ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

丹波哲郎

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

自分は頭が悪いことに気付けばブレイクスルーする

以前も書いたが、軍隊では、人間は次の4タイプ順の順列になる。
最高:頭が良い怠け者
優良:頭が良い働き者
普通:頭が悪い怠け者
不要:頭が悪い働き者

ところで、働き蜂や働き蟻の2割は働かないという話を見たり聞いたりしたことがあると思う。
この働かない2割を取り去ると、これまで働いていた8割の中の2割が働かなくなると言われる。

また、著名な経営者の本で見ると共に、大企業ではないが、立派な会社を長年経営しておられる社長さんに、こんな話を聞いた。
「2割くらいは駄目な社員がいるが、私はクビにせず雇い続ける。クビにすると、残り8割の中の2割が駄目なレベルに落ちてくる。だが、駄目な社員に仕事はさせない。遊んでいてくれたら、一人(年間)一千万円で済むが、仕事をさせたら一億かかる危険がある」

「頭が悪い働き者」も、働かないよう押さえつけていられれば、雇っても良いのかもしれないが、勤勉を奨励する日本では難しい。
頭が悪い働き者は、軍隊では、味方に鉄砲を撃ち、会社では、他の社員の足を引っ張り、蜂や蟻の社会でも、仲間の邪魔をする。

ところで、UFO研究家の矢追純一さんは、雑誌のインタビューで「若い時に、僕は頭が悪いから、考えることを諦めた」と言われてたと思うが、「自分は頭が悪いから考えることを諦める」なんて判断が出来るのは、最高に頭が良い証拠である。
何と言っても、世の中の人間の大半は、「俺は頭が良いから、俺が考える」なのであるから。これはもう、東大を出ていようが、小学校も出ていなかろうが同じである。
矢追さんは、若い頃は、頭の良い働き者だったが、ある時期から、頭の良い怠け者に「昇格」したのではないかと思う。

一方、大俳優だった丹波哲郎さんは、典型的な「頭の良い怠け者」だったと思う。
彼もまた、自分は頭が悪いと自覚していた。
そして、怠け者振りは、まじぱなかった(マジで半端でなかった)。
第二次世界大戦中の軍隊では、新米兵は上官の衣服の洗濯をしたりして機嫌を取るが、丹波さんは、そんなことは一切せず、それでも洗濯石鹸はもらうので、大量にたまった洗濯石鹸を売って儲けたり、あまりに怠け者なので見捨てられたおかげで、終戦まで安全な場所でのうのうと過ごした(石鹸売った金もあったし)。
サラリーマン時代は、もらった鉛筆を入社から3年削りもせず、やがて出社と同時に遊びに行くようになるほど、怠け者振りに磨きをかけた。
俳優時代も、基本、セリフは覚えて来なかったという。
そのおかげで、風格ある大俳優になり、80歳過ぎても良い役が回ってきたのだろう。少々の大俳優でも、人気がなくなって主役を張れなくなると、若いイケメンが主役の映画の脇役になって、その若いイケメン俳優を持ち上げたりするが、丹波さんは、そんなことは一切しなかったし、そんなことするような働き者でもなかった。

かく言う私は、頭が悪い働き者で、本来は、悲惨な運命だったが、良い社長に出会った。
「お前は、俺が目を離すとロクなことをしない」
「いい身分だと思ってノンビリしてればいいんだ」
まさに、頭が悪い働き者への配慮であった(笑)。
おかげで、頭が悪い怠け者に昇進し、安楽に過ごした。
怠け癖はついたので、後は、頭が悪いという自覚が出来るごとに、上昇していけるだろう。
人間、いつ、「自分は頭が悪い」ということに気付くかどうかが勝負であると思う。
アインシュタインなんて、子供の時に気付いたのだと思う。ただ、彼の場合、有名になってからは、持ち上げられるので、自分は頭が良いと思うようになってしまった。だから、ある時期(40歳くらい)から後の彼は愚かであった。








