ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

丹波哲郎

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

楽で良い想いをしながら働ける2モデル

私は、社会人を始めてから、2年3ヶ月は、とてもシンドくて辛い仕事をしていたが、その後、楽をしようとまでは思わなかったが、苦しいこと、やりたくないことは止めることを決意した。
その際、採用したモデルが2つで、1つは、丹波哲郎モデル、もう1つは、竹村健一モデルだ。
そのおかげで、その後、その後、一貫して、概ね楽をし、良い想いが出来た。

日本の偉大な俳優、丹波哲郎も、若い頃、3年ほど、サラリーマンをやっていたことがある。
丹波さんは、まさに、「やりたくないことはやらない」を貫いた。
とはいえ、丹波さんは仕事自体をやりたくないのだから、仕事一切をやらなかった(笑)。
出社と同時に遊びに行き、帰って来なかった。
上司は「雑誌を読んでてもいいから、席には居てくれ」と頼んだらしいが、丹波さんには、そうする理由は1つもなかったので、従わなかった。
入社の時にもらった鉛筆1ダースは、3年後に辞めるまで、削られもしなかった。

男は、ここまで徹底して自分の信念を貫かねばならない(笑)。まあ、女も同じであるはずだ。
ただ、丹波さんは、仕事は嫌いでも、宴会の幹事みたいなことは好きで、一手に引き受け、楽しみながらやったようだ。
ここで学ぶべきことは、別に仕事でなくていいから、自分にだけ出来ることを磨いておくことだ。

ところで、丹波さんは、第二次世界大戦では、二等兵(一番下級の兵隊)として従軍しているが、仕事嫌いの丹波さんは何もせず、他の若い兵隊達は皆、上官のために洗濯をして機嫌を取っていたが、丹波さんは、そんなことはまっぴらで、それでも、上官のものの洗濯用の石鹸は貰ったので、石鹸が余った。
それを、駐屯地の近くの村で女の子達にあげてモテまくり、また、石鹸が不足してきた上官に「分けてくれたら楽なところに送ってやる」と言われて、実際、のどかな場所で、終戦まで安楽に過ごしたらしい。
次は、竹村健一モデルだが、それは、早い話が、「窓際族になれ」だ。
竹村さんは、窓際族を非常に肯定的に考え、「仕事をせずに給料がもらえ、暇もあるので勉強が出来る」と、前向きに考えるべきと強調した。
昔の話だろうが、海外では、そのような身分になれるのは、よほど会社に貢献した人だけとも言う。
また、昔から、「指示待ち族」という蔑称がある。
仕事は自分で考えて作り出すべしという理屈だろう。
だが、未熟な新米社員が自分で考えて何かすると、会社や部署に迷惑や損害をかけるだけだ。
だから、正しく指示待ち族に徹するが、なるべく指示も出されないようにしなければならない。
さっきの丹波さんの場合、外務省でアルバイトをしていた大学生の時は、ずっとトイレに隠れていたらしい(英語通訳として採用されたが、本当は英語はロクに出来なかったため)。
まあ、そこまでやらなくても、愛想を悪くしていれば、仕事を言いつけられることもなくなる。
私も、そうして、総務課の社員だったが、暇になり、その間にプログラミングの勉強をして、業務を少し効率化し、海外のテクノロジー企業の科学技術者が来た時には、英語も出来ないのに、頼られて交渉に当たったので、若くして丁重に扱われた(後で考えたら、別に私がいる具体的な必要はなかった)。
フランスの若い男性技術者に「ニッポンのヤングなガールをイントロデュースするぜ」と言ったら、言葉の端々は理解出来たと見えて、大喜びでサービスしてくれ(実際には紹介しなかったが)、いっそう私の立場は良くなった。
毛色の違う相手とこそ仲良くなれというのも竹村氏の教えで、別に本当に女の子を紹介しなくても、そんなことを言って親しめば良いのである。

