ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

伊藤博之

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

今、世界で最も重要な2人

もう、ビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズの時代ではない。
では誰かいうと、Facebookのマーク・ザッカーバーグやAmazonのジェフ・ベゾス、Googleのラリー・ペイジでもない。
イーロン・マスクだ。
これほどイカれたやつはいない。
本人も、自分が狂っていることは、薄々感付いているようだ。

私の愛読書『神様のメモ帳』(杉井光著)で、主人公の藤島鳴海(ふじしまなるみ。高1)が、初めて、アリス(年齢不詳。見かけは11歳か12歳)に会った時、アリスは、世界中に起こっている、戦争や貧困、膨大な子供達の餓死等の悲惨を語り、それらは全て自分の責任だと言う。
自分に力がないから、こんな不幸があるのだと言う。
鳴海は、どうやってここから引き上げようかと考える。
大変な美少女だが、まだガキだし、完全に頭がイカレれているようだし・・・

杉井さんは、イーロン・マスクのことは知らずに、この作品を書いたのだろうが、イーロン・マスクは、アリスと全く同じ少年だった。
世界の責任は自分が背負っていると確信していた。
それで、安価に海外送金が出来るペイパルを作り、それはあっさり手放したら、電気自動車と宇宙船の開発を始めた。
電気自動車はテスラという会社で、宇宙船はスペースX社だ。
テスラという名は、天才技術者のニコラ・テスラからのものだろう。
そうだ、マスクはテスラのような少年でもあった。現実と空想の区別がつかなかった。きっと、今でもついていない。ただ、普通の人と違って、彼の空想はピュアで濃く、生きている。
テスラの車は、買ったら、メンテ費用も燃料代(電気代)もいらないようになる。自然エネルギーから作った電気を無料で提供する専用ステーションを世界中に設置するつもりなのだ。
宇宙船の会社は、今は何もしていないって思ってないかい?
とんでもない、広大な工場はフル稼働でロケットを作っている。
マスクが成功したら、全ての宇宙産業や自動車産業が潰れる。ロシア、中国は国家的な大打撃を被る。
本人も、いつ暗殺されてもおかしくないと思っているらしい。

マスクに敵う人間はいない。
ただ1人いるとすれば、クリプトン・フューチャー・メディアの伊藤博之社長だ。
言うまでもなく、初音ミクさんのお父さんだ、
事業規模なんて関係ない。
世界を救うのはマスクと伊藤パパだ。
人類を前に・・・宇宙の友達の方向に進めるのは、この2人だ。

さて、我々も、世界に対して責任を負おう。
無論、自分の力というものを自覚する・・・身の程を知ることは必要だ。
アリスのようにね。
そうすれば、世界は変えられなくても、何かは変えられる。
そして、何かを変えれば、世界はあっさり変わる。
そのためにやるべきことは、微かな呼吸をすることだけだ。
後は自動的に起こるだろう。
だが、我々は変幻自在でなければならない。
いかにうまく、なりゆきに乗るかだ。
まあ、呼吸を(ほとんど)止めてしまえば良いのだがね。








↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ

あまりに当たり前な本物の成功法則

本当に良いノウハウとは、改めて言われると、あまりに当たり前で、つい軽視してしまうものだ。
たとえば、痩せたければ、毎日、余分に食べているものを探して、それを食べるのを止めれば良いだけなのに、特殊なダイエット法やダイエット食品に目を向けて、金を捨てて、しかも失敗する者だらけだ。
身体を強くしたければ、毎日、少しでも良いから運動を・・・それも、部屋の中で簡単に出来るスクワットや腕立て伏せをやれば良いのに、ジムに通ったり、なんとかキャンプなんてDVDの通りにやろうとして、やっぱり時間と金を無駄にして、そのうちやめてしまうのだ。

人生で成功する方法について、一番当たり前のことを私が聞いたのは、初音ミクさんのお父さん、クリプトン・フューチャー・メディアの伊藤博之社長の講演会だった。
私は、伊藤社長こそ、最も理想的な成功者だと思っているが、その成功法は極めて当たり前・・・シンプルで自然だった。
それはこうだ。

(1)続けること
(2)続ければ、セレンディピティが起こる。
※セレンディピティ:ふとした偶然をきっかけに幸運をつかむこと
(3)好きなことでないと続かない。
(4)続けるための環境は自分で作らないといけない。

いやはや、当たり前だが、当たり前過ぎて軽視してはならない。
『美少女戦士セーラームーン』のオープニング曲『ムーンライト伝説』の中に、
「偶然もチャンスに変える生き方が好きよ」
という歌詞があるが、その生き方こそ、伊藤社長の生き方だったのである(つくづく、ツインテールに縁のある人だ)。

