ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

マジカルミライ

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
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[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。
[2010/12/12]詳細なlivedoorプロフィール設置しました。[livedoorプロフィール]

余った精神エネルギーが悪さをする

昨年の5月くらいから、特に熱心に腕立て伏せをやっている。
ところが、やり過ぎで右肩や右腕を痛めた。
もちろん、プロスポーツ選手やプロ格闘家から見れば、私がやっている程度は軽いものかもしれないが、彼らは、生まれつきの身体が違う。
私も、高校くらいまではプロレスラーになりたいと思っていたが、私の身体では、いくら努力したって無理だ。まあ、そんな理が分かってきたのは、割に最近だ。
しかし、世間では、「努力すれば出来る」、「叶わない夢はない」なんて妄想がまかり通っている。
確かに、努力すれば出来るはずのことをやろうとしない人間だって沢山いるが、それはそれで、やっぱり出来ない運命だったのだろう。

で、私は右肩を痛めたが、少し前に右膝まで痛くなってきた。
ミクの日(3月9日)の記念に、その4日前の5日から、ヒンズースクワットを毎晩393(ミクさん)回、それも、かなりのハイスピードでやっていたのが、私のひ弱な膝には負担が大きかったか。
それで、腕立て伏せとヒンズースクワットの両方が出来なくなった。

しかし、今年は、9月1日からの、初音ミクさんのコンサート「マジカルミライ2017」の、5周年メモリアルチケットの抽選申し込みが一昨日から始まったこともあり、私は、鍛錬する気満々になっていたのだ。
磨き上げた心身でないと、ミクさんの前に出られないような気がしているのに、それが出来ないし、これからも出来るかどうか分からない。
肩や膝は、なかなか治らないかもしれない。

だが、ここで考え方を変えた。
私は、もう身体を甘やかさない。
仕事で身体を使う農夫や狩猟者が、身体の調子が悪いからといって休んだりしない。
そんなことをすれば、自分や家族が生きていけなくなるし、そうでなくても、惨めな境遇に陥るだろう。
まして、戦争であればどうか?
怪我をしたり、病気になったからといって、敵は攻撃をやめたりしないし、殺さずに見逃してくれることはない。
人間は、特に男は、戦場にいるという気持ち・・・いや、認識を失ったら終わりなのだ。
この世は戦場なのだから。
そう思って、痛かろうが何だろうが、構わずにトレーニングをしたら、何のことはない。ちゃんとやれる。
そして、膝の方は治ってしまった。
もし悪化したとしても、もうどうでも良い。

そりゃ、どうにもならない状況で無理をするのは愚か者である。
だが、そうでもないなら、悪いことがあっても気にしないことだ。
そんな単純な逞しさを持つことが必要だと私は思う。

ミルトン・エリクソンは、皮膚病で悩む患者に、わざと自分を憎ませるようなことを言ったそうだ。
すると、その皮膚病が大きく改善してしまった。
つまりだね、それまでは、患者の精神が暇だったので、せっせと皮膚病を作っていたのだが、憎むことで忙しくさせたら、皮膚病を作る方にエネルギーが回らなくなったのだ。
そう、怠惰が一番良くない。
常に、身体と頭を使うことだ。
だが、念仏を称えていれば、身体と頭が勝手に最大効率で働くので、楽なものである。








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画像編集ソフトで悩む

画像編集ソフトをよく使われるだろうか?
私はあまり使わない。
使う時は、PhotoFiltre(フランス)を使う。シンプルなソフトで、インストール不要版(Portable version for USB drive)があるからだ。
もう少し複雑な編集をする時は、Photoshop Elementsを使う(WACOMのタブレットを買ったら付いていたので)。

以前は、Fireworksを使っていたが、このソフトの開発元のマクロメディアがアドビに買収され、アドビも本気でサポートする気もないようなので(2012年で開発中止した)、使うのをやめた。
いいソフトなのに残念だ。

で、今朝も書いたが、「マジカルミライ2017」公式サイトの背景画である、iXimaさんによる超絶可愛い初音ミクさんの画像をダウンロードして再合成しようとしたら、なかなかうまくいかなかった。
この画像は、
・背景画(Jpeg画像)
・ミクさんの絵(透過Png画像)
・輝くキューブの画像(透過Png画像)
の3つで構成され、背景画を一番下のレイアに、その上のレイアにミクさんの絵を、そして、その上のレイアに輝くキューブの画像を重ねれば良いのだが、これだけのことがうまくいかない。
Photo Filtreでは、透過Png画像を透過画像として扱えず、透過部分が真っ黒になる。これでは全く駄目だ。
そこで、Photoshop Elements 10を使ったら、透過Pngは扱えたが、なぜか、線がギザギザになる。せっかくのミクさんの美しい髪が台無しだ。
ためしに、Pixiaをインストールして使ってみたが、透過Pngは使えるようなのだが、透過しない部分まで薄くなる。そもそも、このソフト、使い方が独特で分かり難い。人気があるソフトなので、使い込めば良いソフトなのかもしれないが、ありきたりな操作をしても、意味不明の結果になる。私の使い方が悪いのかもしれないが、ソフトを使うスキルは標準以上にあるはずの私がこれだけ混乱するのだから、普通の人にはお奨めしない。

