ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

万能呪文

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

学校や職場を楽しい修行の場にする

冗談で『サザエさん』を見ようと思うと重い気分になる。
これは、今だ、子供の時の「サザエさん症候群」、つまり、休日もあと僅かで、翌日から1週間、学校に行かないといけないという嘆きを思い出すからである。
今も、やっぱり月曜は好きではないが、今日から「さあ、会社で心を消す修行をするぞ」と思えば楽しくなってきた(笑)。
そうだ。
学校や職場は、心を消す修行にピッタリの場所で、そのためにあるのだと思えば、学校や職場が有り難いものに思えてくるから不思議である。

心を消せば、つまり、無になれば、不可能はなく、全てが可能になり、仙人、導師、マスター、大師の仲間入りをするということである。
もちろん、そのようなものになることへの執着は持たない方が良いのだけれども。
心を消すには、様々なやり方がある。
一番基本的なものが、心を1つの対象に縛りつけ、さ迷わせないことだ。
呪文、万能呪文を唱えたり、出来るだけゆっくり呼吸することで、それが出来る。
念仏や、般若心経の呪文でも良いと思う。自分が好きでさえあれば。
けれども、1つの方法だけ選んでやり、呪文を唱える場合でも、呪文を1つにした方が良い。

ニサルガダッタ・マハラジは「常に存在の感覚にしがみつけ」と教えた。
「私は存在する」「私は在る」という感覚であるが、いきなりそう言われても難しいかもしれない。
心の中で「私は存在する」と言った時の「感じ」を覚えておき、それを再現させても良いと思う。
あるいは、特に最初のうちは、「私は存在する」を呪文のように心の中で、繰り返せば良い。
全ての呪文のコツは、感情を込めず、されど丁寧に、心の中で、数多く・・・である。
また、マハラジは、「存在の感覚」とは、朝、目覚めて、思考がやってくるまでに感じる感覚であるとも言う。
なるほど、その感覚を思い出せば良いのである。

学校での活動や、職場での仕事はどうするかというと、『バガヴァッド・ギーター』で繰り返し説かれているように、ただ義務として行うことだ。
あるいは、自分がそれをやっている行為者ではないと見なすことだ。
そうすれば、神が代わりにやってくれる。
ラマナ・マハルシは、「財務長官は重い責任を持って仕事を遂行しているように見えるが、彼は何もしていない。自分がそれをしていると思っていないので醒めている」と言う。
あるいは、「事業家が偉大な事業を成し遂げつつあるが、彼は何もしていない」とも言う。
つまり、神の道具になり切って、心ごと、身体ごと、明け渡すことだ。

心ごと体ごと 全部脱ぎ捨てたこの魂
無くしてた熱情が 指先から流れ出した
~『FREELY TOMORROW』(作詞:Mitchie M・ЯIRE、作曲・編曲:Mitchie M。歌:初音ミク)より~
ファイル:Freely Tomorrow.ogg/初音ミク『FREELY TOMORROW』
※この曲はクリエイティブ・コモンズライセンスにより自由に使える(クレジット表示さえすれば良い)。まして、ダウンロードして聴くくらいは自由である。

さあ、早く心を消し、自由になろう。
学校、職場、あるいは、嫌な家庭など、悪い状況は、心を消す喜びを味わうためにあるようなものである。
身体が不調であることも同様に考えられるが、健康である方が修行には有利であるので、毎日、腕振り運動を欠かさず、身体を鍛え調整すると良いと思う。
蹲踞(そんきょ)の姿勢を度々することもお勧め出来る。









