ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

マイク・ハーナッキー

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

真の成功とは

「成功体験を積むことが大切だ」とよく言われる。
その通りだが、では、成功体験とは何だろう?
それは、自分に出来るとは思えなかったことが出来るようになることで、それは感動を伴う。

私は、小学4年生の時、10歳年長の従兄が腕立て伏せを40回やるのを見て驚いたことがある。
自分は10回も出来ないし、他の子もそんなものだったからだ。
その驚きを忘れないまま、中学生になって、30回出来た時には、非常に嬉しかったし、高校生になって、いよいよ50回出来た時には感動したのを覚えている。
そして、高校2年生の時だったが、密かに念願していた、腕立て伏せ100回が出来た時は、それ以上に感動したものである。
これも、成功体験なのだと思う。

映画の中で、ジュリアーノ・ジェンマがよくやっていた、ネックスプリング(首跳ね起き)という、仰向けに寝て、膝を曲げて身体を丸ねた体勢から、首を支点に跳ね起きるという動作を見て、「格好良いなあ」と思って、何とか出来るようになりたかった。
しかし、周囲に出来る人がいなかったので、試行錯誤で練習していたが、ついに出来るようになった。
これも成功体験として心に残っている。

あなたにも、自分に出来そうになかったことが出来たという成功体験があると思う。
ところで、これらをやろうとした時、いったい何を考えていたのだろう?
マイク・ハーナッキーの成功の秘訣のように、「実現のために必要なことは全て自主的に行う」決意をしていたはずなのだ。
あるいは、それとは単に言い方が違うだけだが、「出来るまでやる」「断固としてやる」「失敗しても諦めない」と思っていたのだと思う。
そして、自分で出来たことは全て、このようであったから出来たはずなのだ。
逆に言えば、出来なかったことというのは、「実現のために必要なことでもやりたくないのでやらなかった」「無理そうなので諦めた」「そこまでしてやろうとは思わなかった」「失敗して嫌になって止めた」ということなのだと思う。
ひきこもりが、いつまでも働かないのだって、全くその通りだろう。
だが、「断固として働く」という決意を維持する限り、やがて働くようになる。
何事も同じで、もし、それを本当に実現したいのであれば、「断固として、出来るまで、失敗しても諦めずにやる」という意思を保てば、必ず成功するだろう。

そして、願いの実現のために、不道徳を犯す必要はないことを知らねばならない。
盗んだり、暴力に訴える必要はないのである。
そのような手段を取ってしまう者というのは、心の中で、自分には、それを得る価値がないと思っているのである。
不正な手段で得たものは、刹那的な快楽はあるが、感動がない。

マイク・ハーナッキーの成功の秘訣は、住友進さんの訳では、
「何かを成し遂げようとするには、必要なことはすべて、進んで実行する自発的な態度が必要である」
だが、これが、正義に反することなく出来ることを覚えておくと、力を制限するどころか、より強い力となり、より速く、よりスムーズに願いが実現するはずだ。
真の成功とは、すぐに消えてしまう刹那的な快楽ではなく、永遠に忘れない感動なのである。









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商売の成功法則と本物の成功法則

本当に願いを叶えることが出来る成功のノウハウは、アメリカの作家マイク・ハーナッキーの「秘訣」だけなのだが、それが忘れられてしまったのはなぜかというと、ハーナッキーは、これで商売するつもりがなかったからだろう。
そりゃそうだ。
願いを叶える秘法を知ってるなら、いったんそれを世界中に教えたら、自分は自分で好きなことをやれば良いのだから。
引き寄せの法則やザ・シークレットは、それが本当に願いを叶えるかどうかが重要なのではなく、これらの作者のビジネスなのであり、彼らは最新のマーケティング手法を使ってうまくビジネスをやっているから、いつまでも有名なのである。

