ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

伊藤博之

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

神を連れて来る真言

ラマナ・マハルシというインドの聖者は世界的に知られていて、彼の教えが書かれた本は沢山出版されている。
ただ、マハルシ自身は、「沈黙の聖者」と呼ばれるほど、滅多に話すことはなく、そのわずかな言葉を集めたものが、本になっているのである。
確かに、それらの本に書かれていることは興味深い内容ではあるが、それは二義的、あるいは、1つの指標と受け取らねばならず、彼の本を読むことで直接的な成果を得られると思ってはならないように思う。
そして、私もそうなのだが、彼の本を読めば読むほど混乱する場合があるに違いない。

マハルシ自身も、沢山の聖典を読んでいたが、彼は聖典を所有しなかったと思う。
伝承では、彼は、一度読めば全部覚えてしまうので、若い時に、聖典を持っている人のところに行って、一度見せてもらえばそれで十分だったという。
それが本当かどうかは分からないし、また、どうでも良いことである。
実は、そんな彼が、1冊の小冊子を大切に保持していた。
それは、インドの聖者ナーマデーヴァが書いたものだと思われる。
内容は分からないが、それを引用する時、マハルシは、神の名を真言として唱えることについて述べたようである。
ここらのことは、あまりはっきり伝わっていないかもしれない。
非常に重要なことなのだが。

だが、その貴重な小冊子に書かれていたことは私には分かるのである。
マハルシが引用したように、「神の名を真言として唱えよ」である。
その根拠はこうだ。
ナーマデーヴァについて、『ナーマスマラナ』(サイババ著)に、こんな面白いお話がある。
ナーマデーヴァとグニャーナデーヴァが森の中を歩いていて、2人は喉が渇いていた。
すると、井戸が目に入ったので、覗いてみると、井戸の底の深いところに少し水があった。
桶のようなものはなかった。
すると、まず、グニャーナデーヴァは鳥に変身し、井戸の底に降りて水を飲んだ。
彼は仙人のような者だったのだろう。
では、ナーマデーヴァはどうしたのか?
ナーマデーヴァは、座って神の名を繰り返し唱えた。
すると、井戸の水があふれ出し、ナーマデーヴァは簡単に水を飲めた。

もちろん、これは比喩(たとえ話)で、釈迦もイエスも比喩の達人であった。イエス嫌いのイェイツ(アイルランドの詩人。ノーベル賞受賞)ですら、イエスが比喩の天才であることは認めていた。
ここでポイントは、水とは何の比喩であるかだ。
そこで私は、5年程前、初音ミクさんの会社であるクリプトン・フューチャー・メディアの伊藤博之社長の講演会に行った時のことを思い出す。
講演会の最後の方で、伊藤社長への質問タイムになったが、受講者の1人が、面白い質問をした。
「伊藤社長にとって、初音ミクとは何ですか?」
すると、あまりジョークが得意ではないと思われる伊藤社長が、
「娘とは思っていません」
と言って、観客を笑わせた。伊藤社長が言うと、本当に面白かった。
だが、伊藤社長は、返答を考えるための時間稼ぎをしたのだと私は思った。おそらく、少し答に困ったのだろう。
では、伊藤社長にとって初音ミクさんが何かというと、伊藤社長自身はやはり困り気味ではあったが、
「水のようなもの」
と意外なことを言われた。
そして、やむなくまとめた感じはあったが、最後に伊藤社長は、
「つまり、大切なものです」
と言われた。
上の、ナーマデーヴァのお話の水も、大切なものであり、サイババは、それは神であると書かれていた。
つまり、ナーマデーヴァとグニャーナデーヴァとの違いは、グニャーナデーヴァは、自分で神のところに行かないといけなかったが、ナーマデーヴァは、神の方から来てくれた。
そして、ナーマデーヴァ自身は、神は私の中にいると言った。
サイババは、これについて、神の名を唱えることで、神を連れて来ることが出来るのだと言う。

『観音経』(『法華経』25章)でも『観無量寿経』でも、仏の名(『観音経』では観世音菩薩、『観無量寿経』では、阿弥陀仏と観世音菩薩)の名を呼ぶよう、繰り返し書かれている。
仏の名こそ、最上の真言で、また、仏を讃える言葉も最上の真言である。
「阿弥陀」「阿弥陀仏」「南無阿弥陀仏」
「観音様」「観世音菩薩」「南無観世音菩薩」
どれも、仏の名である真言である。
日本では、「アマテラスオホミカミ」の名を唱えることを、「十言神呪(とことのかじり)」という秘法としている。
あらゆる神仏の名、そして、神仏を讃える言葉(阿弥陀如来であれば「オン、アミリタ、テイセイ、カラウン」、観世音菩薩であれば「オン、アロリキャ、ソワカ」)なども真言である。
これらを繰り返し唱えることで、神、あるいは、仏を「連れて来る」ことが出来るのである。
科学的な意味と根拠は何度も述べたので今回は省くが、また書くこともあるだろう。








