ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

仙人

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

仙人の力を復活させる

聞いた話では、アニメを制作する際、調査すべきことはかなり本格的に調べるらしい。
たとえば、舞台がエーゲ海ならエーゲ海に、南アルプスなら南アルプスに実際に行って、風景を味わったり、撮影したりする。
今の時代ではない都市の風景でも、やはり、それなり以上の調査をして、実際に近い姿を再現するのだろう。
それは、本物らしく見えるだけでは駄目で、詳しい、あるいは、マニアックな視聴者を納得させる必要もある。
「あの時代のあの国では、まだあの家具はなかった」とか、「この地方で、この衣装を着た一般人がいるのはおかしい」とか言われたら、無視するわけにはいかないだろう。
例えば、ジブリの『魔女の宅急便』で、キキを追い越した複葉機(翼が縦に2枚ある飛行機)が、あの時代にあるのはおかしいと指摘する飛行機マニアもいたらしい(製作側の意図で、わざと登場させたらしいが)。

それで、最近、面白いものを見た。
『刀語』というアニメで、忍者が長距離を走って移動するシーンがあるが、どの忍者も、現在のマラソンランナーのようなフォームでは走らないのである。
もし、そんな走り方をさせていたら、私だけでなく、多くの視聴者が違和感を持つはずだ。忍者が、そんな走り方をするはずがない。
ある忍者は、両腕を後ろに伸ばし、その腕を動かさずに走っていたが、確かに忍者らしい感じがした。
それが正しい忍者の走り方かどうかは分からないが、少なくとも、現在の陸上選手のような走り方だと、嘘っぽさは半端ないと思う。
昔の忍者は、1日に200km以上走ることもあったらしいが、それがナンバ走りかどうかはともかく、それだけ走れる走法だったのだろう。

私は、小学1年生頃までは、その気になれば、誰にも負けずに速く走れたし、距離も、いくらでも気分よく走れた。
だが、小学1年生の時、腕を前後に振る現代風の走り方を教えてもらってから、走るのが苦手になった。
そして、それ以前に、どんな走り方をしていたのか、分からなくなった。ただ、今の陸上競技ランナーのように腕を振っていたのではないことは間違いない。
一方、走り高跳びのフォームは、中学1年生まで、誰にも教えられなかったので、それまでは、少なくとも、普通の生徒相手では無敵だった。
私は、特に長身だったわけでも、身体が強かったわけでもない。
それでも、誰も飛べない高さでも、全く失敗する気が起こらず、軽々と飛べた。
だが、中学1年生の時の、校内のスポーツ大会みたいなものの時だった。
私は、得意の走り高跳びに出たが、他の生徒が、一般的なはさみ飛びで飛ぶのを見て、私は、バーの正面から走る、私独自の飛び方をするのが恥ずかしいと思った。
それで、私は初めて、はさみ飛びで飛び、それまでなら、軽く飛べた高さで失敗した。
そして、それまでの飛び方を忘れてしまい、それ以降、どうしても思い出せなかった。

それで、最近、ナンバ歩き、ナンバ走りなどの、日本古来の歩き方、走り方を調べ、それと、上記のような自分の経験と合わせ、西洋の軍隊やスポーツの歩き方、走り方は、特に、日本人には、そして、おそらく、人間には向いていないのだと確信した。
そして、現在、日本でも行われている、西洋から導入された運動の多くは、身体だけではなく、精神にも悪影響を与えているに違いないと思う。
私自身は、割と西洋人体形で、西洋の運動が良いものなら向いていると思うが、そうではないと感じる。
また、特に子供の時、今からすれば異常な引き寄せ能力を持っていたのも、子供の時は、今よりは日本古来の身体の動かし方をしていたためもあると思う。
今後、さらに、ナンバ歩きや、その他の人間本来の動きを、古武術、あるいは、易筋経、仙道、太極拳などの動きを調べながら習得・・・というか、回復させようと思う。
特に、日本人は、元々、仙人や天狗のようなものになる素質があり、それを正しく育てるのは良いことと思う。








神が切るように切る

新しい、より理想的な世界に次元移動するためには、普通の人間は、一点突破ともいうべき方法を使う。
この一点突破とは、1つの道を究める中で1つの点を空け、そこを通って、するっと次元を超えることだ。
1つの道と言っても、音楽とか武道といった抽象的で高度なものばかりではなく、仕事や家事の一部分でも、コツによって「神のようにやる」ことが出来ることであれば何でも良い。
ある神人がオレンジを放って渡した時、受け取った人は、そのような投げ方は神以外には出来ないように感じたそうだが、高度なレベルに達した人は神のようだから、その人は何でも神のようにやるのである。

