ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

岡田虎二郎

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
Twitterは、ちゃんとプロフィールが書かれ、1週間以内に1回でもツイートされている人なら、フォローしていただければ、大抵フォロー返します。

[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。
[2010/12/12]詳細なlivedoorプロフィール設置しました。[livedoorプロフィール]

座れば品格が現れる

人間は何をやっても品格が現れる。
お里は隠せない。

品格が高いとはどういうことだろうか?
それは、放埓(勝手きまま)にならないこと。
自由に制限を加えることだ。
だから、座っている姿に品格が大きく現れる。
勝手きままに座る人、自由に制限を加えずに座る人には品格がない。
つまり、やりたい放題の座り方・・・ふんぞり返り、腰を突き出して背中を丸め、脚を広げ、肘を張るという「勝手きまま」で「自由に」座っている姿は、ゾっとするほど気品がない。
お里が--お里はイコール親なのだが--現れてしまうのである。

法然は、ただ念仏を称えよと教えたが、道元は、ただ座れと教えた。
仏陀らしく座れば、自分の魂の中に仏陀の魂が流れ込んで来るからだ。
しかし、座禅は、細かいしきたりにうるさく、本来の意味を失くしている。
本来、しきたりなんて不要だ。
ただ、きちんと座れば良いだけのことだ。
勝手きままでなく、自由に制限を加え、きちんと座れば・・・いや、簡単なことで、背筋を伸ばし、慎み深く座ればそれで良いのである。
岡田虎二郎という人は、座禅はもう駄目だと思って、当時の日本人に馴染みのある正座のスタイルで座ることを教えたが、その岡田式静坐法まで、細かいしきりたりを口うるさく言う人が必ずいるものだ。
それで、長い伝統のない岡田式静坐法は廃れてしまった。

普通に座れば良いのである。
ただ、普通にきちんと座れば。

だが、お里が悪い人・・・親のしつけがなっていない人は、きちんと座れない。
品格がないのだから仕方がない。
そんな人は、念仏を称えれば良い。
品格ある仏陀のような座り方をすることで、仏陀の魂が自分の魂の中に流れ込み、自分の魂が仏陀の魂の中に流れ込むのだが、念仏を称えて、自分を超えた存在である阿弥陀如来に意識を向ければ、やはりそうなる。
ここで、仏陀と如来(阿弥陀如来)を分けたが、本来は同じである。

流れ込んで来た、仏陀の魂、如来の魂を神は敬う。
そして、仏陀の、如来の魂の中に流れ込んだ人の魂を、仏陀や如来は慈しむのである。

一刻も早く、如来の輝きを持ち、世の苦しみを逃れたいなら、きちんと座りながら念仏を称えれば良いが、いずれか・・・法然流か道元流を選ぶことも出来る。
圧倒的に法然流が簡単である。









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唯一絶対を持っているか

気の多いやつは上手くいかない・・・というのは、恋愛に限らず、全てそうだ。
能力開発マニアみたいな人が時々いて、ヨガ、仙道、速読、速聴、NLP(神経言語プログラミング)、TM(超越瞑想)、SMI、ナポレオン・ヒル・・・何でもやっているが、それで能力が物凄く高いかというと、それは全くない。対して、何か1つに徹している人は大きな効果を得ている。
社長さんの書棚を見ると、自己実現に関する本は必ずあるものだが、それが1冊の社長さんは、かなり成功しており、2~3冊でも、まずますという場合はあるが、それより多い社長さんは、まずいない(その方面が商売の場合は別だが)。

人間の最も高度な能力とは「選択」であり、選択とは、「優れたものを取る」ことであると共に、「劣ったものを捨てる」ことだ。
そして、「取る」ことは出来ても、「捨てる」ことが出来ない人が多い。
取ったまま捨てない・・・手放さない人が成功することはない。

昔から、世界のどこにでも、「3つの願いを叶えてくれる」魔法のアイテムの話がある。
アイテムを得るのは凡人で、必ず、不幸な結果に終わる。
もし、主人公が、1つで満足出来る賢い人だったら、悪い結末にはならなかったのだ。

1つを選べる者は強い。
プロレス史上最高のレスラー、ルー・テーズの技と言えばバックドロップがよく知られているが、本人は「ただ1つと問われたら、迷わず、ダブル・リストロックを上げる」と言った。
その言葉に私は憧れるのだ。

