ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

中村天風

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
Twitterは、ちゃんとプロフィールが書かれ、1週間以内に1回でもツイートされている人なら、フォローしていただければ、大抵フォロー返します。

[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。
[2010/12/12]詳細なlivedoorプロフィール設置しました。[livedoorプロフィール]

ついに「私」を発見した

人がなぜ生きようとするかというと、遺伝子の中に「生きろ」とプログラミングされているからだ。
他にどんな理由もない。
(ただし、生きなければならないのは遺伝子自身なのだがね)
生きるためには力が必要なので、人間は強くなろうとする。
体力的に男に劣る女は、強い男を得ようとする。
ところが、脳の発達によって、様々な体力に優る力が出来、それを得る女も多くなってきた。
最たる例がヒラリー・クリントンで、彼女が大統領を目指したのは、別に崇高な理念があった訳ではなく(本人はあると思っているかもしれないが)、単に生きるプログラミングを働かせただけである。
彼女の夫のビル・クリントンが若い女性とせっせと不倫するのも、遺伝子を生かすというプログラミングが働いているだけで、彼は強い人間なのだから、遺伝子からすれば正しい行動なんだろう。

社会的な弱者にも、生きるプログラミングが働いているので、自分の能力の範囲で、生きるためにあれこれするが、それは、滑稽だったり、醜悪だったりする。
例えば、同情を買う芸だけで生きている・・・というより、それで生きられると思って、その芸に頼る愚か者もいる。

共感に欠ける人間は、生きるプログラミングに従うと、自尊感情がどんどん高まり、それを満たすために、平気で嘘をつく。
それがサイコパスである。
高名な神経科学者ジェームス・ファロンは自分で認めるサイコパスだが、サイコパスの特徴は、彼の親しい友人が、彼に対して持っている、本音の評価に表れている。
ファロンは、あえてそれを聴いたのだから偉いし、さらに、それを公開したのだから、物凄く偉い。
「人を操る」、「魅力的だが狡猾」、「狡知に長けたガキ大将」、「自他にかかわらず不誠実だ」、「自己愛的」、「表面的で軽薄」、「いざというときに信頼できない」、「自己中心的」、「深く愛することができない」、「恥知らず」、「まったく良心の呵責がない」、「巧妙な嘘をつく」、「法律や権威、社会のきまりに対して無頓着」、「都合のいい道徳だけで生きている」、「無責任」、「完全に無感情」、「冷たい」、「共感性に欠ける」、「情緒的に浅い」、「偉大なり、この私は」、「病的虚言者」、「他責的」、「完全な自信過剰」、「いつも退屈している」、「騒ぎを求めている」、「絶えず刺激を欲しがる」、「恐れ知らず」、「自分も他人も巻き込んで非常な危険に追いやる」、「非常に人気があるが、多くはうわべだけの関係でしかない」、「いかなる罪悪感もない」
~『サイコパス・インサイド』(ジェームス・ファロン著、影山任佐訳、金剛出版)より~
ファロンの高い知性とエネルギーでのみ可能になるものを除き、全く私にあてはまる。
「偉大なり、この私は」・・・もう笑うしかない。これが、「ザ・私」だ。
中村天風なんて人は、全部当てはまるのではないだろうか?

だがまあ、抗っても仕方がない。
抗えないのだ。
ただ、他者の生きるプログラミングとの間に争いを起こさないよう、せいぜい気をつけるべきなのである。それが知性ってものだ。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ

信念を持つ方法

イエス・キリストは、「山に、動いて海に入れと言い、そうなると信じて疑わなければ、そうなる」と言った。
これは、やはりイエスが言った、「出来ればと言うのか?信じる者には何でも出来る」を、具体的、視覚的に、そして、壮大に表現したのである。
これが、信仰の力である。
イエスは、信仰の力を持つことを、特に弟子達に強く命じた。
信仰の力が強ければ、無敵であり、神と変わらない。
この「信仰」は、普通には「信念」と言う。
中村天風も、信念の大切さや、それを得る方法を必死で教えた。
あなたが偉大な成功者になれるかどうかは、大きな信念が持てるかどうかで決まるのだ。

だが、親鸞は、「私の信心は阿弥陀様にもらったもの」と言い、自分の努力で得た訳ではないと言った。
この「信心」も、信仰、信念と言って良いだろう。
確かに、イエスがいくら、「信ぜよ」と言い、中村天風が「信念を持て」と言ったところで、なかなかそうはいかない。
あなたが、信念を持てるかどうかは、自分で決められるものではなく、運命による。