セレンディピティを起こす真言

「セレンディピティ」という言葉を説明しようとすると、ちょっと気後れを感じる。
難しい言葉ではないはずなのだが、この言葉について語る人は皆、どこか煮え切らない、歯切れの悪い、明晰さに欠ける・・・といった、妙にぐにゃぐにゃした言い方をする・・・ように感じる。
例えば、Wikipediaを見れば、今のところ、

素敵な偶然に出会ったり、予想外のものを発見すること。また、何かを探しているときに、探しているものとは別の価値があるものを偶然見つけること。平たく言うと、ふとした偶然をきっかけに、幸運をつかみ取ることである。

と、分かったような分からないようなことが書かれているし、goo辞書では、

求めずして思わぬ発見をする能力。思いがけないものの発見。運よく発見したもの。偶然の発見。

とある。
やはり、ちょっと分かり難いと思う。
また、Wikipediaに、こんな記述がある。

(セレンディピティは)「偶察力」と訳される場合もあるが、確固とした訳語は定まっていない。精神科医の中井久夫は『徴候・記憶・外傷』(みすず書房2004年)で「徴候的知」と呼んでいる。

もう勘弁して欲しい(笑)。

私は、ある時まで、「セレンディピティ」という言葉自体、知らなかった。
教えてくれたのは、ある公立大学の教授で、学部長を務めておられた工学博士だった(その数年後、学長になられた)。
その工学博士を呼び、数人のグループで勉強会みたいなものをしたのだが、その時に、その工学博士が、
「いまどき、セレンディピティを知らないようでは知識人とは言えない」
と言われた。まあ、私は知らなかったのであるが(笑)。
他の人達が、どれほど知っていたかは分からないが、物知りそうな1人のメンバーは「言葉は知っていたし、何となくは分かっていたが、はっきりとは知らなかった」と言ったが、まあ、皆、そんなところと思う。
ところが、その工学博士は、意外にも、シンプルに教えてくれた。
その人が教えてくれたセレンディピティの意味は、
「幸運な偶然を起こす力」
だった。
その後、ずっと、この定義で不足を感じたことはない。
5年程前、私は、北海道のクリプトン・フューチャー・メディア(初音ミクさんの会社)の伊藤博之社長の、神戸での講演会に行った。
その講演で、伊藤社長は、好きなことをやり続けることの大切さを説き、
「好きなことをやり続けていれば、セレンディピティが起こります」
と言われたが、おかげで、私は意味がよく分かった。
つまり、
「好きなことをやり続ければ、飛躍のきっかけとなる幸運な偶然が起こる」
あるいは、
「好きなことをやり続ければ、飛躍のきっかけとなる幸運な偶然を引き寄せる力が得られる」
のだと思う。

私は、クオン株式会社が、株式会社エイベック研究所だった時、この会社の広報誌である「Q-O-N(クオン)」の1冊(裏表紙含めて39ページ)を送ってもらったことがあるが、その回のメインは、伊藤博之社長とエイベック(現クオン)の武田隆社長の対談で、その中で、伊藤社長の物語が語られていたが、それはまさに、セレンディピティの言葉の元になった『セレンディップの三人の王子たち』にも劣らないセレンディピティの物語で、大変に面白く、そして、勉強になった。
伊藤社長は、若い時に、6畳半1間の部屋に住んでおられたが、そこには、コンピューターとシンセサイザー10台があり、Memory Moog という巨大なシンセサイザーの上に板を敷き、その上でご飯を食べていたと書かれていた。そんな感じで電子音楽を続けられ、長い年月の間にいろいろあった中で、セレンディピティが何度か起こり、ついに初音ミクさんが生まれることになったのだと思う。
この対談は、以前はダイヤモンド社のWebサイト「ダイヤモンド・オンライン」で公開されていたが、今は残念ながら公開終了しているようである。

