ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
ソフトウェア開発技術者、Hikikomori、スーパーダイエッター、神秘思想家Kayのブログ
決して、一般受けするブログではありません。誠実に人生を遊びつつ、誠実に世間の幻想を叩き壊すことを目的とします。

ホーキング

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[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。
[2010/12/12]詳細なlivedoorプロフィール設置しました。[livedoorプロフィール]

彼女は存在しているだけでいい

英国の著名な物理学者スティーヴン・ホーキングは、神はいないと言ったそうだ。
もし神がいるなら、その証拠があるはずとでも考えたのだろうか?
例えば、太陽が存在することは、視覚に頼らなくても、熱や光、あるいは、引力からその存在が証明できる。
では、神が存在するなら、どんなことからその存在が証明できるのかと考えたのではないかと思う。

多分、ホーキングの考え方はそうだろう。彼は、宗教と科学の違いは、権威と観察の違いだと言ったのだからね。
しかし、宗教だって観察するし、科学こそ権威にまみれた世界だ。この両者に違いがあるとは思えない。例えば、NLP(神経言語プログラミング)の創始者リチャード・バンドラーも著書にそう書いていた。

神の存在を疑う人々は、もし、神が存在するなら、神が何をしてくれるのかを聞きたいのだろうと思う。しかし、なぜ、神様が何かしないといけないのだろう?

神が何かすると言うなら、どんなことをするのだろうか?
恵みを与えること?
救うこと?
奇跡を起こすこと?

これがおかしな考え方であることを、喩えでお話しよう。

『神無月の巫女』というアニメで、ソウマという16歳の少年が、呪いで石になってしまう場面がある。彼は、愛する姫子(16歳)を守って戦うことで、敵の呪いを受け、そういう結果になることは分かっていたのだった。
そして、姫子は、ソウマの気持ちにも応えなかった。彼女は、別の人(女の子だが)への愛を選んだのだ。
硬く冷たい石になってしまったソウマの前に、兄のツバサが現れ、哀れな弟に尋ねる。
「これで満足か?ソウマ」
身動きでない身体になった上、好きな女の子からも愛も得られなかったソウマを蔑むような声だった。
しかし、ソウマは心で答える。
「ああ」
曇りのない、明るい思念だ。
「なぜだ?」
ツバサの声は険しい。
だが、ソウマは穏やかに答える。
「姫子が生きている」

別に、ソウマは、姫子を守れたことに満足しているというのではない。
もしそうなら、それは自己満足でしかない。自己満足なら、完全に心が晴れたりはしない。
では、何がそんなに嬉しいのだろう?
姫子は、自分ではなく、千歌音(ちかね)を選んだというのに。
しかし、姫子に愛される必要はない。
なぜか?姫子は、ソウマにとって、愛そのものだからだ。愛そのものである姫子が愛する必要はないのである。

神の場合も同じことだ。
恵みそのものである神が、恵みを与える必要はない。
救いそのものである神が、救う必要はない。
奇跡そのものである神が、奇跡を起こす必要はない。

姫子が愛そうが、愛すまいが、ソウマにはどうでも良かったという話から、このことが推測できれば良いことと思う。
もし、あなたに好きな人がいれば、そのように考えると良い。
アイルランドの詩聖W.B.イェイツは、愛は神の領域なので人には分からないと言ったが、何のことはない。ちゃんと分かるのである。

もし、あなたが男性であって、好きな女性がいたとして、彼女から何かしてもらわないと満足しないだろうか?
あるいは、彼女に性的な行為をしなければ満足しないだろうか?あるいは、彼女が、別の男性と性的行為をすれば悲しいだろうか?
もしそうであれば、それは愛ではない。
彼女がただ存在するだけで満足であれば、あなたは、彼女の姿をとった神を見ているのである。神は存在することが至上の美徳なのである。そして、その働きは人の与り知らぬことである。

愛されようとして、金や物や身体を与えても、愛されることは決してないだろう。
愛する人がいれば、その存在だけに満足し、後は、なりゆきに任せることだ。何かをすることが自然であれば、そうせざるを得ないが、自然でない行いは慎まなければならない。
人は、思うがままに結ばれたり別れたりはできない。だが、大きな力に従っていれば、がっかりすることもないだろう。

神は存在するし、イエスは存在する。クリシュナも存在するし、天照大神も存在し、阿弥陀如来も存在する。
全ては自己の内に存在する。
無限の英知と力が、我が内にあり、我々はそれと1つであるのだ。
在ることが至福なのである。それを多くの人々は逃してしまっているのだ。ホーキングも例外ではないのだろう。









