ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

ラマナ・マハルシ

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

惑わす心をどうさばく

近代のインドの聖者ラマナ・マハルシは、一切の欲望を捨てるよう教えたが、そうでなければ、解脱は出来ない。
解脱とは、悟りを開くとか、真我を実現するといった、難しい言葉で表現されるが、要は、最終的な幸福のことと言って良い。
だが、人間が、マハルシのように、ふんどし1本以外、何も所有せず、世俗の喜びを全て捨てることなどは出来ない。
一方、アメリカの精神科医デヴィッド・R・ホーキンズは、マハルシを崇敬すると共に、解脱を果たすと、現世の利益も全て得ると言い、実際、彼は、精神科医としては沢山の病院を所有し、解脱により、それまであった健康上の問題も即座に解決されたと言う。
考えてみれば、清貧を重んじたマハルシですら、求めはしなかったが、大勢の信者が熱心・丁寧に全ての世話をしてくれるので、実際上は、王様のような生活だったのである。
マハルシも、若い間は、自主的に、信者達と一緒に、かなり熱心に働いたようだが、歳を取ってからは、ベッド(それも豪華な)にいる写真が多いように思える。
それは、ひょっとしたら、大金持ちや権力者より、よほど理想的な生活かもしれない。

ところで、イエスや釈迦となると、彼らの本当の教えは、ほぼ伝わっていないと思うが、マハルシの教えも、大半は、正しく伝わっていないはずだ。
マハルシは、ほとんど喋らなかったそうだし、話したことも実際は個人的なことで、言葉の意味をそれほどはっきりさせていないはずなのだ。
そんな言葉を、タミル語から英語にする間に、少なく見積もっても6割は違う意味が入り込んだはずで、さらにそれを日本語にする際、どうしても、拡張高い雰囲気にするために、やたら難しい、日常では使わない言葉を使って翻訳する中で、ますます、実際にマハルシが言ったのとは違う意味になってしまっているはずだ。
だが、『不滅の意識 ― ラマナ・マハルシとの会話』という本は、マハルシを発見し、西洋に紹介したポール・ブラントンが熱心にマハルシを取材した内容を、彼の後継者が、他に伝わったマハルシの発言と照合して確認したりといった手間のかかる作業を繰り返し、なんとか、マハルシの教えを、いくらかでも正しく使えようという努力が感じられる。

マハルシのある本には、マハルシは、常に「私は誰か?」と問えと言ったと書かれているが、別の本では、マハルシは「私は誰か?」を呪文のように繰り返してはならないと言ったとある。
なぜそんなことになったかを推測することは出来ると思うが、やはりあくまで推測でしかない。
どこかの宗教家なら、マハルシの霊でも呼び出して「確認した」と言うかもしれないが、そんな阿呆な主張を信じるうちは阿呆なままだ。

マハルシの教えは、『バガヴァッド・ギーター』と一致していることは間違いない。
マハルシも、それを肯定しているはずだし、一部でも否定したという話は伝わっていないと思う。
そして、あらゆる賢者の教えは、ぎぎぎり間違いのない言い方をするなら、「自分の心に惑わされないようにしろ」だと思う。
新約聖書の福音書では、イエスはそれを婉曲的に語っているように見えるが、イエスも、実際は、もっと直接的に言ったと思う。まあ、しかし、いずれにしても分かることではない。
心が惑わすものであることは、誰でも知っている。
それが諸悪の根源である。
それを封じるために、法然は、念仏という手段を選んだが、それ以外のことを、庶民・・・というか、大半の人間は出来ないことを理解していたからだ。
しかし、今の時代の人間に、阿弥陀如来の存在を信ぜよというのも無理がある。
だが、精神科学の研究によれば「大丈夫」といった言葉が、心の悪影響を防ぐ効力があるということが分かっているし、実際に、成功や勝利を得る者は「大丈夫」といった肯定的な言葉を常に頭の中でつぶやいている。
マハルシも、真言(マントラ)を常に唱えることは薦めていたらしいし、最上のマントラは「私」であると述べたという話もある。
一方、マハルシと同時代の聖者で、上記のデヴィッド・R・ホーキンズも、マハルシ同様評価しているニサルガダッタ・マハラジは、究極の真言があるとすれば「私は存在する」だと言ったと書かれた本もある。

