ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

川上量生

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

川上量生さんはやっぱり凄かった

企業は、儲かっている時は社員を大切にすることが多い。
大昔から、雇い人を大切にする雇い主はいたが、逆に、雇い人を物扱い、奴隷扱いをする雇い主もいた。
しかし、雇い人を大切にするのだって、好況時限定である場合も多かっただろう。

ヘンリー・フォードがフォード自動車を創業し、成功すると、従業員を大切にして賃金を上げ、当時は金持ち専用のものであった自家用車を工場労働者でも買えるようにするという驚くべきことを実現させた。
大切にされて、やる気を出した労働者の仕事振りは良く、それが、生産性や車の品質向上につながり、ますますフォード自動車は売れて、ますます儲かり、自動車は安く、従業員の賃金は上がるという好循環にもなった。
しかし、不況になると、ヘンリー・フォードの息子や孫達は、自分はプライベート・ジェットで通勤するという超贅沢をしながら(途方もない金がかかる)、労働者はがんがんリストラした。

日本でも、戦後十数年になると、鉄鋼大手(新日鉄、川崎製鉄、日本鋼管、神戸製鋼)あたりは大変な好況で、工場労働者を始め従業員のために広大な社宅を作った。
4~5階の丈夫な鉄筋コンクリートで、普通のアパートよりよほど良い社宅に格安で住めるのである。
さらに、家族のための工場見学を実施し、お父さんが働いている職場が、どれほど凄いのかをアピールし、見学に来た家族には美味しいお弁当を振る舞い、子供達にはお菓子も与えた。それは、家族にもだが、会社にとっても、非常に良い影響を与えたと思う。
日本では、少々の不況であれば、なんとか従業員を雇い続ける場合が多かった。
不況でも、日本がアメリカほどの悲惨さが見られなかったのは、そんなところが良い方向に働いたのだと私は思う。
しかし、日本でも、リストラが普通になり、貧困層が生まれたのは、経営者側の責任もあるのだが、長い優遇で堕落した従業員の質の低下もあると思うのだ。
それにより、真面目な従業員も不幸にしたのである。

どういうカラクリかは簡単に言えないかもしれないが、従業員を大事にしない会社は確実に潰れる。
しかし、会社が従業員を大切にしても、従業員が腐っていれば、会社の業績は傾く。そして、従業員の教育も会社の責任である。
今は、法令で従業員は保護されているし、それを破ると企業が罰則を受ける。
だが、従業員が腐っていると、会社の内部は澱み、特に、真面目な社員は居心地が悪く、立派な人から順に辞めていく。
とはいえ、そんなことが起こるのも、経営者と従業員の心が離れているからなのであると思う。

表向きのことしか分からないが、ドワンゴは、急成長し、東証一部に上場し、ニコニコ動画で有名企業になり、出版大手カドカワと提携し、統合企業のトップにはドワンゴ会長だった川上量生さんが就くという、ドワンゴや川上さんの大成功物語は爽快であった。
しかし、近年、ドワンゴの業績が低下し、ついに大赤字となり、川上量生さんは完全に表舞台から消え、ドワンゴは統合会社KADOKAWAどころか、かつて、対等に統合したカドカワの子会社になるという落ち目になってしまった。百億円以上あった資本金も1億に減資というのは、もう終わったようなものだ。
本当かどうかは知らないが、川上量生さんが、ニコニコ超会議という、幕張メッセを「だいたい」占拠して行う壮大なイベントを始めた理由は、ニコニコ動画のリニューアルに5年かかると、従業員に言われたことらしい。5年も革新がないと、絶対潰れるので、話題作りのために始めたという。
もし、それが本当なら、ドワンド凋落の原因は、すぐにニコニコ動画をリニューアルさせなかった川上さんの判断ミスだろう。
とはいえ、むしろ、ニコニコ超会議、あるいは、その他の話題作りで5年持たせた川上さんはやはり凄かったと思う。
あの才能、埋もれさせるのはやはり勿体ないと思う。









