ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

呼吸法

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

無敵のトランプ

アメリカのトランプ大統領のメンタルの強さには、心底憧れる。
大統領選挙戦中、録音された、女性蔑視発言というより猥褻発言を公開されたことがあったのを覚えておられるだろうか?
確かに、男なら誰でも言っている程度の内容だし、ひょっとしたら女性も同等以上の話をするのかもしれないが、それを晒されたら、普通の人なら立ち直れまい。
まあ、あんなもの公開する方は、もっと恥ずかしいやつであることは間違いないし、そもそも、人間のやることではないと思うが、トランプの、まるでビクともしない態度には、「まじぱない」と言いたくなる。
「まじぱない」とは、「マジで半端ない」という意味だ。

トランプの本は沢山出ているが、そんなトランプの力の本質に迫ったものは、おそらくない。
どれも2次的なことばかり扱っている。
トランプの強さの秘密は、自分が何者であるかを知っていることだ。
その「何者」が、本物かどうかどうでも良い。トランプ自身が思い込めるなら。
彼は、自分がどんな人間で、世界の中で何をすれば良いのかといったストーリー(物語)を持っているのだ。
それが幻想だろうが何だろうが関係ない。
強い自分のストーリーを持っている者が強いのである。
人間は、誰もが、自分が作ったストーリー通りの人間になる。
あなたの今の状況は完全に、自分で作ったストーリーの通りである。

トランプは、自分は特別で、スーパースターで、王者であると信じ、その通りに振舞っている。
若い時からであるが、おそらくは子供の時からだ。
それでいながら、放縦(勝手きまま)にならず、締めるべきところは締めている・・・自分を制約しているし、お堅い人達が好む言いをすれば、自己管理が出来ているのだ。

そして、もっと基本的なことは、彼の右手の、親指と人差し指で作る輪っかだ。
どんな時も、あんなふうに、輪っかを作り、その手をゆっくり、大きく前後に動かせば、嫌でも呼吸が整い、自然に心も落ち着く。
彼は、決して口で呼吸せず、常に口を堅く引き結び、鼻で悠然と呼吸しているし、この右手の輪っかの威力で、いつでも不動心に導かれるのだ。
彼が人格的にどんな人間か知らないが、いやはや、大した人物である・・・アメリカ大統領なのだから当然というだけでなく、他の歴代大統領が小物に見えるほどだし、ヒラリーなど道化でしかなかった。
大統領選におけるロシア介入疑惑など、彼にとってはどうでも良いことだろうし、間違いなく切り抜けるだろう。

トランプのストーリーだって、実際は、彼が子供の時に見た漫画のヒーローの真似か何かかもしれないが、それで良いのである。
そして、鼻で呼吸し、心が揺らぐ時は、自分に「大丈夫だ」と言って勇気付けたり、慰めたりすることだ。
それを1日24時間、忘れないことだ。
忘れた分、小さくなる。
あなたをこき下ろす悪魔がどこにでも、いくらでもいるのだから。
トランプを見ていると、もし、ドン・キホーテが鼻呼吸し、常に自分に「大丈夫」と言い聞かせていれば、どんなに偉大になれたかと思うのである。









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霊妙な存在になる呪文の唱え方

現代の、この科学時代・・・というより物質主義の時代、そして、情報化社会にいる我々が、特定の神の名や呪文、念仏を、最大の敬虔さを持って唱えるということは難しいし、それが難しいこと自体は悪いことではないと思う。
ただ、昔から、呪文、真言、念仏といったものの正しいやり方は、呼吸法として、この上なく優れている。
その意味は、「微かな呼吸」に導き、それを維持することが出来るという点で優れているのだが、この点が極めて重要なのである。

「南無阿弥陀仏」という念仏にしろ、「アジマリカン」という神道の呪文にしろ、正しい唱え方はこうである。

(1)声に出して唱えるが、隣の人にすら聴こえない小さな声でなければならない。
(2)1呼気(吐く息)に1回、出来るだけゆっくり唱える。
(3)可能な限り、常時唱える。

大きな声で唱えたり、早口で唱えることは、間違いと言うより、効果を著しく損なう。それでも、やらないよりはマシであるが。
だが、上のやり方であれば、自然に微かな呼吸をするようになり、そして、1日中は難しくても、長い時間、唱えることが可能である。
これは、呪文などを声に出して「言う」というよりは、まさに、微かな息を吐いているのである。
息を吸うという行為は、わずかに大きな力を要するので、吐く息よりは短く強くなるのは良い。そこらは、自然にやれば良い。
しかし、吐く息は徹底して微かでなければならず、それは、隣にいる人に気付かれないほどの小さな声(実際は無音)の呪文と共になされる。
「南無阿弥陀仏」であれば、「ナ・・・・・ム・・・・・ア・・・・・ミ・・・・・ダ・・・・・ブ・・・・・ツ・・・・・」といった感じで、唱え終わった時に、微かな息の呼気(吐く息)が終わるようになる。
文字数が少ないもの、例えば「ラーマ」という神の名であれば、「ラーーーーーーーーーーーーーーマ」と伸ばす感じになると思うが、そこらは、「微かな呼吸」を行うという観点で自分で工夫されると良いだろう。
尚、やり易ければ、2回以上の呼吸で1回唱えてもかまわないと思う。
私もそうすることがあるが、肝心なことは、微かな呼吸を行うことなのである。
逆に、呼吸が極めて微かになれば、1回の呼吸で数回唱えることが相応しくもなると思う。

