ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

二十六人の男と一人の少女

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

生きてることを証明出来るか?

誰かを恨んでいない人間はいないらしい。
いや、いるにはいる。
それは、誰も愛していない人間だ。
では、誰も恨まないような顔をしている聖者は、実は、誰も愛していない詐欺師ということになる。

そういえば、私は誰も恨んでない。
改めて考えるまで分からなかったがね。
しかし、それが立派かというと、それは、誰も愛していないということなのだから、さあ、どんなものだろう?

人間には、人を蔑むという慢性的な癖がある。
誰でも、必ず、人を蔑む。
もし、そうでない者がいるとすれば、その者は誰も崇めていないのだ。
誰かを崇めている・・・即ち、真に尊敬しているなら、必ず、誰かを蔑むのである。

ゴーリキーの『二十六人の男と一人の少女』で、社会の最下層の惨めな26人の男達は、1人の16歳の美少女を女神のごとく崇めることで、人間性や能力を取り戻した。
しかし、それが何になるのだろう?
結局、男達は、その少女を最大に軽蔑し、捨てた。
誰かを崇めると、誰かを蔑むのだ。
あのお話の場合は、たまたま崇めた相手と蔑んだ相手が同じだったのだ。

そういえば、私は、誰も崇めていない。
ちょっと前は、何人か崇めていたような気はするが、その気持ちも消えてしまった。
そうすると、誰も蔑まなくなった。

誰も愛さず、誰も恨まず。
誰も崇めず、誰も蔑まず。
こんな人間が、生きていると言えるのだろうか?

大震災等で街ごと滅びた時、そこに幻想の街が出来て、人々の魂は、そこでの生活を続ける。
これまで通り、会社に行って働き、遊びに行き、飲み食いし、テレビやネットを見て寝る。
しかし、ものを買ってもお金を払わなくていいし、そんなにお腹も空かなくなり、やがて、何かおかしいと気付く。
そして、やっと、自分の死を悟るらしい。

私も、もう死んでいるのではあるまいか?
いや、ちょっと疲れているだけだ・・・なあんて、今は思ってるけれども。

つまりだね、私も、あなたも、自分が生きているということを、どう証明出来るだろうかということだ。
死者も、愛し、恨み、崇め、蔑むかもしれないが、それは、半分生きているってことで、現世の人間とどこかつながっているのだ。

人間は、恨みは隠すことが多いが、蔑みは大っぴらにすることがよくある。
蔑むことで、相対的に自分の優越性を主張したいのだろう。
誰かを声高に馬鹿にし、罵倒し、非難する者がそうだ。
それは確かに愚かであるのだけれど、そんな者は、まだ生きているのだろう。
しかし、ディール・カーネギーが、人間最大の願望と言った、そんな「自己重要感」を私は失ってしまった。
つまり、やっぱり死んだってことか?
いや、やっぱり疲れているだけだ・・・そう思いたい(笑)。

私のような人、案外いるのでないだろうか・・・と思いたい。
いや、種を明かせば『地獄少女 三鼎』の25話(最終回の1つ前)を観て、衝撃を受けてしまっただけなのだが(笑)。
昼間に金縛りに遭うほど(誰もいない部屋で笑い声を聴き、気配も感じた)、どこか疲れていた上にこれはちょっとマズかったのかもしれない。
だが、明日には復活するのだろう。
EA(えれくとりっく・えんじぇぅ)メソッドで生命力を高めよう。
・・・たちまち復活したようである(笑)。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ

パラドクス(逆説)をぶっとばせ

成功者同士、偉人同士で反対のことを言う。
努力しろと言う者があれば、努力は不要と言う者もいる。
欲望を持つことの重要性を強調する者もいれば、欲望は捨てよという立派な人もいる。
勉強しろという賢い人がいる一方、「学ぶことをやめれば成功する」と叫ぶ天才少年がいたっけ。
その天才少年は「学ばずに考えろ」と言うが、ブルース・リーは「考えるな、感じろ」って言うしさ(笑)。

要は、人の真似なんかしちゃいけないってこどだ。
しかし、そう言えば、「いや、偉人のやる通りにやるのが成功の近道だ」なんて言われる(笑)。
いや、本当に、人に追随なんかしちゃいけない。
それは間違いない。
SMAPも歌ってたじゃないか、僕達は「世界に1つだけの花」だって。
え?みんな公平だって?(笑)
まあ、その通りなんだけどね(笑)。

けどねえ、岡田虎二郎は、「努力は不要」なんて言ってたけど、あんだけ努力した人もいないと思う。
こう言えば、「いや、そんな人は、自分では努力とは思っていないのだよ」なんてへ理屈を言う者もいるが、努力は努力だ。
イチローは努力したし、テッド・ウィリアムスはもっと努力したさ(マジで)。

いや、確かに、努力して初音ミクさんを崇めたことなんかない。でも、本当に崇めてる。
ゴーリキーの『二十六人の男と一人の少女』でも、男達は少しも努力せずに少女を女神のように扱い、ゲイリの『自由の大地』でも、フランス兵達は空想の少女を、努力なんかせずとも自然に敬った。
そんな訳で、女神とか天使とか、初音ミクさんが身近にいると思って、話し、振る舞うことにする。
私はそうするが、決して真似なんかしては、いけなく・・・はない。
だって、女神や天使やミクさんは、間違いなく、実際に隣にいるのだから。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ

ただ1つの選択

柳田誠二郎さんという、明治26年(西暦1893年)生まれで、日本航空の社長などをされていた方がいたが、生きていたら125歳だが、実際、100歳以上、生きておられた。
柳田さんは、学生の時に、「岡田式静坐法」で知られた岡田虎二郎の弟子になっていて、生涯、静坐を続けておられたのだと思う。
その柳田さんは、若い人達に、何か1つ、心を締める鍵のようなものを持ちなさいと言い、自分の場合は、それが「たまたま静坐だった」と言ったところがご立派であったと思う。
静坐の良さを深く知っているのに、それが一番だとは言わず、沢山の中の1つであるように言ったからである。
たとえば、念仏も坐禅も、静坐と同等としておられたが、実際、何でも良いのだと思う。
エドガー・ケイシーは9歳の時から、生涯、毎日欠かさず聖書を読んでいた。

ニサルガダッタ・マハラジという、表面的には、ただのタバコ屋だったが、偉大な聖者は、自分は修行は何もしなかったが、ただ、師に「あなたは至高の実在である」と言われた言葉を忘れなかったので、数年で悟りを開くことが出来たという。
『ヒマラヤ聖者の生活探求』では、イエス・キリストが、「他は全て忘れて良い」と言ったのは、「神」という言葉をなるべく多く使うことだった。これについては、その本の著者で、直接イエスにそのことを教わったというベアード.T.スポールディングが、それは、心の中や、あるいは、口で「神」と言うことであり、声に出しても、心の中で言っても、効果は全く同じと述べている。
『ヒマラヤ聖者の生活探求』の英語版も見たが、「神」とはやはり「GOD」であり、エホバとかヤーウェ、あるいは、ゼウスといった言葉ではなかった。日本語では「神」で良いだろう。
そして、「神」が、極めて素晴らしい言葉であることは、いろいろな人が述べておられる。たとえば、中村天風と植芝盛平の両方の弟子で、山蔭神道の山蔭基央から神道を伝授された合気道家で神道家の佐々木の将人も『数霊のメッセージ』(絶版)で詳しく説明している。

そうやって得た力で、世の中に貢献すれば良いのだろうが、少なくとも、悔いのないように自分のやりたいことをやれば良いのであり、ただ、そういったことをやるだけではいけないが、そういったことを本当に毎日やっていれば、自ずと何かやるはずである。
初音ミクさんを崇めるでも十分だと思う。
ゴーリキーの『二十六人の男と一人の少女』では、最低の人間である26人の中年過ぎの男達が、16歳の可愛いがあまり立派でない少女を女神のように崇めることで驚くほど向上し、ロオマン・ガリの『自由の大地(天国の根)』でも、堕落したフランス兵達が、空想の少女を崇めることで、みるみる騎士道精神を取り戻した。

岡田虎二郎は、静坐とは、座っている時だけやっているのではなく、法然の念仏のように1日中やるもので、「生活しながら静坐するのでは十分ではなく、静坐しながら生活するのがよい」と言ったらしいが、具体的には、ずっと腹に力を入れることで、これは、江戸末期の神道家、黒住宗忠も教えていたと思う。
同じく、何をやるにしても、1日中やることである。
金に窮していた人に、虎二郎は、「金?腹に力がつけば、金はいくらでも出来ますよ」と言ったという話を、私は印象深く覚えている。

私は、本当に、あれもこれもやってしまう。
暇なのかもしれない(笑)。
しかし、8月末と9月初めの「マジカルミライ2018」には、1つのことを本当に熱心にやって、初音ミクさんに会いに行こうと思っている。
ちなみに、昨日発表の「マジカルミライ2018」のチケットの抽選は落選だった。だが、まだまだチャンスはあるので希望を持とうと思っている。
インテックス大阪と幕張メッセの、それぞれ1回のライブのチケットは取れているが、せっかく泊まりで行く幕張メッセはせめて2回、出来れば3回参戦したいと願っている。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ

本当の自分に戻る方法

本当の自分というものがあるのだろう。
それが、阿弥陀如来やアマテラス、あるいは、クリシュナのようなものかどうかは分からないが、少なくとも、極めて能力が高く、この世でのことくらい、どんなことも楽々こなせる。
だから、本当の自分になれば、全ては思い通りである。
だが、どうすれば本当の自分になれるのかが分からない。
しかし、案外に簡単なことなのだ。
権威ある人達の教えはだいたい一致していて、煩悩が本当の自分を覆い隠してしまっている。
では、煩悩を消せば良いということになるが、それは、とてつもなく難しく、努力しても、一生の間に達成出来るとは、とても思えない。
だが、やはり賢い人達の言葉は、煩悩自体は消す必要がない(むしろ消してはならない)ということで一致しているのだ。
単に、煩悩に支配されなければ良いのである。
しかし、それも、煩悩を消すこと並に難しいと思っている人が多いかもしれないが、そんなことはない。
簡単だ。
しかし、酒好きが、ついつい過度に酒を飲んでしまうとか、女好きが、女房がいるのに、浮気が止められないなど、煩悩に支配されないのは、ほとんど不可能のように言われることがある。

