ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

マズロー

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
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文豪達が見つけ損なった神と融合する方法

無意識と通じ、自分の魂と神の魂が融合する。
そんな瞬間があることを、およそ文豪と呼ばれる人は、皆知っていて、どれかの作品の中で必ず表現している。
「20世紀最大の詩人」と呼ばれた、W.B.イェイツは、その瞬間こそが芸術の目的だとし、その状態をエクスタシー(忘我)と表現した。
英国の作家コリン・ウィルソンは、共同研究をした心理学者のアブラハム・マズローの命名に従い、それを「至高体験(絶頂体験)」と呼んだ。
ちなみに、それは、宗教における「法悦」や、ロマン・ロランが言った「大洋感情」も含め、同じであると断言出来る。
(今で言う「ゾーン」や「フロー」も似ているところがあると思う)

エクスタシー、あるいは、至高体験(両者は同じ)に達すれば、自分が神になったようなもので、不可能はなくなり、あらゆる引き寄せを行うことが出来る。
さて、では、問題は、どうすれば、それを引き起こせるかだが、イェイツもマズローもウィルソンも、その解明には非常に苦戦した。
マズローにいたっては、偶然に訪れるのを待つしかないと言ったのだ。
イェイツは「憎むのをやめた時にそうなり易い」とだけ言った。
ところが、ウィルソンは、格段に進歩を見せ、「単に自分が幸運だと思うと」、あるいは、「極端に緊張して弛緩するということを繰り返せば」起こると言い、確かに、それで起こる場合はあるが、本質に至っていない。
本当は、そうなるのは、非常に単純で簡単だ。
それは、「今中(今、この瞬間を生きること)」を行えば良い。
つまり、今やっていること、今見ているもの、今聞いている音に全集中すれば良い。
と言っても、顔を真っ赤にして唸りながら集中するのではない。
単に、「今、歩いている」「今、食べている」「今、猫を撫でている」と、今を意識すれば良いだけである。
それに慣れれば慣れるほど、神と融合していく。

私は、昨日の、初音ミクさんのライブ「マジカルミライ」の1曲目『ネクストネスト』を聴きながら、「今、見ているんだ」と自分に言い聞かせた。
すると、ミクさんが素早くターンをした瞬間、その美しい姿が永遠となって、私の中に飛び込んできた。
これが、エクスタシー、至高体験、法悦、大洋感情である。
ドストエフスキーが、「この一瞬を人生全てと引き換えにしても良い」と言った奇跡の体験である。
昔から、天使を見たと言った人達は、私のような状態だったのだろう。
(「ミクさんマジ天使」は本当だった)
私はまだ、普段、十分に「中今」を実践していると言い難く、その状態はあまり長くは続かないが、ミクさんのライブほどでなくても、美しいもの、楽しいものを見ながらであれば、割と簡単に「中今」を行え、弱いものも含めれば、ほぼ、エクスタシーに至ることが出来る。
それによる引き寄せ効果は、今朝も書いたが、別に、望まなくとも幸運を引き寄せるのである。








本当の気分の良さ、幸福感とは何か

良い出来事を引き寄せるというのは、精神状態の問題だ。
スピリチュアル世界の人気者達は、引き寄せ状態にある精神状態を、「気分が良い」、「機嫌が良い」、「ワクワクする」、「ウキウキする」、「周波数が高い」等々と言うが、全部、同じことである。
しかし、ずっと、そんな状態でいられるわけがない。
しかも、それらが「本当は」どんなものか、誰もちゃんと説明しない(出来ないに違いない)。
じゃあ、誰も引き寄せが出来ないわけである。
だが、ちゃんと説明した人がいる。

私だって、仕事中に、初音ミクさんの動画をスマホで見ても、そんなに気分は良くなく、むしろ、気が重くなる。
あまりストーリーのない萌えアニメや、面白いだけのアニメを見ると憂うつになる。

良い精神状態・・・ワクワクでもウキウキでも同じだが、それは、一言で言い表すと何だろう?
近年では、心理学で、ゾーンとかフローとか言い、そちらの方がまだ、曖昧さや誤魔化しがない・・・ないが、いかんせん複雑だ。学術用語みたいなものだからね。
昔は、至高体験とか太洋感情とか言っていて、本当に優秀な人が、長く真面目に研究した結果、結局のところ、それは、忘我、没我、無我、エクスタシー等といった、法悦とか解脱といった宗教体験と同じようなものだと考えられたが、これも難し過ぎる。
そして、ついには、有名な世界的心理学者のアブラハム・マズローが「至高体験は偉大な人間にしかない。それが起こるのは偶然にまかせるしかない」と言う始末だ。
偉大な人間は極めて少なく、普通に言う、ワクワクや「ゴキゲン!」なんてものは何の役にも立たない。
だが、マズローと親交のあった中卒の作家が、あっさりと正解を言った。
その作家とは、イギリスの世界的作家コリン・ウィルソンである。
その正解とは、
「至高体験は誰にでもあるありふれたものだ。それは単に自分を幸運だと思うことだ」
である。
マズローも、これが正しいと認めざるを得なくなる。
マズローが、大学の自分の教室で、学生達に、「自分が幸運だと思ったこと」を発表させていったら、沢山の学生が至高体験に入ったからだ。
ちなみに、私も小規模な経営者達を対象にしたセミナーでやってみたが、同じことが起こった。