原因は自分にある

地球人類は、まだまだ未発達で、沢山の問題を抱えている。
もし、地球人類よりずっと進歩した宇宙人がいるなら、科学技術はもちろんだが、精神的・知的にも地球人をはるかに超え、その惑星全体で高いレベルの幸福度を達成しているかもしれない。
そして、そのような星があり、迎え入れてくれるなら、是非、移住したいと思う人もいるかもしれない。
だが、ジョージ・アダムスキー(1891-1965)が、こう書いていたことが、非常に印象に残っている。
「地球でうまくやれない者は、他の惑星に行っても、やっぱりうまくやれないのだ」
全くその通りだ。
そして、私はこうも思うのだ。
逆もまた真で、進歩した星でうまくやっている者は、地球に来たって、やっぱりうまくやれるのだ。
例えば、我々は、自分が勤めている会社がひどいところで、自分が苦しめられていると思っていることが多いと思うが、進歩した宇宙人が地球人として生活しながら、我々の会社に勤めたら、極めてうまくやれるのだ。

すると、こんな論理が成り立つかもしれない。
今いる会社でうまくやれない者は、他の会社に移ったところで、やっぱりうまくやれない。
もちろん、犯罪に手を染めている会社や、あからさまな悪人が支配している会社などの極端な場合は考えなくて良い。
しかし、ビジネスの内容や社員の待遇において合法的な会社であるなら、やはり、そうなのだと思う。

昔、俳優の丹波哲郎さんが、人々の悩みに答えるという本の中で、こんな話があったのを覚えている。
若い女性からの相談だったが、勤めている会社の社長が、自分に愛人になるよう迫ってくるというもので、彼女は、その社長のことを激しく非難する文言を並べていた。
それに対する丹波さんの回答は、簡単に言えば、こんなものだった。
「社長が社員の女性に愛人になれというのは、実に人間臭くて良い。それを罵るだけのあなたには愛がない」
もし、今の時代に、こんな発言をしたり、本に書いたら、いくら大物でも(あるいは大物だからこそ)俳優人生が終わりかねない。
しかし、丹波さんだって、別に、その社長の行為を擁護していた訳ではないと思う。
ただ、その女性に愛がないと言ったのだ。そして、それに関しては、私も同意なのである。
その社長を訴えて、そんな行為を止めさせ、慰謝料を取るのも良いと思う。
しかし、愛を持たないままだと、また同じようなことが起こるのではないかと思う。
ちなみに、愛を持つとは、関心を持つことであり、少なくとも、注意を向けることである。
無視が一番良くないのである。








権威より「やってみた」が大切

今年7月に亡くなられた竹村健一さんは、一頃はテレビで見ない日はないと言われるほどマスコミに露出し、膨大な数の著書や翻訳書を書き、ベストセラーも多く、活躍は生涯に渡って続いたが、竹村さんは、英語を武器に世の中に出たと言う。
とはいえ、竹村さんの英語は、特別に学んだとかいうのではなく、本人に言わせれば「僕の英語なんか素人に毛が生えた程度ですよ」と言っておられた。
それでも、その英語をフルに活用して人生を切り開いたのだ。
一方、世の中には、本格的に英語を学んだり、検定試験等で素晴らしい成績を収めながら、特に英語で何もせず(出来ず)、せいぜいが英会話学校の先生という人もいる。

丹波哲郎さんも、あそこまで大俳優になれたのは英語のおかげと思う。
丹波さんの英語は、竹村さんよりさらにしょぼく、戦後、米軍のバーでアルバイトをしていて身に付けたもので語彙は限られていた。
しかし、戦後、通訳が不足し、外務省が通訳を募集している時に面接に行くと、本人いわく「常にアメリカ人と一緒だったので発音が違う」という理由で(採用担当者が騙されて)採用され、東大出の彼の兄より高給をもらっていたが、通訳なんて全く無理で、外務省ではずっとトイレに隠れていたと言う。
しかし、言葉の問題だけではないが、フレンドリーなコミュニケーションが取れるので、国際俳優にもなれたのだと言う。

