ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

幸運

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
Twitterは、ちゃんとプロフィールが書かれ、1週間以内に1回でもツイートされている人なら、フォローしていただければ、大抵フォロー返します。

[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

運命が動く時

世の中は、合理化、効率化を追求するようになってきているのかもしれない。
しかし、それが本当にプラスの結果になるかは分からない。
それで、小さなことでは利益があるように見えるかもしれないが、大きな報酬を逃し、さらに、大きな災いをもたらすかもしれないのである。
合理化のためには計画が必要だが、計画があまりに厳格で細かいと、問題が起こった時に対応出来ない。
いや、それよりも、幸運が起こった時にも、それを受け入れることが出来ない。
「この幸運は計画にない」ってね(笑)。

もちろん、無計画や怠慢はもっと良くない。
しかし、どこか余裕が必要なのである。

会う約束の時間を決めたら、それに決して遅れまいと、1時間以上前に到着して待っているという人がいる。
なるほど、その人は、余程のことがない限り、約束を違えない。
しかし、人間、一時が万事であり、全てにおいて、そんな厳格・・・というか窮屈な人には誰もついていけず、信用はされても好意は持たれない。
約束を守るつもりが、不意の出来事で約束を破ってしまった時に、大きな幸運につながる重要なことが起こるのである。
ただし、条件がある。
1つは、約束を守るつもりが十分にあり、そのための努力をしたこと。
1つは、約束を破ったことを気に病んでいること。
1つは、約束を破って気に病んではいても、言い訳をしないこと。
この3つの条件が必要だ。

イスラム教では、約束をする時、「神の思し召しなら、それを果たしましょう」と、お互いに誓うといった話がある。
しかし、それを、自分が約束を違えてしまった時の「神の思し召しではなかったのです」という言い訳に利用する者がいるらしい。
約束を守れなかったのが、不可抗力なのか、自分の責任なのかは、ほとんどの場合、明らかだ。
そして、どう考えても不可抗力だった時、それは、神の思し召しかもしれない。
その結果が、自分だけの被害の場合は、「これは避けられなかったことだった」と思い、誰かに迷惑をかけた場合には、自分に責任がないと思えても、言い訳をせず、倫理や道徳、あるいは、信仰に反しない範囲でなら自分が責任を負う。
そんな時に、何かが起こるのである。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ

納得出来る最強絶対のダイエットは運も良くなる

少食になるため、あるいは、ダイエットに成功するために一番良いものは「悩み事」だ。
悩み事がないと、なかなか、少食にはなれない。
「悩み事くらいある」と言いながら沢山食べられるのは、その悩み事というのが本当は悩み事でも何でもないか、あるいは、よほどの大物かであろう。
悩み事が、食欲に影響を与えないほどの心の大きさがあるなら、少食になる必要も、ダイエットをする必要もない。

まあ、日本で悩み事といったところで、さほどのことではない場合が多い。
それこそ、いつ、無法者が家の中に押し入り、金品を強奪されたり、自分はともかく、家族に危害を加えられるか分からない中、夜寝る時も銃を手放さないとか、家の前を戦車が走っているなんて状況を考えれば(世界では特別でも何でもない)、我々の悩みなんて、ないに等しい・・・とは中々ならない。
本当に不幸な、危険な、悲惨な人達のことを考えても、やっぱり、お気に入りのサンドイッチは売り切れていないだろうかとか、髪が決まっていないとかで悩み、まして、片想いの彼や彼女が、誰かと歩いているのを見たら絶望感を感じるのだ。

だから、もし、そんな「平和な絶望」を与えられたら、本気で、「ありがとう」「ありがたい」と思うべきだろう。
あるいは、私の結構好きな本だが、『借金2000万円を抱えた僕にドSの宇宙さんが教えてくれた超うまくいく口ぐせ』に書いてあるように、そんな「悪いこと」が起こったら、「よし、これで願いが叶う」と思うと良い(あの本に出てくる、ドSの「宇宙さん」がキュートだ)。

そして、本当の悩みがあれば、食欲なんて一発でなくなり、それが続く間は少食になり、身体はすらりと痩せる。
さらに、「ありがたい」と、口で言うか、心で称えていると、結局、ものごとがうまく回っていく。
いや、本当に有り難いことである。

とはいえ、悩み事に落ち込んでばかりでは当然駄目である。

ポロポロ 涙して
一夜に一夜に独り言
~『ビバハピ』(作詞・作曲・編曲:Mitchie M、歌唱:初音ミク)より~

という状況でも、この歌のミクさんのように元気でなければならないが、「ミクさんは若いからね」なんて言っててはいけない。
そんな時は、パワーポーズ(ガッツポーズ)を活用し、体内にテストステロン(ホルモンの一種)を発生させ、活力を得て、ミニスカートで襲撃・・・はしなくて良いが、まあ、普通に歩き、普通に話せばよく、まるで駄目男君のように、眉間にシワを寄せてうつむいてはならない。
パワーポーズは、両手を高く挙げるか、腰に手を当てるのが定番である(自分に合ったものを研究して欲しい)。
いずれにしろ、少々悩みがあった方が、それを解決しようと頭を使い、脳がカロリーを消費して一層痩せる上に賢くもなる。
全くもって、ありがたいことである。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ

