ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

倶胝

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

一本足打法と一指禅

王貞治さんという、日本のプロ野球でホームランを868本(一軍のレギュラーシーズン)打った人がいる。
彼は、「一本足打法」という、ピッチャーがボールを投げる時から左足一本で立つ(彼は左打者)という独特の打ち方を、デビュー4年目から引退するまで続けた。
ところで、もっと不思議に思われても良いようなものだが、それほど凄い打撃方法であるなら、もっと沢山の人が一本足打法をやっても良さそうなものだが、他に一本足打法で知られる選手は、ほぼ皆無であると思う。
これに関しては、まあ、「難しいから」というのが理由になっているのだと思うが、本当のところを言うと、この打撃方法には、打撃としての合理性がないからで、実際には確実に不利になる打撃方法と言って間違いないと思う。
野球、そして、バッティングが本当に分かっている人なら、一本足打法を選手に薦めたりは絶対にしないと思う。
王さんだって、別に、論理的に効率が良いから、この打撃を続けた訳ではないはずだ。
それでも、王さんんは、この打撃のおかげでホームランをあれだけ打てたことも確かである。

一本足打法の何が良いのかというと、一本足になることで、呼吸が自然に止まることだ。
息を止めるというのではなく、空気の出入りがなくなるのである。
例えば、普通でも、驚いた時や感動した時に息が止まるのと似ている。
正確には、一本足になっても、呼吸が完全に止まっているというより、呼吸が極めて微かになっているのだろう。
呼吸が消えれば、内部に宿る潜在能力が引き出されるのである。
きっと、王さんがスランプだった時というのは、一本足になりながらも、余計な呼吸をしていたのだろう。

禅の公案の話であるが、中国に倶胝(ぐてい)という和尚さん(お寺で一番格上の僧。住職)がいた。
倶胝は、いかなる相談の質問をされても、右手の人差し指を一本立てるだけであった。
倶胝は、この指を一本立てる「一指禅」を、彼の師匠の天竜から教わり、臨終の際には、
「天竜先生に教わった一指禅を一生かかっても使い切れなかった」
と言ったことになっているようだ。
ある時、倶胝の寺の小坊主が、倶胝の真似をして、右手の人差し指を立てたのだが、それを聞いた倶胝は、その小坊主を呼び出し、小坊主の右手の人差し指を切り落とした(あくまで架空の話だ)。
泣き叫んで出て行こうとする小坊主を呼び止めた倶胝は、右手の人差し指をすっと立てた。
その瞬間、小坊主は悟った。

この禅の公案(問題)は、「このお話の意味は?」である。
そして、昔から、偉い先生達が、いろいろな答を述べているが、全部不正解である。
答は、王貞治の一本足打法と同じで、指を一本立てることで、呼吸が消えるである。
小坊主は、倶胝が指を立てるのを見て、頭の中で自分の(既になくなった)指を立て、呼吸が消えたのである。
人の動作を頭の中で真似るのは、脳のミラーニューロンの働きである。
ミラーニューロンは特に手の動きを真似やすいという説もあり、実に科学的な公案である。

人差し指をすっと立てながら、呼吸を荒くすることは、普通出来ない。
人差し指をすっと立てれば、呼吸は消える。
あなたも、知恵や能力が必要な時には、人差し指をすっと立てれば良い。
それが出来ない状況の場合は、頭の中で、人差し指をすっと立てる想像をすれば良い。
よほどの緊張状態にある場合を除き、呼吸は消え、それで万事うまくいく。
もし、強い緊張状態にあるなら、指に精神を集中すれば良い。ただし、集中するのは、あくまで意思であり、指やその他の筋肉に力を入れては、さらに緊張するだけである。王さんですら、それでスランプになったのだ。
まあ、王さんのように注目を集めたり、あれほどの期待や重責を背負う人は滅多にいないので、普段からやっておけば大丈夫だろう。
トランプ大統領の場合は、右手の親指と人差し指で輪を作って少し動かすが、あれも同じなのである。あれがやり易いと思えば真似すれば良いだろう。
私は、『ミクの日感謝祭』のライブ(3つある)で、『StargazeR』を歌う可憐な初音ミクさんが、最初のところと最後のところで、右手の人差し指をすっと立てるのを真似るつもりでやっている。









