的な根拠があり、量子物理学や未発達の精神科学により、さらに根拠が与えられるかもしれない。
そうなれば、「イワシの頭も信心から」は原理になる。
そして、TMというのは、この「イワシの頭も信心から」という原理を高度に活用する、実に上手い方法なのだと思う。
その意味では、TMを考案したグル・デヴってインドの人は、とても賢い人かもしれない。

TMに何の意味もないことは、検索すれば解ると思う。
その情報が英語サイトにあっても、Google翻訳で十分と思う。
特に、私のように、TMをやったことがある人にとってはね。
ただ、昔とはいえ、TMをやる時、何かの契約書にサインさせられていて、その中に、そんなことを公表してはけないという項目があったかもしれないので、書かないでおく。
まあ、今では、私はTM主催団体の会員ではないのだから、契約は無効とは思うが。

私は、TMの効果をつくづく実感したことが一度ある。
それは、ある緊急事態が起こった時で、私は、当然、大変なパニックに陥るはずの状況だった。
だが、その時、こんな考えが浮かんだのだ。
「俺はTMをやっているから大丈夫だ」
すると、すっと心が落ち着いて、解決するはずのない問題があっけなく片付いた。
全く、イエスやラマナ・マハルシが言ったように、心配さえしなければ、この世に問題はない。
人間の敵は不安、あるいは、恐怖だけなのである。
単に、「大丈夫」という言葉を唱えても、もちろん有効だが、これほど魔法のように上手くいくことはないだろう。

「○○だから大丈夫」
人間は、この公式を確立すれば、魔法使い、仙人、超人になるのである。
TMは、この公式になり易いのだ。
だから、凄まじい効果を上げても、驚くことはない。
例えば、「あなたのお腹には大きな光がある。その光があるから大丈夫」と言われ、そう思えるなら、本当に大丈夫になる。

それなら、毎日、出来るだけ多く念仏を唱え、「私は念仏を唱えているから大丈夫」と思えば、確実に大丈夫なのである。
それだけで十分であるが、心の片隅に、こんな想いを持っておくと、更に有効かもしれない。
「南無阿弥陀仏」であれば、浄土三部経(無量寿経、観無量寿経、阿弥陀経)、あるいは、龍樹の十住毘婆沙論(じゅうじゅうびばしゃろん)にかけて。
「南無観世音菩薩」であれば、法華経の第25品『観音経』にかけて。
つまり、仏典の権威を借りるのである。
だから、別に、実際に読む必要は無い。
経典に書かれていることが良いのか悪いのかは解らないが、象徴的に書かれていることは確かで、その真意を読み取れる人は、今ではほぼいないと考えて良い。
解説書は沢山あるが、おそらく、どれもとんでもなく的外れだろう。
だが、その権威は、人類の集合無意識に肯定的に浸透したイメージから来るものであり、その威力は大したものである。
だから、毎日、念仏を唱えている限り、科学的に言っても、何の心配もいらないのである。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ

余計なことを考えないために

1997年のビデオアニメ『レイアース』は、私はレーザーディスクで何度も観たが、その中で、こんな場面を妙に覚えている。
3人の中学3年生の少女達を残し、町中から(実際には世界中から)全ての人間が消えてしまう(壮大だ)。
周囲に誰もいない状況に、光(ひかる)という少女が、「もし、他の場所も同じ状況だったら・・・」と言い始めた時、風(ふう)という名の頭の良い少女が、光の言葉を封じ、落ち着いた声で、
「こんな時は何も考えない方がいいです。どうしても怖い考えになりますから」
と言う。
そんな異常事態の中で、これほど冷静になれるとは、大した中学3年生だ。

そうなのだ。
考えるべきことは考えないといけないが、不幸や不運の原因は、大抵、「余計なことを考えること」だ。
考えても仕方がないことは考えないようになれば、それほど不幸になることはない。
天才発明家で、問題解決学のエキスパートだった中山正和氏が、般若心経の呪文を唱えることを薦めていた理由が、それを唱えることで、余計なことを考えなくて済むからだった。
それでいえば、別に、念仏でも、他の呪文でも構わない。
もちろん、念仏や呪文には、それぞれ特別な意味があるのだが、それは今回は置いておく。
余計なことを考えないために呪文や念仏を唱えるだけでも、ほとんどの問題は解決するが、実際は、それ以上の恵みがある。だが、欲張らないことだ。