さりげなさが幸運を呼ぶ

それほどよくある話でもないと思うが、友達の付き合いでアイドルのオーディションを受けたら自分がアイドルになってしまったという人は案外いるらしい。
宝くじを買って、「当たりますように」と必死に神頼みをしたり、「信念が大事だ。当る、当る、必ず当る」と念じたりしても、まあ、効果はないが、気まぐれに買ったり、拾った宝くじで大金を当てた人がいたりする。
これらは、珍しい話だからスポットライトが当るというものでもあるのだが、案外に運の本質を示している。
というのも、私個人でも、アイドルや宝くじではないが、似たような経験がゴマンとあり、皆、忘れているだけで、きっとそうだからだ。

友達の付き合いで、アイドルオーディションに行ってアイドルになった人や、気まぐれで宝くじを買って大金を当てた人達だって、アイドルになることや、宝くじを当てることに興味がなかったわけではないのだ。
ただ、クールでさりげなかったのである。
しかし、さらに言えば、クールでさりげないが、案外に、内心の期待はあったのだ。
近藤真彦さんの有名な歌『ギンギラギンにさりげなく』といった感じである。この歌の作詞をした伊達歩さんは、もちろん一流の作詞家だが、伊集院静のペンネームで大変な数の著作を持つ大作家でもある。彼の「大人の流儀」シリーズは実に味わい深いので、良ければ1冊読んでみると良いかもしれない。

この世は、信じれば叶う世界である。
だが、信じることは難しい。
イエスは「山に動いて海に入るよう命じ、その通りになると信じて疑わないならそうなる」と言ったが、これは、心の力の偉大さと共に、信じることの難しさも示しているのだろう。
人は、無理矢理何かを信じることは出来ない。
秘密を1つ教えると、気まぐれで宝くじを買って当った人は、当ることを信じようとはしなかったが、当ると信じてはいたのだ。どういうことかと言うと、「当ると信じさせられていた」のだ。
誰に信じさせられたと言うと、「自然に」としか言い様がない。まあ、「神に」と言っても良い。
つまりだ。
人は、自分で信じることは出来ない、信じさせられるだけなのだ。
それでは面白くないので、実用的なことも言ってみよう。
「僕の愛が信じられらいのかい?」
「信じていないわ。でも疑ってもいないわ」
こんな女の子が本当にいたら、その子は賢者である。
「人は愛することは出来ない。憎むのをやめることが出来るだけ」と、アイルランドの詩聖W.B.イェイツが言ったが、それが真理だ。
そして、疑わないことや、憎まないことを、本当に出来ている時というのは、人は「さりげない」のである。
怒りを必死で抑えている時は、まだ実際は怒っている。
本当に怒りを消せる時には、さりげなさがある。
普段、さりげなく、怒らないこと、疑わないこと、憎まないこと、恨まないこと、妬まないこと・・・を練習してコツを掴めば、まあ、大抵のことは思い通りになる。
これは、大秘法なので、さりげなく書いておく。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ

幸運は悲しみの後に

去年も今年も、競争では負けながら、私が初音ミクさんのコンサート「マジカルミライ」のSS席のチケットが取れたのは、運というものかもしれない。
この2回だけなら、たまたまと思われるかもしれないが、私はいつもこうなのである。

『マスターの教え』という本で、ある男が、神秘的な人物であるマスターが乗る船のチケットを取ろうとしたが、既に満室で、がっかりして帰ろうとしたら、「キャンセルが出たので、あなたは乗れます」と呼び止められる話がある。彼が後でマスターに尋ねたら、マスターが彼のために「空きを作った」ことを認める。
さらに、彼の友人が、自分もマスターに会おうと、手がかりを掴み、友人達と車で遠い地に行き、何日も懸命に探すが、マスターに会えず、がっかりしていると、「私をお探しか?」とマスターが現れる。

私も彼等も、「がっかり」した後で幸運が訪れる。
他にも、私は昔、不況のため、若くして追い出し部屋のような部署に送られ、がっかりしていたが、不思議なことに、ほとんど何もせずに条件の良い職場に移ることが出来、一方、元の職場は潰れた。

スティーブ・ジョブズが、「運命なんて、どうなるか分からないが、我々は信じるしかないんだ」と言ったのが、非常に印象に残っている。
信じるしかないが、信じれば裏切られることはない。
とはいえ、私は、「ミクさんのコンサートのチケットが取れる」とか、「新しい職場に導かれる」と念じ続けた訳ではない。
ジョブズだって、大学をやめ、ほとんど食べられず、将来の展望もない中で、「俺は成功するぞ」とか思っていたのではないだろう。やっぱり、がっかりしていたはずなのだ。