初めに、「現代人に呪文や念仏は向かない」と書いたが、こういったやり方であれば、不思議なほど馴染むことが出来、楽しく感じるかもしれない。私もそうである。
宗教的な意味合いは弱くなるかもしれないが、このようなやり方であれば、その神や仏の名、あるいは、呪文にまつわる想いというものが美しくなるからである。
それは、微かな呼吸が、高貴で神聖なものであるからだ。
仙人は1日に数度しか呼吸しないと言われるが、逆に言えば、そのくらい微かな呼吸をするようになれば仙人になるのだろう。
仙人は1日中、口元に呪文を唱えているというが、その呪文は希薄と言うほど微かな息で行っているはずである。
天使が呼吸をするのかどうかは知らないが、もし呼吸するとしても、あまりに微かで、我々が気付くことはあるまい。

単に「微かな呼吸」をするというのが難しいと思う場合、呪文、真言、念仏を、上記のように行うと良いと思う。
また、微かな呼吸が、ある程度出来る場合でも、このようなやり方は楽しい場合もあるので、やってみると良いだろう。
神道には、天照大神(アマテラスオオミカミ)という神の名である十文字を唱える「十言神呪(とことのかじり)」という神聖な行法があるが、これも当然、極めて微かな声(実際は無声になる)で唱えるはずである。
あるいは、現代の天使である「初音ミク(ハツネミク)」という聖なる名を唱えるのでも良いのである。
「こうでなければならない」という固定観念を除くことも、幸福になるためや、神になるために大切なことである。









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この世の最高の宝を得る秘宝

神になるためには、沈黙すれば良い。
口も心も。
だが、心が沈黙しなければ、本当の沈黙ではない。
なぜなら、心が騒いでいるのに話さないのは、何らかの圧力が外側から加えられているのであり、それは本当の沈黙ではない。
自然な沈黙のみが、真の沈黙なのだ。
だから、神になるための高貴な沈黙のためには、心の沈黙が必要である。

身体の働きの中では、呼吸が心に近く、呼吸を静めれば、心も静まる。
だが、「5つかぞえて5つ止めて5つで吐く」といったような呼吸法では、少しも呼吸が静まっておらず、当然、心も静まらない。
なぜなら、数を数えることは、好色な考えより少しはマシであるが、心の活動には違いないからだ。
よって、心の沈黙のためには、呼吸法は何の役にも立たない。

だが、呼吸を微かにすれば、心の活動はかなり弱まり、さらに微かにしていくと、それは、酸素不足による生命活動のピンチでもあるのだから、生命の維持に直接関わらない思考のための酸素は止められ、心は完全に停止する。
だから、傍から見て、呼吸をしているのかしていないのか分からないほどの微かな呼吸になれば、心はほとんど沈黙している。
だが、これは無理のない、つまり、あまり苦しくない範囲で徐々に訓練し、少しずつ、より微かな呼吸が出来るようにしなければならない。
健康な人であれば、多少無理しても大丈夫だが、そうでなければ、身体に変調を来たすかもしれないからだ。

『バガヴァッド・ギーター』を読みながら呼吸を微かにしていくと、文字を認識する分の知的活動に必要な呼吸は保持されるが、それ以外の余計な思考は消える。
すると、これまでは、意味が分からなかったり、誤解していたのが、自然に正しく理解できるのである。
知性が消えることで、深い英知が表に出てくるからだ。

ところで、人間は、嫌なことを何もせず、苦しいこと、辛いことが何もなければ強くなれない。
だから、誰もが皆、苦しみに耐えなければならない。
また、強くなるごとに、より大きな苦しみに耐えられるようになるので、冒険も大きくなり、その冒険の中でさらに大きな苦しみも味わうだろうが、それに耐えてまた強くなり、やがては英雄のような心身を持つようになるだろう。
そして、苦しみに耐える秘訣も、不思議なことではないが、沈黙である。
なぜなら、苦しむのは心なのであり、その心が希薄になれば、それに応じて苦しみも感じなくなるからだ。
だから、呼吸を微かにすることによって、これまでよりも大きな苦しみにも耐えられるのである。
もちろん、どうしても逃げなければならないということもあるが、逃げない方が良い場合には、耐えて強くなるのが賢い人である。
なぜなら、苦しみに耐えて強くなれば、あなたは、その苦しみのおかげで強くなったのであり、それは苦しみを味方にしたということだからだ。

