ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

彭祖

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

なぜ元気が出ないのか?

疲れやすい、体調が悪い、シンドイと感じている人がとても多いように思えてならない。
人間は、元気で、勇気があるのが正常なのであり、「元気をもらう」というような考えが起こるなら、それはおかしなことであると思わなければならない。
だが、実際には、元気が無い人が多いというのが現実であるようだ。
なぜ元気がないのかというと、今の世の中では、食料不足ということはあまり無いだろう。
過労という場合もあるのだろうが、普通の人の何倍も働きながらエネルギーに満ちている人もいるし、本来、人間が持っているエネルギーは極めて大きく、滅多なことで疲れるものではないはずなのだ。
では、何が現代人から活力を奪っているのかというと、気疲れや、不安、恐怖、後悔、煩いであり、さらに、憎しみや妬みまでが加わるなら、生命力はさらに著しく低下してしまい、やがては病魔に襲われることにもなる。

古代中国の仙人である老子や彭祖(ほうそ)は、齢をいくら重ねても(数百歳にも達したと言われる)、無限のエネルギーを保ち続けた。
老子が心がけていたのは、精力は蓄えるが浪費しないことだった。
そして、彭祖は精力を浪費しないためには、心が静かであれば良いのだと言ったという。
心を静かにするためには、まず、決して罪悪感を持たないことだ。
あなたが、たとえ失敗したり、多くの人に迷惑をかけたとしても、それが運命だったのであり、あなたには、避けることなどできなかったのだ。
そんな拙(まず)い結果になったのは、別にあなたが無能だからではないし、たとえ無責任だったとしても、それが星の巡り合わせであったのだ。
あなたが、罪悪感を感じる必要は何もないのだ。
なぜなら、あなたは、神様のシナリオに従って、ちゃんと無責任に行動し、ちゃんと人に迷惑をかけ、ちゃんと人のそしりを受ける状況になったのだ。
インドの偉大な聖者ラマナ・マハルシは、「あなたがたとえどんな悪人であったとしても、罪悪感を感じてはならない」と言ったのだ。
隣の奥さんと間違いを犯しそうだという男に対して、「たとえそうなったとしても決して後悔してはならない」とはっきりと指示したのである。
神の意思でなくては何も起こらないと言ったのは、イエスも全く同じなのだ。
思い悩む暇があったら、心の中で静かに、微かな声で、「我は誰か?」、あるいは、「吾(ア)は誰か?」、あるいは、「余(よ)は誰か?」とゆっくりと問うのだ。
心が騒ぐなら、それを問いかけのエネルギーに転化すると良い。「我は誰か?」以外の想いなど起こさないようにするのである。
それによって、自我を、煩いもろともに葬り去るのだ。
あるいは、心の中で、本当に静かな声で、神の名を唱えるのだ。いつやるのかというなら、いつもが良い。
心の中で、微かな声で発せられた神の名は神そのものである。
その名は、ただちに神秘力を発揮するだろう。
また、物質と霊の境界で体内の気を活性化させるために、腕振り運動を根気強くやれば、より効果が高まるに違いない。
工夫をして、何よりもまずは、空に溢れているエネルギーと一体化し、何でもできそうな気になっていただきたいと思う。









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沈着冷静

「沈着冷静」なんて言葉を聞くと、誰もがそれに憧れるのであるが、「自分はそうだ」と思うと、恥ずかしくて自嘲せざるを得ない人が大半なのである。
「沈着」とは、落ち着いていて、物事に動じないこと。
「冷静」も大体同じで、感情に左右されずに落ち着いていることだ。
つまり、ほぼ同じ2つの言葉を重ねて心が静かである姿を強調して表しているのであり、「沈着冷静」と言っても、「冷静沈着」と言っても良いのである。

宮沢賢治の「雨ニモマケズ」の中にある、「決して怒らず、いつも静かに笑っている」というのが、まさに、沈着冷静な態度というものだろう。
そして、この詩の最後は、「みんなにデクノボーと呼ばれ、誉められもせず、苦にもされず、そういうものに私はなりたい」であるが、「そういうもの」でありながら、沈着冷静でありたいと思っているはずなのである。
この詩が愛されるのも、これに流れる慈悲心や人間らしさと共に、沈着冷静という人間の理想があるからと思う。
人々は、それほど、冷静沈着に憧れるのである。
『雨ニモマケズ』からの引用を続ける。