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本物の能力開発は商売になり得ない

息を吸ってしばらく呼吸を止めると記憶力が向上する・・・それも異常なほど向上することを、ヨーロッパで誰かが気付き、それが、スーパーラーニング、加速学習みたいなものになったと思うのだが、これらがさっぱり発展していかないのは、余計なことを付け加えたせいだと思う。
単に、息を吸って止めるだけで良いのであり、他には何もいらない。
だから、商売になどならない。
誰でも、無料で自由に活用すれば良いだけである。
中村天風という、とても偉い人は、肛門を締めよと教えたのは良かったが、やっぱり余計なことを言ったのだと思う。
天風が「肩の力を抜け」なんて言ったという話も聞くが、肩の力を抜くなんて難しいことをサラリと言うなんて、いかがなものかと思う。
肛門を締めるだけで良いのであり、やっぱり商売も教団もやれないのである。
藤平光一氏は、中村天風の一番弟子だったが、天風が偉人であったことは完全に認めながら、教えの全ては間違いだったとバラしてしまった。
その藤平氏の教えも、私には抽象的でさっぱり分からないか、矛盾を感じるかである。
中でも、藤平氏は、天風の言った「腹に力を込めよ」はいけないと言うし、確かに、意図的に腹に力を入れるべきでないとは思うが、肛門を締めれば、自然、腹や、さらには、臀部や脚(太腿や脹脛)にまで力は入るし、それは気持ちいいことなのだから、間違いではない。
やってみれば分かるが、上記を全てまとめ、肛門を締めながら息を吸い、肛門を締めたまま息を止めると、心が澄み、身体に力がみなぎる。

念仏と呪文は、原理は同じで、親鸞自身、念仏を誦文(じゅもん)と言ったこともあるが、誦文と呪文は同じである。
親鸞も、その師、法然も、念仏だけを薦めたが、人間には、言葉が向いている人もいれば、身体で行うことが向いている人もいる。
大抵の人は、それが適度に交じり合っているのであるが、強さの度合いは違うのである。
やはり原理は念仏と同じだが、現代人に合うものとして、万能呪文がある。
「絶対、大丈夫だ」
「全て順調だ」
「世界は意のままだ」
他にも、好きな言葉なら何でも良いが、たった1つの言葉を、感情を込めず、されど丁寧に、心の中で数多く繰り返せば、人間を滅ぼす、頭の中のつぶやきに打ち勝てる。
だが、身体を使うのが好きな人は、肛門を締めながら息を吸い、肛門を締めたまま息を止める方法が向いていることが分かった。
これを、1日20回ほどやれば、目覚しい効果があるが、数に制限はなく、多い方が良い。だが、数は徐々に増やしていくのが良い。
とはいえ、少なくとも、1日10回、志あるなら、20回以上やるべきである。
この肛門を締め、息を止めることは、続ければ超人になってしまう。
だから、謙虚さを要求されるところが、やや難しいところである。
傲慢な超人は必ず滅ぶからである。

だが、一番強い方法は、心からの願いがある場合だけだが、それを1日中でも祈ることである。
そんな願いがある者は幸いであるように見えるが、状況としては不幸である場合が多い。
どういうことかと言うと、「この辛い病気が治りますように」「いじめっ子と会わずにいられますように」といった、厳しいマイナスを解消する希望が、強い願いになるのだからだ。
普通に「彼女が欲しい」というのは、あまり強い願いにならないが、全ての女の子に厳しく見下される日々を過ごす者にとっては、強烈な願いになることがある。
逆境にある者専用の方法だが、実は、これが最強なのである。









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宇宙は何を中心に回っているか

合氣道家、藤平光一氏の『氣の確立』という本は、衝撃的な本だ。
あの中村天風が、死に際に「俺が教えたことは全部忘れろ」と言ったと藤平氏は述べる。
藤平氏も、直接聞いた訳ではなく、藤平氏の最後を看取った信頼すべき人から聞いたということだったと思う。
いくら何でも、師のことで、こんな嘘はつきはすまい。
つまり、天風の教えは全部間違いで、天風の本に書かれていることも全部間違いと見なしてよろしいということだ。
ただ、藤平氏は、中村天風が偉人であることは否定していない。

言われるまでもなく、中村天風の本は複雑過ぎて、結局、何をすれば良いのか分からない。
そこで、藤平氏は、4つの教えを残し、しかも、そのうちの1つでよろしいと言う。
その4つは、
1、臍下(せいか。ヘソの下)の一点に心をしずめ統一する
2、全身の力を完全に抜く
3、身体の総ての部分の重みをその最下部におく
4、氣を出す
である。
はっきり言う。
「全然、分からん」
説明の方も丹念に読んだ。
とにかく、抽象的過ぎて、さっぱり分からないのだ。