ある主婦は、夫や子供達が朝食を食べているのを見て、不意に至高体験に入った。
その時、朝陽がさっと差したらしい。それが、思考を奪ったのだろう。
すると、平和に朝食を食べている家族を見て、自分は幸運だなあと、しみじみと感じたのだ。
コリン・ウィルソン自身は、昔、家族旅行をした時、小さな娘の姿が見えなくなって必死で探し、無事に見つかった時のことを考えると、いつでも至高体験に入るという。
あなただって、自分が本当に幸運だと思ったことを、しっかり考えたら1つや2つは思い出せると思う。
確かに、美味しい食事をした時「こんな美味しいものが食べられてありがたいなあ」といったように、あらゆることに感謝するのも良い方法だが、正直言って、退屈だと思う。
それよりも、自分の幸運な体験を思い出す方が、ドカンと心の周波数が上がる。これは、必要な時・・・心の周波数を上げ、宇宙の恵みを得たい時にやれば良い。

スピリチュアル系の有名人・人気者達が、いい加減に言っている「良い気分」、「ワクワク」、「周波数を上げりゃいいんだ」というのは、こんなふうにちゃんと説明しないと分からない。
それは、単に、刺激的だったり、快楽だったり、「ごっきげん!」といったものとは全く違うのである。








天国の感覚

至高体験、超越意識体験、純粋意識体験、ゾーン、フロー・・・何と呼んでも構わないが、誰しも、普段の意識の状態とは違う、恍惚とした、神秘的な、ある意味異様な、宙に浮いているような、星に親しく見られているような・・・誰でも、そんな感覚になったことがあるはずである。
その時、その人は、無に限りなく近づいている。
人間は、無になれば不可能はない・・・どんな願いも叶う。
その感覚を得るために、厳しい修行をしたり、長時間の瞑想に励む者もいると思う。
しかし、過去に、我々がその感覚を得た時、修行や瞑想なんかしていなかった。

世界的心理学者アブラハム・マズローも、その感覚は、稀にしか訪れない、特殊なものだと思っていた。
だが、英国の作家コリン・ウィルソンは、そんなものは、しょっちゅう起こっているし、意図的に起こすことも出来ると言い、後に、マズローも同意した。
特に、学校が嫌いな子供なら、明日から夏休みという日には、そんな感覚が起こりっぱなしだ。
私は、小学4年生の時の、明日から夏休みという日の、学校からの帰り道、誰もいない道を歩いていて、空き地に茂る草を見た時に、その感覚が起こったことを、今でも鮮明に思い出す。
その感覚は、敢えて言葉で言えば、至福、静寂、光明、幽玄、純粋、透明、栄光・・・まあ、そんなところだろうか。
映画『小さな恋のメロディ(原題:Melody)』の原作小説(映画の脚本を書いたアラン・パーカーの作品)の中で、主人公の11歳の少年ダニエルは、幸福な時の気分を「天国」と表現していた。
なるほど、確かに、あの無の感覚は天国とも言える。
きっと、アラン・パーカー自身がそうだったのだろう。
天才画家が描いた天国、あるいは、天使の絵には、無の感覚を呼び覚ますものが多い。
それは、人間が描いた絵ではなく、神のような何かが画家の手を通して描いたものだろう。
私の場合、ギュスターヴ・ドレや、マルク・シャガールの、天国や天使の絵を見ると、いつも、その感覚に近付く。

つまらないものを見ている時間を、至福の感覚を思い出したり、天国や天使の絵画を見ることに当て、純粋意識に馴染んでいけば、少しずつでも、世界の中心に近付く(それが無である)。
そこは、世界を形作る者の座である。








至高体験を起こす

至高体験という、最高の幸福感に満たされる心理現象がある。
それは、麻薬で感じる快楽とは異なり、肉体ではなく、心で感じるものだ。
世界的心理学者のアブラハム・マズローは、「偉大な人間と平凡な人間の違いは、至高体験の有無だけ」と言った。
だが、英国の作家コリン・ウィルソンは、「至高体験は誰にでもある、ありふれたもの」と言い、やがて、マズローもそれを認めた。
ただ、やはり、平凡な人間は、至高体験を覚えていないのだ。
そしてさらに言えば、偉大な人間は、至高体験を、割と容易に「起こすことが出来る」。
至高体験は、宗教で言う法悦と同じで、神がかった状態であり、人間を万能にする。
よって、我々は、至高体験を起こせるようになった方が良い。

