ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

伊藤穣一

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

コンパス(磁石)を取り戻す

天才少年と言われたジェイコブ・バーネットは7年ほど前、13歳の時、TEDxTeenで、「Forget what you know(知ってることなんて忘れよう)」というタイトルで講演し、「学ぶことをやめて自分で考えよう」と熱弁を振るった。
ニュートンもアインシュタインも、学ぶことをやめたから成功したと主張する。

これは、伊藤穣一氏が2014年にTEDで講演した『革新的なことをしたいなら「ナウイスト」になろう』と、ほぼ同じことを言いたかったんだろう。
伊藤氏は、「(インターネットで)つながることを意識し、常に学び、今に集中しよう」と言ったのだが、この「学び」は、学校の学びとは違い、バーネットも、根本的には「学校の学び」をやめろと言いたかったのだろう。
これに関しては、「マシュマロ・チャレンジ」という、マシュマロと、(ゆでる前の)スパゲティと、ヒモを使って塔を作ると言うゲームで、幼稚園児がMBAを圧倒する理由を考えれば良い。
子供は、知っていることが少なくても、失敗を恐れず果敢にチャレンジし、失敗から学んで軌道修正するが、MBAのような優等生は、失敗しない方法を初めに考えないと行動しない。
決まりきった世の中の時は、それでも良かったが、今は地図のない未知の世界だ。
しかし、学校では、地図があることを前提に、地図・・・つまり、百科事典のような知識や古い計画の立て方を教え、何もさせない。
英語を教えながら、英語を話す外国人と話す機会を与えない。それで英語が出来るようになるはずがない。
伊藤氏は、「地図よりコンパス(磁石)」と言い、地図がなければ何も出来ない人ではなく、地図がなくても、コンパスをたよりに動ける人でなければならないと言い、極端に言えば「計画といったものは不要」と言う。
必要な知識は、その都度、Wikipediaなどで学べば良いという訳だ。

われらが初音ミクさんのお父さん、伊藤博之氏(クリプトン・フューチャー・メディア社長)がまさに、北海道で「No Maps」という、壮大な創造産業活性化イベントの委員長を務めておられるが、この「No Maps」という言葉に込められたポリシーがまさに、バーネット君や伊藤穣一氏の言うことの核心と一致する。
ただ、地図はなくともコンパスは必要だ。
バーネット君や伊藤穣一氏、あるいは、伊藤博之氏はそれを持っているのだが、彼らのコンパスはみんな違う。
我々の持つべきコンパスも違う。
学校は、生徒のコンパスを機能不能にしてしまう。
バーネット君は、「学ぶのをやめよう」ではなく、「学校をやめよう」と言った方が良かったかもしれない。
ニュートンも、アインシュタインも、バーネット君も、学校を避けたから天才になれたのだし、伊藤穣一氏も、MITメディアラボの所長でMIT教授でありながら、大学は3回中退して卒業はしていない。

「何をやればいいのか分からない」というのは、学校で、「お前は何も出来ない」と叩き込まれたからだ。
それで、本を読むことしか、つまり、地図を調べることしか出来なくなったのだろう。
だが、嘆いていても仕方がない。
心配しなくても、コンパスはちゃんと動く。
使わないと錆は取れないけどね。

世界はいつだって こんがらがってるから
動かなくちゃ ハート錆びついちゃうね
~『愛Dee』(作詞:Mitchie M、Cotori。作曲・編曲:Mitchie M。唄:初音ミク、巡音ルカ)より~








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2次元思考から3次元、そして、4次元思考へ

平面思考をやめて立体思考・空間思考をしなければならないとか、2次元思考から3次元思考に進化しなければならないと言うと、なんだかそう思えるかもしれないが、具体的にどうすれば良いのだろう?
それは割と簡単であるが難しい。
つまり、本当は簡単なのに、愚かな人間の都合で難しくしているのだ。
例えば、会社の組織図なんて、全く平面思考、2次元思考の産物だ。
「この仕事は広報部の管轄だ。技術部が余計な口を出すな」
「我々営業部が食わしてやってるのだから、総務部や経理部はもっとサービスを良くしろ」
「それは部長以上の権限がある者が考えることだ。ヒラは黙ってろ」
もちろん、これらは、空間思考・3次元思考では、部署の垣根を越えて協力し合い、部署、役職など関係なく、良いアイデアを積極的に求める。
そして、さらに、3次元を超えた4次元以上の思考になると、そもそも、部署という概念、役職という概念はなくなる。
もうしばらくしたら、部署とか役職なんてものが存在する・・・少なくとも、固定的に部署や役職がある会社は全部潰れるだろう。

