ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

中山正和

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。

心安らかな超能力者であるために

そういえば、私は、トランプ大統領の怒った顔なんてものを思い出すことは出来ない。
そもそも、私は、トランプ大統領が怒った顔を見たことがないと思う。
トランプ大統領が、心を込めて言う、強く言う、激しく言う・・・などということはあっても、彼は、人前で怒ることはないのではと思う。
ヒラリー・クリントン氏やジョー・バイデン氏とテレビ討論会でディベートした時だって、口調が激しくなることはあっても、怒っていたことはなかったのだと思う。
彼が、カメラの前で誰かを強く非難することは当然よくあるが、それでも、怒っている・・・というふうではない。
これは新発見だ。
人間というのは、怒った時の顔というのは、みっともないし醜悪なものである。
特に、俗に言う「キレる」、つまり、逆上した時ほど、惨めな雰囲気を醸し出すことはない。
だが、トランプ大統領がみっともない顔になったことはないと思う。
言葉が激しくても、彼は常に冷静なのだと思う。

『エリート』という、1965年の漫画ながら、紙の本が2005年まで出ていて、2017年8月にKindle化され、Wikipediaにも載っている漫画がある。
人間というものは、持っている能力のほんの一部しか使っておらず、全ての潜在力を引き出すと、誰もが超人になるという、当時としては画期的で、今でも、よく分かっていない人が多い事実にスポットライトを当てるところから始める壮大な傑作漫画だ。
原作は『幻魔大戦』などで知られるSF作家の平井和正氏で、漫画は昨年(2020年)亡くなられた桑田次郎氏(ある時期から桑田二郎に改名)だ。
竜太郎という中学3年生の少年は、地球征服をもくろむ巨悪エルケーニッヒ・ダンガーと人類の運命をかけて戦っていて、ジョンという、幼い子供だが、大人より頭が良い上に超能力者である者が味方であった。
読者はずっと、竜太郎とジョンは共に戦うと思っていたはずだが、なぜか、ジョンは、だんだん竜太郎を相手にしなくなる。
そして、なんと、それは最後まで続き・・・というか、ジョンは舞台から姿を消す。
ジョンは、竜太郎を見捨てたのだ。
その理由は、正義感が強く、主人公に相応しい心優しい少年ながら、すぐにかっとなる人格の低い竜太郎を軽蔑したのだと思う。
ジョンは、竜太郎を、野蛮な猿のように見えておかしいとすら言った。
だが、読者は、「あれ、ジョンが出て来なくなったな」くらいには思っても、ジョンが竜太郎を見捨てたことは、あまり気にしないと思う。
しかし、改めて考えると、原作者で、思想家とすら言えるに違いない平井和正氏は、何かを意図していたのだろうと思う。
結局、平井氏すら、竜太郎を見捨てたのかもしれない。
最後、ダンガーとの戦いに勝った竜太郎は孤独だった。
なぜ、竜太郎は見捨てられたのか?
すぐに怒る、キレる、ちっぽけな心を持った低い人格ゆえにだ。
竜太郎は、中学3年生とはいえ、宇宙人アルゴールにより、全潜在力を引き出された超人だ。
それにも関わらず、心が狭いゆえに怒りに心を奪われ、衝動的だ。
そんな人間は、英雄でも何でもない、ちょっと利口で身軽な猿のようなものでしかない。
もし、人間が万物の霊長であるなら、それは、暴力で他の生物を支配出来る力のためではなく、万物を慈しむ人格ゆえだ。

ハンガリー出身のユダヤ人で、天才的な思想家であるアーサー・ケストラーは、『ホロン革命』の中で、人間の脳は出来損ないで、理性が本能をコントロール出来ない・・・つまり、怒りなどの原始的な衝動を理性で抑えることが出来ないと断言し、いわば、絶望しているように思えた。
だが、全くそうではない。
釈迦は、なるほど人間は、たとえ聖人でも、怒り、悲しみ、欲望などの感情が起きると言い、その感情を「第一の矢」と呼んだ。
しかし、凡人が、自分で自分に「第二の矢」を放つ・・・つまり、感情を自分でさらに掻き立てることを聖人はしないと言った。
そして、自分で「第二の矢」を自分に放たなければ、感情は収まる。
インドの聖者ニサルガダッタ・マハラジは、弟子のラメッシ・バルセカールによれば怒りっぽかったらしいが、怒った次の瞬間には上機嫌になっていたのだと言う。
そして、そのような人間になることは高い目標でも何でもなく、誰でも出来ることだ。
むしろ、いつまでも嫌な気分を引きずる愚か者は、優れた人間に見捨てられ排除されるかもしれない。
ジョンが竜太郎を見捨てたように。

