ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

ルー・テーズ

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

人間に内蔵された加速装置

私は、器用に5本指タイピングをする良いプログラマーというのを見たことがない。
昔、坂村健一氏(IoT用OS世界トップシェアのTRON開発者)が公案したという、TRONキーボードを見たことがあるが、これは中央がやや高くなっている。
普通の水平なキーボードは腕や肩を痛める恐れがあるらしいが、私も、そうではないかと思う。
そして、その悪影響は脳に及ぶ可能性があると思う。
だが、せいぜい、人差し指と中指程度しか使わないなら、普通の水平キーボードでも問題ない。
それもあったが、私は5本指でキーボードを打つメリットがあると思ったことがない。

また、エディタや開発環境ソフトの機能を隅々まで知っている優秀なプログラマーも見たことがない。
むしろ、ショートカットキーを駆使するようなプログラマーが駄目なのを見て、余計なことは覚えないようにしたくらいだ。
まあ、大抵の開発環境ソフトはF5でプログラム実行するので、その程度は覚えたが、それすら、マウスクリックで行うことがよくある。
つまり、良いプログラマーというのは、アルゴリズムやプログラムの合理的な書き方にはこだわるが、その他は、どうしても必要なことだけ覚えるものだと思う。
丁度、美味しい料理を食べるのに、最低限必要なマナーは守っても、変な理由で作られた作法に付き合わないようなものだ。

大切なのはスピードだ。
野球でも、サッカーでも、際立った美点がない限り、脚が速いことが圧倒的に有利であり、走り込みをちゃんとやった選手が成功することが多い。
走るだけでなく、神経や身体のバランスが良く、速く動けることが、そうでない者に差を付けるのである。
プロレス史上最高のレスラー、ルー・テーズが「私の肉体は平凡だが、ただ1つ、反射神経が良かった」と言っていたらしいが、人間、根本的な反射神経というのは、皆、それほど変わらず、刺激を感じた時に、速く適切に動けることを、運動における「反射神経が良い」と言うのである。テーズはきっと、考えるより早く、的確に動ける訓練を多くしたのだと思う。
「考えるな、感じろ」であるが、感じても動けなければ滑稽である。

優秀な学生は、間違いなく、速く読む訓練をしている。
速く読み、正確に理解出来ることが本当の秀才であり、それが、連想力や想像力にも結び付くのである。

ひきこもりで、しかも、能力のない私が社会でうまくやってこれたのも、キーボードの高速タイピングを徹底的にやったからだ。
しかし、タイピング練習ソフトなんてものを使ったことは1回もないし、興味を持ったこともない。
沢山の文章を早く入力しなくてはならなかっただけだ。
面倒なので、その理由はいちいち言わないが、スマホなどのタッチパネル入力に熟達しても何にもならない。下らない短文を、そこそこ速く打てて何になろう。
社会でうまくやっていきたいなら、キーボードの付いたパソコンを使い、高速でタイプ出来るようになることだ。
やることがなければ、良いプログラミングを写しても良い(これを、プログラミングの世界で写経と言うことがよくある)。
たとえ真似でも、高速で打ち込めるようになったら、プログラミングをマスターしたも同然である。

脳波が下がるほど、主観時間は客観時間をどんどん超える。
丁度、『サイボーグ009』で、加速装置を使っている009や、H.G.ウェルズの『新加速剤』で、加速剤を飲んだ人間には、周囲の動きがスローモーションに見えるようなもので、「能力が高い」とは、そういった状態になることを言うのである。
私は、何かの速読術の本に書いてあったが、本1冊を瞬間で一気にめくりながら、本の中の文字を見るという訓練をよくやった。
それで、精神の速度が向上し、普通の人の数倍~数十倍の速さでプログラミングが出来るようになったので、自分ではほとんど仕事をしていないつもりでも、実は結構、成果を上げているのだと思う。