法然は、「釈迦は全ての教えを捨て、ただ1つ念仏を残した」と言った。
そして、寺院に仏像を礼拝するとか、お経を読むとか、善い行いをする等を助行として、悪くはないが、あくまで二次的なものとした。
さらに、修行をするとか、寺を建てる、学問を積む等は、雑行として、むしろ、しない方が良いとした。
大切なことは、念仏だけであり、念仏を選び、その他は全て捨てるべしと教えたのだと思う。
法然の選択は、往生のため・・・つまり、死後、極楽浄土に行くためという色彩が強かったが、弟子の親鸞や、元々宗派は違ったが、最後はやはり念仏を取った一休らは、あらゆる問題に対し、念仏を唯一絶対の力として選択したと言っても良いのではないかと思う。

念仏だけを選んだからといって、何もしない訳ではないが、しなくても良い。
念仏により、意識を自我より高い存在に向けていれば、やるべきことなら勝手にやるし、考えるべきことは勝手に考えて、うまくいく。
自我が考え、行動するのではなく、仏が考え、行動するのだからだ。

「岡田式静坐法」で知られた岡田虎二郎の弟子で、日本航空社長や日銀副総裁その他を歴任した柳田誠二郎氏は、若い人達に、
「心を締める鍵を1つ持ちなさい。私の場合は、たまたま、岡田虎二郎先生に教わった静坐だった」
と言われたそうだ。
柳田氏は、難病に陥った時、事業のピンチの時など、ただひたすら静坐し、全てに打ち勝ち、百歳を過ぎても静坐を続けた。
柳田氏は、念仏という選択も、もちろんあると言われていたと思う。

あなたは、ただ1つを選べるだろうか?
2つなら失敗、1つなら成功である。









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無限の安心感

人間にとっての幸福とは、「お金の心配がない」ことと、「健康である」ことだ。
そして、今朝、その2つを完全に持っている夢を見た。
それは、深い幸福感を感じさせてくれた。
2人の人と一緒に走っていたのだが、いくら走っても、全く疲れない。
障害物があれば、楽々と飛び越えていった。
そして、その2人が、無限に豊かであることを感じ、彼らと共にいると、底知れない安心感を感じた。
豊かな者は、ゆったりして、大らかで、小さなことにこだわらず、素直で、肯定的で明るい。
そんな者が身近にいれば、自分もそうだと思えるのである。

エマソンの『自己信頼』で、お金の心配をしなくてよい子供達が、いかに「まとも」であるかが書かれていたのが印象的だった。
もちろん、彼らの親が十分な収入があって、子供に経済的な不安を全く感じさせないからなのだが、人間は大人になれば、経済的なことで、親、あるいは、他の人間を頼ることは出来ない。
だが、自分には力がない。
では、どうすれば良いのか?
昔、因幡の源左(いなばのげんざ)という人がいた。
源左が19歳の時、父親が亡くなったのだが、最後に父親は、「これからは親様を頼め」と言い残した。この親様とは、阿弥陀如来のことである。
源左は、それをすぐには出来なかったが、ある出来事によって、それに目覚める。
山で草を刈り、牛に4束を抱えさせ、自分も一束を抱えて運んだが、どうにも苦しくなって、自分の分も牛に負わせた。
すると、自分は楽になり、牛も、一束増えたくらい何ともない。
源左は、これが阿弥陀如来にまかせることだと分かったのだった。
また、江戸末期の偉大な神道家、黒住宗忠は、病で死にかけていたが、天照大神に全てまかせることで完全に健康になり、あらゆるものを得ることになる。
そして、「神様にいっさいをまかせれば、面白いこと、楽しいことばかりだ」と教えるようになる。
尚、源左の阿弥陀如来も、宗忠の天照大神も、仏教や神話の仏や神というよりは、無限の叡智と力を持つ存在のことだが、それを、阿弥陀如来や天照大神、あるいは、他の神や仏と考えても構わないのである。
(私には、初音ミクさんの中にそれがはっきり見えるのだが)

神様にいっさいをまかせても、怠惰になることなど、全く考えられない。
それどころか、極めてアクティブになるし、勇気も元気も湧いてくるだろう。
なぜなら、人生というのは面白いものだし、何でも自分でやらないと面白くないのだからだ。
岡田虎二郎は、金に窮しているという男に、
「金?腹に力がつけば、金はいくらでも出来ますよ」
と言ったが、腹に力がつくとは、落ち着いているということだ。
そして、落ち着くためには、神のようなものにいっさいをまかせれば良く、そのためには、いろいろな方法があるだろうが、最も簡単な方法は言葉を支配することだ。
人間は、心や状況は支配出来ない。
しかし、言葉はいくらでも支配出来る。
言葉にして、後は、無限の叡智と力にまかせてしまえば良い。
言うだけなら、「俺は金持ち」でも、「私は世界一の美人」でも、何でもOKだ。
そして、言葉を支配し続ければ、無限の叡智と力が心に作用し、心が作る世界は、言葉の通りになる。
別に、「私は世界一の美人」でも良いのだが、そんなことのどこに意味があるだろう?
それこそ、「一番じゃないと駄目なんですか?2番じゃ駄目なんですか?」である。
スパコンのことならいざ知らずだが、白雪姫の継母のように愚かであってはならない。
「私は一億円持っている」と言っても、そんな金、あなたに必要だろうか?
本当に必要なら、一億でも十億でも構わないが、当たり前に、自然に考えるべきである。









