ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

中山正和

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

偉人には何かを時間をかけて行う習慣がある

大数学者だった岡潔(1901-1978)は、ある時期から、毎朝1時間ほどだったと思うが、念仏を唱えていたらしい。
これは、浄土系仏教の僧、山崎弁栄に心酔したからであるようだ。
また、武道家としても名高い数学者の木村達雄さんは、大東流合気柔術の師である佐川幸義に倣い、毎日千回の四股を踏んでいるという。

新渡戸稲造は、毎日、何かをしないといけないと思い、それならと、毎朝の水ごりを始め、いかなることがあろうとも継続し、風邪で高熱を発しながら決行した時は、医者に怒られたらしい。
「眠れる預言者」と言われる超能力者エドガー・ケイシーは、9歳の時から、生涯に渡り、毎日必ず、聖書を読んだという。

これらの修行自体に、仮に、本当は何の効果もないとしても、1つ良いところがある。
それは、何事であれ、真面目にやっている時は、余計なことを考えなくてすむことだ。
『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか』というアニメを見ていたら、ある時、主人公の14歳の少年ベル・クラネルが、酒場の女店員シル・フローヴァに、いきなり大量の皿洗いを頼まれ、素直なベルは嫌々でもやり始めるが、悩みを抱えていた彼は、皿洗いをやっている間、余計なことを考えなくてすむことに気付く。
天才発明家で、能力開発のエキスパートであった中山正和さんも、頭の無駄使いが頭を悪くすることを指摘し、頭の無駄使いとは、クヨクヨしたり、愚痴を言うことだと本に書かれていたと思う。
それなら、どんな悩みの相談に対しても、「なら筋トレだ」でも「なら念仏だ」でも良い訳である。
私は、家で時間があったら四股(相撲のものとは違う軽いもの)を踏むようになったが、1日300回は踏むようになったと思う。
早く500回くらいしにし、8月、9月の、初音ミクさんのライブ「マジカルミライ2019」の頃には千回に達したいものである。









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余計なことを考えないために

1997年のビデオアニメ『レイアース』は、私はレーザーディスクで何度も観たが、その中で、こんな場面を妙に覚えている。
3人の中学3年生の少女達を残し、町中から(実際には世界中から)全ての人間が消えてしまう(壮大だ)。
周囲に誰もいない状況に、光(ひかる)という少女が、「もし、他の場所も同じ状況だったら・・・」と言い始めた時、風(ふう)という名の頭の良い少女が、光の言葉を封じ、落ち着いた声で、
「こんな時は何も考えない方がいいです。どうしても怖い考えになりますから」
と言う。
そんな異常事態の中で、これほど冷静になれるとは、大した中学3年生だ。

そうなのだ。
考えるべきことは考えないといけないが、不幸や不運の原因は、大抵、「余計なことを考えること」だ。
考えても仕方がないことは考えないようになれば、それほど不幸になることはない。
天才発明家で、問題解決学のエキスパートだった中山正和氏が、般若心経の呪文を唱えることを薦めていた理由が、それを唱えることで、余計なことを考えなくて済むからだった。
それでいえば、別に、念仏でも、他の呪文でも構わない。
もちろん、念仏や呪文には、それぞれ特別な意味があるのだが、それは今回は置いておく。
余計なことを考えないために呪文や念仏を唱えるだけでも、ほとんどの問題は解決するが、実際は、それ以上の恵みがある。だが、欲張らないことだ。

著名な投資家のマックス・ギュンターの本に書かれていたが、彼が世界最高と認める投資家が一言で述べていた投資のコツが素晴らしい。
それは、「欲張らないこと」だ。
そこそこ儲ければ良いのであり、大儲けを狙うと、大損する。
多少の損を受け入れないと(投資の世界では損切りと言う)、やはり、大損になってしまう。
だから、欲張らず、適度に儲け、少しで済むうちに損をしておく。
欲張らずに、それを積み重ねた彼が、どれほどでも欲張れる財産を作ったのだ。
そして、念仏を唱えたり、聖なる呪文を唱えながら欲張ることは難しい。
よって、それだけで、大抵のことはうまくいく。
そして、呪文や念仏に不可思議な加護があることも認めるしかない。
だから、常に、お気に入りの呪文や念仏を唱えることは、そうでないより良いのである。









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それで、どうしたら運が来るのか

若い人にも悩みはあるだろうが、それは些細なものが多い。
些細とは、自分で頑張れば解決出来るとか、後で考えると笑い話になるようなものだ。
しかし、当事者としては、悩むのである。
けれども、歳を取ってからの悩みは深刻なものが多い。