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勝つか負けるか、違いはこれだけ

「奥の手があるんだ」
これほど頼もしい言葉はない。
もし本当にあればだが。
奥の手とは、必殺の切り札である。
これを出せば、必ず勝てるというもので、いかにいかがわしいものでも、漫画やアニメでは、そんな必殺技があることが、人気の秘密だった。
梶原一騎氏のスポ根ものが人気があったのも、ヒーロー達には、馬鹿馬鹿しく非科学的ながら、単純で印象深い必殺技があったからだ。
『あしたのジョー』のクロスカウンターとか、『巨人の星』の大リーグボールとか、もう絶対にあった。
セーラームーンや歴代プリキュア達にも、必ずあったと思う。

現実のサッカー選手や野球選手、あるいは、プロボクサー等には、そんなものはないように見えるが、実は、彼らは心密かに、それを持っているのだそうだ。
野球のピッチャーなら、「このコースは絶対の自信があり、ここぞという場面で投げる」とか、サッカー選手も自分なりのイーグルショット(キャプテン翼の必殺シュート)があるものらしい。
何と言っても、奥の手、必殺の切り札が自分を支えるのである。
勝つ人間と、勝てない人間の差は、「奥の手」「必殺の切り札」があるかないかの違いだけだということは、「学校で教えてよ」(雪ミクさんの『四角い地球を丸くする』より)と思う。

あなたには、「奥の手」「必殺の切り札」があるだろうか?
ちなみに、野球のピッチャーの「必殺の球」は、必ずしも、それでバッターを仕留めるとは限らないのだが、一流であるほど、絶対の自信を持ってる。
その球で仕留めた時は「ふっ、当然だ」と笑い、失敗した時は・・・すぐに忘れてしまう(笑)。
こういった、心の切り替えを含め、「奥の手」「必殺の切り札」なのである。
自分では、絶対の自信を持たなければならないのだ。
そして、絶対の自信は、果て無き繰り返しからしか生まれない。
空手家の「必殺の三日月蹴り」は、それを何万回、何十万回と繰り返し練習したのである。
会社が潰れようが、社会が不況だろうが、毎日、ExcelのVBAプログラムを書いている者は、それが必殺の切り札になれば、全く平気なのである。

史上最高のプロレラー、ルー・テーズは、ダブルリストロックという腕固めを必殺の切り札としていた。
プロレスは、筋書きの決まったショーではあるが、長いキャリアの中では、相手が変な気を起こして、シュート(真剣勝負)を仕掛けてくることもあるらしい。
しかし、たとえそうでも、テーズには、このダブルリストロックがあるという自信でやり通せたに違いない。
不世出の柔道家、木村政彦にも「キムラロック」という必殺の腕固めがあるが、実は、テーズのダブルリストロックとほとんど同じ技で、ブラジルで柔術の強敵エリオ・グレイシーの腕を、この技で折ったのである。

禅の話であるが、倶胝(ぐてい)という僧が師匠の天竜に教わった必殺の切り札は、人差し指を立てることで、奥の手ながら、いつでも活用した。
だが、死ぬ時、倶胝は、「天竜先生に教わった1本指の禅を使い切れなかった」と言ったようだ。
「切り札は最後まで取っておくものだよ」というのは格好良いセリフであるが、それは、最後の切り札・・・奥の手を持っている者が、ゲーム、あるいは、人生を楽しむセリフなのである。









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根拠のない自信を持った人だけが成功する

成功する人は、全員、「根拠のない自信」を持っている。
言い換えれば、「根拠のない自信」を持つことが出来た人だけが成功するのである。
ところで、特に女性がそうだと思えるが、実際は男も変わらないこととして、大半の者が、「私はかなり可愛い」「俺はかなり格好良い」という「根拠のない自信」を持っている。ところが、これはただの妄想で、何の力にもならない。
ところで、本当に美人であるとか、本当にイケメンで、それを鼻にかけている者もいて、それは「根拠ある自信」だが、それは危うい。なぜなら、「私は美人なのに優遇されなかった」と感じた時に自信喪失しかねない。
例えば、東大に入り、周囲にチヤホヤされ、自分でも自分は頭が良いと思っていたのに、社会に出たら現実には何も出来ないことを思い知った時に、幼児退行したり、自己嫌悪、他人嫌悪に陥ってしまうようなものだ。
まあ、そういうオールドスタイルの東大生も少なくなってきたようには思うが、やはり一定数はそんなのが東大に限らずいると思う。
受験がある限り、「お勉強しか出来ない」残念な子はなくならないだろう。
「根拠ある自信」、つまり、「理屈で納得出来る自信」の威力は、かなり限定的なのである。

