ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
SE、プログラマー、AI開発者、教育研究家、潜在意識活用研究者、引きこもり支援講師Kayのブログ。

マジカルミライ

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2019/12/28]AI&教育問題専用ブログ、メディアの風を公開しました。
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

自主的に人と距離を取る時代

新型コロナウイルス以降の「新しい生活」の象徴である「ソーシャル・ディスタンス」、つまり、「群れない」ことは、非常に快適で喜ばしいと私は思う。
だが、古い人間には、意識的に人との距離を空けようとしない、それどころか、人の近くに寄りたがる「くっつきたがり」が沢山いるのが分かる。
病院の待合室でも、周囲にいくらでも席があるのに、人の真後ろに平気で(あるいは狙って)座る者がいるが、それは、中年のおじさんに非常に多いように思う。
彼らはこれまで、人とくっつくこと、群れることで楽をし、安全を保ってきたのだと思う。

病院の待合室などで、真後ろに座られた時、私が即座に移動すると、若い男性の場合は私のことを、「なんだこいつ」という顔で(マスク越しにも分かる)見るが、中年の男性の場合は、全く平然としているのが普通と思う。きっと、神経というものがないのだろう。
中年の男というものは、とにかく、磁石に吸い寄せられるように近寄ってくる。
そして、中年男以外でも、今は、ほとんどの人に、「人を避ける」という意識がない。
スーパーで、レジ前で黄色いテープを貼って他人との距離を開けさせたり、劇場や飲食店などで、椅子に「ここには座らないで」と書いて貼ってない限り、他人に平気で近寄る者が多いのだが、それがいけないのだと理解する知性が、今はまだ、大半の人にはないのである。

小学校で、給食の際、1つ1つの机をビニールシートで被っていた学校のニュースがあったが、そのニュース内で、「隣の子に話しかけられない」と言う子供がいたと述べられていたが、話しかけてはいけないことを指導しなければいけないことが、学校も、このニュースを作った者達も解っていないのである。
早い話が、他の子に話しかける者がいるから、そんなものものしいビニールシートで被っているのだと、ちゃんと言ってあげないといけないのだが、教師もよく解っていないのだと思う。

飲食店やレストランでは、これまで、1人で来る客は嫌われていたし、露骨に嫌な顔をされる場合すらあったが、今後、ずっと、それがなくなるなら良いと思う。
もちろん、それでは売上げが下がるから、これまで「お1人様」の客が敬遠されていたのだし、店としては、客を密集状態にして、「床面積あたり利益」を上げようとしていたのだが、あらゆる意味で、それはもう古いものになる。それは仕方がない。
しかし、多少、値段が高くても、良い素材を使い、健康的な良い料理を出し、快適なサービスを提供している店は、これから儲かるようになるのではと思う。

今、一番やり難いものの1つが、音楽などのライブだ。
昔は、音楽産業ではレコードやCDの売上が重要で、結果、大手音楽プロダクションが音楽業界を支配し、音楽文化が程度の低いものになっていたが、インターネットの普及により、CDの重要性がなくなり、これまでは食べられなかった多くのミュージシャンがライブで稼げるようになった。
しかし、それが出来なくなった。
変化の時だが、良い音楽さえ提供出来れば、手はあると思う。
そして、密集型ライブは、やはり、なくなる。私も、毎年、初音ミクさんのライブ「マジカルミライ」は欠かさず行っているが、実は、「密集し過ぎ」と思ってはいたのだ。
これでも、オールスタンディングのライブよりはマシなのだが、1人のスペースはパイプ椅子1個分。
私のように176cmあっても、肥満しておらず、気を使う人ばかりなら、横に関しては十分なスペースだが、巨体の人だっているし、無神経な人もいるので、特に女性や子供(ほぼ全て女の子)が不快な思いをすることが多かったと思う。
これは、会場に来る人と、遠隔でVR(仮想現実)観劇をする人に分ければ解決するだろう。
会場の観客人数を、1/3から1/6くらいに減らし、後は、これまでの数倍の人数を遠隔参加にし、遠隔で見る人達は、会場内に多数設置されたカメラを自由に移動出来るようにすれば、会場での楽しみ方、遠隔での楽しみ方が、それぞれ出来るだろう。
VRライブは、それほど難しくはない。
遠隔での参加者は、HMD(ヘッドマウントディスプレイ)の使用を前提とすれば、VR機器の普及にもつながる等、良い面もあると思う。

