ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

岸田秀

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
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[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。
[2010/12/12]詳細なlivedoorプロフィール設置しました。[livedoorプロフィール]

壊れてしまっている人たち

人々の中には、「精神とか人間性といったものが、どうしよいうもなく歪んでしまっている」人が、必ずいる。
そうなってしまったのは、本人のせいではなく、多くの場合は、親のせいであり、他にも、子供時代に身近に接した人々の影響によるものである。
そういった、精神とか人間性の歪み、崩れ、壊れ・・・何と表現すべきか困るが、とにかく「逸脱」してしまった人の心に対し、「教育」とか「指導」といったものは、ほとんど全く意味がない。

私の職場にも、「あまりにおかしな考え方」をし、そのために、異様な行動をする人がいて、時に、私も厳しく叱責したりすることもあるが、もちろん、何の効果もない。
その時(厳しく叱責した時)には、相手も、一応、しおらしい態度を見せ、少しの間、改めることもあるが、その者も、元通りの「異様な行動」をしたくてたまらず、遠くなく、元に戻ってしまう。
そんな人を、改めて冷静に見ると、不気味である。
だが、それは、ほとんどの場合、その者の親が、そんなふうにしてしまったのである。

逸脱した人間は、自分では、逸脱していることに気付かない。
精神分析学者の岸田秀さんは、子供の頃から、自分が、「なんとなくおかしい」と思っていたと言うが、それは、よほど頭が良い(IQが高い)からだと思う。
さらに彼は、それを治そうと、大学(早稲田大学)の心理学部に入ったが、そこには自分の求めるものはなかったので、独学でフロイトを勉強し、ある程度解決してしまったというから恐ろしい。
岸田さんが、自分がおかしいと思った理由は、いろいろあったが、私が覚えているものでは、中学生の時、セーラー服を着た女子生徒を見ると、彼女達には、絶対に「おちんちん」が付いているとしか思えなかったり、道を歩いていると、よほどの決意をしなければ、引き返すことが出来ないなどであった。
そうなった理由は、自分の母親が、岸田さん自身はまだ気付いていなかったが、全く女性的な性質を持っていなくて男性的であったこと、また、これも自分では気付いていなかったが、母親に完全に支配されていて、彼女の指示なく動けないようになっていたからである。

むろん、誰でも、大なり小なりは歪んでいて、「完全にまとも」な人間などいないが、その程度が大きな者は、多くの場合、社会不適合になる。
私の職場にいる、歪んだ人達も、会社が儲かっていて、「飼っていられる」間は、周りが見て見ぬふりをして「泳がせておけば」良いのだが(その者が、よほど迷惑なことをしない限り)、本当は、いたらいけない人達である。
このブログで時々とりあげる「まるで駄目男君」も、その典型であり、凶暴性のようなものはないにしろ、いるとどうしても影響を受けてしまうので、いない方が良いのは確かである。
だが、彼にだって生活がある。
会社は慈善団体ではないにしろ、ある程度は、そんな面も必ずある。もちろん、収益が上がっている優良な会社の場合である。
まるで駄目男君も、余裕のない会社にいた時は、当然ながら、何度もクビになっている。

いろいろ書いたが、こう言っている私自身、ひどく逸脱している。
岸田秀さんのように優秀ではないので、子供の時、あるいは、若い時に気付くことはなく、認識出来たのは、それなりに人生経験を積み、勉強し、自分を少しは客観視出来るようになってからだ。
まあ、友達がいない、周りとうまくやれない、結婚出来ない・・・といった場合、ほぼ確実に、心の歪み、崩れ、破壊があると言って良いだろう。
私の場合、どの会社でもクビになったことがないのは、1つには、例えば、技術的なことなら、毎晩2時過ぎまで勉強や訓練をするといったことをしたからである。そんなことが出来ない者は、やはりクビになっている。
もう1つは、最低限のIQはあったと見えて、「やって良いこと」「やってはならないこと」が、健全な人間のように、「考えなくてもぱっと分かる」ことはないが、少し考えれば、そこそこ正しく判断出来るからで、それは、年と共に、ますますうまくやれるようになってきたと思う。

