ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
ソフトウェア開発技術者、Hikikomori、スーパーダイエッター、神秘思想家Kayのブログ
決して、一般受けするブログではありません。誠実に人生を遊びつつ、誠実に世間の幻想を叩き壊すことを目的とします。

リチャード・バンドラー

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
Twitterは、ちゃんとプロフィールが書かれ、1週間以内に1回でもツイートされている人なら、フォローしていただければ、大抵フォロー返します。

[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。
[2010/12/12]詳細なlivedoorプロフィール設置しました。[livedoorプロフィール]

無意識の魔力

「あれ、俺、ここで何やってんだ?」と思った経験があるだろうか?
それを、友人達の前で口にすると、「お前、大丈夫か?」などと言われるだろう。
これは、無意識状態でありながら、意識がある時と同じように行動し、あるいは、会話していたのであるが、不意に意識が戻ったという状態である。
その、よく知られた例が、夢遊病というものである。

だが、ラグビーなどの激しいスポーツをやっていた人には、こんな経験がある者は割にいる。
そして、無意識の状態の時は、愚鈍でおかしなことをやっているかというと、普段より優秀であったり、あるいは、超人的であったりすることもあるのである。
夢遊病者が、普段なら立っているのも難しいような場所(屋根の上等)で、軽々と踊っていたという話もある。

元プロレスラーの前田日明さんは、自伝『パワーオブドリーム』にこんな話を書かれている。
彼は、車を運転している時に不意に意識が戻り、「あれ、俺、何してるんですか?」と同乗していた田中氏に言って、田中氏を慌てさせた。
その日、前田さんは、マーシャルアーツ(全米プロ空手)王者のドン・ナカヤ・ニールセンを死闘の末に破り、空手の師匠である田中氏と、前田さんの愛車ポルシェで引き上げるところだった。前田さんは、試合開始まもなく、ニールセンの強烈なパンチを受けてから後の記憶が無いのだった。よって、試合のことをほとんど覚えておらず、自分が勝ったのか負けたのかも分からなかったという。

昭和の大空手家、大山倍達さんは、戦後、真剣を持った剣術の達人と素手で決闘した時、死を覚悟して突進したまでは覚えているが、その後の記憶がなく、気が付いた時は、剣術の達人は目の前で横たわっていたという。

「魔法を使って治している」とまで言われた天才的な精神科医のミルトン・エリクソンは、自分をそんな状態に意図的にすることが出来た。仕事をする前に、自分をトランス(変性意識)状態にし、気が付いた時は仕事は仕上がっているのだ。自分は何をしたか覚えていないが、仕事の出来栄えはいつも上々だった。
『ヒマラヤ聖者の生活探求』には、もっと進んだ状態ではないかと思うが、見ている前で、白紙の紙に文字が自動的に書かれ、仕事が進んでいくという話がある。
ラマナ・マハルシは、「仕事をする時に、自分が仕事をしていると思わなければならないという決まりはない。仕事は勝手に進んでいくのだ。財務省の長官は責任感を持って重要な仕事をしているように見えるかもしれないが、彼は何もしていない」と語ったことがある。
岡本太郎さんにしろ、横尾忠則さんにしろ、自分が描いているという自覚がなく、絵が勝手に仕上がっていっく時に良い作品が出来るといったことを言われているが、それも同様なことと思う。

こんなことが本当に出来るのかというと、事例はありふれているのだから、必ず出来る。
我々、凡人にも出来るのかというと、疑いなく出来る。
心を滅却し、無我、即ち、無になれば良いのだ。
無になりきれば、人間に不可能はない。

では、どうやれば無になれるかというと、上に挙げた中に十分なヒントがある。
とはいえ、前田さんのように強烈なパンチを受けるのは色々問題がある。
大山さんのように、決死の覚悟になれば良いのだが、そういう機会は滅多にない。
ミルトン・エリクソンの技術は、世界中の医学者が研究しているが、誰にも出来ない。ただ、医学者には出来ないが、案外、簡単にやれる者はいる。
エリクソンの技術を研究して、リチャード・バンドラーはNLP(神経言語プログラミング)を開発した。バンドラーの技術は、一瞬、自分でも、他人でも、無にすることが出来る。私も使ってみて、いろいろ驚くべき成果を上げた。例えば、酒豪で知られた女性を、一瞬で酒が飲めなくしたこともある。
『ヒマラヤ聖者の生活探求』のものが、最も驚異的であるが、別に不可能ではないと思う。
これらの中でも、ラマナ・マハルシが教えたものが、世間的な先入観がある者には難しいが、最も自然で簡単なものだと思う。

ただし、能力を高めて素晴らしい実績を上げてやろうなどと思っているうちは、さっぱり駄目なのだ。例えば、金メダルを取ろうとか、売れる商品を作ろうとか、売り込みに成功しようなどという気持ちがあるうちは、全く上手くいかないだろう。
ここらが厄介なところだ。
大山さんは、命すらいらないと思ったからこそ、完全に無になれたのだ。
私は、政木和三さんに言われたことがある。
「簡単ですよ。欲望をぽーんと捨てればいいのです」