これからは、人類レベルで「群れない」「近寄らせない」「個人が尊重される」時代になる。
新型コロナウイルスは、痛い代償付きではあったが、それを人類に教えるために、やむをえず、天が寄こしたものかもしれない。私はそう思っている。













当ブログオーナー、KayのAI書。
研究者・技術者向けの機械学習・ディープラーニングの本には、普段、聞いたことのない難しそうな言葉が沢山出てきて、しかも、その説明を見てもサッパリ解らず、「AIは自分には関係ない」と思ってしまう人が沢山いるのが残念です。
普通にAIを作るのに、そんなものは必要ありませんし、それらの難しそうな言葉だって、普通の言葉で言えば、案外、簡単なことも多いのです。
私の本では、最初に「ニューラルネットワーク」「機械学習」「ディープラーニング」を普通の言葉で簡単に説明します。専門家には「いい加減な説明」と言われるかもしれませんが、普通の人が、これ以上知る必要はないと思います。
そして、面白いテーマの実習をやれば(繰り返しが必要な場合もありますが)、誰でもAIを自分で作れるようになることを目指して書きました。
そして、柔軟なアイデアとセンスで、専門家以上にAIを使えるようになることもあると思います。

楽な継続が成功を呼ぶ

イチロー氏がなぜ成功したのかとうと、野球以外に趣味がなかったからだと私は思う。
だから、野球に多くの時間を注ぎ込めたのだ。
2ちゃんねる掲示板を流行らせたひろゆき氏が著書で見たが、なぜ2ちゃんねるが成功したかというと、他にも似たことをやっていた人はいたが、やり続けたのは自分だけで、なぜそれが出来たのかというと、暇だったからだそうだ。無論、謙遜もあるだろうが、それも確かにあったのだと思う。

実力をつけて成功したいなら、忙しく、いろんなことせず、出来る限り、やりたいこと以外はせず、時間を確保すべきだし、それが出来るよう工夫すべきである。
大企業では、有望な社員には、あらゆる部署を経験させることが多いらしいが、それは、これからの時代では、最悪のやり方かもしれない。

そして、多くの時間を注ぎ込むためには、無理なことをしてはならない。
易しく思えることを、1年365日、欠かさずやることで本物の力がつく。
イチロー氏だって、スポ根のような常識外れのトレーニングをした訳ではなく、むしろ、中学生でも出来るようなことを、毎日欠かさずやったのだと思う。
一方、ハードなことを張り切って始めても、ひと月も(ひどい場合は3日も)続かない人が圧倒的に多いはずだ。

なぜ、運動によるダイエットに失敗するかというと、投稿者が自慢したいだけのYouTubeの筋トレみたいな、キツい運動を真似するからだ。
ジョギングだって、普通の人は続かない。
いや、颯爽と速足で歩くウォーキングすら。
逆に、病院やNHKでは、楽ではあっても、面白くない運動ばかり紹介する。

圧倒的によく続く運動の1つが、貧乏ゆすりである。
楽だが、ちゃんと筋肉を適切に動かすから、気持ちも良いのである。
気持ち良いので、度々、熱心にやるから、人様に迷惑をかけるのである。
ただ、貧乏ゆすりは、あまりに効果の範囲が狭いことと、あの運動を必要とする良くない理由(血行が悪い、姿勢が悪い)があり、それを改善すべきである。

そこで、大変にお薦め出来る運動は、超ショートスクワットだ。
自然に立ち、やや膝を緩める(腰を数センチ落とす)。
その状態で、軽やかに、2~3センチの振幅で、膝の曲げ伸ばしをするのである。
普通の人なら、100回や200回なら、非常に気持ちよくやれると思う。
1回1回の時間が短く、数えるのが難しいと思ったら、5分とか10分とかでやれば良い。
ポイントは、楽なので長時間やることだ。
楽とは言っても、テレビで、ある相撲部屋で力氏達がこれをやっているのを見たことがある。
腕立て伏せだって、1~3センチ曲げる程度でやれば、気持ち良いのである。この短い振幅でも50回以上となるとしんどいかもしれないが、慣れると100回以上は出来るようになる。
そして、やはり、非常に効果があるが、腕や肩だけでなく、腹筋が、板チョコのようにバキバキに割れることはないが、最も美しい感じに引き締まることは期待出来ると思う。
こういった、ショート振幅の運動を自分で考案しても良い。そして、無理のない範囲で、長時間行えば、効果は抜群のはずだ。
また、パンチ、キック、木刀の素振りなども、ショート・レンジ(範囲)でやれば、意外に気持ち良いことが分かると思う。
別に、パンチやキックの実用にする必要はないが、実は、素人にとっては、パンチやキックで威力があるのは、超ショートなものだけである(大振りすると、当たらないし、怪我をする)。