だが、いずれの悩みでも、解決には「運」が必要な場合が多い。
例えば、中高生が、成績が悪くて悩んでいたら、しっかり勉強すれば改善するはずだが、他のことに気を取られて勉強が出来ないということが多いと思う。
ところが、不意に、好きな子と一緒に勉強をする機会が出来たり、抱えていた別の問題が自然に解決したりでほっとして勉強をやる気が出たりすることがあるが、そういった場合には「運」が関係しているのである。

私が、プログラマー・システムエンジニアになったのだって、際どい偶然がきっかけで、運としか言いようがない。
自分が努力せずに、運だけに頼るのも間違いかもしれないが、上の学生の例にもあるように、努力出来ることだって運の影響は大きい。

運を良くする方法は、書籍でも、沢山のものがある。
斎藤一人さんのように「ツイてる」と言えばツクという単純なものから、投資家のマックス・ギュンターのように、徹底した現実論・確率論で語る人もいる。
私も、興味があって、片っ端から調べたが、基本的に共通することは「欲張らない」ことで、一流投資家のマックス・ギュンターが最高の投資家の一人と考える投資家の座右の銘が「欲張らない」ことだった。彼の成果は、最高に欲張る人の希望値を超えているが、彼自体は欲張らないのだ。
しかし、欲張らないというのも難しく、好きなあの子と仲良くなりたいなんて欲張らなければ、事は進まない。
古い歌だが、石川ひとみの『まちぶせ』や、あみんの『待つわ』のようなのは(嗚呼、古い。しかし、今でも結構有名)、強奪を狙っている訳ではないが、「少し」欲張り過ぎだ。
これらの歌の「怖い」部分を落として、もう少しライト(軽量)に、明るくやれば、運も向いて来るように思うのだ。
そして、私は、長年振りに、天才発明家の中山正和さんの本を読むようになったが(電子書籍での復刻が進んでいる)、彼の、「般若波羅蜜多(はんにゃはらみた)」の修行をやれば、確実にツクのである。
「般若波羅蜜多」とは、有名な短いお経の般若心経に書かれている、観自在菩薩が行った修行だが、何の修行かというと、中山さん的には「クヨクヨしないこと」である。
「クヨクヨしない練習」をすれば、必ずツクのである。
逆に言えば、みんな「クヨクヨするから」ツキがないのである。

そうは言っても、好きな人が、自分とは別の男(女)と歩いて(あるいはドライブして)いたら、そりゃあクヨクヨするし、リストラされそうだと(あるいはされたら)クヨクヨせずにいられないだろう。
そんな時は、中山さんは、般若心経の呪文を唱えれば良いと言うが、別に、念仏でも、別の呪文でも良いはずだ。
クヨクヨする代わりに唱えれば良いのだから。
般若心経の呪文は、ググればいくらでも出てくるが、あえて書くと、

中国語からの音写では、
羯諦羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶
ぎゃてい ぎゃてい はらそうぎゃてい ぼうじそわか

あるいは、原語のサンスクリット語で、
ガテー ガテー パーラガテー パーラサンガテー ボーディ スヴァーハー

となる。
意味は特にない。
これで何で運が良くなるかというと、ちゃんと原理はあるが、別に知らなくて良い。
知りたければ、中山さんの本を読むと良いだろう。そんなに難しくはない。









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正法眼蔵と念仏

仏教学者の、ひろさちやさん(今は「宗教評論家」の肩書きで紹介されることが多いように思う)の『正法眼蔵』に関する著書を少し読んだ。
『正法眼蔵』は、鎌倉時代の禅僧である道元の全百巻の大著であるが、ひろさちやさんの本は、その中のいくつかの部分を取り出し、現代語訳と解説をしたものだ。
ひろさちやさんは、『正法眼蔵』の精髄は「心身脱落」であると述べているのだと思う。

「心身脱落」とは、心も身体も消すことであるが、それを例えて言えば、自分が砂糖としたら、仏というお湯の中に溶けてしまうことであるようだ。
私はそう聞くと、すぐに、初音ミクさんが歌うMitchie Mさんの名曲『FREELY TOMORROW』を思い出す。
【調教すげぇ】初音ミク『FREELY TOMORROW』(完成)【オリジナル曲 歌詞付】: Mitchie M
特に、


心ごと体ごと 全部脱ぎ捨てたこの魂
無くしてた熱情が 指先から流れ出した
~『FREELY TOMORROW』(作詞・作曲・編曲:Mitchie M)より~


の部分は、まさに「心身脱落」である。
全体に、この曲は『正法眼蔵』に匹敵すると思う。

天才発明家の中山正和さんは、工学、脳科学、量子力学を仏教と融合させた能力開発法を提唱し、中山さんの存命中、広く(世界的に)支持されたが、今、彼の書籍が電子書籍で次々復刻している。
中山さんは、仏教の中でも、『正法眼蔵』は特に重視していたと思う。
『正法眼蔵』は難解と言われるが、文章自体はそれほどではないと思うし、現代文で読んでも、実に美しいことは解る。
そして、ハッキリとは解らなくても、真理の光のようなものは感じることが出来ると思う。
そもそも、『正法眼蔵』はリクツで書かれていて、深遠ながら「なるほど」と思うことも多いのである。
だが、やはり、読み飛ばすような本ではない。
1章ごとに凄い真理が書かれているのだから、最初の数ページの『現成公案』だけでいいと思って読んでも良いくらいだと思う。それだけで、普通の良書百冊を超えるから。