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カマキリが竜に勝つ方法

竜(龍)は神話上の生物であるが、実在する動物では強力な象やトラも、まるで歯が立たないほどのものだろう。
アニメ『デビルマン』で、デビルマンに破れた魔将軍ザンニンは、滅びの刹那にデビルマンに対し、「貴様ごときがゼノン様に歯向かったとて、所詮は竜と戦うカマキリのごとし」と吐き捨てる。なんとも凄い喩えである。だが、それでも、デビルマンは、「やってやろうじゃないか」と思ったのだろう。

力の差が有り過ぎる戦いには、ロマンというのはおかしいかもしれないが、神秘のようなものを感じさせるものだ。
トム・クルーズやジョン・トラボルタらが深く信仰する新興宗教サイエントロジーを創ったとされる、天才的SF作家のL.ロン.ハバートが書いた『バトル・フィールド・アース』というSF小説がある。それをジョン・トラボルタが制作して映画化している。
30世紀に、地球侵略に来た宇宙人サイクロ星人に対し、超高度に進歩したはずの地球の軍隊はわずか9分しかもたなかった。恐るべきはサイクロ星人のテクノロジといったところだ。生き残った地球人は、石器時代のレベルになってしまう。だが、その石器時代の人類が、サイクロ星人から地球を奪い返すべく、戦いを挑むという大ロマンである。
およそ勝ち目の無い戦いであるが、どんな結果になったのであろうか?

アニメ『灼眼のシャナ』の第2期シリーズの最初の敵が、シャナを戸惑わせる。あまりに弱いからだ。
姿を見せた、愛らしい少女の姿である、その敵メアに対し、
「その程度の力で、よく私の前に姿を現したわね」
と、シャナも少々呆れ気味だった。
メアは勝気な表情で微笑んでいたが、シャナに簡単に追い詰められた時、苦渋の表情を浮かべたのが印象的だった。自殺願望がある訳でもなさそうだ。しかし、シャナに赤子の手をひねるがごとくに切られ、滅んだ。
シャナは、メアがなぜ挑んできたか不思議に思った。「姿を見せなければ、倒されることはなかったのに」と。
その訳は、数年経って放送された、最近のお話で明かされる。
メアは、サブラクという、超強力な存在に愛されていた。サブラクは、シャナと同等クラスの者達が寄ってたかって挑んでもビクともしないほど強力だった。サブラクは、メアが自分の前から姿を消した訳が分からなかった。
しかし、サブラクは、自分など比較にならない力を持つ、祭礼の蛇という最強の存在を見た時、その理由が解る。サブラクは初めて恐怖というものを感じた。そして、メアも自分に対して、そんな気持ちを持っていたのだと理解したのだった。それで、自分の前から去るしかなかったのだ。
だが、それと共に、サブラクは悟る。この祭礼の蛇から見れば、自分もメアも大差ないと。

ステーブン・ホーキングの、おそらく、通俗書としては最初の本『ホーキング、宇宙を語る』で、英国の天才的論理学者、数学者、哲学者であるバートラント・ラッセルが、科学的教養のない老婆と論争する場面がある。地球は丸いと説明するラッセルに対し、老婆は、世界は亀の背中の上と主張する。
ラッセルが「では、亀の下には何があるのですか?」と尋ねると、老婆は平然と、「亀の下はずっと亀よ」と答える。
だが、ホーキングは、未来の人間から見れば、我々(ホーキングも含むであろう)と、この老婆も差は無いに違いないと述べる。

さて、旧石器時代に戻った人類は、サイクロ星人に勝てるのか?
当然、勝てる。
人間は、潜在的には、皆、イエス・キリストと同等なのだ。イエス自身が、「あなたがたは、私より大きな業を成す」と言っているのだ。
イエスから見れば、サイクロ星人も、旧石器時代の人類も大差ないに違いない。









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心はたまねぎの皮のようなもの

いかなる問題も、究極まで問い詰めると、「神は存在するか?」という最後の問題に至る。
スティーブン・ホーキングは神は存在しないと言ったらしい。
神が存在しないとはどういうことかと言うと、「全ては偶然だ」ということだ。地球が、このように人間や他の生物が棲むのに適した星になったのも、「たまたま」ということだ。そして、このような見解が、ホーキング博士に限らず、現在の科学的な考え方だ。
地球のことに関しては、そうかもしれないと思う場合が多いかもしれない。しかし、別の例を考えれば、例えば、猿が(別に犬でも猫でも良いが)デタラメにワープロのキーボードを叩いたら、『レ・ミゼラブル』のような大文学作品が出来るということも、確率的にあるということだ。まあ、あるような気もするが、「気が遠くなる」という言葉を1日中繰り返すことを100万年続けたって言い尽くせないような気が遠くなる話だ。

