ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

万能呪文

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

この仮想世界を自由に泳ぐには

アナ雪の日本語版の歌『レット・イット・ゴー』で、勇ましく「なんでもできる」と言ったところで、出来ないことはある。
マイケル・ジャクソンの『BAD』で、“the sky's the limit”(限界はない)というのに対し“to me that's really true”(全く同感だ)と言ったところで、限界はある。
少年サッカーチームに入っている子供が、「将来の夢は?」と聞かれて「セリエAに入る」と答えたら、そこは感心するところだというのが世間だが、まず実現の可能性はない。
高校生や大学生にもなって、AKB48や乃木坂64にいつか入るなんて言ってるのは妄想だが、たとえ女子小学生でも、学校中に名前が知られるほどの美少女でもない限り見込みはない。
ジョセフ・マーフィーは、潜在意識には無限の力があると言うが、『人生に奇跡をおこす』という本で、いい年(20歳は過ぎているだろう)の女性が、「夢は女優」と言ったら、マーフィーは「子供の夢からは卒業しなさい」とたしなめたらしい。結局、マーフィーのアドバイスに従って、その女性は事務の勉強をして就職した会社の社長と結婚するというオチだったと思う。

ただ、可能性としては、どんな可能性でもある。
スポーツをしたことがない中年サラリーマンでもメジャーリーガーになれる。
可能性だけなら、別に難しいことではない。
何と言っても、この世界は、超高性能コンピューターが作り出した仮想世界・・・シミュレーテッド・リアリティーと呼ばれる作り物なのだから。
だが、この仮想世界には法則がセッティングされている。
だから、「普通は」水は高いところから低いところに流れ、いつかは皆死ぬ。
とはいえ、プログラムを書き換えるまでもなく、通常法則を外すパラメーターもあるのかもしれないし、稀かもしれないが、そんなことが起こったこともあると思う。
新約聖書に書かれたイエスの物語が本当なら、イエスはそんなことをやれたのだろう。
そして、イエスは、誰でも出来ると言ったのだ。
江戸末期の神道家、黒住宗忠もイエス並のことが出来たが、宗忠も、おそらく、誰でもやれることを否定はしていないと思う。
宗忠は、ハンセン氏病にかかった武士には、1日1万回「ありがたい」と言わせることで、1週間でそれを完治させた。
「ありがたい」を十分な数言うことが、通常とは違うプログラムの働きを起こさせるのだろう。

万能呪文は、この仮想世界のプログラムに例外を起こさせるのではなく、オーディナリー(普通の)な動作として、好ましい流れにするものだ。
だが、世間の人から見れば、奇跡としか思えない成果を上げることなどザラだ。
そして、万能呪文の数が限度を超えて多いと、やはり、限度を超えた現象が起こらないとは限らない。
ただ、この仮想世界に詳しくなると、もっと普通に奇跡も起こせるはずだ。
奇跡としか思えない事業を次々に成功させるイーロン・マスクは「物理学を勉強すれば良いと思う」と言う。
ならば、誰でも物理学の真髄を理解出来るように書かれたカルロ・ロヴェッリの美しい物理学の本を読むと良いだろう。
コンピュータープログラミングを学ぶことも、大いに助けになる。
仮想世界の仕組みに勘が働くようになるからね。
一番お奨めは『天動のシンギュラリティ』を読むことだ。カイト君の魔法は、なかなか本物だ。
まあ、これにハマるのは、ただの中二病かもしれないが、中二病も使い方次第だ。
そして、毎日の万能呪文を忘れないように。









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正直者が馬鹿を見る必要はない

正直者が馬鹿を見る訳ではない。
不正直な者だって馬鹿を見る。
そして、正直者が楽しい思いをすることは出来る。
まあ、不正直者は、一時的には浮かれるような状態になるだけだろう。
正直は一生の宝と言うが、見せかけの正直ではいけないのだ。

