ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

岡田虎二郎

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

腕振り運動を行うと起こる大変なこと

腕振り運動は、健康法や肉体トレーニングとしても非常に効果的であるが、霊的な行(修行)と考えた方が良い。
このようなものとして、大正時代に2万人もの正式会員がいたという、岡田虎二郎の岡田式静坐法があった。
だが、岡田式静坐法は、ほとんどの人に、健康法と認識され、実際に健康向上に著しい効果があったのでブームにもなったのだが、岡田虎二郎が49歳の若さで急死すると、大方の人達は離れていった。
だが、岡田式静坐法の本質を理解している者は、これを熱心に続け、現在でも行っている者もいる。

では、腕振り運動や岡田式静坐法、その他の、霊的な行を実践し続けると、どうなるのだろう。
これに関しては、天才的な発明家で世界的な能力開発指導者であった中山正和(1913~2002)が、著書の中で書かれているが、概ねで古い本では、脳科学や量子力学を使った、やや難解な解説をしており、後の本では、人間の脳を簡易化したモデルであるHBC(ヒューマン・ブレイン・コンピューター)モデルを考え、かなり分かり易く説明するようになったと思う。

それで、ごく簡単に言えば、正しい行を行うと、脳のイメージ配列がきれいになり、真理が見えるようになる。
逆に言えば、普通の人間は、脳のイメージ配列が乱れているので、真理が見えず、間違ったことばかりをする。
脳のイメージ配列がきれいになり、真理が見える状態を「観自在」と言い、それを最高に実現した人が観自在菩薩(観世音菩薩)である。

では、どうすれば、脳のイメージ配列をきれいにして観自在になれるのかというと、頭の中に、間違ったデータを入れず、正しいデータだけ入れれば良い。
しかし、知らず知らず、嘘のデータも入って来るので、行により、嘘のデータを祓い、脳のイメージ配列を整えるのだが、中山正和は、そんな行として、坐禅や般若心経の読経なども効果的であると述べていた。
しかし、坐禅や、般若心経を唱えることは、なかなか長続きせず、ごく普通の人がこれで成果を上げることは、ほとんど期待出来ないと私は思う。
だが、腕振り運動であれば、適度に身体を動かすことや、立ってやるので眠くならず、血行も悪くならず(むしろ非常に良くなる)、坐禅や静坐、あるいは、般若心経の読経や真言を唱えることなどと比べ、非常に継続し易い。

そして、中山正和は、脳のイメージ配列が自在になれば、直観が冴え、未来予知も可能になると言う。これには、生命の高度な働きに関する仮定を立てる必要があるが、あくまで論理的に説明する中山らしく、それなりに納得出来るものであったと思う。
また、直観が冴え、予知能力が発揮されるようになると、自ずと運が良くなる。

どんな行を行っても良いが、最も楽に継続し易い腕振り運動をお勧めする。
そして、今の世界を顧みると、行をして、脳のイメージ配列を整え、観自在菩薩に近付かないと、非常に危ないことになると思うのである。








腕振り運動をやっているうちに信頼した人物達

私は、毎日、腕振り運動を7千回、8千回とやっているうちに、信頼出来るのは、法然、親鸞、岡田虎二郎、中村天風だと思った。
彼らは、簡単なことの徹底した繰り返しを説いたからだ。
人間が力をつけ、人間を超える道はそれしかないと思う。
言うまでもなく、法然は常に念仏を唱えよと言い、法然の弟子である親鸞は、時にややこれと違うことも言ったが、親鸞が書いた和讃(仏教に関する歌)を見ると、やはり、ひたすら念仏を唱えよという趣旨のことが書かれている。
岡田虎二郎は岡田式静坐法を教えたが、形の上では静坐をしていない時も常に、腹に力を入れることや、細く長い呼吸をするよう教えている。
中村天風は、ちょっと多過ぎることを教えたが、まず、常に肛門を引き締めよと教えた。
ただ、法然、親鸞、岡田虎二郎、中村天風らが言うようにやれる人は、まずいない。

私は、子供の時、会社の仕事というのは、延々とハンコを押すことだと思っていたが、ある意味、それで正しいのであると思う。
ひたすら、淡々とハンコを押すようにやれば、良い仕事が出来る。
私はシステムエンジニアとして、高度なシステムや大きなシステムをいくつも作ったが、ハンコを押すような気持ちでやるとうまくいくのだと思う。

