ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
あなたをSE、プログラマー、あるいは、超能力者にするブログ。ひきこもりも歓迎。

引き寄せ

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

小学4年生の完璧な引き寄せ

男の子なら(女の子でも)、一度は天体望遠鏡が欲しいと思うのではないだろうか?
今は、天体望遠鏡も、手ごろな価格のものが多く、Amazonが配達してくれるので、簡単に手に入る。しかし、安価なものであっても、使ったことがあるのとないのとでは、大きな違いが出てくるのではと思う。世界的音楽家だった冨田勲さんも、子供の時(中学生くらいではないかと思う)、天体望遠鏡が欲しいと思ったらしい。
しかし、彼の父親は医者で金持ちだったとはいえ、当時は戦争中で、どこにも天体望遠鏡は売っていなかった。
それで、冨田さんは、父が持っていた科学雑誌に天体望遠鏡の原理が載っていたのを頼りに、竹と厚紙と老眼鏡と虫眼鏡を組み合わせて、かなり実用的な天体望遠鏡を作ってしまう。
冨田さんは、宇宙に強い興味を持ち、音楽家になってからも、ホルストの『惑星』をシンセサイザー音楽にして、世界で、クラシック音楽では異例の250万枚を売り上げた。
私は、むしろ、冨田さんの宇宙を題材にしたアルバムでは、『ドーン・コーラス』が好きで、2016年5月に冨田さんが亡くなられた年の11月に、東京渋谷のBUNKAMURAオーチャードホールで、冨田さんの最後の作品になる『ドクター・コッペリウス』を観劇に行ったが、その時に、『ドーン・コーラス』の中の『パルサーからの呼びかけ』だっと思うが、それが演奏された時には、良い曲でもあり、非常に感動したものだった。
『ドクター・コッペリウス』の主演は初音ミクさんで、ミクさんが白のチュチュで華麗なバレエダンスを披露したが、映像がいまひとつで、ストーリーも「ちょっと・・・」だった。だが、音楽はやはり素晴らしかった。

今でも、天体望遠鏡の懸賞というのがあるらしい。
天体望遠鏡を買ってもらえない少年達は、願いを込めて応募するかもしれないが、なかなか当たるものではないだろう。
私も、小学4年生の時、そんな懸賞に応募したことがある。
はっきり覚えているが、特賞が反射式天体望遠鏡で、その次が、プリズム式(屈折式)天体望遠鏡だった。その後は、地上望遠鏡や双眼鏡で、私は、せめて地上望遠鏡でもいいから当たればと思ったが、当時は、天体望遠鏡は今より貴重で高価だったと思う。つまり、懸賞の競争倍率が高くなったはずで、私は何も当たらなかった。
だが、当時の私は、「引き寄せ盛り」で、願ったことは現実に出来ることを知っていた。
それで、遠くに住む10歳違いの従兄が、自分が持っている天体望遠鏡をなぜか私に譲ってくれたのだ。
あの懸賞のものとよく似た、かなり本格的な反射式天体望遠鏡だった。
しかし、今考えると、なぜ従兄が私にそれをくれたのかは謎である。彼は、もちろん、天体望遠鏡は一台しか持っていなかった。
ここで、どうやれば欲しいものを引き寄せられるかを一言で言えば、「思い続ける」だけである。
別に「必ず手に入る」なんて力む必要はないし、力んではいけないのだろう。
ただ、ぼーっと考えれば良い。
そして、天体望遠鏡を手に入れてからも、私の宇宙に関する引き寄せは続いた・・・いや、強化された。
月を散々観測した後、星も見たが、星のほとんどは恒星(太陽)であり、天体望遠鏡で見たって、瞬かないだけで(瞬くのは目の中の筋肉が振動しているから)、ただの光の点であることに変わりはない。
そこで、当然かもしれないが、土星を見たいと思った。
しかし、小学4年生の私は、天文に関する知識は一切持っておらず、土星がどこにあるか全く分からなかった。
土星は明るい星で、比較的見つけ易いと言われるが、「あ、あれだ」と分かるほど明るい訳ではなく、実際、他の星との区別は全くつかなかったと思う。
しかし、最初に望遠鏡で狙った星がまさに土星で、やや小さい映像ながら、リングもはっきり見えた。その後も、私は土星を、いつでも簡単に特定することが出来た。
土星を引き寄せる方法も同じで、「見たいなあ」と、ぼーっと思い続けることだ。
全く人のいない道で、好きな女の子のことを思い「来い」と思うと、やはり彼女が現れたものだった。
もはや言うまでもなく、そのコツは、「会いたいなあ」と、ぼーっと思うだけである。