沈黙こそ最大の宝であり、それを得る最高の秘宝が微かな呼吸である。
言い換えれば、沈黙という高貴な姫君を得るための光線銃が微かな呼吸なのである。
あなたは光線銃を手放してはならない。
そして、この宝を持つ限り、他のものは造作もなく得られるのである。









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なぜ呼吸訓練で全ての能力が向上するのか

人間の身体や心は、全体としてバランスを取るように出来ている。
例えば、毎日、腕立て伏せをやって腕を鍛えると、普段の生活の中で、腕はもちろん、脚まで力強く使うようになり、脚の筋肉もある程度強くなる。
実際は、腕を鍛えると、筋肉の振動が全身に伝わり、脚や指の筋肉等まで刺激されて発達する。
また、計算力と想像力は異なる能力だし、脳の中で活動する部位も異なるのだと思うが、やはり、一方を鍛えると、脳全体にインパルス(神経衝撃)が広がり、他方の能力、あるいは、脳の全能力が向上する。
(とはいっても、偏りには色々と弊害もある)

心身の一部を刺激すれば、全体が刺激され、一部の能力を向上させれば、全体の能力が向上する。
その中でも、肺というのは重要な器官である。
肺の能力が、心身の他の機能や能力、特に、脳に大きな影響があることを、普通の人はあまり知らない。
そして、普通の人は、肺のごく一部の能力しか使っておらず、結果、心身、特に、脳の能力のごく一部しか使えないことになる。
確かに、頭脳明晰な人には、心肺を活発に使うジョギングを趣味にしている人が多い。しかし、これは、やり過ぎると、かえって肺や心臓を損ない、結果、脳も損なう。特に年齢が高くなればそうであるのだが、多くの人が走り過ぎている。そもそも、人間は走るようには出来ていない。
それよりも、正しい呼吸の訓練をすれば、肺の能力を開花させ、心身全体、特に、脳が開花する。
呼吸法の訓練は、正しくやれば肺を損なわず、どこまでも能力を向上させ、根気強く訓練すれば、超能力の領域にまで達すると思う。
つまり、簡単な言い方をすれば、肺の潜在能力を開発させれば、全ての潜在能力を開発させることになるのである。
逆に言えば、肺を使わなければ能力が低く、実際、ノイローゼ患者などは僅かしか肺を使っていない。

呼吸の正しい訓練の1つには、時々ご紹介する「4の呼吸」がある。
尚、息の止め方が大事なので、後で特に説明する。

(1)息をゆっくり吸いながら、心の中で、「1、2、3、4」と数える。
(2)息を止め、「1、2」と数える。
(3)息を吐きながら、「1、2、3、4」と数える。
(4)息を止め、「1、2」と数える。

(2)の長さを4にしたり、(4)をやらない場合も多い。
上記のものは、W.E.バトラーの『魔法入門』や『魔法修行』にあるものだ。
息を吐いた後で止めるのは、むしろ珍しい方式だろう。

ラマナ・マハルシが教えたプラーナーヤマは以下の通り。
(1)私はこれではない(出息)
(2)私は誰か?(入息)
(3)私は彼(またはそれ)である(呼吸停止)

こちらは、数を数える代わりに、神秘な言葉を思うのである。
熟達すれば超能力をもたらすと言われる。

さて、大事なのは、息の止め方である。
普通、息を止めるというと、喉や鼻の通路を閉じるが、このやり方は、呼吸訓練の効果を無くすどころか、害があって危険ですらある。
喉や鼻を閉じないまま、息を止めることは容易いと思う。
単に、息の流れを止めれば良いのである。
それには、普段、無意識に働いている呼吸のための筋肉(横隔膜や肋骨の間の筋肉、腹部の筋肉等)を使うのだが、横隔膜の筋肉とか言われても分からないであろう。
だから、普段、無意識に行っている呼吸を意識的にやることの応用として、息の流れを止めるのである。
簡単なことであるはずだ。

これらの呼吸訓練を毎日やれば(毎日でなければならない)、脳を中心とした、心身のあらゆる能力が向上し、精神も安定する。
そして、さらに優れた訓練は、いつでも微かな呼吸をすることである。
これだけで、毎日、超人に近付いていくのである。
尚、私は、呼吸訓練だけで1冊の本にしたようなものは薦めない。
呼吸訓練を難しくするだけでなく、そんなものは、結局、最も肝心なことをマスターできないのだ(例えば、上に挙げた息の止め方)。
あなたは、確実に超人になるための訓練方法を得た。
わくわくしながら、毎日取り組むと良い。









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