また、私は、やはり子供の時、テレビで、ある西部劇の映画を観たのだが、銃を初めて持った若者が、銃の練習をする場面があった。
若者は延々と銃を撃ち続け、使い終わった弾丸の空箱が山のように出来るのを見て、私はとても感動した。これが、内なる力を引き出す、最高の方法なのである。
アニメ『MADLAX』では、若きエリート美女ヴァネッサが、ボディーガードに雇ったマドラックス(ヒロイン。17歳。凄腕エージェント)に銃を教えてくれるよう頼むと、マドラックスは銃と、山のような弾丸の箱をヴァネッサに渡し、全部撃つよう指示する。恐ろしいほどの弾丸の数だったが、ヴァネッサは顔色1つ変えず了承し、ひたすら撃ち続けた。

野球なら、素振りが多い者が優れたバッターになる。
日本の野球の歴史の中でも最高のバッターの1人であった落合博満さんが引退後、球団の幹部をしていた時、若い選手が、果敢に落合さんに指導を乞いに来ると、落合さんは、この若い選手に延々5時間、素振りをやらせ、それをずっと見ていた。
この若い選手は、結局、成功しなかった。
彼は、「調子が悪い時には、このことを思い出して素振りをするようにした」と言うが、それでは、落合さんに指導を乞うた意味がない。
調子が良かろうが悪かろうが、常に、1回でも多く素振りをしなければならなかったのだ。

私は、繰り返しの大切さを特に熱心に説いた、ある人物を知っている。
なんと、その人は、宗教による巨額の詐欺で逮捕され、6年ほども服役した宗教家だ。
彼は、著書に、昭和の大横綱、千代の富士が、誰よりも多く四股を踏んでいたことや、ある将棋の名人が、同じ将棋の本を、紙が変色して読めなくなるまで読んでいたという話を書いていた。
その宗教家が善人か悪人かは私は知らないし、理由を述べることは避けるが、服役したからといって罪人とは限らない。
ともあれ、その繰り返しの教えは、少し心に留めても良いと思っている。
この宗教家は、出所後、活動を再開し、著作も出している。

私は、剣の素振りには興味があったが、縁がなかった。
また、エアガンを撃ちまくることもしたかったが、これもいろいろ無理があった。
しかし、腕振り運動は、かなり前に知り、非常に熱心とは言えないが長く続けてきた。そして、最近、ようやく本格的に・・・つまり、毎日、延々と行っている。

コンピュータープログラミングをマスターするのも、延々と繰り返すに限ると思う。
本に載っている良質なプログラムを淡々と打ち込んで実行させることを繰り返せば、しっかり身に付くだろう。
私は、そのやり方で覚えたプログラミング言語や開発ツールは、かなりの実力が持てたと思う。








自分に向いた行で楽に超人になる

法然や親鸞は念仏を唱えることを勧め、彼らよりほんの少し後に生まれた道元は「ただ座れ」と坐禅を勧めた。
昔であれば、ただ巡り合わせで念仏をやったり坐禅をやったりしたのだが、法然や親鸞と道元のどっちが好きかで、念仏か坐禅かを選ぶこともあるだろう。
だが、もっと重要なことは、自分が、念仏に向いているか坐禅に向いているかである。

近代のインドの聖者ラマナ・マハルシは、真我を実現する(簡単に言えば神になるという意味と思う)には、「私は誰か?」と問う以外にないと言い、多少のバリエーションとしては、「常に、自分に対し『私』と呼びかけよ」と教えた。
2011年に亡くなられたサティヤ・サイババは、いろいろなことを教えたと思うが、『ナーマスマラナ』という本では、やはり、「神の名を唱えることだけが人生の問題を解決する」と述べている。

宗教的、あるいは、霊的な修行を、俗っぽいこと・・・健康はともなく、お金や恋愛を目的とするのは卑しいとする向きもあるが、欲張らない限り、上に述べた行は全て、欲しいものを得る最も効果的な方法なのである(大抵の人は欲張って失敗するが)。

私も昔、ニート明けの時、最も務まりそうにない厳しい仕事である完全歩合制セールスの仕事をやったが、阿弥陀如来真言や観世音菩薩真言を唱えていたおかげでバンバン売れ、ベテランセールスマンを押しのけてセールスコンテストで優勝したりした。
その後も、良い方向にしかいかず、サラリーマン時代は全く仕事をせずに高い給料をもらっていた。
だが、考えてみれば、真言を1日平均では10分も唱えていなかったと思う。
それでも、私としては奇跡的なほどうまくいったが、それだけの時間しか出来ないということは、向いていないという面もあるのだと思う。

中村天風や岡田虎二郎は、それぞれ、常に肛門を引き締めよとか、常に腹に力を入れろというし、『気功革命』で著者の盛鶴延氏は、「1日トータルで1時間肛門を引き締めろ」と書いていたが、1日1時間でも私には全く無理で、私は「そんなこと出来るやついないだろう」と思っていたが、私が向いてないだけで、向いている人なら、常にというのはともかく、1日1時間なら出来るかもしれない。

