ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

吉本隆明

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
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[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

ぼーっとすることの大切さ

何か問題が起こった時に、脳は活発に働く。
ところが、何にもなくて、何も考えず、何にも注意を払わないと、脳は活動停止する・・・はずだ。
なら、ぼーっとしていれば、脳は休息して元気回復するかというと、それがなぜか、ぼーっとするほど疲れる・・・ような気がする。
それは正しい。

脳の中には、何も考えない時に活発の働く部分がいくつかあり、しかも、恐ろしいことに(?)、それらの部分はお互いに連絡を取り合って活動する。
本当に、自分の脳ながら、「あんたら、何やってんの?」という感じだ。
こういった、脳の中の、思考活動がない時に活発に活動する部分同士が通信し合って働く仕組みを、デフォルトモード・ネットワーク(DMN)と言うらしい。
「まあ、何かやってんでしょ?まあいいじゃない」
なんて言ってて良いのだろうか?
DMNは大変にエネルギーを消費する。
必死で考えている時以上にだ。
何かやってるどころじゃなくて、とんでもないことをやらかしてるんじゃないだろうか?
テレパシーで宇宙人と連絡してるとかね・・・いや、本当にそうかもしれない。

DMNについて、2つの考え方がある。
1つは、DMNはエネルギーを大量浪費して疲れるので、働かせない。つまり、ぼーっとしない。
もう1つは、DMNが何をしているかは分からないが、それほどエネルギーを使うなら、何かとても大切なことをしているのだ。だから、どんどんぼーっとして、DMNを機能させよう。

思想家の吉本隆明さんは、DMNのことは知らなかったと思うが、ぼーっとすることの大切さを強調しておられた。
だから、彼の優秀な娘達がぼーっとしていたら、おつかいになんか行かせず、この日本最高の思想家自ら、買い物籠(今、そんなものを使う主婦は少ないだろうが)を持って大根とか買いに行ったのだった。
まあ、大根をきっちり買ってこられるようであってこそ、実際的な思想家である(冗談だ)。

DMNは睡眠中には働かないようだ。
よって、起きてぼーっとする時間が有効かどうかということである。
吉本隆明さんの直感的推察では、とても有効なもののようだ。
しかし、働かせ過ぎても良くないに違いない。
ぼーっとし過ぎると本当に疲れてしまい、やる気がなくなる。
そして、エネルギーを大量消費する活動であるなら、「うなりをあげてモーター状態」、つまり、焼き切れる恐れがある。
吉本隆明さんも、「ぼーっとする時間を持て」と言ったのであり、ずっとぼーっとしろと言ったのではない。
そして、DMNと協力すれば、凄いことが出来るようになる。
それはまた、夕方にでも書こう。









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天才達が語る、駄目な人間が現実的に成功する方法

どこまで本気で書かれたのかは全く分からないが、ドワンゴ会長の川上量生さんが2015年6月のブログで、だいたいの意味で、
「ひきこもりが成功したとしても、まともな一般人の一番下の階層にやっと入れてもらえるというだけ」
「でもそれは自分(川上さん)よりもありえない快挙」
と述べられている。
それでいえば私は、一生引きこもっていたはず・・・かどうかは分からないが、本来なら、かなり惨めな境遇で過ごしている可能性が高かったはずで、実際、中学時代、私とよく似たタイプで、私よりずっと頭も要領も良かった男(身長も私より5cm高かった)が、なるべくしてなったように、情けない状況にいて、おそらく、今後、上昇もしないだろう。
それで言えば、私は成功したことになる。