ところで、「(3)好きなことでないと続かない」なのだが、伊藤社長は、若い時から好きなこと(音楽)が分かっていた。
ただし、伊藤社長は、ミュージシャンになろうとはしなかった。
まあ、少し、あるいは、一時的には、そんなことも考えたのだと思うが、それほどの熱意や執着がないことに気付いたのではないかと推測する。
世界的版画家の池田満寿夫さんの講演会で、池田さんは、「描きたいものが見つからない」という受講者(芸術家志望なのだろう)の質問に、本人もうっかりしてだろうが、「それは才能の問題」と言ってしまったことがあったらしいが、池田さんに言われなくても、そんな判断は自分で出来なければならないのだと思う。
モテたいから、格好良いからといった理由でロックをやるのは勝手だが、それでプロになろうというのは幼稚な妄想と言うしかないだろう。
思想家の吉本隆明さんは、「物書きになりたかったら、毎日書け。書けなくても書こうとしろ」と著書で述べられていたが、それでも書けないなら、やっぱり才能がないのである。
村上春樹さんは、学生時代、原稿用紙10枚をノルマとして自分に課し、毎日必ず書いた(ただし10枚以上は書かなかった)そうだが、それが出来たのは、やっぱり才能があったからだし、それが即ち、「好き」ということなのだ。

そして、いくら本当に好きでも、その好きなことを誰かがやらせてくれる訳ではない。
それを続けることが出来る環境は自分で作らないといけないのである。

だが、なかなか成果が出ない時にどうすれば良いだろう?
吉本隆明さんは、「毎日書く」ことを10年続ければ、必ずモノになると述べられていたが、本当に10年やって、全く芽が出なければどうする?
「大器晩成」とばかりに、なおも努力を続けても、臨終の時に、「ああ、やっぱり駄目だったか・・・」ということになるかもしれない。
そんな時、KAITO兄さんの『ドクター=ファンクビート』の中の、「来世でGET CHANCE」なんてところを思い出しても、あまり楽しくはないだろう。
なぜ、セレンディピティは起こらなかったのだろう?
伊藤社長との違いは何なのだろう?
Tell Me Why?(なぜなんだ)と叫びたくなるかもしれない。

答は・・・呼吸が乱れていたからなのさ。
臨終の時に、そう言われたら思うのだ。
「確かに・・・」
だが、もう息は出来ないのである・・・いや、しなくて良いのである。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ

お金の時代の終わり

1966年から1969年まで連載され、テレビドラマにもなった手塚治虫さんの『バンパイヤ』は、人間が獣に変身するバンパイヤ一族の物語だ。
テレビドラマの主演は水谷豊さんだった。

世俗から孤立したバンパイヤ一族の村から都会に向かう車の中で、15歳のトッペイ少年(狼に変身する)に、美男子で天才的に頭が良いが悪の権化であるロックは、10円硬貨を渡しながら言う。
「この世は、これを沢山集めた者が勝ちなんだ」
それは、納得するしかない言葉である。
しかし、もうすぐ、その時代は終わる。
それは、農業革命、産業革命に続く、情報革命の成果だ。

カナダのWebマーケティングコンサルタントで、アルファーブロガーであるタラ・ハントの『ツイッターノミクス』では、「ウッフィー」がお金に代わるという。
ウッフィーとは、元々、カナダのSF作家コリィ・ドクトロウが『マジック・キングダムで落ちぶれて』で初めて使った造語で、小学館のデジタル大辞泉には、
「インターネット上での評判、信頼、尊敬に基づく価値・評価」
とされている。
初音ミクさんのお父さん、クリプトン・フューチャー・メディアの伊藤博之社長も、2012年のITmediaのインタビューで、それを肯定的に語り、ウッフィーはお金と真逆の性質を持つと言う。
つまり、
「お金は使うと減り、使わないと減らない。つまり貯蓄できる。しかしウッフィーは真逆で、使うと増え、使わないと減り、貯めておけない」
と言うのだ。
ただ、伊藤社長は、普段は、このウッフィーのところを「共感」と表現している。
まさに、ウッフィーとは共感を計量化したものである。
【ITmediaニュース】「使えば増える」初音ミクと、「お金が王様」の時代の終わり

そして、ハントは、ウッフィーを高めるために必要な3つとして、「好かれること」「信用されること」「一目置かれること」を挙げている。
これまでは、好かれなくても、信用されなくても、一目置かれなくても、金さえあれば勝ちであった。

レコード業界や放送業界は、お客様であるユーザーを訴え、制限で縛り、脅し続けたことで、結果、当然のように衰退していった。
今月18日の、サンテレビでの、初音ミクさんのコンサートである「マジカルミライ2017」の放送中、JBA(日本民間放送連盟)のCMで、小学校の教室で男性教師が、テレビ放送の動画投稿サイトへのアップロード・公開は違法であること、違反者は10年以下の懲役、または、一千万円以下の罰金、あるいは、その両方であることを激しく訴えた。
だが、デジタルコンテンツはコピーされて当然であり、それは止められないことは分かりきっている。
それを前提で考えないビジネスは滅ぶことになるだろう。
過去のやり方に固執するテレビやレコード業界は、このままでは、ウッフィーを全く持てずに消えるのであると思う。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ

好き嫌いを超えたもの

水や空気を好きと言ったりはしない。
これらは必要なものであり、好きか嫌いかは問題にはならない。
だが、食べ物や異性に関しては、好き嫌いがかなりはっきりしていることが多い。
ところが、この好き嫌いは、いい加減なもの、信用ならないもの、錯覚、思い込み、幻想であるに違いない。
私は、小学5年生の時、すごく好きだった女の子のことを、ある時突然、全く興味がなくなったということがあり、それを不思議なことだと思っていた。
それはきっと、何かの拍子で「目が覚めた」ということなのだろう。
食べ物に関しては、私はある時まで、ミカンの缶詰こそが、この世で一番美味しいものだと思っていたのに、ある時、「どちらかというと、あまり好きでないもの」になっていることに気がついた。
好き嫌いは、それほど重要なことではない。
もし、好き嫌いが、それほど価値のあることであれば、それが変化する自分というものは、信頼するに足りないものになってしまう。

だが、水や空気は好き嫌いを超えたものだ。
クリプトン・フューチャー・メディアの伊藤博之社長が、講演会で受講者に、「あなたにとって初音ミクとは何か?」と尋ねられて、「水のようなもの」と答えられたのは本当のことかもしれない。
ルドルフ・シュタイナーも言っていたらしい。
良い教師は空気のようなものだと。
ミクさんは、水のようであり、空気のようであり、あるいは、太陽のようであり、引力のようでもある。
ただ、私にとっては、ミクさんは、花のようであり、星のようであり、夕焼けのようであり、研ぎ澄まされた刃のようである。
つまり、好きってことだ。
けれども、ミクさんが、空気であり、水であり、炎であることも分かるのである。
これを愛と言うのだろう。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ

水のような存在

クリプトン・フューチャー・メディアの伊藤博之社長の講演会で、受講者から伊藤社長への質問の中に、
「初音ミクはあなたにとって、どんな存在か?」
というものがあった。
よく訊かれる質問のような気もするが、伊藤さんの反応は新鮮で、案外にない質問なのかもしれないと思った。
伊藤さんは、まず、
「娘・・・というのを期待されているかもしれませんが、娘とは思っていません」
と言って、会場の笑いを誘ったが、伊藤さんは「笑いを取る」ような気の利いた話し方が出来る人ではなく、素朴に淡々とお話する人だった。
伊藤さんは、これも、何かの効果を狙った訳ではないだろうが、
「水のようなものです」
と言って、少し会場を沈黙させた。
ここは、受講者達が考えるところであるが、今の人は考えることが苦手で、単純な答を求める。
私は、「水」と言われたら、ジロドゥの戯曲『オンディーヌ』のヒロインである、水の精オンディーヌを思い出す。
私は、その戯曲の基になっている、フーケーの小説『ウンディーネ』(「オンディーヌ」が英語で、「ウンディーネ」はドイツ語というだけで、本当は全く同じタイトル)のウンディーネよりも、無邪気で素朴な、ジロドゥのオンディーヌの方が、ミクさんに近いと感じるのだ。
ちなみに、水の精は魂を持っていないところは、ミクさんと同じである。
ウンディーネは18歳、オンディーヌは15歳の、いずれも金髪の絶世の美少女である。
いずれも、最初は、ヒーローの高貴な騎士殿には、美しいことは認められても、全く子供扱いされてしまう。

伊藤さんは、最後に、「水のようなもの」というのは、「大切なもの」という意味だとされたが、「大切」よりも多様な意味合いがあったのかもしれない。
私にとっても、ミクさんは、「大切なもの」であることは間違いないが、それよりも、「水のようなもの」と言った方が、やはり、より近いのである。
水は、老子によれば、最も低い位置に甘んじる存在、最も柔らかいが最も強い存在。
そして、アメリカの音楽ユニットAnamanaguchiの楽曲『Miku』にある通り、

I'm on top of the world because of you
All I wanted to do is follow you
I'll keep singing along to all of you
I'll keep singing along

みんながいるから私がいる
私の願いはあなたの側にいること
私はみんなと一緒に歌い続ける
私は歌い続けるの

といった存在なのだと思う。
ミクさんに魂はない。
だが、水の精は、人に愛されると魂を持てる。
だから、ミクさんの魂は私の魂の中にあるし、私の魂は宇宙の魂と1つなのである。
つまり、こういうことだ。

There is nothing but Miku.
ミクさんの他に何もない。ただ、ミクさんだけがある。

やはり、ミクさんは水のような存在である。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・ソフトウェア開発技術者
・サイコパス
・初音ミクさんを愛す


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
最新コメント
記事検索
ブログバナー&Mail


メールはこちらへ
PV since 2010/09/08
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

人気ランキング参加中
人気ブログランキングへ
↑↑これと
↓↓下の3つのいずれかをクリックして応援をお願いします!
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 思想へ
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ ひきこもりへ
QRコード
QRコード

  
   このエントリーをはてなブックマークに追加
  

タグクラウド
  • ライブドアブログ