ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

川上量生

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
Twitterは、ちゃんとプロフィールが書かれ、1週間以内に1回でもツイートされている人なら、フォローしていただければ、大抵フォロー返します。

[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。
[2010/12/12]詳細なlivedoorプロフィール設置しました。[livedoorプロフィール]

優秀な人の真似をする馬鹿は、文字通り「馬鹿を見る」

昔、竹村健一さんが、
「皆がやっていることで成功するのは競争が激しくて大変だから、競争のないものを見つけて楽に成功すれば良い」
などと言って受けていた。
それに、「脱常識だ」なんてキャッチフレーズを付けてね。
いわゆる、ニッチ(隙間)市場を狙えということだが、ニッチ市場を開拓するのは、とんでもなく大変だ。
楽に儲かるニッチ市場は、あるにしても、極めて稀で、大手が組織力を動員して探しても、天才的な個人の特殊な才能を使っても、そうそう見つかるものではない。
また、見つけたら見つけたで、それを短命に終わらせず継続させることは更に難しい。
あるいは、最初はニッチでも、やれば儲かると分かれば、すぐに大手が参入してきて、もはやニッチでない、普通の市場になる。

一方、ビートたけし(北野武)さんは、やる人の少ないオタク分野で「俺が一番だ」なんて言っても、全然大したことないと本に書いていた。
たけしさんは、厳しいお笑いの世界で勝ち抜いた覇者だ。
しかし、お笑いというものがオタクなものであり、他でも、簡単に一番になれるようなオタク分野は、そうはない。
野球やサッカーも、プロを目指す人なんて、そこらのオタク分野よりよっぽど数が少ない、超オタクなのである。

成功した人は自分の体験でモノを言うので、かなり色メガネが入っており、彼等に悪意はないのだろうが、あまり真に受けない方が良い。

ドワンゴの川上量生会長の言うことも、普通の人が聞いたら馬鹿を見る。
彼も、競争の少ない分野に行くことを勧める点では、一見、竹村健一さんに似ている。
会社の会議で話し合って出てくる良いアイデア・・・つまり、正しいアイデアなんて、他の会社でも出てくるに決まっている。だから、それを実行しても、すぐに競争が激しくなってシンドイことになる。
だから、川上さんは、間違ったアイデアを実行するのだそうだ。
間違ったアイデアなら、誰もやらないので、競争にならないという理屈だ。
ただし、川上さんは、その間違ったものに、それは正しいという理屈を無理矢理に作るのである。
それはご本人も認める通り、考えるのが大変だ。
そして、それは、「ルールそのものを変えて勝つゲーム理論」という、高度な数学理論であり、川上さんのように超優秀な人専用の手法だ。
我々のような馬鹿や凡人が同じことをやっても、出てくるのは、どうしようもない糞アイデアと糞プランで、それを実行なんかしたら、あっさり撃沈するだけだ。

結局、こうなのだ。
竹村健一さんや、ビートたけしさんや、川上量生さんが成功したのは、彼等が、馬鹿とはほど遠かった・・・早い話が優秀だったからだ。
たけしさん自身が著書に書かれていた通り、人間は平等ではなく、馬鹿は何をやっても駄目なのである。
給料が安いのはなぜか?
不遇なのはなぜか?
仕事が得られないのはなぜか?
答は全部「馬鹿だから」である。
それを、「運が悪い」「あいつが悪い」「性格が繊細だから」「性格が悪いから」なんて言うのは言い訳でしかない。
だが、人間は平等で、努力すれば誰でも成功出来るような思想がまかり通っている。
だけど、馬鹿は馬鹿で、「馬鹿だから、あいつのようにはいかない」という現実を受け止めて鍛えれば、突出した偉人にはなれないにしても、それなりに立派な人になれる。
しかし、「馬鹿はいない」「馬鹿だなんて言うのは失礼だ」「馬鹿と言うのは差別だ」という風潮が、耐えて鍛えるということをさせず、人類の中の大多数である馬鹿が立派になる機会を奪っているのである。