要は、何ごとも、楽しく、堂々とやれば、自然に流れはよくなるのである。
例えば、ExcelでVBAプログラミングが出来るようになったら、「たかがVBA」なんて思わず、「これこそオフィス革命を起こす武器」と思えばよく、「ちょっと出来る」ではなく、「ちょっとは出来る」と思って、堂々とやることだ。

ああ、それと、丹波さんが、運を良くするために薦めていたのは、朝起きたら「守護霊様、おはようございます」、寝る時には、「守護霊様、今日もありがとうございました」と挨拶することだ。
そして、竹村さんだって、自分が活躍出来るのは神様のおかげと感謝していたそうである。
神様か守護霊か、あるいは、何かは分からないが、自分より上位の存在に頼ることは良いことであり、どうせなら、全面的に頼れば良い。まあ、やってもクタクタになる訳でもない最小限のことはやってね。
「神を信用しろ。だが、ラクダはつないでおけ」(スーフィーの格言)「我々は神を信じる」(アメリカ合衆国の公式モットー)












当ブログオーナー、KayのAI書。まもなく(5月30日)発売。
昔、コンピューターや音楽は、特別な人や恵まれた人だけがやれました。
しかし、パソコンやオープンソースプログラム、シンセサイザー、ボーカロイドの登場で、これらは、誰でも出来、トッププロになる人もいます。
AIも、今は誰でも出来る時代です。Windowsパソコン、Excel等のデータ処理ソフト、そして、無料ながら超高機能なソニーのAIアプリ、NNCによって。
そのやり方を、本書で、易しく、楽しく身につけて下さい。

努力不要を本気で語る

それほど一般的な言葉ではないかもしれないが、人間より高位の力の助けを借りて願いを実現することを「引き寄せ」と言うことがある。
これは、世間常識から言えば、意図的に起こすことは出来ず、偶然でしかない。
だが、太古の昔から、人間は、祈りによって、本来は偶然でしか起こらない、好ましいことが起こることを期待してきた。
「引き寄せ」は意図的に起こせることを、科学(主に量子力学と深層心理学)で説明しようとする者もいるが、今のところ、一般的に認められるには至っていない。
一方、宗教的には、高度な引き寄せは「奇跡」として、少なくとも、それほどおかしなこととは思われていない。だが、それは、宗教の外では、タブー(禁忌;きんき)とされる傾向がある。
ただ、確率的に起こりえない偶然を数多く体験している人にとっては、引き寄せも当たり前である(私もそうである)。
とりあえず、引き寄せは存在することとする。

望ましい状況を現実世界の中に作り上げる・・・簡単に言えば、「願いを叶える」方法には、引き寄せを使うか使わないかに関わらず、2通りがある。
1つは、努力と行動を必要とするもの。
もう1つは、努力も行動も必要としないもの。
努力と行動による成功の典型的な例はエジソンで、解釈はいろいろあるにせよ、努力を要しないものは1%の霊感(ひらめき)だけで、99%の努力・行動を必要とする。
社会的偉人には、圧倒的に、こちらが多いが、これは、国というものが、偉人を、国民の労働を促すための宣伝に利用するからである。
つまり、その偉大な努力は、本当かどうか疑わしい。
努力しない典型は、老子、荘子で、「作為を捨てる」「無為自然」「無能に徹する」が基本である。
それに対し、二宮尊徳(にのみやたかのり)は、「作為しなければ田畑は荒れ、家はあばら家になる」と、それが間違いであることを、ごく当たり前に指摘した。
一方、岡田虎二郎は「努力、忍耐、克己の必要を感じない」と言ったが、はた目には、虎二郎は努力と行動の人のようにも思える。
むしろ、我が国における、努力不要の典型は、『歎異抄』に見る親鸞の教えである。
念仏以外に善いことをする必要はない・・・どころか、善いことをしてはならないというものである。