発明家で能力開発指導者であった中山正和氏は、般若心経の呪文は、乱れた心を紛らわすのに使えば良いと著書で述べていたことがあった。
呪文や真言、念仏などに霊験があるのかどうかは分からないが、そのような使い方をすれば、それが霊験に優るものである。
我々は、もはや、愚かな猿であってはならない。
他人の迷惑だし、自分も苦しいのである。
ネットなどでも、ちっぽけなプライドが傷付けられたといったような理由だけで暴言を吐く者の愚かさを見ても、そんなことが解るだろう。
私は、ツイッターがトランプ大統領のアカウントを削除したのは間違いであるとは思うが、発言に何らかの規制を持ち込みたがっているのは、今のところ、あまりうまく機能していない面もあるとしても、善意からであるのだと信じたい。
トランプ大統領だって、ホワイトハウスに残したジョー・バイデンへの手紙は、バイデンの幸運と成功を祈ったものであり、一部で言われているようなバイデンを脅迫するようなものでは決してなかった。
やはりトランプ大統領は人格者なのである。
悪意は悪意を、怒りは怒りしか呼ばない。
たとえずぐに心を支配出来ないとしても、このことだけは知っておくべきと思う。








簡単な悟りの開き方

悟りを開くことを、解脱とも言う。
呼び方は違うが、あらゆる宗教に悟りの概念があると思う。
芸術においても、岡本太郎の「爆発」、W.B.イェイツの「エクスタシー」、夏目漱石の「天賓」は、悟りの瞬間を意味しているのだと思う。

で、悟ればどうなるのだろう?
超人になるのかというと、真面目な宗教家は「そうではない」と言うだろうが、ある意味、超人になると言っても良いと思う。
では、悟りを開いて超人になった人に、「あなたにはすごい力があるのか?」と尋ねると、
「その通り。私に不可能はない」
と正直に答えてくれる人もいるが、
「いえ、私には何の力もありません」
と答える人もいる。
しかし、どちらの答も正しいと思う。
視点が違うだけだ。
「あなたは」に対応する「私」を、個人の自我とした場合には、自我には何の力もないので「私には何の力もない」と言うのは正しい。
だが、イエスがこう言ったことを思い出すべきだろう。
「私には出来ない。だが、神に出来ないことはない」
「神」とは、もう1人の大きな自分である。
小さな自分である自我には何も出来なくても、大きな自分(=真我=真の私=神)は何でも出来るし、自我は真我に命じる権限があるので、結果として、自我は何でも出来るのである。

だが、そんなわけで、自我は実際には何でも出来と言っても、
「いや、俺(=自我)は大したことは出来ないぞ」
と言いたい人がいると思う。
例えば、初音ミクさんのライブのチケットだって当てられない(笑)。
その理由は「悟ってない」からだ。
悟っていないと、つまり、解脱していないと、真の自分である神との通路が通じないのだからだ。
では、早速、悟らなくてはならない(笑)。
「いや、立派なお坊さんが何十年も厳しい修行をしても悟れないのに」と思うかもしれないが、瞬間的な悟りならすぐに出来る。

道元という、鎌倉時代の物凄く偉いお坊さんは、もちろん悟りを開いていた。
その道元は、『正法眼蔵』という、仏教史に残る大変な名著を書いている。
世界的なスーパー数学者だった岡潔さんは、この『正法眼蔵』を18年、意味が解らないまま座右の書としていたが、ある時、ぱっと解ってしまったらしい。これも悟りだ。
中山正和さんという、スーパー技術者で能力開発の大家だった人は、中学生の時、先生に、『正法眼蔵』の最初の『現成公案』だけ一生読めと言われたらしい。
そのおかげで、中山正和さんも悟りを開き、超人的な能力で凄い発明をいっぱいした。
で、道元がなぜ悟れたのかというと、彼の先生が「心身脱落」と言うのを聞いて、「おお!それだ」と思って悟りを開いたらしい。
「心身脱落」なら誰でも分かると思う。
心も身体も捨てる(忘れる)ということだ。