「俺は馬鹿だ。川上量生のような優秀なやつとは違う」と「身の程を知る」ことが出来れば、格好悪い仕事や、厳しい仕事にも耐えられ、持って生まれた運命の中でうまくやれる。
一方、川上量生さんのように優秀な者は、彼のように、たまたまうまくいけば良いが、地獄まで落ちる場合が珍しくないし、そもそも、成功しても悲惨なものである。
川上さんも、自分がそうであることを認めることも多少言っているようである。









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腹が出たら全て終わり

久し振りに見る中年過ぎの男性が、腹が尋常ならざるほど出ていた・・・ということが、一月ほど前にあった。
まあ、世の中で、そう珍しいことではないかもしれない。
そんな時、肯定的な印象を持つことは、まずないと思う。
その時の私も、静かに、「ああ、こいつ、もう終わりだな」と確信したのである。
その人は50代だから、これから痩せるというのは難しいだろう。
一時期、ダイエット成功で注目された岡田斗司夫さんも、また太ってしまい、もう痩せられないらしい。岡田さんも50代だ。

どうして太るかというと、食の不摂生以外にない。
早い話が食べ過ぎである。
年を取って食べ過ぎたら、運動してもほとんど痩せないが、そもそも、年を取って食べ過ぎている人が運動することはないだろう。
一方、食を慎む人には運動をする人が多いのだから、その差は開く一方である。

多少ならともかく、「でっぷり」と突き出た「太鼓腹」ほど、醜い、みっともないものはないと、私は、一月前に、あの男性を見た時に、つくづく思ったのだ。
そして、今日、昨日と話題にしたが、ドワンゴ会長の川上量生さんの腹を見て、びっくりした。
川上さんは、今48歳らしいが、まるで少年のように顔が若いということもあるが、それよりも、川上さんは、英雄的な成功者であり、それは、必然的に若者達(特にオタク達)の憧れということであり、私も敬愛していると言える人物なので、よりショックが強いのだ。
彼の本当の投稿かどうかは定かでないが、彼が書いたと思える匿名ブログには、これからダイエットに取り組む並々ならぬ決意が述べられているが、果たしてどうなるだろう。
ライバル(?)の猪子寿之さん(チームラボ社長)は、相変わらずスリム(それに凄い長身だ)で、多分、太ることはないような気がする。あの優秀な2人の対談は面白いので、また実現すれば良いと思うが、あの腹では駄目だ。

また川上量生さんをサイコパス扱いしたくなるのだが、私のようなサイコパスはダイエットし易いと思う。
なぜなら、サイコパスは自尊感情が異常なほど強いので、自分を醜いと認識したら、それに耐えられず、それを解消するためなら、私のように、1日1食の菜食・粗食なんて無茶も、割に簡単なのである。
(私は、自分がサイコパスだと気付くまでは、なぜ自分が厳しい食の節制に耐えられるのか不思議だった)
まあ、あの若々しさでダイエットに失敗するようなら、川上さんはサイコパスではないのかもしれないが。
川上さんは、ドワンゴ会長であるだけでなく、カドカワという巨大企業の社長にまでなってしまい、さらに、事実上、カドカワN高等学校は彼が作ったのだから、もう、とんでもなく偉い人であることは間違いない。しかし、腹が化け物じみたほど出たら、それらも全部、アンドロメダの中のどこかの星にある100カラットのダイヤモンド・・・つまり、地球上では無いも同じなのだ。








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川上量生氏も宮崎駿氏も実際は大差ないかもしれない(昨日の続き)