「根拠のない自信」は、時間をかけることでしか得られない。
プロレスというのは、全試合、勝敗や試合の流れをプロモーターが決めるショーであるが、本当の実力もまた大切である。
一番強かったルー・テーズは、ダブル・リストロックという技について、「この技に救われたことは数限りない」と言い、この技がある限り、自分は無敵だと思っていたのだろう。
だが、それは無論、「根拠のない自信」だ。
ダブル・リストロックを磨けば本当に無敵なら、皆、そうすれば良いのに、そんなことにはならない。
しかし、テーズは、そんな「根拠のない自信」を持てたから、史上最高のプロレスラーになれたのだ。
テーズが、そんな「根拠のない自信」を持てた理由は、ダブル・リストロックを教えてくれたジョージ・トラゴスを心から尊敬していたこと、トラゴスが、若い力自慢の生意気なレスラーへの制裁として、容赦なく残酷に、その技で肩を砕くのを衝撃を持って見たこと(60年経っても、昨日のように鮮明に思い出したらしい)、そして、熱心に練習し、その技を実践で磨いたこと・・・等である。
テーズが「地上最強」なのもうなづけるのである。

「根拠のない自信」を、衝撃体験や、強い感動によって得ることもあるが、それには、それなりの下地があったのだし、その後、磨き続けたので、その「根拠のない自信」を保てるのである。
「根拠のない自信」が絶対必要と著書に書かれていた、ひろゆきこと西村博之氏が、その本に面白いことを書かれていた。
自分は、剣道とキックボクシングをやったことがあるので、いざ取っ組み合いになったらまず負けない自信があるから、相手を怒らせても平気なので、心の余裕があるらしい。
それはやっぱり「根拠のない自信」だ。
格闘技をやっていたのは学生の頃ことらしく、しかも、それほど熱心にやった訳でもないらしい。
そんなものが、40歳も過ぎて役に立つはずがない。
私の知り合いに、大学でレスリング部の主将を務め、柔道も黒帯で、空手の拳ダコも出来ているという、かなり危ない男がいたが、別に格闘家になった訳ではなく、30歳をかなり過ぎると、「若い元気なヤツには負ける」と言っていたものだ。
「昔とったきねづか」なんて、実際は、ほとんど役に立たない。
筋トレ指導で有名なTestosteroneさんは、「筋トレをやったら、いざとなったら相手をぶっとばせるので自信が持てる」みたいなことを書かれていたが、実際は、筋トレやってるからってケンカに強い訳ではなく、むしろ、見掛け倒しが多いと思う。
ボクシング元世界王者の具志堅用高さんは、「僕、ケンカ弱いっすよ」とか言ってたものだ。
だが、ひろゆきさんのように、かじった程度の方が「根拠のない自信」は持ちやすいが、そうはいっても、ひろゆきさんは、それなりにはやったのだと思う。

「根拠のない自信」これは、何としても得なければならない。
それを得る方法について、今後も書いていくし、一緒に考えたい。
これを得る旅も楽しいものである。それが最高の宝なのだから。









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奥の手がある有り難さ

奥の手とは良いものだ。
これがあると、余裕を持っていられる。
ピンチに陥っても、それを出せば、最悪、敗北、破滅を回避し、それどころか、最善、勝利、栄光を得る可能性すらあるのだ。
だから、あなたも奥の手・・・秘密の切り札を持たなければならない。