チームラボという会社は、プログラマー、デザイナー、建築家、数学者、アニメーターその他のスペシャリストがチームになり、平等に仕事をするらしい。
そこには、部署とか役職というものはなく、何が出来るかということだけが問題になる。
逆に、一般の会社では、能力より、「どの部署の人間か」「役職は何か」が重要になってしまっている。
そして、MITメディアラボでは、「私は何の専門」ということもない。
ここでは「脱専門性」ということが大切だと考えられている。
バンバンと専門の垣根を飛び越え、ある専門とある専門の間で活動するのである。
普通の研究者は、自分の専門の中で研究し、同じ専門家の中で評価されたがる。その方が偉くなり易い。
MITメディアラボ所長の伊藤穣一氏は、「我々は専門のない、はぐれもの集団」「はみ出せばはみ出すほど良い」と言う。
伊藤氏は、この世界最高のデジタルテクノロジー研究機関のリーダーでありながら大学を出ていない。それが良かったのではないか?
チームラボ社長の猪子寿之氏は、東大工学部卒だが、やはり、「大学なんてさっさとやめておけば良かった。でも、ここで仲間と知り合ったのだから、やっぱり良かった」といったことを言われていたと思う。彼は大学院は中退している。

世界最大規模のネット授業を配信しているカーン・アカデミーのサルマン・カーンは、「教科を無理矢理分けることは愚の骨頂」と言う。
例えば、「確率の基礎が分かれば遺伝にも応用が効くのに、遺伝は生物、確率は数学で教わる」ことで、カーン・アカデミーでは、教科の垣根を超える学習を行える。
また、『バカをつくる学校』では、著者ジョン・テイラー・ガットは、生徒を学年別に分けて教えることの愚かさを指摘している。
そもそも、勉強なんて、上級生が下級生の指導をすれば、教師なんて必要ない。当然ながら、教えることで大切なことを学ぶことが出来る。
教師に役割があるとすれば、それがスムーズに出来るよう調整・配慮することである。

人種差別、宗教戦争、なんとか主義・・・古いにもほどがある。
セクショナリズム(なわばり根性)やエリート意識(偉大なり、私)を持っているのは、人種差別主義であるのと全く同じなのだ。

ぼくらはこの大きな星のなかでずっと踊り続けるんだ
色も言葉も混ざり合って
今ひとつになっていく
~『Blue Star』(作詞・作曲・編曲:八王子P。唄:初音ミク)より~
【初音ミク】Blue Star feat. 初音ミク (MIKU EXPO ver.)【MIKU EXPO 2016】 - YouTube -








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今は既に地図のない世界だ

プログラミングは、才能が無い者には出来ないと言う人がいる。
本当だろうか?
嘘である。
だが、まつもとひろゆき氏(プログラム言語Rubyの開発者)のような権威者ですら、「プログラミングは能力差が極端に出る」「大学の成績とプログラミングの習得率に相関関係はなかった(成績の良い学生でも、プログラミングは駄目という者もいる)」といった話をしている。
また、イギリスのある大学の「ふたこぶらくだ」という有名な論文では、コンピューター学科の学生すら、6割はプログラミングをマスター出来ないという調査結果について述べている。
困ったものである。

