ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
あなたをSE、プログラマー、あるいは、超能力者にするブログ。ひきこもりも歓迎。

ミルトン・エリクソン

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

無意識に入り込む

ごく単純な言い方をするが、人間は、無意識に入り込めば超人になる。
例えば、トラックの下敷きになった息子を、小柄でひ弱な母親が、その、大の男が数人がかりでも動かせないトラックを1人で持ち上げて救ったようにである。
難病だって、無意識に入り込めば、奇跡的治癒を起こせるかもしれない。
そして、そんなことを自在に行い、「魔法を使って治している」とまで言われたのが、アメリカの精神科医ミルトン・エリクソンだった。
エリクソンは、患者を容易く無意識に導き、患者自ら病気を治させた。
エリクソンが、どうやって、そんなことをしたのかは、彼の死後も研究されてるが、どれほどのことが分かっているのかは疑問だ。
NLP(神経言語プログラミング)という治療法を開発(共同開発)したリチャード・バンドラーも、エリクソンの手法を研究していたようだ。

エリクソンは、まず、自分を無意識に導き、エリクソンの無意識が患者を無意識に導いたのだ。
だが、誰も、自分を無意識に導く方法を、エリクソンに教えた訳ではなさそうだ。
すると、エリクソンは、その方法を自分で見つけたのだということになる。
エリクソンが身につけた能力を解明するヒントは、彼が17歳の時に、ポリオに感染していることだ。
ポリオは、急性灰白髄炎(きゅうせいかいはくずいえん)のことで、ポリオウイルスによって感染し、身体を麻痺させる。
エリクソンは、ポリオに感染して、目玉以外は動かせない状態になった。
この時、エリクソンに起こったことに注目したいと思う。
1つは、ある晩、医師がエリクソンの親に、「彼は朝まで持たない」と言ったが、エリクソンは、「あの窓の夕陽を必ずもう一度見てやる」と思ったことだ。
つまり、前向きに強く決意したのだ。
そして、その他では、エリクソンは目玉しか動かせないので、家の中の人々をただ観察した。
家族を観察し、その声を聴いても、エリクソンには何も出来ない。声をかけることすら。
それは、強制的ではあったが、究極の「なすがまま」の状態だった。
2400年ほど前に荘子が言った、「視線を自然にし、全てをなりゆきにまかせよ」を、長期間、実践したのだ。
そして、エリクソンには、生き伸びるという決意があった。
まとめれば、決意し、後は、なりゆきにまかせたのだ。

なりゆきにまかせるとは、無作為であることで、そんな人間を見ると、ぼーっとしているように見えることだろう。
そして、知恵ある人々の共通の見解は、決意し、ぼーっとすれば、願いは叶うのである。
我々も、何かを決意し、幽霊にでもなったように、なりゆきにまかせて作為をしなければ、無意識の扉が開き、無限、あるいは、真の自己と一致するかもしれない。








息子や娘に本当に価値あるものを残した人達

偉い哲学者、思想家、教育家の息子や娘は、大抵駄目だ。
いや、偉い人の息子や娘はと言うべきか。
だから、偉い人の偉そうな教えなんて真面目に聞くと馬鹿を見る。

例外としては、精神科医のミルトン・エリクソンと、思想家の吉本隆明氏がいる。
エリクソンは、普通の医者なら一生かかっても治らない疾患を一瞬で治したが、彼の高校教師の娘も、不良学生を一瞬で更生させたし、それどころか、高校生の時には、学園のヒーローを電話1本で落とした。父親の能力をそっくり受け継いでいるのだ。
吉本隆明氏の娘は、作家の吉本ばななさんと漫画家のハルノ宵子さんで、父、隆明は、自分の子供達が、ぼーっとしてたら、それを大切とし、日本最高の思想家である自ら、買い物かごを持って、妻の命を受けた子供達の代わりに買い物に行った。

ぼーっとする大切さは、画家の足立幸子氏や、UFO研究家の矢追純一氏、物理学者の保江邦夫氏らが、著書の中で散々述べていると思うが、少なくとも、吉本氏は、自分の子供達にも実践させたのだから偉い。
『ヒマラヤ聖者の生活探求』の中で、宇宙の原理に対する理解が深まってきたアメリカの探検隊は、目の前で自分達の仕事が自動的に「出来上がっていく」のを見た。
エリクソンは、仕事の山を前に意識を失うと、目が醒めた時には仕事が片付いていた。
いずれも、ある意味、ぼーっとしていたのだ。
ぼーっとすることを教えることが出来る親が、真に優れた親である。
さあ、みんな、ぼーっとしよう。
だが、容易いことではないぞ。