あなたも、人生がうまくいってないなら、多くは親のせいで、心が歪み、崩れ、壊されている可能性が大きいだろう。
アメリカでは、精神医学が進んでいて、治療を受ければ治ることが多いらしいが、それでも、大半の人は精神科医にかからないし、特にアメリカは医療に相当な費用がかかるので、やはり、ほとんどの者は、そのままで一生を送るのだろう。
まして、日本では、精神科医なんて、「キチガイ」が「行かされる」ところという観念があるし、分からないが、まともな治療が出来る医者もいないのではないだろうか・・・という認識が私にはある。実際がどうだかは、私にはさっぱり分からない。
いずれにしても、逸脱してしまった心を、矯正することは難しいし、ほとんどの場合は不可能である。
私は、人の何倍、何十倍(何百倍?)も、時間やお金をかけて、自分で努力し、良くなった部分もあると思うが、むしろ、そのせいで歪みが大きくなった部分もあるに違いない。
だから、贅沢は言わないが、自分が平和で安楽であれば、それで良いのである。
それには、心身が、それなりに健康で、社会的にも、それなりにうまくやれれば良い。
そういった程度のことに関しては、十分以上に成功しているし、しっかりしたノウハウは出来つつあるので、歪んでいる人のお役には立つと思う。
ただし、自分で、「これではいけない」と気付いている場合だけである。
健全な大成功者になる方法を教えられる人に会うことは、それこそ、大海原で針1本見つけるようなものだ(つまり、絶対に会えない)。
巷で多少売れている、自己啓発家や自己開発指導者といったものは、皆、有害な偽物である。商売は上手い人はいるのだけれども、あくまで、彼らが自分が儲かるだけで、あなたはカモである。でも、そのことに気付かない者は気付かないのである。









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良心は幻想か

ラルフ・ウォルドー・エマーソンは、少年の時、こう思ったらしい。
「自分が悪魔であるなら、悪魔になりきる。」
つまり、自分でないものになってはならないということと思う。

私は、心理学者のマーサ・スタウトの『良心をもたない人たち』を読んで、スタウトの意図とは違うだろうが、自分がサイコパス・・・良心を持っていないのだと悟り、やっと、自分が何者であるかを理解したのだ。
自分の奇妙さが、これで説明がつく。

私は、普通の人より、よく寄付をする。
それも、分不相応な大きな額をだ。
しかし、善意で寄付をしたことなど、一度もない。
「喜んで惜しみなく寄付をしろ」だなんて言う人がいる。
だが、私は、喜んで寄付をしたことはないし、いつも惜しいと思いながら寄付をした。
そもそも、そうでない人がいるなんて、信じちゃいない。
私がなぜ寄付をするかというと、1つには、自己満足、1つには、見栄である。
そして、何より、「寄付をすれば運がよくなる」「寄付をすれば、その何倍も、何千倍も返って来る」という、怪しい法則を期待してのことである。
そのような教えを説く者は、私は、多分、サイコパスだと思う。

私は、虫も殺さない。
私は、虫は嫌いだ。
だが、部屋の中に、ハエや蚊や蜂がいても、殺さず捉えて、外に出す。
それもまた善意ではなく、自己満足か、やはり、「生き物を殺さなければ神が恵みを与えてくれる」と思っていた・・・というより、思いたがっていたのだ。

ところで、フロイトは、自我は幻想だと言ったらしい。
どういうことかというと、人間は、他の動物と違って、本能が壊れていて、本能だけで生きていけないので、自我を作ったという。
そのように、自我は自然に出来たものでないので、どこかおかしいのだという訳だ。
フロイト派の精神分析学者の岸田秀氏は、それで、自我は狂っているとまで言い切る。

私は、そうではなく、幻想であるのは、自我全体ではなく、その中の良心だけだと思っている。
ユングは、動物にだって道徳は見られると言ったと思うが、それは違う。単に、本能的な行為が道徳に似ているだけだ。
動物は良心など持ってはいない。
だが、人間だけが、幻想の良心を持ったのだ。
だから、良心なんて、曖昧なものなのだ。

つまり、私は、人間は全てサイコパスだと思っている。
そう思うことが、真正(本物)のサイコパスであるという証拠なのかもしれない。
なぜなら、良心の存在を全く信じていないのだからだ。
ひょっとしたら、他の人は良心を「本当に」持っているのかもしれない。
しかし、私には理解出来ないのだ。