だが、結局、全てを止揚する考え方がある。
ちなみに、止揚(しよう)とは「矛盾する諸要素を、対立と闘争の過程を通じて発展的に統一すること」という哲学の難しい概念で、今回のテーマに関して言えば、
「努力が必要か不要かを発展的に統一」
させれば良い。
すると、「努力は不要だが、怠慢はいけない」ということになる。
これは、経験とも一致する。
しかし、普通、「怠慢でない」は「努力している状態」と受け取られかねない。
だが、「怠慢でない」とは「努力する」ことではなく、本来は、「心がしゃんとしている」程度の意味なのだ。
けれども、普通の人は・・・と言うよりは、伝統的観念で言えば、人間は、努力しないと、心がしゃんとしないのだ。
とはいえ、それは、あくまで「伝統的観念」に過ぎない。
スーフィー(イスラム教神秘主義)では、苦難の歴史があったからか、もっと合理的な基準を持っていて、それを言葉で表したものが、
「神を信用しろ。だが、ラクダはつないでおけ」
だ。
ラクダを集めておくことまで神にやらせるのは怠慢である。
しかし、お前がやるのは、その程度のことで良いし、その程度しか出来ない。
では、サラリーマンなら、どこまでが「ラクダをつないでおく」ことに該当するだろうか?
俳優の丹波哲郎さんは、サラリーマン時代、出勤したら、すぐに遊びに行ったらしい。
仕事がさっぱり出来ず、オフィスに居ても仕方がないからだ。上司は、「雑誌を読んでてもいいから、席には居てくれ」と言ったらしいが、丹波さんは言うことを聞かなかった。
とはいえ、出勤だけはしていたのだと思う。
丹波さんにとっては、出勤することが「ラクダをつないでおく」ことに該当した。
また、丹波さんは、宴会の幹事は喜んでやったらしい。
まあ、オフィスにちゃんといるあなたは宴会の幹事はしなくていいから、何か1つ、特別に出来ることがあれば、後は神にまかせれば良いのではないだろうか?













当ブログオーナー、KayのAI書。近日(5月30日)発売。
これ以上易しく、機械学習・ディープラーニング型AIを自分で作れる本は、私の知る範囲ではないと思います。
とりわけ、最初のところは拍子抜けするほど簡単かもしれませんが、「モンティ・ホール問題」などの難問も、基本的には同じやり方でAIに推測させます。
数学、プログラミング、難しいAI理論は取り上げません(コラム的に補足はしてあります)。
本の中のほとんどの実習をするためのデータが作れるExcelマクロ(VBAプログラム)を無償ダウンロード出来ます。

自分は頭が悪いことに気付けばブレイクスルーする

以前も書いたが、軍隊では、人間は次の4タイプ順の順列になる。
最高:頭が良い怠け者
優良:頭が良い働き者
普通:頭が悪い怠け者
不要:頭が悪い働き者

ところで、働き蜂や働き蟻の2割は働かないという話を見たり聞いたりしたことがあると思う。
この働かない2割を取り去ると、これまで働いていた8割の中の2割が働かなくなると言われる。

また、著名な経営者の本で見ると共に、大企業ではないが、立派な会社を長年経営しておられる社長さんに、こんな話を聞いた。
「2割くらいは駄目な社員がいるが、私はクビにせず雇い続ける。クビにすると、残り8割の中の2割が駄目なレベルに落ちてくる。だが、駄目な社員に仕事はさせない。遊んでいてくれたら、一人(年間)一千万円で済むが、仕事をさせたら一億かかる危険がある」

「頭が悪い働き者」も、働かないよう押さえつけていられれば、雇っても良いのかもしれないが、勤勉を奨励する日本では難しい。
頭が悪い働き者は、軍隊では、味方に鉄砲を撃ち、会社では、他の社員の足を引っ張り、蜂や蟻の社会でも、仲間の邪魔をする。