具体的なことを願うべきか

引き寄せの法則には、2通りがある。
それは、具体的な願いを願うものと、具体的には願いを述べないものの2つである。
これは、結構重要である。
古典的なもので言えば、科学的なクラウド・ブリストルでは、「1億円」とか「専務の地位」といった、具体的なことを願う。
だが、宗教的(キリスト教)のノーマン・ヴィンセント・ピールでは、聖書の言葉を唱え、具体的な願いは述べない。聖書においては、「神はあなたに必要なものなど、とっくにご存知」だからである。
両方が混じったのが、ジョセフ・マーフィーや、フローレンス・スコーヴェル・シンだ。聖書の言葉を唱えつつ、具体的な要望をはっきりさせ、それを願う。

どちらが良いかは、本人の気質によるだろうが、具体的な願望は言わない方が良い。
クラウド・ブリステルだって、本来は、せいぜいが、「豊かになる」とか「うまくいく」、あるいは、ぼんやりと、「そうなればいいなあ」程度の想いを持つことで、それを実現させた。
マーフィーも、スコーヴェル・シンも、実際には、聖書の言葉を重視し、具体的な目標を言わないやり方を教えている場合が多いのである。

ただ、新しい成功法則では、「願望は、金額や、達成期限まで明確にせよ」と教えるものが多い。
ビジネスマン向けには、そっちの方が良いのである。
しかし、これは、一般的にはマイナスになる。
なぜなら、プレッシャーで緊張するし(それが良いという教えもあるのだが)、何よりも、違和感を感じたり、薄汚れた欲望を持ち勝ちである。
古典的で純粋な教えである、RHJの『Ii Works』では、具体的願望を記すのであるが、書き換え自由であるとして、そんな弊害を緩和している。

特に、日本人の場合は、願いは具体的にしない方が良いと思える。これには、異を唱える者もいるだろうが、そんな者達は、違和感に苦しまず、どんどん願いを叶えているのだろうか?そうではないように思う。
神様と呼んでも、宇宙エネルギー、あるいは、潜在意識と言っても良いが、そういった深層の英知が、我々の願望を知らないはずがない。
しかし、それを自意識で言葉にすれば、大抵は悪い方に歪むのである。

昨日もご紹介した、1967年の時代劇『剣』の第1回、『天下一の剣豪』で、無敵の剣豪、戸沢一刀斉は、「あなたは日本一です」と語りかけてくる刀の力で、天下に敵はいなかった。
この脚本を書いた人は、実に知恵がある人だろう。
剣が語りかけてくるのは、「あなたは次の誰それに勝ちます」だの、「あなたは日本一の剣の達人です」でもない。
「あなたは日本一です」なのだ。
そして、戸沢一刀斉は具体的には、剣で天下一でありたいことは、大きな存在には、言わなくても解っているのである。

「私はうまくいく」と言った時、どんなことでうまくいけば良いのか知らないのは子供である。
だから、子供の夢は、眠っている夢の中でしか叶わない。
大人が、くどくど具体的な願いを言うのは、神様とか宇宙の活力を信頼していない証拠である。
だが、「多くの人間の問題は、具体的な目標がないこと」と言うのもまた真理である。
しかし、それは、生き方の問題である。
夢や目標がないというのは、怠慢で、弛んだしまっているだけだ。
人間らしく生きていれば、「ああなりたい」「あれが欲しい」なんて目標は、いくらでも現れる。
そうでないなら、生き方を反省し、改めた方が良いだろう。
「具体的な目標は?」というのは、自分では解っていても言う必要はない。だが、ディテール(細かいこと)ははっきりしなくても、自分では知っていなければならないのである。その訓練の意味では、『It Works』は良いのではないかと思う。