著名な投資家のマックス・ギュンターの本に書かれていたが、彼が世界最高と認める投資家が一言で述べていた投資のコツが素晴らしい。
それは、「欲張らないこと」だ。
そこそこ儲ければ良いのであり、大儲けを狙うと、大損する。
多少の損を受け入れないと(投資の世界では損切りと言う)、やはり、大損になってしまう。
だから、欲張らず、適度に儲け、少しで済むうちに損をしておく。
欲張らずに、それを積み重ねた彼が、どれほどでも欲張れる財産を作ったのだ。
そして、念仏を唱えたり、聖なる呪文を唱えながら欲張ることは難しい。
よって、それだけで、大抵のことはうまくいく。
そして、呪文や念仏に不可思議な加護があることも認めるしかない。
だから、常に、お気に入りの呪文や念仏を唱えることは、そうでないより良いのである。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ

お利口さんは生きるのを止めた人

梶原一騎さんという、一世を風靡した漫画原作者は、おそらく、いろいろ問題の多かった人だったのだろうが、人気の高さが示す通り、面白いお話を作る作家で、天才と言って良いかもしれない。
その梶原さんの空手漫画だったと思うが、ちょっと忘れられない場面がある。
負傷したヤクザの親分が、広い庭に掘った大きな穴に汚物を入れさせ、その中に平然と飛び込む。
驚く主人公の空手家に対し、親分は、
「わしも理屈は解らんが、こうすると確実に早く治る」
と言い、
「先生(空手家のこと)も一緒にどうかね?」
と誘うが、空手家(彼も相当豪胆な男ではあるが)はたじろいで辞退する。
「梶原一騎、またデタラメを!」と思った読者も多かっただろうが、有名な気功や仙道の研究家である高藤聡一郎さんの本で、台湾だったか韓国だったか忘れたが、昔のアジアの国で、怪我をした部分に、汚物を貼り付ける習慣のある地方の人々のことが書かれていたのを覚えている。
本来で言えば、当然、そんなことをすれば、傷口からばい菌が入り、とんでもないことになりそうだが、そこでは、それで早く治ってしまうと信じられているのだった。

さすがに真似する気にはならないし、非科学的と非難されるかもしれないが、案外効果的なことが多いのではないかと思う。
傷から細菌が入ると、免疫作用が起こるが、大量の細菌を送り込むことで、強い免疫力を起こさせると共に、生体に「早く修復しないと大変だ」と思わせる効果でもあるのかなあとも思う。
これも、必ずしもお薦め出来ることではないだろうが、斉藤啓一さんの『ファウスト博士の超人覚醒法』という本で、虚弱でほとんど運動も出来ない少女に、厳しい労働をさせることで、少女の身体が回復したというのも、似た原理なのかもしれない。
精神的に落ち込んだ人に対し、優しく接するのではなく、敢えて厳しくしてやった方が回復が早いと言ったら、少しピンと来るかもしれない。

だから、身体も心も甘やかしちゃ駄目だ・・・ということを言いたいのではなかったが、まあ、そんなことも言えるだろう。
とはいえ、怪我をした身体を汚物の中に浸すというのは、さすがに身の毛もよだつが、あの漫画のヤクザの親分が言った「理屈は解らんが治りが早い」という言い分がやっぱり良い。
確かに良いことでも、理屈は解らない、あるいは、解り難いことは沢山ある。
念仏というのも、そんなところがある。
経典や、法然や親鸞の本を見ても、理屈では納得出来ないのだが、確かに不可思議な効果がある。
ポール・マッカートニの『レット・イット・ビー』で、「苦難に苦しんでいると、聖母マリアが現れて、貴い言葉をかけて下さった。『レット・イット・ビー(あるがままに』と」と歌われるが、その言葉に従うと、きっと問題は問題でなくなるのだろう。
そして、私の場合、困難を抱えていると、ひたすら念仏を唱えていると、おそらくいつも、問題は元々なかったかのように消えてしまう。
自己暗示みたいなものかもしれないが、自分であれこれつまらないことをして墓穴を掘るよりは間違いないように思う。
経典や、それに対する、法然、親鸞の解釈によれば、念仏を唱えれば、諸仏や、観音、勢至といった菩薩が真摯に手助けしてくれるというが、まあ、それは象徴的な意味だとしても、だいたい、そう考えて悪くはないだろう。