私が、奥の手の概念を掴んだのは、長年好きだったプロレスや、他の格闘技からだった。
プロレス史上最高のレスラー、ルー・テーズの奥の手は、ダブルリストロックという地味な、肩と腕を決める関節技だった。
テーズは、この技で相手の腕を折ることが出来た。
ただ、彼は、相手の腕を折るようなことは一度もやらなかったが、「その寸前」まで締め上げたことは沢山あり、この技のおかげで救われた試合は実に多かったという。
この技があったからテーズは地上最強だったのであり、この技を教えてくれた師のジョージ・トラゴスを尊敬し、生涯、感謝していたようである。
昔のプロレスの世界チャンピオンが奥の手として用意していたのは、デッドリードライブという投げ技だったという話を見たことがある。
これは、プロレスでよく見られるボディスラム(抱え投げ)に似ているが、頭からマットに落とすという危険な技で、チャンピオンは、危なくなったら、この技で勝つのだという話だった。
まあ、いくらなんでも、本当にそんな危険なことはやらなかったとは思うが、お話としては面白い。
実際の、プロレスのチャンピオンの奥の手は、「反則負けならタイトル(王座)は移動しない」というルールを利用することだろう。レフェリーを殴れば、即反則負けで、タイトル防衛が出来るのである。

不世出の空手家、大山倍達さんが、「空手が地上最強であるのは、金蹴りと目潰しがあるからだ」と正直に著書に書かれていたことに感動したことがある。
中学生だった私は、嘘偽りの無い真実というものを、初めて大人から聞けたという気持ちだった。
なるほど、確かにキレイではないが、真理とは良いものであり、美しい。
岡本太郎が、ゴッホやピカソはきれいではないが美しいと言われていたが、それよりもっと美しい。

さあ、あなたも、どんなピンチも逆転出来る奥の手を持つのだ。
必要なら、痛みや苦しみを伴う努力をして、それを磨くべきだし、それを得るためなら、どんな苦労も何でもない。
奥の手とはきれいではない。
汚いし、卑怯な場合もある。
だが、圧倒的に強い。
空手の金蹴りや目潰しのように。
それは必要な時以外は決して使うべきでない。
だから奥の手なのだ。

奥の手を教えてくれって?
おかしなことを言ってはならない。
イエスも言ったではないか?
「求めよ、そうすれば、与えられる」
本気で強く求めれば、必ず与えられる。
それが、この世界の仕組みだ。
イエスは、それをうっかりか、確信犯的にか、親切にかは分からないが、我々に教えてしまったのだ。
奥の手が見つからないなら、金蹴りでも徹底練習すれば良い。
あるいは、著名な人物の奥の手を調べたり、身近な実力者の奥の手を観察すれば良いのだ。
そうすれば、あなたに相応しい奥の手がきっと心に浮かんでくるはずだ。
何でも人に教えてもらおうという根性が最悪のものなのに、学校でそんな最低のものを持ってしまった者が多い。
まるで駄目男は、だから、まるで駄目男なのだ。
そんなみっともない、恥ずかしい根性はすぐに捨てよ。
本気で求めれば、必ず与えられるのである。









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神技を持て

大空手家だった大山倍達さん自身や、梶原一騎さんが原作を書いた空手漫画で、大山さんや大山さんをモデルにした超人空手家がよく行ったデモンストレーションに、硬貨を親指と人差し指で折り曲げたり、ガラス製ビール瓶の首を手刀(空手チョップ)で切断するという技がある。
また、漫画の中では、親指だけで逆立ちをするというものがよく描かれていた。
普通の人はもちろん、相当鍛えた人でも滅多には出来ない神技であるが、これらが出来ることが無敵の強さの証明であると言い、実際、そうなのかもしれない。
本物の力とデモンストレーション効果。
この2つで大山さんは武道家としてだけでなく、社会的にも成功したのだから、大山さんというのは、強いだけでなく、頭の良い人だったのだと思う。
空手映画の大スターで武道家でもあったブルース・リーは、そこまでは出来なかったが、親指と人差し指2本での片手腕立て伏せという凄い芸当を売り物にしていた。