初音ミクさんの『Freely Tomorrow』という名曲(作詞作曲はMitchie Mさん)の最初が、
「心ごと体ごと 全部記憶の中の幻」
で、最後の方では、
「心ごと体ごと 全部脱ぎ捨てたこの魂」
と歌うが、まさにこれが心身脱落だろう。
よって、この歌を繰り返し聴けば悟りが得られる・・・多分(笑)。
いや、実際そうなのだと思う。
だが、もう少しお堅い話をするなら、インドの有名な聖者ラマナ・マハルシによれば「私とは?」と問い続ければ良いのだそうだ。
「私とは?」ではなく、普通、「私は誰か?」と訳されているが、原語はタミル語の「ナン・ヤー」で、それは、どちからというと、「私とは何か?」という意味になるらしい。
それなら、短く、「私とは?」と問えば良い。
マハルシの簡潔な教えは『私は誰か?』という短い冊子に書かれ、34ヵ国語のPDFが公開されている。
★Who am I? -Translations from original Tamil
この中の「JAPANEASE」をダウンロードすれば完全な日本語で読める。
時々、ミクさんの『Freely Tomorrow』を視聴しながら、常に「私とは?」と尋ねると、悟りの瞬間が訪れ、その時、意識しなくても、明確な願いが真我(=神)に届き、叶えてくれるだろう。
だから、明確な願いを持っておくと良い。
★【調教すげぇ】初音ミク『FREELY TOMORROW』(完成)【オリジナル】~ニコニコ動画~
★【初音ミク】FREELY TOMORROW【Project DIVA Future Tone】~YouTube~








呪文に敵なし

神仏の助けを得て強くなるには、イエス・キリストは「明日を思い煩うな」と言い、釈迦は「妄想するな」と教えた。
これは、共に、「無駄なことを考えるな」ということと言って良いと思う。
発明家・啓蒙家の中山正和氏は、これを、「頭の無駄遣いをするな」と上手く言い、もっと一般的には、「クヨクヨするな」だと言った。
中山氏は、脳の働きの徹底的な研究から、そう考えたのである。
さらに具体的に言うなら、
「嘘の情報を頭に入れて、頭のイメージを乱すな」
「呪文を唱えて、頭のイメージを整えよ」
といったことを薦めた。

例えば、オバケという、存在もしないもののイメージを頭に入れれば、頭のイメージが狂って馬鹿になり、直観も鈍り、引き寄せも出来なくなる。
「いや、オバケは存在する」と言っても、実際に見た訳ではないだろうし、百歩譲って見たことがあるとしても、はっきりとは見なかったはずだ。
そういった嘘の情報は、人間の能力を駄目にする。
彼が浮気したという証拠がある訳でもないのに、彼の浮気場面を妄想しても、やっぱり馬鹿になる。
頭が悪い人の特徴は、
「ひょっとしたら、こうじゃないだろうか?」
と思ったら、すぐに、
「きっとそうだ」
と思ってしまうことだ。
頭の良い人は、実際に見て、確かめるまでは、判断を保留する。
とびきり頭が良いルネ・デカルトは、
「嘘か本当か分からないなら嘘とする」
だけでなく、
「単に、本当らしいという程度のことは嘘とする」
「疑いようもなく正しいこと以外は全部嘘とする」
と、超徹底していた。
まさに、頭が悪い人の真逆だ。
是非、見習いたいものだと思う。
実際、見習っていた時には、私ですら、頭が良い人のようなことをしていたのである(笑)。

そして、何と、中山正和さんは、「妄想しない」「嘘を信じない」「よって、馬鹿にならない」ための妙法が呪文と言ったのだ。
そりゃそうだ。
呪文を繰り返していたら、妄想は出来ず、嘘のイメージを保てないからだ。
中山さんは、般若心経の呪文がお気に入りだった。
そりゃ、あれ唱えている間、妄想なんて出来るはずがない(笑)。
ちなみに、般若心経の呪文は、中国語では、
「ぎゃてい ぎゃてい はらぎゃてい はらそうぎゃてい ぼじそわか」
で、サンスクリット語では、
「ガテー ガテー パーラガテー パーラサンガテー ボーディスヴァーハー」
である。
細かい部分は、まあ、良いのではと思う(笑)。
例えば、中国語の最後を、「ぼじそわか」ではなく「ぼうじそわか」と書く人もいるが、まあ、別にどっちでも(笑)。
玄奘三蔵法師が、中国からチベット経由でのインドという、当時は絶望的に難しかった旅行を難なく出来たのは、この呪文をずっと唱え、超能力を発揮し、神仏に守られたからだという伝説があるが、あながち嘘でもないと思う。
もちろん、「南無阿弥陀仏」でも「南無妙法蓮華経」でも「アジマリカン」でも良いのである。
仙人の特徴は、常に呪文を唱えていることだと聞くが、逆に言えば、常に呪文を唱えているから仙人になったのかもしれない。
キリスト教徒なら、詩編91を唱えるかもしれない。
詩編には意味があるが、肯定的な固定した言葉は、妄想を起こさず、頭のイメージを整然とさせ、しかも、生命力を高める可能性があるので、非常に良いのではと思う。