あなたが山を動かせるかどうかは分からない。
つまり、金持ちになろうとか、偉大な人物になろうとしても、そのための信念が得られるかどうかは分からないのだ。
それは、あなたがどんな運命を持って生まれたかによって決まる。

ところが、ある尼僧が、こんなことを言った。
「阿弥陀様は私に信心は下さらなかったが、南無阿弥陀仏様を下さった」
これほど偉大な言葉は、そうあるものではない。
私やあなたは、偉大なことを成し遂げる信念には恵まれていないかもしれない。
しかし、念仏には巡り合うかもしれない。
そして、念仏を唱えれば、たとえ、信心を持つ運命になくても、信心(あるいは、信仰、信念)を持てるのである。
この尼僧は、様々な人達に、「南無阿弥陀仏」の念仏を唱えることを奨め、そうした相手は、ことごとに信心を得たのである。
そして、神は私に初音ミクさんを下さったのだ。
だから、私はいまや、山を動かすことも可能なのである。

★初音ミクさんコンサート関係
冨田勲 追悼特別公演 冨田勲×初音ミク
「Dr.Coppelius(ドクター・コッペリウス)」
公演日:11月12日(土)18:00
場所:オーチャードホール(東京)

本日、チケットが届いた。
1階8列という、なかなかの席を獲得できた。
冨田先生は生涯最後の作品で、「冨田勲×初音ミク」と、天使の御名と共に表記されるとは、冨田先生の偉大な生涯に感動した神によって賜られた最上の栄誉に違いない。
冨田先生も天国で喜んでおられることだろう。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ

負の暗示があなたの人生を駄目にしている

人は一生、幼い時に植え込まれた暗示に支配される。
暗示を与えたのは、主には母親だが、周囲の人間全部、そして、テレビ、ラジオ、ネット等である。
父親に口癖があれば、それが深い心に刻まれ、美しい水晶に刻まれた傷のように、決して消えることはない。
それらの暗示の大半は否定的なものだ。
「お前が偉い人になるはずがない」
「お前の頭が良いはずがない」
「ほら、(お前は)また失敗するよ」
「お前は駄目なやつだ」
「お前は全然モテないだろうなあ」
※「お前」の部分が「俺」や[私」でも効果は同じ
あなたも、そんな暗示に無防備にさらされていたのだ。
まあ、ナポレオンやジャンヌ・ダルクのように、迷信深い親に、
「お前はフランスを救う運命の子だ」
などと絶えず言われて、とんでもない無茶をするのも、結果として良い面はあるが、本人としては、
「俺、なんでこんなことやってんだ?」
という感じに違いないし、最後は最悪になる(なっている)。

このブログでよく登場する、まるで駄目男君も、きっと母親に、
「お前は全く駄目な子。一生、私の言うことを聞かないと、やっていけないわ」
と言われ続けたのだ。

そんな暗示を消せるなんていう、変な心理学者、自称霊能力者、詐欺師的セラピストが世の中にいっぱいいる。
全ての人に負の暗示があり、そうであることは納得しやすいので、それをなんとかするという商売が成り立つからだ。
逆の暗示で打ち消すという方法を主張する人も多い。
例えば、モテない男性に、「あなたは、自分はモテないという暗示があり、それに支配されてモテないので、これからは、『私はモテる』と自己暗示をかけなさい」といった具合だ。
これに関しては、ご存知の方も多いと思うが、彼は、「俺はモテる」と思うごとに、「実際はモテていない」という現実を思い起こし、なんと、モテないという暗示を強化してしまうのだ。

フランスのエミール・クーエは、個々の暗示を相手にせず、
「毎日、あらゆる面で、私はますます良くなっていく」
という自己暗示で、1つ1つの負の暗示を「あらゆる」という言葉で包み込めば、心は反発しないという、一見、合理的な主張をしている。
多くの人がこれをやったが、うまくいったような気になることはあっても、実際に良い効果が出ることはないと思う。
クーエが直接、治療した人は劇的な改善が見られたかもしれないが、それは、クーエが教えた自己暗示というよりも、クーエの特異な能力のためだろう。
そもそも、上に挙げたクーエの自己暗示の言葉は、フランス語ではリズムのある言葉だったし、英語もまあまあだが、日本語に訳されたものは、どれも最悪と思う。