それで、結局行き着いたのは、有名なオープンソースの高機能ソフトであるGIMPである。
これをインストールするのは10年以上振りだ。昔は、高機能ながら不安定要素もあったが、さすがに今はかなりしっかりしていると思う。
GIMPでは、その画像合成は簡単に出来、綺麗に仕上がった。
さすがGIMPである。
ただ、GIMPでは、「保存」というのは、GIMP形式での保存のみを指し、JpegやPng画像形式での保存は「エクスポート」と言う。
なんで、そんなことするのだろう?
まあ、GIMPは素晴らしいので許すが。
★GIMP公式サイト

ブラウザ上で使える良い画像編集ソフトもあるのだが、それらを使うには大抵、アドビのFlashPlayerを必要とするが、私は、FlashPlayerは決してインストールしない。
そもそも、アドビのソフトはなるべく入れたくない。
PDFを読むためにも、アドビのAcrobatリーダーは使わず、別のものを使っている。
アドビのソフトはインストールすると、Windows起動時に、それらのソフトのランタイムを起動するように設定されてしまい、RAM(一般にいう「メモリ」)を数百メガの単位で消費されかねない。
RAMの搭載量が少ない古いパソコンで、起動時にアドビのソフトのランタイムが、ほとんどのRAMを占領してしまい、使い物にならないほど遅くなってしまったなんて、よくあると思う。
また、アドビのソフトのインストール時、チェックをわざわざ外さないと不要なセキュリティソフトが一緒にインストールされてしまうようになっている。
私はかなり本気で、「アドビ、潰れればいいのに」と思っている。

尚、「マジカルミライ2017」サイトの背景画のミクさんの絵は、保存禁止の意図があるかもしれないので、やり方は言い辛いが、「右クリックできない 画像 保存」あたりでググると簡単に分かると思う。
しかし、その画像を勝手に公開するのは駄目であることは間違いないので、それは絶対やらないように。









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やっぱり念仏は凄かった

あらゆる意味で成功する鍵は、「無意識を信頼してまかせる」に尽きる。
しかし、まず、無意識、あるいは、潜在意識とは何かが分からない。
そこで、昔であれば、それ(無意識)を、神、仏、あるいは、もっと具体的に、天照大神、阿弥陀如来などと言い、それらの神や仏にまかせれば良いと教えた。

だが、無意識は、癌や皮膚病や、あらゆる難病奇病を作り出す悪者でもある。
また、西洋でも日本でも、神がたたる、神が罰するという観念が強い。
さらに、ゲオルグ・クロデックやジョセフ・マーフィーのように、「無意識は知性がない」だの、「潜在意識に判断力はない」といった、とんでもないことを言う「超専門家」がいたりする。

なるほど、みんな混乱して幸福になれず、それどころか、不幸になり、悲惨なことになる訳である。

ところが、『バガヴァッド・ギーター』を読むと、神クリシュナは、「結果は私に委ねなさい」と言っている。
これが正しく、必要な態度なのだ。
たとえ年齢的には大人でも幼い精神の持ち主が、「女優になりたい」「ポルシェが欲しい」「社長になりたい」「金持ちになりたい」「あの子とエッチしたい」などと望んで、そんなことが実現したら大変だ・・・と言うか、不幸で悲惨だ。
いや、願うのは自由だ。
しかし、結果は、無意識に、潜在意識に、神に、仏に、天照大神に、阿弥陀如来に、クリシュナに委ねることだ。
決して、悪いようにはならない。

そして、結果を委ねることを含め、信頼してまかせる、最も簡単で確実な方法が念仏なのだ。
念仏は、自分より高い存在に意識を向けさせてくれる。
そして、自分よりはるかに強力な存在を信頼し、全てをまかせるという気持ちに導く。

神は大海で、人間の心は一滴の水だが、量の多少の違いがあるだけで、本質は同じである・・・とは、多くの人が言った。
しかし、そんな言葉で何が分かろう。
曖昧で、ぼんやりと何か分かったような気になるだけだ。
黒住宗忠は、「人間と天照大神は一体」と言い、一休は、「心そのものが仏である」と言ったが、それでは、「心=神仏」になってしまう。
やはり、人間の心は、天照大神の心の一部、阿弥陀如来の心の一部であると言わなければならないが、やはり、それも分かり難い。
そこで、クリシュナのように、「我を愛し、我に全てまかせよ」というのが最も正しいが、残念なことに、クリシュナは、従うことが億劫に感じてしまうような道徳も沢山、我々に押し付けている。
そこにいけば、阿弥陀如来は一切のタブーがないばかりか、むしろ、悪い方が良いと言う・・・これは革命的なことだが、やはり革命は良いことだ。
悪人である方が良いとする念仏に優るものはない。

