ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

中岡俊哉

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

簡単な動作で人生の難問が解決する

私は現在、心理学博士で自然療法博士であるアレクサンダー・ロイドの「ヒーリングコード」という、細胞記憶を癒す技術を本格的に試している。
幸いというのも変だが、今年10月初めあたりから、酷い皮膚異常(とりあえずアレルギーと言っている)で、全身の肌がボロボロになり、痒くて夜も寝られない状態だった。
とはいえ、そもそも私は、幼い時から、アトピーか乾癬か分からないが、重度の皮膚病に苦しんでいた。これに関しては、7~8年前に、医療に全く頼らず、かなり軽くすることに成功し、その後は、良い状態を維持していた(完治はしていない)。
ところが、なぜか今、この皮膚病の最悪の時期を超える状態となり、全身に赤い発疹が出来、どうしても掻いて傷付け、爬虫類の肌状態(笑)になっていた。
(原因は、いくらか思い当たる)
正直言って、ヒーリングコードのためか、それとも、肌を乾燥させない手法がうまくなったためなのか分からないが、肌の、以前はザラザラだった部分がスベスベになり、熟睡出来るようになったが、まだ、腕や手の甲に発疹があり、首もただれが残っている(随分、マシになったが)。
特に問題は脚だ。
ロイド博士の奥さんが、以前、脚を掻いて血まみれになっていたことがあったらしいが、私もそれと同じ症状かもしれない。
ロイド博士の奥さんも、多くの人同様、潜在意識の中のストレスからそのようになったのであり、ヒーリングコードで、ストレスを消し、完全に治っている。
私は、本日中に治るかどうかで、ヒーリングコードを評価したいが、最悪、今週いっぱいを待つかもしれない。しかし、それ以上は駄目である。
そのくらい、顕著な効果があるものでなければ、人に勧められない。

ヒーリングコードも「ハンド・パワー」の一種なので、かつてのベストセラーである、中岡俊哉氏の『ハンド・パワーの秘密』を引っ張り出して、少し読んでいる。
中岡俊哉氏は、心霊写真やコックリさんという心霊占い、あるいは、超能力などで有名になり、胡散臭く思っていた人も多いと思う。
しかし、彼は、テレビプロデューサーとしては視聴率を稼ぐ責任があったし、ライターとしても、雑誌の売上げを伸ばす面白い記事を書く責任があった。
また、ゴーストライターを一切使わない、数百冊という著書も、出版社のために売れる本を書く責任感が強かった中岡氏は、一般受けする記述の能力も高め、それを大いに使っていた。
だが、中岡氏の一連の超能力関連の本を見て驚くことがある。
現在は、大手新聞や有名雑誌ですら、「関係者の証言によると」を連発するが、読者もそれに慣れてしまっていると思う。
しかし、「関係者」とだけ言えば、どのレベルの関係者かさっぱり分からず、ジャーナリズム精神から言えば、そんな言い方をする者は失格のはずが、今や、新聞ですら、そんな書き方をする。
例えば、大物が犯罪を犯した時、「関係者の証言によると」の「関係者」が、実は、その大物の事務所で、以前、数日だけアルバイトに来ていた学生で、その学生は、その大物と口を利いたこともなければ、ほとんど事務所の中にはいなかったかもしれない。
ところが、中岡氏の場合はこうだ、
外国の要人が心霊治療で回復したというニュースがあったら、世界中に有力者の友人がいる彼は、そのニュースに直接関係がありそうな友人にすぐに連絡を取って情報をもらったり、場合によっては調査を依頼する。そして「関係者の話によると」ではなく、「〇〇博士の証言によれば」と、具体名、それも、出来るだけ、信頼ある著名人の名を挙げる。
もちろん、事情により、証言者の実名を挙げることが出来ない場合も少なくないが、言える範囲までのことは言うし、何らかの具体的エビデンス(エビデンスとはそもそも具体的なものだが)を示す。