そりゃ、従来の学校式の「教育」で教えれば(教われば)、そうなるだろうさ。
だから、2020年から始まるらしい、学校でのプログラミング教育でも、他の学科同様、プログラミングで落ちこぼれる子供は沢山出る。
MITメディアラボ所長の伊藤穣一さんが、2010年のTEDの講演で、「偏見かもしれませんが」と前置きしつつ、「学校は、外で何かをする前に百科事典を覚えさせようとしているように思える」と述べていたが、そんな教育では、まともな子は苦痛なものなのだ。
それが極端に現れるのが、従来のピアノ教室だ。
もし、皆がピアノ教室に通うとしたら、それでピアノをマスター出来る子は、ごく僅かだろう。
もちろん、ピアニストになれる子は滅多にいないが、来客をもてなす程度の腕なら、誰でも持てるはずだ。
しかし、ピアノ教室の、まず指使いを徹底マスターさせられる指導では、皆、やる気をなくしてしまうのだ。
練習曲に進んだら進んだで、教師側の基準で粗探しばかりされ、すっかり嫌になる。
そんなピアノ教育で、すっかりピアノが嫌いになったが、何かのきっかけで独学でピアノを練習して演奏家にまでなれた人だっている。
あるいは、ピアノを習ったことがない独学のピアニストもいる。
アインシュタインはヴァイオリンだったが、やはり教師の指導が嫌でレッスンをやめたが、後で1人で練習して、かなり弾けるようになっている。
プログラミングや、それに、外国語も同じで、学校でやるように、まず文法を頭に詰め込むような教育では、私だってプログラミングを出来るようにならなかったはずである。

もう学校教育は必要がない。
実際、IQが高ければ、学校の勉強は、努力をしなくても楽々良い成績を取れる。
それで学歴を作れば、これまでの社会では良い思いが出来た。
しかし、その時代はもう終わりだ。
企業の幹部教育は、受験エリートのためのもので、実力がない者を立派に見えるように見せかけるテクニックを教えるものなのである。
あなたの会社にもいるでしょ?
何も出来ないのに、ビビらせるのは上手いってのが。それが幹部教育の成果なのである。
もう、これからの時代、通用しないが。
学校も、大手学習塾・予備校も、絶対にもう要らない。
むしろ小さな塾でも、自律的、創造的な学びをさせてもらえるところは、学校に取って代わるほど重要になるだろう。
なぜか?
だいぶ以前から「不確実性の時代」とか言われたが、これまでは、古い人達が無理矢理、不確実性を消して、先が見える世界にしてきた。
しかし、それがもう限界に来てしまった。
これからは、全く先が見えない、正解のない世界だ。
そんな中では、その瞬間に自律的に学び、自分の基準で動く人間でないと何も出来ない。その自分の基準は、教育で与えられるものではなく、感性を働かせながら経験を積んで得るものだ。

プログラミングをうまくマスター出来る者というのは、文法はそこそこでも、とにかく早くプログラムを作り始める者だ。
外国語をマスター出来る者というのは、カタコトの外国語を、とにかく使ってみる者だ。
私も、プログラム言語の少しのコマンドと文法を覚えただけで、すぐに短いプログラムを作った。その時、私はパソコンを持っていなかったが、それでも、自分で作ることに意味があった。
それから、私は、今は知っている人は少ないと思うが、ポケコンという、1行だけのモノクロ液晶がついた小さなコンピューターでプログラムを動かした。
今は、スマートフォンでも出来るが、やはり、パソコンを持つべきと思う。
VisualStudioやEclipseのような開発システムは、インストールだけでも大変だが、もっと簡単にプログラミングを始められる無料ツールだって沢山ある(自分で調べよ)。
特にサラリーマンの場合、Excelがあれば、すぐにVBAが始められ、しかも、すぐに仕事に役立つ。
JavaScriptなら、ブラウザさえあれば始められる。
JavaScriptは有望な良い言語だ。

学校、大手学習塾・予備校の優等生は、もういらない世界になった。
今は自分で学ぶ時代で、上に挙げた伊藤穣一さんが言うように「地図よりコンパス」つまり、「地図がないと動けない人ではなく、コンパス(磁石)をたよりに動ける人」が必要なのである。
そういえば、我らが初音ミクさんのお父さん、伊藤博之さんは、北海道で「No Maps」という、クリエイターや事業家のために創造の場を作る大規模なイベントの実行委員長をしておられる。
我々は、非線形の、地図のない、混沌とした、わけわかんない世界にいるのである。
そんな世界に、学校、大手塾は何の役にも立たないばかりか、そんなものに関わると、偽物の地図を持ってウロウロする馬鹿な人間になるしかない。