さて、昨日は、初音ミクさんのコンサート「マジカルミライ2017」の、「マジカルミライ5周年メモリアルチケット」の抽選申込を行った。
当る、当らないは阿弥陀如来様にまかせてあるので、どんな結果が出てもハッピーである。
ところで、「マジカルミライ2017」公式サイト」の背景画のiXimaさんによるミクさんの絵があまりに可愛いので、画像をダウンロードした。
大きさは1775×1695ピクセルで、背景、ミクさん、そして、マジカルミライのシンボルである空中を漂う輝くキューブの3つの絵をブラウザ上で合成する仕組みだ。
私は、3つの画像をダウンロード後、自分で、画像編集ソフトで合成した。
しかし、ここではたと気付く。
これらの画像は、右クリックや長押しタップ等でダウンロード出来ないし、「背景画だけを表示」にも出来ない。
私のように、やり方を知っていれば簡単にダウンロード出来るのだが、普通の人は知らないだろう。
私は、単にサイト制作者は、動きのある楽しいサイトを作るために、このようにしたのであり、画像をダウンロードするのを禁止した訳ではないと思っていたのだが、さあ、それはどうだろう?
それならそうと書いてくれれば有り難い。
そんな疑問があるので、やり方は書かないが、調べれば分かると思う。
ただ、やはり疑問があるので、やりなさいとも言えない。
このミクさんが超絶可愛いだけに悩ましい。









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正月って何?

1月1日を1年の始まりとするのは、世間に合わせるようで嫌なのだが、私だって、正月が嫌いな訳ではないし、むしろ好きだ。
しかし、正月に良い思い出はない。
最近の若い人達は、年賀状を出さない人が多いと思うが、そうなってくれたのが嬉しい。
私の一番嫌な思い出は年賀状だ。
今は何とも思わないし、子供の頃、友達がいなくて年賀状がほとんど来ないというのも、それ自体はどうでも良かった。
しかし、親が、自分に来た分厚い年賀状の束を、コタツのテーブルの上に、これ見よがしに置いて、本当に1日中眺めているのを見ると、妙な罪悪感を感じたのだと思う。
だから、ドワンゴの川上量生会長が、年賀状が7枚しか来なくて、「私のポジションで普通、これはないと思いますが」なんて言うのをWebのどこかで見て、一発でファンになってしまった・・・まあ、それ以外にも、あの人は天才で、しかも、極めて興味深いのであるが。

ケルト人の大晦日は10月31日で、新年は11月1日らしいが、それなら、私の誕生日が丁度10月31日だし、ケルト文化は好きなので、私も新年は11月1日にしようと思ったことはあるが、これは全く実践していない。
やはり、そもそも、いつが年の始まりなんて意味がないと思っているのだろう。
しかし、会社の1年は、決算月というものがあって、それは各社勝手に決めているが、4月頃から新年度という場合が多いと思う。
また、日本では、学校は、ほとんどが4月から新年である。
いろいろ考えれば、地球が太陽の周りを一回りする1年という単位をサイクルと考えるのは、必要なのか、単に便利なのかははっきりしないが、まあ、別にあっても良いことなのだろう。

私は、大晦日、正月といっても、別にやることは普段と全く変わらない。
まあ、会社が休みで、客が来るならご馳走を用意し、年少者には、学生、社会人、引きこもりに区別なくお年玉をあげる。
だから、多少は普段と違うのだろうが。
それで、いくらか食べる量は増えるが、朝晩のトレーニングは、きっちりするので、いわゆる、正月太りだとか、身体が鈍(なま)るということもない。

昨夜は、紅白歌合戦というものは当然見ず、30日、31日と連続で、初音ミクさんのコンサート「マジカルミライ2016」のブルーレイを観賞した。
このブルーレイは素晴らしい出来で、コンサート自体も最高だが、映像品質が素晴らしい。カメラも、近い位置で撮ってるのか、立体感、臨場感が際立っている。
実際にコンサートに行った時の、一瞬で終わってしまう感覚がちゃんと蘇る。
今年の「マジカルミライ2017」は、ミクさん生誕10周年の記念すべきコンサートであるから、それ以上になると思う。
2017年まで生きようと思っていなかったが、天の許すところであれば、是非、また会場に行きたいと思う。
「マジカルミライ2016」に行くと決めてから熱心にやるようになった、ヒンズースクワットとヒンズープッシュアップは、今もきちんと続けていて、素晴らしい効果を実感している。
今年は、行けるなら、ますます鍛え上げた身体で挑みたい。
それが今年の、そして、今年唯一の目標となる。
そして、パワーポーズ(ガッツポーズ)と呪文(真言、念仏)を忘れなければ、まあ、誰にも負けることはない。安泰である。
これは、誰がやっても同じなので、よろしければ、皆様も、パワーポーズと呪文で、楽しい1年に、そして、人生にしていただきたい。