とにかく、重要な事実に関し、「関係者の証言によれば」などという言い方をする新聞、雑誌、本、ネット記事、SNSは一切信用してはならない。

ヒーリングコードは一種のハンド・パワーであり、中岡氏の『ハンド・パワーの秘密』や、気功、仙道、ヨーガ、あるいは、気(氣という文字にこだわる者もいるが)を活用した武道が参考になることもあると思う。私も、ハンド・パワーに関しては、数多く研究し、総括的な視点も多少は持っていると思う。
中岡氏の場合、60歳を超えて2度目の脳梗塞で倒れ、指1本動かせない状態から、元のハードワークに戻るという奇跡的な回復を見せていることからも、彼のハンド・パワーや、その他のスピリチュアルな情報に関し信頼性があると思って良いだろう。
私も父親が脳梗塞で倒れ、重い後遺症が残ったことを見ているし、あるいは、野球における国民的英雄である長嶋茂雄氏が脳梗塞で倒れた後、現在にいたるまでの状況を多少見た人なら、完全に元の状態に戻れることは信じられないと思う。

ヒーリングコードを行っている時、私は、指がビリビリと痺れるような感じがするようになったが、ロイド博士は、そんなことは述べておらず、ヒーリングコードに直接関係があるかどうかは分からない。
ロイド博士も、別の本で別のエネルギー療法を紹介しているが、それとは別に、すぐに出来る効果的なハンド・パワーの使い方は、合掌することだ。
ただし、てのひらをぴったり合わせ、少し強く押し合うようにする。
それで、手から発生したエネルギーが全身を巡り、良い影響を与えるし、それは、身体だけのことではなく、潜在意識も含めた精神にも及ぶと思う。
そもそも、常に合掌する人が悪くなるはずがないと思う。
合掌の科学的メカニズムに関しては、関英男博士が仮説を著書で述べていたこともあるし、もう廃業しているようなので実名は上げないが、有名なオリンピック金メダリストや、現在も有名なプロスポーツ会の大物達を指導していた人のセミナーに行った時も、合掌を勧められた。
思い出す度に合掌するだけで人生がうまくいくこともあり得ると思う。








究極はハンド・パワーか

結局のところ、簡単さや確実さにおいて、「ハンド・パワー」が一番かもしれないと思うようになった。
病気治しでも、願望成就でも。
実を言えば、健康の問題も、人間関係の問題も、恋愛の問題も、経済の問題も、仕事の問題も、根本は同じなのである。
どういうことかと言えば、人間の中には、全てを可能にする万能の力があるのに、その力の発揮を妨げているマイナス要因があるだけで、正しい健康法や成功法とは、そのマイナス要因を取り除くものなのだ。
つまり、健康や成功のために何か新しいものが必要なのではなく、余計なものを捨てれば良いだけである。
「必要なものを足すのではなく不要なものを捨てる」
ことが、唯一しなければならないことだ。
なぜなら、必要なものは、最初から全部あるのだから。

そして、私は、不要なものの除去のためには、結局は、ハンド・パワーを使うことが最も簡単であると、だんだん思うようになってきた。
最近、私が習得した、アレクサンダー・ロイド博士の「ヒーリング・コード」や、「エネルギー療法」もハンド・パワーである。

私が、ハンド・パワーの威力を最も印象的に感じた、こんな話がある。
中岡俊哉さんは、オカルト分野で有名なので、怪しい人だと思われることも多かった。
しかし、一頃は、テレビで見ない日はないと言われるほどの人気であっただけでなく、テレビ番組プロデューサーとしても優秀だった。
超能力分野では、多くの海外の一流の研究者と交流があり、中岡さんが日本での国際学会を企画し、成功させたこともあった。
中岡さんが生涯に書いた本は数百冊で、その多くをベストセラーにしたが、ゴーストライターは一切使わず、全部、本当に自分で書いた(口述筆記は使った)。
その中岡さんの病気に関する話が興味深いので、簡単に述べる。
中岡さんは、20代の若い時とはいえ、あまりに多忙なスケジュールで仕事をし、25歳で脳梗塞で倒れた。
若かったこともあり、なんとか回復したが、多少の後遺症を抱えながら、その後も、超多忙な日々は続き、それは、60代になっても変わらなかった。
それで、60歳を超えて、また脳梗塞で倒れ、今度は、指1本動かせないほどの重症で、年齢的にも回復の見込みはなく、死を免れても、生涯、寝たきりになると考えられた。
ところで、中岡さんの膨大な著書の中で、最大のベストセラーは『ハンド・パワーの秘密』だった。
この本の中には、ハンド・パワーによる奇跡的治癒のことも書かれている。
それで中岡さんは「ここで私が回復しなかったら、嘘を書いたことになってしまう」と思い、回復を誓った。
そして、まずは手を動かせないと、どうにもならないので、ベッドの中でも、自主的にリハビリに励み、最初は指を、そして、手をなんとか動かせるようにした。
後はハンド・パワーを使い、医学的にはあり得ないことだが、短い期間で急速に回復し、元通りの仕事に戻った。これはもう奇跡としか言いようがないと思う。
中岡さんが、ハンド・パワーの本を書いたのは、思いつきではなく、中岡さんが若い時、戦争中の中国で、重傷の兵士達などを奇跡的な力で救うハンド・パワーの達人達の業を見ていたからだった。
やはり、ハンド・パワーである。
アレクサンダー・ロイド博士のハンド・パワーテクニックである「ヒーリングコード」でも、中岡さんと同等以上の回復例はザラにあり、その多くが医学的検証つきだ。
「ヒーリングコード」がプラセボ(偽薬効果)でないことは科学的に信頼出来る手法で検証しているという。