その通りである。
しかし、簡単とは言えない。要は、訓練次第なのだ。
無になれば不可能は無くなるということを、努力しなくていい、何もしなくてもいいと勘違いしてはいけない。
欲望を捨て、想念を消し、無になるためには、心の全エネルギーを使った訓練が必要である。
しかも、何かを求める心があれば、訓練は失敗する。
言うなれば、死ぬ訓練をするということだ。
ある賢者は、子供の頃、そんな訓練をしていた。やり方を教えよう。
夜、眠るとき、「これから死にます」と思う。
伊達や酔狂ではなく、本当に死ぬ気でいるのだ。
朝、目が覚めたなら、「まだ生きていました」と思うが、別に生を喜ぶ訳ではない。死ぬつもりでいた者が、生きていることを喜ぶはずがない。
つまり彼は、夜寝るとき、本気で、親とも友人とも、今生の別れの覚悟をしたのだ。
あなたに出来るだろうか?
まず無理であろう。

『バガヴァッド・ギーター』という、人類至高の聖典は、つまるところ、普通の人に出来る範囲で無になれる方法が書かれているのだ。
この書では、至高神クリシュナが、アルジュナ王子にそれを教えるのだが、アルジュナは、なかなか理解できず、『バガヴァッド・ギーター』全部の教えを必要としたのだ。
『エメラルド・タブレット』は、教えを象徴的に書くことで、心が邪魔をするのを阻止しているのだ。書いてあることは、なかなか分からない。全く歯が立たないと感じるはずだ。しかし、心配はいらない。我々の内側にあるものは、元々知っていることなのだ。

これらの本に書かれているようなことを、全力で訓練すれば良いのである。
どんな訓練かというと、いずれにしても、欲望を捨てる訓練だ。
食と性の欲望を、心の全エネルギーを使って消し去った時に、我々は至高の存在に帰る。
美食、飽食を続けると、身体を悪くし、強制的に食べられない状態になる。今のままでは、日本人の大半はそうなる。
しかし、そんな状態は訓練にならない。強制された節制は、どんなことも訓練にならないのだ。
自分の意思で食欲や性欲を克服してこそ、聖なる訓練となるのである。
『バガヴァッド・ギーター』でクリシュナが教えた通り、極端な少食にする必要はないし、むしろそれは良くないことだが、満腹するまで食べるようでは見込みはない。
『エメラルド・タブレット』でも、魂を束縛から解放するには、食欲の克服が不可欠であると書かれている。
そして、ラマナ・マハルシも、食の慎みを第一にあげているのである。
はじめに挙げた奇跡のような力の数々も、食を慎むことで自然に得られるであろう。難しいことを研究する必要などないのである。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ

自分の美点を忘れろ

人は、想念を捨て、無になった時に不可能はなくなる。
そのために、どうしてもやらなくてはならないことは、自分の美点を忘れることだ。
自信を持つことは大切だと言われるかもしれないが、たかが世間でいう美点での自信は百害あって一利無しであり、そんなものにこだわれば、むしろ劣等感や無力感に苦しみ、あげく、破滅するだけだ。
本当の自信は、自分の内にあるものを見つけた時にのみ得られるのだ。エマーソンが言った通り、「内にあるものに比べれば、外のものなど取るに足りない」のである。
美人であれば、そんなことは忘れることだ。下らない男の性欲を煽るだけの美点であるし、すぐに歳をとって、誰も振り向かなくなる。だが、自分が美人だということを忘れてしまえば、いつまでも若く美しいのだ。面白いパラドクスである。
学歴など、あるにしろ、ないにしろ、言わなければ誰にも分からない。つまり、本質的な力ではないのだ。アインシュタインは無試験入学の上に大学の講義に出たことは無かったし、エジソンとなると8歳で学校をやめている。その2人が大学の価値で論争したのだから面白い。イツァク・ベントフという天才的な医療エンジニアは幼稚園中退だし、世界的な光学機器を開発した三鷹光器の中村会長は小学校中退だ。ソニー創業者の1人である盛田昭夫さんは『学歴無用論』なんて本を書いたものだった。
プロレスのルー・テーズは、ライバル達がアマレス全米王者、大学王者、オリンピック出場だらけの中で、彼は中卒で、アマレスの実績がなかった。だからこそ、彼は純粋に本質を追及した。そして、彼は、誰よりも負けず、誰よりも長く世界王座にいて、エリート選手達に「テーズと同じ時代に生まれたのが俺の不幸(世界王者になれなかった)」と言わせたものだった。