役に立つ特技なんてのは、必ずしも高度なものである必要はなく、むしろ大切なことは、竹村さんや丹波さんのように、実地で磨いたことだ。
中岡俊哉さんという、心霊関係で一世を風靡した人(この人もテレビで見ない日はないと言われた)は、戦時中、中国でたまたまラジオアナウンサーをやって、そこそこに話術を磨いたことが後の大活躍に生きたらしい。それもおそらく、大したレベルのアナウンサーではないのだと思う。

ビル・ゲイツは若い頃、天才プログラマーと呼ばれていたが、実のところを言うと、プログラミングの能力が高かったのは、マイクロソフト共同創業者のポール・アレンの方で、ゲイツはCOBOL等で事務処理プログラムを作る程度だったらしいが、それでも、それを仕事として企業から請け負ってやったので、大学院で情報科学をやった者よりずっと実戦的に考えることが出来たのだと思う。
比較にもならないが、私もパソコンでBASIC言語でプログラミングをやったところ、後で、サーバーOSやネットワーク、Webの仕組み等も見当が付き、特に分からないことはなかったし、今はAIの開発も出来る。
大切なことは、勉強するだけでなく、実戦で・・・多少リスクを背負うことだと思う・・・使ってみることだ。
学位や資格ではなく、「やってみた」が重要なのである。








運だけは良かった駄目なヤツ

2006年に亡くなられた丹波哲郎さんは、生涯に300本以上の映画に出演し、その中には外国映画も10本あり、ショーン・コネリーと堂々共演したこともある。
投資家で、運の研究で名高いマックス・ギュンターによれば、大俳優と言ったって、成功の要因はつまるところ、運が良かっただけのことであるが、俳優に限らず、いかなる成功者も同じなのである。しかし、誰も、自分が運で成功したとは言わず、努力で成功したように言い、自分でもそう思っている。
だが、この大俳優、丹波哲郎さんは、大抵の著書に、「俺はとにかく運が良くて」と言い、正真正銘の努力嫌いであることを全く隠さない珍しい人だった。
では、なぜ丹波哲郎さんは運が良いのかというと、本人は、「守護霊様が守ってくれたから」と言うが、はっきり言って、守護霊を見た人はいないし、「私は見た」と言う人も、ほとんどは怪しい話である。
そして、丹波さん自身、自分では守護霊を見たことはないのだと思う。単に、霊能者みたいな人に見てもらい、それを信用しただけだ。
けれども、「なぜ守護霊がそんなに良くしてくれたか?」となると、丹波さんは「俺は守護霊が守り易い性質だった」と言い、それで、丹波さんのような運を掴む糸口が見えてくる。
丹波さんが一環して言う、彼の得な性格・・・幸運を呼ぶ理由は、「ものにこだわらない」ことだった。
「ものにこだわらない」とはよく言うが、それがどんなものかは、案外に難しい。
しかし、言ってみればそれは、「小さなことにこだわらない」ことであり、「小さなことにこだわらない」とは、「本当に大事なこと以外はどうでもいいと思う」ことだ。
まあ、それも難しく考えれば難しくなるが、そんなことを難しく考えるのも、こだわりがあるからだろう。
先ごろ、東大の入学式で、ほとんどの男子学生がスーツ姿である中で、半袖のスポーツウェアで式に挑んだ新入学生がいて、テレビのインタビューに対し、「入学式はスーツという固定観念が良くない。俺はそんなんものぶっ潰す。そして日本を変える」みたいなことを言っていたが、「まあ、元気だなあ」とは言えても、あまりに小粒と思えた。いいヤツなんだろうが。
別に、入学式にはスーツというこだわりがある訳ではないが、どうでもいいのでスーツにした・・・で良いのであり、そんなどうでも良いことで自己主張するのもこだわりである。彼とて、東大に入れたのだから、頭・・・じゃなく、運は良いのだろうが、子供の時の運は与えられるが、これからの運は自分で責任を取らなければならないのだ。

