ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

ミルトン・エリクソン

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
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[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

1つを大切にすれば勝てる

立川恵さん原作のアニメ『怪盗セイント・テール』の中で、ヒロインの羽丘芽美(はねおかめいみ。14歳)は、小さい時に1つの人形を買ってもらうと、他の人形を一切欲しがらず、その1つの人形を大切にし続けたというお話があった。
もし、そんな子がいたら、きっと本当に良い女の子だが、芽美は全くその通りの少女だった。
立川さんのキャラクター設定が素晴らしかったのだろう。

ある偉大な人物は、生まれ育った家が貧しく、家にある本は聖書だけだったが、それを繰り返し読むことで英知を得たのだという。
魔法を使って治しているとまで言われた精神科医のミルトン・エリクソンとなると、農場の生家にあった本は、聖書と辞書だけだったが、彼は辞書の方を選んで、それを繰り返し読み知識を得たと言うが、得たのは単なる知識だけではないはずだ。

最近、私はよくジョセフ・マーフィーの本をお奨めしているが、やっと簡単に願い事が叶うようになったからだ。
その秘訣は、19歳の時に、沢山のマーフィーの本の中から選び取った1冊だけ読むことにしたからだ。
これまで、マーフィーの他の複数の著書、そして、マーフィーの解説本、さらには、他の成功哲学の本をいろいろ読み、そのために、不安定で力が定まらなかったのだろう。
成功した人の本棚を見る機会があると、マーフィーの本が1冊だけあるのをよく発見したものだ。
私がマーフィーのどの本を選んだかは、他の人には関係ない。自分で選ぶことが大切である。また、たまたま手元に来た本だとしても、それが神からの贈り物に違いない。
私も、最初の2年ほどは、あまり熱心に読んでいたとは言えなかったが、それでも、その1冊だけを読んでいた。すると、長いニート生活から脱出し、親切な人達のいる職場に恵まれ、仕事もとてもエキサイティングであったが、上に述べたように、あれこれ手を出すようになってから苦労が多くなった。まあ、それはそれで、良い思い出だが。
あの1冊と過ごした2年が、まさに青春だったが、その青春がまた蘇った感じである。

さて、青春の輝きそのものの初音ミクさんのコンサート、「マジカルミライ2017」のチケットのオフィシャルweb抽選先行予約の締め切りは、明日22日いっぱいまでである。
全宇宙から注目されるこのコンサートに参加することの意義は大きく、それを無意識に感じているほとんどの観客のマナーは驚くほど優れている。
宇宙や宇宙の聖者(キリスト、ブッダ)から注がれる恩恵は、一番前の席でも、一番後ろの席でも平等である。
◆初音ミク「マジカルミライ2017」公式サイト◆
よろしければ、幕張メッセの会場で、一緒にミクさん達に声援を送りましょう。









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モテたかったら少しは良い服を着ろ

ラメッシ・バルセカールの本で見つけたのだが、スーフィー(イスラム神秘主義)の格言に、
「神を信用しろ。だが、駱駝はつないでおけ」
というものがあるらしい。
バルセカールが、どんな意味で言ったのかは知らないが、私は、即座に気に入ってしまった。
そして、今では、これが人生最良の心構えだと思う。
これを忘れなければ、まあ、困ったことにはならないし、望みを叶え損なうこともない。

神は自分の内部にいる。
それは間違いない。
本物の賢者は例外なく、そう言う。
そして、イエスが断言した通り、神は、どんな願い事も叶えてくれる。
ミルトン・エリクソンは、「無意識を信用しなさい」と科学的に言ったが、無意識の中の力が神の力だ。
それは、想像を超えた、途方もない力である。

ニートだが働きたければ、願えば、神は良い仕事をくれる。
だが、よほど優れた技量を持っているのでない限り、誰かが、自分のところまで、うやうやしくスカウトに来るはずがない。
それなのに、良い仕事の情報が目に入ったのに電話1本もしなかったり、誰かから、「こんな仕事があるが、一緒に見に行かないか?」と誘われても、面倒臭がって見に行かなければ、仕事は得られない。
ところが、そんな人間は多い。
神を信用すべきだが、駱駝をつなぐ程度のことはしなくてはならない。