やることは、本当に何でも良い。
しかし、バッティングを極めたと思える超一流の野球選手だって、たまに神がかったバッティングをするが、まだ不十分だ。偉大な努力をして尚そうなのは、それで報酬(お金や名誉など)を得ると、それが余分な荷物になって重くなってしまうからだ。
いわゆる、「金持ちが天国に入るのは、ラクダが針の穴を通るより難しい」のである。
儲からなくても、包丁を研ぐ技能を磨いている者の方が新しい世界に移り易い。その人は包丁を研ぐ時、いつも神のようなのだ。

プログラミングのようなものが、なかなか神の実現に至らないのは、世俗のしがらみが強過ぎるからだ。
見たことはないが、趣味で淡々とアセンブラプログラミングみたいなことをやっている人には、人間を超えた人がいるような気がする。

1つの道を究め、臨界点を突破した人は、ある意味、仙人と言える。
だから、弓仙人とか、将棋仙人という言葉があるが、そんな仙人たちは、世間の人の目に見えない(見つからない)。

昔の日本では、自然の中で働く人達の中に仙人が割といて、子供などは簡単に仙人を見分けられた。
だが、そんな仕事の多くが、集団化、機械化し、効率が優先され、大事な何かを捨て去る中で、仙人はいなくなった。
現在の社会では、仙人になることは難しくなったが、それに近い半仙人みたいな者は、少ないながらいる。しかし、半仙人だって、やはり、普通の人が見分けることは出来ず、英雄は英雄を知るではないが、半仙人は半仙人を知るというだけである。
半仙人は、神ほどの力はなくても、自然の潜在力・・・つまり、宇宙の隠れた力をそれなりに行使出来るので、実際は強力である。だが、必要もないのに、そんな力は使わない。

法然のような念仏仙人とも言うほどでなくても、毎日、自主的に熱心に念仏を唱えていれば、やがて次元を超えてしまうことがある。
腕振り運動を極めた腕振り仙人や半仙人もいるが、おかしなことかどうかはともかく、腕立て伏せ仙人(半仙人)だっている。
言ってみれば、念仏も腕振り運動も腕立て伏せも、道を究めるほどの深さがあるものは、全く等価で優劣はない。
そもそも、あらゆることに優劣はなく、上の世界に行けば区別さえない。
我々が居るこの世界では、区別は避けられないが、優劣をつけないことも仙人・半仙人の条件である。
自分がやっていることが、別の人がやっていることより上といった観念がある限りは、半仙人にもなれない。

ケーキ作りを、仕事であっても、お客様を喜ばせるためという想いでやっていれば、いずれ半仙人くらいにはなれる。そうなれば、力を得て一切の悩みがなくなる(あって良い悩みは残るが)。
技を磨いて術とし、術を進めて道に達するとか言う。道の浅いところにいるのが半仙人で、その先にいるのが仙人で、さらにその先があるのだと思う。
剣を極めた剣士は、神が切るように切る。
船を漕ぐことを極めた船頭は、神が漕ぐように漕ぐ。
何か1つ、神のようにやれるよう磨くと良いと思う。








馬鹿だけが仙人になれる

アップル共同創業者スティーブ・ジョブズは「ハングリーであれ、馬鹿であれ」と言い、江戸末期の偉大な神道家、黒住宗忠は、人々に「アホウになれよ」と教えた。
宮沢賢治は「皆にデクノボーと呼ばれたい」と言い、勝海舟は「大きな仕事をする者は愚直でなければならない」と言った。
いや、大きな仕事をしようがすまいが、人間は馬鹿でないといけない。

馬鹿と言っても、有名なインフルエンサーのひろゆきさんがよく言うような世間的な馬鹿とは、単に甘いか、虫の良いことばかり考えている欲張りがほとんどで、上に挙げた馬鹿とは程遠く、それで言えば、本当の馬鹿は、勝海舟のように「愚直」という言い方が正しいかもしれない。
「愚直」は、だいたい「馬鹿正直」という意味だが、私の定義では、「魂の声」を最優先する者のことだ。馬鹿でなければ、魂の声(内なる静かな声)を優先したりしない。
太宰治の『女の決闘』で、「この愚直の強さは、かえって神と同列だ。人間でない部分が在る」とあるように、愚直も究めれば神である。