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トランプの右手

いきなり、天使や仙人のような微かな呼吸をすることが難しくても、まずは、常に穏かな呼吸をすれば良い。
呼吸が乱れていて高度な能力を発揮することは出来ないが、呼吸が穏かなまま馬鹿なことも出来ないのである。
国会答弁を見ていても、安倍総理は、声を大きくすることはあっても呼吸は乱れていない。
一方、前の民進党の代表だった蓮舫氏を始め、野党側の人々の呼吸はことごとに乱れている。
そこが与党と野党の差なのである。
トランプ大統領は、本来、頭に血が昇りやすいタイプだが、主に右手を動かすことで呼吸を整える賢い人である。
彼が右手の親指と人差し指で輪を作り、それを上下に動かす動作は、決して速くなく、意識的に統御され、穏かな呼吸を導いているのだ。

悟りを開いた人のような、1分に1回の呼吸は無理でも、少し呼吸数を減らすことだ。
呼吸数を1割落とすだけでも、あらゆることで目覚しい効果がある。
安静時の人間の大人の平均呼吸数は12回から18回であるらしい。
だから、常にこの回数で過ごせば良く、さらに、呼吸数を1割減らせば、能力も運も3割増になる。
これまで、1分に16回の呼吸をしていた人なら、1割減らして14~15回にすれば良いのである。
しかし、1分に16回の呼吸をする人が、安静時だけでも、3割減の11回にすることは難しくはない。
呼吸数が10回を下回れば、人間を超えるようになってくる。
ただし、いきなり無理をせず、徐々に慣れていかないといけないし、いくら呼吸がゆっくりだと言っても、深く吸い過ぎて過呼吸になってもいけない。
あくまで、自然で、なおかつ、少ない呼吸、穏かな呼吸にすべきである。

『無門関』という禅の本に登場する倶胝(ぐてい)和尚は、何を聞かれても、右手の人差し指を1本立てるだけだったという。
倶胝は、これを師の天竜から受け継いだようだ。
指を1本立てて、いつまでも呼吸を乱すことは出来ず、普通は、すぐに呼吸は穏かになり、それを続ければ、呼吸は微かになる。
指をしっかり立て、それに意識を集中すれば呼吸は止まる。
倶胝が言う通り、この秘法は、一生かかっても使い切れない。









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良寛、老子の光線銃

この世で生きるには武器が要る。
武器という言葉が嫌いだという人は甘いのかもしれない。
確かに、寡黙さや忍耐が最も強いのかもしれないが、聖人でない我々が、それに徹することが出来ようか?
この武器のことを、最近私は、光線銃と言っている。

良寛の光線銃は『荘子』だった。
良寛ですら、光線銃がなければ、この世の苦しみに耐えることが出来なかった。
ご存じのように、良寛は、子供達を集めて一緒に遊ぶのが好きだった。
しかし、昨日までいた女の子が、今日はいないということがよくあった、
貧しさのために身売りさせられたのだ。
良寛は、彼女達にどんな運命が待っているか分からないような世間知らずではない。
良寛は、エネルギーを失い、生命力が低下した。
その時、良寛の中で、『荘子』のエッセンスが動き出し、良寛の心と広大なる無意識をつないだ。
そこで、良寛ははっと悟った。
黙って耐えていたら、良寛は駄目になったかもしれない。
良寛は決して弱い人間ではなかったが、それよりも、良寛は優しい人だったからだ。

倶胝(ぐてい)という僧は、何を尋ねられても、黙って指を1本立てるだけだった。
門下の小坊主が、訪問者に「お前のところの和尚は、どんな教えをするのか?」と問われ、黙って指を1本立てた。
それを聞いた倶胝は、小坊主の指を切り落とした。
泣き叫んで走り去ろうとする小坊主を倶胝が呼び止め、小坊主が振り返ると、倶胝は黙って指を1本立て、小坊主は悟った。
倶胝は、臨終の際、「師の天竜にもらった一指禅を、一生かかっても使い切ることは出来なかった」と言って亡くなった。