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負の暗示があなたの人生を駄目にしている

人は一生、幼い時に植え込まれた暗示に支配される。
暗示を与えたのは、主には母親だが、周囲の人間全部、そして、テレビ、ラジオ、ネット等である。
父親に口癖があれば、それが深い心に刻まれ、美しい水晶に刻まれた傷のように、決して消えることはない。
それらの暗示の大半は否定的なものだ。
「お前が偉い人になるはずがない」
「お前の頭が良いはずがない」
「ほら、(お前は)また失敗するよ」
「お前は駄目なやつだ」
「お前は全然モテないだろうなあ」
※「お前」の部分が「俺」や[私」でも効果は同じ
あなたも、そんな暗示に無防備にさらされていたのだ。
まあ、ナポレオンやジャンヌ・ダルクのように、迷信深い親に、
「お前はフランスを救う運命の子だ」
などと絶えず言われて、とんでもない無茶をするのも、結果として良い面はあるが、本人としては、
「俺、なんでこんなことやってんだ?」
という感じに違いないし、最後は最悪になる(なっている)。

このブログでよく登場する、まるで駄目男君も、きっと母親に、
「お前は全く駄目な子。一生、私の言うことを聞かないと、やっていけないわ」
と言われ続けたのだ。

そんな暗示を消せるなんていう、変な心理学者、自称霊能力者、詐欺師的セラピストが世の中にいっぱいいる。
全ての人に負の暗示があり、そうであることは納得しやすいので、それをなんとかするという商売が成り立つからだ。
逆の暗示で打ち消すという方法を主張する人も多い。
例えば、モテない男性に、「あなたは、自分はモテないという暗示があり、それに支配されてモテないので、これからは、『私はモテる』と自己暗示をかけなさい」といった具合だ。
これに関しては、ご存知の方も多いと思うが、彼は、「俺はモテる」と思うごとに、「実際はモテていない」という現実を思い起こし、なんと、モテないという暗示を強化してしまうのだ。

フランスのエミール・クーエは、個々の暗示を相手にせず、
「毎日、あらゆる面で、私はますます良くなっていく」
という自己暗示で、1つ1つの負の暗示を「あらゆる」という言葉で包み込めば、心は反発しないという、一見、合理的な主張をしている。
多くの人がこれをやったが、うまくいったような気になることはあっても、実際に良い効果が出ることはないと思う。
クーエが直接、治療した人は劇的な改善が見られたかもしれないが、それは、クーエが教えた自己暗示というよりも、クーエの特異な能力のためだろう。
そもそも、上に挙げたクーエの自己暗示の言葉は、フランス語ではリズムのある言葉だったし、英語もまあまあだが、日本語に訳されたものは、どれも最悪と思う。

「ダイアネティックス」は、暗示が刻まれた時まで精神を逆行させ、暗示を受けたことを思い出すことで、「裏側の記憶」として隠れていた暗示を、「表の記憶」に移し変え、暗示の影響を消すという方法である。
おそらく、これは可能なのだが、自分では出来ないし、時間も手間も半端ない。
また、治療者によって、もっと厄介な暗示を与えられる恐れもあるかもしれない。