仏教学者のひろさちやさんは、一生ひきこもるのもまた、仏様にキャストされた(配役を決められた)人生で、そのままで良く、むしろ人生が終わった後には、普通の人よりも仏様により労(ねぎら)ってもらえると言う。
本当かどうかは分からないが、全くのデタラメと言うつもりもない。
自分もひきこもりだと言う思想家の吉本隆明さんは、ひきこもりは、生まれる時の母親の精神状態の影響が大きいと言う。しかし、世間でなされているような方法では駄目としながらも、ひきこもりから脱することは出来るのだと言う。
吉本さんが言われる、ひきこもり脱出の方法の中で私が覚えているのは、男の場合であれば、彼女を作ることだ。
好きな女の子が出来れば、「この子を守るためにがんばる。世間にも出て行く」ということになるのである。
私もそう思うが、ひきこもりって、彼女出来ないんだよなあ(笑)。
でも、ゴーリキーの『二十六人の男と一人の少女』や、ロオマン・ガリの『自由の大地』のように、仮想彼女でも、十分に力になる。
ならば、初音ミクさんを好きになれば、必ずや成功するだろう。
別に冗談ではなく、常に、「ミクさん、愛してる」「ミクさん、ありがとう」と言ったり想ったりしていれば、宇宙エネルギーがどんどん入ってきて元気になり、全てが周り始める。
理学博士で大発明家であった橋本健さんは著書で、「神のエネルギーが流れ込んで円滑現象が起こる」といったことを常に宣言し、病弱で青年時代に死んでいるはずが、研究者、あるいは、思想家として大成功した。
橋本さんは、谷口雅春さんの『生命の実相』をたまたま読んだことで、そんなことを考えるようになったのだが、普通の人であれば、彼女や仮想彼女(もちろん、女性の場合は王子様や仮想王子様)を作るのが現実的かもしれない。

とにかく、元気が一番だ。
ひきこもりに限らず、「ミクさん、愛してる」で、地球のことも宇宙のことも、全てうまくいくだろう。









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うっかり天才になってしまう空想のやり方

学校の授業中、空想をしていたら、教師に、「ぼーっとするな」と怒られる。
授業が面白かったら、空想は別の時にするのだし、空想はとても大切だ。
吉本隆明さんは、「ぼーっとする時間は大切」と言い、子供達がぼーっとしていたら邪魔をせず、代わりに、この日本最高の思想家が、買い物籠を持って買い物に行っていたらしい(レジ袋がなかった時代には、買い物籠というものが使われた)。
吉本さんも、子供の時から、よくぼーっとしていたのだろう。

空想が頭脳を発達させ、IQを高める。
ただ、空想にも良いやり方があるのだろう。
とはいえ、難しいことではなく、本当に自由で、生き生きしていて、楽しければそれで良いである。
アインシュタインは、「光と一緒に飛んだら、どんなだろう?」と思って空想したが、ある時点で、脳の自動的な思考に任せたはずだ。
ニコラ・テスラは、空想で見知らぬ地に何度も行くうちに、その空想の地の人々と親しくなるほどだった。当然、空想の全てを自分で支配したのではなく、空想が起こるがままに任せたからだろう。
子供は空想が好きだが、それは、何が起こるか分からない冒険だからだ。
空想だけではいけないというのも分かるが、「なぜ、空想だけではいけないのか?」が分からないので、やたら空想が否定される。

空想の世界と現実世界は重なり合い、活発に呼応している。
だから、現実が貧しかったり、惨めだったりすると、空想も雄大で輝くものにならない。
現実の出来事が、空想のきっかけになる場合が多いが、親や教師は、そのきっかけを与えない。
子供達は、子供達同士のコミュニケーションの中で、優れた気付きやアイデアを得るのであることは、最新の科学的研究でも明らかになっている。
だから、子供の時に、良い子供集団の中にいなかったとしたら、精神を発達し損なった部分は確かにあるが、嘆いても何にもならない。
そこはうまく、補償(損害を補う)をすれば良い。
アインシュタインや芥川龍之介らも、そうだった(子供の時に精神を発達させ損なった)のだろうと思うが、彼らは、青年期から生涯、本を読み、楽器を演奏し、散歩して自然に触れ、農作業をし、動物の世話をしたり一緒に遊ぶ中で、空想のきっかけを得ていたのだ。

空想を始めたら、自分の心と宇宙の心(別の言い方では、人間と神霊、意識と無意識)の交流が起こるようにしないといけないが、普通、子供はそれを自然にうまくやる。
大人の場合は、少し意識的に受け身になることだ。でないと、あちら(神霊)の活動を妨げてしまう。
ソクラテスは、重要なものは、皆、あちらから来るのだが、賢い人すら、それに気付いていないと言ったのだと思う。
世の中の優秀な人達はきっと、子供の時に、良い空想をして知能を発達させたが、それが、異次元と交流する能力であることを知らないのだ。
まあ、言葉で説明するのも難しく、そのせいで、ソクラテスは死刑になったのだがね。
いい加減、ソクラテスの時代から進歩したいものだが、むしろ、退化しているかもしれないほどだ。