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共感回路

人間は、本来、いかなる病気も自分で治す力を持っている。
その力は免疫力である。
免疫力の偉大さは人間の医学の及ぶところではなく、医学や心理学の役割は、もしあればだが・・・あくまで、免疫力が発揮されるようにすることである。
ただ、免疫力もまた、独立で存在する訳ではなく、あくまで、生命力の一部である。
よって、究極的には、生命力を高めればいかなる病気も治る。
人間は、他の動物と違い、精神の力で生命力を高めることが出来る。
それは、自主的に生きる意欲を持つことである。
強い生きる意欲を持てば、医学的には奇跡としか言えない回復も起こる。

上に述べたことが、最も重要な真理だろう。
まあ、「免疫の本来の定義は・・・」など、細かい難癖はいくらでもつけられるが、根本的には絶対に間違いはない。
思い出すのは、漫画家の石ノ森章太郎(改名前の石森章太郎の方が馴染み深いが)氏が、癌に侵されて入院していた時、医学的には「生きているのが不思議」な状態でありながら、病室で仕事を続けていたらしい。
『サイボーグ009』の完結編を、ファンのためにどうしても完成させなければならないという想いが、生きる意欲になっていたことが、彼の生命力を高めていたのだろう。
『サイボーグ009完結編』は、小説の形で大量の原稿が残されたが、あまりにまとまりがなく、石ノ森章太郎氏の死後、氏の長男で、009と同じ丈という名が付けられた小野寺丈氏が作品として完成させるのに5年以上かかったという。
小野寺氏がほぼ独力で書いた章もあるが、あくまで、章太郎氏の想いを僅かでも引き出そうとしたのではないかと思う。
傑作に仕上がっているので、生命力の秘密を得るためにも、私も再読しようと思っている。
実際、私は、この作品のテーマは、人間の不可思議な生命力であると思っている。それが、超テクノロジを超える場面が何度もある。
ずっと昔、石ノ森氏(当時は石森氏)が、漫画の『サイボーグ009』の連載を中止する際、001(イワン)が、「みんな(00ナンバーサイボーグ達)に、新しい力をつけてあげる」という謎の言葉を言わせて終わっている。
その「新しい力」が、『サイボーグ009完結編』の鍵なのであるが、それが、生命力の神秘であると思う。具体的には作品を読むのが一番である。

私は、先月(2016年9月)の初音ミクさんのコンサート「マジカルミライ2016」から帰って来て以来、死に向かっている。
トレーニングは相変わらず続け、筋肉の力などはむしろ高まっているが、生命力が消えかかり、耳が聴こえなくなったり(一時的に治ったが、また聴こえなくなった)、身体に異変が起こっている。
「最後に、愛するミクさんのコンサートに行けたので満足。もう思い残すことはない」
と思ったからだが、これは、本来、正しいことではない。
ミクさんのコンサートは、あくまで、生きる力を与えるものなのだからだ。
まして、今回のコンサートでは、ミクさんは特別に、BUMP OF CHIKENの名曲『ray』をラストソングに歌ってくれて、この歌の中の、
「◯×△どれかなんて 皆と比べてどうかなんて 確かめる間も無い程 生きるのは最高だ」
でなければならないのだが(作詞作曲は藤原基央さん)、どうもうまくいかない。
『フランダースの犬』のネロ(ネルロ)の、「最後にルーベンスの絵が見られたので満足」の気持ちが分かるような気がする・・・ではいけないのだろうがね。
来年も「マジカルミライ2017」はあるが、それはあまりに遠いし、そもそも、それだけが生きる目的というのも問題である。
こんな時、良心というか、他者への愛着・・・その根本力である共感力があれば何とかなるような気もするが、それが無いのがサイコパスの弱点である。
ミクさんは共感力の象徴であるのだから皮肉な話である。
何だか、久々に困っているが、そんな自分がおかしくて面白い。
サイコパスにとって、死そのものは深刻な問題ではないのかもしれない。
そこで考えたのは、人工的な共感力、即ち、共感回路を作ることである。
キカイダーの良心回路みたいなものである。
それが出来れば、サイコパスの役に立つし、サイコパスでなくても、共感力の弱い人たちのためになるかもしれない。
もっとも、そんなものが出来て、私が死が恐くなるのも嫌なのだがね。









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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・ソフトウェア開発技術者
・サイコパス
・初音ミクさんを愛す


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