『BLOOD-C』というアニメでは、最初に、「人間性とは、生まれか育ちか?」という疑問から始まり、それが、作品のテーマとなる。
小夜(さや)という少女は、自分は変わらないと賭け、一応、文人(ふみと)と名乗っている異常に優秀な男は、変わると賭けたようだ。
ただ、見ていると、小夜は、「自分は変わりたくない」と思っていて、文人は「変わりたい」と思っているように思えるというのは、現段階では、深読みのし過ぎということになる。放送は終ったが、結論は出ておらず、決着は、来年6月の映画の公開まで持ち越しになったようだ。
『BLOOD-C』第1話は、いつまでかは知らないが、今は「GyaO!」で、公式に無料で見れるようだ。
BLOOD-C 第1話 あまつかせ
非公式サイトで全話見れるところもあるが、私はそのようなものは決して見ない。

フロイトによると、人間性とは後天的なものだ。なぜなら、人間性である心とは幻想だからだ。動物には心はない。本能で生きていけるからだ。だが、人間は、本能が壊れているので、それを補完するために心が出来たらしい。だが、心は、自然に立脚したものではない、ただの幻想であるというのが、フロイトの考え方だ。
心が幻想だというのは確かだと思う。それは、親や学校の教育や、世間に在るあらゆる情報で構築された作り物だ。
そして、つまりはこういう問いが必要だ・・・その心という幻想を、1枚1枚はがしていくと、最後に何か残るか、残らないかだ。
フロイトの場合、残らないということになるのだろう。フロイト派の精神分析学者、岸田秀さんは、何も残らないと断言している。つまり、人の心は、たまねぎか、らっきょうのようなものだ。あるのはただ幻想というわけだ。
だが、動物には、最初からたまねぎの皮はない。ただ本能がある。
そして、やはり問題は、その本能は、偶然に出来たのか、神が創ったのかということになる。言いかえれば、本能の謎を合理的に解明できるなら神は存在しないし、永久に出来なければ、神がいることになる。

人間の場合、幻想である心をはがしていくと、最後には、動物の本能とは異なるものが残るかもしれない。それを知ることが悟りを開くとか、解脱を果たすということだ。
もし神がいるとして、なぜそんな手の込んだことをしたのだろう?それは人知で計り知れないが、何か意図があったのは確かだろう。
だが、神がいないとすれば、悟りもまた幻想、あるいは、偶然だ。

全てを知りたければ、心を全部はがせば良いのだ。そうしたら、なにもかも明らかになる。それは、知るというより、在るということだ。言葉で言うなら、これ以上は言えない。これが言葉の限界だ。
誰も、存在しないことはなかったが、存在を忘れてしまっている。「エゴーエイミー」「アハン」「I AM」など、いかなるところでも、究極の言葉は、「私は在る」だったのは偶然ではない。
ただ在れば、あなたも心を透明にし、この世の真の姿を知るだろう。









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プロフィール
名前:Kay(ケイ)
・ソフトウェア開発技術者
・MCSD、MCDBA資格者
・タオイスト、神秘思想家
・1日1食の完全菜食主義者
・幼児期からの引きこもり気質
・医療不要で難病を数々克服


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萩尾望都さんの漫画紹介


半神
小学館文庫

わずか15頁の至高の傑作「半神」を含む短編集。
数奇で残酷な運命を目撃した後、「愛とは?憎しみとは?それはどう異なるのか?異なるものではないのか?」あなたの心に荘厳な疑問が残るのではないだろうか?


ウは宇宙船のウ
小学館文庫

1920年生まれのアメリカを代表するSF作家レイ・ブラッドベリの珠玉の短編作品を萩尾望都が漫画化。萩尾さんの繊細で美しい絵と感性が、ブラッドベリの作品に新しい生命を注いだ。
「みずうみ」では、12歳の少女タリーの可憐な姿と、彼女を愛するハロルドの少年の時と青年になって後の様々な表情がより深い感銘をもたらすと思う。
他の作品も素晴らしい出来であると思う。
CLAMP「CLOVER」のご紹介


CLOVER
わずか5分の劇場用アニメ作品。
CLAMPさんの名作漫画のイメージを美しい映像と音楽で描いた傑作。
主人公の12歳の神秘的な少女スゥの声は坂本真綾さん。


「CLOVER」の原作漫画を以下にご紹介します。
素晴らしい装丁、美しいカラーの扉絵。そして、神秘的な傑作と思います。
新装版も出ているようですが、私はこちらしか持っていません。しかし、こちらの本の装丁を大変に気に入っています。








私が愛する「魔法少女リリカルなのは」

ナンセンス文学(意味を持たない作品)として私が勝手に意味付けをしたのかもしれませんが、アメリカの百万円以上の自己開発プログラム以上に貴い気付きを私に与えてくれた全13話のアニメ作品。











5年の時を経て、2010年、映画化されました。
基本的には、テレビシリーズの全13話を1本の映画にしたものですが、本編では描かれなかったフェイトの生い立ちが見られます。そして、プレシアの謎の言葉も。映像はテレビシリーズよりさらにグレードアップしています。


