ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

呪文

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

もっと呪文を

我々は、もっと呪文を唱えなければならない。
いや、実は、もう既に、誰もが呪文を唱えている。それもごく頻繁に。
ただし、ほとんどの人が、非常に好ましくない呪文を唱えているのだ。
「また嫌な目に遭う」「会社は辛い」「学校は嫌な場所だ」「どうせ私は駄目だ」
「私はあいつらの言いなりになるしかない」「逆らえない」「僕は弱い」「あいつは僕より偉い」「我慢するしかない」
一説では、人間は、1分間に、300から1000の呪文を唱えている。
それは、深層意識から出てくる言葉であり、深層意識の状態を表しているが、頭の中のひとり言(呪文)を繰り返すことで、深層意識の現在の状態を強固にしていくのだから恐ろしい。
つまり、人間は、教育された信念を自動的に強化していくように出来ている。なぜそうなっているのかというと、原始的な時代は、その方が生き延び易いからだ。
だが現代では、なぜ、マイナスの呪文ばかり唱えるようになったのかというと、1つは学校のためである。
学校は、従順な労働者を生産するための場所であり、必然的に、被支配者に相応しい呪文を生徒に叩き込む構造になっている。
もう1つは、支配者が民衆を自分達の都合の良い頭の持ち主にするためで、そのために近代では、新聞、テレビ、ラジオがフルに活用され続けている。
ともかく、我々は、深層意識に叩き込まれた呪文を消し、深層意識を好ましい状態にしなければならない。
そのためには、プラスの呪文を意識的に唱えるだけで良い。
それを数多く、継続的に唱えることで、深層意識の呪文を消し、新しい形の深層意識を形成する。
呪文の言葉は、自分にとってプラスのものなら何でも良い。
ただし、早く効果を出すためには、同じ言葉を使った方が良いだろう。ただし1つでは飽きるから、3つか4つが良いかもしれないが、それは人それぞれだ。
「私はできる」「できる」
「ツイてる」「豊かだ」「幸せだ」
「ありがたい」
ジョン・マクドナルドの『マスターの教え』という本には、沢山の肯定的な単語が紹介されている。
ただ、この本では、1日の中で一度、30分ほど唱えよと書かれているが、特に気に入ったものを1日中唱えるべきである。
当時は(この本が書かれたのは半世紀以上前と思われる)、その後ほど、支配者による洗脳が強固でなかったのかもしれない。
ただ、『四つの約束』などで知られる、ドン・ミゲル・ルイスは、旧約聖書の時代から、人類の頭の中には、悪しきひとり言が繰り返されていると主張している。

「呪文」「つぶやき」「自己暗示」は、どれも同じ意味と考えて良いが、これらについて、著者の個人的な思い込みが書かれたものは読まない方が良い。
重要なことは理屈ではなく、呪文を唱えることだ。
まとめて言うと、我々一般人は、頭の中で、悪いひとり言(呪文、暗示)が繰り返されているので、それを打ち消すために、本当に自分の役に立つ呪文を唱えることが必要なのである。
世界、あるいは、人生は、深い心・・・深層意識、潜在意識、無意識が作る。だから、そこが支配者の都合の良い暗示に満ちていては、我々は奴隷の人生を歩むしかないのである。
だが、深層意識の中の常態が良ければ、世界、あるいは、人生は、思いのままである。
そのための呪文を、頻繁に、そして、長期に渡って唱える必要があるが、その恩恵を考えると、容易いはずである。











2つの超呪文

どんな呪文を愛用するかで、人生は決まる。
そして、全ての人に共通する万能の呪文はない。
法然や親鸞の時代なら、「それは『南無阿弥陀仏』じゃ!」と言っても良い事情があったが、今は、そうではない。

今日は、面白い呪文を2つ取り上げよう。
きっと、気に入ると思うし、試してみても良いと思う。

1つは、ドイツのベルベル・モーアの『星からの宅配便』からだ。
その呪文は、「心おだやかに!」である。
10歳の少女アンナは、学校のハンスという、意地悪な男の子のことで悩んでた。いわゆる「ムカツク!」男の子である。
アンナは母のマルタから、「心おだやかに!」の呪文を教わり、ハンスに嫌な目に遭わされる度、この呪文を唱えた。
しかし、状況が改善せず、アンナはハンスに、「あんたにムカつく時にはいつも、『心おだやかに!』っておまじないを唱えているの」と言う。
そう言われたハンスは、「ふうん」と言って黙り、それからあまり意地悪をしなくなった。
しばらくして、アンナはハンスから、自分も「心おだやかに!」のまじないを使っており、さらに、他の子達にも教え、教えられた子達も使っていることを教えられる。
ハンスも、そして、他の子達も、皆、ムカつく何かがあるのだ。

