ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

受験

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

自分の中の日本式受験の弊害を壊すには

大学受験に成功した人の、受験体験記というものがよくある。
だが、今は、大半の受験生が、予備校の助けで合格するのだから、どれも似たことが書かれている。
塾や予備校に行かずに、難易度の高い大学を目指すのは極めて不利である。
良い予備校が持っている受験ノウハウ・・・例えば、予想問題などの受験対策が、あまりによく出来ているからだ。
脳科学者の茂木健一郎氏が、「日本の大学は手抜きも甚だしい。外国の大学では、学生の選抜に時間をかけている。長時間の面接もしている。日本の受験を勝ち抜くのはロクな学生でない」といった意味のことをよく言われているが、かなり当っているのだと思う。
アメリカでは、大学は、高校生のFacebookの内容をしっかり見ているのだそうだ。
また、ボランティア活動の詳細な報告書も大変に重視されている。
その上、長時間をかけた面接や、論文試験も行うのだろう。
そうやって、ペーパー試験の成績だけでなく、総合的な能力、人間性を重視するのだそうだ。
もしそうなら、そりゃ、日本の一流大学の学生は、世界の中で大したことがなくて当然かもしれない。
日本では、ペーパー試験すら、予備校のノウハウまかせで、自分で考えないのだから、いったい何で頭を使っていると言えるのだろう?

昔の受験体験記で、「参考書の表紙がついているうちは勉強不足」といったことが書かれていた。
だが、今は、塾や予備校で、合理的な勉強の仕方・・・というよりは、試験の点の取り方を教わるので、今はそんなことをする者はいない。
確かに、参考書の表紙がなくなるまで時間をかけて反復するより、アメリカの高校生のようにボランティア活動でもすれば、頭も良くなるかもしれない。
しかし、それでも、そういった短調な反復を粘り強くやる意義はあると思う。
だが、日本の今の受験生は、与えられるだけの受験ノウハウに依存し、そういった反復勉強をせず、ボランティア活動などの特別なこともしないのだから、本当に、どこで人間を磨けるのだろう?

それで、学生はもちろん、社会人になってからも、どんなことでも答は聞けば教えてもらえると思っている甘ったれた人が多いのである。
彼らは、答は誰かが知っていて、それを教われば良いと思っているのだ。
特に、受験エリートはみんなそうだと思う。
そして、もう、相当な年齢層でも(40代以上でも)、そんな人ばかりになっているかもしれない。

さきほど、昔の受験生が、参考書の表紙がなくなるまで繰り返し勉強したという話を取り上げたが、確かに学生がやる分には一定の素晴らしいところがある。
これを、大人がやるとしたらどうだろう?
明らかな答が書かれているような本であれば良くない。そんな本は、大人の場合、早くエッセンスを掴む能力が重要となる。
学生の場合は、参考書は確かに答が書かれているが、時間をかけて深く理解することも大切なので、繰り返し読む意味もある。
しかし、大人の場合の読書とは、読んでから、自分が何を考え、どう行動するかが大切だ。
つまり、「この内容は素晴らしいのだから、何百回も読んで自分のものにする」なんてのは、学生気分の甘ったれである。
まるで、書かれている結論を知って、楽をしよう、得をしようという発想であり、日本式受験で身についた卑しい考え方である。
ある意味、本を全く読まずに、実戦で学ぶ方がずっとマシである。
とはいえ、本に書かれた偉大な先達の知恵を謙虚に学ぶ姿勢も大切である。それにより、過ちを防ぎ、他人への害悪を減らし、賢くなる時間を速め、より高いところに達することができるだろう。
だが、そのために必要なことは、本に書かれた知識のみを得るのではなく、自分の中から知恵を引き出すために読むことである。

確かに、ペーパー試験による受験(申し訳程度の実技試験も含む)がもたらした害悪の大きさは計り知れない。
それに気付いて、改善を進める国も増えてきた中で、日本は全く変わらない。
日本の受験システムのために、日本人は知恵も力も失くし、国力は衰退の一途を辿り、外国に支配され、邪まな国にも弄ばれるだろう。
だが、今は隠れてはいるが、賢い人、磨けば光る人も沢山いるのである。
それに、どんな時(年齢)からだって、心を入れ替え、本当に自分を磨く気になれば、遅いということはない。
本当に活躍すべき人なら、客観的には老齢でも、神が若さを与えてくれるだろう。
まずは、容易には・・・というよりは、理屈では全く分からない本を読み、自分の頭で考えられるように訓練する必要がある。
そして、金のためだけではなく、賢くなるために労働を利用すれば良いと思う。