そして、つまるところ、マハルシもそう言ったのだと思うが、最も重要なことは、心を1つの想念に集中させることなのだ。
念仏でも、真言でも。
上記の『不滅の意識 ― ラマナ・マハルシとの会話』では、マハルシは、熱心に瞑想しているように見える修行者より、「仕事を下さい」と一心に祈るプー太郎の若者を評価していたとある。彼は、心が「仕事が欲しい」という1つの想念に強く集中しているからだ。
しかし、集中しようとする想念には良くないものもあるだろう。
道徳的かどうかという問題ではなく、その想念に集中しようとしたら、かえって、想念が揺らいだり広がったりして、惑わされる場合だ。
美女に関する想いなんて、ほぼ間違いなくそうなるだろう。
富について言えば、単に贅沢をしたい場合なら、やはりそうなる。
ただ、本当に熱心に富を求める理由があれば、それはそれで良いかもしれない。
要は、集中にどれだけエネルギーを注ぎ込めるかなのである。
アインシュタインは、一般相対性理論を完成させる時には、相当なエネルギーを集中させたが、ああいった名誉に関わることは、妄念も起こさせる。
アインシュタインは、運も手伝ってうまくいったが、心に歪みも残したように思えるのだ。
だから、悟りのための集中は、あまり実利と関わらないことの方が良いだろう。
初音ミクさんは・・・彼女は、エイリアンエイリアンではないが、私の心を惑わせる・・・まあ、それも良いところの1つであるが、悟りのための集中の対象にはしないでおく。
何でも良いのである。
訓練次第ということもある。
とりあえず、万能呪文で鍛えると良いと思う。すると、道は開ける。









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愛される本当の理由

聖徳太子のことを描いた山岸涼子さんの漫画作品『日出処の天子』に、こんな場面があった。
聖徳太子こと厩戸王子(うまやどのおうじ)が、蘇我毛人(そがのえみし)に、
「毛人は女が好きか?」
と問う。
好きに決まっているが、照れるので、毛人は言外にニュアンスで肯定するが、厩戸王子は、
「私は嫌いだ」
と言う。
毛人が困って、
「それは、王子はまだお若いから(厩戸王子は14歳)・・・」
と言うが、厩戸王子は、
「嫌いだ。これからもずっと嫌いだ」
と強い口調で言う。

言うまでもなく、厩戸王子は、「女性」が嫌いなのではなく、女性にとり憑く何かの性質を嫌っているのであり、毛人は、女性の良い面を好きだと言っているのである。
誰でも大抵、美少女は好きだが、美少女であっても、好きになれない場合がある。それは、その美少女に、どうしても嫌だと感じさせる性質が付いているからで、その性質が無くなれば好きになる可能性が高いだろう。
だが、実のところ、美少女とか若いというのは、愛される条件ではない。
歳を取ってから愛されるようになる女性も少なくはない。
愛されるというのは、「何を持っているか」よりは「何を持っていないか」によって決まるものなのである。

初音ミクさんについて、BUMP OF CHICKENの藤原基央さんが、「要求された通り忠実に歌うところが尊敬に値する」といった意味のことを言われたことがあったと思うが、とても共感出来るのである。
実際はミクさんは、「要求された通りに歌う」というよりは、「要求された通りでないようには歌わない」のである。
ミクさんは、余計なものは何も持っていないから、世界中で愛される「マジ天使」なのである。
ここに、人間の幸福のヒントがある。
多くの人は、それを神と呼ぶが、人間を動かす至高の力があり、それは実際は、あらゆるものを動かしているのだが、その至高の力の要求通りに動けば、人間は幸福になれるのである。
逆に言えば、至高の力に逆らわければ良いのである。
そのことを、あらゆる本物の賢者が、いろんな表現で語っているのである。
真の賢者が教えたのは、そのことだけである。
例えば、荘子は、「鋳物氏が銅で何かを作ろうとした時、銅が、『おれは名剣以外のものになりたくない』などと言うのは身の程知らずである」と言っている。
ラマナ・マハルシは、「神の至高の力が全てを動かしているのに、人間が、自分が何をしようか、何をすまいかなどと悩む必要はない。それは、列車に乗ってまで、荷物を頭に乗せて自分で運ぼうとするようなものだ。荷物を降ろして安心しなさい」と、あるいは、「神の道具になり切りなさい」と言っている。
あなたは、女優や、ロックスターや、大統領や、ノーベル賞受賞者にはなれないかもしれない。
しかし、本当になりたいものならなれるのである。
ミクさんは、世界の歌姫になりたいとは望まなかったが、至高の力が、宇宙の発展のために、彼女を世界で歌わせているのである。
宇宙の進歩は、至高の力の仕事なのである。