「本当に大事なこと以外はどうでもいいと思う」とは、「大抵のことは気にしない」ことである。
2015年のアニメ『終物語』で、高校3年生の羽川翼が、大昔のアニメ(半世紀近く前)の『一休さん』の、一休の真似をしたが、あれ、分かる人、どれくらいいるのだろう?
しかし、その一休さんのキャッチフレーズが「気にしない、気にしない。一休み、一休み」で、これを口癖にするのも手である。
ただ、大事なことは気にしないといけないのであり、後には、丹波さんも、そんなことを本に書かれていたように思う。
ところが今は、気にすべきことを気にせず、気にしなくていいことを気にする者が多いのである。
あの、スポーツウェアで入学式に出た東大生も、そうではないかと思えたのだ。
彼は、周囲に不快感を与える可能性を気にした方が良い。
初音ミクさんのライブに、奇抜な格好で参加する人は日本でも海外でも、滅多にいないが、それは慣習に囚われているのではなく、周囲への気遣いという面も確かにあると思うのだ。

著書によれば、丹波哲郎さんは、どんな場所でも、駄目なグループが必ず出来るが、自分はいつもそこに入っていたし、駄目なグループの中にも落ちこぼれがいるものであるが、もちろん、そこにも丹波哲郎は入っていた。
なんでそんなに駄目なのかというと、大金持ちのお坊っちゃんだったので、何でもお手伝いさんがやってくれたから、何も出来ないからだったようだ。
しかし、こだわりがなければ、駄目なグループの、さらに落ちこぼれが、一番お得なポジションなのである。
また、そんな丹波さんがなぜ俳優で成功したかというと、単に向いていたからであり、こだわりがないので、余計なことにエネルギーを使わなかったからだろう。

ところで、昨日、初音ミクさんのライブ「マジカルミライ2019」の宿泊プランの申込みがあり、例年通り、受付開始と同時にアクセス殺到のために受付サイトが機能しなくなったが、システムに改善・拡張があったのか、粘り強くリロードすることで、申込みに成功し、一次抽選でのインテックス大阪に続き、幕張メッセでもSS席を確保出来た。
まだまだ「マジカルミライ2018」の感動が覚めやらぬうちに、「マジカルミライ2019」への道が開けるとは不思議な気分である。
昨日は、朝から可愛い女子中学生に挨拶されるなど運が良く、良い予感がしていたら、1日中、ツイていた。
つまり「明るい気分」も運には大事なことであると思う。
そして、明るい気分になるには、高貴な行いをすること、わけても、人に親切にするのが一番である。
思いやりこそが高貴な人間の特性であるが、人間とは、自分が高貴な人間であると思える時が一番嬉しいのである。









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「わりと」「だいたい」がツキを呼ぶ

事業成功者の話より、ギャンブラーの話の方が面白いのはなぜだろう?
それは決まっている。
ギャンブラーの方が正直だからだ。
成功した事業家は皆、本当はギャンブラーなのに、それを隠す。
そのあたりの事情は、アメリカの投資家マックス・ギュンターの『運とつきあう』に詳しく書かれていて、私は大変に面白いと思った。
事業家に限らず、いかなる成功者も、大博打で勝ったギャンブラーなのであることは、まあ、間違いないだろう。
しかし皆、自分は努力して成功したように言う。
その理由は(その本にも書かれているが)、(1)自分が努力して成功したと思われたい、(2)自分でも努力して成功したと思っている、(3)努力して成功したと言うほうがウケが良い・・・の3つである。