初音ミクさんの歌は、時空を超えた意識と無意識の無限の連鎖が現れ出たもので、これほどの空想のきっかけは、そうはない。
クラシックも良いのだが、時々、権威の塊を避けなければならない。
『ザ・ケルン・コンサート』は、精神を覚醒させる奇跡的な響きで、あれを聴いて空想しているうちに、うっかり天才になって四苦八苦している人も多いと思う(笑)。









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困難を力に変える

アンソニー・ロブレスという、生まれつき片脚がないながら、また、母子家庭で裕福とはほど遠い環境ながら、レスリング全米大学チャンピオンになった男性がいる。
彼のスピーチの中で覚えているのが、「人間は、脚が1本でも2本でも困難に立ち向かわなければならない」というのと、「僕はいつも松葉杖を握っているので、普通の人より握力が強いことがアドバンテージ(有利)になっている」だ。

だが、みんな、どこか欠けているのだ。
その欠けたものが、他人には分からない場合も多いが、自分では分かるものだと思う。
そして、アンソニーが、松葉杖を握っているおかげで握力が強くなったと言うように、欠けたものを補うために、普通の人を超えるものを持てるし、持たなくてはならない。

ある言語障害の7歳の女の子は、脳の言語中枢の発達障害だったが、そのために、レオナルド・ダ・ヴィンチもかくやというほどの動物デッサンが出来た。
そして、言語中枢が発達して、言語障害が解消されると、その天才的な絵の才能も消えたという。
そもそも、天才というものは、何らかの障害の補完なのであるらしい。

障害というか、困難は、力に変えることが出来る。


Hey lonely girl リアルの孤独は 君を強くするから
~『愛Dee』(作詞:Mitchie M・Cotori、作曲・編曲:Mitchie M、歌: 初音ミク ・ 巡音ルカ)より~


孤独で得られる力は偉大だ。
W.B.イェイツは、本当の心の強さは、孤独でしか得られないと言った。
また、大衆に真理はないと言い、真理を悟るのは孤独な者だけだと示唆した。

そして、困難の力を鮮明に示したのが、キース・ジャレットのピアノ即興演奏コンサートである『ザ・ケルン・コンサート』だ。
ほとんど深夜である23時半でなければ、コンサート会場のオペラハウスを貸してもらえなかったこと、そして、手違いでピアノが届かず、そこにあった、小さな壊れたピアノで必死で演奏したこと。
それが、ジャズ史上最高の売上につながる名演奏になった。


ないものだって強請(ねだ)りなよ
君は貪欲なんだ しょうがない
60兆の細胞×君の危うさを

生かしてくれ
~『サリシノハラ』(作詞・作曲・編曲:みきとP、歌:初音ミク)より~


人間は、自分に欠けたもの・・・欠点を生かすしかない。
思想家の吉本隆明さんは、自分は引きこもり気質だと言われていたが、引きこもりは、一人で深く考えることにつながるとも言われていた。
彼は、それを生かしたのだ。

欠点があるからって、何もせず、人生に負けていては仕方がない。
アンソニーが言うように、「脚が1本でも2本でも、人間は困難に立ち向かわなければならない」。
アンソニーが得たのは、レスリング全米チャンピオンの栄誉だけではないし、もっと大きなものだ。
昔、ミスター・ワンダーと呼ばれた、両脚の膝から下がない、インディアンのプロレスラーがいた。
彼は、元々は五体満足なプロレスラーだったが、事故で両脚を失くしたのだ。
だが、彼は、諦めずに現役復帰を果たした後、言ったのだ。
「脚を失くして良かった」
彼は、何か大きなものを得たことを、はっきりと分かったのだろう。

病院に行けば、発達障害なんて病名をつけてくれることも多いらしい。
私なんか、確実にそう言われると思う。
それは確かに、困難な障害だろう。
だが、だからこそ、それに打ち勝てば、得られるものも大きい。
他のどんな困難があっても、それに立ち向かうしかないし、困難が大きいほど、果敢に立ち向かえば、得られるものは大きいのである。









