2300年程前に実在したと言われる中国の賢者で、老子と共に老荘と称され、道教の始祖と言われる荘子の教えは、一言で言えば、「なりゆきにまかせろ」となると思う。
なりゆきに任せるには、荘子は、作為をするな、無用であれ、思慮分別を捨てよ、判断をするな・・・と、およそ文明や進歩に逆らうようなことを重要なこととした。
1970年に大阪で開催された万国博覧会のテーマは「人類の進歩と調和」だったが、この国際博のシンボルである太陽の塔を制作した大芸術家、岡本太郎は、この塔は、進歩などというものに対して「No」と主張しているのだという。
荘子と通じるところがあるように思われる。
ところで、そんな荘子の教えは、割に受け入れようとする人が、昔からいた。
良寛さんだって、荘子により救われたのである。
ただ、ちょっと気になると言うか、おかしな受け入れ方をする者も多いのだ。
それは、「なりゆきにまかせれば、良くなるのですね」といったものだ。
「良くなる」とは、まあ、楽になる、愉快なことが起こる、運が良くなるといったことで、簡単に言えば、都合の良い状況になるという意味だろう。具体的には、金が儲かる、素敵な恋人や伴侶が出来る、地位が上がる等で人々に敬われるといったところだろうと思われる。
言っておくが、そんなことは決してない。
なりゆきに任せようが、任せまいが、結果は何も変わらない。
金に苦しむ運命にあれば、作為しようがすまいが、金がなくて困り続けるだろう。
恋人が出来ない運命であれば、積極的に女を追いかけようが、引きこもっていようが彼女は出来ない。
金持ちになるとしたら、なりゆきに任せようが、作為ばかりしようが、いずれにしろ金持ちになる運命だったというだけのことだ。
女など煩わしいと思い、なるべく女性と関わらないようにしているはずが、常に美女が寄ってきて困るという人が本当にいる。それも宿命だ。
ラマナ・マハルシは、「働く運命になければ、いくら探しても仕事は見つからないだろう。逆に、働かなければならない宿命であれば、仕事は避けられない」と言ったが、その通りである。
岡本太郎は、非常にエキセントリック(風変わり)なことを言った。
「私は、常に破滅する道を選んだ」
「嫌われたっていいじゃないか。いや、嫌われないといけない」
「誤解されたっていいじゃないか。いや、誤解されないといけない」
「売れなくていい。いや、売れてたまるかと思っていた」
「僕は、成功しないことを目指していた」
岡本太郎のこういった言い方は人気がある。
しかし、ここでも、表立ってか、心に秘めてかはともかく、
「なるほど、そう思っていたらかえってうまくいくのですね」
というとんでもないことを言い出す者が多いのだろうと思う。
誤解されないといけないと言っているのであるから、徹底的に誤解され、死ぬまで蔑み疎まれなければならないのだ。
成功しないことを目指しているのだから、成功しかかったりなどしたら、支援者を殴ってでも成功してはならない。いや、そもそも、成功するようなことに決して手は出さない。
岡本太郎はそう思っていたはずだ。
ダスキンの創業者、鈴木精一さんは、「自分に対しては損と得とあらば損の道をゆくこと」「他人に対しては喜びのタネまきをすること」などの人生観を経営指針として示したが、何かそれを成功の秘訣だと大誤解している人が多い。
損な道を取ったのだから、損すれば良いのである。
鈴木精一さんが大成功したのも、単に宿命である。
だが、荘子や、あるいは、岡本太郎、鈴木精一のような信念を本当に持っていたら、世俗的な成功をするかどうかは全く分からない(そもそも何の関係もない)が、そんなものよりはるかに良いものを得るのは間違いない。
エマーソンが、「内にあるものに比べれば、前と後ろにあるものなど、取るに足りない」と言ったようなものである。
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なりゆきに任せるには、荘子は、作為をするな、無用であれ、思慮分別を捨てよ、判断をするな・・・と、およそ文明や進歩に逆らうようなことを重要なこととした。
1970年に大阪で開催された万国博覧会のテーマは「人類の進歩と調和」だったが、この国際博のシンボルである太陽の塔を制作した大芸術家、岡本太郎は、この塔は、進歩などというものに対して「No」と主張しているのだという。
荘子と通じるところがあるように思われる。
ところで、そんな荘子の教えは、割に受け入れようとする人が、昔からいた。
良寛さんだって、荘子により救われたのである。
ただ、ちょっと気になると言うか、おかしな受け入れ方をする者も多いのだ。
それは、「なりゆきにまかせれば、良くなるのですね」といったものだ。
「良くなる」とは、まあ、楽になる、愉快なことが起こる、運が良くなるといったことで、簡単に言えば、都合の良い状況になるという意味だろう。具体的には、金が儲かる、素敵な恋人や伴侶が出来る、地位が上がる等で人々に敬われるといったところだろうと思われる。
言っておくが、そんなことは決してない。
なりゆきに任せようが、任せまいが、結果は何も変わらない。
金に苦しむ運命にあれば、作為しようがすまいが、金がなくて困り続けるだろう。
恋人が出来ない運命であれば、積極的に女を追いかけようが、引きこもっていようが彼女は出来ない。
金持ちになるとしたら、なりゆきに任せようが、作為ばかりしようが、いずれにしろ金持ちになる運命だったというだけのことだ。
女など煩わしいと思い、なるべく女性と関わらないようにしているはずが、常に美女が寄ってきて困るという人が本当にいる。それも宿命だ。
ラマナ・マハルシは、「働く運命になければ、いくら探しても仕事は見つからないだろう。逆に、働かなければならない宿命であれば、仕事は避けられない」と言ったが、その通りである。
岡本太郎は、非常にエキセントリック(風変わり)なことを言った。
「私は、常に破滅する道を選んだ」
「嫌われたっていいじゃないか。いや、嫌われないといけない」
「誤解されたっていいじゃないか。いや、誤解されないといけない」
「売れなくていい。いや、売れてたまるかと思っていた」
「僕は、成功しないことを目指していた」
岡本太郎のこういった言い方は人気がある。
しかし、ここでも、表立ってか、心に秘めてかはともかく、
「なるほど、そう思っていたらかえってうまくいくのですね」
というとんでもないことを言い出す者が多いのだろうと思う。
誤解されないといけないと言っているのであるから、徹底的に誤解され、死ぬまで蔑み疎まれなければならないのだ。
成功しないことを目指しているのだから、成功しかかったりなどしたら、支援者を殴ってでも成功してはならない。いや、そもそも、成功するようなことに決して手は出さない。
岡本太郎はそう思っていたはずだ。
ダスキンの創業者、鈴木精一さんは、「自分に対しては損と得とあらば損の道をゆくこと」「他人に対しては喜びのタネまきをすること」などの人生観を経営指針として示したが、何かそれを成功の秘訣だと大誤解している人が多い。
損な道を取ったのだから、損すれば良いのである。
鈴木精一さんが大成功したのも、単に宿命である。
だが、荘子や、あるいは、岡本太郎、鈴木精一のような信念を本当に持っていたら、世俗的な成功をするかどうかは全く分からない(そもそも何の関係もない)が、そんなものよりはるかに良いものを得るのは間違いない。
エマーソンが、「内にあるものに比べれば、前と後ろにあるものなど、取るに足りない」と言ったようなものである。
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