もう1つは、ジェームス・スキナーの『100%』にある、愉快な呪文だ。
それは「こげばいいでしょう!こげば!」である。
これは、「ツール・ド・ヨーロッパ」という、ヨーロッパの14ヶ国5000キロを自転車で走るクレイジーなイベントに参加した選手の1人がつぶやき、選手達の間で流行った言葉だ。
37日の競技の初日には、炎天の太陽で肌は焦げ、足はパンパンで、全員クタクタだ。
選手達の平均年齢は43歳。
3日目、スペインのアンダルシア地方は昼に摂氏43度に達する。
山もあり、死ぬほどつらい。
夜になってもホテルに着かない。
そんな中で、1人の選手がつぶやいたのだ。
「こげばいいでしょう!こげば!」
すると、これが皆の口癖になった。
「道を間違ってしまった。30キロ伸びまーす!」
「こげばいいでしょう!こげば!」
「この先、峠が3つです」
「こげばいいでしょう!こげば!」
「これは2週間安静の大怪我です」(転倒した選手が肋骨を折った)
「こげばいいでしょう!こげば!」
「今夜のホテル、お湯は出ません」
「こげばいいでしょう!こげば!」
そして、37日後、全員がゴールした。

文句を言わず、やるべきことを淡々とやれば、嫌でも成功するということだ。
試験が迫っているなら、「勉強すればいいでしょう!勉強すれば!」だ。
セールスの仕事なら、「セールスすればいいでしょう!セールスすれば!」だ。
ダイエット中なら、「運動すればいいでしょう!運動すれば!」だ。
ブログを毎日書くと決めたら、「ブログを書けばいいでしょう!書けば!」だ。
自分に合うように変えれば良い。
他にも・・・
「歯医者に行かないとけない」
「行けばいでしょう!行けば!」
「健康保険料、毎月10万円払わないといけない」(高給取りが退職すると、こんな目に遭う)
「払えばいいでしょう!払えば!」
「可愛いあの子を口説くんだ」
「口説けばいいでしょう!口説けば!」(ただし、紳士的に)

ああ、ところで、誰にも教える気はないが、ついに理想のプログラミング言語を見つけた。
それはGo言語だ。
うんざりするほど遅い開発環境(VisualStudioのような)もない。
オブジェクト指向でもない(!)。
ループ文はforだけ(!)。
だが、Googleが作った新しい万能言語で、OSを選ばず、作ったものはどのOSでも動く。しかも、超高速だ。
JavaもC#もPythonもRubyも、もう古い!(※主観)
いまさら、新しいプログラミング言語を覚えるのも億劫だが、
「勉強すればいいでしょう!勉強すれば!」
である。
Webも、スマホアプリも、AIも、全部Goで作ってやるんだ・・・(作れる)
「作ればいいでしょう!作れば!」
でもまあ、一番役に立つのはVBAである(ニッコリ)。











呪文、マントラの効果の論理的根拠

呪文、マントラ(真言)がなぜ良いのかという論理的根拠はある。
まず、人間の心は、放っておいても、否定的な言葉を、頭の中で、1分に数百はつぶやいているという科学的研究結果があるらしい。
そして、人間が高レベルの能力を発揮するのは、頭の中のおしゃべり(あるいは、つぶやき)が止んだ時であると考えられるのである。
いわゆる、無になった状態を言うのだと思うが、その時に、時に異常なほどの高い力を発揮するというのは、今や不思議なこととは思えない。
それで、想念(頭の中のおしゃべりやつぶやき)を消すという意味でも、呪文には効果があるが、呪文の効果はそれだけではない。