「ダイアネティックス」は、暗示が刻まれた時まで精神を逆行させ、暗示を受けたことを思い出すことで、「裏側の記憶」として隠れていた暗示を、「表の記憶」に移し変え、暗示の影響を消すという方法である。
おそらく、これは可能なのだが、自分では出来ないし、時間も手間も半端ない。
また、治療者によって、もっと厄介な暗示を与えられる恐れもあるかもしれない。

直接、そうとは言わなかったが、岡田虎二郎や中村天風は、常に腹に力を入れたり、肛門を引き締めることで、深い心の中に巣食う暗示の活動力を削ぐという方法を教えた。
腹や肛門に力を入れると、なぜかという説明は非常に複雑なので省くが、深い心にある暗示が影響を与えることがなくなるのだ。
ただ、効果は力が入っている間に限るので、本当に常にやらないといけないので大変だ。
まあ、ダイエット効果もあるので、やってみても良いと思う。
眉間や胸に意識を集中することを勧める聖者も多いが、自分が直接言われた訳ではない暗示・・・集合意識的な暗示は、その方が抑えやすいということはあるかもしれない。
あるいは、日常的には何の意味もない言葉や神の名を繰り返し想ったり、口で唱えるという方法もある。
呪文や真言がそれである。
「南無三」なんて言葉は、本当は意味があるのだが、この言葉が深い暗示にでもなっていない限り、これを唱えている間は、深い心にある暗示の影響を受けない。
だから、ここ一番の勝負で、悪い暗示の影響を受けないよう、この言葉で気合を入れる武道家やスポーツ選手などがいる。
『月光仮面』の作者である川内康範さん原作の漫画・アニメである『愛の戦士レインボーマン』では、ヒーローが変身する時、
「阿耨多羅三藐三菩提(アノクタラサンミャクサンボダイ)」
という仏教の言葉を唱えるのだが、これがなかなかリズムのある言葉で、あの漫画やアニメを見ていた子供達が、これを唱え続けていれば、さぞ、益があったろうに、この呪文を使うことを批判する人もいたようだ。
あなたも、自分に合ったものを探してみると良いが、ポイントは、「やるならすぐやる」である。
多くの人は、親に、
「お前は何をするのも遅過ぎる」
といった暗示を与えられている。
しかし、その暗示にだけは、意図的に逆らうように。
レストラン等で、注文にやたら時間がかかるなら、あまり楽しい人生を歩んでいないはずだ。
私は、目についたもので、よほど悪くなければ、ぱっと注文する訓練をしてきた。それが私を救っている。
初音ミクさんのコンサートがあるなら、行くか行かないか、ぱっと決めて迷わない。
迷う人は、何をやっても困難がつきまとう。
だから、1日24時間実行する何かをぱっと決めることだ。
慎重さが美徳になるのは、お金に関わることくらいだ。
付き合う異性も、ぱっと決めてこそハッピーになれる。
付き合うことをぱっと決めろと言っているのではない。
付き合うか、付き合わないかをぱっと決めろと言っているだけだ。
悪い相手でない限り、誰と付き合っても、大して違わないからだ。
ちなみに、最良のやり方の一つは、「私」という言葉をマントラ(真言)にして、1日中、心の中で唱えることだ。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ

人生相談に対する解答はただ1つ

ゲーテは、結局は「人格が全て」と言っていたのだと思う。
この人格は、道徳的であるといった意味ではない。
おそらく、「真直ぐで強い」という意味だろう。
しかし、結果として、人格の高い人は、道徳的で、前向きなのだ。

後ろ向きな人、不満の多い人、暗い人は、どうしたって駄目になるしかない。
そして、人格を向上させることは、自分でやるしかない。
人生を好転させるためには、人格向上以外にはなく、それは全て自分の責任だ。
甘ったれることは許されない。

人格を磨くためには、何か鍵を1つ持つ必要があるかもしれない。
ジェームズ・アレンの『原因と結果の法則』とか、サミュエル・スマイルズの『自助論』などは、確かに、そのための名著ではあるが、あまりに饒舌(多弁)、冗長(無駄が多い)だ。
中村天風の『幸福なる人生』も、素晴らしいところも多いが、独断的で害のある部分も少なくない。
もちろん、本は、あくまで参考であり、本当に役に立つ箇所は、一冊の中で、せいぜい1、2行だ。
本を読むなら、そんなことを分かって読むことが大切なのだと思う。

