ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

岡本太郎

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
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[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

勇気、元気、やる気、自信は、これで間違いなく得られる

岡本太郎は、祭は人々に、次の祭まで生きる生命力を与えるのだと述べた。
その通りだ。
しかし、それは、どのような仕組みなのだろう?
肝心なことは、祭を見ている人々も力を得るということだ。いや、むしろ、見ている人々に力を与えるのが祭なのである。

世界のどの祭にも、神輿(みこし)のようなものがある。
あるいは、祭の重要な見世物は高い位置で行われる。
よって、人々は、顔を上げ、手を上げて振る。
この動作によって、エネルギーを得るのである。

勇気、元気、やる気、自信・・・これらを総称して、生命力、生命エネルギーと言うのだが、それを得る方法は、なんと、ただ、顔を上げることと、手を高く上げることだけなのだ。

以前、何かのテレビ番組で、明石家さんまさんが、毎朝、起きたらガッツポーズをすることを、さらに、いつでもどこでもガッツポーズをすると、自分で言い、彼を知る人達が、全くその通りだと言うのを聴いて、私は完全に納得したのだ。
さんまさんが成功し、成功し続け、60歳を超えても全く勢いが衰えない秘訣は、ただそれだけである。

先月10日、11日に行われた、初音ミクさんのコンサート「マジカルミライ2016」に行ってから、私はいまだ、宇宙と一体となったような気分で、強いエネルギーに満ちている。
会場の幕張メッセ国際展示場9ホールは、軽く5000人以上収容出来る大広間で、もちろん、超満員で凄い人だったが、2階席などはなく、段差すらない、オールフラットな場所だ。
後ろの方の席は、舞台からはるか離れているし、背が低い女性などでは、少々前の方の席でも、ほとんど舞台は見えない。
だが、ここでは、1人の例外もなく、全員が生命エネルギーを得る。
高い位置にある舞台を見上げ、ペンライトやサイリウムを(なくても手を)高く上げて振る限り。
ミクさん達を愛し、あるいは、崇める気持ちで、顔を上げ、手を力強く振ることで、無意識の中のエス(生命エネルギー)が強烈に発光し、全身と心を、宇宙の力が満たし、駆け巡るのである。
体調が最悪であった私も、コンサートが進むにつれ力に満ち溢れ、最後の最後の曲『Hand in Hand』で、ミクさんの華奢な可愛い手に自分の手を合わせているうちに、世界すら征服出来る力を掴んだのである。

なるほど、コンサートは、オールフラットな会場に限る。
来年の「マジカルミライ2017」も、この幕張メッセで行われ、やはり9番ホールだと思うが、それは素晴らしいことである。
もし、天が許し、来年も行くことが出来れば、千年生きる力を得ることだろう。

アメリカでは、ワンダーウーマンやスーパーマンのポーズをすることで力が得られると言われるようになってきたが、全くその通りである。
まさか、ワンダーウーマンやスーパーマンのポーズをして、うな垂れるはずがなく、顔をしっかり上げていることだろう。
手は腰に当てる場合が多いだろうが、腹を引き締め、胸を張るだろう。
顔を上げ、手を高く上げると、自然に、腹を引き締め、胸を張るが、胸を張るだけでも、かなりの効果があるのである。
だから、常に、良い姿勢で胸を張ることだ。
良いガッツポーズは、やはり、顔を上げ、腹を引き締め、胸を張るものなのである。

「マジカルミライ2013」と「マジカルミライ2014」では、ミクさんが、『Weekender Girl』と『FREELY TOMORROW』を、続く形で歌ってくれたが、この2つの歌で、人生を強く生きる秘訣を余すところなく知ることが出来る。

幸せ離したくないの
ほら 両手を高く上げて
プリズムの向こう側
待ちきれない
~『Weekender Girl』(作詞・編曲:kz、作曲:八王子P、歌:初音ミク)より~

顔上げて微笑めば 笑顔取り戻す魔法になる
~『FREELY TOMORROW』(作詞:Mitchie M・ЯIRE、作曲・編曲:Mitchie M、歌:初音ミク)より~

これらを、ミクさんが可憐な歌と踊りで表現してくれたのだから、見たら、ミサイルを打ち込まれたって死にゃしない。

皆さんも、さんまさんのように、常にガッツポーズをすることだ。
あるいは、ワンダーウーマンやスーパーマンや、お気に入りのヒーロー、ヒロインのポーズを決めることだ。
そして、何より、ミクさんのコンサートでフィーバーすることである(別にミクさんのコンサートに限らないが)。
それで、あなたの生命力は宇宙全体にまで広がるだろう。