大数学者の岡潔さんは、意味が解らないながら、『正法眼蔵』を18年の間、座右の書としていたが、ある時突然、全体が解ったと言う。
中山さんは、中学だったか高校だったかの恩師が、『正法眼蔵』の『現成公案』だけ読むように言ってくれたらしいが、やはり、ある時突然、この『現成公案』が解り、すると、『正法眼蔵』全体が解ったと言う。
その岡潔さんも、最後は念仏の道に入ったし、道元が開いた曹洞宗の良寛や、同じ禅宗である臨済宗の一休も、やはり最後は念仏を選んだ。
かと言って、念仏や浄土仏教が、『正法眼蔵』より優れているというのではなく、つまるところで言えば、両者は同じなのではないかと思う。
そして、岡潔さんは数学、一休や良寛は禅僧としての活動があったから、『正法眼蔵』や念仏が生きたのだろう。
我々は、我々なりに、人生の義務を果しながら、仏教等を学んだり、初音ミクさんの歌を聴けば良いのである。
ちなみに、私が愛読する『正法眼蔵』は、禅文化学院のエッセンス版である。

初音ミクさんのライブコンサート「マジカルミライ2019」の、ぴあ、e+、ローソンチケットなどのプレイガイドでのチケット抽選はないのではと以前書いたが、そんなことはなく、行われるようだ。ただ、昨年までなら、この時期すでにスケジュールが発表されていたと思う。
気をもませてくれるが、まあ、ミクさんは可愛いから許そう(笑)。









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やっと魔法が使える

最近、つくづく思うことが、「必要のない願いは叶わない」だ。
一億円なら誰でも欲しいが、それが手に入ったら、貯金するだの、贅沢して浪費するなどでは、何の必要性も無いのであるから、そんな願いは叶わない。
願いを叶えるには、エネルギーが必要であるが、どうしてもそれが必要だという理由が無ければ、エネルギーは出てこない。

大発明家・能力開発指導者として知られた中山正和さんの本で見たことがあるが、潜在意識が願いを叶えるために動くのは、「命がピンチに陥った時」だ。
それが得られないと、生命力が低下する場合、潜在意識は、それを防ぐために、どうやっても願いを叶えるのである。
例えば、職場でいじめられて、本当に苦しいなら、生命力が低下し、命がピンチに陥っているのである。
そんな時、「良い職場」とか「独立起業」を願えば叶うだろう。
だが、多くの人は、そんな状況になっても、具体的に何かを求めないので、状況が良くならないのである。

だから、悪い状況は喜ばなくてはならない。
願いを叶えるエネルギーを得るチャンスであり、願いを叶えることで成長し、大きな生命力の持ち主にもなれ、さらに大きな願いを叶えられるようになるからだ。
だが、悪い状況になるのだって、自分で何かやってこそだ。
事業で成功した人というのは、好きなことを始め、それをやっているうちに危機的状況になったが、それを積極的な気持ちで打破すると決めたから、潜在能力を発揮し、結果、成功したのだ。
簡単に言えば「命をかけてやれば成功する」のである。
ただし、ここでも必要性の問題がある。
昔の時代劇映画で、こんな話があったのを覚えている。
ヤクザの一家に脅されている商家を見て、ヒーロー気取りの若い渡世人が、「あっしに任せなさい」と言って、1人でヤクザ一家と対決し、当然のことながら串刺しにされて殺される。
自分が本当にそれをやる必要があるか、少しは考えないといけない。

「可愛い彼女が欲しい」と言っても、「お前のどこに彼女の必要がある」と言われて仕方がない男なら、そんな妄想の願いは叶わないし、叶ったとしたら悲惨なことになる。
まずは、可愛い彼女とやらに相応しい男になるか、少なくとも、なろうとすることだ。そうしたら神様も、修行のためという目的込みで彼女を与えてくれることは、割とよくあることである。

私がプログラミングをマスター出来たのも、昔、「俺、このままじゃ、ひきこもりなのに何も出来ないのだから、人生真っ暗だ」と思ったからである。
昨今、「全ての人がプログラミングを習得すべき」なんて言われることがあるが、やはり、本人が必要を感じなければ駄目なのである。

だから、問題は大歓迎すべきだ。
私は、悪い状況になれば、本気で小躍りして喜ぶ。
やっと魔法が使える・・・ってね。









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