ITスペシャリストが語る芸術

-The Kay Notes-
コンピューターシステム開発技術者、サイコパスのKayのブログ

プログラミング教育

当ブログは、第一期ライブドア奨学生ブログです。
◇お知らせ
[2017/03/01]「通りすがり」「名無し」「読者」「A」等のハンドル名のコメントは原則削除します。
[2016/11/21]滅多にはありませんが、あまりにレベルが低いコメントは公開しません。
[2011/06/08]迷惑コメントが多くあったため、やむなく、コメントを承認後公開することとしました。

必要も適性もない人は英語もプログラミングも絶対にやってはならない

英語もプログラミングも、ほとんどの人は勉強する必要はない。
※中学程度の簡単な英語まで否定しない。

英語の学習意義について、英語の原書を読むメリットを挙げ、少し勉強すれば、英語の原書が読めると言う人がいる。
「マジですか?」と言いたい。
少しくらい英語の勉強をしたところで、よほど簡単な本(幼児向き)でない限り、恐ろしい遅さでしか読めない上、ハチャメチャ、デタラメな理解になるはずだ。
考えてもみたまえ。
日本語の本だって、ちょっとした読み間違いで、書いてあることと全然違う理解をすることなんてザラだし、一冊の本を、半分でも正しく理解できるのは、自分にとってかなり易しい本だけだ。
翻訳書だと、日本人には馴染みのない事柄については、注釈を書いてくれている場合も多いが、原書には、日本人への配慮なんて、当然、全くない。
かなり簡単な本でも、生半可な英語力では、10%も理解できないはずだ。
たとえ翻訳者に多少の偏見があるとしても、優れた翻訳者が翻訳したものを読む方が良いのは、言うまでもないだろう。それに、翻訳者の偏見なら見れば分かり、その部分を排除しながら読める場合が多いと思う。

元巨人の投手だった桑田真澄氏は、かなり英語を勉強していて、大リーグ挑戦の際、自分でアメリカの球団と交渉したらしい。
しかし、それが出来たのは、彼が有名人であり、沢山の様々な人脈もあったからであり、彼と同じくらい英語が出来る普通の人が、海外との交渉なんかやったら、どんな被害を受けるか分かったものではない。
契約(お金)が絡むことで、生半可な英語を使うなんて恐ろしいことだ。
また、国が違えば、考え方が極端に違うことも多く、それが、とんでもないトラブルを起こすこともある。
まあ、空港や税関の手続き、買い物、ホテルの利用に役立つ、パターン通りに受け答えをすれば良い程度の英語なら、海外旅行で少しは役に立つだろうが、海外に居ることが多い訳でもない普通の人が英語をやるのは、ほとんどの場合、時間の無駄だと思う。

次にプログラミングだ。
MITメディア・ラボの有名な教育学者でコンピューター科学者のミッチェル・レズニック教授が、日本にも来て、「全ての人がプログラミングを学ぶべき」と言ってたりして、実を言えば、私も洗脳されてしまっていた。
また、アメリカのcode.orgという非営利団体が、超有名人・・・ビル・ゲイツ、マーク・ザッカーバーグ、ビル・クリントン、ホーキング博士、その他大勢を集め、「プログラミングを物理や化学と同等の学科にしなければならない」という、彼らの主張に賛同しているように宣伝し、オバマ大統領もcode.orgを全面的に支援していると言う。
その活動の規模は凄く、トップクラスのIT企業や、ディズニーなどの超有名企業も賛同・・・と、ここまでくれば、洗脳されない方がおかしい(笑)。

だが、今は、それ(全ての人がプログラミングを学ぶべき)は絶対に嘘だと思う。
私はプロのプログラマーだが、プログラミングを専門家以外の人が学んで、役に立つことは全くない。
そして、人間は、自分の生活や仕事で役に立たないことを、本気で覚えたりしないものだ。
「プログラミングは能力開発の役に立つ」という主張も多いし、それ自体は事実だと思う。
しかし、車の運転を決してしない人に車の運転の訓練をさせることだって能力開発になるが、どうせなら、もっと自分の役に立つことで能力開発をやれば良い。
プログラミングなんかより、個々の人に相応しく、実用的な能力開発方法なんていくらでもある。