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引き寄せに必要な本当のものは2つだけ

自分の本当に好きなことが出来ないとか、好きな女の子(男の子)に話しかけられないとか、ひきこもりが仕事に就けないってのは、実は、それほど難しい問題がある訳ではない。
誰だって、初めてコンビニで買い物するとか、初めて1人で喫茶店やレストランに入った時、あるいは、初めて美容院に行った時というのは、覚えてはいないかもしれないが、かなり勇気が要ったはずなのだ。
しかし、もう、そんな時のことなんか忘れている。
最初は難しいことも、慣れてしまえば何でもない。
つまり、最初に挙げた、やりたいことをする勇気がないってのも、そんな大きな勇気が必要なのは最初だけだ。

ある若い男が、ヤクザとモメてしまい、生きた心地がせず、不安に怯え、ある先輩に電話したら、その先輩は、気軽に、「ああ、分かった。任せとけ」と言う。
そして、数時間後に、その先輩から電話があり、「今から、そいつら(ヤクザさん達)と飲みに行く」と言い、問題の方は片付いたと言う。
後で男が先輩に聞くと、先輩は、「俺はこういうの慣れてるんだ」と言う。
全く、何でも慣れなのだ。
まあ、別にヤクザとの交渉に慣れる必要はないが、何事も、最初は緊張するのは仕方がない。
初めての時は、緊張し、肩に力が入る。
だから、肩から力を抜き、なるべくリラックスして、なりゆきにまかせる気で、何でもやってみれば良いし、やらないといけない。
いろんなことに挑戦していると、初めてやることが楽しみになってくる。
あの緊張感がたまらんのだ。
特に男は、7つの海を渡って、本当に格好良くなる。無論、本当の航海ではなく、いろんな経験ってことだ。

ちなみに、心をオープンにしていると、面白い経験が出来るチャンスの方からやって来る。
自分を磨いているほど、やって来るチャンスのグレードも高くなる。
だから、よく勉強し、身体を鍛えながら、受容的でいることだ。
受容的でいるとは、優越感を持たないってことだ。
お高くとまっているやつのところには、面白いことはやって来ないし、来ても、「特別待遇じゃなきゃやらない」なんて馬鹿なことしか考えないので、結局、何にも出来ないのだ。
本当の引き寄せに必要なものは、修行と受容性って訳だ。









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引き寄せは逆効果だった

有名な成功哲学である「引き寄せ」は、効果がないばかりか、逆効果であることは、科学的に証明されている。
ということを知っておくと、人生を何十年も無駄にせずに済む。
ちなみに、私は随分無駄にしてしまった。
スティーブ・マックイーンとダスティン・ホフマン共演の実話大作映画『パピヨン』で、パピヨンが、「人生を無駄にすることが最大の罪」と悟る場面をよく覚えているが、あんな思いはしない方が良い。
私はしてしまったのだが。

引き寄せとは、成功した状況を思い描けば、その通りになるというものだ。
脳は、現実と想像の区別がつかない。
だから、想像すれば現実になるというのが、引き寄せの理論である。
しかし、実際はこうだ。
確かに、脳は、現実と想像の区別がつかない。
だから、想像すると、脳は、願望が叶ったとして満足してしまうのである。
結果、願望実現へのエネルギーの供給は止まってしまう。

なるほど、これは完全につじつまが合う。
引き寄せでうまくいったという人も、それはいる。
しかし、それは、たまたまだ。
願望を想い描いた人とそうでない人について、どちらの収入がどれだけ多いかを調査するという、単純だが、納得出来る研究が行われたようだ。
結果、想い描いた方が、極めて有意に、収入が少なかったのだ。

では、成功するためには、本当は何をすれば良いのか?
引き寄せに効果がないことを、自分で実験したのではないが、調査と推測で確認した、アメリカの作家マイク・ハーナッキーの、すっかり忘れられた成功法則がある。
それは、「必要なことは全てやると決意すること」だ。
一言で言えば、昨日書いた通り、「断固としてやる」と決意することなのだ。
そして、この裏に隠された、素晴らしい成功法則がある。
それは、「無理なことはさっさと諦める」ということだ。
「断固としてやる」と決意すれば、「絶対無理なこと」に違和感を感じるはずだ。
そうであれば、早く止めて、無駄な時間と労力を使わないことだ。
私は、小学生から二十歳くらいまで、プロレスラーになりたかった。
しかし、それは幼い子供の夢で、実現の可能性はないのに、想像すると楽しくて満足してしまい、別の、自分に向いたことに意思を向けず、結果、人生を無駄にしたのだろう。
「セリエAのサッカー選手になる」「野球でメジャーリーガーになる」と言う子供は多いが、いくら何でも、高校生にもなったら、自分には無理と分かるはずだ。実際、99.9%の人は、どれほど努力したって駄目なのだ。もちろん、それでも、野球やサッカーを一生懸命やることは素晴らしいことだが、ほぼ全ての人は、最低のプロにすらなれないのだ。
だったら、それは自分の目標でないことは、早く自覚した方が良い。
ところが、30歳近くになり、大したことない社会人チームですらレギュラーになれないのに、Jリーガーになろうだの、ひどいのになると、サッカーチームにすら入っていないのに、そんな夢を持っている者がいる。よほど親に甘やかされたのだろう。