中でも不幸なのは、医大、芸大、音大出などの肩書きにこだわる者だ。
私も、このブログで、医療、芸術、音楽の分野の記事はよく書くが、時々、「お前は素人だから黙ってろ。お前のは浅すぎる」と言ってくる者がいる。
中には、芸大出などではなく、ちょっとかじった程度の連中もいるのだろうが、それも同じようなものだろう。
彼等が持っている知識を基準とすれば、その他は全て、間違いであり、浅いのだろう。もちろん、私は自分が浅いことを知っているが、彼らはもっと浅いのに、それを知らないのだ。
彼らがどんな人間かというと、身障者や老人相手にしかすごめない不良のようなものだ。実際、普段、中学や高校で、抵抗してくるはずのない生徒相手に個人的な芸術論を吹っ掛けて満足している者も多いかもしれない(残念ながら多く、若い人たちの芸術への関心を殺してしまっている)。自分の立場以外の者が、老人や身障者のように弱くないと不安で仕方がないのである。しかし、もちろん、現実はそうではない。
岡本太郎も、そんな連中を嫌っていたものだ。
池田満寿夫は、東京芸大を3回落ちて諦めたが、似顔絵屋をしていた時、営業のために芸大生を名乗っていたようだ。そして、本物の芸大生の似顔絵屋と遭遇してしまったら、コソコ逃げ出していたらしい。そして、町の似顔絵屋達に、「お前は下手過ぎて俺達の評判が落ちるから、お前はやめてくれ」と言われたようだ。しかし、彼は世界的な芸術家になった。なるほど、似顔絵屋や芸大の基準から言えば、彼は落第で失格なのだろうが、芸術では彼は超一流だったのだ。
神から見れば、絵がへたくそな小学生もピカソも、算数の劣等性もアインシュタインも大差はないだろう。

NLP(神経言語プログラミング)の創始者リチャード・バンドラーは、彼がバンドラーだと知らない人がNLPについてバンドラーに講義するように話すのを、じっと最後まで聞き続け、「よく知ってるなあ。勉強になった」と思ったそうだ。
アインシュタインは、自分の物理学の能力が大したものだとは全く思っておらず、自分では趣味だと思っていると言っていたものだ。
私のことで恐縮だが、当然、私は現代医療というジャンル(領域-仏語-)でいえば素人であるが、自分のアトピー、メニエール、乾癬病を、何の医療の助けも借りずに完全に治したし、人のことについても、医者が絶対に治らないと言った末期胃癌その他を完全に治したことがいくつもある。

あなたも、美点の1つや2つはあるだろうし、それはそれで良いことだ。
しかし、それらを忘れなければ、本当の素晴らしいものは決して得られない。
上の話は、そのための参考になればと思って書いた。決して特定の誰か、あるいは、何かへの批判ではない。そう思う者は、早く自分を忘れて欲しい。そうでないと、惨めさが待っているだけか、すでにそうであるのだろう。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ

奇跡を起こす精神状態へは一瞬で入れる

子供の頃というのは、世間の大人には信じられないような不思議なことを平気でやっているかもしれない。
ただ、皆、家庭や学校で世間的常識を教えられる中で、それを忘れてしまうのだ。

世界的な量子物理学者のフレッド・アラン・ウルフは、7歳位の時、2階から階段を歩くことなく1階に降りてしまったという体験をしたことが、彼を量子物理学の道に進ませたという。
幼いとはいえ、7歳であれば、かなり現実を大人のように理解するから、かえって不思議だったのだと思う。これが4歳なら、当たり前過ぎて覚えていないかもしれないのだ。
私は、3歳位の時、2階から地上に瞬間移動したことがあったように思う。見ていた家族には、私が2階の窓から落ちたように見えたようだ。
私はけろっとしていたらしいが、大人達が大騒ぎで集まって来たので、驚いて泣き出したようだ。私も、なんとなくは覚えているような気はするのである。

私は、他にも、ごく当たり前に不思議なことをしていたのだと思う。
その中で、中学1年生頃まで続いた変わったものがある。
私は、小学生の時から、走り高跳びで人に負けたことが無かった。かけっこや走り幅跳び、その他は大したことがないのに、高飛びだけは無敵だった。
ところが、そのことで、後で考えると謎のことがあった。
普通、子供が走り高跳びをする時は、はさみ飛びと言って、バーのやや斜めから走って来て、左足で地面を蹴る場合には右足を前に振り上げながら飛ぶ。
しかし、私は、いつも、バーの真正面から走っていき、バーに近付いた後のことは全く記憶がなく、気が付けば、バーの向こうのマットに寝転んでいた。バーを落としたことは一度もない。
そんな風だから、どんな飛び方をしたのか、自分で全く分からないのだ。
ところが、中学1年生になって、やや一般常識を気にするようになり、人の真似をして、はさみ飛びをやったところ、それまでの飛び方が出来なくなってしまった。元々が、頭で飛び方を知っていた訳ではなかったので、思い出せるはずもない。
それ以降、走り高跳びは、まあ、ちょっと得意という程度になってしまった。
私は、飛ぶ直前に無意識になっていたのだろう。
走り高跳びに関しては、中学1年生までは、そんなことが出来たのだ。