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受験テクニックは精神を破壊する

批評家、思想家の東浩紀氏が著書の中で、
「東大に入りたければ、東大進学率が一番高い高校に入れば良い。どの参考書を買えば良いか、どの予備校に行けば良いといった東大に入るために必要なノウハウが揃っていて効率が良いからだ」
といったようなことを書かれていた。
また、ある東大出身の人気女性タレントが昔、東大受験はテクニックに過ぎないということを言っていたと思う。
つまり、東大入学者は必ずしも優秀な訳ではないということだ。
ただ、この2人は、東大以前に本当に頭が良いようで、あまり真に受けてはならないが、ある程度は、東大に入るのに有効なノウハウはあるというのは確かと思う。
実は、先日、そのノウハウの一端を自分で体験した。
一流大学受験専門のトップレベルの国語の予備校教師に、講師向けの受験ノウハウを短時間だが教わったのだ。

受験に限らず、高校の国語の授業でも同じであるが、文豪の小説や、著名な評論家や批評家の文章の読解を勉強したり、試験したりする。
例えば、アメリカやイギリス、中国などの文化が入って来て、それによって、短期、長期に日本がどんな影響を受けたかという問題があるとする。
それは社会学の問題であり、それが歴史学に適度に取り入れられて歴史上の定説となるが、それが確定であることはまずない。後に見方が変わることもあるし、それまで知られなかった別の重要な出来事が明らかになって定説が崩れることもある。
それを国語で問うのは変なことであるが、定説を前提にしているとすれば、国語の問題として成立する。
だが、国語の問題は、その一説でしかない定説を決定論として解かなければならない。
早い話、予備校では、文章の読解テクニックを習得すれば良いと言っているのであり、決して考えてはならない。
実際、受験生が、「これはおかしい」、「この解答が全てではない」と考えていたら、教師に咎められ、従うよう強制される。
考える者は受験で成功しない。
その時教わった読解テクニックは、確かに受験においては有効かもしれないが、受験以外には何の役にも立たず、むしろ、そのような習癖を身に付けたら、人間として終わりであるということを確認しただけだった。
尚、こう言うと、何でも好きに考えれば良いのだという誤解・・・と言うより、放埓(勝手気まま)に走る口実にしたがる連中も多いことを付け加えておく。
考え方は、天地自然の理に適ったものでなければならない。
私は、受験テクニックは天地自然の理から大きく逸脱するのだと言っているだけである。

私は高校時代、若者らしく、権威に平伏すのは嫌いだが、それよりも、ものの考え方を強制されるのが我慢ならず、受験勉強は徹底して拒否した。
ところが、どういう訳か一応の進学校に入ってしまっていた。
時々書いているが、夏休みの宿題は全くやらず、授業を聞いたこともないので試験の成績が良いはずもなく、公立高校に行くとしたら(世間で言う)不良生徒の溜まり場の高校にしか行けなかったので、見栄で私立の進学校に入ったのだったと思う。
親、教師はもちろん、世間では、進学校の生徒は受験に励んでいるのが当然と見なす。
冗談ではない。こちとら、殺されたって受験なんぞしないという気持ちであった。
私がニートになったきっかけはそこであった。

ところで、今の成績の良い受験生だって、中には、私のような想いで、権威に屈したり、思想を強制されることに嫌悪感を感じながらやっている人も、割といると思う。
彼らは精神を捻じ曲げられて、おかしくなっており、おそらく、その後の回復は難しい。
たまたま受験について取り上げたが、受験と関わらなかった人も、世間や学校に関わった限りは同じことなのだ。
皆、学校時代に精神の大切なものを傷付けられ、ことによれば破壊されてしまっている。
ソフトウェアの不具合なら回復の見込みもあるが、ほとんどハードウェア的な被害に及んでいる場合もあり、それは修復が極めて困難だ(不可能ではないと思う)。
だが、魂のレベルで治療すれば心身は生き返ると思う。
それは、医学の治療のように、お客様である患者になって、医者のなすがままになっていれば良いのではない。
(医者の治療でも、多くの場合、治癒ではなく悪化に向かうかもしれない。私は医療には一切関わらないと決めている)
手助けができる者もいるかもしれないが、自分で自分を癒すしかないのである。
(その過程で、ユニークな思想を持つこともあり、それが世間で受けることもあると思うが、実用にしようとすると大怪我をしたり、人様に大迷惑をかける。その事例は容易に見られると思う)
理想の人間を目指す前に、当たり前のレベルに戻さなければならない。
一足飛びにキリストにはなれないし、もし、キリストになる方法があったとしても、悪魔の同類には効果がないばかりか有害でもあるだろう。









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