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最大の罪を犯すな

デジタル・ネイティブと言われる若い世代は、1日中スマホをいじり、LINEで連絡を取り合い、Instagramで写真を公開し、YouTubeの動画を楽しみ、映像配信を行っているが、そんな彼らが「ITに強い」なんてことはほとんど全くない。
MITメディアラボのミッチェル・レズニック教授は、2012年のTED講演で、彼らは、単に新しいテクノロジーに慣れているだけと言っていたが、そんな新しいテクノロジーや、それらを使ったサービスは、「馬鹿でも使えるくらい易しい」のだから、使えること自体は、全く大したことがないのは、彼らのLINEやインスタの中身の無さを見ても分かることだ。
それに、別に、デジタル・ネイティブ世代でなくても、おじさん・おばさん世代も、やれば全く同じように出来ることが分かってきて、やっぱり、ITに強いことと、新しいデジタル機器を使えることとは何の関係もないことははっきりしている。
宮崎駿監督も以前、iPadを使う若者を見て、「紙と鉛筆使う俺の方がずっとクリエイティブだ」と言い、単にiPadを使わされているだけの若者の指の動きは、マスターベーションみたいで気持ち悪いと言われていたように思うが、まあ、それはそうだろう。

では、クリエイティブ(創造的)とは、どういうことだろう?
それは、自律しており、ある意味、自分勝手に何かをすることだ。
そして、インターネットなどのITテクノロジのおかげで、事業を立ち上げるコストはほとんどゼロになってるのだから、クリエイティブでなければならない。
GoogleもFacebookも、学生が、誰の許可も得ずに勝手に始めたものだ。
とはいえ、いつの時代だって、人類を前に進めたものは、誰の許可も取らずに(権威に従わず)、勝手にやったものだけだった。
まあ、「自分勝手」といった時、単に放埓(身勝手)なのと、革新的であることの違いは、明確でありながら混同され易いし、また、権威はそれらを無理矢理混同させ、革新的な行動を身勝手としたがるのは、いちいち説明するまでもないが、クリエイティブなことをやろうとすると、権威にすがって保身を計る者(決して老人だけでなく、若い世代の多くもそうだ)には非難される。
だから、岡本太郎は、「馬鹿にされていい。いや、馬鹿にされないといけない。馬鹿にされないものが大したものであるはずがない」と言ったが、クリエイティブであることには覚悟もいるってことだろう。

上に挙げたレズニック教授によると、だから創造的であるためにはプログラミングをやりましょうということなのだが、プログラミングをやることは良いことではあるが、「創造性にはプログラミング」などと言ったらややこしいのだ。
プログラミングは、創造的であることの助けにはなるが、プログラミングと創造性そのものには何の関係もない。
プログラミングがなかった時代にも創造性は当然あったのだし、プログラミングは出来ないが創造的な人間も沢山いる。スティーブ・ジョブズだって、実はプログラミングは出来なかった。
それよりも、MITメディアラボの伊藤穣一さんが2010年のTED講演で言ったことの方が重要である。
今は、インターネットにより、必要なものは無料で全部揃う。仲間はすぐに見つかるし、知りたいことはすぐに調べられる。
だから、「つながることに力を注ぎ、常に学び、アンテナを高くして今に集中する」ことが大切だと伊藤穣一さんは言われたのだと思うが、まあ、好きなことを力いっぱいやりなさいってことだ。
ただ、初音ミクさんの偉大なるお父さん、伊藤博之さんが講演で言われていたが、「好きなことをするシステムは自分で作らないといけない」、つまり、誰もあんたのためにやりたいことが出来る環境は作ってくれないので、そこらは自分でやんないといけないということだろう。
子供だって、親に与えられた、いろんなことをやる環境の中でやっているだけでは才能は発揮されない。
創造的な子供は、やっぱり、身勝手で変わっているものである。
それは大人も同じで、周囲とちゃらちゃらやっているだけの者は、人生を無駄使いしている。
映画『パピヨン』で、パピヨンが悟ったことは、人生を無駄使いすることが最大の罪だということだ。