それぞれの秘法

最近、夜、運動をする時間がなかったので、せめて、腕振り運動と四股だけはやっていたが、その方が身体の調子が良く、痛いところが治ってしまった。
身体の健康と強さと美しさを保ち進化させるには、これだけで良いのかもしれない。
関英男博士のように、腕振り運動だけで90歳を過ぎても元気に世界を駆け回っていた人もいる。
ただし、「絶対に腕振り運動を2000回」と必死になってやるのではなく、気楽でいいから丁寧に、やれるだけを毎日やれば良いと思う。そうはいっても、100回では少ないだろう。関博士は、健康維持のためなら500回位で良いが、病気を治すとか、目的がある場合は2000回くらいはやった方が良いと著書に書かれている。
ちなみに、関博士は胃癌を腕振り運動で完治させている。

賢くなることも同じである。
人間の知恵を超えた英知を持っていた人といえば、「魔法を使った治していた」とまで言われた精神科医のミルトン・エリクソンがいる。
では彼は、子供の時から一生賢明勉強したのかというと、農家であった彼の家には、本は聖書と辞書しかなく、なぜかエリクソンを、辞書の方を選んで、繰り返し読んでいたそうだ。そして、偉大な精神科医になってからも、それが役に立ったと言っていたようだ。
一方、誰だったかは忘れたが、ある偉大な政治家は、家に唯一あった本である聖書を繰り返し読んで、偉大な知恵を得たと言われている。
全国に沢山のクリニックを開業したある人は、19歳から30歳過ぎまでで、『ローム太霊講和集』を、綴じ糸が取れてバラバラになるまで読んだという。
ラマナ・マハルシは、「バガヴァッド・ギーターを時々読むべきでしょうか?」と尋ねられて、「いつもが良い」と答えている。
刑務所で毎日『法華経』を読んで、出所後、ビジネスで成功した人もいた。
そういった、毎日欠かさず読む本としては、辞書や基本的な科学書、あるいは、聖典やそれに準じるものが良いのだと思う。
宮沢賢治は『化学概論』を座右の書としていたらしい。
かと思えば、ジョセフ・マーフィーの『あなたも金持ちになれる』を暗記するまで読んで、金持ちかどうかは知らないが、金が必要になれば、かならず必要なだけ作ることが出来るという人もいるが、私は、こんなのがいいなあと思うのである。








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やわらかい魔力

成功法則、潜在意識の法則、引き寄せの法則が書かれた沢山の本の中で、私が一番気に入っているのは、クラウド・ブリストルの『信念の魔術』だ。
これほど、著者の真面目さ、謙虚さが伝わってくる成功法則の本はないと思う。
彼は、大事業家であるとか博士号を持った学者とかであるのではなく、貧乏な下級兵という底辺からスタートし、新聞記者になり、なんらかの縁で銀行に勤めて副頭取にまでなり、いくつか事業を手がけて成功し、作家になったといった人で、自分が一角の人物であることは認めても、偉い人だという雰囲気は一切見せない。
何となく、初音ミクさんのお父さん、クリプトン・フューチャー・メディアの伊藤博之社長の講演会で、伊藤社長の素朴で真面目な人柄を感じたのを思い出す。それでも、伊藤社長には、自信とか力強さというものも感じたのだが、ブリストルもそうなんだろうと思う。

ところで、ブリストルは『信念の魔術』の中で、明確な目標と、それを達成するための熱情が必要であるということも書いているが、ご本人がうまくいった時のエピソードを見ると、案外「ゆるい」のである。
たとえば、ある船旅で、売り切れ寸前になんとかチケットを買って乗船した時、ディナーで船長と同じテーブルに座れたらいいなあと思ったら、実際に、船長の真向かいの席になった。船長と面識があった訳ではなく、また、船内には、自分よりクラスが上の乗客は他に沢山いたに関わらずだ。
そして、これは偶然ではなく、ずっと後で船長に確認したら、船長は、その時のことをよく覚えていて、「なぜか分からないが、あなたを私のテーブルに入れようと思ったのです」と言う。
他にも、ブリストルは、願望を持ちながらも、固執するほどではなく、「そうなればいいなあ」という明るい期待を持ったということが多いように感じるのだ。