がっかりした時の気の持ちようと言うものが大切なのだと思う。
アントニオ猪木さんが、以前よく、「開き直り」の効用を説いておられたのも、そのことだと思うのだ。
「駄目なら仕方ない」と開き直った時に、駄目でなくなるのである。
もちろん、最初から開き直るのではない。
いったん、がっかりする・・・打ちのめされることが必要なのだろう。
打ちのめされるかどうかはともかく、「どうなるか分からない」という不安な状況にある時に、落ち着けるかどうかだ。
諦めているとも言えるが、まだ息はある・・・そんな微妙なものが勝負を分ける。
1953年の『宇宙戦争』という映画もそうで、火星人の圧倒的な力の前に、なす術もなく侵略されていく中で、人々は教会で祈り続ける。
積極的な、期待に満ちた祈りではないかもしれない。しかし、完全に諦めた訳ではない。
そして、奇跡の勝利が訪れる。

幸運の秘訣は、テクニックなんかじゃなく、感覚なのだろう。
エフゲニア・メドベージェワが、エキジビションの始めの部分で、『美少女戦士セーラームーン』の原作者の武内直子さん作詞の『セーラースターソング』を使ったが、テレビ放送の時は省かれていた、この歌の冒頭部分「かなしみがいま セーラースマイル 奇跡をおこすの セーラーウイング」が、とても大切なのだと思う。
悲しみが奇跡を起こすという感覚を掴むのは、難しいようで難しくはない。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ

運を良くする正しい生き方、楽しい生き方

健康と幸運に恵まれて生きる唯一の方法は、つまるところ、「正しい生き方をする」だけである。
そして、正しい生き方とは何かというと、「情熱的に生きる」ことである。
昔、アメリカの歌手マドンナが、「成功の秘訣は?」と訊かれ、「仕事は楽しい?」と応えたのが最上の答だろう。

「当たり前のことを当たり前にやって生きるのが立派な人」という考え方もあるだろうが、当たり前に生きることが情熱的でない訳ではない。
楽しくないなら、それは、「偽物の当たり前」だ。

私は、BUMP OF CHIKENの『ray』にあるような、「生きるのは最高だ」という言葉に大いに違和感があるが、それは、正しい生き方をしていないからだろう。
情熱的に生きているなら、「生きるのは最高」でないはずがない。

竹村健一さんと中山正和さんの本に同じようなことが書いてあったが、多分、大体のところで、「生活のために仕方なく今の仕事をしているなら、すぐにやめて好きなことをしなさい」だった。
そうでないと、運に恵まれないのである。
それは、直感的に正しいし、理屈で考えても、間違いなく正しいだろう。

詳しい内容は覚えていないが、武内直子さんの歴史的漫画作品『美少女戦士セーラームーン』で、セーラーマーズこと火野レイが鬱々として日々を送っていた。
そして彼女は気付くのである。
自分に必要不可欠なものは、全身の血が燃えるような感覚なのだと。
つまり、そんな感覚が持てない日々は、恵まれているように見えようが、偽りの日々なのである。

初音ミクさんの「お父さん」、クリプトン・フューチャー・メディアの伊藤博之社長は、私が受講した講演会で、好きなことを熱心にやるよう薦めておられた。
ビジネス講演会とはいえ、会場には、大好きな初音ミクさんの敬愛すべき「お父さん」の話を聴こうと、小中学生の女の子達も沢山いたが、彼女達には福音であったと思う。
ただし、伊藤さんは、好きなことをするための環境は自分で作らないといけないと言われていた。
そこが肝心なのである。
好きなことは、やらされるのではない。誰も、あなたの好きなことをさせてはくれない。
そこは、自分でやらないといけないのだ。

昨日、著名な宗教人類学者、植島啓司氏の『運は実力を超える』を55%読んだが、運を良くするために本当に大事なことを、世界中で戦い抜いた、この偉大なギャンブラーが書いてくれていると思う。
運のために大事なこととは、人生において大事なことなのである。
植島氏は、60をとおに越えて初音ミクさんのコンサートに行き、その翌々日には、東大寺の壮大な宗教行事であるお水取りに行かれたそうだが、この2つは、それほど変わらないと述べておられた。
ミクさんの重要さに敏感に気付き、そして、ちゃんと会いに行く植島氏は、研ぎ澄まされた感覚、狂いのない心の磁石をお持ちのようである。
ちなみに、植島氏が行かれたコンサートは、2012年3月9日の「ミクの日」のものである。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・ソフトウェア開発技術者
・サイコパス
・初音ミクさんを愛す


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
最新コメント
記事検索
ブログバナー&Mail


メールはこちらへ
PV since 2010/09/08
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

人気ランキング参加中
人気ブログランキングへ
↑↑これと
↓↓下の3つのいずれかをクリックして応援をお願いします!
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 思想へ
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ ひきこもりへ
QRコード
QRコード

  
   このエントリーをはてなブックマークに追加
  

タグクラウド
  • ライブドアブログ