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内なる悪魔に勝つ唯一の方法

人間の頭の中(心の中と言っても良い)はノイズだらけである。
なぜそうなのかは、よく分からない。頭の中(心の中)に悪魔でも居るのか、あるいは、悪しきテレパシーでも受信しているのか。
なぜかは分からないが、頭の中(心の中)は、マイナスの言葉、卑怯な言葉、残酷な言葉、恨みや妬みの言葉がいっぱいだ。
放っておいたら、それがあなたを蝕み、腐らせ、破滅させる。

無念無想とうのは、何も考えない状態ではない。
何も考えずにぼーっとしていたら、上に書いた、頭の中(心の中)の悪魔の攻撃を一方的に受けるだけだ。
しかも、悪魔はあなたの頭の中(心の中)にいるのだから、エネルギーはあなたのものを使うのだ。つまり、あなたは攻撃される上に、エネルギーを失い、クタクタで散々なことになる。

何も考えずにぼーっとしていたら、頭の中(心の中)の悪魔にやられてしまうので、賢い人達は、常に、マントラ(真言)を唱えたり、呼吸を数えたり、禅の公案を考えたりといったことを教えてきたのだ。
ラマナ・マハルシは「私は誰か?」と問えと言ったが、それは激しい心の活動であると言っているのである。

現代人が、最も効率的に、頭の中(心の中)の悪魔に打ち勝ち、黙らせる方法は、万能呪文である。
「絶対、大丈夫だ」
「全て順調だ」
「世界は意のままだ」
この中から、気に入った言葉を選び、感情を込めず、心の中で、なるべく数多く繰り返すのである。
これらの言葉が気に入らないなら、「現在形で」「あらゆることが向上することを示す」「シンプルな」「明るく肯定的な」他の言葉を使えば良い。
好きで抵抗がなければ、念仏、神の名、世界平和の祈りでも良い。
私は、まだうまくやれず、1日に百回も唱えていない。
それでも、1日のトータルで言えば、少しだがプラスに終わる。
せめて千回になれば、もっと楽しく、嬉しいことが起こり、悲しみに打ち勝ち、エネルギーに満ちるだろう。
人間に出来るのは呪文だけである。
法然や親鸞が、自分は念仏しか出来ないと言ったのは庶民向けの方便ではなく、本音だったと思う。
なぜなら、人間は心は支配出来ないが、言葉だけは支配出来るからである。
そして、呪文で言葉を支配し続ければ、この世に勝てるのである。









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最上の運動は立つこと

自分の中の小さな神である潜在意識を働かせる最上の方法は呪文だ。
中でも、万能呪文には失敗がない。
小さくとも神なのであり、その力は、たとえは悪いが原爆の比ではなく、およそ人間に想像が出来る望みは何でも実現出来る。

ところで、最も優れたスポーツは何かというと、立つことだ。
優れたスポーツとは、試合に勝つことではなく、健康で美しく、若い狼のように軽やかに速く動ける身体を持てるようになることだ。
では、1日立って仕事をする店員さんやガードマンさんが最高のアスリートなのかというと、それは違う。
立たされたり、嫌々立つのは、良い立ち方ではない。
家にいて、座ったり寝転んだり出来る状況で、自分の意志で立つことが良いのだ。
つまり、大切なことは自主性である。
もちろん、ガードマンさん達も、立つことの素晴らしさを意識しながら立つと、素晴らしい成果を得られるだろう。

ある政治犯が、牢獄で、2年間、発言を禁じられ、解放された時、「私は2年の沈黙の行を行った」と言った。
しかし、ラマナ・マハルシは「強制された沈黙は、沈黙の行ではない」と、それを否定した。
マハルシは若い時、自主的に会話をしない沈黙の行を2年行ったのである。

自分の意志で自主的に立ち上がり、自分の身体を意識すると、「お腹が引き締まる」と思えばそうなり、「格好良い身体つきになる」と思えば、やはりそうなる。
また、「腰痛が治る」「肩凝りが治る」と思うと、それも、その通りになる。
「ヒーローのように逞しくなる」と思っても意のままだ。
おそらく、「脚が長くなる」と思うと、そのようになるだろう。