そして、プログラミングには、明らかに適正がある。
向いてない人は、本当にロクでもないプログラミングしか出来るようにならない。
そんな人が、まかり間違って会社でプログラミングなんかしたら、どれほどの迷惑、損害があるか、分かったものではない。
それは私も経験済みだ(だから洗脳から覚めた)。
別に頭が悪い訳でもない人に、プログラミングの勉強をやらせたら、私が初心者の頃と比べても、あまりのセンスのなさに唖然としたが、冷静に考えれば、そんな人は多いはずだ。
また、プログラミングのセンスが全くない者が、まあ、よく勉強したのだろうが、社内でExcelやAccessのVBAで何か作り、それを、得意になって他の人に使わせた結果、悲惨な結果になったという実例もある。おそらく、そんなことは、日本中、世界中に、いくらでもあるはずだ。
適性のない人は、訓練してプログラミングが出来るようになったところで、まともなプログラムは書けないというのが現実である。
イギリスでは、プログラミングが小学校から中学までの正式科目になったらしいが、それ自体は悪くはないかもしれない。
適性のある人にとっては、良い機会になるからだ。
ただ、少なくとも、算数や物理の落ちこぼれと同等以上の落ちこぼれが出るのは確実だというだけのことである。
プログラミングに限らないが、向いてないことまで、教員の雇用のために、初歩や基礎を超えたことまで無理にやらせるべきでない・・・そんな、当たり前のことを、いい加減実現させようではないか?









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プログラミングや英語が本当に必要か、自分で考えて欲しい

誰もがプログラミングを学ぶべきだと言われているらしい。
ビル・ゲイツや、マーク・ザッカーバーグといった、栄光に輝くIT世界の大物達や、自分は最先端を行っていると自称したり、宣伝されている人達が、「これからの世界ではプログラミング能力が必要」と、ご神託を垂れたり、合唱することが増えてきたような気もする。
そして、アメリカの大統領が、「全てのアメリカ人にプログラミングを学んで欲しい」と演説で言ったという。
ただ、オバマが言ったのは、「コンピューターサイエンスを勉強しろ」であって、別にプログラミングとは言ってなかったと思うが・・・

ところが、私はいまだ、上記の大物達も含め、誰かが、プログラミングを学ぶことがなぜ良いのかに関する、まっとうな根拠を述べたのを、見たことも聞いたこともないのだ。
超一流プログラマーで、計算機科学者(ハーバード大・博士)で、大物事業家でもあるポール・グレアムは、「いまや世界のあらゆるところにソフトウェアがあるのだから、ソフトウェアを作るプログラミングが理解できないと、世界が理解できない」とか、まことしやかなことを言ったらしいし、その口真似をする者も多いと思う。
しかし、世界のあらゆるところに自動車やテレビやコンクリートがあるが、それらについて知らないと、何か困るだろうか?
それこそ、ソフトウェエア以上に、ウイルスや細菌がいるが・・・
私も、それらについて、あまり詳しい方ではない。

私がExcelとVBA言語の習得をよく薦めているのは、特技として通用するからだし、手っ取り早く身につく特技で、他に適当なものを知らないからだ。
私は、正直、JavaやPHPやC系言語(C++、Objective-C、C#)を勉強しろと言う気はあまりない。
また、昨今、子供向けプログラミング教室で大儲けを狙う連中が、スマホアプリを作ることがいかに素晴らしいことかの、きらきらした宣伝をしているが、うかつに信じちゃならんと思うのだ。
実際、そういった宣伝にも、まっとうな根拠は認められない。
(個人的には、騙す時の顔をしていると感じる、そんな宣伝をするヤング社長をよく見るような気がしている)
もちろん、縁があって好きになり、本当に興味があれば是非やれば良いが、スマホのアプリが作れたって、賢くもならないし、夢が出来る訳でもないのだよ。

プログラミングって、派手な宣伝で、その気にさせてやるもんじゃあ、絶対にない。
プログラミングとは地味なもので、華なんて全くないものだ。
竹とんぼや紙飛行機なら、まだ、思いもかけない飛び方をして面白いが、プログラミングには、普通の意味で「面白い」って思うことは、まあ、ない。
MITのレズニック教授や、天才プログラマーに認定されているとかおかしなことを言う人が、スクラッチやムーンブロック、あるいは、それに類似の、「子供でも簡単にできるビジュアルプログラミング言語」を、いかにも教育的、あるいは、知的に素晴らしいものだと盛んに勧め、そんなことを書いた立派そうな本も出る中で、自分ではそれらが、さっぱり分からないくせに、何か素晴らしいものだと勘違いしている人も多いと思う。
あれって、ただの商売だよ。
昔は、アラン・ケイのSqueak(スクイーク)のe-Toy(イートーイ)だった。
私は、Squeakも、スクラッチもムーンブロックも全部やってみたが、これで論理思考が身につくとも、社会に貢献する能力がつくとも、全く思えなかった。
個人的には、全てとは言わないが、全部嘘で、単に儲けたい連中の営業活動であると思う。
(いや、儲けたいだけなら、まだ良いのだが)
賢くなりたいなら、まだ、チェスや将棋をお薦めするし、知的な趣味なら、トランプの一人遊びが良いかもしれない。