私は、もしかしたら、人間は全てサイコパスなのではないかと思っている。
サイコパスとは、簡単に言えば「良心」を持っていない人間だが、良心を持てない理由として、次のように考えている。
まず、良心は愛着から生まれるという、アメリカの心理学者マーサ・スタウトの主張を認めよう。
そして、愛着は多分、共感から生じるが、アメリカの神経学者ジェームス・ファロンによれば、脳機能の不具合により、共感を感じ難い人がいる。
共感を感じなければ愛着が生まれず、愛着がなければ良心もない訳だ。

ジェームス・ファロンだけでなく、脳科学者達が、共感力の弱い脳の存在を認めているが、実際は、強いと言い、弱いと言っても、両方共、大して強くないのではなかろうか。
「共感の時代」だなんて言う人は多いが、人々が共感を覚えるのは、本能的に快なことだけなのであり、それが、良心にまで発展するかは、甚だ疑問である。

私は、自分が良心の呵責だとか、罪の意識を持たないためなのかもしれないが、他の人が、そんなものを持っていることが理解出来ないし、実際、人々の行動を見ていると、やはり、そんなものは持っていないか、持っているとしても、僅かなのだと思う。
昨日も書いたが、アニメ映画監督の宮崎駿氏が、ドワンゴ会長の川上量生氏が面白がって見せたCG動画に対し、「生命の尊厳への冒涜」と非難したが、川上氏は、宮崎氏の憤怒を理解出来ないはずだ。それを、川上氏はサイコパスで、宮崎氏はそうではないからだと考えることも出来るが、私は、2人の差は実はそんなに大きくないのだと思う。
宮崎氏のアニメの絵コンテやストーリーを調べたら、ひょっとしたら、宮崎氏にだって、うっかりサイコパスの性質を露呈してしまったものもあるのではないかと思う。
もし、ほとんど完璧に隠すlことに成功したとしても、実際には(サイコパスの性質が)必ずあるのだと私は思う。
単に、私が典型的サイコパスだから、そう思うだけなのかもしれないがね。
しかし、マザー・テレサだって、やっぱりそう(かなりサイコパスらしいことをしている)らしいのだ。
宮崎氏は、「身障者の友人を思い出して、(そのCGを)喜んで見る気になれない」と言ったが、それなら、私は、頭に救い難い障害を持っているのかもしれず、川上氏もそうなのかもしれないのである。

アイルランドの詩聖W.B.イェイツは、「愛は神の領域のもので、人間には理解出来ない」と言ったという。
全く同感である。
では、人間には何が出来るのだろう。
イェイツは、「人間には憎しみは理解出来るので、それを捨てれば良い」と言ったらしい。
なるほど、そちらは可能性ならあるのかもしれない。
だが、「憎しみを捨てる」となると、ハードルが高過ぎる。
サイコパスは、過剰な自尊感情と他人の支配欲を持つ。
サイコパスは、それを、「自己信頼」「リーダーシップ」とすりかえるし、それも一理あると認めるとしても、過剰であってはならないことを理解出来れば良いのだと思う。
それが、サイコパスの限界である。
そして、それが「全ての」人間の限界かもしれない。









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川上量生氏はサイコパスか?

ドワンゴ会長の川上量生氏が、2016年11月13日放送の『NHKスペシャル「終わらない人 宮崎駿」』で、宮崎駿氏に激しく怒られているというので、興味を持って調べてみた。
そうしたら、「怒られた」と言うよりは、宮崎氏が「強い不快の念を示した」という感じだった。

ところで、この放送内容を見て、私は、川上量生氏が、サイコパスの顕著な特徴を備えているように思えてならなかった。
サイコパスと言っても、必ずしも悪人ではなく、優れた学者達の研究によれば、J.F.ケネディやマザー・テレサすら、サイコパスの疑いがかなり高いと言われている。