それで、私は、3日前から、今度こそ本格的に腕振り運動を始めたが、こちらは私に向いているようである。
腕振り運動も、坐禅とは違うが、禅の一種で、「動禅(どうぜん)」と言えるものだと言える。つまり、坐禅のようにじっとしてやるのではなく、動きながらやるのである。
腕振り運動もまた、念仏や坐禅、ナーマスマラナ(神の名を唱えること)、あるいは、ラマナ・マハルシの真我の探求と同じく、簡単に言えば、神や仏になる方法で、実際に神や仏にはなれないまでも、人間を超えた力を得、(普通の)人間を超えることが出来る。

岡田虎二郎の弟子だった柳田誠二郎氏(日本航空社長、日本銀行副総裁その他の要職を歴任した)は、講演で、「私の場合は岡田虎二郎先生に教わった静坐だったが、何でもいいから心を締める鍵を持て」と言った。「心を締める鍵」とは難しい言い方をするが、分かり易く言ってしまえば、やはり人間を超えた力を得て、人生の問題を解決するための行のことなのである。
柳田氏は、自身は岡田式静坐法を百歳を過ぎて亡くなるまで続けたが、人々には「何でもいい」と言ったのである。
つまり、自分に向いたことをやれば良いのである。

ちなみに、私は、腕振り運動を、3600回、4700回、4700回と続けている。
1年365日、1日も欠かさず実施し、毎日の回数をExcelの表にでも登録しようと思う。
そのExcelに、その他の情報も登録すれば、機械学習で分析して、自己分析が出来るが、まあ、データやAIより、魂の声を信じようと思う。








なぜ真言だけが最後の救いか

明治・大正の偉大な啓蒙家であった岡田虎二郎は、「念仏を唱えさえすれば、一切の問題が解決し救われる」とが言ったが、実は、親鸞もそう言っていたのである。
親鸞は決して、念仏は、極楽往生のためだけのものとは言ってないし、それは、実際は、親鸞の師の法然も同じだ。
そして、肝心なことは、念仏も真言の1つであり、優れた真言であれば、どれも同じなのだ。
また、真言だけが唯一のソリューション(問題解決法)ではなく、他の方法もいくらでもある。
そもそもが、岡田虎二郎が教えたのは岡田式静坐法なのだが、静坐でなくても、坐禅でも同じであるし、実際には椅子に座っても構わない。西洋人に指導する時は、やはり椅子に座らせたようだ。
だが、普通の人が必ず出来るのは、今も昔も、真言を唱えることだけである。
どれだけの者が、毎日30分、坐禅や静坐が出来るだろうか?
それも、生涯となると、それが出来る人は、限りなくゼロに近いはずだ。
あるいは、世界的に有名なTM(超越瞑想)というものもあるが、これにもし効果があるとしても、TM団体が指導する通り、毎日、朝食と夕食の前に20分やれるだろうか?
だが、真言は、いつでもどこでも、心の中で唱えれば良いだけである。

ところで、真言を唱えていても、なかなかうまくいかなかったり、悪い状況になることも多い。
それは、真言だけでやってきた私もよく知っている。
例えば、私は、会社が嫌になった時、真言を唱えていたら、全然意に沿わない部署に配置換えになってしまった。
ところが、それでも真言を唱えていたら、不思議ななりゆきで、しばらくしたら、素晴らしい条件で良い会社に転職出来たのである。
まさに、なりゆきで、私は何もしなかったのにだ。
私は、これこそが真言の力だと思っている。
そんなことは、私には頻繁に起こっている。

そんなわけで、やはり、真言を唱えることをお勧めするのである。
真言は、何でも良い。
合気道家で、中村天風や植芝盛平の両方の高弟であった佐々木の将人氏によれば「アー」でも良いのだそうだ。
(佐々木氏は「アーオーウーエーイー」や「アジマリカン」も勧めておられた)
私の愛用は、阿弥陀如来真言「オン、アミリタ、テイセイ、カラウン」だが、他にもいろいろ使う。
真言は、1日24時間、常に唱えるのだ・・・まあ、実際は、そうはいかないだろうが、そのつもりでいることだ。
「つもりでいいんですね(笑)」というやつが私は大嫌いだ。
確かに、実際は、1時間にも全く満たないかもしれないし、それで、「僕は何て駄目なんだ」と悲観したり、「死ぬ気でやるぞ」などと悲壮になる必要もない。実際は気楽でいい。
しかし、「健気(けなげ)さ」というものがない者は、何をやっても駄目であると私は思う。
真言は、今回は述べないが、宗教でもあるのだろうが、むしろ、科学であると思う。
そして、釈迦も言ったとされるように、普通の人が幸福になるための唯一の手段であるに違いない。
なぜかと言うと、人間は、自分のものであっても、身体も心も支配出来ない。
だが、唯一、言葉だけは支配出来る。その言葉の中でも、ずっと支配出来るのは真言だけなのである。








