ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

奇跡

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
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3つの奇跡話(その3)

「神様の奇跡を起こし続けるホームレス」、「末期癌が消え、なおかつ、引き寄せマスターになった女性」と、奇跡話が続き、今回が最終回の、3つ目の奇跡である。
これは、以前、ご紹介した、スーパーセールスマン、夏目志郎さんのお話を再度、取り上げようと思う。
多くの人の役に立つと思うので、改めてポイントを押さえようと思う。

(以下は、かなり昔に読んだ本の内容の記憶なので、憶え間違いもあるかもしれないが、大筋では合っているはずである)
夏目さんは、戦後、ビジネスで一旗揚げようという熱意を持って日本にやってきた中国人青年だった。
豊かな家庭の出身で、豊富な資金と、日本に一台しかないような高級外車を持ち、恵まれたスタートを切った。
だが、詐欺に遭い、無一文どころか、多額の借金を背負ってしまう。
失意の中、キリスト教に改宗し、英語が出来たので、アメリカ人神父の通訳などで布教活動のボランティアを行う。
ところが、交通事故に遭い、脚を折って入院する。
そんな散々な人生の中、夏目さんは神に祈った。
「神様、これまでの人生の失敗の責任は私にあります。でも、これからの人生の責任は、あなたに取って欲しいのです。私ももう35歳です。これはという仕事を下さい」
翌日、百科事典を販売する外資系企業の人が、夏目さんをセールスマンとしてスカウトに来て、夏目さんは、まだ怪我が治りきっていないに関わらず、「明日から働ける」と応じた。
夏目さんは、そのスカウトが、神の使いであると言う・・・つまり、奇跡が起こったのだ。
そこから、夏目さんの成功人生が始まったのだった。

なぜ、夏目さんの「神様の奇跡」は起きたのだろう。
それはもちろん、上の、夏目さんの「祈り」にある。
この祈りが奇妙に思えた人もいると思う・・・というより、現代人では、奇妙だと思うのが普通だろう。
「これまでの人生が失敗だったのは自分の責任」
これは分かるだろう。
しかし、
「これからの人生の責任は神様が取って下さい」
というのは変と思うはずだ。
普通は、これからの人生の責任も自分で取らなくてはならないと思うはずである。
だが、夏目さんは、これまでは、自分の小さな力で成功しようとしたのだが、これからは、神の大きな力で成功させてもらおうとしたのだ。

トランプ大統領も愛読する、ノーマン・ヴィンセント・ピールの世界的ベストセラー『積極的考え方の力』の最後は、
「なぜ神の力を求めないのか」
と書かれている。
そして、昨日のこのブログの2つの奇跡話の主も、無意識的にかもしれないが、神の力を求めたのだ。
「神様の奇跡が起こる」と唱えたホームレスは、自分は何もせず、神にまかせ、結果、大変な奇跡が起こった。
1憶円が2回と、ローマ法王への謁見・・・そんなこと、そのホームレスが、どれだけがんばろうが、全く無理だろう。
しかし、イエスは、こう言っている。
「神に出来ないことはない」
あのホームレスは、無意識にだろうが、この最高の牧師や、それに、イエス・キリストの教えに従った。
2つ目の奇跡の、癌を消し、完全な引き寄せの力を得た女性も同じだ。
自分で癌を治そうとはせず、ただ、死ぬ準備をしただけだった。
何も求めず、もう最後なのだから、自分らしく、安らかでいようとしたのだ。
そこには、自分のちっぽけな力を頼ろうとする気持ちは全くなく、それどころか、欲望の自我としての自分をすっかり失くしてしまったのだ。
鎌倉時代の禅僧、道元が言った「仏道とは自分を忘れることだ」を、仏教徒でもない彼女が実践していたのである。

これら3つの奇跡話を味わうことで、奇跡のシンプルな原理が分かり、我々も簡単に奇跡を起こせるのだと分かるはずだ。
尚、夏目さんの上記の話は、どの本に載っていたか、私はもう憶えていないが、夏目さんの本はどれも素晴らしいと思うので、以下にいくつかご紹介しておく。
ただし、夏目さんの本は、古書でも高価なものが多い。