丁度、英語の勉強が必要だと煽り立てる者達と同じだ。
英語とグローバル化なんて、千パーセント、何の関係もない。
英語を使う人類なんて、全体の1割以下だ。
もちろん、アメリカで働きたいとか、住みたいとか言うなら英語は必要だが、フランスで仕事をするならフランス語で、中国なら中国語だ。
宋文州さんの本を読んで改めてそう思ったが、当たり前のことだ。
私だって、商社に勤めていた(私自身は商社の仕事がメインだったわけではないが、自ずと基礎は身についた)。
確かに、中国の大都市のエリート達は皆英語ができるし(私は英語が下手だと馬鹿にされたものだ)、企業間取り引きの場では英語が使われることも多いが、仕事そのものでは中国語でないと駄目だと思う。
楽天の極端な英語崇拝は、宋さんが述べられている通り、単なる英語コンプレックスだというのが正解だろう。
実際、何の意味もない。
宋さんは、アマゾン・ジャパンのチャン社長と親しいらしいが、チャンさんに「アマゾン・ジャパンで英語使う?」と尋ねたら、「いえ全然。ここ日本だし」と言われたらしい。
また、アマゾン・ジャパンでも、社員採用の際、特に英語を重視することもないらしい。
楽天は世界27ヶ国に進出を計画しているらしいが、宋さんは、「お隣の中国でも上手く行かなかったのに・・・」と心配しておられたようだ。
まあ、確かに中国相手の商売は、泥臭いコツがいると思う。

私は、個人的には、プログラミングも英語も好きなのだ。
プログラミングのおかげで、ずっと良い思いをしてきたし、英語の、あのはっきりとした、そして、巧妙でスマートな表現の仕方は素敵だと本当に思う。
アメリカで販売されている、日本のアニメに英語の字幕が付いたBlu-rayやDVDを見れば、そのあたりは、よく分かるのではないかと思う。
値段も、日本のものと比べ、ずっと安価だ。
ただ、Blu-rayは、アメリカのものは大抵、日本のプレーヤーで見れるが、DVDは基本的に見れないので注意して欲しい(DVDはパソコンでは割と簡単に見れるが制約もある)。
私のお薦めは『神様のメモ帳(英語タイトル:Heaven's Memo Pad)』だ。
プログラミングは、やはり、職業プログラマーを目指す訳でもなければ、ExcelかAccessでVBAをやることをお薦めする。
また、職業でも可能だ(私がやっている)。
ただ、マイクロソフトは、開発ツールとしてのAccessにはやる気がないような気がするので(私の勘違いかもしれないが)、FileMakerを使うのも手かと思う。
FileMakerは、プログラミング言語は使えないのだが、概念としては同じことができるし、それで十分と思う。
私は以前、dbMAGIC(今はMagic)という、データベース機能付き開発ツールを使っていて、これもプログラミング言語は使えないのだが、下手にプログラミング言語を使うより、アルゴリズム(問題解決の手順のこと)の作り方が格段に進歩したと思う。

要は、有名な人、偉い人の言うことを、簡単に信じないことだ。
ただし、疑いもしないことだ。
信じないが、疑いもしない。
疑わないが、信じもしない。
これが、国家や大企業が嫌う、賢い人になるコツだと思う。









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天才達の言うことを真に受けるのは悲劇あるいは喜劇である

プロ野球やプロサッカーの一流選手がよく、子供達が野球やサッカーができる環境を作ってやることが大切だということを力説することがある。
だが、彼らは決して、「普通の子供達に、野球やサッカーを楽しませてやりたい」ことを本当の主眼として言ってるのでは絶対にないのだ。
彼らが善意でそんなことを言っている場合、彼らの本心は、誰でも野球やサッカーができる環境を整えることで、自分達のような天才的な才能のあるごく僅かな特殊な子供が野球やサッカーに巡り合わずに終ってしまうという危険を無くしてやりたいということなのだ。
彼ら(超一流の野球選手やサッカー選手達)は、自分達ですら、野球やサッカーをやれずに終っていた可能性があったことを認識しているのだ。中には、本当に偶然の出来事によって、今の自分があることをよく知っている者もいる。日本最高の野球選手だったと言えるかもしれない王貞治さんだって、彼が草野球をしているところを、たまたまプロ野球のコーチが見て、右打ちをしていた王少年に「左で打ってごらん」と言うことがなければ、王さんがプロ選手になることはなかったというのだ。