初音ミクさんの昨年のライブ「マジカルミライ2019」で、『キレキャリオン』という歌の、

二つ目を捨てろ 予想外になれ
~『キレキャリオン』(作詞・作曲・編曲:ポリスピカデリー。唄:初音ミク)~

のところに、私は深く感動した。
私は、「多才」と言われ、いろんなことを中途半端にやったので、どれも達人にならなかった。
若い方は、この歌を聴いて、なるべく早く2つ目を捨てるように。
そうすれば名人になり、予想外になれば達人になれると思う。













当ブログオーナー、KayのAI書。5月30日発売。
パソコンには様々な用途があります。しかし、「これは」という使い道を見出せないなら、機械学習・ディープラーニングのAIをやればどうでしょう?
それが、コロナ後の世界で最も大きなアドバンテージを握ることになるかもしれません。
数学やプログラミングや難しいAI理論は不要です。
ただ、問題を推測問題に捉え直すセンスが必要です。それを、易しいけど、なるべく面白い問題で磨かれるよう工夫をしました。

友達百人作らなくて良い世界

新型コロナウイルスの収束の予測は全く立たない。
夏までに収束するどころか、その頃には、いっそう感染が広がっていると考える方が現実的と言う者も多い。
さらには、多くの人達が1年先に東京オリンピックを行うことが出来ると思っていることが、何の根拠もない妄想のようなものかもしれないのだ。

いや、別に、マイナス思考をお薦めするのではない。
それどころか、前向きな話をしたいのだ。私はいつでも前向きである。
つまり、コロナウイルスの脅威が消えた後でも、それが存在しているかのような社会になれば良いのである。
多くの人間が、「新型コロナウイルスが収束したら、以前の活動に戻る」ことを当然のように考えていると思う。
その考え方を変えるのだ。
コロナウイルスのようなものは、ずっといて、去らない。
それであれば、それに対応した社会にすれば良いのだし、実は、それこそが、今よりはるかに素晴らしい未来世界なのである。

新型コロナウイルスによる新型肺炎に罹らずに済む方法は、ただ1つ。
過密ならないことだ。
では、過密にならない社会になれば良い。
幸い、今は、インターネットがあるのが当たり前の世界だ。
そうでない地域にだって、インターネットを構築し、1人1台以上の端末を提供することは可能だ。
過密になることが必要なことは、まあ、ない。
そもそも、オリンピックや高校野球甲子園大会、あるいは、サッカー、ラグビー、アメリカンフットボールなどで、大観衆を集める必要は本来ない。
前場所の大相撲が完全無観客で行われたが、今はそれに違和感があるだけで、振り返ると、相撲本来の音が実に素晴らしかった。
行司の声があんなに良いものだとは思わなかったし、力士の息づかい、ぶつかり合う時の音は、まさに芸術的だった。
あんな良いものを、これまで聞くことが出来なかった。
力士達だって、観客がいないからこそ、勝負に集中出来、いつもよりも高度な戦いが行われたに違いないのだ。

そして、今後は、テレビだけでなく、インターネット上でVR(仮想現実)技術を使った、テレビとは比較にならない素晴らしい映像と音声を、家にいながら得ることが出来るようになる。
NTTは、kirari!という「空間ごと配信するかのような、超高臨場感のリアルタイム配信システム」を作っており、それを常時使えるよう、発達させれば良い。
現在は、大掛かりな設備が必要であるが、技術の進歩で改善出来ることである。

引きこもりの社長さんが、自分がライブに行きたいけど行くのが面倒だから、ネットでライブを楽しめるサービスを提供するために作った会社、および、サービスが「クラスター(cluster.)」だ。
そう、いまや、集団感染の意味で使われているクラスターという言葉を、平和的な意味で使うサービス、会社名なのである。