さて、毎日、数千回の腕振り運動を好き好んで行っている私も、かなり馬鹿になってきた。
そして、腕振り運動こそ、憧れの仙人になる確実な方法と心得る・・・と言い切るほど、馬鹿になる修行は進んでいるわけだ(笑)。
だが、腕振り運動が、本当に仙人になれる方法かどうかは、実はどうでも良いのである。
例えば、黒住宗忠が行った講話の中に、こんなものがある。
昔、馬鹿正直・・・つまり、愚直な男がいて、彼は仙人が住むという蓬莱の島(ほうらいのしま)に行きたいと一途に願っていた。
すると、ある悪い商人が、「3年、タダ働きをしたら教えてやる」と言い、この愚直な男を騙してタダ働きさせた。
3年が経ち、愚直な男が商人の男に、「3年経ちました。教えて下さい」と言うと、商人の男は、愚直な男を大木に昇らせ、枝に右手1本でぶら下がらせると、「その右手を放せば蓬莱の島に行ける」と言った。
義直な男が、それを信じ、右手を放すと、風がこの愚直な男をさらって蓬莱の島に運び、愚直な男は仙人になった。
つまり、方法なんて何でも良く、この話のように、明らかにデタラメな方法でも願いは叶うのである。
まあ、腕振り運動には、この話の方法のようなスリルはないが、リスクも全くなく、仮に仙人になれなくても、かなり健康になれると思う。
だが、やはり仙人になれるのだ。愚直にやればね。
腕振り運動を、長期間、毎日、淡々と数多く行う者は愚直である。
もちろん、腕振り運動でなくても、念仏でも真言でも祝詞でも、長期間、毎日、数多く唱えれば同じである。また、やりたいなら、坐禅、静坐でも良いのである。

ちなみに、最高の馬鹿入門書は、『フォレスト・ガンプ』の原作者による『ガンピズム』であると思う。








奇跡を起こす腕振り運動

体系的に書かれた文献や資料があるわけではないが、様々な文献などを見たり、実践した経験から考え、腕振り運動には、
・霊的スタイル(霊的効果60%、肉体的効果40%)
・身体的スタイル(霊的効果30%、肉体的効果70%)
の2つがある。
これは、腕の振り方の違いだ。
「霊的スタイル」が普通の腕振り運動で、自然に姿勢良く立ち、真っすぐに伸ばした両腕を、後ろに鋭く振り、前に振る時はなるべく力を抜き惰性で振る。
「身体的スタイル」は、武術の訓練でよく行われ、「霊的スタイル」とは逆に、前に振る時に力を入れ、後ろに振る時には、力を抜いて惰性で振る。
いずれも、手のひらは、内側に向ける方法と、下に向ける方法とがあるが、「身体的スタイル」の時は、普通、内側に向ける。
「霊的スタイル」の方でも、関英男博士の説明では、それにより、両手のひらから気が発生し体内に蓄積される効果があることから、内側に向けることを推奨する。

いずれも、ヘソのあたりに力を入れ、また、足の親指で床を押さえるようにしてやることで、特に身体的効果が上がる。
どちらのやり方でも、身体を真っすぐに保つことにより、腹筋と背筋が鍛えられるが、「身体的スタイル」の方が、やや、その効果が高く、体力強化やダイエット目的の場合は、そちらの方を多くやると良いだろう。
私は、ずっと、「霊的スタイル」7、「身体的スタイル」3の割合でやってきたが、最近は、「身体的スタイル」を増やすことで、5対5の同等でやっている。
数は、私の場合、それぞれ、1日に500~700回程度(合わせて1000~1400回)。
それで、思った通り、下半身を中心に身体が引き締まり、3か月で体重が3~4kg減った。
つまり、一見、上半身の運動のようで(もちろん、上半身の良い運動でもあるが)、実は、下半身に効く運動であり、実際、腕振り運動で、腰から背中にかけてしゃんとしたという報告が多い。

負荷の大きな運動を週2~3回やろうとしても、普通、怠り勝ちになると思う。
やはり、運動は、毎日やるのが望ましいし、長く継続してこそのものである。
そして、きつい運動は、短時間でも精神的ストレスになり、「嫌だなあ」と思いながらやると、心はもちろんだが、身体にだって害になる。
一方、軽い運動を長時間やるのは、多少の根気は必要だが、ストレスにならず、慣れれば楽にやれるようになる。
心や身体に邪気や疲労を感じた時、すぐに立ち上がって腕振り運動をすると、気分がすっきりし、身体の調子も良くなる。
しかも、確実に身体も心も強化される。
これほど良いものはないと思う。