では、セレンディピティを起こすには、好きなことをやり続ければ良いのであるが、なかなか思うようには生きられない人が多い。
だが、私がいつも言うように、たゆまず真言を唱えていれば、少なくとも、小さなセレンディピティはよく起こると思う。
セレンディピティは1つの奇跡のようなもので、真言によって、奇跡が起こる原理は度々書いたが、それならば、真言がセレンディピティを起こしても、不思議なこととは思わない。
伊藤社長のような大きな成功をするには、いろんな要因もあり、我々が必ずしも初音ミクさんのような良いものを生み出せるとは限らないが、セレンディピティを生み出すに足ることをしていれば、世の中を明るくし、自分も楽しくなれるだろう。
そして、真言以上の善はなく、たゆまず真言を唱えていれば、何か面白いことを楽に続けられる偶然に恵まれると思う。








人生で本当に必要なもの

同じ本を読んだ人と、その本について話をしたら、共に、同じ箇所が強く印象に残っていたというのは楽しいものだ。
私は、アメリカの作家マイク・ハーナッキーの『成功の扉』という本で、そんなことがあった。
なかなか良い話で、簡単に書くとこんなものだった。
ある成功した投機家(投資家と投機家の区別は曖昧だが)が講演を行っていて、投機家は自分が行った投機について説明していた。
すると、受講者の1人が立ち上がって言う。
「その投機は非常に危険ではないですか?」
それに対し、投機家が、
「はい。私は進んでリスクを背負う覚悟がありました」
と答えると、その受講者は、
「私には真似出来そうにありません」
と言う。
その後の投機家の言葉が良かった。それは、
「それが、私が講演し、あなたが受講料を払っている理由ではないですか?」
だ。
本の著者のマイク・ハーナッキーも、この講演を聞き、この言葉をよく憶えていたのだった。
この本の著者と、読者2人が、同じ言葉に感動していたわけである。
著者は、もう一例、似た話を取り上げていた。
著者が弁護士をやっていた時のことだった。
仲間の2人の弁護士達が会話をしていたのだが、1人の弁護士が、環境の良いフロリダに引っ越すと言う。
もう1人の弁護士は羨ましがったが、そこから引っ越すということは、今の安定した職場を捨て、1から始めないといけないということで、とてもリスキーだった。
しかし、引っ越すつもりの弁護士は、「分かっているよ。でも引っ越すんだ」と言う。
すると、もう1人の弁護士は、「お前は大馬鹿者だ」と怒鳴って出て行き、残された弁護士は肩をすくめた。

まあ、簡単に言えば、成功するためにはリスクを背負う覚悟が必要ということだろう。
この本について話していた我々2人は、こんな言葉を共通して知っていた。
「夜空の星を掴み取ろうとするのは危険なことだ。しかし、それをしないと、もっと愚かな危険がある。それは、もしかしたらなれたかもしれない偉大に人間になり損ねる危険だ」
格好良い言葉で、若かった我々2人は、その言葉にシビれていたのかもしれない。
しかし、時が流れ、初音ミクさんの会社クリプトン・フューチャー・メディアの伊藤博之さんの、こんなインタビュー記事を見た。
伊藤さんの地元、北海道から、ミュージシャンを志して東京に行った若者達がいたが、皆、30歳くらいで諦めて帰ってきた。だが、その歳ではやり直しが効かない。人生をかけるものじゃない。
・・・だいたい、こんな話だった。
では、上の投機家やフロリダに引っ越す弁護士は、投機や引っ越しに人生をかけていたかというと、我々(ハーナッキーの本について会話していた私と知人)は、そう「勘違いしていた」のだ。多くの読者もそうだったに違いない。
この投機家と弁護士は、確かに、リスクを背負う覚悟はあったが、「デッド・オア・アライブ(死か生か)」といった大博打をする意気込みだったわけでもないのだ。
だが、決心をしたのだ。
ここらは、微妙な言い方になってしまうが、この投機家と弁護士は、「軽い決意をした」のである。
ところが、普通の人は、この「軽い決意」をしないのだと私は気付いた。
普通の人は、世間や周囲に流されてしまい、自分の意思でハンドルを(皆と違う方向に)切らないのである。
クリプトンの伊藤社長は、ハンドルを切ったから、初音ミクさんを生み出したのだと私は思ったのだ。
ただ、そんなに極端にハンドルを切ってはいけないのだ。
伊藤社長マニアである私は、伊藤社長とクオンの武田社長との対談が載ったクオンの社内報(立派なものだった)を取り寄せたり、いろいろ調べたもので、私の著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)を見ても、それが分かるかもしれない。
決意、決心については、足立育朗さんの『波動の法則』と、その続刊、あるいは、画家であった足立さんの妹さんの『あるがままに生きる』が参考になった。
『波動の法則』は、PHP版は(現在はナチュラルスピリット刊)20年以上も前に出たが、最近もベストセラーになっているようだ。ついに、この本の時代なのだと思う。