南に死にそうな人があれば
行って、恐がらなくていいと言い

これも、恐がって心を乱している人に、冷静沈着になるよう諭すということであるが、それをしようとする者は完全に冷静沈着でなければならないのである。

北に喧嘩や訴訟があれば
つまらないからやめろと言い

というのは、まさに、沈着冷静になれと言っているのであるが、それを言う者自体が興奮していては仕方がない。
完全に冷静沈着な者が言ってこそ、争いは収まるのである。

では、これほど素晴らしい冷静沈着であることが、なぜそれほど難しいのだろう?
それは、1つには、人々は、冷静沈着であることを、どこか道徳的に考えているからだ。
つまり、理想ではあっても、実際の役には立たないものだと思っているのである。
どういうことかと言うと、実際に役に立つのは、知識や論理的な思考のようなものであり、冷静沈着であることに本当の力があるということを見損なっているのである。
これも、知識偏重で、精神をなおざりにする学校教育のせいであるが、物質主義の世の中では、大人が、目に見えるものしか存在しないと信じているのであるから、仕方がないのである。
医学だって、心身医学という、心を癒すことで身体も治すという考え方も少しはあるが、いまだ、9割までは物質医学であり、薬で化学的作用を起こさせ、悪いとことを切って捨てれば良いという考え方なのである。
こんな世の中では、冷静沈着というのは、どこか空想的な理想に感じられてしまい、その力が分からないのだ。
冷静沈着が現実の力であることが認識できれば、それを得るためにもっと熱心になるだろう。
そして、冷静沈着こそ、最大の力なのだ。
聖書には、「心を静め、自分が神であることを知れ」と書かれているが、物質主義に陥った者には、その意味が理解できない。

古代中国の神仙の中でも最高位と言えると思う、老子や彭祖(ほうそ)は、つまるところ、道を得る・・・その1つの形が、仙人になることであるのだが、そのために必要なことは、心を静かに保つことだと述べているのである。
その他にも、適切な食事をしなさいとか、性エネルギーを浪費しないように気をつけなさいと言っているが、それらも、心の静かさ、つまり、冷静沈着を得るための手段でしかない。
ラマナ・マハルシは、最高の修行とは、「適切な睡眠、適切な食事、適切な会話」であるという、ごく平凡なことを言ったが、これが、心の静かさを得る偉大な修行なのである。
偉大な方々のあらゆる言葉を吟味し、それらを心という実験室で長い時間かけ、熱を加え、拡散(かき混ぜる)し、ろ過し、精製(混じり物を除く)し、精錬(不純物を除く)することが、本当の仙丹(仙人になる薬)を作ることであり、真の錬金術なのだ。
そして、その成果は沈着冷静であり、神になることなのである。

冨田勲さんが制作した『イーハトーヴ交響曲』の、『雨ニモマケズ』の荘厳な合唱を聴くことは、冷静沈着の神的な力に目覚めるのにとても役に立つだろう。
この交響曲の最後の第7楽章『岩手山の大鷲』の終り・・・つまり、この至高の交響曲の最後の最後なのだが、歌い終わった初音ミクが見せる姿が、まるで宇宙のドーン・コーラスを思わせるもので、人々の心を浄化させる救いであると私は確信している。今年は、この交響曲の全国講演があるので、多くの人が見られればと思うし、映像製品も早く出して欲しいと思う。尚、テレビ放送はされたが、NHKもケチケチせず、再放送をすべきだろう。









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怒らないことは我々の想像をはるかに超えて大切である

宮沢賢治の有名な『雨ニモマケズ』の始めの方に、「決して怒らず、いつも静かに笑っている」と書かれている。
なぜ怒ってはいけないのだろう?
それが、人々や、その他のものに対する慈愛であるからだろうか?
それもあるだろうし、賢治はそのつもりで書いたのかもしれないが、私は、それよりも、怒らないことが、自分のために物凄く重要だということを強調したいものだと思う。
早い話が、怒るとエネルギーを急激に失うのである。つまり、元気や精力がなくなるのだ。
エネルギーというと、物質主義の現代人は、食べ物や健康ドリンクで得られると思っているだろう。
しかし、栄養たっぷりの健康ドリンクの空き瓶が山のようになるほど飲んでいるのに、いつも疲れてへとへとという人は多いのではないだろうか?
食べ物で得られるエネルギーなど、本当は知れており、必要以上に摂っても脂肪になって蓄積されるだけで、「決してエネルギーになったりしない」のである。
むしろ、栄養を摂り過ぎると身体の機能を損なって、ますます元気がなくなり、下手をすると病気になる。
病気の要因は誰もが持っているが、それを抑える力があるから病気にならないのであり、エネルギーがなくなると、それを抑えられなくなって、病因が働き出してしまうのである。