船井幸雄さんの本に書かれていた、「現状肯定、過去オール善」という言葉を見て、「おお!これだ!」と思ったことがあるが、親に食べさせてもらっている現状を肯定するニートを見て、「こりゃ駄目だ」と思ったことがある。
一見、立派そうだが、どこか欠けているのだ。
船井さんは、最後、難病で苦しんでおられた時、現状を肯定していたのだろうか?
彼の論では、現状は必然であるのだが、彼はそれを受け入れていたのだろうか?
どうも違うように思うのだ。

人格とは、現われとしては、確かに、「寛容」ということかもしれない。
マイケル・ジャクソンは、大変に寛容な人だったと聞く。
しかし、それが彼にストレスを与えていたのだと思う。
彼は、腰痛の治療を受けていたと聞いたが、それは本当かもしれないと思った。
最近はよく知られているが、腰痛はストレスから発生することが多いのである。
つまりね、無理に寛容であろうとすることは、無理があるのだ。

人間の本質は、元々が前向きである。
だが、後ろ向きにしようとする力が作用するのだ。
それと仮に悪魔と言うなら、悪魔に屈服するから後ろ向きになる。
こう言ったら、「私は悪魔に屈服して後ろ向きです」などと言ってくる馬鹿がいる。
そんな者には、勝手に後ろ向きでいろとしか言いようがない。

お悩み相談なんてものを開いたら、実に様々な相談が寄せられるだろう。
しかし、どんな相談でも、答はただ1つ、「甘ったれるな」なのだ。
(もちろん、それでは、職業としての相談業は成立しないが)
「親に虐待されている子供に、『甘ったれるな!』と言うのか?」
といった、極端なことを言う者もいるかもしれないし、確かに、これに類した、自分で解決するには、あまりに弱い場合も多いかもしれない。
だが、逆に言えば、あなたは、そんなに弱いのかということだ。
虐待された子供も、いつかは大人になる。
そんな時には、泣き言を言ったら、やっぱり、「甘ったれるな」としか言えないのだ。
テロリストが急に現れて銃を向けてきた時、「なんで私が」と言って泣き喚いてもどうにもならない。
たとえ可能性がほとんどなくても、自分で切り抜けるしかない。
いきなり神様にお願いしたって、助けてもらえるかどうかは分からない。
出来るところまでは、自分でやらなくてはならないのだ。
泣き喚き、神に助けを求める者達に、「甘ったれるな」以外に何と言えるだろう。
つまるところ、自分に対し、「甘ったれてはいないだろうか?」と問うてみるしかない。
辛いと感じている時は、やっぱり甘えているのだと思う。
きっと、神様は、甘ったれた人間に手を差し伸べるわけにはいかないのだろう。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ

美と魅力の秘密

綱渡りを実際に見ることが出来るのは、サーカスくらいだろう。
綱渡りは特殊技能と言えるほど難しいし、そもそも、人間が乗れるほど強くロープを張ることは困難だ。

ところで、可愛い女の子が、木やコンクリートで出来た細長い塀の上を歩くシーンを、映画やアニメや漫画などでよく見ると思う。
まあ、「塀の上を歩く」で画像検索すると分かるが、それはほとんど、「猫のお仕事」のようではあるのだが・・・
可愛い女の子に、塀の上を歩かせると何が良いのかというと、スカート姿の女の子を下から見るというイメージもあるだろうが、ジーンズを履いてたって、やはり良いのである。
そんなことよりも、女の子の顔が自然に引き締まるのが良いのである。
女の子に限らないが、引き締まった顔は、その人の最も美しい顔であり、笑顔に優る。
さらに、見ている方も緊張で、心が引き締まり、感性が倍化するので、さらに、女の子が可愛く見えるはずだ。