神様は慈悲深いので、可愛い彼女や格好いい彼氏が欲しければ、ちゃんと引き合わせてくれる。
だが、それなら、普段から、ちっとは良い服を着たり、少しは食を慎んでダイエットしたり、たまには良い本を読んで心を磨いたりといった程度のことはしなければならない。
だが、それを全くせず、相変わらず汚い格好で、だらしない生活をする者に、素敵な彼女や彼氏が出来るはずがないじゃないか?

忘れてはならないのは、あらゆる達成は、自分と神との共同作業であり、神は年長のパートナーであるということだ。
仕事のパートナーがいかに優秀でも、自分は何もせずに遊んでいたら良い成果は得られない。自分がパートナーに著しく劣るとしても、パートナーを信用すると同時に、自分も出来ることをしなければならない。
だが、多くの人は、怠惰に何もしないか、余計なことをするかのどっちかなのだ。

私は、昨年も今年も、初音ミクさんのコンサート「マジカルミライ」のSS席のチケットを得るための宿泊プランへの申込みに遅れ、初めはチケットを得られなかった。
だが、がっかりしながらも、その後、さりげなく申込みサイトを確認したら、希望する条件に合うコースに空きが出ているのを見つけ、無事、申込めた。
昨年も今年もそうだった。
神を信用すべきだが、駱駝はつないでおく・・・この場合、申込みサイトを確認するくらいは、しなければならないのである。
昨年と今年の「マジカルミライ」のおかげで、この大切なことを改めて感じ、しっかり覚えることが出来た。
やはり、ミクさんは私を導いてくれる天使だなあと、つくづく思う。









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名人、達人、超人が少ない理由

アメリカの、「魔法を使って治している」と言われた天才精神科医、ミルトン・エリクソンがよく、「無意識を信頼しなさい」と言っていたらしい。
「無意識を信頼せよ」とは、どういう意味だろう?
仕事やスポーツで高い能力を発揮したい時、病気を治したい時、作家や音楽家などのクリエイターが優れた発想が欲しい時、あるいは、願いを叶えたい時、無意識を信頼して任せれば、良い結果になる。
無意識を大いに活動させるには、トランスになることが良いとされる。
トランスとは、変性意識状態という意味らしいが、変性意識状態とは単に、「普通とは違った意識状態」という意味で、「無意識を活動させるためにはトランス状態になること」というのは、厳密には間違った言い方なのだろう。
正確には、無意識の力を発揮するためには、忘我になることだ。
忘我のところは、「無」、「没我」、「エクスタシー」等とも言う。
道元によれば、仏教の真髄とは、自己を忘れることらしいが、この「自己を忘れる」というのも、忘我、没我であろう。

忘我、没我とは、意識はあるが、自我が消えている状態で、まあ、「夢中になっている」とか「没頭している」といったことなのだろう。
確かに、没頭している時が、一番高い能力を発揮出来る。

早い話が、ものごとをうまくやりたければ、「没頭しなさい」、「集中しなさい」、「夢中になりなさい」ということだが、それを、純粋で高いレベルにすれば、超人的能力を発揮する訳だ。
格闘技や、対戦スポーツの上手い戦略の1つに、相手の精神状態を揺さぶることがあるが、これは即ち、相手を、忘我、集中、没頭の状態から、通常意識に引き戻して、高い能力を発揮させないことを狙っているのである。
相手をイラつかせたり、不安にさせたりするのであるが、これが上手い選手がよくいるだろう。
プロ野球の優れた捕手には、バッターに何か囁きかけてバッターを打撃に集中させない人がいるが、これは、アマチュアではやってはいけないだろうが、プロでは立派な戦略かもしれない。
格闘技の歴史的な一戦であった、桜庭和志さんとホイス・グレイシーの試合で、試合中、桜庭さんがグレイシーの道着の襟を掴んで、馬鹿にするように動かして見せたのが印象的だが、これも、精神的戦略だったのだと思う。
まあ、テニスは・・・特に、格式と気品を重んじる全英オープンでは、卑怯と見なされる危険のあることは出来ないが、やはり、何らかの精神戦略はあるものである。