私はサイコパスだが、良い社会人であろうとは思っているのだ。
もちろん、それは善意からではない。
論理的に考えて、その方が、安全で楽だからだ。
私はさして利口ではないが、馬鹿ではない。
だが、馬鹿なサイコパスが、悪いことをやって、結局、自分を滅ぼすのである。
あるいは、自分は能力が高いので、悪いことをやっても、切り抜けられると思っているのかもしれない。
それは自惚れってもんだ。
ただし、私の考える「良い社会人」は、世間で言う「良い社会人」ではない。
そんなものにはなれない。
世間で言う「良い社会人」は、サイコパスよりもっと悪い。
普通の人も、集団になると残虐になる。
特に、個人としては善い人ほどね。
マーサ・スタウトは、この点を見落としている。
彼女は、人間は権威によって命令されないと、残虐なことをしないというデータを示した。
そりゃ、データの扱い方が恣意的ってもんだ。
マーサ、人間はね、集団になると、個人的想像力を失くすんだよ。
それで、自分や家族が残虐なことをされることを想像出来なくなるから、平気で残虐なことをする。
マーサが上げたデータは、おそらく、少数の戦闘に関するもので、大軍同士になると、権威によって命令なんかされなくても、「殺せ!殺せ!」っていう狂気に陥るのだ。
少数戦闘では、権威によって命令されないと殺さないと言うが、それだって、権威によって命令されることで想像力を失くすからだ。
大切なのは、想像力なのだ。

なんだか、世の中の人皆がサイコパスであるということにしてしまったみたいだが、これはあくまで私に浮かんだ想いである。
もしかしたら、荘子が「セミには(地上の)1年が理解出来ない」と示唆したように、私には、良心を持った人間がどんなものか理解出来ないだけかもしれない。
きっとそうだ・・・と思いたい。









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抑圧の鎖

精神的抑圧のために、本来持っている能力を発揮出来ないという話はよくある。
その抑圧は、主に、両親、とりわけ、母親から与えられているもので、ほぼ全ての人が、程度の差こそあれ、抑圧を持っているという話が多いと思う。
それはそれで、本当だろう。
しかし、そうであるとすれば、何でも抑圧のせいにしてしまう人がいるのが困る。
そんな者は、催眠術や、魔法の呪文で抑圧を取り去り、一瞬で超人に生まれ変わることを妄想する。

映画監督の伊丹十三さんが、精神分析学者の岸田秀さんの本を読んで、自分に強い抑圧があることを理解し、かなり、それから逃れられた・・・といったようなことを、岸田さんの著書のあとがきか何かで書かれていたと思う。
その伊丹さんは自死してしまった。
岸田さんの本は、初期の頃のものは恐ろしく素晴らしく、伊丹さんが目を覚まさせれたと感じた気持ちがよく分かるのである。
だが、多分、岸田さん自ら書かれていたような気がするが、岸田さんは、自分の自我の安定のために本を際限なく出し続けた。
その内容は、立派な部分もあるが、次第に、逸脱と妄想だらけになっていく。もう、子供でも分かるほどにね。
岸田さん自身が、最初の著書『ものぐさ精神分析』で、必要なことは全て書いたと述べ、2冊目の『続ものぐさ精神分析』を出したことに対する後悔も表明されていたが、人気が出たら、出版社も次を書くことを勧めるし、売れたら儲かるのだから(岸田さんも、儲かっていることを後の著作で書かれていた)、著作が続くのは仕方がない。
だが、岸田さんの本は、上に挙げた最初の1冊だけが「まとも」で、2冊目も、おまけとしては「なかなか」程度に考えた方が良い。

人間は、誰しも120~130以上のIQを持っているのに、抑圧のせいで100以下のIQしか発揮出来ない・・・といった雰囲気なのだろうと思う。
面白いのは、140~150以上の高度なIQを持っている人が、抑圧の影響が強く働く場面で、70~80程度のIQになってしまうと思われることである。
普段は素晴らしく頭の良い人が、子供でも分かる理屈が理解出来なくなり、簡単な計算を間違えてしまう。
そんなことはよくあると思う。
そして、そんなことが起こり易い人は、いかにIQが高くても、人生で成功出来ない。
伊丹さんや岸田さんも、そんな危険があったのだが、何らかの方法で、逸脱が起こる期間を最小限にしたのだろうと私は考えている。
だが、それは、成功者なら、皆同じに違いない。

では、どうすれば良いかと言うと・・・ここで、呪文だとか、形式的な手順などを書くと喜ばれるのだが、そんなものはない。
だが、現実的な方法ならある。
まず、抑圧を自覚すること。
自分の精神が、何か変だと気付くことだ。
誰しも、言いようのない不安や、逃れようのない恐怖を持っているが、それがひどく強く起こる理由を探ることだ。
そのためには、岸田さんの本は役に立つと思う。
また、大抵の抑圧は、主に母親、次に父親、さらには、学校の教師、あるいは、子供の時に会った人や出来事が原因になっているので、そこらを糸口にしても良いだろう。