いずれにしても、少しもお利口なお話ではなかったが、お利口なことは大抵役立たずで、理屈抜きでやめておいた方が良いことばかりだ。
こちらは、「理屈は解らない」ではなく、「理屈はいらない」のである。
『愛のほほえみ』というイタリア映画で、オルガという名の可愛らしい10歳位の少女が、「私、やっちゃいけないって言われることは全部やりたいの」という「名セリフ」を言うのを覚えているが、彼女は生きている。
お利口さんになるのは、生きるのを止めることなのだろう。
理屈抜きで(直観)でね。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ

夏休みの早朝

宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』で、ジョバンニが「幸い(幸福)って何だろう?」と、自分やカムパネルラに問う場面がある。
ジョバンニは、それは、他の人の幸い(幸福)のために生きることであると言い、カムパネルラもそれに同意したと思う。
ただし、それは、いきなり出てきた疑問と答ではなく、ジョバンニの最近の辛い現実と、銀河鉄道に乗ってから起きた、様々な経験から起こった疑問と答であったはずだ。

幸せというなら、子供の時の夏休みの朝に感じたことはないだろうか?
子供達に、惰眠を貪らせないという配慮からか、我が国では、夏休みに、子供達に早朝ラジオ体操への参加を義務付けることが多いが、確かに、これをしないと、遅くまで寝ている子が多くなるに違いない。
そして、早起きは、身体に良いとかより、確かにもっと素敵なことがある。
『アラビアのロレンス』で知られる、トーマス・エドワード・ロレンスが『知恵の七柱』の中で、砂漠の朝の神秘的な体験について語るところがあるらしい(私は『知恵の七柱』自体は読んでおらず、コリン・ウィルソンの『右脳の冒険』での引用で読んだ)。
その神秘体験こそ、幸福そのものであるが、なぜ、そんなことが起こるのかというと、脳が半分眠っているからである。
それは、夏休みに早起きした子供達にも、よくある状態のはずなのだ。
私もそうだったし、ロレンスの体験について見ると、私も同じだったと感じるのである。
それはどんな体験かというと、世界の意味をピュアに感じるとでもいうものではないかと思う。

だが、ロレンスは、早朝ならいつでも、そんな体験が出来ると言うのではなく、「稀に」と言っているが、子供達は、夏休みの朝、割合に頻繁に体験していると思う。
けれども、あまりよく覚えていないのだ。
では、ロレンスと夏休みの子供達では何が違うかというと、ロレンスに限らず、大人は、目覚めるとすぐに思考を働かせることだ。
実際、ロレンスは、それが起こるのは、「考え続けて疲れた朝」であることを挙げている。それによって、思考がなかなかやって来ないということだろう。
インドの聖者ニサルガダッタ・マハラジは、人間にとって、最も貴い「存在の体験」は、やはり、目覚めて、思考がやってくるまでの間と述べていた。

だが、その幸せの体験は、いつでも出来る。
アイルランドの詩人W.B.イェイツは、「憎むのをやめた時に、それが起こり易い」と言った。
しかし、総じて言えば、絶対にこうなのだ。
それは、「心配をしない時」だ。
イエスが「汝、思い煩うことなかれ」と言った通りである。
疲れて、思考が起こらない朝は、心配していないのだ。
江戸時代末期の神道家、黒住宗忠は、長く病に伏せって、死を覚悟した時、その体験が起こり、病気が治ってしまった。
宗忠は、その体験を、早く皆に伝えたいと思ったが、それを言葉で表現することは難しかったと思う。
宗忠は、いろんな心配で病気になり、自分は死ぬんじゃないかと心配したが、生きることを諦めて心配することをやめた時に、幸せが起こったのだ。
ジョバンニも、銀河鉄道の中で、一切の心配が消えたのだ。

一切の心配を消す方法の1つが念仏である。
実際、末期の癌で、もうすぐ死ぬという人が、『歎異抄』を読みながら念仏を唱えていたら、一切の心配がなくなって、見事な往生を遂げたというような話は多い。
もっと早く念仏を唱え始めていたら、癌も治ったかもしれないが、それは本人にとって、さほどの問題ではないかもしれない。
なぜ、念仏で心配が消えるのかと言うと、念仏とは、阿弥陀如来に象徴される無限の知恵と力に一切をまかせて安心することだからである。
正直、宗教やお坊様が話される念仏では、ピンと来ない場合が多いような気がする。
また、法然の『選択本願念仏集』では少し難しいかもしれないが、親鸞の弟子、唯円が書いた『歎異抄』なら、これの変な解説を読まなければ、念仏の意味が分かるのではないかと思う。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ

念仏の物質世界への効力について

念仏が、我々が現実世界と思う物質世界、つまり、この世に影響を及ぼすことについて話そうと思う。
『法華経』の第25品である『観音経』には、「南無観世音菩薩」という称名の威力について書かれているが、これも念仏の1つと思って良いだろう。
「南無観世音菩薩」と唱えさえすれば(実際には、観世音菩薩の名を呼べばということだが、同じことと思って良いだろう)、あらゆる災厄を免れ、多大な恵みが得られることが数多く書かれている。
荒海を漂流しても助かり、山の上から落ちても安全であり、人食い鬼のようなものに襲われても、連中の力が抜けたり、こちらの姿が見えなくなる。剣で切りつけられても剣が折れ、手枷足枷をはめられても、それらが壊れ砕ける。
桑田次郎さんは『マンガで解きあかす観音経』で、素直に、それを荒唐無稽、つまり、「そんなアホな!」と思ったことを述べている。
そして、これらの観音様(観世音菩薩)の加護は、あくまで霊的世界でのことであり、現実世界(物質世界)でのことではないと述べる。
つまり、『観音経』に書かれていることは、霊的世界(物質世界を超えた高次元世界)のことを象徴的に描いたものであるとし、実際、つじつまが合うよう、丁寧に説明してくれていて、納得し易かった。
桑田さんが言われることは正当なものである。
では、『南無観世音菩薩』という称名、念仏は、物質世界での恵みはないのかというと、そもそも、物質世界そのものが、根本的には、霊と呼ばれる精妙不可思議なもので出来ているのである。昔は霊とでも言うしかなかったが、現代科学でいう量子である。
物質世界が霊的世界の構成体である霊で出来ているのだから、物質世界が霊的世界の影響を受けないはずがないばかりか、物質世界での物質による作用とは比較にならない大きな作用が、霊によってもたらされるのである。
その作用は、科学で言うなら、量子物理学、深層心理学、あるいは、未発達であるが精神科学といった分野に及ぶが、いずれは統合的に解明されるのではないかと思う。
よって、念仏が霊的世界に大きな影響を及ぼすなら、それは、物質世界にも極めて大きな影響となって現れると考えるのが当然と思う。
精神科学によれば、霊的世界には何重もの階層がある。
観世音菩薩に象徴される霊的世界はかなり高位であるが、阿弥陀如来の世界は、はるかに高位である。
もっとも、高位と言ったところで、それは、外側にあるのではなく、内側にある。
観世音菩薩の方が物質次元に近く、物質世界への影響が大きいと言われることもあり、それはおそらくその通りであるが、阿弥陀如来の次元を整えておくことが重要である。
そのため、仏教の天才、龍樹は、阿弥陀如来の名の称号を薦めたのであり、それは、「南無阿弥陀仏」の念仏と考えて良く、それが浄土仏教の起源となっている。
深層心理学的な説明は省くが、そちらでは、「南無観世音菩薩」の称名の威力が速く現れることが説明出来るかもしれない。

現代では、念仏はお葬式でお坊様が唱えたり、その際、お葬式の参列者に唱えさせることもあるが、私はそれは好きではない。
無論、一度か二度、唱えさせるのは良いが、先日の叔父の葬式では、お坊様が読経の間に「南無阿弥陀仏」の念仏を唱える際、参列者にも声を合わせて念仏するよう求めたが、十数回の念仏を、何度も何度も繰り返させ、いい加減、しつこいと思ってしまった。
念仏は、よほど敬虔な人達の間なら別だが、唱和して気持ちの良いものではない。感情の雑味が現れてしまうからである。
普通の人にとっては、念仏は一人で唱えるべきものだと思う。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・ソフトウェア開発技術者
・サイコパス
・初音ミクさんを愛す


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
最新コメント
記事検索
ブログバナー&Mail


メールはこちらへ
PV since 2010/09/08
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

人気ランキング参加中
人気ブログランキングへ
↑↑これと
↓↓下の3つのいずれかをクリックして応援をお願いします!
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 思想へ
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ ひきこもりへ
QRコード
QRコード

  
   このエントリーをはてなブックマークに追加
  

タグクラウド
  • ライブドアブログ