そこにいくと、法然は立派だった。
念仏を唱えよ。
これなら分かる。
同じく、エミール・クーエも良かった。
自己暗示の言葉1つを残した。
だが、その自己暗示の言葉が複雑過ぎる。特に、日本語訳は、どれも全然駄目だ。
翻訳は最悪だが、元の言葉も、やっぱり難し過ぎるのだ。
エイミー・カディー(社会心理学者)も偉い。パワー・ポーズ(ガッツ・ポーズと同じと思う)だけでよろしいと教えている。

ただ、念仏は、今の時代、誰でも受け入れるとは限らない。
それは、五井昌久氏の世界平和の祈りも同じだ。私には全然無理だったのだ。
クーエの自己暗示は、上で述べた通り、言葉が駄目。
エイミー・カディーのパワーポーズは、いつでもはやれないが、それについては、カディーは「想像でやっても効果がある」と言う。
ただ、継続的な効果があるかどうかは分からない。自分で試すしかないが、私は続かなかった。

それで、私は、絶対間違いのないものとして、呪文、特に、万能呪文を見つけた。
万能呪文に問題があるとすれば、言葉を1つに決め難いことは、素直に認めるしかない。
かと言って、言葉を2つ、3つにすれば、もう続かないのだ。

そこで、法然の弟子の親鸞が素晴らしいことを言っていた。
「弥陀の誓願は、親鸞ただ1人のためのものであった」
つまり、念仏は、自分1人のために阿弥陀如来が作ったということだ。
藤平光一氏の最高の真実は、学生時代、微動だにせず居眠りをしたことから、「天上天下唯我独尊(てんじょうてんがゆいがどくそん)」と呼ばれていたことだ。
親鸞も、藤平氏も、これらの点で同じだ。
一言で言えば、やはり「天上天下唯我独尊」なのだ。
「この世は私のためにある」とでも言う自信だ。
宇宙は地球を中心に回っているのではなかった。
そうではないのだ。
私を中心に回っているのだ。
そう感じられる言葉を呪文にすれば良い。
サイコパスってのは、参考になることを言う。
「あなたは自己中心的で横暴と聞くが?」
「それをリーダーシップと言うのだ」
こんな自信のあるサイコパスは、やっぱり成功しているのだ。
傲慢になれと言うのではもちろんない。
自分を信じるということだ。

いずれにしろ、呪文以外に出来ることは何もない。
それは確かだ。
人間は、自分の心を支配出来ない。
支配出来るのは言葉だけだ。
初めに言葉ありき。
言葉が心を動かし、心が世界を創る。
だから、呪文を忘れないことだ。
言葉は自由に選べる。
しかし、凡人は、自由に選ぶことが苦手だ。
だから、法然や五井昌久氏が人気がある。
だが、あなたは凡人ではない。
たった1つの呪文を自分で選ぶことだ。
そして、呪文は変えても良い。
呪文は、成長と共に変わる。
1秒で急成長すれば、1秒で変わる。
その時、呪文を選ぶのに悩む。
悩みながら、暫定で1つ決める。
しかし、見栄を捨てると、簡単に決まるものだ。









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家康の大嘘、釈迦の正直

今朝、「狂気」について書いたが、狂気って何だろう?
それは、自分が一番だと思うこと、天下を取ろうと思うこと、天上天下唯我独尊と思うことだ。
お釈迦様も、かなりイっちゃってたのだと思う。
イエスだって、自分はソロモン以上の賢者、神の子、ユダヤの王って言ってた、あるいは、言われて否定しなかった。
エマーソンは、「私は世界の所有者」と詩に書いている。

これほどの根性、気合いがないなら、成功しようなどと思わず、平穏無事な人生を願うことだ。
そして、エマーソンは皆に、王になることを薦めている・・・いや、正確には、元々、王であるのだから、それらしくしなさいと言っていたのだと思う。
「英雄について書かれたものを読む時は、それは自分の話として読むべきである」
とね。
『マジック・ストーリー』では、プラス・エンティティ(プラスの自分)は、
「世界は私のものだ。私は人にものを頼まない。要求するだけだ。私の要求は絶対だ」
と言う。
この呆れ返る、凡人からすれば狂気でしかない気構えが、本当の自分には必要なのである。