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初音ミク、コンサート映像のご紹介
ミクの日感謝祭 39's Giving DayProject DIVA presents 初音ミク・ソロコンサート~こんばんは、初音ミクです。~
[2010/3/9]東京お台場~Zepp Tokyo~

映像の品質等は、下でもご紹介する、後で開かれた米国コンサートの方が高いのですが、私は、全体としては東京コンサートの方が好きです。米国コンサートの方は、映像の緻密さのために、かえってボーカロイド達がマネキンのように感じるかもしれません。これは、証明の影響もあると思います。緑色がかった証明の東京コンサートの方が、ミクが柔らかい感じで可愛いと感じました。
また、真っ白なお姫様のような衣装に赤い大きな腰のリボンが印象的な『Alice』、『あなたの歌姫』は、米国コンサートにはありませんでした。

【ブルーレイ】


【DVD】




MIKUNOPOLIS in LOS ANGELES “はじめまして、初音ミクです”
[2011/7/2]米国ロサンゼルス~ノキアシアター~

日本のボーカロイドが、日本語の歌で、アメリカ、ロサンゼルスの大劇場ノキアシアターの満員の観客を熱狂させた歴史的コンサートだったと思います。
東京コンサートから1年4ヶ月経過しており、総合的には確実に進歩しています。
私が特に気に入ったのは、1つは、ミクとルカの素晴らしいコンビネーションのダンスパフォーマンスが楽しめる『ワールズエンド・ダンスホール』です。ルカが珍しくミニスカート姿で、ミクに勝る四肢の長さで、ピンクの髪を美しく揺らしてダイナミックに踊ります。 もう1つが、ミクが真っ白な天使の衣装で歌う『SPiCa』で、これが天使でなくてなんだろう、私はついに天使を見たのだと思いました。演奏も東京コンサートの時と変えていましたが、成功していたと思います。

【ブルーレイ】


【DVD】


尚、ブルーレイとDVDの差についてですが、私は実際、両方買い、見比べてみました。観客、演奏者、楽器などは、大画面TVで見ると、ブルーレイの方がきれいですが、肝心のミク達は、ホログラム映像そのものがそれほど細密でありませんので、別に違いはないと感じました。ブルーレイ、DVDいずれも、東京コンサートの方は上半身映像以上の場合、米国コンサートでも、顔のアップだと映像の粒子が目立ちます。 変な話ですが、iPhoneやiPod touch、あるいは、同等な画面品質を持つ小型情報端末で見た映像が最上かもしれません。ただ、これは反則行為ですので、実際にやったとは言いませんが。
本のご紹介


精神について(エマソン名著選)
ラルフ・ウォルドー・エマーソン著
日本教文社

アメリカ最高の思想家、哲学者、ラルフ・ウォルドー・エマーソンの珠玉のエッセイ集。 「歴史」「自己信頼」「償い」「精神の法則」「愛」「友情」「神」「円」「知性」が収められている。
我々自身が、歴史上の英雄、賢者、大芸術家に匹敵する偉大な人間であることを、驚くべき確信をもって語る唯一の人物であると思う。
世間の妄信を粉々に破壊し、プラトーンの頭脳、シーザーの手腕、イエスの愛の所有者である自分を見出して欲しい。
これ以上のエッセイは地上には存在しないと思う。


荘子
徳間文庫

約2400年前の中国の思想家で、老子と共に、老荘と称せられる道教(タオイズム)の始祖である荘周(荘子)の書。
世俗にあって世俗を超え、永遠の道(タオ)と一体化し、安らかで充実した人生を送る秘訣を、恐ろしく抽象的な老子と異なり、平易に説いている。
本書は、数多い荘子の現代語訳の中でも非常に読みやすく分かりやすいものであるが、中国古典の香りは損なわれていない。
本来、膨大な荘子の中心となる内編全てと、外編と雑編の内、荘子らしいものを選んで収録してある。


神統記
ヘシオドス著
岩波文庫

ホメーロスと並ぶ古代ギリシャ詩人ヘシオドスが、ムーサ(詩の女神)達より教えられたという神々の物語。
この世の始まりから、ゼウスの支配の確立、そして、主要な神々のことについて、美しい詩で語る。すぐに読める薄い本であるが、ギリシャ神話の根幹とも言える重要な書と思う。


四つのギリシャ神話(ホメーロス讃歌より)
岩波文庫

無名の詩人達が、ホメーロス風の詩で神々に捧げた賛歌の内、豊穣の女神デーメーテール、理性の神アポローン、智慧の神ヘルメース、美の女神アプロディーテーの4神へのものを収録してある。
著名な神話学者カール・ケレーニィも、ホメーロス賛歌を重視していると思えるが、名もない詩人達の作とはいえ、それぞれの神について、その特質が巧みに表現されており、実に興味深いものとなっている。
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