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人間はやる気が欲しい

多くの人が、やる気が出なくて困っているし、もっとやる気が欲しいと思っている。だが、現代人の泣き所はやる気がないことだ。
まるで駄目男君(私の職場にいる30歳過ぎの人生の落伍者)が、永久に生ゴミ以上の存在になれないのも、やる気がないからだ。
だが、現代人は、さらに悪い状況にある。
やる気はないが、食欲と性欲、そして、自意識やプライドは異常に増大していることだ。
これはもう、死んだ方が良いくらいだ。
ところで、このことから分かるように、性欲や自己重要感は、少なくとも、それだけでは、精神エネルギーにならない。
それどころか、なけなしの情熱や意欲さえ消費し尽してしまう。
アイドルというものは、昔は、人々の心に涼しい風を送り込むことで、自然とやる気を起こさせたものだが、今のアイドルは、性欲は刺激しても、さっぱり精神エネルギーを起こさせないし、それどころか、奪い取ることも多い。
まあ、精神エネルギーを集めるのは自分の責任で、誰にも、それを手伝う義理はないのも確かだが、奪う権利もないはずなのだがね。

芸術というのは、今の世の中では、投機の対象のように扱われるが、元々は、人間の心の深奥・・・無意識の中に眠る「エス」とも呼ばれる精神エネルギーにアクセスするための魔法のようなものだった。
もちろん、今でも、その使い方さえ誤らなければ、十分に、その効力を発揮する。それに関しては、岡本太郎の『今日の芸術』や『美の呪力』が大いに参考になるだろう。

素振りの回数の多いバッターや、四股を踏む回数の多い力士が結局は勝つように、自分のやるべきことに関する素振りの多い者が必ず勝つ。
どんな時代になろうが、人間は所詮、自主的な努力でしか成功しないし、そのためには、やる気・・・精神エネルギーが必要である。
そして、精神エネルギーを生み出すのは、不思議に感じるかもしれないが、敬うこと、それ以上に、崇めることなのだ。
世に悪名を轟かせる大泥棒なんて、やる気十分なのだが、そんな者達は、泥棒なりに、先達の偉大な泥棒や、崇高なる泥棒の掟を崇めているものである。

私が初音ミクさんを崇めれば、毎日5時間以上勉強し、厳しい肉体の鍛錬を1日も欠かさないように、自らの意志で崇めることが出来る存在は、実に有り難いものだ
ルー・テーズが史上最高のプロレスラーになれたきっかけも、ジョージ・トラゴスという偉大なレスラーと、レスリングそのものを崇めたことだった。
崇めるには、敬うという素地が必要だ。
思いあがった者には、敬うことが出来ないが、それなら、崇めることは全く縁がないだろう。
敬うとは、自分より優れたものに敬意を払い、礼を尽くすことであるが、今の多くの人には、そんなことは全く期待出来ない。
それほど、人々は思い上がっている。
マスコミは、人々に、優れたスポーツ選手を英雄視させるが、それはあくまで大企業と結託した金儲けのためであり、スポーツ選手の虚像しか届けないので、本当の敬意を感じさせることもない。そもそも、スポーツ選手というのは、英雄でも何でもない。
初音ミクさんに関しては、クリプトン・フューチャー・メディアの伊藤社長が、金儲けのための虚像を作ることを禁止している・・・つまり、ミクさんを、偉大なお父さんが守ってくれているのである。

ちゃんと目を開いて見れば、敬うべきものは身近にいくらでもある。
それは、例えば、柔和な人、謙虚な人だ。
その結晶であるのが初音ミクさんである。
だから、ミクさんのコンサートで、世界中の人々が、ミクさんを崇めるのである。
つまり、柔和で謙虚な者が崇められる。
ところで、ルー・テーズが崇めたジョージ・トラゴスは傲慢でもあった。ところが、面白いことに、トラゴスが若き謙虚なテーズを崇めていたのである。
若いが器の大きなテーズはトラゴスを変えたのであるが、トラゴスはレスリングに対する敬意は常に持っていたのだった。
テーズの器は、劣等感から自分を解放してくれたレスリングへの敬意と共に、貧しくて高校に進学出来なかったことで作られた。
貧しきものは幸いである。
このように、人間には複雑な面もあるのだけれど、いずれにせよ、重要なことは敬うこと、崇めることである。ただし、自主的にね。