1つ1つの呪文について考えよう。
ただ、出典をいちいち書いていたら大変なので、それは省く。
インドの聖者、ラマナ・マハルシが最高のマントラと言うのは「私」である。
常に「私」と唱えれば、悟りすら開ける。
悟りはともかく、素晴らしい真言であることは分かる。
なぜなら、これもマハルシの説明であるのだが、あらゆる想念は「私」に起こるのであるから、その想念の主である「私」に意識を向けてしまえば、あらゆる想念は消える。
つまり、頭の中のおしゃべりやつぶやきはなくなる。
能力が最大になるだけでなく、ついには「私」という想念も消え、悟りが開かれるというわけである。
興味深いのは、マハルシと同時代のインドの聖者、ニサルガダッタ・マハラジは「私は在る(私は存在する)」が最高のマントラと言うが、それも道理がある。
これも、マハラジの説明では「あなたが確信出来る唯一のことは、私は在るということだけ」なのだから、人間に解る範囲での究極の真理である「私は在る」に集中すれば、それより劣る概念や想念は消えてしまうのである。

ナーマスマラナというのは、神の名をマントラとして唱えることである。
親しみを感じる神の名があれば、それを唱えることで深い安らぎに至り、また、他の想念が消えることは期待出来る。
インドでは、ラーマ、クリシュナといった神が人気があるのだと思う。
日本では、マテラスオオミカミが人気があるし、アメノミナカヌシノカミの名も威厳があって、なかなか宜しいと思う。
また、念仏という形式になった「南無阿弥陀仏」や「南無観世音菩薩」も同じと思う。
阿弥陀如来の真言は「オン、アミリタ、テイセイ、カラウン」だし、観世音菩薩の真言は「オン、アロリキャ、ソワカ」である。
本来の名で言えば、阿弥陀如来はアミターバ、あるいは、アミターユスで、観世音菩薩はアヴァローキテーシュバラーである。
神仏の名の場合は、単なる心理学的、あるいは、脳科学的な効用だけでなく、むしろ、それらの言葉、あるいは、音が持つ霊妙な力が重要であると言われる。それは、なかなか科学的な証明は難しいと思うが、科学には解明出来ない摩訶不思議な力があるのかもしれない。
やや長いが、般若心経の最後の部分の呪文も、最高のものとされている。
それは、「ガテー、ガテー、パーラガテー、パーラサンガテー、ボーディスヴァーハー」である。
また、山蔭神道では、究極の言葉は「アジマリカン」であると言う。

『ヒマラヤ聖者の生活探求』では、究極の言葉は「神」であり、有声でも無声でも、これを唱えると全てを変えると言う。
ただ、「神」を呪文にしてはいけないと言う。
この著作の、3巻だったと思うのだが、イエス・キリストが「他のことは忘れてよろしい」として語ったのが「神」という言葉を使うことで、なるべく多く使えば良いが、このことを「公式」にしてはいけないと言う。その意味は各自考えていただければと思う。難しいこととは思えない。
例えば「神」という言葉、あるいは、「神の他に何もない」という言葉について瞑想するなどでも良いと思う。

私も、呪文、マントラに救われたことは数限りない。
だからこそ、上に挙げたことや、その数倍以上のことを覚えているのである。








目標は手近なものから

人間には目標が必要だが、それは人生目標といった壮大なものではなく、当面の目標が大切と思う。
つまり、世界平和を実現するという、人生を賭けた大きな目標よりも、まずは自分が食べていける経済基盤が大切だというようなものだ。
大きな目標は天が与えるものだ。

潜在意識による成功法則の世界的指導者だったジョセフ・マーフィーの本の中に、女優になるという目標を持った若い女性の話があった。
潜在意識は万能であるのだから、マーフィーはその女性に、その願望を潜在意識に送り込んで夢を実現しなさいと言ったのかというと、そうではなく、「子供の夢からは卒業しなさい」と嗜(たしな)めたのだ。
世の中には、アマチュアとしても大した選手ではなく、若くもないのに、プロ野球選手やプロサッカー選手などを目指して頑張っているという変な人もいる。
一方で、自分の目標に対し、大半の人や、権威者から、「それは夢物語だ」と笑われながら、実現してしまう人もいる。
また、「君は経営者に向いている。私が支援するからやりなさい」と言われて、その気になるも、実は本人は経営をやる気などは本当はなく、おかしなことになってしまうという人もいる。
目標は、どうやって決めたら良いのだろう?