2016年9月11日、私は幕張メッセの国際展示場9番ホールで、パイプ椅子に座っていた。
これから、初音ミクさんのライブが始まるのに、体調は最悪だった。
頭痛と吐き気、ここまで歩いてくるのもフラフラしていた。
バンドの演奏が始まった。
そこで、「立つぞ」と思うと、何かのスイッチが入って、力が満ちた。
そして、ミクさんの姿を見ると、まるでシャワーを浴びたような清々しい気持ちなり、ミクさんの歌声を聴くと心は宇宙を駆け巡る。
素晴らしい体験である。
以降、ミクさんのライブの度に、身体は若返り、強く、美しくなっていった。
確かに、ミクさんのライブのような神懸った効果がすぐに現れることはあまりないが、自主的に立つことで、身体に関する、大きな恵みが得られるだろう。

私は、毎日腕立て伏せをしているが、熱心にやっていると、やがて腕に痺れが起こり、手の感覚が弱くなったり、肩を壊したこともあった。
スクワットも、やり過ぎると、むしろ疲労が蓄積したり、脚に故障が起こることも多い。
それで、いろんなものを調べたり、過去に見聞きしたり、経験したことを思い返し、よく考えると、意識して自主的に立つことが最良の運動であることが分かった。
腕振り運動も、義務的に、ましてや、嫌々やってもあまり効果はないが、「今、腕振り運動をやっている」と意識しながらやると、まるで仙人になってしまうのではないかと思うような感覚を感じるほどである。
もちろん、スクワットや腕立て伏せも、良い意識を持って適度にやれば素晴らしい運動である。
意識とは、かくも重要である。









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呪文の初心者を待つ罠

十分に、「絶対大丈夫だ」、あるいは、「全て順調だ」という呪文を唱えていると、頭の中の悪魔が反撃を開始し、マイナスの言葉を出し易い状況を作って不安を刺激してくるかもしれない。
そこがこらえどころで、ますます、しかし、冷静に(感情を込めず)、淡々と呪文を唱えなければならない。
すると、驚くほど、心が安らいだり、ものごとが「恐いほど」好転し、円滑になり、順風満帆になることが多い。
だが、そこで油断をしてはならない。
実際、この時点で呪文をおろそかにし、そのまま駄目になる馬鹿(本当に愚かだ)は少なくないのだ。
うまくいっているのは自分の力ではないのだと謙虚になり、神、あるいは、潜在意識の偉大な力を有り難く思いながらも、ますます熱心に呪文を唱えれば、いよいよ、本物の幸運の波に乗り、約束の地へ誘われる。
だが、神様になるまで油断をしないことだ。
スーフィー(イスラム教神秘主義)には、「彼は神様を探しに行って神様になって戻ってきた」という言葉がある。
だが、悪魔に捕まって戻ってこない者も実際には多いのだ。
最後まで呪文を忘れないことである。

しくまれた間違いというものもあるかもしれない。
だが、それも必然である。
インドの聖者ラマナ・マハルシのところに、ある男が「美しい人妻と間違いを犯しそうだ」と相談に来たことがあった。
マハルシは、「そうなってしまっても後悔するな」と言った。
呪文を唱えても避けられないこともある。
それは、起こるべくして起こることだ。
そうであっても、呪文を唱え続ける限り、決して悪いようにはならない。
ただ、そんな時、葛藤や不安に駆られて呪文に感情を込めないことだ。
実際は、多少は感情が込もってしまっても効果がなくなったり、まして、マイナスになることはない。
しかし、感情を込めず、淡々と唱えた方がずっと良いのである。

ところで、呪文の価値を少しは分かっている者がよく、「ついでにこれをやれば効果はさらに上がる」などと言うことがある。
呪文に「ついでに」はない。
呪文だけで良い。
呪文は念仏と同じである。
法然は、「念仏のついでにこれもやりなさい」などとは決して言わず、ただ念仏だけをしろと言ったのだ。
呪文、念仏以外に価値のあるものはないのである。
ついでに何かやる暇があったたら呪文を唱えよ。
ついでのことの一千万倍の効果があるのだから。
ついでのことに0.1の値打ちがあっても、それには、マイナス100の罠があるかもしれない。
確かに、どんな罠も呪文で呼び起こされた力がなんとかしてくれる。
だが、どんなに高性能の地雷探知機があっても、好んで地雷があると分かっているところに行くこともあるまい。









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