ジョセフ・マーフィーも『眠りながら成功する』で、「ソフトタッチさ」の大切さを何度も強調していたが、ブリストルのものは「ソフトタッチな明るい期待」なのであると思う。
これに関し、「魔法を使って治している」とまで言われた、アメリカの精神科医、ミルトン・エリクソンの、こんなエピソードを思い出す。
エリクソンのところに、手のつけられないほどの不良男子高校生が連れてこられた。
エリクソンは彼に、「君が真面目になったら、皆、驚くだろうね」と言うと、彼は、「そりゃ、驚くだろうな」と言った。
エリクソンは、それだけで彼を連れていかせ、連れてきた医師は、エリクソンはその男子高校生を見限ったのだと思った。
しかし、その男子高校生は、すぐに真面目な学生になったのである。
以下は私の私見である。
その不良男子高校生にだって、「皆に好かれるようになったらいいなあ」という願望は、心の奥底にあったはずなのだ。エリクソンは、それを巧みに引き出しのだと思う。
それは一瞬で良かったのだ。
エリクソンは高校生の時、ポリオに感染し、ある日の夕刻、医師が母親に「彼(エリクソンのこと)は明日の朝まで持たないでしょう」と言うのを聴く。
その時、エリクソンは「明日の夕陽を見てやる!」と誓う。
エリクソンには「死なないぞ!」という執念もあったかもしれないが、「もう一度夕陽が見れたらなあ」という頼りない希望ではない、「もう一度夕陽が見れたらいいなあ」という明るい期待があったのだと思うのだ。それを持てることが、エリクソンの恐るべき能力の源であるように思うのである。
そして、それは誰でも出来ることであると思う。









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この世界はやはりコンピューターゲームか

「全ての病気は心因性と決め付けている」と、同じことを言った2人がいて、一人は、ドイツ人医師ゲオルク・グロデック(1866-1934)で、もう一人はNLP(神経言語プログラミング)の共同開発者であるリチャード・バンドラー(1950-)だ。
「魔法を使って治している」とまで言われた偉大な精神科医ミルトン・エリクソン(1901-1980)も、そうだったのではないかと思う(私が思うだけかもしれない)。
グロデックなどは、転んで怪我をすることも心因性なのだと言う。
彼らは、もちろん、それなりの根拠は持っているのだろうが、完全に証明することは出来ないはずだ。
それは、「確証はないが確信はある」といったものと思う。

この私となると、確信とまではいかないが、妄信よりはマシなレヴェルで、やはりそう思う。
全ての病気、怪我、さらには、貧困やトラブルなども全て心因性である。

話がガラっと変わってしまうようだが、この世界が、SFの『ソードアート・オンライン』のような、コンピューターで作られた仮想世界である、つまり、「シミュレーション仮説」という考え方があるが、イギリスの哲学者ニック・ボストロムは、「そうである可能性の方が高い」と言っているらしいが、アメリカの事業家イーロン・マスクは、「そうである」と決め付けているようだ。
イーロン・マスクは、電気自動車(最近はAI運転自動車で注目されている)のテスラ社や、民間宇宙船開発会社スペースXで知られているが、2017年に、脳に埋め込む通信インターフェースの開発を行うニューラリンク社も設立している。
(ついさっき、イーロン・マスクは、脳内インターフェースの臨床開始は来年の2020年と発表したようだ)
後、10年か20年のうちには、世界をまるごとデジタルコピーしたミラーワールドが出来、我々はそこに精神をアップロードするようになるらしいが、そこでの体験はリアルで、もう全く、シミュレーテッド・リアリティである。
実は、それが既に実現していて、我々はまさにその中にいるとするのが、シミュレーション仮説であるが、そうであるなら、最初に述べた、「全ての病気は心因性である」の信憑性も高まるように思う。
病気はシステムが作り出すもので、それは、我々個人の精神の影響を受けて起こるのであるから、当然のことである。

それなり・・・とまではいかないが、ある程度の理論的根拠を持って、この世界がコンピューターシミュレーションであると決め付ける・・・つまり、確証はないが確信を持つことも良いのではないかと思う。
高度なVR(仮想現実)やAR(拡張現実)、それに、今は少々お高くつくがMR(複合現実)を体験すれば、確信も高まるかもしれない。
そして、そうであれば、世界の動かし方も早くマスター出来るだろう。
『ソードアート・オンライン』のように、空中に出した操作パネルを指で操作するのも、本人の好みや視聴者への共感のためには良いだろうし、『デスマーチからはじまる異世界狂想曲』のように、思っただけで。自分だけに見える情報パネルが現れるのでも良いが、それを心の目で見、心の手で操作しても良い。
そして、全てはゲームと同じで、今後の展開はあなたの選択次第なのである。
いや、この仮想世界の選択は、むしろ、振る舞いである。
英語のpretend(ふりをする)が流れを作り出す。
インドの聖者ニサルガダッタ・マハラジなどは「時を超えているふり、空間を超えているふりをしろ」言い、それは体験であると言った(結果、神になる)。
この仮想世界での役割は、そうやって(ふりをして)決めるのである。
ある西洋人男性が言っていた。
「俺は禿げていることを神様に感謝している。禿げを全く気にしないことで男らしさを見せることが出来るんだ。おかげで俺はモテモテだ」
良いやり方である。何かにこじつけて、モテモテであるように振舞えば、そうなるのだ。それはそれで面倒なことになる面もあるのだが(笑)。









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