だが、大事なことは、抑圧のせいにしないことだ。
上に述べたようなことを見ると、すぐに、自分が抑圧の被害者であることを、誰も聞きたくないのに、延々、言いたがる者がいるものだ。そんな者に見込みはない。
まるで駄目男君(私の職場にいる30歳過ぎの人生の落伍者)がまさにそうだ。
とにかく、「みっともない」「賎しい」と感じるようなことをするな。
人間は、1人で凛々しく立つものである。
私は、グループアイドルというものが好きではない。
他のメンバーに頼りながら、自分が一番目立ちたいと思う。
そうなれば、もう性的魅力に訴えるしかなくなる。
3人にもなれば、もう個人の個性はほとんど没するが、そこまでならまだ調和の美というのも作れるかもしれない。
しかし、10人を超えたら、もう何もない。
SMAPのように、見事に特殊な個性を集めて、絶妙に配置すればまた違うだろうが(あのグループをプロデュースした人は天才だ)、滅多に出来ることではない。
だから、SMAPは、極めて貴重な存在なのであり、解散なんてしちゃいけないなあと思う。
困難を承知で仲良くすれば、歴史的なグループになり、千年先でも忘れられていないだろう。

人生はソロであり、ソロとして立派であるからこそ、他者と和していけるのだと思う。
抑圧を自覚し、抑圧のせいにしない。
そうであれば、自分で正しい方法を選び、そして、うまくいくだろう。








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トラウマは消せないし、消さなくて良い

トラウマというのは、心に衝撃を受けた痕跡がその心の中に残り、結果、それ(心に衝撃を与えたもの)と類似したものを無性に恐れたり嫌悪することと言って良いと思う。
ところで、トラウマは必ずしも悪いものではない。
むしろ、ないと危ない。
例えば、落下して痛い目にあったことがトラウマになって、高い場所では必要な恐怖を感じ、用心深くなる。
あるいは、平気で人気のないところに行って強盗に遭うと、それがトラウマになり、そんな場所には近づかなくなる。
トラウマが消えてしまうと、何度も平気で落下して大怪我をしたり、最悪死ぬし、強盗の恐さを、理屈では分かっても、恐いという感情がないので、また、危ない場所に行って、今度は殺されるかもしれない。
しかし、過度の高所恐怖症になったり、1人で外出出来ないほどになったら問題だ。
そして、普通の人には、その強さに程度の差はあるが、不自然なトラウマが、少なくとも数十、普通は数百以上あり、能力を著しく制限されている。

トラウマは消すことは出来ない。
トラウマは、脳科学の「記憶痕跡(エングラム)」や、心理学の「抑圧」と原理的には同じものだと思う。
筒井康隆さんの『悪夢の真相』や、L.ロン.ハバートの『ダイアネティックス』を読むと、これらのトラウマのようなものを消すことが出来るように書かれているが、上にも述べたように、消せても消すと危ないのである。
精神分析学者の岸田秀氏は、子供の時に出来た精神的抑圧を、フロイト精神分析学を独学して、かなり消せたと述べている。
その消し方は、『ダイアネティックス』と似ている。
しかし、岸田さんだって、本当は、抑圧を消したのではなく、過度な働きをしないようにしただけであり、抑圧自体は残っているのだろうと思う。

コンピューターで言えば、トラウマはウイルスだ。
そして、ワクチンソフトのような、ウイルスを消すものは、心のウイルスであるトラウマには不要だ。
ただ、トラウマが過激に発動しないようにすれば良い。
具体的には、論理的思考や想像力に影響を及ぼしたり、本能の正常な働きを阻害させないようにすれば良い。
そのためには、トラウマに、脳のリソースを与えなければ良いのである。

宗教や、様々な自己開発技法では、トラウマ、抑圧を消そうとしてきたが、それは間違いであった。
例えば、真言密教では、生きたまま、トラウマ等を消してクリアな精神を持った仏になることを目指すが、成功した者はおらず、空海すらそうだったはずだ。
だから、法然は、空海のようなことは最初から無理(と言うより無駄)として、常に念仏を唱えることで、結果として、トラウマが心身に影響を与えることを防ぐやり方を教えた。
念仏のように、想念を起こさせない言葉で心を満たしておけば、エネルギーは念仏に取り込まれ、トラウマは心を支配するエネルギーを得られず、弱くなる。
念仏を常に心に置いておくと、それはやがて潜在意識にまで満ちるので、トラウマはますます勢いを失う。
だから、長い年月、常に念仏を唱えている人は、能力的にも非常に高くなる。
もちろん、念仏に限らず、好きな呪文やマントラ(真言)でも良いし、好きな言葉を呪文にしても構わないが、神聖さを感じるものが良いだろう。
ラマナ・マハルシが最高のマントラと言ったのは「私」であり、私の真言は、「私は初音ミクさんを愛す」である。