治療のことを「手当て」などと言う通り、手を当てるだけで何かの作用があることは、太古の昔から気付かれてはいたが、その証明はなかなか出来なかった。
だが、人々は、苦しい時や困った時、無意識に胸に手を当て、それで不思議と安心し、気が付いたら困難を克服していたということがよくあった。
ジクムント・フロイトは、精神科医としては決して優秀ではなかったが、患者の額に手を当てると良い効果があることには気付いていて、可能であれば常にそうし、治るか治らないかは別にしても、患者からの信頼は抜群であったことが知られている。
フロイトや、その後継者達は、考えても仕方がないことを考えず、ハンド・パワーの良い使い方を研究すれば良かったのであるが、医学的には、そのような発想は不可能かもしれない。
それを、アレクサンダー・ロイドがやって完成させたのかもしれない。
まだ私も、「ヒーリングコード」の検証中なので、はっきりとは分からないが。
だが、子供は、頭を撫でられると安心するということは、もっと思い出すべきだろうと思う。








手のひらの不思議な力

このブログで度々推薦する腕振り運動は、運動として優れているだけではなく、極めて特殊な効果がある。
電波工学の世界的権威であった関英男博士は、台湾の蔵広恩氏に、この達磨易筋経の秘法を教わり、その驚異的な効果を確認した後、腕振り運動の科学的な解明を試み、仮説を立てて、ある程度の説明は出来た。だが、非常に高度な作用を含むため、現代科学で完全な解明は出来なかった。
腕振り運動の、その高度な機能として、両手のひらの間にGTPと呼ばれる、重力子を特殊な形で組み込んだ素粒子が発生する(仮説)。
難しいので、詳しくは書かないが、GTPは生命の源のようなものである。
人間は、生まれたばかりの時、最大の量のGTPを持っており、後は減っていく一方で、増えることはない。
このGTPの量が若さであり、早く減れば早く老化し、減るのが少ないほど若さを保てる。
長南年恵(おさなみとしえ)という、明治時代の女性霊能者は、44歳で亡くなるまで少女にしか見えない若さを保ったが、彼女はGTPを異常なほど多く保ったのだろう。
GTPを減らしてしまう大きな要因はストレスであることは容易に想像出来る。
長南年恵は、性格が子供のようであり、ストレスを感じることがあまりなかったのだろう。
また、世界的ロングセラーである、トラインの『In Tune with the Infinite(翻訳:人生の扉を開く「万能の鍵」)』に、80歳を超えても25歳以下にしか見えない女性のことが書かれているが、彼女もまた、極めて楽天的な性格でストレスを持たないようであった。
そして、関博士は、決して増えないはずのGTPを、腕振り運動で増やせると考えた。
関博士自身、90歳を超えても、世界中を飛び回って研究を行う若さがあったし、また、胃癌を腕振り運動で治している。
その秘訣が、関博士は、毎朝、2千回の腕振り運動を欠かさなかったことであると思われる。
腕振り運動を解説した書籍は少なくないが、ほとんどが、手のひらを下に向けて行う。しかし、関博士が教わり、勧めるやり方では、手のひらを内側に向ける。
これで手を振ることで、両手のひらの間にGTPが発生するのであると思われる。