満足して微笑むか、それとも馬鹿を見るか?
その差は、頭の中の悪魔のささやきに支配されてしまうか、打ち勝つかだけだ。
悪魔は、「失敗するよ」「うまくいかないよ」「無理だ、やめとけ」「お前は醜い」「お前は駄目だ」と、のべつ幕なしに、本当にずっとささやいている。
それに対し、いくら心を奮い立たせて「やるぞ」と思っても、そういつまでも気力は持たない。
勝つ方法はただ1つで、それは、意識的に肯定的なつぶやきで、悪魔の声に対抗することだ。
だから、この肯定的つぶやきの技術を最大にしないといけないのに、なぜか人類はその技術を磨こうとしない。
その最高の技術の結晶が万能呪文だ。
「絶対、大丈夫だ」
「全て順調だ」
「世界は意のままだ」
このように、汎用的(あらゆることに通用する)で、肯定的で、現在形の、シンプルで短い万能呪文こそが、悪魔に対抗出来るスマートな光線銃である。
これらの言葉から、たった1つを選ぶというのが優れた技術だ。1つでないと、継続的に悪魔を攻撃出来ない。早い話が、続かない。
そして、感情を込めないことが最高のテクニックだ。
感情を込めると、エネルギー不足になり、やはり継続出来ないばかりか、下手したら悪魔につけ込まれる。
万能呪文を出来るだけいつも唱えることだ。
1日数十回でも効果はあるが、その程度では、惨めな状態を脱することは出来ない。
とはいえ、「1日1万回を厳守!」なんて根性を発揮しようとすると、やっぱり続かない。
ある程度のソフトさも必要なのだ。
自然に、1日千回位唱えるくらいになれば、相当、状況は改善されるだろう。

それと、悪魔は、美しい絵や美しい音楽に弱い。
だから、なるべくそんなものを観賞することだ。
一方、満腹した時も、悪魔は活性化する。
満腹するまで食べて自分を甘やかす者は、最後は必ず墜落するものだ。
また、ポルノやアダルトゲームは悪魔の大好物で、それらで活力を得た悪魔に対抗するのは大変だ。そんなものを愛好しているなら、万能呪文も1日数千回以上必要になるかもしれない。
だが、唱えさえすれば、絶対、大丈夫である。









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現代の魔法

ウイルスに感染し、遠隔操作で不正行為に利用されるコンピューターのことをゾンビコンピューターと言うが、我々はまさに「ゾンビ人間」だ。
我々は、脳内に神経ウイルスのようなものが作られてしまっていて、その神経ウイルスは、脳のリソース(資源)をふんだんに使い、我々を落ち込ませる言葉を1分に数百とつぶやき(意識されないが)、我々を疲労と憂鬱に落とし込む。
それに対抗するためには、我々は意識的に肯定的な言葉を唱えなければならない。
実に、成功と失敗の原因は、それをするかしないかだけだ。

確かに、良いつぶやきが大事だと教える人がいて、本も沢山出ているが、それらの本が全く役に立たない理由は、「沢山の言葉をつぶやかせようとする」からだ。
言葉は1つでなければ唱え続けられない。
法然が『選択本願念仏集』で、「阿弥陀如来だけを崇めよ」と言い、ただ、「南無阿弥陀仏」の念仏を唱えよと言っているのは、そのことをよく理解していたからだと思う。
普通に考えれば、阿弥陀如来以外の仏や菩薩、ましてや、釈迦は尊いのに、念ずべきは阿弥陀如来だけにしろという。
しかし、「南無阿弥陀仏」の他に「南無観世音菩薩」とか「南無釈迦牟尼仏」と唱えようとすれば、念仏がシンドくなるに決まっているからだ。結果、どの念仏と唱えなくなってしまうのである。
そうなれば、その人の頭は悪霊(否定的な言葉)に支配されてしまうのである。

私も昔、営業の仕事をしていた若い頃、阿弥陀如来真言「オン、アミリタ、テイセイ、カラウン」を唱えて、うまくいっていた。
しかし、本を読むと、「観世音菩薩の真言オン、アロリキャ、ソワカを唱えると守護が得られる」とか、「やはり大日如来真言の威力は大きい」と書いてあるのを見て、それらを唱えるようになったら、やがて、あまり真言を唱えなくなり、そのうち、どんな真言も全く唱えなくなった。
そうしたら、トラブルが多くなり、人間関係も乱れ、売上はさっぱりになり、会社も辞めることになった。