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偉くなったら負け

芸能人は世間に話題を提供出来なくなったら、忘れられて終わってしまうのかもしれない。
その話題は、一番良いのは、ヒット曲が出るとか、映画の主演をし、その映画がヒットするなどだが、本業でそれほど目立てないと、女性アイドルなら際どい写真集を出したり、趣味の絵で賞を取ったりが話題になるなら、まだ売れている内に入るのだろう。
そして、本業だけで十分に話題になる芸能人が余計な話題を作られるが、売れない芸能人は、どんどん過激な話題提供に走って破綻するのが1つのパターンのようだ。

芸能人ではないが、川上量生さんの話題を聞かなくなった。
今や、彼が、前カドカワ社長とか、ドワンゴ創業者であったのも忘れられてしまいそうだ。
川上さんは、常に話題を提供していたなあと思うし、そのセンスは凄かった。
ニコニコ超会議を開催して大赤字になると、赤字額5億円も話題にし、毎年、赤字額を発表し、ついには、「今年も赤字額発表があるよ」とさらに話題を取りに行く。
現社長で、当時は取締役だった夏野剛さんが「最初から赤字と決め付けないで欲しい」と言っていたのがネタにしか聞こえなかったが、考えてみれば、真面目に言ってたのかもしれない。
やがて、ニコニコ超会議の赤字発表がなくなったが、冗談で済まない赤字額になったのかもしれない(いや、元々、冗談でない額だったが)。
そもそも、書籍だったかWebだったか忘れたが、川上さん自身が、「ニコニコ動画のサービス更新が5年かかるが、それならもう終り。そこで話題提供のためにニコニコ超会議を始めた」といったことを言われていた。それを私は半分冗談だと思っていたが、本当だったということだろうか。
川上さんは、ドワンゴに人工知能研究所を作ったり、Google傘下のDeepMind社のAlphaGoが人間の囲碁棋士の世界王者を破ると、「AlphaGo打倒を目指してDeepZenGoを作る」と言って、本当にそのプロジェクトを開始し、確かに話題は取れていたが、金も半端なくかかったはずだ。
そして、やがて、川上さん自身の主張やインタビューが話題の中心になっていって、それも、ドワンゴやKADOKAWAの業績が好調な内は話題になったが、事業の方が駄目になったら全て終りである。
そして、川上さんは名誉毀損での訴訟合戦という、つまらない話題を提供してイメージを悪くしてしまっていた。彼は「1円請求訴訟」として話題を取ったつもりかもしれないが。
つくづく、話題は建設的なものでないといけないと思い知らされる。訴訟なんか最悪だ。
川上さんは、他にも、本当によく話題を提供してきたし、N高等学校は話題だけでなく、川上さんの素晴らしい業績だった。

愛すべき人だったし、ひきこもりの星であったのだが、最後はちょっと人が変わっていたように思う。
偉くなってしまったように思うのだ。
これも嘘が多かったのだが、梶原一騎さん原作の空手漫画で、当時、少年達のヒーローだった空手家が、こんなことを(漫画の中でだが)言ってたのを思い出す。
「強くなるより、偉くなりたがる者が多い。私は神棚になど断じて乗らない」
しかし、みんな偉くなって駄目になっていった。
それが結論だと思う。
ちびまる子ちゃんの大ヒットした歌の中に、「エジソンは偉い人」というフレーズがあるが、エジソンも偉くなって駄目になったのだ。
偉くなってからのビル・ゲイツの言葉は全く心に響かなくなった。
スティーブ・ジョブズは、スタンフォード大での講演で「愚かであれ!ハングリーであれ!」と言い、「偉くなっちゃ終りなんだ」と訴えたのと、「俺は偉くならんぞ」と思ったのかもしれない。









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真剣に願えばやっぱり叶う

松下幸之助さんの「ダム経営」というのは良く知られていると思う。
これは、社内留保を持つこと・・・らしいのだが、早い話が、現金の蓄えを持てということだ。
そして、中島孝志さんの本で読んだが、どうすれば蓄えを持てるかというと、松下幸之助さんは「蓄えが欲しいと願うこと」だと言い、大抵の人は笑ったが、若き日の稲盛和夫さんだけは笑わなかったという。
私が、松下さんの本意とは違う解釈をしている可能性もあるが、「欲しいと願うこと」は、何とも奥深い教えと思う。