最近、コンピュータープログラミング教育について、よく目にするようになった。
アメリカに、「全ての学校でプログラミング教育を」だとか「プログラミングを物理学や化学と同等に扱うようにするべき」と主張する非営利団体Cord.org(コード・オーグ)というものがあり、マイクロソフトのビル・ゲイツ会長や、FacebookのザッカーバーグCEOがそれに参加し、彼ら自身が、プログラミング教育の重要性を力説することもある。
しかし、ゲイツやザッカーバーグらもまた、上に述べた超一流の野球選手やサッカー選手と同じなのだ。
あくまで、天才的な子供が、ちゃんとコンピュータプログラミングに取り組めるようになれば、ソフトウェア産業が発展すると言いたいだけなのだ。
彼らの言うことを素直に聞いていると、コンピュータープログラミングの仕事は沢山あり、コンピュータプログラミングを習得したら人生はハッピーだと言っているように聞こえてしまう。しかし、仕事が沢山あるのは、天才プログラマーなのであり、平凡な能力を持った人間がコンピュータプログラミングを習得したところで、仕事を得るのに苦労することが多く、仕事を得られても、きつい労働であると共に低収入であるし、それどころか、仕事が得られないことも少なくはない。
そのあたりは、Ruby言語を開発したまつもとひろゆき氏や、アメリカの天才プログラマで計算機科学者(ハーバードで博士号取得)の企業家ポール・グレアムは、ちゃんと言っているように思う。
何かで見たが、まつもとひろゆき氏は、「プログラミングは才能であり、学校で教育するようなものではない。大切なことは、才能あるプログラマを探すことだ」と言ってるようであるし、グレアムも、所詮、プログラミング能力とは才能だと、遠回しにだが言っているのだと思う。かつては、ビル・ゲイツだって、プログラミングの才能とは、所詮、IQ(知能指数)だとはっきり言っていたのである。

ゲイツやザッカーバーグ、あるいは、まつもとひろゆき氏やポール・グレアムのような天才達から見れば、私のような平凡な開発者はプログラマには絶対に見えない。
天才は彼らの言うことを聞けば良い。
しかし、平凡な人間が彼らの言うことをまともに聞いて信じてしまったら悲劇(あるいは喜劇)である。
私は才能もないのに、アセンブリ言語からC言語、そして、オブジェクト指向言語を使ってプログラミングをしてきたので、そういったことがよく分かるのである。
Javaのような高級言語とアセンブリ言語の違いは、自動車を運転することに喩えれば、ただハンドルを回し、アクセルを踏むことだけを考えるのが高級言語でプログラミングすることで、一方、ハンドルを回すことで、それが駆動系にどう作用して最終的に車輪の向きを変えるかとか、アクセルを踏むことで、気化されたガソリンがエンジンにどう供給されて燃焼し、それがエンジンをどう動かすかを考えるのがアセンブリ言語でのプログラミングだ。
プロレーサーは、表面的には我々と同じように自動車を運転するが、彼らは車のメカニズムをある程度イメージしながら運転するのであり、コンピュータープログラミングで、そんな風に、コンピュータ内部の動きを考慮しながらも、ある程度簡単に処理内容をコンピューターに指示できるのがC言語だ。
だから、プロの開発者はC言語を使うことが多いし、Ruby言語やPerl言語などのプログラニング言語自体はC言語で書かれている。
しかし、私のような平凡な人間がC言語を使ったところで大したことはできず、多くの場合は、もっと単純な言語(例えばBASIC)を使う方が絶対に合理的である。