怒るとエネルギーを失うと言ったが、もっと正しく言うなら、心が静かでないほどエネルギーは失われるのである。
だから、イライラしたり、憎んだり、妬んだりするのも、心が荒れて揺れ動いているのであるから、やはりエネルギーがなくなる。
だが、憎しみや妬み、イライラも、怒りの一種であるから、総じて「怒り」と言っても、おかしくはないと思う。
宗教的な意味でも、憎しみや妬みがいけないとよく言われると思うが、宗教ではやはり、高貴な意味で言うのであろうが、そんなことより、まず、個人のエネルギーが大量に失われることが問題なのである。

「怒るとエネルギーを失う」と言うと、多くの人が、「ああ、そうだろうね」と一応は肯定するが、皆、軽く受け取ってしまって、本気で考えない。
やはり、エネルギーは物質的なものであるという観念に慣れ切ってしまっていて、精神との関連が分からないからだ。
ガソリンという物質が燃焼してエネルギーを発生して、自動車のエンジンを動かすということは誰もが受け入れている。
放射性物質が核融合でエネルギーを発生するということも、実感は無いながら、なんとなく認めているかもしれない。
だが、アインシュタインが、物質とエネルギーは同じものだと言ったことに対しては、「試験にでも出るなら暗記するよ」程度の扱いになる。つまり、利益がなければ関心を持たないのが現代人だ。
まして、現代科学で認められていない、精神とエネルギーが同じものであるということになると、現代人は誰も真面目に考えないのだ。
だから、みだりに怒ったり、憎んだり、妬んだり、イライラしたり、実質は、それらと同様である、叱責、非難、批判を止め処もなく行い、愚痴を言い、嫌悪を持つことも平気でやってしまうのである。
それで、どんどん老化し、健康は失われ、病気になってしまうのである。

世間の常識とは逆に、粗食・少食を厳しく守っていれば、力が溢れるはずであるが、それでも、怒ったり、批判したり、煩い事が多いと、エネルギーが足りなくなってしまうので、少食の奨めを説くような人達が、さほどの年でもないのに亡くなったり、重い病気になってしまうのである。
また、極端な喜びや、悲しみもまた、心の静寂を損ない、やはり、エネルギーを失くすのである。

抱朴子は、最高の仙人として、老子と彭祖(ほうそ)を挙げることが多いが、この2人の教えの要諦は、「精力を得るが失わない」ことであり、そのための重要なことの1つとして、精神の調和を挙げているが、それは、心が静かで安定した状態である。その他には、性的な放蕩(耽ること)を戒めることと、適切な食事をすることとしている。
道(タオ)という、宇宙で最も大切な良いものを得た老子や彭祖が、これだけで道は得られると述べることもあったのである。
老子は、自著の『老子(道徳経)』に、「私は3つの宝を持つ。慈愛と倹約と、天下の人の前に立たないこと」と述べているが、この意味は、様々に解釈されている。
私は、「慈愛」は、身体への慈愛で、適切な食事を意味し、「倹約」は、性的な節制で精力を浪費しないこと、「天下の人の前に立たない」とは、煩い事から遠ざかることと解釈すればぴったりすると思っている。

アントニオ猪木さんの「元気ですかあ!」は有名であるが、どうすれば元気でいられるかを、もっと真面目に考えるべきだ。
元気であるためには、エネルギーの浪費を無くすことだ。
猪木さんは、そのための素晴らしい人間性を持っていると思う。
事務所に泥棒が入り、250万円盗まれた時、「なんで俺のいる時に来ない?俺がいたら500万やる。猪木の事務所は250万しかないのかと思われたらカッコ悪いじゃないか」と言ったが、これは、猪木さんが大物であるということなのであるが、いつまでも怒ってエネルギーを失わない素晴らしい発想でもある。
猪木さんは、鷹揚(鷹が飛ぶようにゆったりした人間性)な人なのだろうと思う。
猪木さんは、少年時代に移民したブラジルで苦難の日々を送り、プロレスラーとして事業家として大変な苦労をし、糖尿病にもなる中で、身体のエネルギーの大切さを強く実感し、小さなことにこだわらない、ゆったりとした人間性を身につけたのだと思うのである。









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