また、皆さんも、小学校の運動会で帽子取りゲームや鉢巻取りゲームをやったことがあるかもしれない。
学校に、帽子取りで、やたら強い男子がいた。身体が大きく、力があって強引なのが強さの理由で、無敵で通っていた。私はといえば、そもそも、そんなことを熱心にやろうとは思わなかったに違いない。しかし、私は彼と敵同士で対面してしまったことがあった。すると、私は、何の困難もなく彼の帽子を奪い、周囲の生徒達よりも、彼自身が信じられない様子で、帽子を取られた後も、放心状態で腕を振り回していた。
私は、彼に近付いた後のことは覚えていなかった。これも、瞬間に無意識になって、何かをやったのだろう。

他には、これは、小学4年生から中学2年までやっていたことがある。
それは、夜空の星の中から、何の手がかりもなく、土星を見つけることだった。私は、小学4年生の時、従兄から譲ってもらった天体望遠鏡を持っていたが、すっと1つの星を特定し、その星を天体望遠鏡で見ると、確かに環があった。金星は明るいからすぐに分かるが、木星や火星も、望遠鏡で見ると特徴があるらしいことが分かると、やはり見つけることができた。
やはりこれも、簡単に自分をトランス(変性意識)状態にして、不思議な知覚能力を発揮したのだろう。

その他にも、世間的には不思議であろうことをやったことは、いくらでもある。中には、今思い出すと、ちょっとぞっとするようなものもある。機会があればまた、お話しよう。

新体道という武道の創始者である青木宏之さんが、著書に、この武道をやっていると、後ろから打たれかけてもかわすことが出来るようになるが、子供のうちは、訓練しなくても簡単にやれてしまうといったことを書かれていたと思う。私もそうであると思う。
青木さんが、アメリカの強豪空手家と戦ってみせた時、試合中に相手の鼻や耳を掴んで、子供扱いしたようだ。レベルの差があり過ぎるのだ。
新体道のビデオを見たことがあるが、あれは、明らかに意識的にトランスに入ることが出来る武道だ。体力や技で勝負するのとは全く違う。

前にも書いたが、トランスに入る、あるいは、他の人をトランスに入れる最高の名人は、アメリカの精神科医ミルトン・エリクソンだ。
彼の手法を研究し、NLP(神経言語プログラミング)という、心理療法を開発したリチャード・バンドラーは、エリクソン流の催眠誘導の本なども書いていたが、やや複雑過ぎる感じがした。私が子供の頃にやっていたのは、一瞬で、簡単にやれるものだった。とはいえ、NLPは有益なものだ。私は、バンドラーが一番最初に書いたと思われるシンプルな本(下記に紹介する)が一番好きで、色々凄いことをやって人を驚かせたものである。
ところで、超能力研究で世界的に知られた、デューク大学のライン教授という心理学者がいたが、エリクソンは一度、ライン教授の実験台になって、ESPカードによる透視実験や、読心実験をやったところ、完璧な超能力を示し、ライン教授を驚愕させた。ただ、エリクソンは、実験者の微かな反応を頼りに答えを導いたと言う。まあ、超能力か超人的な観察力かは分からないが、仮にESPでないとしても、その観察眼は常識を超えており、ESPにも匹敵するほどの能力と言えるだろう。
エリクソンは、その驚くべき能力を使い、精神医学という難しい分野で、魔法で治していると言われるほどの成果を上げた。とはいえ、人の隠された能力は、もっとはるかに大きいのだ。

エリクソンの言う通り、程度の差こそあれ、トランスに入る能力は誰にでもある。
ただ、私が思うに、それは単に技術だけの問題ではない。西洋科学の流儀でやれば、実に複雑な手法となってしまい、結局、誰もエリクソンのようにはやれない。だが、本当は、誰でも、訓練することなく出来ることだと思う。
想念を消し、心が静止した状態になれば、それが深いトランス状態であり、その時には、人はいかなることも可能である。
昔の忍者が超人的な能力を発揮できたのは、その忍者集団の中で、想念を消す特別な技術を持っていたのだろう。我が国には、戦時中、そのような、超能力ともいえる能力を開発する機関が実際にあったようだ。私は以前、かなりの老齢の人だったが、実際にそこで訓練を受けた科学者に会ったことがある。中村天風もそこと関わりがあったのか、一緒にいたことがあったという。天風の能力は、やはり大したものだったようだ。
しかし、そういった能力を使うことは、そんなに難しいことではない。世間の教義や信念を壊し、想念を消す術を得れば、誰にでも出来ることである。敢えて、そのために邪魔なものと言えば、欲望である。食欲、性欲に支配され、それを得ようとするために金欲や名誉欲が強いうちは、力は全く発揮されないだろう。
そして、おそらく、神秘力の秘密に関しては、『エメラルド・タブレット』に全て書かれていると思う。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ

心が消えると、なぜ奇跡が起るのか

心が消滅し、一切の想いが無くなれば不思議なことが起こる。

あるホテルで火事が起こった時、野外で宿泊客の老婦人が1人ぼんやり立っていた。
傍らに大型バッグが4つある。1つ1つがとても重く、屈強な男でも4つ一度には持ち上げるのも難しい。
彼女に、「あなたが運んだのですか?」と聞くと、彼女は、「そのようです」と他人事のように言う。彼女は実際は覚えていなかったのである。
心が消滅した時に起こる、このようなことを、俗に、「火事場の馬鹿力」と言い、よく見られることのようだ。
例えば、トラックの下敷きになった子供を助けるために、母親が、その屈強な男が数人がかりでも動かせそうもないトラックを1人で持ち上げたとか、自宅マンションの窓から自分の幼い子供が落下するのを見た母親が、猛ダッシュして子供を救ったが、後で科学者が計算したら、そのサンダル履きの主婦はオリンピックの短距離金メダリストより速く走ったことになってしまったりである。
その全てで、超人力を発揮した本人は何も覚えていないのである。

時々書くが、ある空手家が、素手で真剣を持った剣術の達人と決闘した際、死を覚悟して突進したところまでは覚えているが、その後の記憶はなく、気が付いた時には、剣術の達人は川原で伸びていたという。
ボクシング世界王座の連続防衛の日本記録を持っている具志堅用高さんも、世界王座に挑んだ試合では、王者のグスマンが恐くて、試合開始のゴングの後のことはほとんど覚えていないが、気が付いたら、グスマンがマットの上で伸びていたという話を雑誌で見たことがある。

これらに関しては、興奮状態にある人間に、血液供給量を増大させるアドレナリンが大量発生したためだろうと言われることもある。しかし、言うまでもなく、それだけで説明できることではない。

また、酒にひどく酔って意識がほとんど無い状態の者が、平常時ではとても歩けない危険な絶壁の道を越えて来たり、落ちたら大怪我を免れない高さ(私が見た本の例では4階)から落下しながら全く無傷だったという話もある。

ミルトン・エリクソンという、魔法で治療をしているとまで言われた天才的な精神科医は、こういったことを意図的にやれた。
沢山の仕事を前に、彼は自分をトランス(変性意識)状態にした。そして、自分が何をしたのかは全く覚えていないが、気が付けば、仕事は片付いていた。
彼は、患者も容易くトランスに入れ、有益な治療を施した。その成果は驚くべきものだった。
ある時は、連れて来られた、札付きの不良男子高校生に一声かけ、そのままだったが、その高校生はすっかり更正してしまった。一瞬でその高校生をトランスに入れたのだろう。
彼の娘は高校教師だったが、教師を何人も病院送りにした100キロ以上の凶暴な不良男子高校生と野外でばったり会い、危害を加えようと近付いてきた彼を、身長150センチ程度の彼女は、一瞬で、彼を忠実なボディーガードに変えてしまい、彼は卒業するまで、彼女を他の不良から守った。
彼らのテクニックを学ぶには、下記にご紹介する、エリクソンの技法の研究を基にNLP(神経言語プログラミング)を開発したリチャード・バンドラーの『神経言語プログラミング』と、エリクソンをよく知る精神科医が書いた『私の声はあなたとともに』が参考になると思う。共に、易しく面白い本だと思う。
私自身、NLPの技術で、ある酒豪の女性を一瞬で、禁酒ではなく、酒が飲めないようにし、かえって恨まれてしまったことがある。

私自身は、奇跡現象は子供の頃から数多く体験している。
ただ、自分では別に奇跡現象とは思っていない。
一例を挙げると、子供の頃住んでいた団地の前が交通量の激しい車道だったのだが、いつも、目をつぶってその車道に飛び込んで横断していた。姉は何度も肝を冷やしたと今でも言うので、本当のことらしい。
その時、私は無意識だった。ひょっとしたら、サイボーグのように自動車を交わしたのかもしれないが、私は知らない。

ただ、私は次のことを覚えている。
ラマナ・マハルシは、心が消えれば、世界も消えると言った。
心が消えた時、即ち、一切の想念が無い時には、世界は存在しないのだ。
心が立ち現れた時に、世界も同時に現れるのである。
このことが、どんな意味を持つかは、説明不能だ。自分で体験するしかない。
心を消すには、最も根本的な想いである「私」という想念を消すのである。
何かの想いが起こった時、その想いが誰に起こったのかを尋ねるのだ。答えは「私に」であるに決まっている。そして、「私は誰か?」と問えば、想いは破壊される。これをいつでも勤勉に続ければ、いつか心は消える。
「私」および「私のもの」という想いが永遠に消えた者を、悟りを開いた者と言うのである。
ニサルガダッタ・マハラジが「私は世間的には死んでいる」と言った通りであり、イエスが「真に生きるには死ぬしかない」と言ったのも、同じことであると思う。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ

これであなたはもうセミナーに行く必要はない

超人パフォーマンスを売り物にする能力開発セミナーは多い。
能力開発の分野で、世界で最も有名なコーチの1人であるアンソニー・ロビンズのセミナーもそうだ。
彼のパフォーマンスで有名なものに、火渡りがある。
火がついた炭の上を素足で歩き、セミナー受講者にもやらせる。
かつて、ロビンズのNLP(神経言語プログラミング)の師であったリチャード・バンドラーは、著書の中で、「あんなものは簡単な見世物に過ぎない。足を炭の上に乗せたり、離したりするタイミングさえ正しくやればいいだけのことだ」と批判していた。
だが、世界的な量子物理学者のフレッド・アラン・ウルフは、自身もこの火渡りセミナーに参加して実際に行った後、「科学的には不思議なことだ」と言う。
ただ、バンドラーは、ウルフの言うようなこともこみで、そう言ったに違いない。バンドラーだって、弟子だったロビンズが優秀なことくらいは知っているのだから。

ロビンズが昔やっていた他のパフォーマンスに、空手家がやるようなレンガ割りや板割りがあった。
ロビンズは、別に空手の修行をした訳ではないというが、これらをマスターするのにかかった時間は、数時間とか数日とかと言っていたと思う。
私が参加したことのある、多少は知られた日本人トレーナーのセミナーでは、電話帳破りや、自然石を素手で割るとかいった、プロレスラーや実戦空手家が得意とするパフォーマンスを受講者にやらせるところもあった。

いかがわしいものが多いだろうが、中には、ちょっとしたものもあるかもしれない。
ただ、もし、多少のことが出来たり、受講者にもそれをやらせることが出来るとしても、そのトレーナーはたまたまそれが出来るようになっただけで、人間の奥深い部分に関する本質的な理解があることは、まず無いのだ。
そんなトレーナー達は、勝手な理論を作り上げて、それを受講者達に教えるのである。ちょっとびっくりするようなパフォーマンスを見たり、自分でも実際にやってみたのだから、受講者達も、トレーナーの言う教えを信じてしまうことがある。そして、さらに上級の高価なセミナーに参加し、いろいろグッズも買わされるが、教えられるのは全く変な理論や教義なのだから、名刺で割り箸は切れても、応用がさっぱり効かず、何か有益なことで役に立つわけではない。せいぜいが、宴会のスターになる程度だ。そのために、何十万円も何百万円もつぎ込むのだから滑稽だ。

宝島社のムック本(雑誌のような書籍といった雰囲気の本)だったと思うが、その本のテーマは能力開発だった。そして、その中で、こんな話を取り上げていた。
何人かの人たちが、揉め事でもあったのか、険悪な雰囲気になっている中で、1人の男が、素手の拳で、木の壁をぶち破って見せ、他の者達を震え上がらせて話をまとめてしまうといった感じだったと思う。
後で、その超人技を見せた男に、「どの位修行すれば、あんなことが出来るのか?」と尋ねると、彼は、「修行なんかいらない。誰でも出来る」と言う。
だが、その男は、そのやり方を、「拳に魂を乗せ・・・」とか言った、やっぱり馬鹿な説明をするのである。
セミナーなどでは、拳が鉄になったと思えとか言うのかもしれない。
しかし、拳が鉄になったと思って壁をぶち抜けても、セールスでものが売れる訳でも、抜群の商品企画が出来るわけでもない。

上に挙げた、ちょっとした超人パフォーマンスというのは、多少、世間常識を超えたところがあったとしても、実をいうと、ありふれた現象なのだ。
小学生の男の子が、好きな女の子の前で意外ながんばりを見せる時に、普段の彼の120パーセントの実力を発揮するというのは、別に珍しいことではない。
また、名刺での割り箸切りという人気パフォーマンスなんてものは、ちょっとコツを教わればすぐに出来ることで、小さな能力の発揮ですらない。私は、割り箸の入っている薄い袋での、割り箸4本同時切断を、新聞記者の前でやったことがある。もちろん、やり方さえ分かれば、誰でもすぐに出来る。

もうあなたはセミナーに行く必要はない。
真理を言うなら、想念が消えれば消えるほど、人間に不可能は無くなる。
だが、現在のほとんどの人は、想念が消えることと、怠惰に愚考を続けていることの区別が付いていないのだ。
想念を消すには、欲望から解放されていなければならない。欲望がある限り、頭は馬鹿なおしゃべりを止めないのだ。

『エメラルド・タブレット』や『バガヴァッド・ギーター』を頭でではなく、意識での理解が深まれば、想念を消す能力を得る。
1度や2度読むだけで、そんなことができるようにはならない。
百回読めば、多少は可能になるだろう。
聖書でも良いだろう。エドガー・ケイシーは、9歳の時に、親に強くねだって自分専用の聖書を買ってもらい、13歳になるまでに13回通読した。その時、少しは想念を消す術を見出し、変化があった。その後も、毎朝、欠かさず聖書を読み、やがて、無に到達する能力を得て、偉大な超能力を発揮できるようになったのである。
旧訳・新訳合わせた聖書を13回読むのは、単に分量的に言えば、『エメラルド・タブレット』や『バガヴァッド・ギーター』を50回以上読むことに匹敵するかもしれない。

本物の能力を高める訓練に金は必要ない。
名刺で割り箸を切れても、電話帳を引き裂けても、レンガを素手で叩き割れても、何の意味もない。宴会以外の場所で自慢しようとしたら、ただの変な人だ。あるいは、危ない人である。