そして、我々も、何か、人に出来ない、神技、凄技、磨きぬいた技芸を持つのは、極めて良いことと思う。
それは、実際の力になることはもちろんだが、それが自信を与えてくれれば、本当に素晴らしいことである。
大山さんの場合は、当時は、特にアメリカ等、ほとんどの国で空手というものを誰も知らなかったので、ああいった分かり易くセンセーショナルなデモンストレーションが必要だったし、ブルース・リーの場合も同じような事情があったのだと思う。
だから、必ずしも、見世物的な技が必要な訳ではないが、あればやはり便利である。
プロレス史上最高のレスラーだったルー・テーズの場合は、あまり(あるいは全く)アピールしなかったが、ダブルリストロックという肩を決める関節技で、これがあるから彼は無敵だったし、自分でも絶対の自信を持つことが出来た。ダブルリストロックは、大柔道家だった木村政彦のキムラロックと同じ技で、木村さんもこの技を頼りにし、ブラジルでの無敵の柔術家だったエリオ・グレーシーとの他流試合では、この技でエリオの腕を折って勝った。

武道家の堀部正史さんの本で見たが、ある小柄で歳も取っていたヤクザの男は、敵の脚を折るスライディングキックを至芸とし、それを実際に見た堀部さんも著書の中で称賛していたが、そんな、世間的には下等な人間だって、神技は力になってくれるのである。私は、そのヤクザのおっさんと大して変わらないと思うので、神技を持ちたいと切に思うのである。

とにかく、誰にも出来ない神技を1つ持てば、その威力は計り知れない。
私はよく、そんな神技のことを、初音ミクさんの楽曲『千本桜』の影響で「光線銃」と呼んでいる。
光線銃は持ち運びが便利なように、常に手元にあり、いつでも使えるような神技が良いと思うからである。
実際、私は、アラビアンナイトの『アラジンと魔法のランプ』のお話では、魔法のランプよりも、現れる巨人のパワーはやや劣るが、魔法の指輪の方が好きである。
理由は、いうまでもなく、可搬(持ち運び出来ること)性の高さであり、また、指輪の魔神で十分と思えるからだ。
ただ、本当は誰でも、潜在意識という巨大なパワーを、持ち歩く必要もなく心の中に持っているのだが、それを引き出すためには神技があれば有利なのである。

神技は奇抜である必要はない。
例えば、『論語』を暗記するなんてことをした人もいるが、そんな人はさぞや強力なパワーを揮える(発揮出来る)はずである。
無論、『論語』でなくても、自分が気に入った本であれば何でも良い。
普通の人の場合は、そのようなものを目指すのが良いと思う。
また、暗記しないまでも、毎日必ず聖書を読むとか、『バガヴァッド・ギーター』を読むでも良い。
あるいは、ExcelやAccessをVBAと共に高度に使えれば、まあ、不安のない楽しい社会生活を送れるだろう。
毎日、腕振り運動を2千回もやれば、そして、それを1年続ければ、デモンストレーションにはならないとしても、大きな力になるだろう。

弱い人間、欠陥の大きな人間・・・たとえば、上で挙げたヤクザの男のような人間であるほど、必ずしも他人に対してでなくても、具体的に形で示せる神技が望ましいと思う。
論語の暗記やVBAなら、そんな形になる。
また、腕立て伏せやスクワットを毎日やっていれば、あるいは、毎日聖書やバガヴァッド・ギーターを読んでいれば、不思議な光をまとうようになり、それが貫禄のようなものとなり、自分でも自信が持てるのである。

とにかく、神技を持つと決断し、何を神技とするか決断し、断固、それを得るべきである。
それにより強者となり、神の力を得て世界を闊歩出来るのだから。









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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・ソフトウェア開発技術者
・サイコパス
・初音ミクさんを愛す


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