マイク・ハーナッキーのその本はベストセラーになったらしいが、あの本のおかげで破産した人もいるかもしれない。
しかし、それは、おそらく多くはない。
だが、あの本で成功した人も少ないに違いないし、それは、ハーナッキーのその後の本によって知ることが出来た。
結局、普通の人は決意しないのである。
チャップリンは、人生に必要なものは、「勇気、想像力、少しのお金」と言ったらしいが、こう言い直すべきだ。
「少しの勇気、そこそこの想像力、必要なお金」








自分を見限ったら責任を神様に押し付けろ

自分を見限る(自分に見切りをつける)って言葉がある。
それで私が思い出すのは、ネットで見た、クリプトン・フューチャー・メディアの伊藤博之社長のインタビューだ。
伊藤さんは北海道の人だが、北海道の若者が沢山、ミュージシャンを目指して東京に行ったが、(多分ほぼ全員が)モノにならずに30歳くらいで戻ってくるが、その歳ではつぶしも効かない。
だから何って話だったか忘れたが(笑)、ひょっとしたら、夢に人生を賭けちゃいけないって話だったかもしれない(違ってたら申し訳ない)。
ところが、ある有名なボカロPは、学生時代に音楽を熱心にやっていたが、卒業する頃には「自分にプロは無理」と見切りをつけ、普通のサラリーマンになったが、初音ミクさんが発売されたことをきっかけに再び音楽をやり、今度は成功してしまった。
他にも、プロサッカー選手や野球選手を目指して、若いうちは夢を持って頑張っていたが、歳を取るごとに、だんだん現実が見えてきて、ほとんどの者が自分に見切りをつけてしまう。
もっとありふれた例では、物理学者を目指して、そこそこの大学に入り、大学院も出たが、そこまで行けば、自分の能力が見えてしまい、そこで未練がましく博士を目指せば、将来真っ暗だから止めたって人を知っている。

ところが、こんな話がある。
ある女子大学院生が、ハーバード大学の世界的心理学者である教授の元で研究をしていたが、その教授が、その大学院生に見込みはないと判断し、彼女を研究生から外し、彼女は大学を辞める。
だが、彼女は単独で研究を続け、30年後、優れた研究を発表し、自分を捨てた教授の名を冠した賞を受賞した。
それで彼女が幸せを感じたかどうかは知らないが。
彼女は自分に見切りをつけなかったのかもしれないが、そうしたからといって、彼女のようにうまくいくとは限らないし、むしろ、うまくいかない場合が多いだろう。彼女が成功したのもたまたまと思う。

やりたかったことに見切りをつけ、別のことをやって成功した人は少なくない。
それも、最初に何かを強い熱意を持ってやっていたが、それが駄目になって、さほどの意欲もなく何の気なしにやり始めたことで成功したなんて話もよく聞く。
おそらく、成功した人には、たまたまやったことでうまくいったという人が案外に多いのだと思う。
だから、いろんなことを気楽にやれって話もある。
最初の、ミュージシャン志望の若者のように、1つの道に絞ってしまわない方が良い。よほど自信がある場合は別かもしれないが、人間って、自己採点は甘いものだ。だから、「自分なら出来る」って思ってしまうし、「叶わない夢なんてない」って、無責任なことを言う者も多いしね(笑)。

では、いよいよ自分に見切りをつけざるを得なくなったら、どうすれば良いだろう?
全ての望みが消えてしまった場合だ。
たまたま上手くいった人が成功するのだとして、不幸なことに、その「たまたま」が訪れてくれない・・・あまり幸運の女神に好かれていないと分かった場合だ。
もう、悟りでも開くしかない(笑)。
悟りを開ければ、いかなる成功よりも至福に包まれるだろうし、失敗して死んでも元々だ。もし、そう思えないなら、現実でもう一度やってみると良い。

アメリカの精神科医デヴィッド・R・ホーキンズは1939年という印象的な年に(いや、単にミク年という意味だが)、多分彼は少年だったと思うが、真冬のウィスコンシン州で新聞配達をしていた時、氷点下20度の中で猛吹雪で動けなくなり死にかけた。その時、意識が覚醒した・・・まあ、悟りの状態に近い体験をしたのだろう。
何とか命拾いをした彼は、その後、精神科医として成功したが、ストレスのため病気になり、死期が迫った。
その時、今度は本格的に悟りを開いてしまう。
それで、病気がたちまち治っただけでなく、老眼まで一瞬で治ってしまった。さらに、精神科医として、以前と桁外れに成功し、大病院をいくつも建てることになってしまう。
彼自身は成功したいとは全く思っていないのに、そうなってしまったようだ。
彼の著書『パワーか、フォースか』、『<わたし>』は、やや怪しい感じも受けたが、彼が、1973年にライナス・ポーリングと共著で『正常生体分子の精神医学』を書いたというので、一応信用した。