1つの方法として、上に取り上げたような本物の聖典を真摯に繰り返し読み、実践で試せば良い。言うまでもなく、実践で使わなければ、実力があるのかどうか分からない。
『荘子』の中にも、高齢でもいつまでも若く、人を超越したほどの者に、どうしてそうなれたかと尋ねると、「まず、書を繰り返し読んでいると、ある時、何かを感じたので、それを実践で確かめた。それを繰り返しているうちに、道(タオ)に達した」という話がある。
必要なことは、欲望を捨て、高貴な目的のために献身することである。
ひたすら無心に、『エメラルド・タブレット』や『バガヴァッド・ギーター』を読むことが、あなたに光を見出させるだろう。









↓応援していただける方はいずれか(できれば両方)クリックで投票をお願い致します。
人気blogランキングへ にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・ソフトウェア開発技術者
・MCSD、MCDBA資格者
・タオイスト、神秘思想家
・1日1食の完全菜食主義者
・幼児期からの引きこもり気質
・医療不要で難病を数々克服


当ブログは第1期ライブドア奨学生ブログです。
最新トラックバック
明日のことを語る (哲学はなぜ間違うのか?)
手塚治虫へのアンサー
みっともないジェラシーを表現できるということ (ゴルフィーライフV3 〜 Face the Strength(自分のなかの強さに向き合おう))
非難することは本当に恐ろしいことだ
コンサイス英和辞典 (昭和を思い出すレトロなデザインが好き)
世間での狂い方をマスターする
持久走だ、たくましくいこう (ゴルフィーライフ? 〜 自分のなかの強さに向き合おう!)
ある神秘体験
記事検索
ブログバナー&Mail


メールはこちらへ
萩尾望都さんの漫画紹介


半神
小学館文庫

わずか15頁の至高の傑作「半神」を含む短編集。
数奇で残酷な運命を目撃した後、「愛とは?憎しみとは?それはどう異なるのか?異なるものではないのか?」あなたの心に荘厳な疑問が残るのではないだろうか?


ウは宇宙船のウ
小学館文庫

1920年生まれのアメリカを代表するSF作家レイ・ブラッドベリの珠玉の短編作品を萩尾望都が漫画化。萩尾さんの繊細で美しい絵と感性が、ブラッドベリの作品に新しい生命を注いだ。
「みずうみ」では、12歳の少女タリーの可憐な姿と、彼女を愛するハロルドの少年の時と青年になって後の様々な表情がより深い感銘をもたらすと思う。
他の作品も素晴らしい出来であると思う。
CLAMP「CLOVER」のご紹介


CLOVER
わずか5分の劇場用アニメ作品。
CLAMPさんの名作漫画のイメージを美しい映像と音楽で描いた傑作。
主人公の12歳の神秘的な少女スゥの声は坂本真綾さん。


「CLOVER」の原作漫画を以下にご紹介します。
素晴らしい装丁、美しいカラーの扉絵。そして、神秘的な傑作と思います。
新装版も出ているようですが、私はこちらしか持っていません。しかし、こちらの本の装丁を大変に気に入っています。








私が愛する「魔法少女リリカルなのは」

ナンセンス文学(意味を持たない作品)として私が勝手に意味付けをしたのかもしれませんが、アメリカの百万円以上の自己開発プログラム以上に貴い気付きを私に与えてくれた全13話のアニメ作品。











5年の時を経て、2010年、映画化されました。
基本的には、テレビシリーズの全13話を1本の映画にしたものですが、本編では描かれなかったフェイトの生い立ちが見られます。そして、プレシアの謎の言葉も。映像はテレビシリーズよりさらにグレードアップしています。


PV since 2010/09/08
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

人気ランキング参加中
人気ブログランキングへ
↑↑これと
↓↓下の3つのいずれかをクリックして応援をお願いします!
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 人生・成功哲学へ
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 思想へ
にほんブログ村 メンタルヘルスブログ ひきこもりへ
お気に入りブログ
◆開き直りのススメ
彫刻家、石彫人さんが語る、マケドニアでの体験で培った開き直りの精神が心の壁を取り払ってくれます。
◆インフォニティ@情報ソムリエ
リア友、4大陸制覇は目の前、ロックな20代のブログ。見ろ!
◆書之時 華文字
インザちゃんのブログ、もとい!オランダ在住の書家、華文字さんのブログ。
◆風阿弥・記
不思議なドローイングアートを制作されているイラストレーター、風阿弥さんのシュールな作品展ブログ。
◆ガマ仙人の徒然草
街の中で無為自然に生きるガマ仙人さんのブログ。IT、柔術も一級品という変わったお方でもあります。
◆昭和を思い出すレトロなデザインが好き
日本人が希望と温かい心を持っていた時代を鮮やかに甦らせる、dandanさんの昭和レトロなブログです。
◆若く長生き! 幸福生活養生法
東洋医学の知恵で、健康と長寿の至福をもたらす養生先生の叡智に溢れるブログです。
現在の人気ランキング
QRコード
QRコード
初音ミク、コンサート映像のご紹介
ミクの日感謝祭 39's Giving DayProject DIVA presents 初音ミク・ソロコンサート~こんばんは、初音ミクです。~
[2010/3/9]東京お台場~Zepp Tokyo~