ずっと前に書いたが、徳川家康が、天下を取る秘訣を聞かれた時、家康が、
「長い方、短い方、どっちが良いか?」
と言うので、「両方」と願うと、家康は、
「短い方は、『上を見るな』。長い方は、『身の程を知れ』だ」
と言った。
大嘘だ!!
身の程知らずで、上を見続ける狂気を忘れなかった家康が天下を取ったのだ。
家康のその答は、家康が家臣を従える方便か、日本国家が国民を治めるために、家康を利用したのだろう。

「弾は俺には当らぬ」と悠然と戦場を歩いた信長の、そして、藤平光一氏の狂気を見習うべきだ。

無論、何の根拠もなく、闇雲に傲慢に構えれば、たちまち潰される(弾も当っちゃう)。
だから、呪文を唱えよ。
「世界は意のままだ」
「俺に不可能はない」
「内なる全能の力を信じる」
「いかなることにも自信がある」
「天上天下唯我独尊」
「私は世界の所有者」
「鉄の自信がある」
「天が味方だ」
大事なことだから、何度でも言うが、呪文は、
「ただ1つの呪文を、感情を込めず、けれども丁寧に、心の中で、出来るだけ多く」
唱えるのである。
すると、このシミュレーテッドリアリティである仮想世界に、現実歪曲空間が発生し、全てが回り始めるのである。









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自己イメージを上げるには

アメリカの自己啓発や成功プログラム等では、自己イメージを上げろなんてことがよく言われる。
そのためには、こんなことをすると良いらしい。
・成功した、理想的な状態の自分を強くイメージする。つまり、想像する。
・アファーメーション・・・例えば、「私はトップセールスマンだ。売上は月3000万円だ」といった言葉を、大きなはっきりした声で数分から数十分唱える。
・鏡を見ながら、「お前は素晴らしい。優秀なエンジニアだ」などと声に出してはっきり言う。これを毎日数分から数十分唱える。
言うまでもなく、こんなもので自己イメージが上がったりしない。
こんなやり方でうまくいったと言う者は、元々、自己イメージが高かったのである。
あるいは、あまりに気力を込めて長時間やったために、精神に異常をきたし、「おかしな自己イメージ」が向上した・・・つまり、妄想に陥ったり、思考力が破壊されてしまっただけである。そうなった者の特徴は、やたら陽気で元気の良い躁(そう)の状態と、どんより元気がなく機嫌が悪い鬱(うつ)の状態がたびたび入れ替わることだ。
その躁の状態を指して、「自己イメージが上がった」などと言い、本人も、躁の時は、「私は自己イメージが上がりました」などと言うかもしれないが、単に、哀れな人間である。

自己イメージを自然に上げることが出来るのは、正しい自己暗示、呪文、アファーメーションである。
言葉は、自分が好ましいと思うものなら何でも良い。
「私は美しい」「私は魅力的だ」「僕は格好良い」「僕はモテる」「私は優秀だ」程度だって構わない。
ただ、それを正しい方法で唱えなければならないが、それは、単に自然であれば良く、難しいことは何もない。
そのやり方は、
・言葉は1つだけ
・感情を込めず、ただし、丁寧に唱える
・心の中で、なるべく多く唱える
だけである。
言葉を1つだけにするのは、その方が効果が高く確実であるというのと、継続し易いという理由で、特に初心者のうちは、言葉が2つ以上なら、継続率は10%を下回るだろう。
そして、万能呪文であれば、自己イメージも何でも全て得られる。
万能呪文とは、
「絶対、大丈夫だ」
「全て順調だ」
「世界は意のままだ」
で、実際は、無限にある。早い話が、自分が好きなら何でも良い。
聖書の言葉「私を強くして下さる方によって、私はどんなことでも出来る」でも良い。
人によっては、
「自信がある」
「どんなことでも自信がある」
「内なる全能の力を信じる」
「全能なる宇宙の活力を信頼する」
などが良い場合もあるだろう。
どんな言葉でも、「ただ1つを、感情を込めず、ただし、丁寧に、心の中で出来るだけ多く」唱えれば、その通りになるのである。









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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・ソフトウェア開発技術者
・サイコパス
・初音ミクさんを愛す


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