ザ・シークレットのようなビジネスとしての成功法則と、ハーナッキーの「秘訣」との違いを述べてみよう。
たとえば、今は安い車に乗っているが、ベンツが欲しいとしよう。
ザ・シークレットや類似の成功法則では、自分がベンツに乗っている様子をイメージし、ベンツの座席、ベンツのハンドルの感触をありありと想像せよと言う。
今は、Webでベンツの詳細画像をいつでも得られるので、そんなことは容易いし、さらに、ベンツに試乗すればもっと良いということになるだろう。
まあ、普通は、貧乏な人間が恥ずかしくてベンツの試乗なんか申込まないだろうが、さっきも述べた通り、ベンツの外観や運転席の鮮明な画像は手に入るので、分からない部分は想像力で補えば、十分にイメージは出来ると思う。
脳科学の教えによれば、脳は、鮮明な想像と現実の区別がつかないので、その鮮明な映像がやがて現実になるというのが、ザ・シークレット等の主張だ。
しかし、事実は、脳は確かに、想像と現実の区別がつかないので、想像でベンツに乗れば、「我、目標達成したり」と感じて満足してしまい、ベンツが欲しいという意欲がなくなってしまう・・・というのは、多くの人が経験済みではないだろうか。
つまり、イメージすることを、数日・・・長く持っても数週間で、やる気が全くなくなり、イメージするのが苦痛になる。
なまじ、何ヶ月もやれば、いつまでもベンツに乗れないので、ヤケクソになる・・・ならまだマシで、「俺にはやっぱり無理なのだ」という暗い劣等感にとり憑かれてしまう。
では、ハーナッキーの「秘訣」ではどうか?
ベンツに乗るために必要なことは全て自発的に行うという決意をするのである。
するともう、すぐに、「それほどベンツに乗りたい訳ではなかった」と気付く。
つまり、それは本当の願いでないことが分かる訳で、もっとやりがいのある目標を見つければ良いことが分かるのである。

「秘訣」を知った場合でも、「隣の美人の奥さんと不倫したい」とか、「あの可愛い新入社員と寝たい」、あるいは「イケメンの彼の彼女になりたい」とかいった願望を持ち、それを実現しようと思うかもしれない。
しかし、そのために何でもやろうなんて思うはずがなく、そんなことを本当に思えるなら、あまりに暇か、人間的に未熟過ぎるのだろう。
そんな者は、女(あるいは男)が欲しいという以前に、自分の生活や仕事がさっぱりに違いないのだ。
ハーナッキーの秘訣は大人のためのものである。

ハーナッキーの「成功の扉」の古書もそろそろ入手し難くなってきた。
しかし、別に本を読むまでもなく、単に、「断固としてやる」と決意するだけだ。
『灼眼のシャナ』で、坂井悠二が言った「出来る出来ぬではない。断固としてやる」や、その悠二が迷っている時に、悠二にシャナが言った「出来る出来ないじゃないの!やるの!」ということであり、それに関しては、アニメのイメージは有り難いものであると思う。
そして、ハーナッキーも述べた通り、「秘訣」は無料なのである。









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本当に威力ある秘訣

過去に沢山の成功法則があり、新しいものもいろいろ出てくるが、誰にでも実用的で効果が確実なものは、つまるところ、アメリカの作家マイク・ハーナッキーの、
『The Ultimate Secret to Getting Absolutely Everything You Want(願望を全て実現する究極の秘訣)』
であると思う。
これの翻訳は、『成功の扉』として、ハードカバーが1991年、文庫版が2001年に出ているが、その後、日本では絶版になっている。
英語版は現在も出版が続いている。
なぜ、これが一番かというと、誰でも使ったことがある秘訣であり、それを使って願いを達成したことがあるはずだからだ。
さらに言えば、難しい願望を叶えた時には、必ず、この秘訣を使っていたからだ。

だが、この秘訣を言葉で表すのは、とても難しい。
ハーナッキーは、本でちゃんと説明したが、理解出来なかった人がいたことは、彼の著書『成功の翼』にも書かれてあるし、私も昔はあまりよく理解していなかった。
究極の秘訣とは、「何かを成し遂げようとするには、必要なことはすべて進んで実行する自発的な態度が必要である」だが、なるほど、この表現では、理解出来ない人も多いかもしれない。
それは、彼自身も本の中で書いているように、「強く決意すること」である。
私は、アニメの『灼眼のシャナIII』の中で、「祭礼の蛇」坂井悠二が言った、
「出来る出来ぬではない。断固としてやるのだ」
が、まさにそれだと思う。
坂井悠二は、その願いが「なんという試練」と言うほど、あまりに困難であることは認めていたが、愛するシャナのために、また、全ての人類や異世界の者達のために絶対に成し遂げるという決意を持っていたのである。
だから、創造神「祭礼の蛇」が、この決意を持つことが出来た一見平凡な高校生男子である坂井悠二に強く愛着したのである。
なるほど、小説・・・それもライトノベルとはいえ大した作品であると思う。