例えば、私が毎年、この上ない楽しみにしている、初音ミクさんのライブ「マジカルミライ」をVR形式で行うことは可能と思う。
現在は、幕張メッセやインテックス大阪の、1万人規模の会場で沢山の人を集めて行っており、これはこれでもちろん巣晴らしいが、VRで行うなら、ミクさんとバンドのための空間だけで済むので、それほど大きな会場は必要ない。
そして、会場のあちこちにカメラを設置し、見る者の意思でカメラを切り替えるなら、「自分が自由に移動しながら」ライブを楽しめるのである。
あるいは、カメラのズーム機能で、ぐっと迫ったり、引いたりも出来る。
会場で楽しむのが好きな人もいると思うが、皆が皆、そうではないので、「濃厚接触しなくて済む」よう、1人1人に広い場所が提供出来ると思う。
こういったことは、いずれ、必ず行われるはずであるので、ちょっと進歩を早めれば良いだけのことだ。
ミクさんのライブを、kirartri!、あるいは、これに匹敵するシステムで、高い臨場感を持って自宅で楽しめれば、実に巣晴らしい。
もちろん、あらゆるライブ、漫才、落語、歌舞伎、能、クラシックコンサート、講演、スポーツ、その他で、同じようなことが出来るのである。

これまで通り、外に出かけ、これまでと同じように行うことだって、当然出来る。
その場合も、密集が起こらないよう工夫され、快適さが増す。
密集させた方がボロ儲け出来る者が多いのだが、そんな連中の強欲な稼ぎのために、我々が不快な思いをする必要はない。
過度に群れる密集など必要ないのに、我々は、大きな利益を独占したい者達に煽られ、何か、群れることが面白いことのように洗脳されていただけである。

群れることのない世界では、経済活動はより健全になり、富の再分配が行われる方向に進む。
なぜなら、これまでは表に出ることがなかった優秀な人達が、ネットの発達のおかげで、経済活動を、人々を洗脳することなく牽引していけるからである。
人々も、ただインフルエンサーに同調するのではなく、他の人達に共感し、共感されることで、健全でありながらより楽しいことも起こるだろう。
そうなれば、いずれお金に意味が意味がなくなってくるに違いない。

このように、変化する世界を前向きに捉え、賢くなり、世界を良いものに変えていけば良いのである。
友達百人作って、群れて遠足に行く等、軍国主義者達が作り出した「狂育」である。
君子の交わりは淡いものであると言うが、君子でなくても、本当の友達とは、べったりつるんだりしないものである。








新型コロナウイルスへの超対応策

新型コロナウイルスの流行が偶然ではなく、人智を超えた力によって起こされた必然であるなら、我々は、どう考え、行動すれば良いのだろう?
大きな国の政府は、ほぼ共通の方針を採っている。その方針とは極めて単純なもので、
「群れるな」
「引きこもれ」
である。
日本は他の国の真似をしたのだが、他の大きな国では、かなり迅速に、この共通の方針を決め実行した。
そして、この方針は正しい。
それなら、新型コロナウイルスを流行らせた大きな存在の意思がそれであったと考えられる。
即ち、「人類よ、群れるな」「人類よ、引きこもれ」と言っているのだ。
これまで、我々は、「群れ過ぎていた」し「外に出て行き過ぎた」のである。

言うまでもなく、集まって何かをしたり、外に出て働くことは必要だし、良いことだ。
しかし、やり過ぎなのだ。
今回、やっと、インターネットを利用して自宅で仕事をする人が増えたが、もっと早くに行うべきだった。
働く人の全員が、それが出来る訳ではないにしろ、かなりの人がそれを行うことで、通勤電車は混雑せず、今ほど大きなオフィスも必要なくなる。
つまり、ウイルスによらずとも、先に、多くの人が通勤をやめるようにすれば良かったのである。