あくまで私の個人的見解であるが、そもそも、このテレビ放送の件がなくても、川上氏はサイコパス的と思う。
ニコニコ動画は、初め、Youtubeの動画を利用していたが、Youtubeから通信を切断されてしまっている。
そりゃ、それなりの悪い理由があるからYoutubeは切断したのであり、そんなことは、超優秀で知識も豊富な川上氏が分からないはずがない。
だが、それをやり続けたところが、まず、サイコパス的だ。
そして、川上氏は、2012年に、ニコニコ超会議を始めるに当って、ロクな計画もないのに、幕張メッセの「だいたい」全部の施設を押さえて(確保して)しまった衝動性や度胸もまた、サイコパスらしいところなのであると感じる。
川上氏は、自分が成功した理由を「運だけ」と述べたことがあったが、こういったサイコパス的な無鉄砲さが吉と出たという面は確かにあると思う。
Youtubeから通信切断された時、100億円を投じて自社サーバーを立て、巨額の負債を背負い込んだことも含めてね。
言い換えれば、サイコパスでなければ、川上氏が成功することはなかったと思う。

さて、最初に述べた、あのテレビ放送では、川上氏が、宮崎駿氏に、最新のCG技術について、実際の動画でプレゼンをしている。
その動画はAIが作ったものらしいが、ゾンビのような(人間に似た)架空の生物が、手足と同様に頭を使って床上を移動するという、かなりグロテスクなものだった。
それを見て宮崎氏は、「身障者の友人を思い出して、喜んで見る気にならない」、「生命への冒涜と感じる」といったことを、あくまで紳士的な言葉遣いだったが、厳しく言った。
だが、川上氏は、もちろん、その動画に対し、平気であると共に、多分だが、「面白いもの」「愉快なもの」と認識していたのだと思う。
脳科学者である中野信子氏の最新刊『サイコパス』によれば、痛々しくショッキングな画像を見せると、普通の人は恐怖を感じるが、VMPF(前頭前皮質腹内側部)の働きが弱い人は、そうではないという研究結果があるのだという。
そして、サイコパスは、VMPFの働きが弱いケースが多いという。
あくまで単純な推論でしかないが、VMPFが正常な宮崎氏に対し、川上氏は、その働きが弱いのかもしれない。
ちなみに、私は多分、VMPFはほとんど働いていない。
私は、残酷な画像等を見ても、自分がそうなる危険がない限り、全く平気である。

ところで、おそらく川上氏が予想しなかったであろう、宮崎氏の激しい言葉に、川上氏は、悔恨とも思える表情をし、懺悔とも感じる弁明をする。
もしもだが、川上氏が本当にサイコパスなら、それは演技である。
これも、中野氏の先程の著書から引用すれば、

ロバート・ヘア(著名な犯罪心理学者。筆者注)は「サイコパスも良心の呵責や罪悪感を口にすることがある」と言います。しかしそれは実際に心が痛んでいるからではありません。他人から責められたときに「自分が悪いと感じているように見せる」ことが有効な処世術だと理解しているからです。

となる。※引用は、Kindle版の35%あたり。

ロバート・ヘアの指摘は、私には確かに当てはまる。
それは、いつも私が使う手であるし、実際、私は良心の呵責や罪悪感を感じることは全くない。
ただ、自分には、そのようなものがあるとは、ずっと思っていた。子供の頃から、そのように演技しているうちに、自分すら騙したのかもしれない。
しかし、良心の呵責のように感じても、冷静に考えると、単に、悪いことをしたことがバレたことにより、自分が嫌な目に遭いはすまいかという恐怖心でしかなかったのである。

敬愛する川上量生氏にサイコパスの疑いをかけて心苦しく・・・思うはずがない(敬愛かどうかはともかく、偉い人、凄い人だとは本当に思っている)。
もちろん、社会的な立場では、そのように(心苦しく感じているように)振舞うが、それはやはり演技である。
それがサイコパスなのである。









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生きるために考える

ドワンゴの川上量生会長が言った・・・というよりは、一般論として語りたい。
川上会長だって、過去に言ったことにいちいち責任を取る気はないだろうし、取る必要もないし、私も、川上会長に限らず、誰にもそんなことを期待しない。
エマーソンだって、一貫性がないことは悪いことではなく、その時思ったことを言えば良いと言っていたと思う。