この禅語に対し、難しい、訳の分からない解説をする人がいる。
無駄なことだ。
倶胝はただ、「光線銃を持ってないお前が持ってるフリをするな」と言っただけだ。
しかし、ここまでやらないと、光線銃の意義が分からないのだ。
この小坊主は、やがて、倶胝とは違う光線銃を手に入れたことだろう。

史上最高のプロレスラー、ルー・テーズは、その日の試合で苦戦していた。
最大のライバルの1人、ホイッパー・ビリー・ワトソンのタイミングの良い必殺のタックルを喰らって吹っ飛び、ダメージで身体が痺れていた。
さらに、もう一発喰らい、ほとんど戦意も喪失していた。
ワトソンがテーズに近付き、テーズの腕を掴んだ時だ。
テーズの手がゆっくりと伸び、刹那、その手が速く動いた。
ワトソンははっとしたが、もう遅い。
テーズは、ダブル・リスト・ロックでワトソンの左腕を捕えていた。
逃れようとするワトソンだが、テーズは離さない。
テーズはぐいぐい締め上げ、あと1cm、絞り上げれば、ワトソンの腕が折れただろう。
しかし、それは決してしないテーズだった。
テーズは、最後の力を振り絞り、エアプレン・スピンでワトソンを仕留めた。
テーズの光線銃は、このダブル・リスト・ロックだった。
彼が、師のジョージ・トラゴスからこの技を譲られた理由は、レスリングとトラゴスに対するリスペクト(敬意)のためだった。
畏怖とも言うべき敬意を持つ者のみが光線銃を手に入れるのである。

宇宙人の宇宙船には武器は搭載されていない。
だが、宇宙船には、ある種のエネルギーフィールドがあり、攻撃をそのまま相手に跳ね返す。
宇宙船の構造は、人間とほとんど同じだ。
だから、人間は、誰でも、そのようなことが出来る。
こちらが無になってしまえば、攻撃がそのまま敵に返るのだ。
シャーマンの間では、「呪い返し」として知られるものだ。
しかし、宇宙人は、威力を弱くして返す。
いや、本当は返す気もない。
ならばなぜ返すかというと、敵に、自分達を殺す罪を犯させたくないからだ。
だが、いずれかが滅ばねばならないとすれば、自分たちが滅びる方を選ぶのである。

老子の光線銃は、倹約と慈悲と目立たないことだ。
老子は、これを3つの宝と言う。

あなたも、早く光線銃を手に入れ、初音ミクさんの『千本桜』を聴いて、光線銃を撃ちまくるのだ。
光線銃を手に入れたいと熱心に思い、自分より優れた者への敬意を忘れなければ、必ずや手に入れることが出来るだろう。









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人差し指であなたは勝てる

スランプの時というのは、余計な力が入っているのだ。
力を抜けば、本来の力を発揮できる。
さらに力が抜ければ、本当の力を発揮して卓越する。
余計な力がどこに入るかというと、肩である。
ところが、肩から力を抜くのは、案外に難しい。
そこで、武術では、人差し指を使わないように教える。
人差し指から力が抜ければ、肩の力が抜けるのである。
この1つを覚えているだけでも、大抵のことはうまくいく。
中国の倶胝という僧は、誰に何を尋ねられても、ただ人差し指を立ててみせたという。
おそらく、人差し指をぴーんと立てたのではなく、いったん握った人差し指をふわっと伸ばして見せたのだろう。
弟子の小坊主が、倶胝の真似をして指を立てた時、倶胝は、小坊主の指を切り落とした。
そして、倶胝は人差し指を立てて見せた。
小坊主は、いつも、人差し指を、これ見よがしにぴーんと立てていたのだろう。
そこで倶胝は、小坊主に対し、いつものように、人差し指をふわりと伸ばし、違いを見せたのだろう。
それで、小坊主は悟ったのだ。
小坊主の指を切ったというのは、小坊主の指の力を抜いたということだ。