だから、私は、私のような普通の人がコンピュータープログラミングをして、そこそこに良い生活をしたいなら、天才達の言うことは浮世離れしていることを認識し、また、コンピューター雑誌や、コンピューター業界のWebサイトに書かれてあることを真に受けず、天才や華やかな雑誌やサイトでは無視されることが多いExcelやAccessを使い、それに内蔵されているVBA(VisualBasic for Application)言語でプログラミングできるようになりなさいとよく言うのだ。
では、Webシステム開発でよく使われるPerlやPHPはどうだろう?
言っておくが、PerlやPHPを使うなら、それだけができれば良いということは決してない。実際には、ほとんどPerlやPHPしかできずに仕事をしている人もいるが、彼らは収入は少なく、良い思いもしていない。
今は、サーバーを1からインストールすることまでできる必要はないかもしれないが、LinuxなどのサーバーOSの設定やApacheなどのWebサーバーの設定、ネットワークの設定などをあるレベルまではできないとまともな開発者にはなれないし、PerlやPHPでプログラミングするには、HTMLやCSSが自在に使えなければならず、実際にはJavascript言語でのプログラミングもできなければならない。
LinuxやApacheの設定などは、本番システムで気楽にやれるものではなく、下手をしたら、二度とそれらにアクセスできないような状況に簡単になってしまう。LinuxやApacheは、それらを設定するのはプロであることを前提に作られており、ミスで致命的な操作をしても、それを警告もせずに簡単に受け付けてしまう。まるで、「だってあなた、理由は知らないが、システムを壊したかったんでしょ?」とでも言うようなものである。一般の製品であれば、たとえユーザーの操作ミスであっても、ユーザーに被害があった場合、「それを回避する機能を付けなかったメーカーが悪い」となるが、コンピューターのプロの世界は全くそうではない。
コンピュータープログラミングでは、馬鹿なプログラマーがプログラミングすると、ロボットが原子炉の壁を突き破って出て行ってしまうのだ。

私は、コンピュータープログラミングは学校や他人に教育されるものではなく、致命的なリスクを回避できるだけの賢さのある者が、自主的に取り組んで、自分のレベルにあったものを身につけるものであると思う。
私は、才能のある人については何も言わないし、言う理由もない。
しかし、私のような凡人が、もしかしたらプログラミングで食べていけるのかもしれないと思って取り組むなら、ExcelやAccess、あるいは、FikeMakerに取り組むことをお薦めするのである。
しかし、人間とは、自分が凡人ではなく、天才だと思うことが多いものなのである。だから、愚かにも天才達の言うことを自分に適用しようとするが、そこがまた、商売をする者の狙い目である。
人間は確かに、本質においては誰でも大天才である。しかし、天才とは、自我的には自分が凡人だと本当に認めた者である。アインシュタインだって、自分のことに関しては全くの凡人だと本当に思っていたのである。









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学校にコンピュータープログラミング教育を導入したら日本はもう終り

中学校で、コンピュータープログラミングが授業に取り入れられたらしい。
それでどういうことになるだろうか?
美術や音楽を学校で教えることにより、生涯、絵が描けず、歌を歌えず、楽器を演奏できず、これらのことを自分で行うことに、救いようの無い抵抗や拒否感を持つ人だらけになった。
他のことで極めて優秀な人が、「僕は絵を描くのは全然駄目なんですよ」とか、「私は全く音痴で、歌うことなんてとてもできません」という、異常なことを平気で言うのである。
絵を描く楽しさ、楽器を演奏する楽しさという貴重で大切なことを、学校で根こそぎ奪われてしまったのだ。
音楽や美術の授業のやり方は、ほとんど全て教師に任せられている。それで、独善、偏見、脅迫がまかり通り、子供達が音楽や美術を楽しみ、生命の糧とする能力を、戦争中のアメリカの空襲さながらに、完膚なきまでに叩き壊されたのだ。自我があまりに強い教師によってだ。
哀れ子供達。
そして、コンピュータープログラミングだって、中学校で教えることになって、全く同じことになることは間違いないだろう。