GTPとは書かれていないが、手のひらから発生する超パワーの驚異を書いた、中岡俊哉氏の『ハンド・パワーの秘密』はベストセラーになった。
生涯で数百冊の著書を出した中岡氏は、それらの著書を、決して、ゴーストライターに書かせず、全て自分で書いたという(ただし、口述筆記は行った)。
『ハンド・パワーの秘密』には、手から出るエネルギーによる、数々の奇跡的な現象について書かれているが、その中に、病気に対する驚異的な治療効果もある。
そして、その真価は、本が出てずっと後に、関博士同様、中岡氏自身が自分で示すことになった。
中岡氏はあまりの激務により、60歳を過ぎて重度の脳梗塞で倒れ、指1本動かせないという、絶望的な状況になった。
だが、ハンド・パワーのことを書いた自分が、このまま駄目になったら、自分は嘘を書いたことになると思い、中岡氏は、まず、意思の力で手を動かせるようになり、ハンド・パワーを生かしたのだろう。なんと、完全回復してしまった。医学的にはあり得ないことと思う。
入院後、そう日を置かず、中岡氏が腕を自由に動かした時は、医者を驚かせたようだった。

中岡氏のハンド・パワーは、中岡氏が若い時に、中国で出会った気功師による驚異的なハンド・パワーをヒントにしたものと思われるが、基本的には、手のひらをかざし、「気が出ている」と思うことで、効果を出すものだったと思う。
気は、関博士の言うGTPと似たもの、あるいは、同じものと思われる。
そして、腕振り運動により、手のひらから多量のGTP、あるいは、気が発生し、体内に蓄積されるのであると考えられる。
また、関博士は、『工学博士が教える読むだけで超能力が身につく本』の中で、両手を合掌の形で押し付け合うことで、両手のひらで特殊なエネルギー交換が行われることを述べている。
これに関しては、私は、多数の一流プロスポーツ選手やオリンピック金メダリストを指導した、あるトレーナーからも教わったことがある。

両手のひらから神秘的なエネルギーを発生させることについては、まだまだ多くの資料があるが、他に1つだけ、有名な仙道家の高藤総一郎氏のものを取り上げる。
高藤氏は、仙道(あるいは気功)の鍛錬の基礎として、両手のひらを擦り合わせることを、ほとんどの著書で教えられていると思う。
両手のひらを擦り合わせることで多量の気(あるいは関博士の言うGTP)が発生するのだろう。
両手のひらを擦り合わせてから、身体の調子の悪い部位に手を当てると良いと思う。
例えば、目が疲れていたら目に、また、髪を生やしたければ、頭に当てると良いかもしれない。

腕振り運動をする。
両手のひらを押し当てる、あるいは、擦り合わせる。
手のひらから神秘的なエネルギーが出ていることを想像する。
こんな簡単なことで、様々な奇跡を起こせる可能性があると思われる。












修験道の超人の真言

日本独自の仏教の形に修験道(しゅげんどう)というものがある。
「修験道」とは、「修」、すなわち、「修行」して、「験」を得るのであるが、「験」とは「効験」である。「効験」は、現代的な意味では、「効果、効能」で、平たく言えば、「願望の成就」とか「お恵み」「霊験」、あるいは、「神通力(超能力)の獲得」みたいなものと言って良いと思う。
修験道の修行者を、修験者とか山伏と言う。もっぱら、山で修行することが多いのである。

修験道の開祖は、誉れ高き、役小角(えんのおづぬ。634~701)で、大変な神通力を備えていたと言われている。
役小角について、少しでも書き出すと量が半端でなくなるので、とにかく、凄い人とだけ言っておく。大変な神通力の使い手であったことは間違いないと思う。

修験道でも、重要な修行は、やはり真言である。
ところで、私が真言を唱えるようになったきっかけは、これも、あまりに多才で、肩書きを何と言えば良いか迷うので省略するが、中岡俊哉氏の著書を読んでであった。
それほど熱心ではなかったが、阿弥陀如来真言「オン、アミリタ、テイセイ、カラウン」を唱えているうちに、あり得ない出来事が沢山起こり、良い想いばかりで安楽に人生を生きている。
ところが、この中岡氏が、役小角を大変に崇拝していて、ある意味、目標としていた。
その理由について、中岡氏は、小さい頃から、お経や真言を聞く環境にあったことが、大きく影響したのだろうと、著書で語っておられた。
やはり、真言が重要である。