有名な成功プログラムには、自分の願望を、出来そうか、出来そうになさそうかに関わらず、どんどん書き出すことから始めて、自分の真の目標を発見するというものが、よくあると思う。
私もやってみたが、あまり有益とは思えない。
きっとそれは、今のような情報化時代とは程遠く、情報が少ない時代には多少は役に立ったやり方を、いまだ行っているというものだと思う。

それで、どんな目標を定めれば良いのかというと、「今、必要なこと」だろう。
私が、成功のための宇宙エネルギーを最も上手く使っていると思う、UFO研究家の矢追純一さんの例が解り易い。
矢追さんは、高校入学前に両親が亡くなり、妹2人を自分で養うために、「給料の良い仕事を得る」という目標を強く思い、後はぼーっとしてたら、すぐに仕事がやってきた。
高校卒業の時、中央大学法学部(司法試験合格者で東大を超える難関)に進学と決めたら、高校にはほとんど全く通わず、受験勉強もしなかったのに合格した。
就職もそうで、特に何もしないが、不思議な流れで、普通ではおよそ不可能な日本テレビへの入社が決まった。

だから、会社の居心地が悪いなら、作家になるとか、俳優になるなんて変な目標を持たず、まずは、快適で給料の良い職場を目標として強く思い、後は、流れにまかせることだ。
なんなら、目標を立てた後、「アジマリカン」でも「ありがたい」とでも唱えると良い。
私の場合は、中岡俊哉さんの本を読んで、生まれ年の守護仏の真言を唱え、不向きなセールスの仕事でもセールスコンテストで優勝したし、いよいよ、その職場も嫌になったら、もっと良い(有体に言えば楽な)職場に変われ、やがて、「プログラミングが出来るようになる」という目標を立てて、それを達成し、「じゃあ、次はプログラマーで就職だ」と決めたら、やっぱりそうなった。

本当に冷静な情熱があるなら大きな目標も良いかもしれないが、大抵の人の大きな目標には、ロクでもない下心があるものだ。
人生に「一足飛び」はない。
手近な目標を叶えて楽しみながら、やがては大きな目標を達成すれば十分である。
そのために、呪文を唱えることは力になるのではないかと思う。
また、信頼出来る占いで、自分の性格や能力を調べると、参考にもなると思う。








呪文はいつ効くか

アメリカの人気テレビ番組『Star Trek(邦題:宇宙大作戦)』の冒頭のナレーションが英語Wikipediaにある。

Space: the final frontier. These are the voyages of the starship Enterprise. Its five-year mission: to explore strange new worlds, to seek out new life and new civilizations, to boldly go where no man has gone before.
Star Trek: The Original Seriesより~

これは、宇宙船エンタープライズ号の使命は、
「新しい驚異の世界を探検し、新しい生命、新しい文明を見つけ出すため、誰も行ったことのない未知の世界に大胆に入っていく」
ことであるという意味だ。

何とも、血湧き肉躍ることではないか?
だがこれは、別に宇宙に旅立つまでもなく、人生そのもののことだ。

名前も知らない まだ見ぬ世界を旅するように
時が刻むメロディー 口ずさんで ほら
~『Birthday』(作詞・作曲・編曲:びにゅP。唄:初音ミク)より~

一寸法師だって、旅立つ前に、腕を磨き、学び、針の剣とお椀の舟を用意したように、冒険のためには準備が必要だ。
今は、つまらない学校や会社に行き、退屈な、あるいは、苦しい日々を送っているかもしれない。
ならば、新しい世界に旅立つしかない。
そのための準備を怠らないことだ。
まあ、そんな大したことしなくていいから(笑)、それでも、真面目に。

昔、駆け出し俳優だったバート・レイノルズが、既にハリウッドの大俳優だったクリント・イーストウッドに尋ねたらしい。
「成功するまで何をしていましたか?」
イーストウッドは、
「準備をしていた」
と答え、それを聞いてレイノルズは成功の階段を駆け上った。
何をするかは人それぞれだ。
外国語を学ぶ人もいれば、プログラミングを学ぶ人もいるし、一撃必殺のキックを磨く人もいる。
それで言えば、私は、囚人が刑務所内でいじめられないために筋トレをするというのはあまり好きではない。
それなら、外に出た時のために筋トレをするのだと思えば良い。
ところで、法然や親鸞は、死んだ時に備えて念仏を唱えるよう教えたように言われるが、本当は、よりよく生きるために念仏を唱えるよう教えていた。
念仏や高度な呪文は、一寸先の未来に備えて唱えるものだ。
呪文を唱えれば、数秒後の世界は変わっている。
数秒後は少ししか変わらなくても、連続して唱え、ずっと変え続ければ、全く新しい世界になる。
それを忘れなければ、いかなる不安もないだろう。







プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんを愛す
[AI&教育blog] メディアの風


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