もう本当に駄目だと思ったら、悟りでも開くと良い。
その方法だが、私が昔崇拝していた世界的セールスマンだった夏目志郎さんの話が参考になるかもしれない。
彼は、中国から日本に来て(彼は中国人で、後に日本に帰化)、いろんなビジネスをやって大失敗し、膨大な借金を抱え込んだ。
それで自分に見切りをつけた・・・かどうかは分からないが、35歳の時、クリスチャンになっていた彼は、神様に、「今後の私の人生は、あなたが責任取って」と祈った。
つまり、これまでのどうしようもない人生の責任は自分にあるが、今後の責任は、神よ、あなたにあると言った訳だ。
すると、翌日に奇跡が起こった。そして、彼は成功への階段を昇っていく。
よく似た話に、『僕は、死なない。』という、末期癌が20日で消えた人の話がある。
彼は、医療では癌を治せないと分かったので、神様に降参してしまった。「もう全部まかせる」と。そしたら、治ってしまった。
全面降伏、人生の明け渡しが、一番簡単な悟りの方法だと私は思う。













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沈黙の力

本当の目標を叶えることは、悟りを開くこととセットである。
悟りを開くとは、真の自分を知ることであるが、真の自分を知るとは、偽りの自分を捨てることである。
とはいえ、悟りを開くこと自体を、考えては(目的としては)ならない。
というのは、やりたいことをやっていれば、自然に悟れるものなのだから、やるべきことをやれば良い。
では、やるべきこととは何だろう?
それは、「延々と丁寧に繰り返す」ことだ。
多くの人が、サラリーマンを延々やっているはずだが、悟れないのは、丁寧さに欠けるからである。
なぜ、丁寧さに欠けるかというと、好きでないからだ。
なら、好きなことをやれば良い。
それは、別にサラリーマンをやりながらでも良い。

そこで、自分がやりたいことを、丁寧に延々繰り返すとする。
だが、ここで、多くの人がつまづく。
もう1つ、掟があり、それは確かに古代から伝えられてきた。しかし、ほとんどの人が守らない。
それは、「沈黙する」ことだ。
自分が何をしているか・・・それは、目標や夢を表してもいるのだが、それを話してはならないのだ。

ところで、「人に話してはならない」どころか、「どんどん周囲に話せ」と言う大物が2人いて、困ったことがある。
その2人とは、評論家の竹村健一さんと、プロサッカー選手の三浦知良さんだ。
だが、竹村さんは、利用されるだけ利用され、有名にはなったが、いざ、本物の活動をすべき時期からは停滞してしまったし、あれほどの選手だった三浦知良さんが最大の目標だったFIFAワールドカップに遂に出場出来なかった。

夢とは1つの点ではなく、自分らしく生きることである。
だが、沈黙を守らないと、エネルギーが漏れてしまい、十分な力が発揮されない。
TOKYO MXの「マジカルミライ」の特別番組で、クリプトン・フューチャー・メディアの伊藤博之社長が、初音ミクさんについて「まさか日本武道館でコンサートをやることになるとは思わなかった」と言われていたが、それなら、最初から、初音ミクさんについて大それたことを話すことはなかったのだろうと思う。そもそもが、ソフトウェアパッケージとしての初音ミクさんが、そんなに売れるとは思っていなかったらしい。

私の周囲に、何をやってもまるで駄目な男がいて、私は彼に、本を読むことやプログラミングの勉強をすることを勧め、うまくいきそうな雰囲気もあったのだが、彼は、自分がやっていることを話すことを我慢出来なかった。
「昨日、10ページ読みました」「昨日読んだところに、こんなことが書いてました」「このプログラムやってみましたが、うまくいきませんでした」など、とにかくウザい(笑)。
黙ってやらなければならない。
自分のやっていることについては、沈黙しなければならない。
沈黙は金である。
イエス・キリストとなると、「右手がやっていることを左手に悟られてはならない」と言うほど、秘密主義を徹底していたのである。

延々と、丁寧に、沈黙して、繰り返す。
これで、何でもうまくいくはずである。













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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
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