ところで、UFO研究家の矢追純一さんは、雑誌のインタビューで「若い時に、僕は頭が悪いから、考えることを諦めた」と言われてたと思うが、「自分は頭が悪いから考えることを諦める」なんて判断が出来るのは、最高に頭が良い証拠である。
何と言っても、世の中の人間の大半は、「俺は頭が良いから、俺が考える」なのであるから。これはもう、東大を出ていようが、小学校も出ていなかろうが同じである。
矢追さんは、若い頃は、頭の良い働き者だったが、ある時期から、頭の良い怠け者に「昇格」したのではないかと思う。

一方、大俳優だった丹波哲郎さんは、典型的な「頭の良い怠け者」だったと思う。
彼もまた、自分は頭が悪いと自覚していた。
そして、怠け者振りは、まじぱなかった(マジで半端でなかった)。
第二次世界大戦中の軍隊では、新米兵は上官の衣服の洗濯をしたりして機嫌を取るが、丹波さんは、そんなことは一切せず、それでも洗濯石鹸はもらうので、大量にたまった洗濯石鹸を売って儲けたり、あまりに怠け者なので見捨てられたおかげで、終戦まで安全な場所でのうのうと過ごした(石鹸売った金もあったし)。
サラリーマン時代は、もらった鉛筆を入社から3年削りもせず、やがて出社と同時に遊びに行くようになるほど、怠け者振りに磨きをかけた。
俳優時代も、基本、セリフは覚えて来なかったという。
そのおかげで、風格ある大俳優になり、80歳過ぎても良い役が回ってきたのだろう。少々の大俳優でも、人気がなくなって主役を張れなくなると、若いイケメンが主役の映画の脇役になって、その若いイケメン俳優を持ち上げたりするが、丹波さんは、そんなことは一切しなかったし、そんなことするような働き者でもなかった。

かく言う私は、頭が悪い働き者で、本来は、悲惨な運命だったが、良い社長に出会った。
「お前は、俺が目を離すとロクなことをしない」
「いい身分だと思ってノンビリしてればいいんだ」
まさに、頭が悪い働き者への配慮であった(笑)。
おかげで、頭が悪い怠け者に昇進し、安楽に過ごした。
怠け癖はついたので、後は、頭が悪いという自覚が出来るごとに、上昇していけるだろう。
人間、いつ、「自分は頭が悪い」ということに気付くかどうかが勝負であると思う。
アインシュタインなんて、子供の時に気付いたのだと思う。ただ、彼の場合、有名になってからは、持ち上げられるので、自分は頭が良いと思うようになってしまった。だから、ある時期(40歳くらい)から後の彼は愚かであった。








原因は自分にある

地球人類は、まだまだ未発達で、沢山の問題を抱えている。
もし、地球人類よりずっと進歩した宇宙人がいるなら、科学技術はもちろんだが、精神的・知的にも地球人をはるかに超え、その惑星全体で高いレベルの幸福度を達成しているかもしれない。
そして、そのような星があり、迎え入れてくれるなら、是非、移住したいと思う人もいるかもしれない。
だが、ジョージ・アダムスキー(1891-1965)が、こう書いていたことが、非常に印象に残っている。
「地球でうまくやれない者は、他の惑星に行っても、やっぱりうまくやれないのだ」
全くその通りだ。
そして、私はこうも思うのだ。
逆もまた真で、進歩した星でうまくやっている者は、地球に来たって、やっぱりうまくやれるのだ。
例えば、我々は、自分が勤めている会社がひどいところで、自分が苦しめられていると思っていることが多いと思うが、進歩した宇宙人が地球人として生活しながら、我々の会社に勤めたら、極めてうまくやれるのだ。

すると、こんな論理が成り立つかもしれない。
今いる会社でうまくやれない者は、他の会社に移ったところで、やっぱりうまくやれない。
もちろん、犯罪に手を染めている会社や、あからさまな悪人が支配している会社などの極端な場合は考えなくて良い。
しかし、ビジネスの内容や社員の待遇において合法的な会社であるなら、やはり、そうなのだと思う。