親が豊かなニートが一生働かないのは、働きたいと願わないからだろう。
「いや、願っているよ」と言っても、真剣に願っていないのだ。
「彼女が欲しいと真剣に願っているが彼女が出来ない」というのも、彼女が欲しいのではなく、愛玩動物か人生を彩る花が欲しいと思っているだけだからだろう。
ニサルガダッタ・マハラジのような無欲な聖者ですら、「願いが叶わないのは熱意が足りないからだ」と言うが、本気で真剣でなければ熱意は出てこない。
本当の熱意かどうかは、長期間継続するかどうかで判別出来るだろう。

敬愛するドワンゴ創業者の川上量生さんが、ドワンゴの代表取締役会長を退任し、さらに、取締役も退任したのは、彼の持っている願いがドワンゴに相応しくなくなったのだろうと私は思う。
昔、川上さんは、ひきこもろりを雇いたくてドワンゴを作ったと言っていたような気がするが、ドワンゴも普通の大卒ばかり採用するようになり、ひきこもりに居場所を与えたくてニコニコ動画を作ったと言っていた(ような気がする)が、ニコニコ動画も普通の動画投稿サイトになってしまったように思う。
N高等学校も、ひきこもりを救済する高校という面が強かったのが、これは、最初から、それだけという訳にはいかなかったと思う。しかし、そんな面がどれだけ残るかが問題であると思う。けれども、やはり、ただの未来型高校になっていくのだろうなあとも思う。
まあ、特に京大というのではなく、大学の工学部を卒業出来る点でいえば、川上さんは、それほどのひきこもりではないのかもしれない。工学部は実験が多く、ひきこもりでは務まらないと思う。
吉本隆明さんも、自分はひきこもり気質と言ってたが、東京工業大学を卒業しているから、やっぱり、少し人間関係が苦手というだけだったのかもしれない。ただまあ、吉本さんは、「昔は、ひきこもりの人間でも、ひきこもらせてくれなかった。殴ってでも連れ出された」と言っているが、その通りかもしれず、鍛えられたのかもしれない。
いずれにしろ、「ひきこもりの星」川上量生さんが通用しなくなってしまったことは、ひきこもりにとって悲しいことである。
人気脳科学者の中野信子さんは、『努力不要論』で、「ひきこもりは日本の資産」と、日本のひきこもりのユニークさ優秀さを称賛していたような気がするが、ひきこもりだろうが社交的だろうが、願うことのない者が資産になることはなく、負債である。
金持ち父さんは、「ポケットに金を押し込んでくるのが資産、金を奪い取るのが負債」と非常に分かり易いことを言い、家や車は資産ではなく負債と断言したが、税収をもたらすのが日本の資産で、税金を使わせるのが日本の負債である。なら、ひきこもりは、どんだけ面白かろうが資産じゃなく負債である。
だが、ひきこもりも真剣な願いを持てば、そうじゃなくなる。
川上量生さんも、もう一度、ひきこもりの役に立ちたいと真剣に願えば、あれだけ優秀な人なので復活するだろうが、あんだけお金があったら、もうそうは思わないかもしれない。

真剣な願いを持つには生命力が必要だ。
そこで是非、佐川幸義系Kay式四股(SKS)を毎日がんがん踏んでいただきたいと思う。









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川上量生氏の復活を願う

最近も時々、敬愛すべき川上量生氏のお話をしていたが、彼が、カドカワ社長やドワンゴ取締役を辞めていたことを昨日まで知らなかった。
それほどのニュースにもならなかったということだろうか?