Don't Give Up 誓う夢に賭ける
届かないなんて言われても
みんな自分勝手でしょ
~『アイドルを咲かせ』(作詞・作曲・編曲:Mitchie M、歌:初音ミク)より~









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本音で本当に好きなものが我々を生き延びさせる

おそらく、いかなる成功法則の本や自己開発プログラムも、希望は与えてくれても、成功させてはくれないだろう。
まあ、絶望的な状況では希望は大切であるのだけれど。
しかし、本当に成功する方法というのは、すごく単純なのだ。
日本が誇る世界の頭脳、伊藤穣一さん(MITメディアラボ所長。MIT教授)が2011年のTED講演で、「世界はものすごく複雑になったが、やるべきことは単純」と言われたように。
ちなみにそれは、「(インターネットで)つながる」「常に学ぶ」「今に集中する」だった。

だが、もっと単純なことがある。
空手の達人、大山倍達さんは、尋ねられて、喧嘩必勝の秘訣を、「命を先に捨てた方が勝つ」と言われたらしい。素晴らしい言葉ではあるが、やはり分かり難い。
しかし、実力派プロレスラーだったマサ斎藤さんは、「相手を本気でぶっ殺してやると思うことが出来たら、どんなやつが相手でも、まず負けない」といったようなことを言われていたが、これなら、凡人にもよく分かると思う。
要は、どれだけ燃えるか・・・命を注ぎ込めるかである。
大山さんのやり方は、誰でも出来る訳ではないが、マサ斎藤さんの方は、状況さえあれば誰でも出来るだろう。

人間が神秘な力を発揮する要因は、所詮は強い欲望(デザイアー)である。
私の好きな話に、名コックの想い出がある。
彼が、戦争中、シベリアで捕虜になっていた時、彼をコックと知っているロシア兵が夜中に、瀕死の状態にある日本人兵のところに彼を連れて行き、「朝までもたないから、最後に何か食べさせてやってくれ」と言う。
そこで、その日本人兵に「何が食べたいか?」と聞くと、「パイナップル」と言われたが、そんなものがあるはずがない。
だが、リンゴがあったので、砂糖とフライパンでリンゴをパイナップルのように料理し、その日本人兵に食べさせ、そして、もう二度と会うことはないと思って去った。
ところが、しばらくしたら、収容所内を元気に歩く、あの瀕死だった日本人兵に会って驚く。
彼は言った。
「あんな美味いものが食えるなら、もう一度生きてみようと思ったのだ」
昨年の、初音ミクさんのライブ「マジカルミライ2017」の最終公演のその最後、「マジカルミライ2018」の開催が決定したことが伝えられたが、その後、ネットで「これで来年まで生きていられる」という言葉を見たが、これは私の本当の気持ちでもあった。
岡本太郎さんだって、「祭は1年分のエネルギー供給行事」のようなことを書かれている。

そして、昨日、書店で立ち読みした『誰でも勝てる! 完全「ケンカ」マニュアル』という、外道な本かもしれないが、これに究極の成功法則が書かれているのを見た。
詳しいところまで見ていないが、だいたいでこうだ。
ある男は、戦争中だったと思うが、何度も船から海に投げ出された。
何かにしがみついて海を漂うのだが、死ぬ者は必ず1日目で死ぬのだそうだ。
その、常に生き残った男は、どうやって生き抜いたのか?
それは、陸に戻って大好きな酒を飲むことをひたすら考えたのだそうだ。
これこそ、ナポレオン・ヒルやポール・マイヤーも裸足で逃げ出す最強の成功法と思う。
本音で本当に好きなものが一番である。









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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・ソフトウェア開発技術者
・サイコパス
・初音ミクさんを愛す


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