迫りくる闇に打ち勝つ

インドの聖者ニサルガダッタ・マハラジに、ある西洋人が「我々が、オームのような真言を唱えて効果があるのでしょうか?」と尋ねた。
すると、マハラジは「驚くべき効果があるだろう」と答えた。
マハラジが言ったからといって正しいかどうかは分からないが、あれほどの聖者の言うことだから軽視も出来ない。

ただ、1回や2回「オーム」と唱えただけで効果が出るのではない。
また、特別な時刻に特別な場所で唱えることは悪くはないが、真言とは日常的に唱えるものである。
岡田虎二郎は、岡田式静坐法を教えたが、彼が背広で静坐をしたことに深い意味があった。
彼にとって、背広は平服であるから、「普段の格好で」、つまり、「平常に」静坐をしていたことを示しているからだ。
尚、岡田式静坐法とは、つまるところ、姿勢を正し、ゆったりと呼吸をしながら腹に力を入れることで、いつでもどこでも出来ることであり、岡田も彼の弟子達も、そうしていたのだと思う。

法然の念仏がそうであったが、真言も、静坐も、あるいは、中村天風が言う「常に肛門を締める」も、彼らが言うように、本当に起きている間中ずっと出来れば良いのかもしれないが、現実的に、それは不可能である。
そこで、「いつでもやる」を心がければ良いのである。
思い出したら、すぐに心の中で真言を唱えるのである。
これは決して「たまに唱えれば良い」とか「思い出した時に唱えれば良い」と言うのではない。
「1日中、常に唱える」心構えは必要なのだ。
ある気功家は、「1日にトータルで1時間、肛門を引き締めろ」とうまい案を出したが、これは、「常に肛門を締める」心構えがあって初めて達成出来ることだ。

真言さえ唱えていれば、一切の問題が解決し救われる。
それなら、1日中、真言を唱える心構えを持つことは良いことと思われる。

今、世界に、あるいは、我々に闇が襲い掛かっている。
それは、おそらくは誰もが、大なり小なり感じていると思う。
全く感じていないのは、あまりに洗脳されて鈍くなってしまった者達だ。
一方、「闇が迫っている」と人々が感じていることを利用して、人々を騙して利益を得ようとしている者達もいる。それも含めて闇なのである。
これは、まさに、新約聖書・福音書の、特に「ヨハネ黙示録」に書かれ、イエスも常々言っていたことだ。
ついに、その時が来たのかもしれない。
だが、我々は、宗教団体に入る必要もなければ、特定の誰かを崇める必要もない。
ただ、真言を唱えれば良いのである。
ところが、これについても、「私が勧めるこの真言だけを唱えよ」と言う偽物が出てくるので、耳を貸してはならない。
真言に上下優劣はない。
ただ、真言は「古い言葉」であることだけは望ましいのだ。
なぜなら、長い間、多くの人が唱えてきて、今に残る言葉であり、それは、人類共通の超意識に息づき、また、現代人には直接には意味がないことによって、思考が反応しないからだ。
「南無阿弥陀仏」だって、直接には意味を感じないから良いのである。
ひょっとしたら、「南無阿弥陀仏」は「阿弥陀如来に帰依します」という意味だと知っているかもしれないが、これを唱えている時に、そんな意味を考えているわけではない。
私の場合は、阿弥陀如来真言「オン、アミリタ、テイセイ、カラウン(「テイセイ」は「テイゼイ」でも良い)」を唱えているが、観世音菩薩真言「オン、アロリキャ、ソワカ」や「南無観世音菩薩」でも同じだし、大日如来真言「オン、アビラウンケン」でも良い。
もし、大日如来真言は「オン、バザラダト、バン」だと思うなら、そう唱えれば良い。
実を言うと、私は「オン、アビラウンケン」も「オン、バザラダド、バン(「バザラダド」でも「バザラダト」でも良い)」両方唱える。
また、1つの真言だけを唱えても良いし、いろいろな真言を唱えても構わない。
だが、主に唱える真言は1つに決めておくと良いと思う。

闇が既に襲い掛かってきているかもしれず、危険であることも確かだが、真言があなたを護り、安楽を与えてくれるだろう。
逆に言えば、真言以外で防ぎ、打ち勝つのは難しい。
無論、岡田式静坐法や、中村天風の心身統一法でも、あるいは、他の何でも良い。
しかし、念仏を含む真言が、最も簡単なのであり、私の見解では、普通の人が唯一やれるものだ。無論、特に優れた人には、いろいろなやり方があろうが、私には無理と思われる。








プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


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