昔、俳優の丹波哲郎さんが、人々の悩みに答えるという本の中で、こんな話があったのを覚えている。
若い女性からの相談だったが、勤めている会社の社長が、自分に愛人になるよう迫ってくるというもので、彼女は、その社長のことを激しく非難する文言を並べていた。
それに対する丹波さんの回答は、簡単に言えば、こんなものだった。
「社長が社員の女性に愛人になれというのは、実に人間臭くて良い。それを罵るだけのあなたには愛がない」
もし、今の時代に、こんな発言をしたり、本に書いたら、いくら大物でも(あるいは大物だからこそ)俳優人生が終わりかねない。
しかし、丹波さんだって、別に、その社長の行為を擁護していた訳ではないと思う。
ただ、その女性に愛がないと言ったのだ。そして、それに関しては、私も同意なのである。
その社長を訴えて、そんな行為を止めさせ、慰謝料を取るのも良いと思う。
しかし、愛を持たないままだと、また同じようなことが起こるのではないかと思う。
ちなみに、愛を持つとは、関心を持つことであり、少なくとも、注意を向けることである。
無視が一番良くないのである。








権威より「やってみた」が大切

今年7月に亡くなられた竹村健一さんは、一頃はテレビで見ない日はないと言われるほどマスコミに露出し、膨大な数の著書や翻訳書を書き、ベストセラーも多く、活躍は生涯に渡って続いたが、竹村さんは、英語を武器に世の中に出たと言う。
とはいえ、竹村さんの英語は、特別に学んだとかいうのではなく、本人に言わせれば「僕の英語なんか素人に毛が生えた程度ですよ」と言っておられた。
それでも、その英語をフルに活用して人生を切り開いたのだ。
一方、世の中には、本格的に英語を学んだり、検定試験等で素晴らしい成績を収めながら、特に英語で何もせず(出来ず)、せいぜいが英会話学校の先生という人もいる。

丹波哲郎さんも、あそこまで大俳優になれたのは英語のおかげと思う。
丹波さんの英語は、竹村さんよりさらにしょぼく、戦後、米軍のバーでアルバイトをしていて身に付けたもので語彙は限られていた。
しかし、戦後、通訳が不足し、外務省が通訳を募集している時に面接に行くと、本人いわく「常にアメリカ人と一緒だったので発音が違う」という理由で(採用担当者が騙されて)採用され、東大出の彼の兄より高給をもらっていたが、通訳なんて全く無理で、外務省ではずっとトイレに隠れていたと言う。
しかし、言葉の問題だけではないが、フレンドリーなコミュニケーションが取れるので、国際俳優にもなれたのだと言う。

役に立つ特技なんてのは、必ずしも高度なものである必要はなく、むしろ大切なことは、竹村さんや丹波さんのように、実地で磨いたことだ。
中岡俊哉さんという、心霊関係で一世を風靡した人(この人もテレビで見ない日はないと言われた)は、戦時中、中国でたまたまラジオアナウンサーをやって、そこそこに話術を磨いたことが後の大活躍に生きたらしい。それもおそらく、大したレベルのアナウンサーではないのだと思う。

ビル・ゲイツは若い頃、天才プログラマーと呼ばれていたが、実のところを言うと、プログラミングの能力が高かったのは、マイクロソフト共同創業者のポール・アレンの方で、ゲイツはCOBOL等で事務処理プログラムを作る程度だったらしいが、それでも、それを仕事として企業から請け負ってやったので、大学院で情報科学をやった者よりずっと実戦的に考えることが出来たのだと思う。
比較にもならないが、私もパソコンでBASIC言語でプログラミングをやったところ、後で、サーバーOSやネットワーク、Webの仕組み等も見当が付き、特に分からないことはなかったし、今はAIの開発も出来る。
大切なことは、勉強するだけでなく、実戦で・・・多少リスクを背負うことだと思う・・・使ってみることだ。
学位や資格ではなく、「やってみた」が重要なのである。








プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんを愛す
[AI&教育blog] メディアの風


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