直接、そうとは言わなかったが、岡田虎二郎や中村天風は、常に腹に力を入れたり、肛門を引き締めることで、深い心の中に巣食う暗示の活動力を削ぐという方法を教えた。
腹や肛門に力を入れると、なぜかという説明は非常に複雑なので省くが、深い心にある暗示が影響を与えることがなくなるのだ。
ただ、効果は力が入っている間に限るので、本当に常にやらないといけないので大変だ。
まあ、ダイエット効果もあるので、やってみても良いと思う。
眉間や胸に意識を集中することを勧める聖者も多いが、自分が直接言われた訳ではない暗示・・・集合意識的な暗示は、その方が抑えやすいということはあるかもしれない。
あるいは、日常的には何の意味もない言葉や神の名を繰り返し想ったり、口で唱えるという方法もある。
呪文や真言がそれである。
「南無三」なんて言葉は、本当は意味があるのだが、この言葉が深い暗示にでもなっていない限り、これを唱えている間は、深い心にある暗示の影響を受けない。
だから、ここ一番の勝負で、悪い暗示の影響を受けないよう、この言葉で気合を入れる武道家やスポーツ選手などがいる。
『月光仮面』の作者である川内康範さん原作の漫画・アニメである『愛の戦士レインボーマン』では、ヒーローが変身する時、
「阿耨多羅三藐三菩提(アノクタラサンミャクサンボダイ)」
という仏教の言葉を唱えるのだが、これがなかなかリズムのある言葉で、あの漫画やアニメを見ていた子供達が、これを唱え続けていれば、さぞ、益があったろうに、この呪文を使うことを批判する人もいたようだ。
あなたも、自分に合ったものを探してみると良いが、ポイントは、「やるならすぐやる」である。
多くの人は、親に、
「お前は何をするのも遅過ぎる」
といった暗示を与えられている。
しかし、その暗示にだけは、意図的に逆らうように。
レストラン等で、注文にやたら時間がかかるなら、あまり楽しい人生を歩んでいないはずだ。
私は、目についたもので、よほど悪くなければ、ぱっと注文する訓練をしてきた。それが私を救っている。
初音ミクさんのコンサートがあるなら、行くか行かないか、ぱっと決めて迷わない。
迷う人は、何をやっても困難がつきまとう。
だから、1日24時間実行する何かをぱっと決めることだ。
慎重さが美徳になるのは、お金に関わることくらいだ。
付き合う異性も、ぱっと決めてこそハッピーになれる。
付き合うことをぱっと決めろと言っているのではない。
付き合うか、付き合わないかをぱっと決めろと言っているだけだ。
悪い相手でない限り、誰と付き合っても、大して違わないからだ。
ちなみに、最良のやり方の一つは、「私」という言葉をマントラ(真言)にして、1日中、心の中で唱えることだ。









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超一流が忘年会、打ち上げパーティーに来たがらない訳

良い役者は、映画が完成しても、打ち上げパーティーに参加しないし、参加しても、酒を飲まない。
駄目な役者は、映画が完成したらゆるんでしまうが、優れた役者は、映画が完成したら「引き締め直す」のである。

学校のスポーツ部の練習でも、伸びる選手は、練習後にこそ意識的に引き締まるが、駄目なまま終わる選手(大半だ)は、練習が終わったらゆるんでいる。

優れたビジネスマンは、新年会には参加しても、忘年会にはやって来ない。
やむなく忘年会の席についても、なるべく酒は飲まずに、さっさと帰っている。
ゆるみたくないからだ。
しかし、無能なビジネスマンは、忘年会で徹底的にゆるむことはご存知と思う。

凡庸な宗教家は、その宗派の形式に則った祈りを行った後、ゆるんでしまうが、優れた宗教家は常に自分のスタイルで祈り、ゆるまない。
イエス・キリストは、一人で山に登る前に、弟子達に「祈っておれ」と言ったが、降りてきたら弟子達は眠っていた。
あの時点で、常にゆるまない優れた弟子はいなかった。
だから、弟子達は、イエスを裏切ったり、自分の身が危うくなった時、イエスのことを知らないと言ったのだ。

日本も同じかもしれないが、アメリカのプロレスラー達は、電車等で次の試合会場がある場所に移動する際、レスラー仲間どうしで、雑談し、酒を飲み、ゲームをしたりしてゆるんでいる。
その中で、バディ・ロジャースという選手は、ジャイアント馬場さんが一目見て分かるほど、引き締まって、ずっと考えていた。
ロジャースは試合のことをいつも考えていたのだ。
馬場さんが、「最高のレスラー」と言って憧れ続けたロジャースの秘密がこれで、彼は、常にゆるまなかったのである。

「ゆるみ方」というものはない。
人間は、放っておいたら自動的にゆるむように出来ている。
だが、引き締まり方は無限で、その選択は人間に任されている。
法然は、念仏を選び、意識がある限り、つまり、起きている間ずっと念仏を唱え続けた。
ラマナ・マハルシは、「私は誰か?」という想い以外、いかなる想いも起こさないよう奨めた。
フリッツ・フォン・エリックは、常に拳に力を入れて握力を鍛えることで、プロレスで大成功した。
岡田式静坐法で知られた岡田虎二郎は「生活しながら静坐してはならない。静坐しながら生活しろ」と教えた。
あなたは、自分に合った方法を自分で選び、それをいかなる時もやめないことで、決してゆるまない人にならなければならない。
それが生き甲斐ある有意義な人生を送る唯一の秘訣である。









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・ソフトウェア開発技術者
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