こんな話を目にしたことがある。
「子供達にオブジェクト指向の考え方を教えるべき」
こんなことをぬかすヤツに言ってやろう。
「貴様、オブジェクト指向を5分で誰にでも分かるように説明してみろ」
私が目の前で説明が終るまで、30分でも1時間でも聞いてやる。そして、大きな声で言ってやろう。
「さっぱり分からん」
とね。
そんなものを子供達に教えたら、子供達の頭を混乱させ、子供達に、プログラミングに対する救いようのない拒絶を与えるのである。
私は、純粋なオブジェクト指向言語であるSmalltalkを何年も使ってみたが、オブジェクト指向が全く分からなかった。
私の頭が悪いことは確かだが、それでも微積分なら誰にも教わらなくても分かったのだ。
ところで、私がこれまで聞いた中で、最も好きなオブジェクト指向の概念は、「単なるメモリ保護技術」である。
しかし、それは、何年にも渡って、生活を賭けてソフト開発をやったから納得いったことなのである。
私は、それから、天才的な技術者であるだけでなく、コンピューター技術を誰よりも分かり易く説明する才能を持ったピーター・ノートンが書いた、一般にはオブジェクト指向とは遠いプログラミング言語と考えられているVisualBasic(VisualBasic6.0)によるオブジェクト指向プログラミングのテキストを読んで、やっと、オブジェクト指向を4割ほど理解できたのである。
ただの教師にオブジェクト指向を説明させたら、全くチグハグで、的外れで、曖昧模糊とした説明になるしかないだろう。言ってる本人がさっぱり分かっていないのだ。
そんなことを子供達に教えたら、子供達はオブジェクト指向を、地底人のグルメ料理よりも変なものだと思うようになるだろう。

とはいえ、子供達にコンピュータプログラミングを教えることは悪いことではない。
アラン・ケイは、ずっと以前から、Squeak(スクイーク)という、Smalltalk言語の1つを使って、子供達にプログラミング教育を行っている。
しかし、特殊な形態を持ち、特殊な操作を必要とするSqueakは、面倒過ぎて、子供どころか、コンピュータープログラミングに興味のある若者や大人にも不向きだ。
Smalltalk言語も使ってみた上で言うのだが、決して、普及を目指す人達が言うほど簡単ではなく、むしろ難しい。
今日、産業界では一般的なC系の言語・・・C、C++、Objective-C、Java、Perl、PHP、Ruby、Python 等も、書き方1つとっても癖があって、慣れたとしても抵抗があるものだ。これらも、教育用には適さないと思う。
かつては教育用言語と言われたPascalについて言えば、美しくはあると思うが、これが教育用と言うのは、ピアノを本格的に習う者にとってバイエルが教育用であると言うのと同じで、一般的な音楽教育にバイエルが適さないように、一般的なプログラミング教育にはPascalはやはり難し過ぎる。

LOGO言語は教育用に適したものの1つだが、良いLOGO言語のソフトがない。有償のものなら良いものがあるのかもしれないが、高過ぎる。
そもそも、教育用の良いプログラミング言語のソフトが無料で存在するよう、政府が形を整えてもいないところも、これが学校教育に適さない証拠の1つと言えると思う。政府のこの件の関係者は、自分では何も分からずに、「子供にプログラミング教育を」と言っているのだろう。
では、教育用として最近流行のScratchはどうだろう?
駄目だと思う。あれは、コンピュータプログラミングを教えることには全く適さない。そもそも、コンピュータープログラミングでいきなりグラフィックや画像を扱う必要はない。
グラフィイックが動く楽しさと、コンピュータープログラミングの楽しさは全く違うのだ。
自転車に乗る楽しさを味わう前に、自転車の形やブランド、個々のパーツに凝る様なものである。

教育用には、純粋にコンピュータープログラミングに取り組めるものが良い。
ジョン・ケメニーとトーマス・カーツが創ったBASIC言語は、文系大学生のプログラミング教育のためのものだったが、子供のプログラミング教育に最も向いていると思う。
余計な制約や押し付けが最も少なく、プログラミングの本質を単純に理解できるからだ。
ただ、やはり良いBASICの処理系(ソフト)がない。
現在のVisualBasicはあくまで産業用のもので、教育用には複雑過ぎる。
Excelなどに付いているVBA(Visual Basic for Application)くらいならまだ良いが、これの提供者であるマイクロソフトは、これをもう古いものとしたいのだろうと思う。
マイクロソフトが数年前に発表した無料のSmallBasicは、その後さっぱり流行らず、日本での普及は行われず(日本語サイトもいまだ無い)、マイクロソフトも、この言語の更新を長い間行っておらず、Windows8にも対応させていない。教育用に良いと思うのだが、どうもそんなものは流行らないらしい。
現在は、無料の十進BASICが一番と思うが、これがオープンソースになればなあと思う。
十進BASICのホームページ
だが、本当に本質的な意味では、Lisp言語(の中のScheme )が、教育用に最も好ましいプログラミング言語であると思う。ただし、現在は、総合的な意味で、人類の持つコンピューターの構造自体がLisp言語に向いていないのである。だから、Lisp言語は、いまのところ、コンピューターにおける最も高貴な趣味と言えるかもしれない。









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