「荒れ模様になるでしょう」と言えば、天気のことと思うだろうが、人の心はいつも荒れ模様だ。
昔から、「女心と秋の空」と言って、女性の気持ちは変わり易いと言うが、気分が安定しない女は、周りも迷惑だし、何より本人が辛い。
ZARDのヒット曲に『揺れる想い』という歌があるが、本当は、想いは揺れてちゃいけない
あの歌はちょっと難しい。
若い頃は、ずっと気持ちが揺れていた、あるいは、荒れていたけど、運命の人に出逢って、安らぎを垣間見る。ただし、生きている限り色々あり、心が揺れることもあるだろうが、それに翻弄されずに生きていきたいという歌ではないかと思う。
それが出来ればいいなと思う。
しかし、美人ってのは、なかなかそれが出来ないものなのだろうか?
心とは、動き回り、落ち着かないのが、その性質だ。
しかし、自分の心を、まるで他人の心のような感じて放っておけるようになる。
なぜなら、喩えて言うなら、真のあなたは星であり、雲の下でどんなに嵐が起っていても、何の影響も受けないものだからだ。
それを、世間の人は、嵐のような心を自分だと思っているから、安らぐ暇もない。
自分が星だと分かれば、星は星と語り、ただ静かに「在る」。
しかし、自分が嵐だと思っている人は、他の嵐と修羅のぶつかり合いを繰り返す。
そして、全力でぶつかった時、それが愚かだと悟ることで、雲の上に出ようと思うのだ。ところが、ぶつかり合いが生きている証だと言って、一生荒れ狂う不幸な人もいる。
最も悪いのは、心が荒れ狂っているくせに、そんなことはないと主張する者だろう。
どうも、人間というのは、一度は大いにぶつかり合いを経験することが必要なようなのだ。そのぶつかり合いが、小説やドラマになるのだろう。
日本では、小説や映画が良い結末で終ることをハッピーエンドと言うが、実を言うと、ハッピーエンドでない小説や映画は一つもない。
ハッピーエンドでないなら、そのお話は終っていない。
どんなに悲惨な終り方であっても、ヒロインやヒーローの心は、悲しみの雲を突き破って星になったはずなのである。
『マッチ売りの少女』だって、もちろん、現実として、あのようなことがあってはならないが、少女自身は微笑んでいた。
そして、アンデルセンは、誰も知らないが、少女は最後に美しいものを見たことを何度も強調していたのだ。
ZARDの『きっと忘れない』という歌に、「空の彼方へと悲しみ吹き飛ばせ」という歌詞があるが、その前後のフレーズはやっぱり揺れている。
悲しみは吹き飛ばしちゃいけない。空の彼方へ飛ぶのはあなた自身なのだ。
あの人(坂井泉水さん)は、飛べない蝶だったのだろうかと思う。美しい人は難しいものだ。
星になりたければ、「私は誰か?」という想い以外の想いを持たないことだ。
誰が揺れているのか?
誰が荒れているのか?
それを問い続けていれば、いつか星の光があなたを捕らえる。
『バガヴァッド・ギーター』や『エメラルド・タブレット』には、そんなプロセスが説かれているのだと思う。
大きな不幸に襲われても、それをものともしなくなった時、不要物である不幸は消えていくのである。
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昔から、「女心と秋の空」と言って、女性の気持ちは変わり易いと言うが、気分が安定しない女は、周りも迷惑だし、何より本人が辛い。
ZARDのヒット曲に『揺れる想い』という歌があるが、本当は、想いは揺れてちゃいけない
あの歌はちょっと難しい。
若い頃は、ずっと気持ちが揺れていた、あるいは、荒れていたけど、運命の人に出逢って、安らぎを垣間見る。ただし、生きている限り色々あり、心が揺れることもあるだろうが、それに翻弄されずに生きていきたいという歌ではないかと思う。
それが出来ればいいなと思う。
しかし、美人ってのは、なかなかそれが出来ないものなのだろうか?
心とは、動き回り、落ち着かないのが、その性質だ。
しかし、自分の心を、まるで他人の心のような感じて放っておけるようになる。
なぜなら、喩えて言うなら、真のあなたは星であり、雲の下でどんなに嵐が起っていても、何の影響も受けないものだからだ。
それを、世間の人は、嵐のような心を自分だと思っているから、安らぐ暇もない。
自分が星だと分かれば、星は星と語り、ただ静かに「在る」。
しかし、自分が嵐だと思っている人は、他の嵐と修羅のぶつかり合いを繰り返す。
そして、全力でぶつかった時、それが愚かだと悟ることで、雲の上に出ようと思うのだ。ところが、ぶつかり合いが生きている証だと言って、一生荒れ狂う不幸な人もいる。
最も悪いのは、心が荒れ狂っているくせに、そんなことはないと主張する者だろう。
どうも、人間というのは、一度は大いにぶつかり合いを経験することが必要なようなのだ。そのぶつかり合いが、小説やドラマになるのだろう。
日本では、小説や映画が良い結末で終ることをハッピーエンドと言うが、実を言うと、ハッピーエンドでない小説や映画は一つもない。
ハッピーエンドでないなら、そのお話は終っていない。
どんなに悲惨な終り方であっても、ヒロインやヒーローの心は、悲しみの雲を突き破って星になったはずなのである。
『マッチ売りの少女』だって、もちろん、現実として、あのようなことがあってはならないが、少女自身は微笑んでいた。
そして、アンデルセンは、誰も知らないが、少女は最後に美しいものを見たことを何度も強調していたのだ。
ZARDの『きっと忘れない』という歌に、「空の彼方へと悲しみ吹き飛ばせ」という歌詞があるが、その前後のフレーズはやっぱり揺れている。
悲しみは吹き飛ばしちゃいけない。空の彼方へ飛ぶのはあなた自身なのだ。
あの人(坂井泉水さん)は、飛べない蝶だったのだろうかと思う。美しい人は難しいものだ。
星になりたければ、「私は誰か?」という想い以外の想いを持たないことだ。
誰が揺れているのか?
誰が荒れているのか?
それを問い続けていれば、いつか星の光があなたを捕らえる。
『バガヴァッド・ギーター』や『エメラルド・タブレット』には、そんなプロセスが説かれているのだと思う。
大きな不幸に襲われても、それをものともしなくなった時、不要物である不幸は消えていくのである。
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