奇跡の原理

今回は、とっても嬉しい「あの奇跡」について、仕組みをうまく説明しようと思う。
「あの奇跡」とは、私が最近、たびたび取り上げる、奇跡のつぶやき「神様の奇跡が起こる」だ。
再度、奇跡の内容を簡単に述べる。
世界的な教育学者、七田眞氏(教育学博士)の著書『奇跡の超「右脳」開運法』にある話で、七田氏は、「正真正銘の実話」と保証している。
こんな話だ。
あるホームレスの男が、「神様の奇跡が起こる」という言葉を唱えることを始めた。彼は、神様を信じていたし、暇だったこともあって、本当に1日中唱えていた。
すると、1週間か2週間ほどしたら、頭に数字が浮かんだ。そして、歩いていたら、たまたま宝くじ売り場が見えたので、その数字でロト6を買ったら、1億円当たった。
その後、また、「神様の奇跡が起こる」を唱えていたら、また1憶円当たった。

これは、このホームレスの男が、予知能力という超能力を発揮したとも考えられる。
そんなことが出来るのだろうか?
私は、なんとなく、敬愛する、著名な大発明家であった工学博士、橋本健氏の『四次元宇宙の神秘』(1966)を読んでいたら、見事にヒントが書かれていた。
私は昔、ネット上ではあったが、橋本博士と交流してソフト(ESP判定アプリ)を作ったことがある。
橋本博士は、実に分かり易く語ってくれている。
彼は、半世紀以上も前に、現代のAIやシミュレーション仮説を軽く理解していたように思う。大天才なのだ。
こんなふうに書かれてる。
我々は、映画館で映画を見ている観客のようなものだ。
そして、ただの映画を現実だと思い込んでいるのである。
では、未来を知りたければどうすればいいか?
映写室に行き、フィルムの先の方(今なら、動画データの先の方となろうか?)を見せてもらえば良いだけである。
それに相当することをする能力が人間にはあるのだ。
さらに言えば、未来を変えることも出来る。
動画担当者に頼んで、先の動画を変更してもらえば良いのである。
もちろん、実際は、世界はもっと巧妙な仕組みで出来ているのだろうが、根本的には、このようなものなのだ。
そして、人間は、この世界という動画の製作・管理担当者に、未来を見せてもらったり、未来の内容を変えるよう依頼する力(あるいは権限)があるのである。
その力を解放する1つの方法が、「神様の奇跡が起こる」のような言葉を唱えることである。

このような言葉・・・自己暗示、つぶやき、呪文、祈り、あるいは、アファーメーション(肯定的断言)と呼んでも良いが、これには恐ろしい力がある。
今朝の記事で書いたように、「富」、「成功」、あるいは「富、成功」という言葉を繰り返すだけで、世界という動画を書き換えることが出来るのだ。
それなら、アファーメーションをしないのは、超もったいないことである。
もったいなくて、もったいないオバケが出るくらいだ。

ところで、橋本健博士といい、関英男博士といい、世間ではオカルト博士、トンデモ博士と、まるでトランプ大統領のように偏見の目で見られていたが、いずれも、実際は超優秀なスーパー人類である。
だが、岡本太郎も言ったではないか。
「誤解されてもいい。いや、誤解されないといけない」

先程も述べた通り、橋本博士のその1966年の本は、今読んでも古くないし、むしろ、博士のAIの考え方は(当時、AIは黎明期で、知っている人はほぼいなかった)、今より進んでいるかもしれない。
また、関博士は、1950年代に液晶大型テレビやスマートフォンをさらりと予言していた。天才にもほどがある。
関博士が毎日行い、人々にも薦めていた腕振り運動の効果には、関博士の科学的な論証もあり、ますます熱心にやろうという気になる。








全て決断次第

時々忘れるが、私が奇跡を起こすコツは「決めつける」ことで、これは、子供らしい子供ならやっていることである。
私が小学校4年生の時、たまたま天体望遠鏡を譲ってもらい、それで土星を見たいと思ったのだが、私には、天文の知識など全くなかった。
しかし、私は、健康的な子供に戻り、「土星を見ることが出来る」と決めつけた。
そして、適当に1つの星を選んで望遠鏡で見ると、その星には輪があった。
どんなヤバいことでも、この方法でうまくいった。
逆に、決めつけてからやらなかったことは、うまくいかなかった。