京都の広隆寺霊宝殿の、『弥勒菩薩半跏思惟像(みろくぼさつはんかしいぞう)』の人差し指の立て方は素晴らしい。
レオナルド・ダ・ヴィンチの『洗練者聖ヨハネ』の人差し指の立て方はいまひとつだが、これは、あくまで天を指差しているのである。
昔から、アメリカでは、子供に、人を指差さないよう教える。
その行為が、銃を突きつけることを暗示するからかもしれない。
それと共に、人を指差すほど、人差し指に力を入れてはいけないという、良い教えにもなっている。

あるいは、微笑むと肩の力が抜ける。
陸上の短距離ランナーも、超一流となると、走っている時、ちょっと笑っているものなのだ。
笑顔のもう1つの良さは、額から力が抜けることだ。
気付き難いが、額に力が入っていることが多いのだ。
額に力が入っていると、知恵や超能力が発揮できない。
だから、ヨーガでは、額に意識を集中させる。
『バガヴァッド・ギーター』でも、額への意識集中を教える。
長く額に意識を集めると、額から力が抜けるのである。
あるいは、額に意識を集中し、力が入っていないか確認するのも良い。

人差し指から力を抜き、微笑むことを忘れなければ、それは魔法を使っているも同然である。
それで勝てないはずがない。









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打ち出の小槌と魔法のランプ

アラジンの魔法のランプのお話には、ランプの精の他、指輪の精もいることをご存知かもしれない。
指輪の精は、ランプの精ほどの力はないが、やはり、奇跡の力を持った魔法使いである。
私は、子供の時、この話を本で読んだ時、ランプより指輪が欲しいと思ったものだ。
ランプは持ち運びが大変だが、指輪なら、指にはめておけばよくて便利だ。
このように、力はやや劣るが、気楽で手軽だというものはよくある。

昔、中国の倶胝(ぐてい)というお坊様は、どんな相談をされても指を1本立てるだけだったという話がある。
実際、困った時は、人差し指を立てれば解決する。
肩の力が抜けるからだが、人間は力を抜くことができれば大抵のことはできる。
そこで、一番余分な力が入りやすい肩から力が抜ければそれで良いのだ。
しかし、もっと強い力が必要なら、肛門を締めなければならない。
だが、肛門を締めることは難しい。
肩は、普段は自然に力が抜けているものであり、肩に力が入ることはむしろ不自然で異常な状態だ。
それをただ自然に戻せば良いのである。
それには、人差し指を立てれば良い。
しかし、肛門は元々、ある程度は締まっているのであり、その力をさらに強くするために締めるのだから苦しいところはある。
倶胝は、自分の寺の1人の小坊主が、自分の真似をして人差し指を立てると、その指を切り落とし、泣き喚く小坊主に向かって人差し指を立ててみせた。
すると、小坊主は悟った。
自分は、指を立てることで一生やってきたが、小坊主は自分を超えて大きくならないといけない。
自分は、平安で安楽な一生だった。
しかし、これからの若い人は、肛門を締めて冒険に挑まなければならない。
安楽を捨て、苦難の道を行かねばならない。
便利な指輪の精ではなく、失くさないよう、盗まれないよう気を使わなければならないランプの精が必要になるのである。
常にランプがあるよう注意しないといけない。
いつも肛門が締まっているよう、注意しなければならない。

舌切りりスズメのお話で、おじいさんは小さな箱を選ぶ。
しかし、我々は大きな箱を取らなければならない。
自分の平安のためだけならば小さな箱で良い。
あのおじいさんは、もう年だったので、それで良かった。
だが、我々は、ランプを選ぶように、大きな箱を選ばなければならない。
つまり、常に肛門を締める道を選ばねばならない。
一寸法師の打ち出の小槌も、隠れ蓑とセットの宝で、本来、隠れ蓑があれば・・・つまり、身を隠せば、それで安全で平安な一生を送れる。
しかし、法師が打ち出の小槌で大きくなったように、我々も大きくなって力をつけないといけない。
そのためには、常に肛門を締めていなければならない。









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