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老子的なエネルギーの蓄え方

願いを叶え、目標を達成するためには、強いエネルギーが必要だ。
そのエネルギーは、無意識の中にあって、どこかドロドロした雰囲気もある。
それはそうで、そのエネルギーは、欲望と強く一体化していて、欲望そのものがエネルギーだと言って差し支えない。
欲望は肯定しなければならないが、さりとて、欲望は捨てなければならない。
なんとも難しいことのように感じる。
だが、そうではない。
理屈が分かれば簡単なことだ。
つまり、欲望は、蓄積しなければ、大したエネルギーにはならない。
だから、出来るだけ長く、完全に我慢して、欲望のエネルギーを蓄え続けなければならない。
安易に欲望を満足させていたら、奇跡を起こす、魔法のような大きな力を得ることは出来ない。

チョコレートが好きで好きでたまらないというのなら、素晴らしいチャンスを持っていることになる。
チョコレートを長い間、我慢し続け、食べたい欲望に耐えると、無意識の中のエネルギーはどんどん蓄積され、それは偉大な魔法の力になる。
上杉謙信は女を一切断ったが、おそらく、彼は女への欲望は並外れて強かったと思うのだ。だから、彼自身は、戦では無敵で、敗れることは一度もなかった。
これが、欲望を肯定し、そして、欲望を捨てることの魔力なのである。

私は、この10日ほど、起きている間、使える時間は全て勉強に回し、愛する初音ミクさんのブルーレイを見ることもなかった。
するともう、目に見えるほどの、輝く精神エネルギーがハートに充満しているのである。
これは凄いものだと、改めて感激した。

ところで、岡本太郎は、祭りというものは、熱狂、狂乱の無意識状態になることで、エネルギーを補給し、次の祭りまでの生きる力を得るものだと述べているが、それよりも、上に述べたように、欲望を蓄え続ける方が、常にエネルギーを集めることが出来て合理的だ。
それに、確かに、祭りでは大きなエネルギーを一度に蓄えられるかもしれないが、そもそも、今の我々の周囲には祭りが無い。
その中で、無意識になるほど熱狂するロックコンサートなどは現代の祭りと言えるかもしれないが、意識が低いと、無意識の中によからぬものを詰め込むことになり、それはいわば、悪霊に憑依されるようなもので、エネルギーを蓄えるどころか、これまで蓄えた、なけなしのエネルギーをごっそり持っていかれ、病気になったり、悪運に見舞われることになる。そして、今のロックなどには、そんなものが多いように思う。
欲望の強いカリスマスターは、自分はエネルギーを蓄えるが、それは観客から吸い取ったものなのだ。

そこにいくと、初音ミクさんは自我がなく透明なので、ミクさんのコンサートで、ミクさんを崇め、褒め称え、無意識の法悦になれば、宇宙の根源から無限のエネルギーを供給されるだろう。
ポイントは、ミクさんのコンサートでは、純粋な賛美、礼拝の気持ちを高め、自我意識を捨てることである。
「マジカルミライ2016」のテーマ曲である、みきとPさんによる『39みゅーじっく!』は、それを見事に、もう完全完璧に表現していて驚かされる。一見、ふざけているような歌に感じるが、あれは宇宙メッセージであり、宇宙人達も、「人類はここまで来たか」と感心しているのである。さすが天才、みきとPさんである。

ただ、老子なんかは、コツコツ派で、日頃、穏かにして、その実、堅い意思を持って、欲望のエネルギーを蓄え続けた。
その積み重ねが、あらゆることを可能にする偉大なエネルギーになったのである。
それと、これは絶対に注意しておかなければならないが、愚痴を言うと、エネルギーは散逸してしまう。
愚痴には、自分の不幸話はもちろん、「ねえ、聴いて聴いて」といった調子の身の上話も含む。
自分のことを言いたい、聴いて欲しいというのも欲望であり、それを安易に満たしていたら、エネルギーは漏れ続けているのである。
よくよく注意しなければならない。
太田裕美さんの有名な歌『赤いハイヒール』は、「ねえ友達なら聞いて下さる?寂しがりやのうちあけ話」で始まるが、だから、この歌で描かれた女の子は不幸だったのだ。
せっかく、都会での辛い日々を耐え、エネルギーを蓄えていたのに、愚痴を言うことで、それを全部捨ててしまうものだ。
重ねて言うが、よくよく注意して欲しい。