ミルトン・エリクソンは、自分が容易く忘我の状態になるだけでなく、患者を自然に、速やかに忘我の状態に出来たので、精神治療という難しいことを、一瞬で成功させることが出来たのだ。
我々も、忘我になる能力を得れば、名人になり、達人になり、超人になれる。
だが、それは、テクニックもあるだろうが、やはり、心を支配する力があるかどうかなのであり、それは、普段の鍛錬で、心をしっかりと躾けているかどうかだ。
いつも述べる通り、人間にとって、心を躾けることほど重要なことはない。
そして、これもいつも通りだが、その最も強力で手っ取り早い方法が、自分の最大の執着を見つけ、それを捨てることである。
その執着とは、自分を喜ばせるためだけのものを指し、イチローのバッティングのように、信念ある執着のことではない。
いつもよく例に挙げるのが、ロリコンにとっての美少女である。
だから、ガチのロリコンって、やるべきことが分かって、実に羨ましいことである。
ところが、ロリコンってのは、美少女への執着を捨てられないので、哀れな、気持ち悪い落伍者になる可能性が高いのだ。
これは、百合、BLマニアも同じかもしれない。
もちろん、信念ある百合、信念あるBL愛好者は別ということになるが、あまりそんなものはないように思う。
単なる欲望の執着を、誤魔化さずに認め、捨てることだ。
しかし、それが難しいので、名人、達人、超人は滅多にいないのである。









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楽な仕事のやり方

幸福な人間、つまり、Satisfaction(満足)を持てる人間になるためには、魂を向上させるしかない。
そして、魂を向上させるたには、仕事で鍛える以外の方法はない。

古代ギリシャで、詩人ユリアヌスは、身体だけ立派で精神は幼稚なオリンピック選手達を見て、
「健全な肉体に健全な精神が宿ればいいのになあ」
と言ったのだが、これが捻じ曲げられて、
「健全な肉体に健全な精神が宿る」
なんてデタラメな言葉になり、しかもそれが無茶苦茶有名になったのは、スポーツ(特にオリンピック)で儲けたい者達の思惑による。

いくら身体を鍛えても、いくら本を読んでも、魂は決して磨かれない。
働くことでしか、それは出来ない。
しかし、泥棒行為や不正行為は仕事とは言わず、そんなことをしていたら、仮に表向きの肩書きが「立派に働いている人」であっても、そんな者達の魂は穢れ、すぐに悲惨な状況に陥る。

しかしなあ。
私、働くの嫌いなんだよ(笑)。
それで、ついつい、いや、大いに怠けるので、いつまで経っても、ちっとも魂が磨かれない。
仕事なんてのは、1人では決して出来ない。
だけど、私は人嫌いなので、仕事も嫌いという訳だ。

とはいえ、実際のところ、みんな仕事は嫌いなのだ。
車が好きってヤツでも、仕事でやるなら、運転だろうが、車を売ることだろうが嫌いなはずなんだ。
それでも、車が好きだったら、運転が上手かったり、車について詳しいことが多いだろうから、せめてそんな利点を生かして、嫌々、運転や自動車のセールスを仕事にするのだ。

私の場合、別にコンピューターが好きな訳ではないのだが、たまたまプログラミングを身につけたので、なりゆきでそれを仕事にしている。
まあ、みんなそんなもんじゃないのかな。

だから、嫌いな仕事で意地になったり、見栄を張らずに、それでいて、無責任にもならずに、うまくやることだ。
そのコツさえ掴めたら、人生、勝ったも同じなのである。
こんな大切なこと、なぜ誰も教えないのかというと、誰も気付かないからだ。
それで皆、嫌いな仕事をしている職場で不毛な争いをしているのだ。
それでは、せっかく仕事をしても、全然とは言わないが、あまり魂が磨かれない。