「決めつける」とは、「決断する」ことと、多少は違うが似ている。
うまくいかない人は、決断が遅い、あるいは、決断出来ない。
喫茶店やレストランで注文をする時、なかなか何を注文するか決めることが出来ず、迷う人がいる。
残念ながら、そんな人は、人生が順調でないはずだ。
別に、軽率であることを薦めたい訳ではなく、注文する時にも、ちゃんと考えれば良いが、大物はやはり、少し考えたら、ぱっと決めるのである。
駄目なやつは、「うーん」といつまでも迷い、挙句、注文を取りに来た人に、つまらないことを質問して時間を無駄にする。
人間性も良く、頭も悪くないのに、決断が遅くて人生を損している人を見るのは、辛いところもあるのだ。

では、なぜ決断が出来ないのだろう?

私が大好きな決断の場面がある。
CLAMPの漫画『ツバサ』(アニメでは『ツバサ・クロニクル』)の中のものだ。
小狼(シャオラン)は、サクラ姫の命を救うために、「時の魔女」と呼ばれる女に助けを請う。
時の魔女が、手を貸すには対価が必要だと言うと、小狼は即座に承知する。
これには、さすがの時の魔女も「私はまだ、対価が何か言っておらぬぞ」と驚く。
だが、対価が何かなど、小狼にはどうでも良かった。
それが何であろうと払うつもりだった。
滅多なことで人を褒めるとは思えない時の魔女も、そんな小狼を「お前は願いを叶えるために必要なものを全て持っている」と称賛した。
(以上、昔、借りて1回読んだだけなので、細かいところは違うと思う)

そういえば、建築家で波動の研究者である足立育朗氏は、『波動の法則』などの著書の中で、何度も「決意する」ことの大切さを説かれていたと思う。
そして、大胆に決意(あるいは決断)するためには、やはり、何かを信じていないと駄目なのであると思う。
小狼は、サクラ姫が、何より大切な存在であることを疑っていない。
トランプ大統領がもし神を信じているなら、敵がいかに巨大であっても戦うことを即座に決断したのだろうし、決して諦めない。
念仏を信じて唱えている者は、やはり、不退転の決意を持つものである。
クリシュナムルティは「私は何も信じない」と言ったが、見えるものではない何かを信じているのだ。
デビルマンも言ったではないか。
「俺は誰の言うことも信じない。ただ1人、牧村美樹を除いてはな」
何かを奨める訳ではないが、神を信じる者は強い。
アメリカの硬貨には全て「我々は神を信じる」と刻印されているが、国民がそれを承認していた時のアメリカは、本当に強かったのである。
私は、小狼のようでありたいと思う。








奇跡を起こす超短い手順

映画『マトリックス』で、ネオ(主人公の若い男)らが、バーチャル世界に居る魔女の住まいを訪れた時、そこに、サイコキネシス(念力)やスプーン曲げの訓練をしている子供達がいた。
ネオが、スプーン曲げをしていた子供からスプーンを受け取り、それを曲げようとすると、その子供が、
「曲げようとしちゃダメ。スプーンはここにない」
と言ったと思う。
また、ネオとモーフィアスが、やはり、バーチャル世界でカンフー対決をした時、モーフィアスがネオに、
「打とうとするな」
と言う。
『燃えよドラゴン』でも、リーは、
「私は打たない。拳自らが打つ」
と言っていた。

私は、記憶している範囲では、7歳頃から、何度も奇跡を意図的に起こしたが、そのコツは割とベタ(ありきたり)だ。
「熱望し、それを得られると決めつける」
例えば、天文の知識が全くないのに、天体望遠鏡で土星を見たい時は、
「どうしても土星を見たい」
と望み、
「土星を見れると決めつけた」
のだ。
すると、デタラメに星を選んで天体望遠鏡を覗くと、その星は土星だった。
時には時間がかかることもあった(とは言っても数日程度だが)。
そんな時でも、思った通りになると決めつけて諦めなければ、必ず望み通りになった。