私が、究極の秘訣で成功した例を述べておこうと思う。
私が、ニートを脱し、家庭向けセールスマンとして、ある職場(社会の最底辺のブラック企業)で1年過ごし、別のセールス現場(ここもブラックだが、一流セールスマンは沢山いた)に移った時のことだ。
私が入社してすぐにセールスコンテストがあったが、話を分かり易くするために、「その月に、最初に売上1千万円を超えた者が優勝」というものだったとする。
私は、是非、優勝しようと思い、優勝者になる決意をした。
しかし、ライバルは月収数百万円の強者(つわもの)セールスマン達である。
勝ち目があるとは思えなかったが、決意だけはしたのだ。
しかし、私の売上げが上がらない間に、あっという間に、強者達は、数百万の売上を重ね、数日で、900万円超えが5人ほど出ていた。
彼らは、後、1~2本で達成であり、それは、その日のうちであると思われた。
その日、私は、いくつかオーダーを決め、翌日、「誰が勝ったかな?」と思って出社したら、なんと、前日は、その5人ともゼロオーダーであったという。
そして、気が付けば、私の売上は800万円を超えていたが、1日で200万円近くは無理なので、今日こそ、その5人の誰かが優勝を決めると思っていた。
だが、私は、自分が優勝する決意だった。
遅い時間に私は大きなオーダーを1つ決めたが、その家で長く引き止められたので、もう帰ろうと思ったが、その家の近くに、以前、訪問した家があったのを思い出し、何も考えずにその家に行くと、即座に契約してくれた。しかも、大型契約だった。その時の情景は、まるでお伽噺の場面であるかのように記憶に残っている。
その2つのオーダーを合わせれば、なんと、一千万円と千円だった。
さらに不思議なことに、その日も、他のベテラン勢は全く売れず、私の単独優勝が決まり、○十万円の優勝賞金をもらった。
だが、この優勝で満足してしまい、その後は、あまりうまくいかず、元々、セールスは好きではなかったので、1年後、別業種に転職した。

仕事だけでなく、スポーツや恋愛、受験、資格試験、その他、無意識にでも秘訣を使って成功しなかったことはなかった。
そういえば、今年の初音ミクさんのコンサート「マジカルミライ2017」で、10回ほどもチケットの抽選で落選しながら、「一番前はちょっと抵抗があるので、3番くらいの席を得る」と決意したら、まさに、そのあたりの席のチケット(しかもほぼ中央)を譲ってもらったのだった。
資格試験では、やや昔の話だが、極まったプログラマーでもないのに、MCSDやMCDBAという、マイクロソフトの開発者、データベース管理者の最高の資格が取れた。正直、恐ろしく難しい試験だったと思う。実際、最初に受けた1つの科目の試験では3割も出来なかった(合格には7割が必要な科目)のである。








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しゃにむに求める力

子供の時の夢に価値があるだろうか?
私の場合は、プロレスラーだったが、男の子がスポーツ選手になりたいと思うのは普通だし、女の子なら、テレビでAKB48などの華やかなアイドルを見たら「自分も」と思うものだろう。
だが、アスリートは才能が99%だし、なんだかんだ言って、生まれつき飛び抜けて可愛くなければアイドルになれない。
いや、どんな仕事だってそうなのだ。
コンドリーザ・ライス(アメリカの元国務長官)が、大学生の時にピアニストを目指していたが、自分が1年かかることを1時間でやってしまえる11歳の天才少年に会ってしまってピアニストを諦め、SF作家の平井和正さんは漫画家を目指していたが、石森章太郎(石ノ森章太郎)さんを見て、「こんな天才に敵うはずがない」と思い知って漫画家はやめた・・・というのは、極端な例にしろ、やはり才能の力は大きい。
タイガーマスクを見て「僕もプロレスラーに」と思った男の子は多かっただろうが、それで本当にプロレスラーになれた桜庭和志さんの裏には、プロレスラーになりたかったという夢すら忘れたし、忘れるべきだった数千、数万の男の子がいるわけである。

だが、スポーツ選手になりたいとか、アイドルになりたいという夢は、実は妥協案だった可能性もあるのだ。
そんなものになりたいと言っていれば、大人に受け入れられたので、そう言っていただけで、もっと強い夢があったが、それは大人に話しても理解されないばかりか、怒られたり、馬鹿にされたり、嫌な目で見られたりしたら、その夢を自分で否定してしまう可能性が高い。
つまり、「子供っぽい夢」の向こうに、ひょっとしたら、本当の夢があったかもしれない。
それは、「優しいお母さん」とか、「バスの運転手」なのかもしれないが、そんな「ぱっとしない夢」も、大人のうけが悪いかもしれない。