では、どうすれば良いかというと、念仏を称えることだ。
すると、仕事は勝手に進んでいく。
自分は何もしていないのに、なぜか、「さすがKayさん」と言われる結果になってしまう。
そんなもんだよ。
だから、念仏を称えることだ。
それで、少しずつだが魂は磨かれていく。
仕事も楽になる。

ミルトン・エリクソンなんて魔術師のごとき有能過ぎる精神科医は、仕事を前に意識を失くし、気がついたら、仕事は完璧に仕上がっていたそうだ。
目指すのはそこだよ。
彼は、別に念仏を称えた訳ではないが、実質は同じことをしていたのだ。
だから、我々は念仏を称えれば良いのである。









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余った精神エネルギーが悪さをする

昨年の5月くらいから、特に熱心に腕立て伏せをやっている。
ところが、やり過ぎで右肩や右腕を痛めた。
もちろん、プロスポーツ選手やプロ格闘家から見れば、私がやっている程度は軽いものかもしれないが、彼らは、生まれつきの身体が違う。
私も、高校くらいまではプロレスラーになりたいと思っていたが、私の身体では、いくら努力したって無理だ。まあ、そんな理が分かってきたのは、割に最近だ。
しかし、世間では、「努力すれば出来る」、「叶わない夢はない」なんて妄想がまかり通っている。
確かに、努力すれば出来るはずのことをやろうとしない人間だって沢山いるが、それはそれで、やっぱり出来ない運命だったのだろう。

で、私は右肩を痛めたが、少し前に右膝まで痛くなってきた。
ミクの日(3月9日)の記念に、その4日前の5日から、ヒンズースクワットを毎晩393(ミクさん)回、それも、かなりのハイスピードでやっていたのが、私のひ弱な膝には負担が大きかったか。
それで、腕立て伏せとヒンズースクワットの両方が出来なくなった。

しかし、今年は、9月1日からの、初音ミクさんのコンサート「マジカルミライ2017」の、5周年メモリアルチケットの抽選申し込みが一昨日から始まったこともあり、私は、鍛錬する気満々になっていたのだ。
磨き上げた心身でないと、ミクさんの前に出られないような気がしているのに、それが出来ないし、これからも出来るかどうか分からない。
肩や膝は、なかなか治らないかもしれない。

だが、ここで考え方を変えた。
私は、もう身体を甘やかさない。
仕事で身体を使う農夫や狩猟者が、身体の調子が悪いからといって休んだりしない。
そんなことをすれば、自分や家族が生きていけなくなるし、そうでなくても、惨めな境遇に陥るだろう。
まして、戦争であればどうか?
怪我をしたり、病気になったからといって、敵は攻撃をやめたりしないし、殺さずに見逃してくれることはない。
人間は、特に男は、戦場にいるという気持ち・・・いや、認識を失ったら終わりなのだ。
この世は戦場なのだから。
そう思って、痛かろうが何だろうが、構わずにトレーニングをしたら、何のことはない。ちゃんとやれる。
そして、膝の方は治ってしまった。
もし悪化したとしても、もうどうでも良い。

そりゃ、どうにもならない状況で無理をするのは愚か者である。
だが、そうでもないなら、悪いことがあっても気にしないことだ。
そんな単純な逞しさを持つことが必要だと私は思う。

ミルトン・エリクソンは、皮膚病で悩む患者に、わざと自分を憎ませるようなことを言ったそうだ。
すると、その皮膚病が大きく改善してしまった。
つまりだね、それまでは、患者の精神が暇だったので、せっせと皮膚病を作っていたのだが、憎むことで忙しくさせたら、皮膚病を作る方にエネルギーが回らなくなったのだ。
そう、怠惰が一番良くない。
常に、身体と頭を使うことだ。
だが、念仏を称えていれば、身体と頭が勝手に最大効率で働くので、楽なものである。








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・ソフトウェア開発技術者
・サイコパス
・初音ミクさんを愛す


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