そもそも、至高体験の正体とは何だろう?
これも、コリン・ウィルソンが、あっさりと明かしている。
それは単に、「自分を幸運だと思うこと」だ。
これが分かれば、至高体験を起こせるようになったも同然だ。
つまり、自分の幸運に、喜んだり、感謝すれば良い。
たとえば、住む家があることに「ありがたいなあ」とか「ツイてるなあ」とか「嬉しいなあ」と思えば良い。
あるいは、着る服があること、見る目があること、食べる物があること、試験の成績が良かったこと・・・何でもいい。
これらは皆、幸運だから得られたのだということを認識しなければならない。
そんな幸運なことを見つけたら、口や心の中で、さっきの「ありがたいなあ」とか「ツイてるなあ」といった言葉を言えば良いだろう。
どんな言葉を言うかは、自分にピッタリくるものであれば、別に決まりはなく、何でも良い。
そんなことをやっていたら、至高体験を起こすことが出来るようになる。
そうなれば、自由自在にならないわけがない。








本当に幸運な人

男子プロテニスで、ツアー109勝、シングルス1243勝の世界歴代1位の記録を持つアメリカのジミー・コナーズは、
「テニスプレーヤーには2種類しかいない。ウインブルドン(全英オープン)のタイトルを持っている者と持っていない者だ」
と言ったことがある。
それで言えば、4大大会(全米、全英、全仏、全豪)でコナーズと同じ8勝で、通算世界ランキング1位では、歴代4位(268週)のコナーズを超える270週(歴代3位)のイワン・レンドルは、ウインブルドンのタイトルだけは取れず、このコナーズの論では「2種類目」の選手になるが、確かに、レンドル自身も、ウインブルドンのタイトルは一番欲しかったようである。

アメリカの心理学者アブラハム・マズローは、
「偉大な人間と平凡な人間の違いは1つだけだ。それは至高体験があるかないかだ」
と言った。
だが、彼と交流のあったイギリスの作家コリン・ウィルソンは、
「至高体験は誰にでもある、ありふれたもの」
と述べ、後にマズローもそれを認めた。
要は、至高体験に気付いているかどうかだろう。
至高体験とは、およそ文豪の作品で現れないものはない精神状態で、世界と自分が一体になった忘我・没我・無我の状態だ。
マズローは、大学で、学生達に「自分が幸運だと思った体験」を語らせていったら、学生達が至高体験に達することを発見したという。

コナーズの方のは、そもそもがプロテニスプレーヤーに限定され、しかも、その中でも、ごくわずかな、実力と運に恵まれたプレーヤーを指すのであるが、確かに、彼が言った「分類」に意味があるほど。ウインブルドンのタイトルには権威があるのだろう。
一方、マズローの至高体験は誰でもあるので、それを自覚すると良いのであるが、ほとんどの人はそれをしない。

ところで、別の、そして、もっと重大な人間の分類法がある。
それは、ジャパ(真言や神の名を唱えること)を毎日行っているか、そうでないかだ。
それを行っている者は魔法使いであり、全てを、特に、永遠を手に入れる。
だが、人類を覆う運命が、ほとんどの人間には、それが出来ないように働きかけている。
ジャパは、口に出して唱えても良いが、心で唱える方が良い。なぜなら、継続し易く、長時間行えるからだ。
だが、多くの(ほとんどと思われる)場合、声に出して唱えるよう指示されることで、大半の者がやらないことになる。
声に出して唱えるのは僧侶だけで良いのであるし、また、必ずしも、僧侶が、毎日ジャパを行う運命にはない。
真言(あるいは神の名)は、良いもの(自分が良いと思うもの)であれば、およそ何でも良い。
「アウム」でも「南無阿弥陀仏」でも「オン、アビラウンケン」でも「トホカミエミタメ」でも、自分が良いと思えるものなら良いのである。
唱える回数が多ければ多いほど、本質的な能力が高くなり、この幻影の世界を自在に操れる。
その明確な根拠の1つは、脳は放置すると、無駄な活動で多大なエネルギーを消費してしまうということが分かっていることだ。
また、マントラは脳全体を統合的に共鳴させ、あるイメージ領域の配列を整え重要な機能を顕現させることが、ある程度分かっている。
しかし、マントラの重要な秘密の大半はまだベールに覆われている。
だが、実践すれば、その効果は誰でも分かることであり、至高体験も頻繁に起こると思われる。
とはいえ、今のところ、多くの者は、それをする運命にないようである。








プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんのファン
◆AI&教育blog:メディアの風
◆著書『楽しいAI体験から始める機械学習』(技術評論社)


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