もし、本当に明るいものを感じ、抵抗がないなら、念仏や真言を唱えれば良いと思う。
そして、全ての現代人に抵抗がなく唱えられる効果抜群の言葉が、いつもお薦めする万能呪文である。
「絶対、大丈夫だ」
「全て順調だ」
「世界は意のままだ」
の3つから1つを選び、感情を込めず、頭の中で、出来るだけ多く唱えるのである。
感情を込めないことも大切で、いわゆる「心を込めて」唱えると、やはり続かない。
ただ、感情を込めないと言っても、いい加減に唱えるのではなく、真面目に唱えなければならない。
万能呪文は、脳内の神経ウイルスを抑え、さらに、潜在意識に良い指令をインプットするのであるから、うまくいかない方がおかしい。
私は、今年7月16日に、万能呪文1本に絞り、他のことは一切やめたが、今も、脳内の神経ウイルスはなくなった訳ではなく、油断すると心を支配しようとしてくる。
だが、万能呪文を忘れていたことに気付き、攻勢をかけると、すぐに状況は好転していく。
まだ、一瞬で状況を書き換えるというほどではないが、いずれそうなるだろう。
これが現代の魔法である。









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世界は凄く良く出来たゲーム

人生において、いつまでも低空飛行を続けたり、墜落していく人の特徴は、過去を悔やむことと、現状を嘆くことだ。
世界なんて、5分前に始まったのかもしれず、10年前、20年前の記憶なんて思っているのは、偽者の記憶かもしれない。
夢で王様になって宮殿に住んでいる人が、自分は生まれた時から、そこに住んでいると思っているようなものだ。
そして、目の前の世界は、とてつもない高性能のコンピューターが作り出している仮想世界で、あなたの深い心(潜在意識)にあるものを題材にストーリーが進んでいくのだ。

どの道、過去は変わらないのだから、ある意味、どうでも良い。
大切なことは、心の深いところにある人生のストーリーの脚本だが、それを1から自分で作ろうと思ってはならない。
ゲームと同じで、人生のいろんなストーリーのパーツが用意されていて、それらを組み合わせれば良いだけだ。
もちろん、この仮想世界で用意されているストーリーのパーツは膨大な数で、無限と言っても良いほどだし、同じストーリーでも、かなり大胆に修正も出来る。
それに、パーツはどんどん増えていっているのかもしれない。
人生のストーリーのパーツを呼び出し、修正するのは潜在意識なのだから、潜在意識を良い状態にしなければならない。
そのために、我々に出来ることは、「言葉を使う」ことだけである。
「いや、イメージが世界を動かすのじゃ」と言う人もいるが、イメージってのは、作っているのではなく、作らされているのだ。少なくとも8割は。
イメージなんて、そうそう自由に作れないし、作れるとしても、ごく短時間ではないかね?
それは無駄な努力になる。
まあ、空想を楽しむのは構わないが、それが直接、世界に影響を与える範囲はごく僅かだ。
もちろん、四六時中、サッカー選手になった自分をイメージ出来る子供がいて、本当にサッカー選手になる場合もあるが、そんな子は、ある種の脳の欠陥を持っているのかもしれず、たまたま、そんな能力があるのだと思う。
我々が、そんな真似をしたって、間抜けなことにしかならない。

我々に出来ることは、言葉を使い、潜在意識に傾向性を作り、仮想世界の好ましいストーリーのパーツを取り出して展開してもらうだけだ。
潜在意識は高性能なプログラムなので、言葉をうまく解釈してくれる。
だから、潜在意識に送る言葉は、万能呪文がベストに近い。
「絶対、大丈夫だ」
「全て順調だ」
「世界は意のままだ」
これらの万能呪文のうちの1つを選び、感情を込めず、心の中で出来るだけ多く繰り返すと、潜在意識はこれらの言葉に対応したストーリーのパーツを、次々に取り出して、修正を加えながら展開していく。
これを「潜在意識の魔術的オペレーション」と言う。
潜在意識という魔術師は、万能呪文により、「絶対、大丈夫なストーリー」「全て順調なストーリー」「世界は意のままであるストーリー」を作り出してくれる。