アメリカの作家マイク・ハーナッキーは、証券マンになり、教師になり、弁護士になったりし、どれも必死で努力したが、病気になったのをきっかけに、自分の本当の夢は作家になることに気付いたが、それは自分には無理だと思い込んで封印していたのだった。
しかし、決死の覚悟で、辞表を上司に提出して、断固作家になると決めたら、作家になれてしまった。
これはどういうことだろう?
ハーナッキーは、自分が発見した成功法則のためだと言い、それを本に書いて好評も得たが、やはり、単に才能があったのかもしれない。
それは分からない。
だけど、トロントのアライグマが、人間がどれほど防御してもゴミ箱の中身を持ち去るように、欲しいものを遮二無二(しゃにむに)求める力は凄いものである。
好きな女の子(あるいは男の子)に、全然相手にされないのに、挫けずに猛烈なアタックを繰り返すうちに、ついにはうまくいき、結婚してしまうという話は案外に多いのである。
つまり、「出来る出来ぬではない。断固としてやる」で勝利する場合は少なくない。
『灼眼のシャナ』で、シャナが言った、「出来る出来ないじゃないの!やるの!」と言う言葉は、はっと目を覚ましてくれる。
「断固としてやる」
そう思っている者は、やはり違う。
『灼眼のシャナIII』のオープニング曲『Light My Fire』は、「断固としてやる」強い想いを感じさせてくれるが、この曲、ryoさん(supercell)が作ったのだね。
6年ほど前、このアニメを見ていた時は、実はまだ、ryoさんや、他のボカロ曲の制作者の名を知らなかったのだが、ミクさんとのつながりを感じ、楽しく思う。







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子供とアライグマには敵わない

少なくとも日本ではすっかり忘れられているが、アメリカの作家マイク・ハーナッキーは、究極の成功の秘訣は、「目標を達成するために必要なことは全てやると決意すること」だと言った。
実際に何かしなければならない訳ではない。
必要なのは決意だけだ。
だが、そう書いた彼の本(翻訳では『成功の扉』)が出版されると、「奇跡は起こらんぞ」という問い合わせが沢山あったらしい。
ハーナッキーは、「そりゃ、何もしなくていいとは書いたが、必要な電話1本もするなとは書かなかったぞ」と思ったことだろう。
つまり、願いが叶わなかった人に質問したら、まるで、「何もしたらいけない」といったような態度の人が多かったらしい。
そこで、ハーナッキーは、翻訳のタイトルだが、『成功の翼』を出版し、今度こそ成功疑いなしとなるよう、究極の秘訣の仕組みを熱心に説いた。
その本で彼は、赤ん坊は何度ころんでも、最期は立って歩くことが出来るが、これこそが我々に内蔵された成功システムなのだと書いたのである。
その通りだ。全く素晴らしいのだが、多分、理解出来た人はほとんどいなかっただろう。
実は私もだ。
だが、最近、『残酷すぎる成功法則』という本で、別の例を挙げて、この我々に内蔵された成功システムのことを説明しているのを見て、私は理解出来た。
マイクロソフトの誰かが考案した、こんなゲームがある。
次の材料を使って、タワーを作り、その高さを競うというものだ。
・スパゲティ20本
・マスキングテープ1m
・紐90cm
・マシュマロ1個
頂点はマシュマロであり、ゆえに「マシュマロ・チャレンジ」と呼ぶ。
これを、エンジニア、CEO、MBAの学生など700人以上にやってもらった。
結果、一番成績が良かったのは幼稚園に通う6歳児で、逆に成績が一番悪かったのはMBAの学生だった。
なぜだろう?
簡単だ。
6歳児達は、ロクに考えずに、ばんばん手を動かして失敗しまくったからだ。
もっと端的な例がある。
トロントのアライグマだ。
このアライグマは、ゴミ箱漁りの名人で、人々が、どれほど工夫をしても、必ずゴミ箱の中身を取り出してしまう。
人間は常に敗北し、アライグマは常に勝利する。
いったい、どこが万物の霊長だ。
アライグマは6歳児以上に、何でもやり、沢山失敗し、それで学び、最期に成功するのだ。

立派な大人で、馬鹿ではない、むしろ、頭は良いのに駄目なやつが沢山いる。
これは、頭が良いから駄目なのだろう。
そんなやつらの特徴は、とにかく行動が遅い。
考えて納得してからでないとやらない。
まあ、そうでないといけないこともあるのだろうが、彼らは全てにおいてそうで、とにかく、勢いを感じない。
「なんで、いつまでもやらないの」
と、見ていて呆れてしまう。
まるで駄目男君が、ブログを始めると言ったので、数日して「もう始めた?」と聞いたら、「ブログの開設の仕方を調べています」と言い、結局、彼は断念した。
一方、LINEやTwitterがなかった頃、女子小学生のブログ開設率は90%以上だったが、彼女達は、ブログの開設の仕方などロクに調べず、とにかくやったのだろう。
大人がITで子供に勝てないのは、そんなところにもあるのだろう。

我が崇拝する坂井悠二(『灼眼のシャナ』の主人公の1人)が言った、
「出来る、出来ぬではない。断固としてやる」
が究極の成功法則であるが、それを聴いていなかったはずのシャナが悠二に言う。
「出来る、出来ないじゃないの!やるの!」
シャナは悠二の迷いを解き、悠二に大切なことを思い出させたのだ。
※『灼眼のシャナIII(ファイナル)』より









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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・ソフトウェア開発技術者
・サイコパス
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