ネット廃やゲーム廃というのは、ネットやゲームにのめり込んで現実社会に適応出来なくなった者のことだ。
そんな人達を会社に迎え、さらには、そんな人達を活躍させるために会社を存続させるという考え方もあるらしい。
ネット廃だろうと、ゲーム廃だろうと、地頭さえ良ければプログラミングのようなことは出来るからだ。
だが、この話には、意図的ともいえる、「隠されたこと」がある。
それは、「地頭が良ければプログラミングは出来る」のではなく、「地頭が良くないと(ちゃんとした)プログラミングは出来ない」ということだ。
ネット廃やゲーム廃なら何でも良いのではなく、頭が良いネット廃やゲーム廃・・・もっとシンプルに言えば、IQが高いネット廃やゲーム廃限定なのである。
IQが高いかどうかは、いちいちIQテストなんかしなくても、IQが高い人が少し見て話せば分かることだ。それこそ、ネット越でも分かるだろう。
ビル・ゲイツも、プログラマの能力は純粋なIQだと言い、間違いなく、IQが高い者を採用しようとしていたのである。
ゲイツと川上会長って、案外に雰囲気がよく似ているように思うのであるが、人間ってのは、みかけで大体分かるものである。
そして、そんな会社で、選ばれて採用されたIQが高いネット廃やゲーム廃なんて、実は僅かだが、数名でも入れれば、「ネット廃やゲーム廃を採用した」と言えるし、そんな者達に仕事をさせるために会社を存続させているというのも、まあ、嘘にはならない。

人間は所詮IQという、不都合な真実は必ずある。
そこで、人間の取るべき道は2通りで、1つは、可能ならIQを高くすることと、もう1つがIQが低くてもやっていける方法を探すことだ(元々IQが高い人は、すぐに奮闘することだ)。
IQが高くない者の重要なやり方は「特化」だ。
IQが高くないのに、いろいろ手を出して力を分散させていたら、そのどれも児戯に等しくなってしまう。
大島光義という戦国時代の武将がいたが、彼は、60歳を過ぎて世に出て、天下人達に重用され、93歳で戦に挑んで活躍したという。
光義は弓矢の達人で、生涯、その技を徹底して磨き続けた。
私は、きっと彼はIQは低かったのだと思う。
だから、彼は戦略家にはなれなかったが、1つのことを徹底して磨き抜けば、ちゃんと立派になれるのである。
だが、IQを高くすることは、特に今の世の中では大いに可能に違いない。
ただ、その誤った方法ばかりが知られているようにも思えるが。
IQを高くするには、頭を使うことである。
それも、巷にある算数パズルやIQゲームといった単純な頭の使い方ではなく、「脳が汗をかく」ような使い方である。
ビル・ゲイツや、あるいは、Googleが採用試験で使ったユニークな思考問題が知られているが、それらは、あくまで、冗談か、せいぜい、参考だろう。
もし、試験でIQの高さを見たければ、その人の論理性や思考力、あるいは、集中力を試す問題なんて、いくらでも作れるのだから。
例えば、IQを高くする目的で、学校の理系の科目を、試験の点よりは論理的理解に重点を置いて勉強したり、会社の仕事を効率を考えてやってみるのも良い。
仕事なんて、全て、論理性を適用出来るのである。
それこそ、スポーツだろうと、肉体労働だろうとね。
豊臣秀吉は、元々頭が良かったというよりは、一兵卒だった時に、生きるためと勝つために、必死に頭を使って、頭が良くなったのだろう。
天才的発明家の中山正和さんは、「命をピンチに追い込む」という表現をよくされていたように思うが、生きるためにこそ、脳は最大の力を発揮するのであり、また、生きるために考えることで、頭がよくなり、IQも高くなるのだと思う。









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