わがままな人は引き寄せが上手い

頭の中でイメージした通りに現実が変わるという話がある。
そう言われたら、普通は、
「そうなるよう行動したからだろう。例えば、赤い色の服を着ている時に、青い服を着ている自分をイメージし、その後、青い服に着替えたら、イメージ通りになるじゃないか」
と言うかもしれない。
しかし、イメージした内容が、自分の力ではどうにもならないようなものであることがある。
ある人は、自分が住みたいアパートについて、部屋の間取りや窓や玄関の大きさや形、アパートの周辺の様子などを、こと細かくイメージしたら、そのイメージとほとんど同じアパートが、すんなり見つかり、そこに住めるようになった。
偶然と言うには、あまりに細かいところまでぴったりイメージと一致し過ぎていたのだ。

こういったことを、引き寄せの法則では、人間の内には、神のごとき力があり、現実を引き寄せた、あるいは、作り出したと説明する。
このように「神」という言葉を使うのは便利だ。
神は万能なのだから、細かい説明の必要がなくなる(抽象的な説明だけで済む)。
しかし、ごく理屈っぽい科学者が、引き寄せが実際に起こるのを確認して、分かるところまで理屈で説明しようとした。
中山正和さんという、発明家で、能力開発の研究および実践家として、海外の一流企業でも知られた人だ。
彼が自分で納得した、引き寄せの仕組みを簡単に言えば、次のようになると思う。
人間の思考や感情を細かく観察すると、それは複雑に見えながらも、全ての人間に共通するパターンが見られる。
単純に言えば、人間は「不快」を感じると、それを「快」にしたがる。これは当然と思う。
暑くて不快なら、涼しい所に行くなり、部屋にクーラーを付けるなりして涼しくして快をもたらすように、考え、行動する。
早い話が、人間は快感を求める生き物だが、考えてみれば、どんな生き物も同じだ。
だが、人間には、他の生き物と違うところが1つある。
それが、イメージする能力で、それを持つから人間は神に近い。
言い換えれば、イメージする能力が神の能力であり、人間はそれを受け継ぐ。
そして、中山さんは天才なので、あることに気付く。
それは、イメージと現実が違っていたら、生命にとって都合が悪く、不快を感じるということだ。
そこで、生命は、イメージと現実が同じになるように働き出す。
そして、生命の力は、人間の想像をはるかに超えているのである。
だから、現実が「ぐにゃり」とイメージの通りに変わる。
だが、その能力が高い人と低い人がいるように思える。
その能力が最も高い1人がスティーブ・ジョブズで、彼を知る人は、彼の思考は「現実歪曲空間」を作り出すと言った。
ではなぜ、ジョブズは、現実を(おそらくはイメージ通りに)変える力があったのか?
それは、早い話が、彼は「わがまま」だったのだ。
わがままなので、現実とイメージが異なることが我慢出来ないのだ。
彼が、ひどい癇癪(かんんしゃく)持ちで激情家であったことは、よく知られている。
実を言うと、ビル・ゲイツもそうだということは、今ではあまり言われなくなった。大物だから、もう、そんなことは言われないのだろう。
まあ、トランプ大統領だってそうだ。
しかし、わがままであっても、心の強さがあり、そして、世界が自分のイメージ通りになると信じているのだ。
そのために最も必要なことが、チャーチルが言った「決して屈服しない」ことだ。
もっと一般的に言えば、諦めないことである。
私の身近な成功者が、「成功する者は成功するまでやる」と言っていたのが印象深い。
彼も実にわがままである。