これまでは、川上量生という名前自体がブランドでありコンテンツであったが、それは、ずっと以前は、急成長したIT企業ドワンゴの代表取締役会長の、そして、最近までは、カドカワ社長の地位あってのことで、オワコン感は半端ない。
数年前、角川とドワンゴが対等で合弁してKADOKAWA・DWANGO(現カドカワ)を発足し、川上氏が代表取締役会長としてトップに立った時はセンセーショナルで、それまでだって、「日本のスティーブ・ジョブズ」「和製ビル・ゲイツ」というイメージすらあったのが、実質でも、ソフトバンクの孫正義氏や楽天の三木谷浩史氏らと対等の大物になったと感じさせたし、それを痛快に思う人も多かったと思う。
実際、これまでは、いかなる超一流の事業家、研究者・・・例えば、MITメディアラボ所長でMIT教授の伊藤穣一氏やAI研究者の中島秀之氏、あるいは、スタジオ・ジブリの宮崎駿氏、大棋士の羽生善治氏らと対談しても、そういったビッグネームらと対等以上に自論を主張(その中身も実際に傾聴に値したが)することが出来たが、それはもう出来なくなったと言って間違いないと思う。
チームラボの猪子寿之社長や、クリプトン・フューチャー・メディアの伊藤博之社長らの経営する、それらの企業は確実に立派な会社であると思うが、大企業でもなく上場すらしていない。しかし、彼ら自体が世界的にも超一流の人物として通用すると思う。だが、川上氏はそうではなく、今後はいかなるメディアも、彼らとの対談を企画しようとは思わないだろう。
つまり、川上量生氏はただの人になってしまったのだ。あるとすれば、相変わらずカドカワの筆頭株主の富豪であることだが、それも、ただの金持ちというだけのことのように思える。
これまでは、「川上量生が何をした」「川上量生がこう言った」ということがニュースになり、コンテンツとしての力があったのが、それがなくなるのはとても寂しいと感じる。別に川上量生氏自体が変わる訳ではないし、彼が大変な人間であるのは間違いない。

やはり、私も川上量生ファン(カワンゴファン)で、何より、彼は「ひきこもりの星」であった。
彼が作ったと言える、ニコニコ超会議や、N高等学校が、果たして今後も今の輝きを保てるか心配になってきたし、超会議に関しては、来年の開催も疑問だ(普通に考えると来年はない)。
やはり彼が作った、ドワンド人工知能研究所は閉鎖された。権力者としての川上量生がいなくては存続出来るはずのないものだ。
彼はもはや、ドワンゴでもカドカワでも、存在意義を持つことすら出来ないのではと思う。

私が、川上量生氏の墜落を予感したのは、ある映像を見せて宮崎駿氏を激怒させた時だった。
ただし、あれは、宮崎駿氏の脳がそう反応しただけの話であり、映像の内容は、私も古い人間なので不快には感じたが、悪いものだったと主張するつもりはない。
だから、映像の問題ではない。そうではなく、川上氏のあの時の、あの恐ろしく出っ張った腹を見て愕然としたのだ。
いや、これは、あくまで個人的感想であり、腹が出るのは人の勝手であり、それが、悪いこと、恥ずかしいことなどと言うつもりは一切ない。
ただ、私の川上量生のイメージが崩れた瞬間であったのは確かだ。
こちらも私の大好きな岡田斗司夫氏に「何若作りしてるの」と言われた川上氏の茶髪も似合っていると思うほど、川上氏は若々しかったが、そう思わなくなってしまった。
偏見かもしれないが、男は腹が出たら終りなのである。
この岡田斗司夫氏や、岡田氏同様に「かつての」言論上のライバル(?)東浩紀氏らが何と言うか・・・私は聞きたくないような気がする。
ないとは思うが、今、岡田氏や東氏に「口撃」されたら、川上氏に勝ち目はない。
やっぱり、川上氏の社会に対する貢献は、あったと信じたい。
川上氏の復活を心から期待している。









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「わりと」「だいたい」がツキを呼ぶ

事業成功者の話より、ギャンブラーの話の方が面白いのはなぜだろう?
それは決まっている。
ギャンブラーの方が正直だからだ。
成功した事業家は皆、本当はギャンブラーなのに、それを隠す。
そのあたりの事情は、アメリカの投資家マックス・ギュンターの『運とつきあう』に詳しく書かれていて、私は大変に面白いと思った。
事業家に限らず、いかなる成功者も、大博打で勝ったギャンブラーなのであることは、まあ、間違いないだろう。
しかし皆、自分は努力して成功したように言う。
その理由は(その本にも書かれているが)、(1)自分が努力して成功したと思われたい、(2)自分でも努力して成功したと思っている、(3)努力して成功したと言うほうがウケが良い・・・の3つである。