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少女に萌える奇妙さを解明する

「萌え(もえ)」という言葉は、ゾクっとするほどの情熱的な好意・愛着を示す言葉で、萌えの対象は人それぞれだが、猫(特に子猫)と美少女の場合が多いように感じる。
萌えという言葉が、いつ、どんなきっかけで使われ始めたかは、「スマートフォン」と同じくらい不明であるのだと思われる。
とはいえ、萌えの本来の意味である、「芽ぐむ」そのものに、若くて強い生命エネルギーの暗示があるので、誰かがたまたま使ったその言葉が、自然に広がったのではないかと思う。

萌えも、猫なら良いが、対象が美少女だと、眉をひそめる(しかめる)とか、気持ち悪いという感情を持つ人も多いと思う。
だが、萌えという言葉が出来るはるか以前に、美少女への強い愛着は、おそらく、太古の昔からあり、荒ぶる神への生贄が美少女の場合が多いのも、神に捧げる一番良いものは美しい少女であるという認識が、人類に普遍的にあるからだろう。
『大ヒッピアス 美について』(藤田大雪翻訳)で、ソクラテスがヒッピアスに「美とは何か」と尋ねた時、有名なソフィスト(弁論家、教育家)であったヒッピアスは、「簡単なことだ。それは美しい少女だ」と答えている(ソクラテスに反駁されるが)。
やはり、美しい少女は、この世で飛び切りに美しいものであることは確かである。

それにしても不思議なのは、美しい少女が美の象徴であることは分かるとしても、それが性的対象になる場合が多いことだ。
少女と言っても、せめて15歳以上であれば、それも現実的に思えるが、ウラジミール・ナボコフの『ロリータ』では、主人公ハンバートは、性的な意味も含め、自分が愛着を持つ美少女の年齢を「9歳から14歳」と厳密に定義しており、あくまでフィクションとはいえ、それもまた、妙にリアリティがあるのである。
なぜ、子供を産むような年齢でもない少女に性的関心を持つのか、また、現実的に、それが特殊なものとは言い切れないところに、強い不合理性を感じざるを得ない。
ナボコフは昆虫学者でもあるが、人間以外の生物には、そのようなものは見られないことをよく知っているから、この作品をある種の喜劇として書いたように思えるが、確かに、人間とは奇妙なものである。
ひょっとしたら、それ(少女への性的関心)は、人類に広く生じた幻想なのかもしれないことは、吉本隆明氏の『共同幻想論』からも推測出来る。
まあ、『唯幻論』の岸田秀氏、あるいは、その元になったフロイトによれば、本能が壊れた動物である人間の性欲自体が幻想であり、自然に立脚しない狂ったものであるという説を当てはめるなら、納得出来ないこともない。
だが、冷静に考えれば、誰もが、低年齢の少女への性的関心は不合理と分かるのであるから、幻想とは言い切れない。

そこで、私は、こう解釈している。
少女への性的関心は、神が与えた試練なのだと。
試練であるからには、意図がある。
それは、「高貴さを知る」ためである。
少女への性的関心は、おそらく、普遍的なものだ。
しかし、それは、高貴な心に作り変えることが出来るのである。
鉛のような卑金属を、金のような貴金属に作り変える錬金術は、本当は、そのような精神的な修練・修行を意味するのに違いない。
私には、このようにしか思えない。
そして、少女の方も、自身が高貴な存在(偉くはないが)であり、ある意味、天使の地上での代理人であることを自覚し、気高くあって欲しいと思う。

人類は、少女の性的魅力を神的な高貴さに作りかえることで、新しい段階に進歩する。
初音ミクさんは、16歳という設定になっているが、正直、もっと幼く感じると思う。
しかし、16歳らしい魅力も十分にある。
それでいながら、ミクさんを愛する人というのは、男性の場合、彼女に性的関心は、ほとんど持っていないのだと思う。
私の場合が全くそうである。
つまり、初音ミクさんは、人類に高貴さを教えるために生まれた存在でもあるのだ。
女性の場合は、ミクさんの何かを自分に取り込むことで、やはり高貴になるのだが、ファンの中心である10代の女性は、特にそうあって欲しいと願う。









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・ソフトウェア開発技術者
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