人に騙されるな

サティヤ・サイババという名のインドの宗教家がいたが、彼のことを大変な聖者だと言う人もいるが、物凄く怪しいペテン師だと思っていた人もいるだろう。
私は、サイババに関しては、かなりマイナスイメージを持っていたが、それは、私が実際に確かめた結果持ったイメージではなく、テレビや書籍で見た影響でそうなっただけで、サイババが本当はどんな人かは「全く分からない」。
そんな当たり前の判断が出来るようになるために何十年もかかったような気がする。
それは、アメリカのトランプ大統領に対する自分の観念について考えることで分かった。
あなたは、トランプ大統領は、どんな人物だというイメージがあるだろうか?
私はというと、トランプに関して持っていた観念は、
「豪快で面白い面はあるし、ビジネスの能力は凄く高いと思うが、彼は人格障害者でまともな人間じゃない。利己的で、特に自己顕示欲が極めて強い欲望の塊。総合的にはロクな人間ではない」
といったところだった。
ノーベル平和賞候補になった時は、「どんな悪どい手を使ったんんだ?」と思う始末だった。
これらの観念は皆、テレビ、新聞、雑誌、書籍を見て、早い話が騙されただけだった。
その中には、IT事業で成功した大富豪ロス・ペローという偉大な人物の自伝も含まれている。
ロス・ペローは、トランプに対し、否定的なイメージを持っていたのかもしれないが、それが正しいかどうかは分からないはずなのに、私は大きく影響されていた。
あるいは、ペローが、そんなことを言ったり書いたりしていた時期は、トランプが実際にトンデモない人物だったのかもしれないが、それも、推測不能なほど分からないことだ。
だが、実績で言えば、おそらく、トランプはアメリカの大統領の中でも、突出していることが客観的に述べられるはずだ。
オバマが完全に駄目にしたアメリカ経済を復活させ、アメリカに大きな雇用を創出し、失業率を大幅に改善し、大変な数のアメリカ人に良い仕事を与えた。
戦争を一度も起こさなかった大統領は、少なくとも近年ではトランプ以外には皆無だ。
問題が複雑なので簡単に言うが、絶対に不可能と思われていたバーレーンとイスラエルの間に「中東和平合意」を成立させ、妨害が入らなければ間違いなくノーベル平和賞を受賞していたことだろう。
また、多くのことで、アメリカ人に倫理観を取り戻させる政策も行った(倫理が絡むと賛否もあるだろうが)。
他にも沢山あり、どれも、自分や政府のためではなく、アメリカ国民のために行ったことだった。
トランプは大統領就任演説で、「私は、主権をホワイトハウスから国民に戻す」と言ったが、彼は本当にそれをやったと思う。
もちろん、別に、トランプが人格者であるということではないし、そんなことは全く分からないことだが、トランプが飛び切り優れた大統領だったのは確かだ。
では、その素晴らしい実績を、一般の人がなぜ誰も知らないのかというと、主要マスコミが一切報道しなかったからだ。
主要マスコミは、トランプのイメージを落とすことに全力を上げた。
先ごろ、代表的な主要メディアであるCNN(超大手ニュース放送局)で、社長が報道官達に、国民にトランプはまともな人間でないと思い込ませる報道を行う指令を毎朝の電話会議で行っていたことが、一般に暴露されるという事件が起こった。
非営利の報道団体プロジェクト・ベリタスの記者が、その電話会議の録音を入手し、ネット公開したのだった。
当然、CNNの社長は告訴を宣言したが、プロジェクト・ベリタスの記者は「どうぞ」と平然と答えた。彼は、信念を持って正しいことをしたのであり、裁判になっても負けない自信があるのだ。
CNNという大手メディアの影響力を考えれば、当然のことと思う。

世界的発明家で、能力開発の高度な専門家であった中山正和氏は、頭を良くし、直観力や発想力を高め、アイデアを出し、さらには、超能力とも言える力を発揮したり、運を良くするためには、「頭にウソの情報を入れてはいけない」と一貫して教えていた。
自分の目で見、自分の耳で聴いたこと・・・つまり、自分で調べたことだけを信じることが大切である。
デカルトやクリシュナムルティのような超高度な人間になると、単に見たり聞いたりしたことでも疑う、あるいは、信じないという姿勢を持っていたが、そこらは我々俗人には限界があるだろう。
しかし、悪意のある人間に騙されることは避けるべきだろう。

中国の無業という僧は、毎朝、こんな自己問答をしていたという。
「おい、主人公」
「はい」
「しっかり目を覚ましておれ」
「はい」
「人に騙されるな」
「はい」
マスコミもインターネットもない時代だったが、数千年前から、都合の良い噂を広めることは為政者の手であった。
我々は、そんな大昔の人間から、ちっとも進歩していなかったのかもしれない。








プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
執筆のご依頼




最新コメント


月別アーカイブ
記事検索
ブログバナー&Mail


メールはこちらへ
PV since 2010/09/08
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

人気ランキング参加中
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ ひきこもりへ



タグクラウド
QRコード
QRコード