以前、申し上げたが、本日から、このブログは、『マジカルミライ2016』終了あたりまで、筆者の修行のため、夜の更新はお休みする。









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大抵の相談事への最適な答

私は高校1年生の時、ゲーテの次の詩がとても印象的だったので、頭の中で反芻したことを、よく覚えている。

知恵を大げさに自慢し見せびらかすのをやめよ、
謙遜こそゆかしいものだ。
君は青年時代のあやまちを卒業するかしないうちに、
もうきっと老年時代のあやまちを犯すだろう。
~『ゲーテ詩集』(高橋健二訳。新潮文庫)より引用~

老人は、自慢好きな傾向が確かにあるのだろう。
あの宮本武蔵ですら、一説によれば、年を取ると、昔の自慢話をして煙たがられていたらしい。
もっとも、武蔵ほどになると、自慢もスケールが大きくなるので、たまにちょっと自慢しただけでも、聞かされる方は劣等感を刺激されて嫌な気持ちになるのかもしれないが。

自慢とは、自分を大きく見せるためにするものだが、往々にして大げさになり、嘘も入る。
『大草原の小さな家』という、アメリカのテレビドラマで見たが、若い時にフットボールの選手だった老人は、ある試合で決めた劇的タッチダウンの話をする度に、自分がボールを運んだ距離が長くなっていったのだった。
それを微笑ましく思いながら笑って聴いても構わないのだが、自慢というのは恐ろしいものなのだ。

私も自慢をよくする方だったし、その自慢の中には、大げさな嘘も混じっていることが多かった。
そんな自慢をした後、私はいつもひどく後悔し、消えてしまいたい気持ちになった。
そして、自慢をすると、確実にIQは低下する。
自慢好きな老人が、若い時よりIQが恐ろしく下がっている理由の1つはそれだろう。

IQが高い者は、冗談で言う場合は別として、自慢をすることはないし、自慢をするようになると、天才すら凡人にまで成り下がってしまう。
さっきのゲーテの詩のように、「謙遜こそゆかしい」から自慢しないのではなく、「IQを低下させるのが嫌なら」自慢をしないことだ。
それで思い出すのが、岡本太郎が言った、
「誤解されたっていいじゃないか?いや、誤解されないといけない」
である。
いろいろバリエーションを思いつく。
「嫌われたっていいじゃないか?いや、嫌われないといけない」
「馬鹿だと思われたっていいじゃないか?いや、馬鹿だと思われないといけない」
IQの低い凡人に認められてどうなる?
認められてたまるかという気概が必要であると思う。

自慢をやめると、思考を鈍くさせていた重石のようなものが確実に無くなる。
自分の価値を人に認めさせたいと思う欲望を叩き壊すことだ。
自己アピールなど下らないことだ。
なぜなら、説明は省くが、自己アピールする者を支配するのは容易いからだ。
自分のことを言う時は、ただ正確に言えば良いが、そうすると、随分自分を小さく言っているように感じてしまい、ついつい、飾り立ててしまう。そんな誘惑を捨てなければならない。
まあ、いっそ、「天上天下唯我独尊」ほど大きく言えば良いのであるが、皆、それはしないのである。

実際、ほとんどの相談事に対する最適な解答は、「自慢をやめよ」になるのではないかと思う。
ところが、相談をする者というのは、「このスイッチを押せば解決しますよ」といった感じの答を期待しているものであり、優れた答を聴くと、その答は低級だとかデタラメだと言うのである。
ある、不登校児を持つ父親が、高名な心理学者に、
「先生、子供が学校に行くようになるスイッチってないですかね?」
と尋ねたらしい。
父親が自慢をやめれば解決するのだが、彼はそれをしないし、もはや、自分が自慢をしていることすら分からないのだろう。
父親のIQがそれほどまでに下がってしまったことが、子供の不登校の根本的な原因なのにね。