腕振り運動は、1回1回は非常に楽な運動なので、老人向けのように感じ、軽視されることもあるが、どんなに控え目に言っても、まるで運動しないのと比べると、その差はあまりに大きい。
それに、西洋式運動に比べ、自然で、身体と心の根本に作用するので、長く続ければ、本質から身体と心を強化する。
特に、仙骨の機能を磨き上げるという、人間にとって、最も重要なことを行える運動は、西洋の運動にはないが(運動ではなくダンスにはあるが)、この腕振り運動では、それを直接的に行えるのである。
仙人や導師といった超自然的存在も腕振り運動を好む・・・と言うより、腕振り運動で仙人や導師になった者が、慈悲の心を持って、これを人間に教えたのであるとも考えられるのである。
そして、最初に腕振り運動をやり、仙人になったような者は、霊的に閃いて、これを始めたに違いない。
腕振り運動は、気を身体に蓄積するので、生命力を高め、若返ったり、病気が治ったという報告も多い。
腕振り運動を普及させた、電波工学の世界的権威であった関英男博士は、毎朝2千回の腕振り運動を欠かさずすることで、胃癌を医療に頼らずに治し、90歳を超えても世界中を飛び回って研究をしていた。
また、仙人の運動であることから、神通力(超能力)の開発にもつながる。
是非、皆さんも取り組んでいただきたいと思う。








名人、達人、仙人、神人になる方法

良いサッカー選手になるにはどうしたら良いだろうか?
サッカー強豪国イタリア、スペイン、イングランドなどでは、子供達がなるべく多くサッカーボールに触れるようにしている。
ただし、大人が無理に子供にボールを押し付けるのではなく、子供が自主的に自然にボールに触るようにしているのである。
良い野球のバッターは、少年の時から、バットを方時も手放さないし、良い投手は、やはりいつもボールを持ち歩いていた。
1日中触っていることが大事で、必ずしも、練習しているわけではないが、触っていたら、バットなら自然に振るし、サッカーボールなら自然に蹴るだろう。野球のボールなら、握って細かな感触を確かめたり、放ったり掴んだりして重さを感じるのである。
だが、やはり、「バットを振れ」なんて言うようでは駄目なのである。

良いピアニストは、子供の時からずっと勝手にピアノに触っているが、それは大人になっても変わらない。
ところが、たとえ自主的に触っているように見えても、不自然に追い立てられるようにピアノを弾けば、手を壊したりしてしまう。
良い剣士は、ずっと剣に触っていた。
それは、木刀の場合が普通だろう。
そして、練習の時しか木刀に触れない者は、大した剣士にはなれない。
大人になってもそれを続ければ達人になる。
宮本武蔵は、護身の意味もあったが、大人になっても木刀を常に肌身離さず、それは、風呂に入っている時すらそうで、挙句、木刀の柄に穴を空けて紐を通し(今でいうストラップだ)、手から木刀が離れないようにしていた。これも戦いの中で木刀を落とすことを防ぐためもあるが、やはり、彼にとっては、木刀に常に触れていることが自然だったのだ。

キリストになりたいなら、常に聖書を手にしているし、仏陀になりたいなら、いつも経典と共にあるだろう。
仙人になりたいなら、『老子』や『荘子』、あるいは、その他の仙道や道教の書をいつも持っている。
読むかどうかはともかく、常に手元にあるし、常に手元にあれば、見るべき時に自然に見るだろう。

神通力を備えた修験者は常に般若心経の呪文を唱えていたし(般若心経全体を唱える場合もあるが、重要なのは呪文の部分)、他の真言を知っている場合には、それを唱えていることもあった。
仙人は、常に真言を唱えている。

良いプログラマーは、常にパソコンに触れている。
スマートフォンはどうかというと、あれはプログラミングの道具ではないし、多くの場合は、触っているのではなく、触らされている。
ただ、スマートフォンを持っている目的如何によっては、何か特別な力を持つことはある。例えば、特別な情報収集能力を持ったり、何かでクリエイティブな能力を持ったりである。
小型ノートパソコンがなかった時代には、良いプログラマーは、優れたプログラミングの本を常に持ち歩いていたものだった。これは、今でも有効(むしろ自然)で、優れたプログラマーがいつもプログラミングに関する本を持っていることはよくある。逆に言えば、プログラミングの本をどこにでも持ち歩けば、良いプログラマーになれるのである。あくまで自主的に持てばだが。

人間は何にでもなれるが、それは、上に述べたようであればである。
だが、海外はともかく、日本では、子供が常に触れているべきものを子供から引き離し、それは、子供を真の自己から引き離すことになる。
そして、そんな社会で育った我々は皆、真の自分を忘れてしまっている。
だから、自分が自分でないのである。
人間にとって最も大切なことは、自分が自分であることなのに。

そんなわけで、あなたは今日から、常に触れたいものに触れていなければならない。
特に言えば、神仏になるのであれば、常に心が真言に触れていること・・・つまり、心で真言を唱えることである。
この真言には、優れた呪文や念仏、あるいは、言霊を含むが、これらもまた真言なのである。












プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


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