うまくいくと決めつけることに、大した信念は必要ない。
むしろ、信じようと頑張らない方が良い。
『マトリックス』や『燃えよドラゴン』的に言うなら、
「そうなると信じようとするな。勝手にそうならせよ」
と言ったところだ。
余計なことをせず、放っておけば、勝手にそうなるのだ。
なりゆきにまかせると言っても良い。
覚えやすいようにまとめるとすれば、
「そうなると決めつけ、後は天にまかせる」
あたりが良いと思う。








1億円を2度当てた原理を解く

日本プロ野球史上、ただ1人、三冠王を3度達成した落合博満さんが、テレビで、「全打席ホームランを狙ってた」と言っていたところを見たことがある。
つまり、彼にとって、ホームランは幸運でも奇跡でもない。

そこで面白いことに気付く。
「幸運=奇跡」だということだ。
つまり、
「幸運だが奇跡ではなかった」
「奇跡だが幸運ではなかった」
などということはない。
そう言うと、
「いや、二択問題で、当てずっぽうで当たったのは、幸運ではあったが、奇跡というほどでもない」
と言う人がいるかもしれない。
だが、それもやっぱり奇跡なのだ。
例えば、動作中の時限爆弾があり、赤と青の電線のいずれかを切れば止まるが、そうでない方を切れば即座に爆発する・・・なんて映画や小説がよくあるような気がする。
その時限爆弾が爆発寸前で、正義の探偵やスパイが、それなりの予測が立ったか、あるいは、全くの当てずっぽうかの別はあるのだが、とにかく、運を天にまかせて片方を切ると爆発しなかった。
これも二択だが、奇跡と言うしかない。

小説・アニメの『灼眼のシャナ』で、超人的戦士になったシャナが最初に戦ったのが、とんでもない強敵である天目一個(てんもくいっこ)だった。
天目一個のあまりの強さに、実力差を思い知るシャナは、度を越した大胆な戦法に出て、天目一個に打ち勝つ。
シャナのペンダントに封じられた魔神アラストールが言う。
「無茶をするやつだ。得たばかりのフレイヘイズ(シャナのような戦士のこと)を失ったと思ったぞ」
すると、シャナが静かに返す。
「勝ったのはたまたまだって解っている。でも、そうするよりなかった」
これも、幸運であり、奇跡である。

幸運、あるいは、奇跡は、狙って起こせるものではない。
言い換えれば、幸運、奇跡は、「予測出来ないもの」なのである。
例えば、大儲けを狙って馬券を買って当たったとしても、それは本来、幸運でも奇跡でもない。
そして、狙って買った馬券は当たらない。
狙った場合は、確率の支配下に置かれるからだ。
だが、当てるつもりなど全くなく、気紛れで買った馬券は、不思議なことに確率の法則に縛られず、当たってしまうことがよくある。
あるいは、拾った馬券が大当たりすることもある。

ここでよく取り上げる、「神様の奇跡が起こる」と唱え続けて、1億円を2度当てたホームレスは、完全に確率の法則から外れている。
ある日、たまたま頭に数字が浮かんだ時に、歩いていたら、たまたまロト6の売り場が目に入ったので、たまたま買っただけだ。
彼は、「神様の奇跡が起こる」と唱えたことで、「狙う」という意識が消えたのだ。
それで奇跡、つまり、幸運、つまり、自分の意志でなく、神の意思が実現したのだ。
イエスも言ったのである。
「私の想いではなく、あなた(神)の想いが実現しますように」

あなたの輝かしい勝利は、幸運であり奇跡である。
たまたま・・・と言っても良い。
だが、それは、勝利を狙わないから起こるのだ。
有名な『柔』という歌で、
「勝つと思うな 思えば負けよ」
という歌詞があるが、作詞した関沢新一氏は、実際、凄い人物であった。
彼は、この詩で、宇宙の法則、人生の真理を完璧に語ったのである。

幸運を狙わず、さりとて、投げやりにならず、自分に出来ることをする。
これが勝利の秘訣というか原理であり、世界的教育者、七田眞氏の本に書かれている、七田氏が絶対に事実と言う、上に挙げた1億円を2度当てたホームレスは正しいことをしたのである。







プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
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