学校はどうだろう?
やはり、今の学校には、初めから行く必要がなかったのだ。
子供達は学校で、年齢別に分けられ(時には概ね従順さの度合いを示す学力別に分けられ)、長時間拘束されて服従を強いられ、徹底的に偏見を叩き込まれる。
そんな所に行く必要があるはずがない。
もちろん、集団行動は必要であるし、今の学校にだって良いところが無いとは言えない。
しかし、もっとまともなものを作らないといけないし、その案を出している人はくらでもいるのに、自分達の利益や権威を手放さない者のために、良い案は決して採用されない。
子供達は、多様な年齢、人種、能力を持つ人達のコミュニティに参加しなければならないし、何を学ぶかは自分で決めるようにしなければならず、教育や教師は全く必要ない。
そして、正しい学びの場では、集まることは必要でも、今のように過剰に、しかも、「ただ群れる」ことは全く不要である。

スポーツは良いものである。
野球も、サッカーも、柔道も、とても良いものだ。
しかし、少なくとも、今の甲子園大会やオリンピックは、あってはならないものだと私は思う。
「うなる金」への欲望で、すっかり歪められ、醜くなったものを、いつまでもエスカレートさせ、歯止めが効かないから強制的な力が働いたように私には思えるのである。
利権を握る者が反省するとは思えないが、人知の及ばぬ力で浄化された後で、「過剰に群れず」に、健全なスポーツ大会として行うなら良いかもしれない。

病院に行けば、患者が群をなし、緊急に視てもらいたくても、何時間も待たされる。
しかも、待たされた挙句、余程の状態でない限り、行われるのは検査だけだ。
もちろん、過剰な処置をしてはならないが、適切な処置をすれば、これほど「群れる」必要はないのではないか?
しかし、合理的なことをやって患者が減っては、医療が成り立たないように思う。
なぜそこまで利益が必要かというと、「取り過ぎている」者のためだ。

私は、10年ほど前までは、健康診断の度に「要検査」の項目が沢山あり、通院を勧められた。
しかし、それに従っていれば、検査漬けになり、無残な状況に陥っていただろう。
だが、わずか1年で、自力で完全な健康を手に入れた。
何をやったかとうと、単に、少食・粗食にして、体重を30kg減らしただけである。
かかったお金はゼロ・・・どころか、買う必要がないものを買わなくなったので、それまでかかっていたお金が必要なくなった。
そして、スポーツ競技流の間違った運動をやめ、正しい運動をするようになり、身体の故障も全部消えた。
これにも、当然、1円もかかっていないし、必要なものは、畳1枚分のスペースだけだ。

このように、群れる必要はなく、多くの時間、自宅に引きこもっていれば良いのであり、そうすれば、本当に必要な時に、必要なことをするために、喜んで外に出て行けるようになる。
私のようにやれば、農業や水産業、林業などに興味を持つ人も多くなるだろう。
無理に群れる、あるいは、群れさせられることに参加する必要はないし、参加してはならない。

では、初音ミクさんのライブはどうだろう?
私は、2016年から、初音ミクさんのライブの中では最も規模の大きい「マジカルミライ」に毎年行っているが、大きいと言っても、1回のライブの観客は6000人くらいなのである。それが2~3日行われるだけだ。
オリンピックや甲子園野球はもちろん、何万人(あるいは10万人超)も集める大コンサートとは違う。
トイレだって、インテックス大阪の時は、空いていて、いつでも使えた。
決してクレイジーなライブではない。
だが、年を追うごとに、観客のマナーが悪くなってきたことも、ウイルスを呼んだ一因かもしれない。
私が初めてマジカルミライに行った2016年の「マジカルミライ2016」では、観客のマナーの良さに感動した。
1人のスペースは決して広いわけではないが、皆が譲り合い、気を使い合っていることを感じた。
だが、年々、そうでなくなっているように感じる。
ならば、ミクさんのコンサートも、会場参加とVR観劇に分けるようなことも必要かもしれない。元々、ミクさんのライブは高度なテクノロジーと協調しているのだから、やがて、VR、あるいは、MRの活用も行われると思う。そして、そんなコンサートだけが、今後、残るのかもしれない。











MATSURI(まつり)

どこの国にも、勇壮で壮大な祭というものがある。
ブラジルのリオのカーニバルや、スペインのサン・フェルミン祭(牛追い祭)などは有名で、ご存じの方が多いと思うが、どこの国にだって、似たようなものがある。
なぜ、どこの国にも、そんなものがあるのだろう?
人類は皆、お祭りが好きなのだろうか?