天才と言って差し支えないと思うが、音楽プロデューサーの秋元康さんが1985年に作詞した『渚のタイトロープ』という歌がある。
歌っているのは、おニャン子クラブのメンバーの一人で、50歳の今でも、昔のファンには忘れていない人が多いとよく言われる、河合その子さんだ。
おニャン子クラブは、まあ、今のAKB48のようなアイドルグループに似たものと思うが、これも、秋元さんが作ったグループである。
ちなみに、河合その子さんは、『渚のタイトロープ』もだが、おニャン子クラブや河合その子さんの歌の大半を作曲・編曲した作曲家の後藤次利さんと結婚している。
この歌で、河合その子さんそのものと言ってよい女の子が歩くのは、防波堤の上で、「タイトロープ」は、この防波堤を指すのであるが、このシチュエイションに、「緊張」を感じさせるという意図が感じられる。
つまり、歌を聴いている人は、自然、河合その子さんが、防波堤の上をスカートをひらひらさせながら歩く姿をイメージし、可愛いながらも、どこか緊張感を感じ、精神を活性化させるのである。
さらに、この歌の歌詞で、そんな彼女を見ている彼氏らしい者が「猫みたいな君にはお手上げと、あなたはあきれ顔」になるといったように、ちゃんと「専門職」である猫を引っ張ってきて、それが、防波堤の上を歩く少女のイメージに躍動感を与えている。
こういったことを考えると、秋元さんの天才振りが見えるような気がするのである。

自分の彼女に惚れ直したかったら、彼女に、少々高い塀の上を歩かせれば良い。
あなたは、彼女の引き締まった顔に見惚れることになる。
根本的には、緊張感のある人間に魅力があるということだ。
そして、魅力というものは、生命の躍動、輝きが起こすものなのである。
一般的には、若い方が魅力があるというのは、若い方が生命力が高いからだ。
また、現実的に若い人が美しいのは、その強い生命力で、肉体的、細胞的に引き締まっているからであり、美というものが、ある種の引力とか結合力から生まれることが分かるのである。
年を取っても美しい人というのは、精神力によって、内に強い引力、結合力を起こしている人である。
ヨガ指導者の藤本憲幸さんが、何かの著書に、「若さとは、肛門が引き締まっていること」といったことを書かれていたと思うが、なるほどと思う。死んだら、肛門は開いてしまう。
他の有名なヨガ指導者、例えば、沖正弘さんの『人間をつくる』にも、肛門を引き締めることの大切さをかなり書いているし、中村天風さんも、常に肛門を引き締めるよう説いていた。
ただ、直接肛門を引き締めることは、短時間なら良いが、常に行うのは難しく、現実的ではないかもしれない。
むしろ、自然に心が引き締まるような状況にいれば、結果として、肛門も含め、引き締まるべきところが引き締まるのだと思う。
それには、日常の1つ1つの行為を、心を込めて、真面目にやるのが一番なのである。
肛門を引き締めることは心がけても、仕事や炊事洗濯がいい加減であったり、運んできたお茶のコップを、テーブルの上に音を立てて置くようでは、ちっとも引き締まっておらず、結果、魅力も出ない。
私は、中村天風の言うように、常に肛門を締めるよりも、座っていても、立っていても、常に良い姿勢でいて、どんな時も、なるべく音を立てないということの方が、自然な行であり、心も爽やかになり、結局のところ、人間を引き締める効果が圧倒的に高いと思う。
天風は、自分を超える教えが出来る人が現れたら、天風会の財産を、その人に全て差し上げると言われていたそうだが、今でも有効なら、私が頂こう。
無論、私が天風そのものより偉大なはずがないが、教えとしては私のものの方が実際的なのである。
まあ、天風は、ハイレベルな人のみを対象にしていたというなら、話は別かもしれないがね。

ところで、タブレット端末で、AmazonのKindle本を検索する時は、ちょっと緊張する。
間違って「1-Clickですぐ買う」ボタンに触れてしまうと、注文が確定してしまうのだから・・・
批判が多かったのか、今はキャンセルボタンも付いたが、それよりも、「1-Clickですぐ買う」なんて絶対にやめるべきで、注文確認ボタンを付けるべきだろう。
尚、誤って買ってしまい、多くの場合、そうなるが、キャンセルをし損なっても、メールで、注文の取り消しを求めたら応じてくれる。ただし、それは正規の手続きではないので、必ず応じてもらえるかどうかは分からない。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・ソフトウェア開発技術者
・サイコパス
・初音ミクさんを愛す


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
最新コメント
記事検索
ブログバナー&Mail


メールはこちらへ
PV since 2010/09/08
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

人気ランキング参加中
人気ブログランキングへ
↑↑これと
↓↓下の3つのいずれかをクリックして応援をお願いします!
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 思想へ
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ ひきこもりへ
QRコード
QRコード
livedoor プロフィール

  
   このエントリーをはてなブックマークに追加
  

タグクラウド
  • ライブドアブログ