子供の夢は卒業し、やるべきことを断固としてやる。
それが確実な、本当の成功法則なのだろう。








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引き寄せだってトレーニング次第だ

願うことを何でも実現するという、ジョセフ・マーフィーの潜在意識の法則や、チャールズ・ハアネルやヒックス夫妻の引き寄せの法則、ロンダ・バーンのシークレットなどがあるが、やってみてさっぱり上手くいかない人がいる・・・というより、いかない方が大半だろう。
そんな人達というのは、練習せずにサッカーをやってるような人に違いない。

エドガー・ケイシーという偉大な超能力者(高次の存在と精神交流する)がいた。私は彼の能力は信用するが、彼の能力に関して書かれた著作はあまり興味がない。例えば、『超能力開発のすすめ』とか『超能力の秘密』とかだ。
ケイシーは、9歳から13歳までに、聖書を13回通読するというトレーニングをやり、その後も、毎朝、聖書を読むトレーニングをしたというだけのことだ。
偉大な政治家にも、家に聖書が1冊しかなかったので、それだけ繰り返し読んだという人がいたが、それが良いトレーニングになったのだ。
ミルトン・エリクソンとなると、家に聖書と辞書しかなかったが、彼は辞書の方を選んで繰り返し読んだのだ。後に彼は、それをしたことが大変に良かったと述べている。それが、彼が超人的な精神科医になる基礎トレーニングになったのだろう。もっとも、聖書の方を選んでいたら、どうなっていたかとは思う。

法然は、死ぬ時、「私は念仏以外やらなかった」といった意味の遺書を残した。
法然は、老齢になってから流罪にされたりと、悲惨なイメージがあるが、流刑地は気候の良い場所が選ばれたり、体調が悪いといって、そこまで行かずに別のところに行ったり、さらに、そこで布教したりと、別に迫害されていたというのではない。生活の面倒も見てもらえたし、やがては京都に戻り、弟子に囲まれて良い最後だったと思う。
念仏しかしなかったというより、念仏をちゃんとやったと言うべきかもしれない。法然は、1日に6万回、後に、7万回の念仏を唱えたのだ。
法然は、念仏すれば、仏様は、沢山の仏や菩薩を送って守ってくれると言っているのである。
彼は、サッカーのカズ(三浦知良さん)のような練習熱心な仏僧だったということだ。

引き寄せの法則などで上手く願望を実現できないというなら、トレーニングが不足しているか、全くやっていないのだろう。
エドガー・ケイシーや、ミルトン・エリクソン、法然、あるいは、カズを見習って、しっかりトレーニングすることだ。

大体、トレーニングという言葉は、英語のトレイン、つまり、列車だが、これは、ラテン語のtrahereが語源で、まさに、「引っ張る」という意味なのだ。
ジョセフ・マーフィーに関して言えば、彼は、聖書の詩篇を繰り返し読むことを薦めており、これがトレーニングになるのである。
このブログでも何度も書いたが、第2次世界大戦で、部下全員に聖書の詩篇91を繰り返し唱えさせ、5年間の戦闘で1人の死者も出さなかった大佐がいたが、これも、幸運を引き寄せるトレーニングである。

誰かがカズに、「44歳まで現役を続ける秘訣は?」などという馬鹿な質問をしていた。
カズは、「秘訣はない。毎日トレーニングすること」と言ったが、それが秘訣なのだ。
しかし皆、「カズは偉い」だの「尊敬する」だの「勇気をもらいました」といった、変な方に行ってしまい、せっかくの秘訣を無視するのだ。









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