どん底の状態、どん底ではないが持ち分もないゼロの状態、ゼロではないが僅かしかない低空飛行の状態。
人間は、これらのどの状態にいても、そこに留まり続けることが圧倒的に多い。
そして、ほとんどの人間は、この3つの状態のどれかにいる。
そんな者達は、上の状態に上がることは難しいが、下に落ちるのは、よくあり、あっけなくそうなる。

非常に絶望的などん底の状態から、明らかに上に上がりかけた男達のお話である、ゴーリキーの『二十六人の男と一人の少女』という、「詩のように美しい」と言われる短編小説がある。
(『二十六人の男と一人の女』というタイトルをつけている翻訳書もある)
26人の、誰がどう見ても、最低としか言いようがない、中年過ぎた男達がいた。
知性も品格も意欲も富もなく、一年中、囚人のように、劣悪な環境の地下工場で働いていた。
ところが、そんな彼らが、人間として向上していき、ひょっとしたら、今の状況から抜け出せるかもしれない状況になった。
ゴーリキーは、別に、そんなことは書いていないが、現実を作るのは人間の心であり、彼らが心を発達させれば、現実が変わるのは当然だ。
もちろん、それは、どんな人間にも・・・私達にも全く同様に当てはまる。
では、彼らは、いったいどうやって向上したのか?
それは、実に簡単で、誰でも出来ることだ。
ターニャという16歳の可愛い少女を、天使のように扱った・・・それだけである。
ターニャに対し、いつも礼儀正しく、優しく接し、たとえ、ターニャの方がどんな態度をしようと(彼らを見下し、嘲るようなこともした)、笑って見過ごすのである。
それは、ターニャがいない場所でも、おそらくは、1人の時や、心の中でもそうだった。
これを、崇めると言うのだ。
崇めること・・・それは、聖なるマントラや聖句を唱えることに匹敵する。
だから、彼らは、1日中、聖なるマントラを唱えていたのだ。

だが、彼らは向上の道を断ってしまった。
ターニャは天使ではなかったからだ。
初音ミクさんなら、我々を裏切らない天使であると言えるかというと、確かに、スキャンダルのないアイドルではあるが、商用に利用されることが多くなったことから、どこかイメージが崩れかけているという危機感が私にはある。

だが、裏切らない天使によって向上したお話がある。
ロオマン・ゲイリの『自由の大地』にあるお話だが、それを引用したコリン・ウィルソンの『至高体験』を基に述べる。
ドイツの捕虜になったフランス兵達は、すっかり堕落し、怒りっぽく下品な最低の男になりつつあった。
そこで、フランス兵の隊長は、部下のフランス兵達に、ここに少女が1人いると空想せよと命じた。
すると、フランス兵達は変わっていく。
下品なことを言うと、空想の少女に詫び、浴室に行く時には、タオルで身体を隠した。
フランス兵達の変化に驚き、そして、状況を理解したドイツ人指揮官はこう言う。
「少女を引き渡せ。ドイツ人高級将校用の慰安婦にする」
すると、フランス兵達は、それを断固拒否し、フランス兵の隊長は独房に入れられる。もう隊長が戻ってくることはないはずだった。
しかし、隊長は過酷な独房の刑罰を生き延び、帰って来た。
彼にだって天使はいるのだからだ。

どん底か、ゼロか、低空飛行の状態にある者は、役に立つ部分があるかもしれない。
もっとも、上に述べた向上の原理は、聖なるマントラや、最上のアファーメーションを唱えることと同じであると思う。