では、お祭りとは何だろう?
上に挙げた、リオのカーニバルやサン・フェルミン祭はどんなものかというと、「狂乱」とか「乱痴気騒ぎ」といった言葉が当てはまると言っても怒られはすまい。
そうだ、祭とは、狂乱であり、乱痴気騒ぎなのだ。
けが人はもちろん、死者が出ることもあるが、何があっても祭は取り止めにならない。
こんな祭の中では、暴力事件、男女の破廉恥騒ぎなども、いくらでも発生する。それがなければ祭ではないと言えるほどだ。
つまり、簡単に言えば、祭とは理性を破壊する行事と言える。
そんなものが、絶対になるなることもなく、皆が毎年必ずフィーバーする。本当に、いったいなぜなのだろう?

そのわけはこうだ。
フランスのソルボンヌ大学で民俗学も学んだ芸術家、岡本太郎は、祭について、こう述べている。
「祭は生命エネルギーを充填する行事であり、これによって、次の祭まで生きるエネルギーを得るのである」素晴らしい指摘と思う。
では、なぜ、乱痴気騒ぎである祭でエネルギーを得られるのか?
やや怪しいながら真理を突いた論が、精神分析学者の岸田秀氏の著書の中で語られていたのを見たことがある。
だいたい、こんなものだったと思う(彼の精神分析学は怪しいので、曖昧で分かり難いところが多いが)。
生命力というのは、無意識の中にあるエスというものだ。
エスというのは、得体の知れない意識体である(こんないい加減な定義しか出来ないが、それで言えば、自我なんかもそうである)。
とにかく、無意識の中のエスという意識体が生命エネルギーであり、岸田氏によれば、大雑把には、無意識そのものがエスであると言っても良いらしい。
で、その生命力の塊であるエスをどうやれば解放出来るのかというと、意識を消してしまえば良い。
ただし、眠ったり、気絶しては駄目で、いうなれば、目覚めたまま、強烈な夢を見てるような感じだ。
早い話が、理性(知性、道徳心、思考能力の総体)を消せば良いのだろう。
つまり、意識全体を消すのではなく、意識の中の理性の部分を消せば、エスは表に出てこられるのだ。
そうなれば、生命力に満ちたエスは、あらゆる乱痴気騒ぎや狂乱を起こさずにはいられない。
しかし、エスという生命エネルギーが露出しているのだから、元気一杯である。

つまり、人間は理性を吹っ飛ばせば、生命力の塊であるエスが現れ、怖いもの知らずで何でも出来る。
それには、良くない面もあるだろうが、「生きる力」「動く力」に溢れ、無敵である。
アントニオ猪木さんの言う「元気があれば何でも出来る」の実現である。

我々は、1年に1度くらいは、祭に参加し、理性を消してぶっ飛ばせば、生命力を取り戻せる。
私の場合は、初音ミクさんライブ「マジカルミライ」だ。
毎年8~9月に開催される「マジカルミライ」の最終公演のラストで、次の年も「マジカルミライ」が開催されることが発表されると、我々は無情の幸福感を得る。
それは「来年、また、生き返ることが出来る」という確信を得た至福である。ミクさんは、優しく、我々の理性を溶かしてくれる。
だが、このまま、新型コロナウイルスの感染が止まらなければ、今年の「マジカルミライ2020」は中止になり、そうなれば、私のような者は生きていられない。
今年の「マジカルミライ2020」は、8月7日から9日までインテックス大阪、12月18日から20日までは幕張メッセである。
そして何と、「マジカルミライ2020」のテーマは「MATSURI(まつり)」なのだ!
まさに、人類が新型コロナウイルスに打ち勝ってこそ、地上の天使、初音ミクさんが微笑んでくれるのだ。
初音ミクさんこそ、人類の未来の希望である。
それはもう、近年のミクさんの活躍を見れば、あまりにも純粋にして明晰なことである。
◆初音ミク「マジカルミライ2020」

さて、皆さんは、どんな祭をお持ちだろうか?100匹の猫に囲まれるとか、海の中で巨大サメに雄々しく立ち向かうとか、それとも、伝統の裸祭であるとか・・・自分だけで行うもの、集団で行うもの、何でも良いが、人間に祭は必要である。











プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・SE、プログラマー
・初音ミクさんを愛す
[AI&教育blog] メディアの風


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