昔のアメリカでは、成功者はギャンブラーとして軽蔑されたらしいが、それは本当だと思う。
日本人は勤勉だと言われ、アメリカ人のリーダー達はそれを称賛する。
だが、日本人の勤勉は、実はアメリカが作ったのである。
戦後、アメリカは、二宮尊徳(にのみやたかのり。よく知られる二宮金次郎は自称)を尊敬すべき刻苦精励の人物という虚像を作って、これに憧れるよう日本人を洗脳し続けたのである。今でも学校にある、薪を運びながら本を読む二宮金次郎像は、アメリカによる、日本人のマインド・コントロール・ツールである。
いや、そもそも、アメリカ政府が、アメリカ人を勤勉にするため、勤勉は善、ギャンブルは悪という思想を作り上げたのだ。
だから、実際は、伸るか反るか(のるかそるか)の大博打で成功したジョン・ロックフェラーも、イメージを良くするため、自ら「勤勉こそ尊し」と説き続けたというのが本当だと、上記の『運とつきあう』にも書かれていて、私は、それを真に受けるというより、「そりゃそうだろう」と思うのである。まあ、エビデンス(証拠)も十分らしいしね。

成功者は、決して、自分が運で成功したとは言わない。
よほど親しみを感じている相手を除いては。
私は一度だけ、ある成功者に「俺が成功したのはたまたまだ。俺と同じことをやっても絶対駄目だ」と言うのを聴いたが、私が親しまれたというより、その場の興が乗っていたのだろう。そして、それが、私が彼を最も正直に感じた時として印象に残っている。
いや、その他の彼の言うことも、思い出せば『運とつきあう』に書かれてることとほとんど同じなので、その本の真実味を感じるのである。
しかし、やはり、成功者は普通は、自分が運で成功したとは言わない。

しかし、大成功者で、自分が運で成功したと言ってくれているのが、銀座マルカン創業者の斎藤一人さんとドワンゴ創業者の川上量生さん(現在はカドカワ社長)だ。
もちろん、彼らが運だけで成功した訳ではないだろうが、彼らと同じくらい能力がある人も、案外ザラにいると思うのだ。
その中で、彼らが成功したのは、絶対的に運があったのである。
斎藤さんに関しては、もうぶっ飛び過ぎてワケが分からないことを書いた本が続々出るが、まあ、彼の初期の本を読んだ方が安全だ(笑)。
そもそもが、斎藤さんの教えの根本は、「ツイてる」と言えばツクのであるから、それを覚えておけば良い。
川上量生さんは興味の尽きない人物であるが、50歳を過ぎて、そろそろ凡人化していないか・・・などと思うが、それは分からない。
彼も、割と思いつきでモノを言うフシもあるので、あまり真に受けない方が良いかもしれない。
だが、彼のツキの鍵は、彼の口癖「だいたい」「わりと」にあるような気もする。
「だいたいやね~」の口癖で有名だった竹村健一さんが、『いい加減のすすめ』なんて本を出していたが、要は、「良い加減」の「いい加減」が良いのだろう。
それが、「こだわらない」「やり過ぎない」「度を越さない」「そこそこ」「過ぎたるはなお及ばざるがごとし」という、宇宙の美徳・・・すなわち、運を呼ぶ要因になるのである。
竹村健一さんは英語で世に出たが、彼が言うには、「だいたい、僕の英語なんて、素人に毛が生えた程度ですよ」だそうだ。まあ、確かに、そんなに上手い英語ではないと思う。
私もVBA(ExcelやAccessに内蔵されたプログラミング言語)でわりと良い給料を貰っているが、正直、本当にいい加減で、ロクに稼げないVBAプログラマーに「こんなことも知らないのですか?」と言われることもある。
宮本武蔵の剣法だって、柳生宗則のような本格派と比べれば、相当いい加減だったと思うのだ。
しかし、実践の場数が多いと「キレ」がある。
丁度よい例が、大俳優の丹波哲郎さんが大学時代、外務省の通訳のバイトで高給を取っていたが、実は、採用されたのは、面接時の発音に「キレ」があったからだったというものだ。
早い話が、本当には英語が出来ない面接官達は騙されたのだ。
丹波さん曰く。
「そりゃ、米軍のバーでバイトしてたんですよ。だから、発音が違う」
もちろん、そんなんで通訳の仕事が出来るはずもなく、外務省では仕事中、トイレに隠れていたらしい(笑)。
丹波さんは、自分の最大の美点は「こだわらない」だと言う。
つまり、「わりと」「だいたい」なのであり、それがツキを呼ぶのである。









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名前:Kay(ケイ)
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・サイコパス
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