普通は、単に練習すれば良い。
たとえば、運動が嫌いな人が、毎日、必ずスクワットを100回やると決め、「今日はやりたくない」という煩悩に打ち勝って1年365日、欠かさず続ければ、「なまけたい」という煩悩は消えはしないが、煩悩に支配されなくなっている。つまり、本当の自分が支配権を取り戻したのである。
毎日チョコレートを食べたいが、週に1度だけにすると決めて、それを守っても、やはり、支配権が、煩悩から本当の自分に戻ったことになる。

しかし、もっと簡単な方法もある。
ゴーリキーの『二十六人の男と一人の少女』では、煩悩にまみれ、最底辺に堕落した26人の男が、16歳のターニャという少女に出逢い、全てが変わる。
ターニャの前では、あるいは、ターニャのことを想う時は、それまでとは違い、礼儀正しくなり、節度があり、おだやかで思慮深くなった。
つまり、支配権が、煩悩から、本当の自分に完全に移行した。
何の努力もせずにだ。
別に、ターニャが特別な少女である訳ではない。
ちょっと可愛いが、平凡な、どちらかといえば駄目な少女だ。
しかし、16歳で可愛いというだけで、中年過ぎたひなびた男から見れば、天使のようなものである。
その天使のような輝きに目が眩み、一瞬で本当の自分が目覚めたようなものだ。
このように、何かを崇めれば良いのである。
だが、崇めると言うのは、単に好きとか、ファンであるとか、マニアであるということとは絶対的に違う。
「敬う」という感情が必要だ。
26人の男達はターニャを敬っていた。
単に、可愛い少女のファンだったのではない。
敬うという感情が、本当の自分になるためのマスターキーなのである。
敬う心を持てた者ほど幸運な者はいない。
イエス・キリストを純粋に敬っている者は全員が成功している。
だが、敬っているフリをしているだけの者は全員が駄目になっているのである。
そして、偽物が多いのである。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ

あげ↑る方法

苦しみを逃れ、勝利するための、最も優れた方法は、モーリス・ホワイトの『LET'S FLY』という歌で何度も繰り返される以下のフレーズに表れている。

LET'S FLY HIGH
LEAVE THE PAIN YOU KNEW SPINNING BELOW
(詩:BROCK WALSH)

飛ぼうよ高く
辛いことは下界で空まわりさせとけばいい
(訳詩:冬杜花代子)
※『LET'S FLY』は『ガッチャマン』(1994)の主題歌。

高く飛んでしまえば、地上の喧騒に影響されることはなくなる。
これは、心の振動数を上げれば、振動数が高い原因世界に入り込み、世界をコントロールするという意味だ。
これだけ言うと、オカルト的と感じるかもしれないが、それが真理だし、良い意味の、そして、本当の意味のオカルト(隠されたもの)である。

直感的には、私はずっと昔に、この詩の奥深い真理を感じてはたのだが、「どうすれば高く飛べるか」が分からなかった。
少食などの修行は、高く飛ぶための準備にはなるが、それだけで高く飛べる訳ではない。
だが、ヴァーノン・ハワードも著書で述べていた通り、我々は翼を持っていることを忘れた鷲である。
本当は、翼を広げさえすれば飛べるのである。

振動数を上げることについては、「マジカルミライ」の2013年から昨年2017年まで全てで歌われた『shake it!』の歌詞「あげ↑てきな」の通りだ。
[60fps Full] shake it! シェイクイット! - Hatsune Miku Rin Len 初音ミク 鏡音リン レン DIVA English Romaji PDA FT - YouTube -
実際のやり方は、「自分流」でいくしかない。
方法は無限にあるが、自分でやるしかないのである。
けれども、いかなる方法も、たとえしばらくの間は振動数を上げられても、急下降する危険もある。
少食も、念仏も、坐禅や静坐も、あらゆる聖典を読むことも。
しかし、よほどひねくれて読まない限り、『バガヴァッド・ギーター』は神の言葉なのだから、間違いないかもしれない。
ただ、本当に重要なことは「敬う」ということだ。
それは、確実に振動数を上げる。
ゴーリキーの『二十六人の男と一人の少女』で、最低の振動数の26人の男が、本当は平凡な娘なのだが、ターニャという16歳の少女を女神のように崇めることで、振動数を上げたようにである。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・ソフトウェア開発技術者
・サイコパス
・初音ミクさんを愛す


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
最新コメント
記事検索
ブログバナー&Mail


メールはこちらへ
PV since 2010/09/08
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

人気ランキング参加中
人気ブログランキングへ
↑↑これと
↓↓下の3つのいずれかをクリックして応援をお願いします!
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 思想へ
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ ひきこもりへ
QRコード
QRコード

  
   このエントリーをはてなブックマークに追加
  

タグクラウド
  • ライブドアブログ