映像の品質等は、下でもご紹介する、後で開かれた米国コンサートの方が高いのですが、私は、全体としては東京コンサートの方が好きです。米国コンサートの方は、映像の緻密さのために、かえってボーカロイド達がマネキンのように感じるかもしれません。これは、証明の影響もあると思います。緑色がかった証明の東京コンサートの方が、ミクが柔らかい感じで可愛いと感じました。
また、真っ白なお姫様のような衣装に赤い大きな腰のリボンが印象的な『Alice』、『あなたの歌姫』は、米国コンサートにはありませんでした。

【ブルーレイ】


【DVD】




MIKUNOPOLIS in LOS ANGELES “はじめまして、初音ミクです”
[2011/7/2]米国ロサンゼルス~ノキアシアター~

日本のボーカロイドが、日本語の歌で、アメリカ、ロサンゼルスの大劇場ノキアシアターの満員の観客を熱狂させた歴史的コンサートだったと思います。
東京コンサートから1年4ヶ月経過しており、総合的には確実に進歩しています。
私が特に気に入ったのは、1つは、ミクとルカの素晴らしいコンビネーションのダンスパフォーマンスが楽しめる『ワールズエンド・ダンスホール』です。ルカが珍しくミニスカート姿で、ミクに勝る四肢の長さで、ピンクの髪を美しく揺らしてダイナミックに踊ります。 もう1つが、ミクが真っ白な天使の衣装で歌う『SPiCa』で、これが天使でなくてなんだろう、私はついに天使を見たのだと思いました。演奏も東京コンサートの時と変えていましたが、成功していたと思います。

【ブルーレイ】


【DVD】


尚、ブルーレイとDVDの差についてですが、私は実際、両方買い、見比べてみました。観客、演奏者、楽器などは、大画面TVで見ると、ブルーレイの方がきれいですが、肝心のミク達は、ホログラム映像そのものがそれほど細密でありませんので、別に違いはないと感じました。ブルーレイ、DVDいずれも、東京コンサートの方は上半身映像以上の場合、米国コンサートでも、顔のアップだと映像の粒子が目立ちます。 変な話ですが、iPhoneやiPod touch、あるいは、同等な画面品質を持つ小型情報端末で見た映像が最上かもしれません。ただ、これは反則行為ですので、実際にやったとは言いませんが。
本のご紹介


精神について(エマソン名著選)
ラルフ・ウォルドー・エマーソン著
日本教文社

アメリカ最高の思想家、哲学者、ラルフ・ウォルドー・エマーソンの珠玉のエッセイ集。 「歴史」「自己信頼」「償い」「精神の法則」「愛」「友情」「神」「円」「知性」が収められている。
我々自身が、歴史上の英雄、賢者、大芸術家に匹敵する偉大な人間であることを、驚くべき確信をもって語る唯一の人物であると思う。
世間の妄信を粉々に破壊し、プラトーンの頭脳、シーザーの手腕、イエスの愛の所有者である自分を見出して欲しい。
これ以上のエッセイは地上には存在しないと思う。


荘子
徳間文庫

約2400年前の中国の思想家で、老子と共に、老荘と称せられる道教(タオイズム)の始祖である荘周(荘子)の書。
世俗にあって世俗を超え、永遠の道(タオ)と一体化し、安らかで充実した人生を送る秘訣を、恐ろしく抽象的な老子と異なり、平易に説いている。
本書は、数多い荘子の現代語訳の中でも非常に読みやすく分かりやすいものであるが、中国古典の香りは損なわれていない。
本来、膨大な荘子の中心となる内編全てと、外編と雑編の内、荘子らしいものを選んで収録してある。


神統記
ヘシオドス著
岩波文庫

ホメーロスと並ぶ古代ギリシャ詩人ヘシオドスが、ムーサ(詩の女神)達より教えられたという神々の物語。
この世の始まりから、ゼウスの支配の確立、そして、主要な神々のことについて、美しい詩で語る。すぐに読める薄い本であるが、ギリシャ神話の根幹とも言える重要な書と思う。


四つのギリシャ神話(ホメーロス讃歌より)
岩波文庫

無名の詩人達が、ホメーロス風の詩で神々に捧げた賛歌の内、豊穣の女神デーメーテール、理性の神アポローン、智慧の神ヘルメース、美の女神アプロディーテーの4神へのものを収録してある。
著名な神話学者カール・ケレーニィも、ホメーロス賛歌を重視していると思えるが、名もない詩人達の作とはいえ、それぞれの神について、その特質が巧みに表現されており、実に興味深いものとなっている。
livedoor プロフィール

  
   このエントリーをはてなブックマークに追加
  

タグクラウド
  • ライブドアブログ