潜在意識による成功法則や引き寄せの法則も、IT時代、AI時代には、このように正確に表現出来るようになったのである。









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精神的ウイルスに頭を乗っ取られないために

無念無想と、ぼーっとすることとは全く違う。
良い意味で「頭の中を空っぽにする」というのは、何も考えないということではなく、悪い考えにとらわれていないということだ。

そして、自分の意志で無念無想になったり、頭の中を空っぽにすることは出来ない。
高僧や武道の達人になら出来るのかもしれないが、そんな人間はどこにもいない。少なくとも、我々はそうではない。

肝心なことは、頭の支配権を握っていることだ。
我々の脳という高度なコンピューターの中には、コンピューターウイルスのようなものが確実に存在する。
ぼーっとして何も考えないでいると、その精神的ウイルスに頭を乗っ取られ、デタラメで破壊的な思考になり、エネルギーは浪費される。
だから、我々は常に頭を意思の支配下に置かなければならない。
イメージによって頭を支配することは出来ない。
ニコラ・テスラやイーロン・マスクのような天才はそんなことを出来るのかもしれないが、彼らですら、必ずしも良いイメージを作ることが出来ず、時に破壊的な思考に陥るのだと思う。

では、どうすれば良いかというと、我々に支配出来る唯一のもの、即ち、言葉を使うのである。
簡単な短い肯定的な言葉を、常に頭の中で自発的に発し続けるのだ。
この言葉は、実際は、悪い言葉でない限り、何でも良いが、続けることは難しいのである。
では、どんな言葉が良いだろう?

「どんな思考もなるべく発生させない言葉が良い」と言う人もいて、例えば、「ナ・ダーム」という言葉がそれであると言う人もいたが、そう言った人自体が駄目になったようだ。
一人一人、思考を起こさせない言葉は違うから、少々高い金を出せばそれを教えると言う「聖者」と言われる人がいたが、それは世界的規模の嘘だった。
そんな、どんな意味もない言葉を、長く唱えることなど出来ない。
そこで、念仏や真言や、神の名を常に唱えなさいと教える人がいて、その教えは正しいが、下らない付加的な教えがついて台無しになることが多い。
例えば「1日1万回唱えるのじゃ」とか、「感謝と喜びを持って唱えるのじゃ」などである。
精神的ウイルスに支配権を与えないのが目的なのだから、無感情で唱えなければならない。
感情を込めると、ウイルスにつけこまれ、あっさり支配権を奪われるが、「1万回唱えるぞ」といった感情も同じなのである。
もちろん、完全に感情をコントロールすることは出来ないが、自然にそれに近い状態になるには、肯定的で「広大な言葉」を使うことが奨められる。
最も好ましい言葉は万能呪文である。
「絶対、大丈夫だ」
「全て順調だ」
「世界は意のままだ」
といった、広大な(あらゆることを含む)明るい言葉である。
しかも、これらの言葉は、精神的ウイルスを停止させ、深い心への通路を開き、言葉を内なる英知に届け、この言葉が指令となって宇宙を動かす。
つまり、どんな願いも叶うってことだ。
実際は、「南無阿弥陀仏」「南無観世音菩薩」「南無妙法蓮華経」「アーメン」「天照大神」「クリシュナ」、あるいは、「ミク」「平和」といった言葉でも良いが、宗教的な言葉の場合、時に、その言葉に偏見を起こす鍵が潜んでいるかもしれないので、注意が必要である。
精神的ウイルスは偏見、感情、欲望につけこむのである。
万能呪文を常に忘れなければ、時々、好きな言葉を使っても良い。
しかし、まずは、1つの万能呪文をしっかり唱えるのが良いのである。
1つの万能呪文を、感情を込めず、頭の中で、出来るだけ多く唱えることだ。
これが、あらゆる問題を解決する万能の秘訣である。









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