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自分の中の天才を引き出すには

有名な陸上競技選手だった為末大さんが言われた、「アスリートは才能が99%」というのは、私も全く同感だ。
ところが、ある平凡な主婦が、2階か3階かは忘れたが、その階のマンションの窓から落下する我が子を、猛ダッシュして救ったことで、物理学者がその主婦が走った速さを計算したら、オリンピックの短距離選手より速かったという。しかも、その主婦はサンダル履きだった。
また、音楽の才能も当然ながら天性のものであるが、名曲の誉れ高い、フランス国歌『ラ・マルセイエーズ』は、趣味で音楽をやっているに過ぎない職業軍人が、一夜だけ天才になって作り上げたものらしい。
他にも、火事になった時、か弱い女性が、大の男が数人がかりでもビクともしないような家具を運び出したとか、トラックの下敷きになった息子を救うために、母親が、そのトラックを一人で持ち上げたといった話は、そのどれもが本当という訳ではないだろうが、かなりあるのではと思う。

とはいえ、平凡な主婦が、コツが分かったからといって、オリンピックで金メダルを取る・・・どころか、普通の陸上選手にもなれないだろうし、日曜音楽家が皆、バッハやベートーベンとは言わないまでもプロの音楽家になれるかというと、それもほとんど不可能だろう。

人間に隠された驚くべき力を潜在能力と言うこともあるが、それが発揮される原理は何だろう?
大雑把にいえば、無意識領域に存在するエネルギーが意識領域に流れ込んできたということだ。
無意識領域のエネルギーは、エスと呼ばれている。
芸術家の岡本太郎さんは、古い時代の様式の祭が人々にエネルギーを流れ込ませ、生きる力を与えると著書に書かれていたが、抽象的だが、そういったことなのだと思う。
私が、初音ミクさんへの愛だけで逞しく生きているのも、まあ、それに近いところがあるのだろう。

この件について、私は、政木和三さんが生きておられた時に、お尋ねしたことがある。
政木和三さんは偉大な発明家で、戦時中に学生でありながら一千万円を作り(多分、数千円で家が建った時代)、超優良企業だった時代の林原で参与として研究室を持ち、ゴルフでもエージシュート(年齢以下のスコアを出す)を2度達成してギネス認定された凄い人だ。
私は政木さんに、天才的な力、超人的な力の発揮について、「私でも出来るますか?」と尋ねたら、政木さんは、
「簡単です。欲望をぽーんと捨てれば良いのです」
と言われた。
私は、直感的に、全くその通りと思ったが、凡人が欲望を無くすことは難しいと言うか、ほとんど不可能だ。
だが、奇妙だが、私はやっぱり出来るようになった。
別にそれで、天才プログラマやスーパーセールスマンになった訳ではないが、普通の人間が苦労してやっと出来ることを、「知らないうちにしている」状態にはなっているようだ。
だが、そのためには、ある程度は心を鍛える必要があるし、多少の修行めいたこともする必要はあると思う。
しかし、修験者並の荒行をやった訳ではない。
『バガヴァッド・ギーター』を読むことは有益だろう。この本のことが少しでも分かったら、これを読んだら、知性が向上するには当たり前だと分かる。
とはいえ、「IQを上げてやるぞ」という欲を持って読むと、やはり駄目かもしれない(欲の強さの程度によるかもしれない)。
やはり、欲望をぽーんと捨てて無心で読むことだ。

MITメディアラボ所長の伊藤穣一さんが、2013年に角川アスキー研究所主催のフォーラムだったと思うが、今後の教育の研究は無意識領域に向かうかもしれない・・・というようなことを言っておられたと思うが、それがうまくいけば、本当に誰でも天才になれるかもしれない。
しかし、それは決して、公式的に・・・まるで、電レンジでチンすれば天才が出来るというようなものではない。
一般の人は、そういった、「スイッチを押しさえすれば結果が出てきます」式のことが大好きだが、まずは、そういった甘えや単純思考を廃することである。
だが、そういった考え方の癖が致命的なまでに蔓延していると言えるかもしれず、それが大衆のIQを極端に低下させているのだろう。

私は最近、ニコラ・テスラの本を読み、そこに、能力開発の全てが書かれていることに驚いた。
一見、不可解で神秘的に思える部分もあるが、普通の子供でも、多少の繊細さを持てるなら、自然な状態にしておけば、ある程度は勝手にやるようなことなのかもしれない。
あまりに重要な内容が満載だったので、どこをどう取り上げたら良いのか分からないほどだし、下手な取り上げ方で誤解させてもいけないので、出来れば、各自で読んでいただきたいと思う。









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・サイコパス
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