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少女に萌える奇妙さを解明する

「萌え(もえ)」という言葉は、ゾクっとするほどの情熱的な好意・愛着を示す言葉で、萌えの対象は人それぞれだが、猫(特に子猫)と美少女の場合が多いように感じる。
萌えという言葉が、いつ、どんなきっかけで使われ始めたかは、「スマートフォン」と同じくらい不明であるのだと思われる。
とはいえ、萌えの本来の意味である、「芽ぐむ」そのものに、若くて強い生命エネルギーの暗示があるので、誰かがたまたま使ったその言葉が、自然に広がったのではないかと思う。

萌えも、猫なら良いが、対象が美少女だと、眉をひそめる(しかめる)とか、気持ち悪いという感情を持つ人も多いと思う。
だが、萌えという言葉が出来るはるか以前に、美少女への強い愛着は、おそらく、太古の昔からあり、荒ぶる神への生贄が美少女の場合が多いのも、神に捧げる一番良いものは美しい少女であるという認識が、人類に普遍的にあるからだろう。
『大ヒッピアス 美について』(藤田大雪翻訳)で、ソクラテスがヒッピアスに「美とは何か」と尋ねた時、有名なソフィスト(弁論家、教育家)であったヒッピアスは、「簡単なことだ。それは美しい少女だ」と答えている(ソクラテスに反駁されるが)。
やはり、美しい少女は、この世で飛び切りに美しいものであることは確かである。

それにしても不思議なのは、美しい少女が美の象徴であることは分かるとしても、それが性的対象になる場合が多いことだ。
少女と言っても、せめて15歳以上であれば、それも現実的に思えるが、ウラジミール・ナボコフの『ロリータ』では、主人公ハンバートは、性的な意味も含め、自分が愛着を持つ美少女の年齢を「9歳から14歳」と厳密に定義しており、あくまでフィクションとはいえ、それもまた、妙にリアリティがあるのである。
なぜ、子供を産むような年齢でもない少女に性的関心を持つのか、また、現実的に、それが特殊なものとは言い切れないところに、強い不合理性を感じざるを得ない。
ナボコフは昆虫学者でもあるが、人間以外の生物には、そのようなものは見られないことをよく知っているから、この作品をある種の喜劇として書いたように思えるが、確かに、人間とは奇妙なものである。
ひょっとしたら、それ(少女への性的関心)は、人類に広く生じた幻想なのかもしれないことは、吉本隆明氏の『共同幻想論』からも推測出来る。
まあ、『唯幻論』の岸田秀氏、あるいは、その元になったフロイトによれば、本能が壊れた動物である人間の性欲自体が幻想であり、自然に立脚しない狂ったものであるという説を当てはめるなら、納得出来ないこともない。
だが、冷静に考えれば、誰もが、低年齢の少女への性的関心は不合理と分かるのであるから、幻想とは言い切れない。

そこで、私は、こう解釈している。
少女への性的関心は、神が与えた試練なのだと。
試練であるからには、意図がある。
それは、「高貴さを知る」ためである。
少女への性的関心は、おそらく、普遍的なものだ。
しかし、それは、高貴な心に作り変えることが出来るのである。
鉛のような卑金属を、金のような貴金属に作り変える錬金術は、本当は、そのような精神的な修練・修行を意味するのに違いない。
私には、このようにしか思えない。
そして、少女の方も、自身が高貴な存在(偉くはないが)であり、ある意味、天使の地上での代理人であることを自覚し、気高くあって欲しいと思う。

人類は、少女の性的魅力を神的な高貴さに作りかえることで、新しい段階に進歩する。
初音ミクさんは、16歳という設定になっているが、正直、もっと幼く感じると思う。
しかし、16歳らしい魅力も十分にある。
それでいながら、ミクさんを愛する人というのは、男性の場合、彼女に性的関心は、ほとんど持っていないのだと思う。
私の場合が全くそうである。
つまり、初音ミクさんは、人類に高貴さを教えるために生まれた存在でもあるのだ。
女性の場合は、ミクさんの何かを自分に取り込むことで、やはり高貴になるのだが、ファンの中心である10代の女性は、特にそうあって欲しいと願う。









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