昔のアメリカでは、成功者はギャンブラーとして軽蔑されたらしいが、それは本当だと思う。
日本人は勤勉だと言われ、アメリカ人のリーダー達はそれを称賛する。
だが、日本人の勤勉は、実はアメリカが作ったのである。
戦後、アメリカは、二宮尊徳(にのみやたかのり。よく知られる二宮金次郎は自称)を尊敬すべき刻苦精励の人物という虚像を作って、これに憧れるよう日本人を洗脳し続けたのである。今でも学校にある、薪を運びながら本を読む二宮金次郎像は、アメリカによる、日本人のマインド・コントロール・ツールである。
いや、そもそも、アメリカ政府が、アメリカ人を勤勉にするため、勤勉は善、ギャンブルは悪という思想を作り上げたのだ。
だから、実際は、伸るか反るか(のるかそるか)の大博打で成功したジョン・ロックフェラーも、イメージを良くするため、自ら「勤勉こそ尊し」と説き続けたというのが本当だと、上記の『運とつきあう』にも書かれていて、私は、それを真に受けるというより、「そりゃそうだろう」と思うのである。まあ、エビデンス(証拠)も十分らしいしね。

成功者は、決して、自分が運で成功したとは言わない。
よほど親しみを感じている相手を除いては。
私は一度だけ、ある成功者に「俺が成功したのはたまたまだ。俺と同じことをやっても絶対駄目だ」と言うのを聴いたが、私が親しまれたというより、その場の興が乗っていたのだろう。そして、それが、私が彼を最も正直に感じた時として印象に残っている。
いや、その他の彼の言うことも、思い出せば『運とつきあう』に書かれてることとほとんど同じなので、その本の真実味を感じるのである。
しかし、やはり、成功者は普通は、自分が運で成功したとは言わない。

しかし、大成功者で、自分が運で成功したと言ってくれているのが、銀座マルカン創業者の斎藤一人さんとドワンゴ創業者の川上量生さん(現在はカドカワ社長)だ。
もちろん、彼らが運だけで成功した訳ではないだろうが、彼らと同じくらい能力がある人も、案外ザラにいると思うのだ。
その中で、彼らが成功したのは、絶対的に運があったのである。
斎藤さんに関しては、もうぶっ飛び過ぎてワケが分からないことを書いた本が続々出るが、まあ、彼の初期の本を読んだ方が安全だ(笑)。
そもそもが、斎藤さんの教えの根本は、「ツイてる」と言えばツクのであるから、それを覚えておけば良い。
川上量生さんは興味の尽きない人物であるが、50歳を過ぎて、そろそろ凡人化していないか・・・などと思うが、それは分からない。
彼も、割と思いつきでモノを言うフシもあるので、あまり真に受けない方が良いかもしれない。
だが、彼のツキの鍵は、彼の口癖「だいたい」「わりと」にあるような気もする。
「だいたいやね~」の口癖で有名だった竹村健一さんが、『いい加減のすすめ』なんて本を出していたが、要は、「良い加減」の「いい加減」が良いのだろう。
それが、「こだわらない」「やり過ぎない」「度を越さない」「そこそこ」「過ぎたるはなお及ばざるがごとし」という、宇宙の美徳・・・すなわち、運を呼ぶ要因になるのである。
竹村健一さんは英語で世に出たが、彼が言うには、「だいたい、僕の英語なんて、素人に毛が生えた程度ですよ」だそうだ。まあ、確かに、そんなに上手い英語ではないと思う。
私もVBA(ExcelやAccessに内蔵されたプログラミング言語)でわりと良い給料を貰っているが、正直、本当にいい加減で、ロクに稼げないVBAプログラマーに「こんなことも知らないのですか?」と言われることもある。
宮本武蔵の剣法だって、柳生宗則のような本格派と比べれば、相当いい加減だったと思うのだ。
しかし、実践の場数が多いと「キレ」がある。
丁度よい例が、大俳優の丹波哲郎さんが大学時代、外務省の通訳のバイトで高給を取っていたが、実は、採用されたのは、面接時の発音に「キレ」があったからだったというものだ。
早い話が、本当には英語が出来ない面接官達は騙されたのだ。
丹波さん曰く。
「そりゃ、米軍のバーでバイトしてたんですよ。だから、発音が違う」
もちろん、そんなんで通訳の仕事が出来るはずもなく、外務省では仕事中、トイレに隠れていたらしい(笑)。
丹波さんは、自分の最大の美点は「こだわらない」だと言う。
つまり、「わりと」「だいたい」なのであり、それがツキを呼ぶのである。









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