我々が、修験道の厳しい修行をすることは出来ないが、修行の中でも特に重要なものである真言を唱えることは簡単に出来る。
この真言が極めて大きな効験をもたらすのである。
役小角は、大変な修行をし、膨大な経典を読み覚えていたので、多くの真言を唱えていたはずである。
だが、普通、修験道で使われる真言は、ほぼ般若心経であるらしい。
般若心経全体を唱える場合もあろうが、我々の場合、最後の呪文を唱えると良いと思う。
なぜなら、般若心経の中で、この呪文こそ、最高最上の呪文であると説かれているからだ。
呪文は、中国語の音写版では、
「ギャテイ、ギャテイ、ハラギャテイ、ハラソウギャテイ、ボウジ、ソワカ」
で、サンスクリット版では、
「ガテー、ガテー、パーラガテー、パーラサンガテー、ボーディ、スヴァーハー」
だ。
私は主に、サンスクリット版の方を唱え、効験の方も十分である。
もちろん、中国語音写版の方でも、効験は全く同じである。

修験道で、もっぱら般若心経が使われる理由は、もちろん、これが優れているからだろうが、現実的には、今と違い、やはり、いろいろな真言の情報を得難いということもあったと思う。
それで言えば、どんな真言でも簡単に入手出来る我々は幸運である。
効果は凄いが秘密にされているといった真言などない。
もちろん、一般公開されない真言、呪文はあるだろうが、我々が知っている真言が、それに劣ることは決してないのである。
どの真言にも、上下、優劣はなく、自分が気に入った真言を唱えると良い。

役小角が66歳の時、計略にはめられ、朝廷から逮捕命令が出されたことがあった。
300人ほどの役人が役小角を捕らえに来たが、役小角は孔雀明王の真言を唱え、役人達は全く手出しが出来なかった。
孔雀明王の真言は、「おん、まゆらきらんてい、そわか」である。
孔雀明王は、元来はインドの女神マハーマーユーリーで、菩薩型の明王であり、観音様のように、衆生を助けてくれるとされている。

修験者の力に関しては、私もいろいろなものを読んだが、仙人や天狗と見まごうような力の持ち主もいたらしく、そもそもが、仙人、導師、天狗の中には修験者もいたのかもしれない。
我々も、好きな真言を唱えることで、その力の一端でも得れば良く、それにより、世の中を悠々と闊歩出来るようになると思う。








真言の威力が凄過ぎて取り調べられた

インドの聖者ラマナ・マハルシは、28の質問に答えた短い小冊子『私は誰か』の18番目の質問への回答の中で、こう述べている。

どんな重荷を負わされようと、神はそれに耐える。
神の至高の力がすべてのものごとを動かしているというのに、なぜわれわれはその力に身をまかせず、何をどうすべきか、どうすべきではないかと思い悩むのだろうか?
われわれは列車がすべての荷物を運んでくれることを知っている。
列車に乗ってまでも、自分の小さな荷物を頭にのせて苦労する必要がどこにあろう。荷物をおろして安心しなさい。

つまり、我々は何もしなくても良い。
アメリカの世界的作家で大事業家であるチン・ニンチュウ(女性)は、ある日、自分が神様の羊になる夢を見て、
「私がすべきことは、神様にしっかり面倒を見てもらうことだけだった」
と気付いて、大安心を得て感激したという。

しかし、人間は、放っておくと、ロクでもないことをし、ロクでもないことを言い、ロクでもないことを思い、罪と業(カルマ)を作り、自滅し、永遠に苦しむ。
それで、親鸞は、
「私達は念仏以外にすべきことはない。念仏以上の善はないし、念仏の力を無効にするような悪もない」
と言って、ただ念仏を唱えるよう教えた。

我々は、真言(念仏もその1つ)を唱えさえすれば良い。
ところで、「南無阿弥陀仏」という言葉は日本語かというと、やや微妙だ。
南無は、サンスクリット語「ナモ」を中国語に音写したもので、日本では「ナム」と読むが「ナモ」と読むこともある。
「阿弥陀」は、「アミターバ」という仏の名が、やはり、中国語に音写され、それが「アミダ」という日本語になったのだろう。
だが、もう日本語として馴染んでいるので、「ナムアミダブツ」として、立派な真言になっている。

