アファーメーション(肯定的断言)、自己暗示、肯定的なつぶやき、呪文を日常どう行うかだけで人生が決まってしまう。
ところが、日本語には、それらを超える言霊がある。
英語圏の人が英語で、「ウェルス(富)」、「サクセス(成功)」といった言葉を数多く唱えれば、それらの言葉が意味するものをただちに引き寄せる。
ところが、日本語の「富(トミ)」は、重みが全く違う。
日本語は、文字の1文字1文字に言霊が宿り、深い意味を持つからだ。
英語では「ウェルス」とひとまとまりにしないと意味がないが、日本語では「ト」と「ミ」のそれぞれに宿る言霊に独自の振動があり、この2つをこの順番で重ねることで独自のハーモニーを奏でる。
「ト」は、漢字で「吐 図 土 塗 妬 度 徒 斗 渡 登 賭 途 都 頭」等と書け、それぞれの意味があるが、古くから伝わる「ト」の意味はもっと多様だし、隠れたものとなるとさらに壮大だ。
例えば、「ト」は「頭」でもあるが、「火頭(ひがしら)」は、「東(ひがし)ら」に通じ、太陽が昇る東になる。
日本人は、別にそんなことを解説されなくても、DNAの中にそういったことが秘められている。
「ミ」は、数字の「三」に似ている通り、「三」の意味があるが、3は西洋でも、古くから完全数として重んじられる。
アリストテレスも、
「2を両者、両方と言うが、3になって初めて全てという」
と、「3」の完全性を指摘している。
このように、「ミ」は極めて重要であり、さらに、「美」「実」という貴い意味をすぐに連想させるが、他にも沢山の優れた概念を示す。
山蔭神道では「ミ」は最も高貴な文字であるらしい。

このように、文字1つで、これほど深い意味、霊、魂、振動、エネルギー、生命を持つ言語は他にはなく、決して選民主義ではないが、日本は特別であり、多民族では望めない力を秘めているかもしれない。
それを生かさないのは、勿体ないどころではない損失だ。
映画『パピヨン』で、パピヨンは夢の中で、最大の罪とは、人生を無駄にすることだと悟ったが、日本人によって最大級の罪は、日本に生まれ、日本語を使いながら、日本語を無駄に使うことだ。
日本の和歌は、組み合わせた文字の意味だけでなく、57577で構成する文字の1つ1つを響かせてこそ名歌と言えるのである。
(57577にも凄い意味がある)

ジョセフ・マーフィーは「ウェルス(富)」という言葉を、静かに、ゆっくり、心を込めて繰り返せば、富を引き寄せると言うが、日本語の「富」にはそれどころではない力がある。
そんな日本語を始末に扱うと、損どころではない反作用があるかもしれないし、それはもう現れているのではないかと思う。
『古事記』や『日本書紀』で、言霊の女神であるワカヒメ(和歌姫)が隠されてしまったのは、日本を滅ぼす陰謀ではないかと思うほどである。
これらの書物より以前に書かれたと言われる『ホツマツタエ(ホツマツタヱ)』にはワカヒメについて書かれており、最近は、優しい物語に編集した『ホツマツタエ』もあるので(原書はかなり読み難い構成であるらしい)、ワカヒメの歌や、そもそも、ワカヒメが育ての親から教えられた、易しい歌を見ると、日本人の魂が復活するかもしれない。

「ありがたい」は力ある言葉で、江戸末期の偉大な神道家、黒住宗忠が、ハンセン氏病(らい病)に罹った武士に、1日1万回、「ありがたい」と心込めて言わせたら、武士は7日で完治した。
「ありがたい」は「有難い」で、「有ることが難しい」、つまり、「滅多にない」ことで、それはつまり、奇跡である。
このブログで何度も、「神様の奇跡が起こる」という言葉の威力を述べたが、「ありがたい」の言葉にも、同じ意味がある訳である。

西洋のアファーメーションの数百倍以上の力を持つ日本語のアファーメーションを、くれぐれも大切に使おうと思う。