今の世界の状況にうってつけの、考えるテーマがある。
それは、「もうすぐ世界が終わるなら、何をしたいか?」だ。

ただ、別に私は、もうすぐ世界が終るとは思っていない。
群れるのをやめさえすればね。だが、このまま群れることを続ければ、世界の終りが来ないとも限らない。
だいたい、太古の時代から、人間が群れて何かロクなことをやったことがあるだろうか?
例えば、群れさせることで、以下のような愚かなことばかり行われてきたのである。

ピラミッドの建設など、権力を示すためだけの強制労働。
戦争。
宗教儀式による大衆の洗脳。
国と国など、集団同士が張り合い、自グループの優越性を主張するスポーツ大会。
国民を見張る監視組織(秘密警察等)とそれに対抗するゲリラ組織。
独特の偏見を叩き込む学校
ヒトラーに洗脳されたナチスドイツの血の結束

いかがなものか?
第二次世界大戦中、日本の兵隊を見ていた外国人が、
「日本人は一人一人は親切な素晴らしい人達であるが、集団になると残酷なことも平気でやる」
と述べたという話を覚えているが、これは、個々の日本人の精神性が高いからこそ痛切に感じただけであり、群れると堕落するのは人間共通の性質である。
一方、人々が決して群れることはないが、弱いつながりを持っている時に、平和が訪れるのである。

だが、今の世界は、あまりに多くの人間が群れるようになり、精神性は地に落ちた。
だから、高位の知性の働きで、新型コロナウイルスが発生・拡散し、止む無く苦しい状況を作ることで、人類に間違いを気付かせようとしているのだと思えるのである。
新型コロナウイルスは、群れない限り、さほどの脅威ではないのだから。
しかし、オリンピックに頑なにこだわり、予定通りの開催が不可能となると、延期してでも必ず開催することを諦めず、その日付まで決めるという、何も学ばない者達が大勢いる限り、世界は終る可能性がある。

今なら、後1年で世界が終るなら何をしたいかを考えると、現実感を持って、自分が本当は何をしたいか分かるのである。
人間が群れることをやめない限り、本当に世界は終るが、そこまで人類が愚かだとは思えないので、最後は破滅が回避され、そして、今とは比較にならない平和な世界になる。その時、実際に何をするかを、今、前向きに考えることが出来るはずだ。これを考えることで自分を知ることが出来る。
その結果、もしかしたら、自分に絶望するかもしれないが、絶望すべき人間なら、早く絶望するほど、早く生まれ変わるチャンスを得られるのである。

新しい世界でやるべきことは、群れず、それでいて、人々との弱いが確かな絆を感じながらやることだ。
昔から、君子の交わりは淡いというが、本物の君子とは、高貴な魂を持つ者のことで、人間が群れなくなった時に、それになるのである。
そんな人々が当たり前になる地球は、きっと素晴らしい所だろう。