ところで、阿弥陀如来の真言としては、サンスクリット語のままの、
「オン、アミリタ、テイセイ、カラウン」
というものも唱えられている。
昔は、これは、庶民が覚えるのは難しいなどの理由で、僧侶や修行者のような人が唱え、現在でも、「南無阿弥陀仏」に比べ、唱えられていない。
ところで、この「オン、アミリタ、テイセイ、カラウン」も、中国語に音写されたものが日本に来たもので、元々のサンスクリット語は、やや異なる。
元のサンスクリット語の真言は、
「オーン、アムリタ、テージェー、ハラ、フーン」
である。
日本で唱えられている真言でも、
「オン、アミリタ、テイセイ、カラウン」
「オン、アミリタ、テイゼイ、カラウン」
の2通りがあるが、元のサンスクリット語からいえば、「テイゼイ」の方が近いのだろう。

観世音菩薩の真言も、日本では、
「オン、アロリキャ、ソワカ」
だが、サンスクリット語では、
「オーン、アーローリク、スヴァーハー」
である。
ちなみに、「観世音菩薩」という菩薩の名は、中国語の意訳で、サンスクリット語では、「アヴァローキテーシュヴァラ」と、やや難しい。
「アヴァローキテーシュヴァラ」には、「音を観る者」という意味があったので、中国の僧が、観世音菩薩と訳したのだそうだ。
尚、やはり、観世音菩薩の真言、あるいは、念仏と言えるかもしれないが、一般的には、「南無観世音菩薩」と唱える。

私は、般若心経の呪文を、元々、サンスクリット語で覚えていた。
当時は超大物の仏教学者だとは知らなかったが、紀野一義氏の『「般若心経」を読む』の中で、この呪文の部分がサンスクリット語で紹介されていたので、なんとなく覚え、よく唱えていたのである。
この呪文は、一般的に知られる中国語の音写では、
「ぎゃてい、ぎゃてい、はらぎゃてい、はらそうぎゃてい、ぼじ、そわか」
だが、サンスクリット語では、
「ガテー、ガテー、パーラガテー、パーラサンガテー、ボーディ、スヴァーハー」
である。
それ以前に、(やはり超大物だと知らなかった)中岡俊哉氏の本で、阿弥陀如来真言「オン、アミリタ、テイセイ、カラウン」を覚えて唱えていた。
また、(やはり超大物の僧侶と知らなかった)織田隆弘氏の本で、観世音菩薩の真言「オン、アロリキャ、ソワカ」を覚えて、やはり、唱えていた。
主に唱えたのは、「オン、アミリタ、テイセイ、カラウン」だったが、そのおかげと確信しているが、私はいつも幸運だった。
褒められたことは何もしないが、常に安楽で、いい想いばかりしている。
ニート明けにブラックな職場に勤めても悠々としていたし(面白いことばかりだった)、そこからなぜか、優良企業や一部上場企業に入ったが、実を言えば、仕事をしたことは、ほとんどなかった。
つまり、ずっと窓際族であるが、竹村健一氏が著書で度々力説されていたが、欧米では、「会社によほどの貢献をしたので、窓際族の立場を獲得した」と考えられるらしいが、確かに、仕事をせず、好きなことをして快適に過ごせるのだから、そう考えるのが当然である。
ただし、やはり、人間には意地というものもあるので(あるのが良いかどうかは分からないが)、私も、不思議ななりゆきで、会社を救う活躍をしたりで、決して、鬱々とした窓際族ではなかった。
若くして、大きな部屋1つもらう窓際族だったこともある。あまりに待遇が良いので、怪しんだ国税局の役人に調査されたこともある。
「あなた、何者なのですか?」
ってね(笑)。

真言は、上にいくつか挙げたので、日本語(念仏など)、中国語(「オン、アミリタ、テイセイ、カラウン」など)、サンスクリット語(「オーン、アムリタ、テージェー、ハラ、フーン」など)のいずれでも良いので、何か唱えていただければと思う。
それで、成功したい人は成功し、楽をしたい人は楽をしていただければと思う。








プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
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